「鍛えてますから」

古来より妖怪を払う術を持っている彼らは、人に害をなす妖怪から人々を守っていた。

人は彼らを『鬼』と呼んだ。


この物語は、妖怪の出やすい高校に通っている一人の『鬼』と美術部員たちの放課後物語。




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オリ主タグは念のため。




一之巻:部長の友達――或いは、響鬼の事

 

 

 

 

 世界は不思議で満ちている。世には異形がひそんでいる。

 人間の理解を超える不可思議な現象。非科学的で非日常的な生き物。

 それら奇怪な一群を、人は総じて『妖怪』と呼んだ。

 『妖怪』。またの名は(あやかし)、物の怪、魔物、怨霊。それらは時や場所によって多種多様に名前を変え、姿かたちを変える。時には神と崇められることもあった。

 人に『妖怪』のすべてを知ることなどできはしない。

 しかし『妖怪』は古来より、人の生活に寄り添い、その存在を伝えられてきた。そして、その中には人として生きる者もいる。

 ()()もそうだ。

 人に近い体を持つ彼らは、古くから人にまぎれて生きてきた。

 しかし、優れた()を持つ彼らを、人は“恐怖や邪悪の象徴”として伝えている。

 だから、彼らは決して人に(まこと)の姿を見せはしない。

 それでも、人は彼らを知っている。

 

 異色の肌、強靭な肉体、頭部のツノ…………。

 

 人は彼らを、『鬼』と呼んだ。

 

 

 

 

  ***

 

 

 

 

「鍛えろ、腕をー、脚をー、ラララー。走って行くよ、学校へ」

 

 六月下旬の朝、学ランを着た青年がひとり走る。衣替えのシーズンも過ぎ去り、ジメジメした空気が続く中、重いカバンを担いでいるにもかかわらず、青年の足どりは靴底にバネでもつけているのかと思うほど軽い。

 今日、久々に顔を出した青空に、白く眩しい朝日が昇っている。アスファルトにできた水たまりも輝かしい陽の光を反射していた。

 その情景の心地良さに、自然と青年の口元が緩む。

 

「走るよ、坂をー、道をー、行くよー。今日は快晴、いい天気!」

 

 『メリーさんの羊』のメロディーを口ずさみながら、青年は自身の通う高校の門をくぐった。春から通い始めたこの通学路、家から学校への景色もだんだん時が経つにつれて色を変えている。入学式の時にピンク色だった桜の樹も、今ではすっかり緑一色だ。

 普通に歩いて登校している生徒達を次々と追いぬいて、青年は校舎に入った。

 

「おはよう、日高」

「おぅ白塚」

 

 青年――日高(ひだか)(ひびき)が昇降口に着くと、同じクラスの友人、白塚(しらつか)真一(しんいち)が靴を履き替えていた。

 日高はくるりと手を回し、指を三本たてて「いーよっ」と敬礼のようなポーズを白塚に向けた。

 

「今日も走ってきたのか?」

「あぁ、日課みたいなものだからな」

「遅刻するわけでもないのに、よく毎日走ってられるな。息もほとんど切れてないし……」

「鍛えてますから」

 

 教室に向かいながら二人は他愛もない話をする。日高と白塚は1年生の時に同じクラスになった時からの付き合いだ。特に同じ趣味も持っていたり、話が合った訳でもないが、席が近かった事もあって自然と話すとようになり仲良くなった。今ではお互いに相手を友達だと言えるくらいには仲が良い。

 

「そういえば、白塚、今日はなんだか機嫌が良いけど、何かあった?」

「そうかな? 特に何もないけど。そう見える?」

「あぁ、まるで誰か新しい絵のモデルになってくれる人を見つけたみたいな顔してるぞ。この間、頼んで玉砕した陸上部員にオーケーもらった?」

「もう、日高まで……。いくら僕でも、断られてすぐにお願いしたりしないってば」

 

 白塚はがっくりと肩を落とす。彼は美術部の部長をしており、よく人に絵のモデルを依頼している。この間も陸上部の磯部という女子部員に依頼して、告白と勘違いされていた。

 

「そっか。じゃあ俺の気のせいか」

「そうだよ。じゃあ、また」

「あぁ」

 

 教室に着くと、日高は若干の引っかかりを覚えつつ白塚と別れ、自分の席に向かった。

 今日の1限目の授業は古文である。一日のはじめから堅苦しい文を読まなければいけないことに、少し辟易としながらも、日高は机についた。

 

 

 

  ***

 

 

 

 『ウェストミンスターの鐘』が鳴り、今日の授業の終わりを告げる。今日の最後の授業は歴史だった。それも世界史。あまり異文化に馴れていない日高にとっては、肩がこる授業だった。

