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特訓
ラルが顔と手を洗い食卓に着くと、ハトホルがサンドイッチ2つが入っている木の皿をラルの前に置いた。レタス、胡椒のかかったハム、トマト、マヨネーズが2枚のパンに挟まれたシンプルなサンドイッチだ。
パンの良い香りと空きっ腹がラルの食欲をそそった。サンドイッチを手に取って半分まで齧りつく。口をもぐもぐとさせて喉に通し一息つく。
「あぁ…おいしい」
「おいしいでしょ、ボクもハトのつくるサンドイッチは大好きなんだ~」
カランはもう食べ終わっており、お腹をぽんぽんと叩いていた。ラルの目にカランの右腕の包帯が映った。
「カラン、親父のことについて聞きたいんだ。それにその怪我のことも」
カランは一呼吸置いてから話し始めた。
「セイト坊、いつの間にあんな風に動けるようになったんだな…中層の獣相手に臆すことなく誘導したんだ。その獣はボクが倒す結果になったけど、セイト坊が誘導してなかったらラルもここにはいなかっただろうなぁ」
「…」
ラルは黙ってその話を聞いていた。カランは続けて話す。
「怪我のことは気にすることないよ、ただのかすり傷さ。それよりもよ、昔セイト坊の探索に付いていってやったことがあるんだがな、その時は浅層の獣にビビってたんだぜ?なんか探索家の中でも偉い人みたいになってたみたいだし、ラルもそんな風になるのかなぁ」
「あぁ、なってやるさ。親父みたいに。探しに行ってくれてありがとう。カラン」
「なんてことはないさ」
ラルはサンドイッチを全部食べきり
「カラン、俺に稽古をつけて欲しい」
と頭を下げてお願いした。向かい側に座っていたカランと、皿を下げに来たハトホルが目を丸くする。
「ははっラル大丈夫か?そんな病み上がりの体でよ~」
「駄目か?」
「いやぁボクは構わないよ。よし、そうと決まったら食後の運動だ、付き合ってやるよ」
カランは椅子から立ち上がり、体を伸ばした。長い尻尾がピンと立つ。
「ありがとう」
ハトホルは何も入っていない皿を手に取り、クスリと笑った。皿を下げる際にラルに耳打ちをする
「頑張ってくださいね」
「え、あぁ…」
「おら、出るぞ~」
カランは右手首のホルスターに不思議な形をした銃を収め、腰に鈴を着けて、出る支度が終わっていた。ダイニングの扉を開けて廊下に出る。
「あ、今行くよ」
ラルは屋敷に来たとき自分が身につけていたボロボロの防具を見て、それを身に纏った。鞘に入った剣を持ち、カランの後に続く。ラルはカランが軽装なのを見て問いかける。
「カランはそんな装備でいいのか…?」
「何の不自由もないさ、長く探索家をやるとな?獣の気配だったり動きだったりが読めてくるんだ。するとそのうち攻撃を受けることも少なくなってきてな、重たい防具は邪魔になってくるんだ」
「ふーん…」
カランの長い尻尾がラルの顔の前を左右に行き来する。
「なぁカラン、何でそんな姿をしているんだ?その、まるで獣みたいな」
「ん~…」
玄関扉の前まで来たカランは靴を履き、扉のノブに手を掛けて
「んまぁ、ラルが探索チームの頭にでもなって、深層に潜るようになったら…教えてやんないでもないぞ」
扉を開けて、話をはぐらかした。
「深層か、こりゃかなり先のことになりそうだ」
ラルもカランに続き外に出る。木に囲まれた広い庭に出ると、ラルの目にあるものが映った。
「穴…?」
庭の左辺り、一面芝生なのにそこだけ土が露出しており、深く窪んでいた。ラルが近付くとその大きさはかなりのもので、直径10m程の円を描くように窪んでいた。
ラルが下を覗き込むと、
「それ、ハトが撃った魔法の跡だよ。助かって良かったね~ラル」
カランがラルの隣に来て言った。
