暫くぶりのことであった、部室の前で雪ノ下と由比ヶ浜が立ち往生していた。
「何してんだ」
「ひゃう!?」
可愛らしい声でビクンビクンとする二人がいた。
何それ、エロい。
俺の頭が腐ってるのか、普通にビビってただけだった。
「比企谷くん……び、びっくりした」
不機嫌そうに睨んでくる雪ノ下は、まるでウチの猫そっくりだった。
ウチの猫も、夜中にリビングで出くわすとそういう動きするわ。
「で、何?」
「部屋にね、不審人物がいんの」
「で、何?」
「話聞いてよ!」
いや、聞いたよ。
不審人物がいたんだろ、どうせ材木座だろ。
あったな、こんなのって感じで思い出せるわ。
「そういうのいいから、中にはいって様子を見てきてくれるかしら」
部長命令という感じでプイッとする雪ノ下。
仕方なく、へいへいと言いながらドアを思いっきり開ける。
ビクッとしながら、部室の中にいた不審人物が口を開いた。
「ククク、こんなところで出会うとは驚いたな、待ちわびたぞ、比企谷八幡!」
「な、なんだと!?驚いてるのに待ちわびたって、文法的に矛盾してるだろ」
「えっ、あっ、いやそこはほらノリというか言葉の綾というか」
「意味知ってて言葉の綾って使ってるか?」
「…………」
因みに、技巧的な、飾った言い回しという意味である。
弁明の際に使うので間違ってないが、一応小説家志望なら意味くらい教えておいたほうが良いだろう。
決して、嬉しそうな顔に面倒だなと思ったから八つ当たりしたわけじゃない。
「比企谷くん、あちらはあなたの事を知ってるようだけど」
「もうすぐ夏だというのに、コートを羽織って指ぬきグローブとか付けてる知り合いなんぞ、俺にはいない」
「まさか、この相棒の顔を忘れたとはな……見下げ果てたぞ、八幡」
「相棒って言ってるけど」
由比ヶ浜が冷ややかな視線を向けてくる。
いや、体育のペアが一緒なだけだからね。
「貴様も覚えているだろう、あの地獄のような時間を共に駆け抜けた日々を……」
「いや、だから体育のペア組まされただけじゃねーか」
「ふん、あのような悪しき風習、地獄以外の何物でもない。好きなやつと組めだと、あの身を引き裂かれるような別れなど二度は要らぬ!アレが愛なら、愛などいらぬ!」
「そのネタ平塚先生とやったから、いらない」
「えー、そんなー」
うるさい、みんな北斗好きすぎ。
それにしても、お前やめとけよ。
社会人になってから死にたくなるだけだぞ、なんで大学でもやっちゃったんだろって後悔するぞ。
高校で卒業しておけ、高校生活は手遅れだから諦めろ。高校生活は犠牲になったのだ。
「取り敢えず、害はないから気にしないで入ってこいよ」
「本当に?ほんとに本当?」
「俺が嘘ついたことがあったか?」
「ドラマとか漫画でたまに聞くセリフだけど、あるよね多分」
「なんでもいいけど、あなたに用があるんじゃないの?」
由比ヶ浜と談笑してると、はやくどうにかしろよお前の客だろみたいな視線で雪ノ下が俺に声を掛けた。
いや、知らんし。
「ムハハハ、ときに八幡よ。奉仕部とは、ここでいいのか?」
「ええ、ここが奉仕部よ」
「そ、そうであったか、平塚教諭に助言頂いたとおりならば八幡、お主は我の願いを叶える義務があるわけだな」
「あるあ……ねーよ。お前の願いは、俺の実力を超えてるから無理だわ」
「えー、そんなー」
無理なものは無理、お前を小説家になんて出来ないのである。
コネとか無いから仕方ない。
コネで入っても、なんだこのクソラノベって言われるだけだぞ。
「うわぁ……」
「彼は今流行りの中二病なんだ、そっとしておいてさしあげろ」
「ちゅーに病?」
やだ近い、やたらかわいい顔があっていい匂い、ちゅって発音する時の唇ってスゲー可愛い、おっと少し混乱したぜ。
俺じゃなきゃこの程度じゃすまなかった、プロの独身舐めるなよ。
「病気なの?」
「ネットスラングみたいなもんだ。自分でカッコイイと思って黒歴史を量産する、ある意味病気みたいな物だ。病気みたいに治るんだが、治ったら悶えてしまうんだ」
「気持ち悪い……」
「言葉には気をつけろよ由比ヶ浜、うっかり自殺するぞ」
俺も覚えがあるからな、中二病じゃないにしても思い返してみるとなんであんな事言ったのかとか色々あるからな。例えば、平塚先生に……あぁぁぁぁぁ、死にたい!おっと、うっかり自殺するところだった。
「顔色が悪いわよ、比企谷くん」
「何でもない、意図せず口説いてた事実に気付いて悶えてただけだ」
「口説……そう、はやく立ち直るといいわね」
「フラレた前提はやめてくれます、ってか告ってないから!」
「わかってるわ」
「分かってねー顔だよ、なんも分かってない」
や、やめろー!その優しい目で、俺を見るんじゃねぇ。
あと、由比ヶ浜は侮蔑の視線を送るな死にたくなるから。
お父さん、臭いって言うような娘みたいでしょ、娘とかいたことないけどさ!
