――と、人間はよく言うそうだが、彼女にはどうにもその感情が判らなかった。共に好むのであれば、何故両方を一緒に愛でないのかが不思議でならないからだ
 故に彼女は今日も我が道を往く。外様の都合など知ったことかと言わんばかりに、ただ己の心が求めるまま、花も喜ぶ団子を片手に



※特に何の説明もなく登場人物が仲睦まじくしていますが、そういう世界なのだとお考え下さい(「独自設定」タグはその為です)


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花より団子

 

 暦の上では冬も過ぎた今日この頃、人里にある一軒の団子屋の軒先では、やや厚手の装いをした少女達がお茶と喫食との最中であった。

 女三人寄れば姦しい とは何時の誰が言ったものであろうか。例え空を飛ぼうと人間で無かろうとも、「少女である」という事はそれらより前にあるものであり、知己の者同士が茶菓子を摘みながら ともなれば、彼女達が年頃である事も相まり賑やかさは一入のものともなろう。

 

 

「どうしたんだよ、二人とも黙りこんで。

 そんなんじゃ折角の団子も不味くなるぜ……あ、お代わり一つ」

 

 しかし、そんな三人……正確に言えばその内の二人ではあるが、その様子はとても歓談に花咲かせているといったものではなかった。

 一人は不機嫌そうにむくれたままお茶だけを啜り、一人は何故かぼろぼろの風体で無言のまま団子を頬張り続け、残る一人だけが苦笑しつつ話を進めているという状態は、御世辞にも楽しいお茶会とは言い難い。

 

「うるさいわね……大体、何であんたまで団子を食べてるのよ」

「そうですよ……

 いえ、団子は兎も角、誤解と知っていたのなら止めてくれたって良かったじゃないですか」

 

 燻る不満で頬を膨らませていた紅白の少女・霊夢が遠慮せずそれを吐き出し、白玉のような霊魂を伴う少女・妖夢も両手に串を持ったままそれに同意する。

 共に眉根を寄せ随分とご立腹な二人だが、至る経緯を知れば少しくらいは同意も得られようか。

 

 

 

 

 少女達による諸々のみであれば少し前、大元まで辿ればその発端はここ最近にまで遡る。

 先にも述べた通り、暦では既に冬も越えたこの時分、例年であればやれどこそこの桜が見頃だとか、次の宴会の予定は何時だといった賑やかな話題が人々の中心となり、自然往来にも活気が満ちているものなのだが、三人や行き交う人々の装いが示す通り、実際はと言えば未だに厚着を手放す事も叶わず、時折吹く風には人も草木も妖怪までもが縮こまるという日々が続いていた。

 無論、家どころか布団の外に出る事さえ億劫なのだから、花見なんてものが開かれる筈も無し。

 

 過去にも「春が来ない」という異変が起きている以上、幻想郷の均衡を守る博麗の巫女として見過ごす訳にはいかない。

 異変時特有の”勘”も無く、「暖かくなれば参拝客も賑わうだろう」と、寒い中一人せっせと支度していたものがふいになった事への八つ当たりが原動力の殆どであったりするのだが、ともあれ霊夢を突き動かしたその種火は忽ち闘志(と怒り)によって猛り狂い、特に目的も無く散歩を満喫していた魔理沙を巻き込んでの大捕物と相成ったのである。

 

 して妖夢最大の不幸はといえば、よりにもよって今日この日、そんな機嫌の悪い霊夢へ買い物帰りに遭遇してしまった事これに尽きる。

 確かに、件の異変において首謀者側として関わっていた前科や、それを踏まえ如何にも「何かあります」と言わんばかりの大荷物を背負っていれば疑われるのは仕方も無いだろう。が、此度のそれは繰り返す通り本当にただの買い物であり――そも、この寒さ自体、特定の誰かしらが意図的に引き起こしたものなどではない、純然たる自然現象であるのだ。これまで幾度となく的中してきた巫女としての勘が()()()()()()事こそ最大の証拠でもあったのだが……その時の霊夢に、そんな冷静さを期待するべくもなし。

 結局、弁明の暇すら無く弾幕ごっこへとなった果てに敢え無く撃沈(あまりにも状況と相手が悪い)。そこで同行していた魔理沙による仲裁が入り、漸く誤解が解け冒頭へと至ったのである。

