雪は嫌いだった。
雪の白さの中に、あの聖女を見てしまうから。
だからカルデアの立地は最悪だ。周囲は全て雪に覆われ、年中いつでも吹雪。景色にあるのは白一色のみ。
全て焼き尽くしたいと思ったのは一度ではない。周りの白が全部無くなってしまえば、窓の外を見る度こんな思いをする事もなくなるのに。
そんなことを考えながら、白に染まる窓の外を眺めていると誰かの足音が近づいて来た。見るまでもなく分かる。私に態々自分から踏み込んでくる愚か者なんて、彼くらいのものだ。
「こんな夜更けに出歩くなんて感心しませんね、マスター」
「いやぁ、なんだか寝れなくて……」
人類最後のマスターにして、人理救済の立役者。それが目の前の愚か者の正体だ。
「ジャンヌこそどうしたの?」
「似たようなものです。お気になさらず」
「そう?それならお言葉に甘えて」
そう言って彼は私が座っていた2人掛けの椅子の隣に腰を下ろした。
「……お気になさらずと言ったはずですが?」
「うん、だから気にせず俺も景色を見てるよ」
「……勝手になさい」
思わず溜息も出る。彼はこういう人間なのだ。勝手にこちらへと踏み込んでくる。それが私のような存在であっても。
しばらく2人で何も言わず、窓の外を眺めていた。外の吹雪の音だけが小さく聞こえていた。
「ジャンヌは、雪って好き?」
「いえ、あまり」
「どうして?」
「……思い出すのよ、雪の白さを見てるとあの聖女サマを」
「……そっか」
会話はそれきりで、また沈黙が降りてきた。
「……アンタは?」
「え?」
「アンタは好きなの?雪」
なんとなく聞いてみたくなって、今度は私が口を開いた。
「うん、好きかな。カルデアに来るまでほとんど雪なんて見なかったから」
「ふーん、そう……」
カルデアに来るまで。魔術師ですらない、一般人だった頃の彼を、私は知らない。普通の日常、などというものは過去の存在しない私からは1番遠いもので、知ったところで何になる訳でもない。
けれども。
「雪なんて1年に1回降るかどうかって感じだったからね、俺の住んでたところでは。……って、こんな話どうでもよかったね」
「いえ、もっと聞きたいわ。……アンタがどんな所で、どうやって生きてきたのか」
「大したことない、つまらない話でも?」
「そのつまらない話を聞きたいって言ってんのよ、私は」
何故だかは分からないけれど、私の知らないあなたの事をもっと知りたいと思った。
「……なら、わかった。……何から話そうかな……」
そうして彼の話に耳を傾けて、夜は更けていった。
彼の話したことはきっと彼にとってはありふれた、何でもないことだったのだろうけれど。
私にとっては新鮮で、そして何より。
彼の事に少し詳しくなったことが、私を喜ばせたのだった。
「……意外と悪くないかもね、雪も」