月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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48.倉皇、混沌の引き金

 ナイトアイの事務所には、現在三人のヒーローと一人の元ヒーロー、そして狩人たる私がいる。大きなスクリーンの降りた大会議室に今現在詰めているのは、ナイトアイにグラントリノと私のみだ。

 さきほどから別室から怒号のようなものが漏れ出てこの大会議室まで届いてきているが、それは残り二人の内の一人から発せられているものだった。

 

「エンデヴァーのやつ、随分と声荒らげてんなァ」とグラントリノはのんびりとした様子でたい焼きにかぶりつく。

「まあ、怒鳴りたくもなる気持ちも分かりますがね。なにせオールマイトは世間的にはおくびにも出していませんでしたから」とナイトアイも普段と変わらない調子で茶を啜っていた。

 

 今、別室ではオールマイトとエンデヴァーが一対一で話し合っている。オールマイトも自身の身体のことは特定の人物にしか話していないこともあり、今回初めてエンデヴァーに打ち明けているのだった。

 

「それにしても娘っこから呼び出したぁ珍しいじゃねぇか」

「私を『狩人』と知り、なおかつオール・フォー・ワンに対抗できうる最大限の人員にお声掛けしました」

 

 正確には、あと一人。私も直接の面識はないが、『狩人』という存在を知り戦闘の面でも申し分ない実力者に特務局からヒーロー公安に通じて通達、接触を図ってもらったが現在は九州におり手の放せる状況でないため、結局会することはなさそうだった。

 

「こんなロートルにまで話が来るようじゃァ、いよいよ切羽詰まってきてるってこったな。そうだろう、娘っこ」

「グラントリノは、何物にも変えがたい戦闘経験をなさっていますからね。当然お声掛けします」

 

 おそらく、今私が持ち出してきた映像データはヒーロー公安からトップヒーローたちには後々公開され共有されることになるであろう。しかし、呼んだ方々にはいち早く知っておいてもらうべきであると私が判断し持ち出しを申請したのである。

 

「しかしまあ、エンデヴァーの奴もよくあれだけ声を荒らげ続けられるもんだ。疲れちまわねェのかね」

「彼も彼なりに思うことがあるのでしょう。私もそうでしたから」とナイトアイはエンデヴァーに一定の理解は示したようだった。

 

 エンデヴァーはオールマイトを常に追いかけていた。憧れや目標などといった生易しい言葉では言い表せない執着を持っていた。ただのナンバーワンの座ではなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に拘り続けていた。それをいきなり無くなるのだと告げられ、なおかつ目指していた頂きは自身が思っていたよりもはるかに衰えていたというのだ。何よりその衰えていた状態であっても尚も届かなかったという事実が、エンデヴァーの声を荒らげさせてしまうのだろう。

 しばらくして、怒号が止んだかと思えばおもむろに会議室のドアが開いた。

 苦笑を浮かべるトゥルーフォームのオールマイトと、不機嫌そうなエンデヴァーが並んでようやく入ってきたのだった。

 

「待たせたね」

「オールマイト、お話はお済みなのですか?」

「とりあえず、私の現状はエンデヴァーに伝えはしたよ。あとは、追い追いね。君が私たちにわざわざ召集かけるほどのことだし、まずはそっちを聞こうってことにしたから」

 

 エンデヴァーはオールマイトの言葉に鼻を鳴らした。どうやらまだまだ納得にはほど遠いらしい。

 オールマイトとエンデヴァーが席に着いたことを確認し、状況説明を開始する。

 

「今から観て頂く映像は、死穢八斎會の設置していた各監視カメラが記録していたものを時系列順に繋ぎ合わせ並べたものです」

 

 スクリーンには、死穢八斎會事務所前の仰々しい門構えが映し出されていた。ヤクザ者特有の高い塀にぐるりと囲まれた邸宅は外敵を寄せ付けない威圧感がある。

 

「よくこんなものが残っていたな」とナイトアイが疑問を口にする。

「残っていた、というよりあえて残されたというほうがおそらく正しいのでしょうね」

「どういう意味だ?」

「続きをご覧いただければお分かりになるかと」

 

 しばらくすると門の前に黒い靄が渦巻き、そこから髑髏の仮面をつけた黒スーツの人物が現れたのである。傍には黒霧が控えており、さらに一体の浅黒い肌をした長身の脳無が付いてきている。