 

 実の所、妖夢の言う通り魔理沙の方はこの寒さが異変によるものではない事に気づいていた(寒さに負けず飛び回り、地道な研鑽を重ねている賜物である)のだが、何分が鬼さえ逃げ出さん程の霊夢の剣幕である。下手な事を言えば自分にまで被害が及びかねず、適当なガス抜きをしなければ更に拗らせかねないと考えたが為に同行、運よく遭遇した鍋持参の鴨へ天命を託した という裏事情があったりもするのだが、何れにせよ「たまたま居合わせた」というそれだけで山羊扱いされた妖夢にとっては災難という他ない。それを鑑みれば、近くの茶屋で詫び替わりと奢られた団子を(主君と比べ)少しばかり遠慮せず頬張った所で罰も当たりはしないだろう。

 

 

「まぁまぁ、そう固い事言うなよ。どうせなら皆一緒に食べた方が美味しいじゃないか。

 霊夢の事だ、遅かれ早かれ誰かしらに八つ当たりしていただろう?

 これでも比較的丸く収まった方じゃないか」

「むぅ……それに関しちゃ悪かったとは思っているわよ」

「むぐむぐ……別に私が相手で無くても良かったのでは……」

 

 済んだ事とはいえ臆面も無く思ったままを言い、それでも場を取り持てるのは偏に魔理沙の社交性の賜物か。

 兎角、完全にとばっちりで巻き込まれた妖夢を除けば、浅慮な行動の代償として比較的軽微に済んだのも確かである。これが某世話焼き仙人の耳にでも入っていようものなら、お説教による拘束の時間と団子の消費量との増加により霊夢の財布(こころ)には更なる冷たい風が吹き荒んでいた事だろう。

 

 

「にしても、何時まで続くのかしらね、この寒さは」

「全くだ。霊夢じゃないが、この時期までともなると異変の一つでも疑いたくなるぜ」

「やっぱりあれかしら、外の世界での四季の乱れとかが影響しているのかしらね」

「うへぇ、異常気象の幻想入りとは恐れ入る。外の世界には一体後何が残っているのやら」

 

 お茶を啜りながら愚痴る霊夢に、団子を頬張る魔理沙も思わず同意する。

 如何に大結界で隔てられているとはいえ、「忘れ去られたモノが流れ着く」という存在意義そのものと言える性質がある以上、外界の大きな変化は少なからず内部にも影響を及ぼすもの。

 そも、幻想郷において神秘幻想の類が最盛期さながらの力を振えているのも、外においてそれらが失われ(わすれられ)た為であるのだ。それ以外の要素――例えば、色鮮やかなる四季折々の文様など――に関しても同様の理屈が概ね適応されている というのが一部では通説となっており、霊夢の言うように「濃淡ある四季が失われた」という事象の喪失さえ通り越し、「四季の乱れさえ無くなった」なんて概念(もの)が外の世界で過去のものとなれば、それが幻想郷に流れ着く事も決して在り得ない話ではない。

 

 尤も、少女達が真に気にしているのは世界の明日ではなく明日の花見。

 外から流れ着く異常も何のその、幻想郷の四季は今尚見る者の心を震わせるだけのものであり、夏の祭り、秋の月見、冬の雪見と来れば春の花見こそが風物詩。別段やろうがやるまいが春告精は勝手に湧いてくるが、花見の一つも無いままでは気持ちよく春を迎えられない というのは人妖問わぬ共通認識であり、自然現象だからと諦める程聞き分けの良い者もそうはいない。

 

 

「もぐもぐ……いえ、ですがそろそろ寒さは収まると思いますよ。

 むぐ……ご馳走様でした」

 

 と、ここまで団子を食べる方に注力していた妖夢が漸く自ら話に加わってきた。見れば既に皿は空となっており、変な所で主人に似るものだ と恨めしそうな目を向けている霊夢を横に魔理沙はふと思う。

 

「はぁ? 何でそんな事解るのよ。やっぱりあんた達が黒幕なんじゃないの?」

「ち、違いますよ! ただ、幽々子様がそういった事をおっしゃられていたので……」

「? 何で幽々子が言うとそうなるんだ?」

 

 小腹も満たされ折角良い心地になったのを一息で台無しとされてはたまらない。懐からすっとお札を取り出す霊夢に、妖夢は慌てて否定すると共に説明を続ける。

 