「これを…ハトホルがやったって?」
「うん、魔力の最大量なら多分ボクよりも何倍もあるよ。ただ調整がむつかしいみたいでね、だから魔法は極力使わせないようにはしてたんだけど…」
「俺は魔法が使えないからよくわかんないけど、魔法ってこんな破壊力があるんだな…」
「あ、ここ勘違いする人多いけど、ラルにも魔法は使えるんだよ」
「え?」
「魔法って言っても単純な放出系の魔法だけどな。自分で作れる魔力、それを溜めておける最大量ってのが生まれつき決まってるのは知ってるだろ?」
「あぁ、俺は自分で魔力を作ることが全くできないんだ」
「なるほどぉ、でもな、それって作れないだけで溜めておけることはできるってパターンがあるんだ。もちろん溜めておける量も極度に少ないってこともあるけどね」
カランはラルの後ろに回り、首元に右手の人差し指を当てた。カランの指が光りを帯びる。
「今ラルの体内に魔力を流し込んでる、溜めておける量を超えたらその分の魔力はゆっくり外に流れ出すんだけど…おっ結構溜められるんじゃねぇの?」
「そうなのか…!?」
「あぁ、人並みには溜められるみたいだな。ちょっと撃ってみるか?」
「撃ってみたい!やらせてくれ!」
「そっか、なら魔法を撃つ感覚ってのを教えてやるよ。まず手を前に出してみ」
ラルは言われた通りハトホルが作った大穴に向けて右手を出した。
「そんで体の中心から右手に空気を送り出して圧縮するイメージをするんだ」
「なんだその感覚…」
数秒後、ラルの手の平がほんのり明るくなる
「おぉ!なんか光ってる!」
「いい調子だ、そのままもっとぐぐっと圧縮し続けるんだ」
「むむむむ…」
光は強さを増す。
「そろそろ充分だな、そしたら今手に集めた魔力を一気に前に押し出すイメージだ」
「よしきた」
ラルはしっかり構え、力を込めた。
「フンッ」
しかし何かが出ることはなく、光はまだラルの手を包んでいた。
「なんだよこれ…何も出てこないぞ」
ラルが手の平を自分の顔に向けて眺めた。
「あっコラ」
カランが素早くラルの腕を掴み前に向けた。するとラルの手の光が一瞬で前方に広い範囲で拡散し、強風となって木を揺らした。
「アホ~、獣に向けるような魔力を自分に向けるやつがあるかい」
カランが唖然としているラルの後頭部を叩いた。
「俺、やっぱり魔法使えなくていいや…」
「使い方次第さ、上手く扱えば便利なものだぜ?こんな風に」
カランは光を纏って空を飛んだ。ラルが見上げて空を泳ぐカランを見る。
「どうやったらそんなことができるんだ…?」
カランはラルと目線が同じくらいの位置まで降下し、ふわふわと浮いていた。
「全身を魔力で覆って浮いたり動いたりしてるんだ、自分の体重を支えられるくらいの圧力をかけた魔力の球で自分を覆って、その魔力をそのまま少しずつ上に持っていくのさ。慣れればその流れは早くできるよ」
「なんか…よくわからないけど難しそうだな」
「まぁ飛んでる間は常に魔力を消耗するし、魔力で作った球の上下圧力の調整も難しいし、ボクならそうだな…多分1時間弱なら他最低限必要な魔力を残して飛べるかな」
カランは地面に降り立ち、ラルの肩を叩いた。
「まぁ魔法なんて使えなくても経験を積めば深層には潜れるぜ?ヘレティックには魔力を作ることはおろか溜めることもできないやつだっていたんだ」
「カランもヘレティックのこと知ってるのか…?」
「んまぁ、よく知ってるよ」
ラルはカランの横顔を覗こうとしたが、カランはラルから距離を取り20m程離れてからラルに言った。
「よし、稽古だ、まずはかかって来な。動きから見てやる」
「わかった」
ラルは剣を抜き、構えた。
「寸止めでいいかな?」
「ん?いやぁ遠慮することはないよ、ラルが100人いたってこっちは無傷で殲滅できるね」
「い、言うじゃねぇか…」