 

「オール・フォー・ワン……ッ!」

 

 オールマイトが拳を握る。仮面に覆われて素顔がわからずとも、所作からすぐさま察知できたようだった。

 オール・フォー・ワンが右腕を門に向かって付き出すと、その手のひらから放たれた何かが、門を破壊しさらに奥の邸宅の二階部分より上を消し飛ばし無惨な瓦礫の山に変えていた。おそらく私と戦闘した際にも使用した個性――超強力な空気砲のようなものだろう。

 オール・フォー・ワンは悠然と歩を進め、門の奥へ黒霧と脳無と共に侵入していった。

 画面が敷地内の映像に切り替わると、そこには蜂の巣をつついたような騒ぎの死穢八斎會の構成員が映し出されていた。マイクの質がよくないのか、あまりに複数が入り乱れているせいか声として鮮明に拾うことはなかったが、怒声が響いていることはわかる。各詰め所から慌ただしく出てくる構成員たちは何が起こったのか分からない様子ながらも、侵入してくるオール・フォー・ワンたちを見つけるや即座に排除するよう動き出していた。殴りかかる者、銃を取り出す者、短刀で斬りかかる者、個性で攻撃する者、様々だがその誰もが脳無に阻まれるか、もしくはオール・フォー・ワンの腕の一振で弾き飛ばされ一撃で戦闘不能に追いやられてしまっていた。

 さらに続々と集まってくる構成員たちに脳無が突撃し暴れまわっていく。一対多の状況をものともせず、むしろ構成員たちを押し返すほどの強さをみせていた。

 脳無にその場を任せ歩を進めるオール・フォー・ワンに数人のマスクを着けた人物たちが立ち塞がる。

 

「彼らは死穢八斎會若頭、治崎廻ことオーバーホールに最も近しい構成員たちです」

 

 鉄砲玉八斎衆と呼ばれる者たちらしいのだが、この場には七人が姿を現していた。そして中には、見知った人物がいたのだった。

 

(乱波……数奇な巡り合わせもあるものだ)

 

 以前、任務で潜入した地下格闘場で手合わせをした大柄の男がいた。そのときは、自分より強い奴がいる組織に入ったと言っていたが、それがこの死穢八斎會だったということらしい。

 私が事前に聞いていた情報を補足して付け加えた直後に、乱波がオール・フォー・ワンに殴りかかるが脳無が割り込み乱波の攻撃を受け止め、そのまま脳無と激しい殴り合いになだれ込んでいった。

 オール・フォー・ワンは乱波の強襲などなかったかのように同じくそのマスクをつけた側近たちへ腕を振るい暴風を叩きつけた。しかしその中の一人――天蓋壁慈(てんがいへきじ)が透明な物理障壁いわゆるバリアを作り出し、オール・フォー・ワンが繰り出した暴風を耐えたのである。だが、バリアはひび割れ今にも崩壊しそうであった。

 耐えたものの狼狽えている天蓋壁慈に反して、オール・フォー・ワンは動揺のかけらも見せないどころかむしろ興味深そうにその個性を観察していた。

 バリアの解除と同時に、三人の男たち――窃野トウヤ、多部空満、宝生結がオール・フォー・ワンへ向かっていく。

 金髪の男、窃野トウヤがオール・フォー・ワンへ手をかざすように付き出すと、その瞬間に被っていた髑髏の仮面が剥がされ窃野トウヤの元へ引き寄せられ収まった。対象の所持しているものを手元に引き寄せる個性『窃盗』である。

 

「あの傷跡……私が砕いたものだろう。やはり、完全に復活していたわけではない」

 

 オールマイトが言うように、露になったオール・フォー・ワンの頭部は無惨なものだった。

 目も鼻も頭髪さえもなく、失った部分を皮膚で無理矢理接合したような痛々しい跡で口から上が覆い尽くされている。口元を覆う人工呼吸器のようなものも相まって、かねてからの不気味さと重傷者を思わせる惨たらしさが混在する奇妙な風貌が困惑を増長させていた。

 死穢八斎會の面々もあまりの様子に身を強張らせる。

 

「まるで怪談に出てくる顔無しの妖怪だな」

 