 曰く、幽々子がこの時期に花見の支度を頼むと決まって――今日のように、一見するとそんな気配も無さそうな時であっても――花が、まるで見計らったかのように咲く との事らしい。

 年によって時期もまちまちではあるが、不思議とそれ自体の信憑性は高く、今日の買い物もその支度として食材やお茶を揃える為のものであったとか。

 

「何それ。春を集めるだけじゃ飽き足らず、今度は春告精の真似事でも始めたの?」

「そんな事をして何になるんだよ……

 いや、まぁ一見ふわふわしているようで実際かなりの切れ者らしいからな、

 何か独特の兆候とかを知っているのかもしれないぜ。

 その辺どうなんだ?」

「さぁ……。いつもはぐらかされてしまうので、詳しい事までは……」

 

 妖夢とて言われるがままの人形でもなく、これまでも幾度となくその予言めいたものを不思議に感じた事はあったのだが、尋ねてみても微笑と共に躱されるばかりで真相は未だ闇の中。

 主である幽々子が普段のふんわりとした物腰からは想像もつかぬ程に知恵者である事は重々承知しているものの、さりとて「春の訪れを知る事ができる」なんて話は聞いた事も無いし、頭を捻ってみてもその理屈は皆目見当つかず。毎度のお使いそれ自体に不満がある訳ではないが、喉に小骨でも引っかかったようにすっきりしない気持ちとなるのも無理ないだろう。

 

 

「よく判らんなぁ……」

「よく判らないわねぇ……」

「不思議ですよねぇ、本当に。

 あ、でも何故かその時だけはお茶菓子を所望されないんですよ。

 なんでも、「花が団子を持ってくる」とかで」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その日、白玉楼の主・西行寺幽々子が目を覚ましたのは、既に日も昇って暫くの頃であった。

 如何に気ままな亡霊暮らしとはいえ、人であった頃の習慣(なごり)というものは未だ抜けるものではなく、また仮にも一国一城の主である。性分としても体面としても、普段であればとうに起きて身支度すら済ませ、寝過ごしたとしても従者が声を掛けに来ているような時刻であり、当然ながら彼女が一人では碌に寝起きすらできない程幼い訳でもない。

 

 けれども一方で、ことその日に限って言えば、そんな幽々子でさえ朝餉を跨いで寝過ごすだけの条件が整っていたのもまた事実。

 つい先日まで朝方と言えばまず寒さが一番に来るものであり、身を守る本能が布団を求めて離さず、しかし隙間から染み入る冷気で否応無しに夢心地から引き剥がされるというのが常であった。

 が、この日は一転。切先の如き鋭さは何処へやら、冥界へ満ちるはいっそ彼岸らしからぬ程に麗らかなる陽気であり、盾にして鎧であった筈の布団は忽ち捉えた獲物を決して逃がぬ恐ろしい罠へと早変わり。こうなってしまった以上、その魔力に屈してしまった彼女を一方的に非難するのも酷であろう。およそ誰もが頭を垂れるしかない誘惑であるのだ、それこそ八苦を滅しあらゆる煩悩を退けた僧侶くらいしか説教できないのではないだろうか。

 

 ともあれ、果たす御勤めには融通が利き、放っておいてもいよいよとなれば可愛い従者が起こしに来てくれるご身分ともなれば、ついつい二度寝へ傾いてしまうのも道理というもの。仏道に縁あれども尼僧などではない(むしろ退治される側である)幽々子もまた、僅かばかり目が覚めてしまったのも早々に改めて布団へと包まり、夢への旅支度を始めてしまった。

 

「…………?」

 

 しかし、そんな少女の鼻を、ふと良い香りが擽った。

 彼女が愛好して止まぬ美食の類とはやや異なるそれはしかし、不思議と「待ちわびていた」なんて感想を抱かせるものであり、二度寝を決め込まんとしていた亡霊を布団から引っ張り出し、剰え寝間着姿である事も厭わず外へ誘うだけの”何か”を秘めていた。

 この時期になると毎朝のように布団へ籠る主へ困り果てている従者が見れば、さながら天照を引っ張り出した八百万神の笑い声にすら感じられた事だろう。

 

 

「まぁ……」

 