ラルが苦笑いした。カランは続ける。
「信じられねぇか?じゃさらにこれでいこう。こっちは魔法も使わないし、この武器も使わないよ」
右手の銃の入ったホルスターを取り外して屋敷の方に放り投げた。
「これで準備おっけーだ、いつでもいいよ」
「おま…怪我しても知らねぇぞ」
ラルは地面を蹴り真っ直ぐカランに向かった。カランの2m手前まで距離を詰め、横薙ぎに剣を振った。するとカランの姿が消えた。剣が空を切ると一瞬、かすかに深緑色の細い物が飛んだ。
「え…うわっ!」
ラルの左足にカランの尻尾が巻き付いており、体勢を崩した。尻餅をついたラルの目にしゃがんでいるカランが見えた。その小さな体から
「ふひひっ尻尾使わないとは言ってないぜ」
と笑う声が聞こえた。ラルは剣を地面に突き刺し立とうとするが
「ほらよっ」
カランは尻尾を動かしラルを何度も転ばす。
「おい、ひ…」
「卑怯だってのか?こんなにハンデをあげてるのにわがままなやつだ。じゃ、ほら離してやるよ」
尻尾がするんと離れて行く。ラルが立とうとして顔を上げると、悪い笑みを浮かべたカランがこちらに跳んできているのが見えた。
「へ?」
カランがラルを押し倒した。ラルは戸惑う。
「え、カラ…どうしたブヘェ!!」
ラルの左頬にカランのパンチが炸裂した。カランはラルに馬乗りになってまるで玩具で遊ぶ猫のようにラルの顔を交互にはたく。
「ホレホレホ…」
「おまイテェわぁぁ!!」
ラルが剣を振ると、剣はまた空を切りカランは少し離れたところに立って笑っていた。
「おいラル、顔ひっでぇことになってるぞ、おっもしれ」
ラルが自分の顔を触ると、腫れているのがよくわかった。カランが手の平をラルに見えるように出して、開いたり閉じたりした。
「薬草を使わないとも言ってないぜ」
よく見るとカランの指先に赤い粉のような物が付着していた。
「なんだそれ…」
ラルが聞くと、カランはラルの側に寄って手を顔の前に近付けてみせた。
「これはな、スエリっていう花から採った粉末で、傷口に少しでも入ればその場所が面白いくらい腫れるんだ。ヒリヒリするだろ?まだ勝負は終わってないぜ?ホイ!」
カランは粉のついた指先でラルの頬を突いた。顔を膨らませたラルが倒れ込み痛みに悶絶する。
「お前セイト坊がいなかったらダンジョンに辿り着く前にどっかで野垂れ死んでたろうな」
猫だまし
日が傾いて空がオレンジ色になる頃、カランとラルは屋敷の玄関をくぐった。2人とも土埃にまみれていたが、ラルの方は傷もあり今にも倒れそうといった感じでふらふらしていた。
「うぉい大丈夫か?」
「俺もう駄目かも…」
玄関から少し離れた、リビングに入る扉の前にハトホルが立っていた。
「2人ともお疲れ様です。シャワーでも浴びてご飯にしましょう」
「うーいハトありがと~!」
カランは素早く靴を脱いで、両手を横に広げながら一番手前にあった角を曲がりどこかへ走って行った。ラルも付いていこうとしたが角を曲がった時にはすでにカランの姿はなく、屋敷の構造を知らないラルは戻ってハトホルを呼んだ。
「ハトホル~!」
するとリビングの一つ奥のキッチンの扉が開いてハトホルが顔を出した。
「お呼びですか?」
「シャワーがどこにあるのかわからないんだけど…」
「あ、案内します。こっちですよ」
ハトホルはラルの横をすり抜け、カランが走って行った道を歩いた。ラルがそれに付いて行くと、ハトホルがラルの姿を見て言った。
「ずいぶん派手にやられましたね、昨日の傷も開いたんじゃないですか…?」
「うーん、そういえば昨日の傷が…まだ痛むけど開くことはないな…」
「昨夜塗った薬ですね、カラン様の作る薬の効き目はすごいんです!えぇ!」
ハトホルが少し興奮気味に話す。廊下を数回曲がって突き当たりの扉に着いた。