 日高はグイッと腕を伸ばして体をほぐすと、そのまま席を立った。今日は掃除当番というわけでもなく、部活や委員会にも所属しているわけでもないが、彼は急いで教室を出て、人知れず校舎の屋上へとやってきた。

 ()()をする為に教室から屋上まで移動するのも、登下校のランニング同様、今ではすっかり慣れたものだ。

 日高は周りに誰もいないことを確認すると、ズボンのポケットからなにかを取り出した。折りたたまれた形をしているそれは、広げるとシャキーンっと音を鳴らして、鬼の顔が描かれた音叉となった。

 日高がそれを弾いてゆっくりと振ると、まるで“なにか”と共鳴しているような音が辺りに響く。

 やがて、その音を聴いてなのか、屋上に向かって“なにか”が飛んできた。

 それは日高の元まで飛んでくると、バサバサと翼を動かして、日高の眼前で止まる。

 その動くモノは、“(タカ)”の形をした折り紙だった。

 

「よっ。何か見つけた?」

 

 日高が訊ねると、その白い紙の“タカ”はキュイキュイと動いて首を振った。それは人に危険を与えるような()()が見つからなかった時に、その“タカ”がよくやる動作だった。

 

「そうか。じゃあ引き続きよろしくな」

 

 飛ぶ“タカ”に向かって「シュッ」と日高は手をくるりと回す。

 “タカ”はキューイと鳴くと、彼のその言葉に応えるように、またどこかに飛んで行った。

 

「よし!」

 

 “音式神(おんしきがみ)”の定期確認を終え、日高は屋上を後にした。

 ランニングと合わせて、放課後に音式神から“探索結果”を聞くことが、この学校に入学してからの日高の日課だった。

 

 

 

  ***

 

 

 

 梅雨もすっかりと過ぎ去り、セミの鳴き声も下火になってきた八月。

 

「えっ、今なんて言った新井? ワンモアプリーズ!」

 

 放課後の美術室では小学生並みの背丈をしたメガネ少女――経島(ふみしま)御崎(みさき)が声を上げていた。見た目からどう見ても高校生には見えない彼女だが、一応、この場にいる最年長の二人の内の一人である。

 もう一人の最年長は、いま経島が言葉を投げ掛けた新聞部の女子生徒、新井(あらい)(ひかる)。彼女は数ヵ月前から頼まれている『なにか怪談的な話があれば美術部に教えろ』という(経島からの)頼みに応えるため、美術室に来ていた。

 

「だから、放課後の裏山で、トレーニング中だったレスリング部の女子部員が十トントラックくらい大きなトラ柄の“蜘蛛”に襲われて、赤紫色をした“鬼”に助けられたらしいわよ」

「バんな、そカな。どこの特撮映画よ」

「知らないわよ。私が見たわけじゃないんだから」

「その襲われた女子生徒は大丈夫だったんですか?」

 

 美術部の(おさ)である白塚が訊いた。2B鉛筆を走らせていた彼は、一度その手を止めて新井の方へ目を向ける。

 “(イタチ)の妖怪”に絵のモデルを頼んでからというもの、(色々とあって)学校内で起きた怪現象を解決するのが、彼の所属する美術部の仕事になっていた。

 すっかり見慣れてしまった“のびあがり”に、“畳叩き”、“ヤカンズル”と、出やすい環境であるこの高校は怪現象には事欠かない。先日なんて稲葉(いなば)(さき)と名のる新任の英語教師に化けた“九尾の狐”とひと悶着あったり、プールに現れた“牛鬼”に襲われたりもした。

 

「逃げる際に足を捻ったみたいだけど、幸い無事だったみたい。その生徒にも話を聞いたんだけど、あまりにも現実離れした光景だっただけに、本人も本当にソレを見たのかどうか自信がないみたい」

「……そうでしょうねぇ」

 

 『襲い来る怪物蜘蛛、逃げる女子生徒、それに助けに入る正義の鬼』という、どこぞのヒーロー物のような光景を思い浮かべて、白塚は同情したように苦笑いした。

 思えば、白塚自身もはじめて“妖怪”に会った次の日、『昨晩のアレは夢だったのではないか』と疑っていた。

 あの夜の事を思い出しながら、白塚は“当人”である彼女に目を向けた。

 

「まぁ、以上が新しい怪談話ね。確かに伝えたわよ」

「うん、ありがとう。輝」

「どういたしまして」

 

 この場にいるもう一人の美術部員、伊達クズリが礼を言う。

 ひと通りの報告を終えると、新井は「よく分からないけど、気をつけてね」と言ってスタスタと美術室を後にした。

 