 果たして、襖一枚の向こう側へと広がっていたのは、見事なる墨染の桜を筆頭とする満開の花々、爛漫たる春そのもの。

 冬の間縮こまっていた誰しもが、今こそは とばかりにため込んでいたものを一斉に解き放ったのだろうか。白黒であった庭園は一夜にして鮮やかに彩られ、「亡霊さえ成仏する事を忘れる」という例えに違わぬ、まさしく絶景と呼べるものを生み出していた。

 長らく白玉楼に住まい、その四季の移ろいを見届けてきた幽々子でさえ思わず感嘆の声を漏らす程 と言えば、その素晴らしさが少しでも伝わるだろうか。

 

 

「あら、随分と遅いお目覚めね。

 この子達の方がよっぽど早起きよ」

 

 尤も、幽々子が思わず見惚れてしまったのは、単なる庭木の鮮やかさだけが理由ではなかった。

 目も眩むばかりの色彩に囲まれて尚埋もれる事の無い一輪の花、一人の妖怪。それを以て完成された絵画の如き一枚絵に、真実心を奪われてしまったのだ。

 

「どうしたの? 黙りこんじゃって。

 ああ、成程。貴女もこの景色に見惚れてしまったのかしら」

 

 若草色の髪を風に揺らし、(べに)よりも鮮やかな赤い目を細め少女――風見幽香はそう問いかける。

 如何に慣れたものとはいえ、庭園の見事さはその手入れより見届けている家人として重々承知はしているし、此処の主は彼女ではなく幽々子である。道理で言っても幽々子(あるじ)幽香(きゃくじん)へと紹介するのがあるべき筋ではあろう。が、何時の間にやら入り込んでいた少女はしかし、其処に在ってそう振舞うのがさも当然が如き様子で、今か今かと幽々子の返答を待ち侘びていた。

 

 風聞でのみ「花妖怪・風見幽香」を知る者であれば、或いはこれこそを噂に聞くその人となりと捉えるのかもしれない。しかし、そんな傍若無人ともとれる行いも、より彼女を知る者……少なくとも今の幽々子にとっては、満開の花に夢中で他の事が目に入らない、無垢な幼子のように思えるのだから不思議なものである。

 

「ええ、そうね。あまりにも花が綺麗だったから、言葉が出なかったわ」

「ふふ、ありがとう。この子達も喜んでいるわ」

 

 いつもより少し長い冬で待っていた為か、はたまたより良いものとなった為か。随分と高揚した様子で、花への賛辞をまるで我が事のように喜ぶ幽香。

 普段の彼女にあって暫し見られる嗜虐的な色味が欠片も無いその笑顔は、まるで太陽のように晴れやかで――その眩しさに、幽々子は改めて見惚れてしまう。

 

「? どうかしたの」

「いいえ、別に。

 あらそういえば、こんな格好で御免なさいね。

 直ぐに支度を済ませてくるから待っていて」

 

 無論、それを正面から言える程素直でもなければ、面へ出す程迂闊でもない。初心な小娘よろしく揶揄われるのは十分すぎる程味わっているし、寝間着一枚のままでは碌なもてなしも叶わぬもの。

 親しき仲にもなんとやら、時と場合とに相応しい装いに改めるべく、暫しの相手を霊達に任せた幽々子は早々と着替えに引っ込んだ。

 

 

 ◇

 

 

「ごめんなさいね、碌なもてなしもできなくて」

「おかまいなく。随分と忙しそうだったもの、気にしないわ」

 

 着替えを済ませ、手の空いていた(と表現して良いかはさておき)霊にお茶を用意させて戻ってみれば、幽香は縁側に腰かけ周囲を漂う霊と戯れている所であった。

 幽々子もまたその隣へ腰を下ろし、一緒にお茶を一口。厳しい寒さも収まった事で暖による有難味こそ薄らぎはしたが、胸へ満ちる充足感は確かな温もりとなって全身の隅々にまで広がってゆく。元より食に関しては妥協せず、来客という事もあって相応の品を用意はしたが、例えこれ以上の物を手に入れたとしても、それを冬の只中で口にしたとしても、果たして同じだけのそれが得られるであろうか。

 

「なんだか、随分と久しぶりな気もするわ。秋以来だったかしら」

「そうでもないわ。冬の間にも一度来ているでしょう?」

「あら、嬉しい。朝にご飯を食べたかも忘れちゃう貴女に覚えてもらえているなんて」

 