雪ノ下は呆れながら、材木座の眼前に立っていた。
由比ヶ浜から、ゆきのん逃げてという声が掛けられる。
やめてやれよ、可哀想だろ。あと、雪ノ下は怪人に襲われるヒロインか何かなの?
「だいたいわかったわ、貴方の依頼は心の病気を治すってことでいいかしら」
「は、八幡よ、余は汝との契約の下、朕の願いを――」
「話してるのは私なのだけど。人が話してる時はその人の方を向きなさい」
学校の先生のように、雪ノ下は襟首掴んで無理矢理、正面に向けさせていた。
動けば触れてしまいそうな距離、いや近いでしょ顔が赤くなってるじゃん。
やめたげてよ、材木座のライフはもうゼロよ。
「モハ、モハハハハ、これはした――」
「その喋り方もやめてちょうだい」
「…………」
「なんで、この時期にコート着てるの?」
「この外套は瘴気から身を守る外装であり」
「喋り方やめて」
「……はい」
「その指ぬきグローブは?指先、防御できてないんじゃないの?」
「えーと、これは我が」
「喋り方」
「ハハハ!ははっ、はぁ……」
高笑いは小さくなり、湿り気を帯びた溜息となりて沈黙へと移り変わった。
雪ノ下は優しい目で語りかける。
「その病気を治すってことでいいのよね?」
「別に、病気じゃないですけど……」
もはやキャラを作ってなかった、素だった。
キラキラと人の言葉を信じて疑いもしない雪ノ下の視線に耐えられなかったのだ。
いや、突っ込まれて設定の作り込みが微妙だっただけだな。
そろそろ助けてやるか。
「これだろ、お前の依頼って」
「それ何?」
「んっ」
由比ヶ浜に手渡すが数秒見てから、無理って顔で返却してきた。
そして首を傾げて聞いてくる。
「これ何?」
「読めよ」
「読んだけどよくわかんない。殺しはしない、喰らえ必殺のとか変な文章だった」
「殺さない必殺技とか哲学かよ」
「それは新人賞に応募しようとしているが、友達がいないので感想が聞けぬ。読んでくれ」
「とても悲しいことがさらりと聞こえた気がするわ、いえ、言われたのかしらね」
あぁ、徹夜で読んだ記憶が蘇る。
嫌な事件だったな……俺達に見せようとしてたな確か。
「投稿サイトとかスレに晒せばいいだろ」
「それ無理、奴ら容赦ないから死ぬぞ、我、酷評されたら多分死ぬ」
「でも、雪ノ下のほうが容赦ないよ」
「比企谷くん、人聞きが悪いこと言わないで」
「でもなぁ……」
「言わないで」
「……はい」
なっ、材木座容赦ないだろ。
結局、俺達は持ち帰って原稿を読むことになった。
「取り敢えず、校閲するか」
誤字脱字が気になって、読むとかそういうレベルじゃなかった。
火蓋が切って落とされたとか、火蓋は切るもので、落としたら火縄銃撃てないだろ。
満天の星空とか、満天で空いっぱいって意味だからな。
役不足とか、本人の力量に対して役目が軽すぎることだから、難しい言葉を無理して使うな。
「今日は徹夜になるな……」