「それで御崎、輝の言ってた“蜘蛛”や“鬼”って何か分かる?」

 

 新井が美術室から出ていくと、クズリはすぐ経島に訊ねた。そんな彼女の様子を見て、白塚は「今日も綺麗だなぁ」と惚けている。

 

「“鬼”の方はサッパリだけど、“蜘蛛”の方はおそらく『土蜘蛛』でしょうね」

「ツチグモ?」

 

 クズリは顔を傾け、『何それ?』というような表情をした。

 

「大蜘蛛や山蜘蛛とも言って、わりと有名な蜘蛛の妖怪よ。昔は朝廷やらなんやらの偉い人に刃向かう逆賊の事をそう呼んだんだけど、後の伝承で蜘蛛の姿をした妖怪って話が出てきて、やれこの世を魔界にするだ、法師や女の人に化けるだ、人を食べるだ、とか言われるようになった妖怪ね」

 

 経島が図鑑に載っているような説明をスラスラと述べる。彼女は美術部員にもかかわらず、放課後の活動時間にノートパソコンを開いては妖怪の伝承を調べている、いわゆる『妖怪博士』のような女子高生であった。

 

「それって何か祓う方法はあるの?」

「さぁ。お話じゃ源頼光に退治されたとかされてるから、力技で倒すしかないんじゃない。てことで、今回もイタチちゃんにスパッとやってもらうしかないわね」

「うん、わかった!」

 

 ギュッと手を握りしめて「まかせて」とクズリが言うと、経島はノートパソコンをパタンと閉じた。

 

 

 

  ***

 

 

 

 

「はーい! というわけで、我々美術部員3人は裏山へとやってきましたぁー!」

「誰に話してるの、御崎?」 

「イタチさん、いつもの事だから気にしちゃダメだよ」

 

 緑が生い茂る裏山にて、三人は土蜘蛛を探しにやってきた。

 

「それよりも、土蜘蛛から生徒を助けた“鬼”って何なんですか?」

「さぁーねぇ。でも土蜘蛛から女子生徒を助けたってことは良いモンなんでしょうよ。まぁ、一言で“鬼”っていっても色々だし、そもそも“鬼”ってのは『よくわかんないけど危なくて怖くて嫌な存在』っていう“妖怪の原型”みたいなヤツのことだから、実際どうなのか分かったモンじゃないけどねぇ」

「ちょ、ソレって大丈夫なんですか?」

「知らないわよ。良いモンならそれで良し。悪モンならイタチちゃんの鎌鼬で一刀両断。それで万事解決よ!」

 

 経島の言い分に、白塚は頭を抱え、クズリは苦笑いした。

 三人は歩を進め、件の“土蜘蛛”と“鬼”の姿を探す。

 

「ん?」

 

しばらく辺りを捜索しながら歩いていると、ふとクズリが足を止めた。

 

「どうしたの、イタチちゃん?」

「気をつけて。なにか来る!」

 

 一歩足を踏み出して二人の前に立つと、クズリは真剣な顔で林の影に向かって身構える。

 やがて、人の耳でも聴きとれる程に、ガサガサと草木のこすれる音がどこからか鳴り始めた。

 一体なにが近づいてきているのかと三人は様子を窺う。すると林の影から一人の“少女”が飛び出してきた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 白塚やクズリと同年代と思わしきその少女は、荒い呼吸をしながら膝をつく。

 

「はぁ、はぁ……あっ、た、助けて!」

 

 三人を見ると、少女は怯えた表情で助けを求めた。

 身体のアチコチに傷を負い、綺麗な長い黒髪も乱れている。少女はクズリと同じ制服を着ているが、その所々も擦り切れていた。

 

「お、鬼がッ!!」

 

 少女は自信の傷口を押さえ、足を引きずりながら三人の元へ近づき、自身がやってきた林の方向を指した。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「待って真一!」

 

 白塚は心配して近寄ろうとするが、寸前の所でクズリに止められた。

 

「その子、妖怪だよ!」

「えっ!!」

 

 クズリに言われて、白塚は再度少女に目をやった。言われてみると、容姿端麗な彼女からは人のソレではなく、どこかデザイン的または造形的な美しさを白塚は感じた。

 

「ということは、あの子が件の妖怪?」

「待って二人とも。またなにか来るよ!」

 

 クズリは耳と尻尾を出現させて警戒態勢に入った。頭部に現れたイタチ耳は何かの物音を聴き取っているようにピクピク動いている。

 やがて、またガサガサと音を鳴らして林の奥から一人の男が現れた。

 