 幻想郷においてある程度力を有する者の大半に当てはまる事ではあるが、こと風見幽香という人物(ようかい)の在り方は自由気ままそのものと言える。

 並び立つ多くの勢力にあっては頭目の面々に比肩するだけの力を有し、しかし屋敷を構えるでも奉られるでもなく、また果たすべき役割へ殉じる訳でも無し。彼女を動かす原動力はその嗜好ただ一つであり、己が心の赴くまま、移ろいゆく季節と花々の足跡をなぞってゆくかのように、名に負う風が如く幻想郷を流れ往く。

 関心が向けば首をつっこむが、琴線に触れなければ目もくれず、またそうであるが為に何物にも縛られない。風見幽香とはそういった存在であり――そんな彼女が、数多重なった偶然と幸運によってとはいえ、自分を訪ねて来てくれる。何とも俗な情であるとは自覚しつつも、幽々子にとってそれは何にも代えがたい喜びであった。

 

 

「そういえば、暖かくなってきたとはいえ寝る時の恰好くらい気を付けたら?

 幽霊が風邪なんてひいたらとんだ笑い者よ」

「ありがとう、でも随分と忠告が具体的ね。まるでその目で直接見てきたみたい」

「どうかしら。誰かさんの覗き(しゅみ)がうつりでもしたのかしらね」

「そんな事言っていると、また喧嘩になるわよ。壁に耳あり なんて言うじゃない」

「大丈夫よ、まだきっと寝ているわ」

 

 そうして日の下に二人、特別何かをするのでもなく、色とりどりの庭木を愛でながら語らいにも花を咲かせてゆく。

 聞く者が聞けば思わず耳を疑うような話題も、彼女達にあっては親しさの証左。ただ隣に居るというそれだけで満ち足りてゆくのだ。然もないやりとりの一つ一つは万金にも勝る宝となり、今頃寝起きにくしゃみでもしているであろう知人に思いを馳せてみれば、自然と笑みも零れてゆく。

 

「それで、今日……というよりも、何時も貴女は何処から入って来ているのかしら?」

「あら残念、いつもみたいに誤魔化せると思ったのだけれど」

「これでも箱入り娘なのよ、そう容易に忍び込まれては敵わないわ」

「困るのはあの庭師さんじゃなくて? 貴女自身は来る客を拒みはしないでしょうに」

「えり好みくらいはしますわ、悪食なんかじゃありませんもの」

 

 純粋にして絶大なる暴力を以て、無慈悲にして絶対なる終焉を以て。

 共に人のみならず妖怪からさえ畏怖される二人ではあるが、朗らかに談笑する姿は見目通りの少女達そのもの。伝聞で知る花妖怪と亡霊姫のあらましからこの様な光景なぞ想像もつかないであろうし、また逆にこれを見て、二人の可憐な少女達がしかし優しい息のひと吹きで命の灯を容易に吹き消せる存在(もの)であるなど夢にも思わない事だろう。

 

「そもそも、私に”何処から”なんて質問をされても困るわ。

 其処に花があるのであれば私はいる。「花妖怪」なんてのはそんなものよ」

「不思議ね。でも、色々と便利そう」

「妖怪ですもの。それに、貴女だってそれくらいやろうと思えばできるでしょうに」

「きっと妖夢が怖がるわ……ああ、でも一度くらいやってみるのも悪くないかしら。

 いくら忙しいとはいえ、お客様を疎かにするのは戴けないもの」

 

 どちらが という事ではない。人が善悪の両面を有するように、神とされるものが荒と和の側面を備えるように、そのどちらもあるがままの彼女達が魅せる真実(ありのまま)

 偽り欺き誑かす化生の身なれど全てがまやかしには非ず、まして人にとっての善悪なぞ気にかけるものでも無し。少女達はただその心が赴くまま、誰よりも何よりも身勝手に愉しんでいるだけなのだから。

 

 

「まぁ怖い、これでも食べて機嫌を直して?」

 

 およそ半人前(みじゅくもの)くらいしか慄かないであろう、随分と可愛らしいそれへ態とらしく怖がって見せた幽香は、そう言って荷物を解き手土産……人里で購入してきた団子を取り出した。

 

