「卒業旅行?」
天の神を倒してから数か月後、世界を無事に取り戻した勇者部一行は卒業したはずの前部長犬吠埼風の発言に首を傾げた。
なお、場所は勇者部部室。卒業前に言ったここに入り浸るということを本当に実践してしまった。
「ええ、そうよ!ほら、私って卒業したじゃない?んで、西暦の時代に卒業したら大事な人たちと旅行する習わしがあったそうなのよ」
「へぇー、風にしてはいい案じゃない。何処に行くか決めてるの?」
「ちょっとそれどういう意味よ!そんなんだから新部長を樹に奪われるのよ!!」
「はぁ!?別に部長とか興味ないし!」
「あれ、夏凜ちゃん。樹ちゃんが部長に決まった時小声で『悔しくないもん』って…」
「友奈、アンタねぇ~!」
「…それで風先輩、どこに行くか決めてるんですか?」
「あぁ、そうだったわね。話し合ってしっかりと決めたわ。――乃木!」
「了解であります~!」
風が園子を呼ぶとノリノリといった感じで数枚のフリップを取り出した。すると、ガラガラと勇者部の扉が空く。
そこには少しばかり怒っている樹の姿があった。
「お姉ちゃん!いつも言ってるでしょ、学校に来るときは事務室で手続きして許可証を貰ってって!!」
「うっ!…事務室とかの空気あんまり好きじゃないんだよねぇ~」
「……もうしょうがないお姉ちゃんなんだから」
諦めたように言った樹は先ほど貰ってきた許可証を手渡す。
なお、このやりとりは既に何回も行われており皆はいつものよう苦い溜息を零した。
「あっ、樹には朝話したわよね。卒業旅行の話」
「うん。まぁ、全容は全然知らないんだけど」
「ふっふっふ~、いっつん、私とふーみん先輩でプロデュースしたから安心していいんだよ~」
「寧ろ、不安しかないんだけど本当に大丈夫なの?」
「それでそれで!園ちゃん何処へ行くか教えて!!」
「じゃあ、乃木が持っているフリップを見てちょうだい。まぁ、行くのは壁の外。復興途中だから何もないけど昔の世界の探検と洒落込む予定よ」
「けどけど~、私たちはもう勇者になれないからねぇ。遠出はできないんよ~」
「だからあまり遠出はせずに長野を目指すわ!」
「それ本気で言ってるの!?というか、思いっきり遠出してるじゃない!!」
「そのっち、まさかとは言わないけど歩いてなんて言わないよね…?」
「大丈夫だよ、わっしー。そこらへんはしっかりと現勇者部顧問の先生にお願いしてあるから」
現勇者部顧問。その言葉が紡がれるのと同時に一人の先生が部室に入ってきた。
眼帯を付けた先生を友奈は笑顔で迎える。
「あっ、安芸先生!こんにちわ!!」
「こんにちわ、結城さん。皆も。乃木さんからお願いされてね、私が車を出すことにしたの。大赦のほうからも許可は取ってあるわ」
仮面をつけた神官だった彼女。しかし、天の神が倒されるのと同時にその彼女は死んだ。
仮面を外した安芸先生は讃州中学に勤め、勇者部の顧問となっていった。
最初は皆から警戒されていたが涙ながらに謝罪する姿を見て良い方向へと進んでいったのだ。
先代勇者、三ノ輪銀の落命。また、乃木園子の寝たきり状態、鷲尾須美の記憶喪失と足の機能の停止。
この3つの要因が彼女を冷徹とさせる原因だった。辛い思いをするならその心に仮面をつけて安寧を得ようとしただけだった。
今になったらその辛さを勇者部全員が理解している。
「けど、風。なんで長野なの?東京とか京都辺りが有名だしいいんじゃないの?」
「まぁ、私もそう思ってたのよ。けど、乃木ん家で見つけた初代勇者の勇者御記に長野の勇者とうどんvsそば論争したっていう書き込みがあったじゃない?だから、私が直接長野に出向いて確かめてやろうって思ったのよ!!」
「うどんとそば、どっちが優れているのかね!!」
勇者御記によると初代勇者が長野の諏訪を訪れた時様々な種を畑に植えたと書いてあった。なら、そこからいくつか拝借し、調理しようという考えなのだ。
そして、火の海だった世界になぜ元の世界が残ったのか。これは、現実の上書きだと大赦は説明した。
例えば、Aのレイヤーに現実の世界があるとしよう。けれど、天の神によって火の海であるBのレイヤーがAのレイヤーの上に重なってしまったのだ。友奈が天の神を倒したことによってBのレイヤーが消え去り、Aのレイヤーである現実の世界が現れたということになる。