「あ、ああっ!!」

 

 少女は人影を指して、悲鳴のような声を上げた。

 

「アイツです! アイツが鬼です!」

「……鬼だよ」

 

 男は動じることなく平然とした口調で言った。

 白塚にはその男に見覚えがあった。

 

「日高だよね……?」

「ん? おぉ、白塚じゃん」

 

 名前を呼ばれ、クラスメイトがいることに気付いた日高は、少女に向けていた鋭い表情を緩めた。

 

「なに白の字、あの鬼さん(仮)、アンタの知り合い?」

「クラスメイトですよ。名前は日高響。少し捉え所のないキャラではありますけど良いヤツですよ」

 

 白塚が経島とクズリに日高について紹介すると、彼は「どうも」といつもの敬礼のようなポーズを向けた。

 

「それより三人共、はやくソイツから離れな。危ないぞ!」

「えっ?」

「違う! 私は何も……!!」

 

 飄々と言う日高の言葉を聞いて驚く二人に向かって少女は必死に否定する。

 

「往生際が悪いヤツだなぁ」

 

 日高は口を歪ませてそう言うと、懐から“音叉”を取り出した。

 

「待って!」

 

 クズリが日高と少女の間に入り、日高は動きを止めた。

 

「……君も妖怪か?」

「うん、私はイタチ。名前は伊達クズリ」

「“響鬼”です……それより、そこ退いてもらえないかな?」

「イヤ、まず話を聞かせて!」

「…………参ったなぁ」

 

 クズリから警戒した眼を向けられて、日高はポリボリと頭を掻いた。

 

「悪いけど、詳しく話してる暇はないんだよね」

 

 そう言うと、日高は懐のポケットから紙束を取り出した。彼が紙束を投げて“音叉”を鳴らすと、空中に舞った紙は一斉に鷹の形に変化する。

 クズリは向って来た“紙の鷹”に驚き、瞬時に身を守る体勢を取ったが、鷹たちはクズリの横を通り過ぎ、後ろにいる少女に襲いかかった。

 十体ほどの鷹の群れは鳴き声を上げながら蜂の如く少女の周りを飛ぶ。少女は手で払い落とそうとしたが、やがてその中の1体が少女の身体に傷をつけた。

 傷から飛び出した血は、白塚たちの前の地面にも飛散した。飛んできた血を見て、白塚は思わず眉を寄せたが、その異様さに気づき、すぐ目を見開いた。

 

「えっ、血が白い!?」

 

 地面に飛んだ少女の血を見て白塚は目を疑った。

 

「白い血痕!? てことは……白の字、イタチちゃん! その女、土蜘蛛よ!」

「「えっ!!」」

 

 経島の言ったことに、白塚とクズリの二人は声を揃えて驚いた。そして怯えていた少女の顔は豹変して苦虫を噛み潰したような顔となる。

 

「チッ!」

「あっ、逃げた!」

 

 座り込んで弱っていた様子が嘘だったように、少女は林の中へと消えていった。

 

「待て!」

 

 日高が走り出して少女の後を追う。三人もその後を追うように林の中へと入っていった。

 

「………」

「よっ、ほっ」

「待って!」

「ハァ、ハァ、ハァ」

「ち、ちょ、あの子たち速すぎ」

 

 少女は俊敏(しゅんびん)に、日高とクズリは颯爽(さっそう)と、白塚と経島はつっかえ気味に、森の中を駆け抜ける。

 最後尾を走る二人は何度か前を走るクズリと日高の姿を見失いそうになったが、なんとかついて行く。やがて、立ち止まったクズリと日高を見て、白塚と経島も足を止めた。

 

「な、なに、どうしたの?」

 

 身構えているクズリ、そんな彼女の前に立つ日高の張り詰めた雰囲気を白塚と経島は感じ取った。

 

「三人とも下がってろ、危ないぞ」

 

 日高が後ろの三人に釘を刺すと、彼の前に生える木々が揺れ、地鳴りのような音が響いた。

 

「なっ! デカぁ!!」

「おぅ、(やっこ)さん、ヤル気満々のようね!」

 

 木々をなぎ倒しながら現れた、その妖怪の姿を見て白塚と経島の顔は一気に青ざめた。

 先程まで少女の姿をしていたと思われるその妖怪――“土蜘蛛”は、虎のような鳴き声を上げて不気味に赤く光る眼で四人を見ている。大きく広がっている六つの足は昆虫のような黒い光沢を持ち、素人が一見して分かるほど鋭い足先をしている。

 

「これが、土蜘蛛……」

 