「あらお土産? 嬉しいわ。

 相変わらず良い品を選んできてくれるのね」

 

 食道楽を嗜む身に相応しく舌の肥えた幽々子をして一目で唸らせるそれは、団子作りに心血を注ぎ、味わい価値を解ってくれるのであれば人間や妖怪といった”多少の違い”なぞ気にも留めぬ根っからの職人気質が手掛けし逸品。月の餅つき兎すら感服させたという噂さえ流れる代物。

 意外にも洋菓子をはじめある程度の料理もこなせる幽香ではあるが、古き良き武家屋敷での花見と来れば和菓子が相場であり、その点において本職に勝るものは無し といった事から、食に限っては殊更煩いお姫様を黙らせるだけのものを揃え、且つ「有効度:最悪」なんて物差しには目もくれない彼の店を重用しているのである。

 

「そうでないと拗ねて恨むでしょう?

 変な所でばかり亡霊らしいんだから」

「そうかしら? 私は来るものであれば拒まない主義よ」

 

 無論、そうした経緯から幽々子もすっかりご贔屓となっている事は言うまでもない。既に意識は其方へ囚われてしまっているのか、揶揄いへの返答も程々に視線は団子へと釘付け。しかし幽香も慣れたもので、然る高名な歌人が言う処の”うつくしきもの”とやらを見るように柔らかな表情を浮かべ、空気を読んで霊が運んできた盆を受け取り手際よく並べてゆく。

 

「どうぞ召し上がれ」

「ええ、いただきます」

 

 決して品位を損なう不作法はせず、されど関心する程にその手と口の動きは止まらず、頬に至っては弛緩ここに極まれり。一目見て どころか肌で感じてとれる程に喜びを溢れさせる幽々子に、幽香からも呆れ交じりの笑みが零れる。

 

 

「本当に幸せそうね。

 貴女にとっては花と団子の何方が主役なのかしら」

 

 しかし、そうして幸せを噛みしめる横顔を見ている内に、彼女の方もまた我慢ならなくなったのだろうか。微笑みの裏側に潜んでいた性分のまま、言葉を棘にちくりと小突く。幽香にしてみればむしろ、「突いてくれ」と言わんばかりに隣で頬を膨らませている方が悪く、据え膳を前に何もしない方が余程可笑しいのかもしれない。

 

「幽香が何方を目当てに来てるのかを教えてくれたら答えてあげるわ。

 ……あら、これ前にも言ったかしら」

「かもしれないわねぇ」

 

 とはいえ、幽々子もただ黙って弄られるだけではない。血肉を宿す躰こそ失われて久しいものの、過去散々に玩具とされた経験は確かなる糧となって魂にまで刻み込まれ、如何な言葉にも慌てず騒がず手も止めず、努めて普段通りに返すだけの胆力を養わせていた。

 或いは、昨今ある彼女の性分――大抵の事を柳のように受け流せる飄々とした物腰は勿論、可愛い家臣へ向けられる随分と意地悪な愛情表現など――が築かれたのは、偏に幽香からの熱烈なアプローチがあったからなのかもしれない。

 

 尤も、例えどれ程免疫を付け、またそれで幽々子が内心少しばかり鼻を高くしていたとしても、生粋のいじめっ子にあっては「弄り甲斐が増えた」ぐらいのものでしかないのかもしれないが。

 

 

「でもいいのよ。忘れたというのであれば、改めて答えるだけですもの。何度でもね。

 

 私は何時だって、()()()()()()()()()()()()に此処へ来ている。

 ――確か、こうだったかしら?」

 

 

 努めるまでもないすまし顔で、極当たり前のように紡がれた言の葉を団子と共に租借した幽々子は、解し飲み込んだ所で思わず動きを止めかけた。

 以前も此度も、彼女としてはいつもより一歩だけ踏み込んでみた先の言葉ではあったのだが、普段から(色々と)踏み慣れている幽香にとっては甘口も良い所。まだまだ日も高く共に素面でありながら、その返礼は酒の席でもまず聞けない、三歩先から助走をつけてきたものであった。

 態々仔細まで説明するのは野暮というものだが、仮に今の幽々子と同じ立場にあったとして、一体どれ程の傑物が耐えられよう。

 