「はぁ~、そうだろうとは思った。…まぁ、私はいいけど」
「まぁ、にぼっしーが忙しいって言って断っても春信さんから予定は粗方聞いてるから無理やりにでも連れて行くんだけどね」
「アンタ、まだ兄貴と連絡とり合ってんの!?」
「私は賛成です!」
「友奈ちゃんが行くなら私も」
「私も大丈夫です」
「そう、なら出発は明後日から始まる5連休。各自しっかりと準備するようにね」
安芸先生はそう言って踵を返した。
すると、後ろから園子が声を掛ける。
「ねぇ、先生。まるであの時の遠足みたいだね」
「…―――そうね」
彼女はそれだけ言って部屋を後にした。しかし、最後の言葉に込められている感情を東郷と園子が気付かないわけもなかった。
「なら、いろいろ食事とかの準備をしなきゃね」
「鉄板!焼きそば作るために必要なんよ!!」
「園ちゃん、それナイスアイデア!」
「ちょっと、お姉ちゃん!園子さん絶対余計な荷物持ってくるタイプだから止めて!」
「樹、それは無理よ。乃木を止めれる東郷が賛同してる時点で負け戦、受け入れるしかないわ」
達観した目で風は呟く。
次の日、放課後勇者部はイネスへと買い出しに出掛けてきた。学校終わりのため小学生や中学生、高校生が目立つ。
「ごめん!ちょっと遅れた!」
「…いつも思うけど本当に馬子にも衣装よね」
風の高校の制服姿に夏凜が見とれる。
それを風がからかい、ちょっとした言い合いになる。これも勇者部が手に入れた日常だった。
「はぁ~…にぼっしーとふーみん先輩のお陰で創作意欲が湧いてきた~」
恍惚とした表情を浮かべる園子は、ふと一軒の花屋を目にした。
店頭に並べられている花の一つ。赤いその花は園子の胸をキュッと締め付けた。
東郷もそれに気付き、その花の名前を口に出す。
「牡丹…」
すると、見たことない制服を着た同い年ぐらいの女の子がその花を手に取って、購入した。
夏凜が小さく声を洩らす。
「ごめん!ちょっと用事出来た!」
そう言ってその女の子の所へ駆け寄った。
「夏凜ちゃんの友達かな?」
「嘘…夏凜に他校の友達なんていたの?」
「お姉ちゃん、それ夏凜さんに聞かれたら怒られるよ…」
樹が苦笑いを零すと夏凜はすぐに戻ってきた。
「にぼっしー、もういいの?」
「まぁね。また会う約束もしたし」
「園ちゃんもさっきの人知ってるの?」
「少しだけね、それでなんて言ってたの」
「墓参り行ってくる、って」
その言葉に空気がガラリと変わる。
夏凜もすぐさまそれを感じ取ってか事の重大さに気付いたようだった。
「そこまで暗くなる必要ないわよ。一度もあったことのない人だし」
「会ったこともない人の墓参り…?」
「まぁ、ね。けど、アイツと私はその会ったことのない人からバトンを託された。だから、墓参りする理由は十分でしょ。…それに私もしたし」
最後のほうはよく聞き取れなかったっがそこまで聞いて事情知る園子以外は察した。
夏凜は元々、大赦のほうで勇者の訓練をしていた。そこで一人だけライバルと言える女の子がいたというのを聞いたことがある。
そして、夏凜が使っていた勇者デバイスの前の持ち主。
それだけで皆に笑顔が戻った。
「はぁ~、まったく私たちの先輩勇者は愛され過ぎでしょ!」
「風先輩たちもしっかりと愛されてますよ」
東郷の返しに口をそろえて笑う。
そのあと、食料などを買い込んで準備万端にするとついにその日がやってきた。
讃州中学校門前に大荷物の勇者部の姿、するとエンジン音を鳴らしながら一台の大型車が停止する。
長旅になることか食料を積める広さと車中泊になるかもしれないから全員が椅子を倒して寝れるその大きさに圧倒される。
「おぉ、ロックな車だぜ~……」
「何いってんのよ、乃木。この車の持ち主はアンタの所の家じゃない」
「ん~!楽しみだね、東郷さん!!」
「そうね、友奈ちゃん。けど、はしゃぎすぎては駄目よ?」
「はーい」
「オカンが……オカンがおる……」
東郷のオカンっぷりに風は驚愕するがそれと同時にこの卒業旅行で一番張り切っているのは東郷だと感じた。
「にしても、何か東郷気合入ってるわね。どしたの?」
「白鳥さんと水都さんが住んでいた場所ですからね、気合いが入るのは当然です!」
「……あれ?その二人って初代勇者と巫女よね?なんでアンタがその二人を知ってるのよ」