 クズリは自身の前に対峙する土蜘蛛を見て、とても話の通じる妖怪でないと悟った。

 だが、土蜘蛛の様子を探っていると、彼女はその蜘蛛の身体が所々おかしいことに気がついた。六つの脚のうち真ん中にある右足は千切れ、胴部や額は傷ついている。クズリは目の前の蜘蛛がさっきまで少女の姿をしていた妖怪だと確信した。

 

「ついに本性をあらわしたなぁ」

 

 そう言うと、日高は手にしていた音叉を手の甲で鳴らした。

 キィーンと甲高い音を響かせたその音叉は、その後も継続して空気を揺らす。日高はその音叉についている鬼の顔を自身の額にかざした。

 その音に気づいた後ろの三人は土蜘蛛に注意を向けながら、日高に目をやった。すると途端に日高の体が紫色の炎に包まれた。

 

「うわぁ!」

「ち、ちょ、白の字! アンタの友達燃えてるわよ!?」

 

 日高を中心に妖気が立ち込める。周りに発散する風圧に押され、クズリは二人のそばまで後ろへ下がった。

 

「はぁぁぁァァァァァァ」

 

 紫炎の中から日高のものらしき声が木霊する。だが、いま目に見えるのは陽炎のような人影だけだ。

 

「タァッ!!」

 

 腕の一振りによって日高の纏っていた炎が一気に散れた。

 しかし、そこには人間としての日高の姿は無かった。

 体のほとんどは紫色の肌に変わり、顔には赤いラインが走っている。腕や手は赤く染まり、指先は棘のように鋭い。胸部には銀色の鎧のようなモノを纏っている。額には金色の鬼の顔があり、そのツノは頭部まで伸びて、彼の銀のツノとなっていた。

 

「あれは……!」

「“鬼”?」

「おぉぉ!」

 

 クズリ、白塚、経島の三人は目の前にいる鬼の姿に目を奪われた。

 

「響鬼です……ウォっと!!」

 

 変身した響鬼は後ろで驚いている三人に向けてポーズを決めようとしたが、土蜘蛛が襲ってきた事によってその場から移動することを余儀なくされた。

 

「おっとっとっと、まったく…………そんじゃ、行くぜ」

 

 いまから戦うと思えないほど響鬼は落ち着いた声で言った。

 響鬼が土蜘蛛に向かって走り出すと、土蜘蛛が口から吐いた糸が彼を襲う。響鬼は飛んでその糸をかわし、そのまま蜘蛛のトラ柄の胴部へ着地した。

 

「ヨッと! おぉっとと……」

 

 土蜘蛛は背中にのった響鬼を振り落とそうと暴れるが、響鬼はなんとかその場にとどまった。

 響鬼はバックル部分につけた円盤のようなものを素早く土蜘蛛に取り付け後ろ腰につけた(ばち)のような棒を持った。その棒は先端に透き通った赤い玉がついている。

 円盤のようなもの――音撃鼓は土蜘蛛の背中に付くと倍以上の大きさに巨大化した。

 

「はぁぁぁぁぁ、タァ!!」

 

 気合を込めるような声を上げて、響鬼は音撃鼓に棒――音撃棒を打ち付けた。

 ドドォーンと音撃鼓から“清めの音”が鳴る。その音は土蜘蛛の体内に鳴り響き、周辺の大気をも振動させた。

 

「ハァァ!!」

 

 響鬼は手を止めず、音撃鼓を打ち鳴らす。彼の打ち込むタイミングはなにかの音楽を奏でるようなリズムではない。ただただ土蜘蛛に音を打ち込むように彼は音撃鼓を叩いた。

 清く力強い音に土蜘蛛はうめき声を上げる。五本の足で大きく足踏みして、背にいる響鬼を振り飛ばそうとしたが、彼の太鼓を打ち鳴らす手は止まらなかった。

 やがて、土蜘蛛の動きが弱まっていった。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 トドメだと言わんばかりに響鬼は声を響かせる。

 

「タァァ!!」

 

 最後に打ち込んだ音撃に、土蜘蛛は叫び声を上げる。その声が徐々に止むと、土蜘蛛の体はかんしゃく玉のごとく爆ぜた。

 

「よっと……ふぅぅ」

 

 着地をきめた響鬼が脱力したように肩を落とす。すると、彼の頭が眩い光を放ちはじめた。

 その光が止むと、紫の体はそのままに日高の顔が元の人の顔に戻っていた。

 驚いた表情のまま日高を見ている白塚、経島、クズリの三人に、彼は優しい笑みを向けた。

 

 

「俺、結構鍛えてます!」

 

 

 

 

 

 

 


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