「……ええ、そうね。確かそれも聞いた覚えがあるわ。

 残念だけど、同じ手は食わないわよ」

「まぁ残念。食べる事も忘れて顔を隠してた頃の貴女は何処へ行ってしまったのかしら」

 

 ここであからさまに取り乱してしまえば、それこそ相手の思う壺。死者らしからぬ早鐘を打つ(気がする)胸をなんとか宥め、何事も無かったかのように最後の一本となった団子を取る。

 過去には手に持っていたものすら落とすという大失態すら演じたが、二度目ともなれば流石にそうはいくまい。辛うじてながらも堪えたという自負からか、思わずそんな強気な言葉が漏れる。

 

「……でも、こうして色付いた花が見られるのなら、それも悪くないわね。

 ふふ、元が白いから、一層朱が映えるわ」

 

 が、残念ながらそれも今一つ及ばなかったらしい。笑みへと滲む嗜虐の喜びを隠そうともしない幽香の満足気な顔を見て、幽々子は漸く自分の頬に色が差している事に気が付いた。更に加熱してゆくその熱さたるや、亡霊の身には聊か過ぎる程である。

 

「あらあら、また色が濃くなったわ。もうすっかり見頃ね」

「…………いじわる」

「好きですもの、こういうの。

 お詫びじゃないけど、よかったらいかが?」

 

 散々に揶揄い倒した事で満腹となったのか、唯一幽香が取っていた一本、それも最後の一つを幽々子へと差し出す。言わずもがな「詫び替わり」なんてのは口ばかりで、その内心は追い打ち半分思い付き半分といった所が精々ではあろう。

 

「……まぁ、随分と大胆だこと」

 

 だからせめて最後に と、差し出された串を受け取らずそのまま団子へかぶりつく。

 毒を食らわば皿まで。またしてもすっかりやり込められてはしまったが、最後の一口は決して悪いものには感じられなかった。

 

 

 ◇

 

 

「じゃあ、そろそろ失礼するわ。

 あまり長く居座ると、またお寝坊さんの機嫌が悪くなりそうだものね」

 

 団子を食べ終えた後も暫く続いていた歓談であったが、日が上を越えて少し経った所でそう言って幽香は腰を上げた。

 目を覚ましたのが遅かったとはいえ随分話し込んでいたものだが、楽しい一時とは得てして短く感じられるものであり、また幾らあっても多すぎるという事はない。美食家にして健啖家でもある幽々子とて例外ではなく、もっとゆっくりしていってほしい という本音もありはするのだが、そうもいかない理由――幽香の言う「お寝坊さん」、この時期まで熊よろしく冬眠している友人・紫と彼女との、何とも言えぬ間柄――もまた存在している。

 

 風見幽香と八雲紫。幽々子にとっては親しい間柄の者達であり、各々毎の形こそあれ、共に過ごす時間が幸福なものであるという点においては共通している二人。しかし、そんな両名同士はというと、曰く「仲良しなどではなく腐れ縁、若しくは必要上仕方ないお付き合い」とやら。顔を見ただけで牙を剥き合う程子どもではないが、さりとて冷やかな笑みを湛えたままの皮肉毒舌は挨拶代わりで、覗き見たという藪蚊(ものずき)はそんな二人によるお茶会を、「見目の華やかさに反し、周囲一帯から生き物の気配が悉く失せる程殺伐としている」なんて法螺吹く程。

 

 長年連れ添い両者を知る某従者に聞く所によると、そんな関係は随分と昔、二人が初めて出会った時にまで遡り、ある意味で両者を結び付けた縁でもあるそれは、そうであるが為に、そうである限り、永劫混じり合う事の無い形を生み出しそのまま現在にまで至る との事らしい。

 それ以上の仔細までは聞く事ができなかったものの、此方に関しては十分信の置ける情報であり、故に幽々子も二人の間柄を”そういったもの”であると認識してきた。

 

「そうね、流石の紫もそろそろ起きてくるでしょう。

 それじゃあ、次は何時頃来てくれるのかしら」

「さぁ? この通り気まぐれだから、その時になってみないと判らないわ」

 