 エンデヴァーが皮肉めいてそう吐き捨てた。だが、そこに揶揄するニュアンスはなく画面越しからでも伝わる物の怪の類いを思わせる不気味さを率直に捉えた発言だった。

 おそらくマスクを外されることはオール・フォー・ワンにとっても予想外のことであったろうがそれでも全く余裕を崩さないその様子が不気味さに拍車を掛けている。

 一瞬の躊躇のあとに再度突撃していく三人とさらに横に控えていた二人――大柄な男である活瓶力也とこの危機でも浴びるように酒を飲んでいる酒木泥泥(さかきでいどろ)が攻撃を仕掛けていった。しかしその五人を相手に、オール・フォー・ワンは微塵の焦りもなくその全てに対応してみせたのだった。

 窃野トウヤが日本刀で斬りかかるがオール・フォー・ワンの硬質化した腕で防御され、反撃に振られた拳を顎に受け一撃で気絶させられてしまっていた。

 多部空満も同時に躍りかかっていき、間髪いれずに酒木泥泥(さかきでいどろ)がふらりふらりと読めない軌道で詰めていく。多部空満の攻撃に対処しようとした瞬間、ほんの僅かにオール・フォー・ワンはよろめいたもののゆるりと身を躍らせ回避した後に広角に放った空気砲で弾き飛ばし、二人は力無く倒れ伏した。

 事前の情報で得ていた酒木泥泥(さかきでいどろ)の個性は周囲の人間の平衡感覚を狂わせるものだと聞いていたのだが、その個性の影響すらもオール・フォー・ワンにとっては些末なことだと言わんばかりに反撃に転じている。

 仲間がやられていても間断なく活瓶力也は拳を大きく振りかぶり、宝生結が個性により鉱物のような結晶を表面に発現させ殴りかかるが難なく避けられ、宝生結は反対にその顔面を鷲掴みにされ締め付けられてしまっていた。そのまま投げ飛ばされ活瓶力也を巻き込みつつ二人は地面を激しく転がったものの宝生結は反撃しようとすぐさま立ち上がる。だが、宝生結は自身の体の変調に困惑の色を浮かべていた。

 

「個性を奪いやがったな……!」

 

 グラントリノが苦々しく呟く。画面の中の宝生結は何が起こったのか分からない様子で慌てふためいていた。

 オール・フォー・ワンが再び腕を突き出し、天蓋壁慈はそれを見てバリアを張り直し仲間や自身を守ろうと展開する。

 だが、次の瞬間には凄惨な光景がスクリーンには映し出されることになった。

 オール・フォー・ワンの放ったものは爆風だけでなく、つい先ほど奪ったばかりの宝生結の個性をもって長細く鋭利な結晶を生み出し爆風に乗せてバリスタの鏃の如く射出したのである。

 その鏃は天蓋壁慈の作り出したバリアにぽっかりと孔を開け、天蓋壁慈の腹部を貫き外壁に磔にしたのであった。背面の外壁からは血が滴り、天蓋壁慈は力無くぐったりと身体を折っている。

 オール・フォー・ワンの圧倒的な力を前に構成員たちが動揺を隠せないでいると、その背後から二人の男がやってきていた。

 そのうちの一人、鷹のように鋭い目つきをした背の高い痩身の男が、瀕死状態で磔にされた天蓋壁慈の身体に近づき触れると天蓋壁慈の上半身が突如として弾け飛び、しかし次の瞬間には、完治した状態で完全に復活していたのである。あれだけ無惨に穿たれた腹部の穴どころか衣類の穴でさえも完璧に消え去り元に戻っていた。

 

「あの男が死穢八斎會若頭。治崎廻――オーバーホールです」

 

 私はさらに、オーバーホールの個性が『分解・修復』であることを付け加えた。対象に触れることによって生物、無生物を問わずに『なおす』ことができる個性である。さらに個性による修復を最後まで行わずに分解の段階で止めることも可能であり、強力な攻撃性の面も併せ持っているものでもあった。

 オーバーホールの傍らに立っていた男――音本真が銃をオール・フォー・ワンに向けながら何をしに来たのか問いただしていた。

 そしてオール・フォー・ワンはオーバーホールに向けて指を指し、『君のその個性が欲しい』と不気味な声で言い放ったのだった。

 騒がしく不明瞭な雑音ばかりが飛び交っていたにも拘わらず、不思議なほどその声だけははっきりと聴こえてきたのだった。

 そこからは、早かった。

 オール・フォー・ワンの五指が黒く変色し、鋭利に変形していく。腕を振るうと同時に指の一本一本がそれぞれ別の生物の意思をもつかのように死穢八斎會の構成員に伸びうねりながら襲いかかっていった。