「まぁ、いろいろ合ったのよ、夏凜ちゃん」
東郷だけが知るあの時の出来事。
牡丹が似合う少女を初めとした英霊たちの助け、そして、園子に調べてもらった西暦勇者たちの情報から長野に住んでいた歌野と水都を尊敬の意を東郷は持っていた。
一人で精霊の加護もなくバーテックスを倒し続け、尚且つ一人で勇者を精一杯サポートし続けた巫女。
今だからわかるがその偉業は途徹もないものだ。
「さぁ、出発するわよ!」
安芸先生の号令に返事をし、乗り込む。
そして、そのバスは長野に向けて出発した。
「東郷さん、東郷さん!うさぎさんがいる!!すっごい可愛い!」
「あらあら、友奈ちゃんも可愛いわよ」
「わっしー、最近キレッキレだね~」
友奈の指差す風景には緑が生い茂り、野性動物が溢れ帰っていた。
道路は大赦の調べた経路でいけば問題ないため安全に進むことができる。
夏凜と樹と風はトランプで遊び、東郷と友奈は談笑、園子は寝たりボーッとしてたりする。
すると、安芸先生が後ろに振り返り一つのDVDを渡してきた。
「今日の目的地までまだ時間がかかるから良かったらこの映画を見ていなさい」
「?なんですか、これは?」
「はっ!?これは!!」
「乃木、知ってんの?!」
「ううん、知らな~い。けど、かなり古い映画だったはず」
「乃木さんの言う通りよ。これは新世紀元年に放映された映画、『御主、名は。』」
パッケージには高校生とおぼしき男女が田舎と都会、二つの背景をバックに立っていた。
あらすじを見るに恋愛ものだと思うと樹が言うと園子の目がピッカーンと輝いた。
どうやらグッと来るものがあったらしい。
バスに備え付けのテレビを起動し、DVDを入れて再生する。
ふと、風が夏凜に注意する。
「夏凜、感動して泣くんじゃないわよ~?」
「なっ、ななな泣かないわよ!樹じゃあるまいし!!」
「私、夏凜さんの中でどういう立ち位置なんだろう……」
「よがっだぁ~!三葉ちゃんが瀧くんに出会えてぇ~!!」
映画が終わると友奈は涙を流す。ほかも似た反応だった。
「ふぅ~…。あら、夏凜目が赤いわよ」
「うっさいわね…。そういうアンタも赤いじゃない」
「ひっく…!いい話でしたね…」
「おきに召したようね。なら、そろそろ今日の目的地に着くわ。用意しておきなさい」
映画が思った以上に受けたのがよかったのか安芸先生の声のトーンが少しばかり上がっている。
これは嬉しいときに出す声だと長い付き合いの園子と東郷はすぐに勘づいた。
そして、目的地は昔の日本の重要都市【京都】である。
美しい外観で外国人たちに人気を博していたがそれはバーテックスに壊されており見るも無惨なものだった。
だが、少しだけ残っている神社などがある。
辺りはもう暗くなっており、皆、お腹が空いている頃だった。
「よーし!東郷さん、ご飯食べよっか!!」
「そうね、そのっちが持ってきた巨大鉄板があるし焼きそばとかいいですか?」
「そうね、樹と夏凜はお皿とか用意してもらえる?乃木は…寝てるわね。友奈と東郷と私、あとは安芸先生で焼きそばを作りましょう」
「あら、私もいいの?」
風が笑顔でうなずくと安芸先生の表情にも笑顔が浮かんだ。
ちなみに、樹と夏凜に皿の用意をお願いした風にたいして園子が今までに見たことのない笑顔で「ふーみん先輩、グッジョブ!」と言ったのは余談である。
焼きそばを作り始めると園子が起きて乱入してきたり、友奈が塩コショウを溢したりといろいろハプニングがあったが何とか調理し終えると安芸先生の表情が曇っているのに気付いた。
その視線の先にはピーマン。
「ピーマン…」
「苦手なんだ」「変わらないですね」「安芸先生可愛い!」
風と東郷と友奈の発言に安芸先生は顔を真っ赤にして反論する。
「苦手じゃないわ!」
その日の夜はとても楽しいものになった。
「東郷さん、起きてる?」
「うん、起きてるよ」
皆が寝静まったあと友奈は東郷の寝袋へ入り込む。
「えへへ、あったかいね」
「…どうしたの?」
「…ーーーありがとう、東郷さん。私を助けてくれて」
何度言われたかわからない感謝の言葉。
東郷は笑顔でうなずき友奈の手を握る。
「うん、どういたしまして。…おやすみ、友奈ちゃん」
「……おやすみ、東郷さん」
二人の握られた手は離れることはなかった。
そして、二人の意識は闇に誘われ次第にその瞼を静かに閉じた。