「シャワールームは脱衣所の奥です。個室なのでご安心ください」
そう言ってハトホルは戻っていった。ラルはドアを開けて脱衣所に入った。かすかに水の音が聞こえる。
「脱衣所は別れてないじゃないか…」
―――ハトホルはキッチンで夕食を作っていた。大きな肉を4枚に切り分け、大きな鉄板で焼く。良い香りが屋敷に広がっていった。
ラルとカランがさっぱりした様子でダイニングに入ってくる。ラルの方はなにやら恥ずかしそうに顔を下に向けており、それをカランが面白そうに見ていた。
「おいラル坊、意外と“うぶ”なんだな」
「うるさいやい」
するとハトホルがキッチンからダイニングに直通している扉から夕食を運びにダイニングに入ってきて
「カラン様は“天衣無縫”なんです」
呆れた顔で言った。
「そんなことないさ」
カランとラルが食卓に着くと、ステーキの乗ったプレートを2枚置かれた。付け合わせのクレソンやその他の野菜の鮮やかな色がより一層ステーキの色を引き立て、香りと共に二人の食欲を刺激した。カランがはしゃぐ。
「あっは!うまそう!」
「ハトホル、すごいな…こんなでっかいステーキ初めて見たよ…」
「カローバのリブロースです。柔らかいお肉が特徴的でおいしいですよ」
「カローバ?」
「あ、カラン様が珍しく生け捕りにした獣のお肉です。浅層に生息する獣で、おとなしくて味も良いから町でも手に入れられると聞きましたよ」
ハトホルが一通りの説明を終えると、二人に背を向けてキッチンへ向かった。するとカランがそれを引き留めてハトホルに問いかける。
「あ、そうだった。あの子は目覚めたの?」
「えぇ、お二人が外で稽古をしている間にお目覚めになりましたよ」
そう答えてキッチンへ姿を消す。ラルがカランに何のことかと問いかける。
「ん~?丁度いいや、稽古を頑張ったご褒美だ。楽しみにしてな」
カランはそう言った。ハトホルがキッチンからまた2枚のプレートを運んできて食卓に置いた。
「ハト、呼んできてくれ」
ハトホルは微笑んでそれを了承し、廊下の方に出ていった。
「そういえばラル、稽古の時も色々騙すようなことをしたけど、あと1つあるんだ」
「なんだよ…」
ラルは身を固め警戒した。
「ボクはセイト坊が死んだとも言ってないんだよな」
ラルが呆けた顔でカランを見ていると、廊下の扉から人が入ってきた。
老けた背の低い男、服の隙間から所々に覗く包帯の数が下の痛々しい傷を想像させるが、当の本人は平気な顔をしている。
「何を呆けとるラル、ワシはあの程度ではくたばらんわい」
「親父…?」
セイトが立っていた。ラルはまだ夢を見ているかのような顔をしていたが、段々と瞼に涙が溢れ、ぽろぽろと流し出した。
「おいおい泣くなよラル~」
カランがラルに近寄り宥めた。顔を伏せて泣くラルは独り言のように呟く。
「そうだよなぁ、親父があの程度で死ぬわけないよなぁ」
セイトの影からハトホルも姿を現した。ラルは目の縁の涙をぬぐった。
「でもなんで最初から言ってくれなかったんだ…?」
「いやぁな…昨晩セイト坊を見つけたときに、セイト坊が自分のことは黙っといてくれって」
カランが答え、セイトも口を開く。
「丁度良い機会じゃったよ、いつまでもお前の面倒を見てられる訳じゃないしのぉ、様子を見たかったんじゃ」
「あは、よかった」
「おい、また泣くのか?ラル坊」
カランがからかうが、ラルはしっかりとそれに答えた。
「いいや、大丈夫だ」
するとハトホルが微笑みながら3人に言った。
「晩ご飯を食べましょう、冷めちゃいますよ」
「おぉなんじゃこれは、うまそうじゃのぉ」
「ホレ、セイト坊も座れよ」
「では頂くとしようかのぉ、ラルの特訓の話もしたいしの…」
セイトは悪い笑みを浮かべてラルを見た。
「ゲ…親父、見てたのかよ…」