 回避や反撃に転じた者たちもいたが、その黒く鋭利に伸びた指が倒れていた酒木泥泥(さかきでいどろ)に突き刺さったのである。その瞬間、 構成員たちがえずきながらくず折れ始めたのだった。

 

「なんだありゃァ……? 他人の個性を利用もできんのか? 前に闘ったときとはまるで使う個性が違いやがる」

 

 グラントリノが訝しみつつ、予想を口にしていた。

 その僅かな間で、オール・フォー・ワンは一瞬にしてオーバーホールとの距離を詰めていった。オーバーホールは、驚異的な反応で反撃を試みようと動き出していたが、オール・フォー・ワンはそれをさらに上回る反応で反撃を避け、宝生結にしたようにオーバーホールの頭を鷲掴みにした後に投げ飛ばし地面に叩き付けた。たった一撃で、オーバーホールは昏倒させられ動かなくなったのであった。

 必死に追撃を試みようする構成員たちを嘲笑うかのように、オール・フォー・ワンは、再び腕を肥大化させ強大な空気砲を撃ち出し、構成員諸共死穢八斎會の事務所を更地に変えてしまったのである。

 ゆったりと踵を返し、乱波と交戦している脳無すらも気にかけないまま黒霧の元に戻っていった。

 どうにか一矢報いようと追い縋ってくる構成員の攻撃を避け、オール・フォー・ワンがその身体に触れると構成員の上半身が弾け飛び、構成員は無惨な肉塊に変えられてしまっていた。さらに別の襲いかかった数人もオール・フォー・ワンに触れられていたが今度は弾け飛ばされず、まるで肉体を粘土細工のようにこねくり回された奇妙なキメラにさせられてしまっていた。

 数瞬の間、オール・フォー・ワンは何やら思案していたようだったが、門前に設置してあるカメラを向き顔の半面を手で覆う。その手を退けた奥からは、不吉を形にしたような、それでいて無機質な隻眼がこちらに向けられていたのであった。

 そして、それを最後にカメラが破壊され、映像は途絶えてしまっていた。

 

「狩人が言っていた『あえて残された』とは、こういうことか」とナイトアイが苦々し気に呟く。

 

 最後のカメラに向けた視線は、明らかにその後に視るものを意識したものだった。

 

「フン、宣戦布告のつもりか。忌々しい」

 

 エンデヴァーも怒りのままに拳をテーブルに叩きつけている。

 そんな中で、グラントリノとオールマイトの表情は深刻なものに染まっていっていた。

 

「俊典、これは厄介なことになったぞ」

「ええ、奴がもし全盛期の力を取り戻してしまうのだとしたら……」

 

 その一言で、会議室には緊張感が走った。

 オールマイトにはもう、討伐した当時の力はない。しかし、その後継はまだ育っていない。そしてオールマイトに匹敵する力も我々は有していない。

 そんな現状で、もしオール・フォー・ワンが力を取り戻してしまったのならばこの社会という秩序の崩壊は免れなくなってしまうことが簡単に予想ができてしまう。

 そのあとにあるものは、無軌道な暴力と混乱がひしめく混沌の世界そのものなのだ。

 重たい空気に支配された中、グラントリノが口を開いた。

 

「海外諸国に救援要請することまで視野に入れねぇとならねェかもしれねェな」

「そんな恥知らずな真似ができるか。第一自ら解決に挑むこともせずに外部に頼ることなどありえん」

 

 反射的にエンデヴァーが反論したが、かつてのオールマイトが瀕死の重傷を負った相手という事実が脳裏をよぎっていたのかグラントリノの発言を完全に否定しきることができていないのだった。

 

「一応ですが、後の顛末をご報告しておきます」

 

 この後、近隣の住人が警察に通報しヒーローと共に現場に駆け付けた。無惨な残骸と化した跡地で救助活動が行われたが、死者も多数でていたとのことだった。キメラに合成させられた構成員たちは、警察が到着したときには既に生命活動は止まっていたらしい。

