優渥のメディカ【第2話・前編】
「カランはこれから何がしたいんだい?」
「…私はこの家を出たい」
「その後は何をするの?」
「…クルトのしたかったこと」
覚醒
突然、体が大きく揺れた気がした。遠くから伝わってくる低い音が、耳ではなく肌に伝わる。その音は振動と共に大きさを増し、また小さくなっていった。
「暗い」
声が出せなかったので、頭の中で呟いた。
「心臓止まってるんじゃないかな…静かだなぁ。体も動かせないや」
すると今度は自分の内側から、トン、トンと小さな音がした。その音は五つ目で音量を跳ね上げ、心臓を動かした。
欠落
ダンジョンを囲む森の中、ダンジョンの出入口付近で土が盛り上がり、地面から小さな何かが起き上がった。
地面から土塗れで出てきたのは小さな少女だった。地面にまで垂れる深緑色の長い髪に大きな獣の耳、見開かれた紫色の瞳。しかしその少女は地面にぺたんと座り込み、腕をだらりとし、顔だけ空を見てピクリとも動くことはなかった。
「明るい、今度はすごく明るい。文字通り目の前が真っ白だ。体に力も入らない。なにも聞こえない、でも多分地面に座ってるんじゃないかな…。
あ、指…動いたかも。音も聞こえる気がする、風の音かな。なんか肌がピリピリするなぁ。
―――なんとなく目が慣れてきたかも。
…月?夜の森ってこんなに明るかったっけ…。
なにか見える…洞窟?ここ、ダンジョンの入り口のとこだったの?
……ダンジョン?
なに…?ダンジョン?…ってなに?
どうして…あれ…
なんだっけ?今なにか考えていたような…なんだっけ…」
そんなことを考えていると、洞窟から足音と人の声が聞こえてきた。
「やっと外だ…ハァ…ハァ」
「休んでる暇はないよ、早く町に戻らないと!」
「わかってるよ…俺だって早く帰りたいんだ!」
洞窟の中から武装した二人の青年が出てきた。
一人は大きな鞄を背負い、片手にランタンを持ち、酷く疲れている様子だった。そして髪の色が黄土色と夜の森では少し目立っていた。
もう一人はなにか、双眼鏡のようなものを目に固定しており、鞄を背負っている青年を急かしていた。
「人…だ、助けて…もらわないと」
そう考えていると、鞄を背負った青年の方がこちらを見た。ランタンをこちらに向け目を凝らし、凝視している。どうにか今の状況を伝えて助けてもらおうと、声の出し方を必死に思い出していた。するとその青年は腰の短剣に手を伸ばし、呟いた。
「
彼が口を動かして話したのを見て、声の出し方を思い出した。
「体が動かないの、助けて」
そう言ったと思うのだが、彼はまだ私を黙って見ている。どうやら声が出せていないようだ。
「どうしたんだ、早く行かない…と…」
急かしていた方の青年もこちらに気付いた。鞄を背負った青年が問いかける。
「おい、アレはなんだ…?暗くてよくわからん」
「……人間だ…」
「お前正気か?森ン中だぞ…。とりあえず見てくる」
「わかった。僕は見張りをやっておくよ」
それから鞄を背負った青年はこちらに近付いてきて屈み、私の目の前で手を振った。
「おい、意識はあるか?大丈夫か?」
「意識はあるけど声が出せない、体も動かない…うーん、どうしたものか」
そんなことを考えていると、彼は手を伸ばし、私の肩に触れた。その瞬間、肩に激痛が走った。
「熱ッ!!」
反射的に体が動いた。というより跳ねた。
「うわっ!」
彼は急に私が動いたのを見て驚いた。肩の痛みはすぐに引いた。
「あ、声出た。体も動く!」
「なんだ…生きてたか。おい、大丈…」
彼は腰を上げて大丈夫かと聞こうとしたが、途中で詰まった。足元のランタンが眩しい。
「お前…なんで素っ裸で土に塗れてるんだ?」
彼はそう言ったのだ。私が少し体を動かすと、なにかが剥がれ落ちた。土だった。
「え…あれ?」
私は布の一枚も羽織っていなかった。
彼は背負っている鞄を下ろし、中を漁った。綺麗に折りたたまれた布を取り出し、私の前に突き出す。
「色々質問はあるがその…こんなものしかないが羽織ってくれ」
数秒時間は流れ、私は思い出したかのように手で胸を隠したが、その時なにか違和感を感じた。
「小さい……ん?なにがだっけ…なにが…」
どんどん記憶が抜け落ちてゆくのを感じた。とにかく、私は彼が手に持っている布を受け取りそれを広げた。かなりの大きさだった。
「ありがとう」
礼を言って布で体を覆う、肌がピリピリした。すると彼はいくつか質問してきた。
「お前みたいな非武装の子供が、どうして森にいるんだ?それに…」
私の足元を指さす。
「そりゃなんだ?」
下を見ると、毛の生えた蛇のようなものが私に向かって伸びていた。それは私の後ろに回り…
自分の尾てい骨の辺りを触って確信した。
「なにこれ…尻尾…?」
「尻尾、だな。普通の人間には生えてないものだと思うのだが…」
「私…知らない。なんでこんなものが…」
それに私ってこんなに髪長かったっけ…。