 幹部たちは軒並み重篤な怪我を負っており今現在も予断を許さない状況が続いている。

 脳無と交戦していた乱波は、どうにか一命を取り留めたものの意識不明の重体になっていたが、その代わりに動かなくなった脳無が傍らに横たわっていたらしい。その脳無も回収され、今は留置場に勾留されているとのことだった。

 また重傷者以外にも何人か保護された。

 ただ、その際に死穢八斎會若頭補佐である玄野針(くろのはり)ことクロノタシスと死穢八斎會本部長である入中常衣(いりなかじょうい)ことミミックはオーバーホールが瀕死の重傷を負ったことに激しく取り乱していたため、保護に動いたヒーローや警察にも少なからず被害が出たようだった。今は留置所でおとなしくしているとのことだが、常にオーバーホールのことを気にかけているらしい。

 そして同時に、一人の少女を保護していたのである。

 

「少女……?」

 

 ナイトアイが訝しがりつつ尋ねる。

 十歳程度の幼子であるが、クロノタシスとミミックがかなり固執していた反応から、かなり重要な人物であるようだがその詳細が今のところ彼らの口から語られてはいないのと、その少女自体が怯えきっており事情を訊くことができていなかった。やせ細っており腕には無数の包帯が巻かれており虐待のような跡がみられていることもあって、今現在は病院で治療を施されているのであった。

 

「その少女に関しての詳細は、今は後回しにしておきましょう。肉体的なダメージもありますが何よりも精神的なダメージのほうが大きそうであったとのことでした。現段階では時間が解決するか、専門家にお任せする以外に手がありません。我々から関与しても好転することは難しいでしょう」

 

 そう私が付け加えると全員が眉間の皺を深く刻み、険しい顔をしていた。

 

「それ以上に、我々が喫緊に対応すべきことができてしまっています」

「オール・フォー・ワン……」

 

 オールマイトは拳を握りしめ歯噛みする。

 

「奴はついに『自身の身体を修復する個性』を手に入れてしまいました。これが意味することは――」

「力を取り戻し、再びこの世界を混沌に堕とすために動き出すってぇことだ。こうなると一刻の猶予もねェぞ、俊典」

 

 グラントリノも眼に静かな怒りを浮かべていた。そのグラントリノの怒りとは反対にオールマイトは冷静に私へと視線を移す。

 

「少し訊いてもいいかい? 気になる点があるんだ」

「なんでしょう」

 

 オールマイトが思案しつつ口を開いた。

 

「今回奪った個性は……どこまで治せるのだろう。例えば、リカバリーガールの『治癒』はあくまで自己治癒能力の強化・促進だから完全に失ったものを再び作りなおすことは出来ないし、再生系の個性なら個性因子が肉体の情報とひも付いて元に戻ろうとする性質があるだけで、実質的には回復のための個性ではない。つまり一度オール・フォー・ワンのように完全に目を塞がれてしまった場合に後付けで再生しようとすると理論上では逆に個性は目を塞ぎ治そうとしてしまうはずなんだ。けれど奴は眼を再生してみせた。どう解釈すればいいものかわからなくてね」

 

 元の持ち主のオーバーホールが昏睡状態のため、あくまでも事前情報に基づくものにすぎないがと前置きして改めてオーバーホールの個性を説明した。

 

「オーバーホールの個性も他の個性と同様に当然ながら無から有を生み出しているわけではありません。つまり修復や再構成できるものは対象物に依存します。先ほど映像でご覧いただいたとおり、再構成の段階で複数のものを接合・融合することで人体の腕を二本から四本にするといった芸当も可能ですが、何もないところからいきなり二本の腕を四本にすることはできないですし、再構成といっても無機物を有機物に変換するような極端なこともできない、といった具合ですね」

 

 それを聞くとオールマイトは再び考え込み始めてしまった。

 

「なら、まだ眼は復活していない……かもしれない」

「どういうことでしょう?」

 

 俄にオールマイトへ耳目が集まる。

 

「少し、前提の話をしよう。オール・フォー・ワンは『個性』を奪う。だけど、その『個性』の扱い、いわゆる熟練度までは奪い取れないと考えられているんだ。つまり修練が必要な『個性』は奪った瞬間は百%の力は発揮できないはずなんだ」

 

 雄英高校の物間寧人もそうであるように、他人の個性を扱うタイプは往々にこの傾向がある。個性の扱い自体は使用者本人に依存するというのは考えれば当然であるようにも思えるのだが、他人の個性を扱うという個性自体が稀なこともあり正確な研究もなかなか進んでいない。

 ただ、オール・フォー・ワンの個性が超常黎明期から存在する最も原初的なものの個性の一つということを考慮すれば、この予測は十分に成り立つ。

 

「これも予想でしか話せないけれど、今回奪った個性の分解はともかく、修復に関してはそれなりの修練や知識が必要になるんじゃないかと思うんだ。だから雑に扱うことはできても、正確に修復をしようとするのならば、ある程度精緻な運用が求められるはず。つまり迂闊に自身に使うことはしないと思うんだ」

 

 その可能性は高い。

 個性だけ見れば強力な力と思えるものがあっても、実際には術者本人の知識や卓越した技術が必要である場合が多分にある。

 身近な例でいえば、八百万百の『創造』がそうであろう。彼女の個性は生物以外を生み出せるというものだが、生み出すためには対象物の構造的、組成的な知識が必要となり、なんとなくのイメージで作り上げることはできないため膨大な量の知識や情報を知らなければ今の彼女のような汎用性の高い個性ではなく陳腐な個性へと成り下がってしまうのだ。

 おそらく、オーバーホールの個性もそれに相当するものだろう。奴の個性は『分解・修復』であり『人体回復』ではない。キメラを作り上げることができることからも予想がつくが、つまり本人の知識や意思に関係なく結果が導かれるオートパイロット系の個性ではなく、結果を自身で想定し導出するマニュアル系ないし精々セミオート系なのだろう。そうであるならばあまり想像したくないが、特に人体に関しては多大な実験という名の犠牲の元であの個性の強さは成り立っていると考えるのが妥当だ。人体構造の把握だけでもどれだけの血が流れたのか。どれだけの人間の死体の山が積み重なったのか。ヤクザ稼業だからこそ手に入れた個性(ちから)と言えよう。

 

「一瞬だけど、オール・フォー・ワンが何かを考えていた場面があっただろう?」

 

 オールマイトが映像を戻しながら、オール・フォー・ワンがキメラを作り出した直後で止めた。

 

「多分、奴が思っていた感覚と違ったのだと思う。だから、ここで間が空いたんじゃないかな」

「だが、そのあとの映像には実際に目が映っていたぞ。あれはどう説明する?」

 

 エンデヴァーが疑問を投げかける。

 

「あれは義眼じゃないかな。さっきみた奴の顔面は大半がツギハギしたようなものだったけれど、かなり緊急的に処置を講じた結果なんだと思う。私が倒したと思ったときは、眼球はもちろん潰れていたし頭蓋も砕けてその奥にあった脳も見えていた。あれは間違いなく致命傷だった。どうやって一命を取り留めたのかはわからないけれど、それでも何でもなく順調に回復できたはずもない。今も骨じゃない何かで内部から覆うことでどうにか頭の形が歪にならないように維持しているのだと思う。だからこそ、いきなり眼を創るよりもまず他に再生や修復するものがあるだろうし、なにより自身の体に、特に頭部なんて重要な部位に作用するものをいきなり試すことなんてせずに実験するだろうからね」

 

 オールマイトは怨敵を目の前にしても、最初こそ怒りを滲ませていたがその後は冷静に分析をしていた。

 だが、オールマイトの分析が正しかったとしても悠長に構えていられる時間はなさそうだった。

 皆もそのことに気づいており、神妙な面持ちになる。代表してグラントリノが口を開いた。

 

「となりゃあ、奴は今回奪った個性を使いこなすために大量の実験をすることになる――それはつまり大量の犠牲者が出る可能性があるってこったな。そうだろ、俊典」

「可能性ではありません、グラントリノ。間違いなく夥しい犠牲者が出ます」

「あァ……」

「数百人単位、下手をすれば数千人単位で犠牲者が出てしまう」

 

 オールマイトの断定的な口調に会議室は重苦しい空気に包まれてしまった。そんな中で、ナイトアイが大きくため息をついてオールマイトを見やった。

 

「ならば、やることは決まってくるのでは? オールマイト。少なくとも会議室で空気を重くして沈黙している場合ではないかと」

「ナイトアイ……うん、そうだね」

「オール・フォー・ワンはオールマイトとの決別の原因にもなった私にとっても因縁少なからぬ相手。そうでなくとも災禍を振り撒く者を黙って看過するわけにはいかない。そうでしょう?」