「…お前、本当に人間なのか?」
「私は…」
人間だ、と言えなかった。現に私には普通の人間に無いものが付いている。彼は一呼吸おいてまた話し出した。
「…まぁ、ほぼ人間の形をしてるし、言葉も話せる。こんなの初めてのことだが…お前名前は?」
「私の名前は…か…」
「…か?」
「か…か…」
つい数秒前までははっきり覚えてたのに、思い出せない。絶対に忘れるはずないのに。
「なんだ…?自分の名前もわからないのか?」
「わかる!わからないわけ…ないじゃない」
しばらくの間私が記憶を必死に辿っていると、奥から双眼鏡の青年が走ってきた。
「マルタス行くよ、獣だ。まだこちらには気付いてないみたいだから、早くここから離れるんだ」
私の目の前にいる、鞄を背負っていた青年はマルタスという名前らしい。
「チッ…おい行くぞ」
二人は走り始める。私もそれに付いていこうと地面を蹴った。つもりだったが
「へっ…?」
一歩目で盛大に転んだ。前の二人は私が転んだことに気付き、双眼鏡の青年の方がこちらに駆け寄ってくる。
「しっかり掴まって」
と言いそのまま私を肩に担ぎ上げた。長い髪と尻尾がふわりと揺れる。
「わっ!」
担ぎ上げられたことに驚く、そして地面が遠く感じた。
「ちょちょちょっと!大丈夫!自分で走れるから!」
「もう少し我慢してくれ」
私はもがこうとしたが、力が入らなかった。
…まぁ楽だしいいか、と最後には思った。
復元
しばらく走ると、マルタスがへばった。
「ア゛ア゛…!もう限界だぞ!へとへとだ…」
「ふぅ…そうだね、ここらで夜を明かそう。暗くなり過ぎた」
「くっそー、仕方ねぇか」
マルタスは疲れ切った様子でへたり込んだ。
「…あの」
私はというと双眼鏡の青年に担がれていた。
「あぁごめん、今下ろすよ」
今度はきちんと地面に立つ。髪は地面に達するほど長く、それとは別にまたある違和感を覚えた。
以前より目線が低い気がしたのだ。
……以前。
また記憶が抜け落ちた。
「改めて見ても、本当に子供なんだね…君、名前は何ていうの?」
双眼鏡の青年が屈んで私の顔を覗き込み、優しく話しかけてきた。もしかしてそれは双眼鏡じゃないのかな?
「覚えてねぇんだとよ」
奥で鞄を下ろしたマルタスが気だるそうに言った。
「え…。じゃあ…どうやってあんなところまで一人で?」
私は必死に考えた。思い出せるはずなのに思い出せないというのは、こんなにもイライラすることなのだと思い知った。
双眼鏡の青年は私が答えるのを待っていたようだが、私の顔を見て無理に答えなくてもいいと言った。
「俺は寝るぜ、交代の時間になったら起こしてくれ」
交代というのは見張りのことだろう。マルタスはいつ取り出したのか、寝袋に包まって横になっていた。ランタンも消されており、月明かりだけが森の中を照らしていた。
「マルタス…まだこの子が居るのにランタン消しちゃだめだよ」
双眼鏡の青年が呆れた様子でマルタスに言う。
「んじゃソイツも寝かせろよ」
眠そうに答えている。マルタスはそのまま寝てしまった。私は地面に横になってみるが、ちっとも眠くなんかないのだった。
「ごめんね、マルタスがあんなので…」
双眼鏡の青年が寝転ぶ私の隣に座って話しかけてきた。
「あの…あなたの名前は?」
寝転んだまま、私は聞いてみた。
「僕はゼーラ・ニトラ、ゼーラって呼んでくれ」
「ゼーラ…か、ゼー…ラ」
私は顔を上げて、ゼーラの顔を覗き込んだ。双眼鏡のような物を外した彼と目が合った。
その顔には見覚えがあった。
「…クルト、なんで…生きて…」
思わず体を起こし、彼を凝視する。
「え…?」
「いや…クルトだよね…?ボクだよ…忘れたの?」
思ってもいない言葉が出た。その声はひどく震え、嬉しさと疑念が混ざりあってひきつった笑顔を生み出す。体も震えていたかもしれない。
記憶が湧き出す。
「『ボク』?クルトって誰なんだ?」
「あ…あぁ…そう…か」
全部思い出した。『ボク』のことも、『クルト』のことも、ダンジョンのことも、その中での出来事も、何もかもを。
「痛っ…」
頭が痛むが、やっと意識がはっきりしてきたようだ。頭に手を当て、意識を集中させる。
「大丈夫かい?」
ゼーラが気遣っている。こんなところまでクルトにそっくり、懐かしい言葉遣いだ。
「大丈夫だよゼーラ、それよりもボクの名前なんだけどさ」
「君の名前?」
「ボクはカラン・コエ・アイビー」
ゼーラが不思議そうにこちらを見ている。
「思い出したのかい?」
「うん、カランって呼んでくれよな」
ボクは彼の隣に座った。
「わかった。カラン、今更何だけど君は一体何者なんだい?尻尾や耳…なのかな?それについても」
「もちろんそれも話すよ。全部思い出したんだ。だからゼーラにはボクの色んな話を聞いて欲しいな」
月明かりがところどころに生えているクリスタルと、座る二人を暗い光で照らした。
前編短いでしょう…
安心してください、中編クソ長いです。