 

 ナイトアイの言葉で、各々の顔が引き締まっていく。

 その後、これからのとるべき行動についてまとめていった。

 オールマイトは、計画通り引退までのロードマップをこの場の人間と共有し、その後に力を蓄えるための修行をグラントリノに依頼していた。

 エンデヴァーは不承としながらも、オールマイトの引退後にトップに立つことになるであろうこととエンデヴァー事務所の人脈を使って秘密裏に失踪事件の発生に重点を置きつつオール・フォー・ワンの動向に関して探っていくことになり、ナイトアイも同じくヒーローネットワークを介して、各地のヒーローに接触を試みるとのことだった。

 そして私は、公安調査庁の本隊に失踪事件が起こった際にその周辺を探るための提言と、死穢八斎會の構成員たちからオーバーホールの個性に関しての情報を再度得られるように交渉することを進言しておくことにした。私からできることが少ないとはいえ、あまりにも歯がゆい。

 オール・フォー・ワンが復活するまでには、おそらくまだ時間がかかる。だが時間をかければかけるほど犠牲者が増えていく。

 被害をどれだけ少なくできるかはこれからに掛かっているのである。

 その事実を認識し、ここにいるメンバーを筆頭にして連携を緊密にすることを改めて確認したのだった。

 一通り映像の再検討も終え、それ以上の連絡事項もなかったため解散となり一人となった会議室から出ようとしたときに、窓に何かが当たったような音がしたのである。

 地上から離れた階層の会議室だったことに訝しがりながら窓の外に目を向ければ、そこには翼を広げた人物が手を振っていたのである。

 窓を開けてほしいというジェスチャーをしているその人物に促されるまま開くと、遠慮もなく入ってきてそのまま椅子に腰を掛けた。

 

「あれ? もう終わっちゃった? これでも結構ぶっ飛ばしてきたんだけどなァ」

 

 暢気な調子でその人物は尋ねてきた。

 

「ホークス……いらっしゃったのですか」

 

 そこにヒーロービルボードチャートナンバースリーヒーロー、ホークスがいた。

 ホークスは二十二歳という若さでオールマイト、エンデヴァーに次ぐ地位まで上り詰めた天才とも言える逸材である。

 個性は剛翼といい、背中に生えた両翼を自在に操り飛行することはもちろん、その羽毛を飛ばすことで遠隔で攻撃や救助までも可能にしているほど精緻な操作ができる代物だ。どこか気の抜けた表情とは裏腹にまごうことなきトップヒーローの一人と言える。

 

「あれ、おねーさん。俺のこと知ってるんスね

「ええ。有名ですから」

「サインいります?」

「結構です」

「ところで、他の人たちは?」

「そろそろお帰りの準備をしてるころかと」

「へぇ。おねーさんは、帰らなくていいんスか? 公安調査庁も暇じゃないでしょ?」

 

 飄々として掴みどころのない会話を続けるホークスだったが、やや敵対的な光を目に宿しながら私に視線を送る。

 表向きには全く公表されていないが、ホークスはヒーロー公安の直属ヒーローでありヒーローらしからぬ非公式な仕事も請け負っているどこか私に通ずる人物でもあった。

 

「……私をご存知だったのですか」

「ま、集まる人たちで知らないの『狩人』さんだけでしたし。そこから予想して当たりをつけただけスよ」

「なるほど」

「それに、その立ち姿。隙がなさ過ぎて一般人とはとても思えないって」

「流石に、ヒーロー公安に所属しているだけはありますね」

「所属で能力が決まるなら苦労はないよ」

 

 やはり敵対的な意図を感じる。だが、彼とは初対面のはずだ。敵対される意味がわからなかった。

 

「何にしてもとりあえず目的を果たさないと」

「目的ですか」

「今日は、他の誰よりも貴方と話しに来たんですよ。狩人さん」

 

 剣呑な光を瞳に宿したホークスは不敵に笑っている。

 どうやらしばらく会議室からは出られそうになさそうだった。




【貫通銃】

工房の異端「火薬庫」の前身となる一会派

オト工房の手になる長銃

狭く細い街路での狩りを想定し銃弾の貫通性能に特化した調整がなされており
一方で迎撃などには適さない

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