 尤も、だからといってそんな現状を何とかしようとするつもりも無い。

 共に大切な人同士。仲が良ければそれに越したことは無いのかもしれないが、そんな軽い気持ちで曲げられるようなものではないだろうし、曲げようとも思わない。

 双方掛け値なしの大妖怪にして幻想郷有数の曲者(ついでに年長者)なのだから、因縁の一つや二つあった所で別段可笑しい事でもなし。むしろ妙な所で……正体不明にして強大・残酷という何よりも化生らしい在り方と、一方で深い愛情を備えた「似たもの同士」だからこそ、合わない部分はとことん合わず、しかし思いもよらぬ所で妙に息の合う二人なのだとも思っていた。

 

 故に、今幽々子が最も気になる事は至って単純、気ままな風が次に訪れる時分。

 幽香が此処をお気に入りとしているのは疑うべくもないが、さりとてその行動原理に揺らぎはなく、あくまでも風のまま四季のままに移ろい歩む花妖怪として、冥界・白玉楼にのみ咲く花を愛でに来ているだけの事。季節に逆らう事も、況や根を下ろす理由も必然もありはしない。

 こう表現すると随分冷淡に思えてしまうかもしれないが、(めくら)の戯言と言うなかれ、そうであってこその花妖怪・風見幽香。偶にあるからこそ限られた一時の重み(かち)は増すものであり、しかし気になるものはしかたなく――そして、そんな”もどかしさ”すら、悠久の時を歩むものにとっては味わい深い感情となる。

 

 もっと共に在りたい、縛り付けて己だけのものとしたい。そんな、真実亡霊らしい黒々とした感情を否定する事もなく飲み干し、届くか届かないかの距離にあるものへ手を伸ばす。

 ままならぬものに一喜一憂するなどまるで年頃の小娘のようだ とは幽々子自身思ってみたりもするが、死を通り過ぎた亡霊にとって最大の毒とは退屈であり、波風立たぬ平穏こそその温床。なればこそ、いっそ自ら焼け付く情動へ身を投じ、酸いも甘いも味わい尽くす事こそ、儚くも美しい余生を愉しむ術というもの。

 

 

「ああ、でも確実に言える事は一つね。

 何時であっても何処であろうとも、私に行けない所は無いわ。

 そこに、求める花がある限りね」

 

 ふわり、暖かな風がひと吹き。確かなる季節の移り変わりを感じさせるそれが花弁を舞い散らせたと思った時には、既にその影は形も無く。

 何処からともなく現れては、瞬きの間に去ってゆく。まるで夢か幻のようだが、幽かに残る香こそ、確かに彼女が此処に居た証。

 

「ふふ、貴方も大概忘れん坊ね。

 それ、前にも聞いたのよ?」

 

 それでも、何度聞いても悪い気はしない

 最早果ての無い寿命と比べれば遥かに短い一時とはいえ、別れの挨拶とは寂しさを含むもの。だというのに、幽々子はその頬が再び緩むのを止められなかった。

 

 

 

 

「おはようございます、幽々子様。といっても、もう昼も過ぎた頃ですが。

 起きられていたのでしたら、呼んでいただければよかったのに」

「あら、おはよう妖夢。でも、呼ばれる前に控えておくのが従者というものではないのかしら」

 

 この時、自然と外を向いていたのは、果たしてどちらにとっての幸いであっただろうか。

 特段周囲へ隠すつもりも無いとはいえ、緩み切った顔を第三者に見られるのは当然として抵抗を感じるもの。要らぬ風聞だけであれば鳥刺しを一つ二つ拵えれば収まりもしようが、体面というものはそう容易なものではなく、有象無象に揶揄われるなぞ以ての外。

 「口封じ」等と物騒なものではないが、噂の種が地に落ちるより先に刈り取らんとするのは自明の理であり――本当に、幸いであったのは一体どちらであったか。

 

「すみません。何分、食事の支度を始めるまでに手間取ってしまったもので」

「まぁ、それは期待できそうね」

「? えぇ、折角ですので冷めてしまわないうちにどうぞ」

「そうしましょう。なんだか急にお腹が寂しくなってきた所だったのよ」

 

 栓を捻るように切り替えられるのもまた嗜みの一つ。向き直ったその佇まいはいつも通り掴み所の無い亡霊姫そのものであり、他を圧倒する性質(カリスマ)こそ表に出さずとも、浮かべられた微笑には冥府・白玉楼を支配する主に相応しいだけの静かな存在感が含まれていた。

 

「……夢見でもよろしかったのですか? 今日はまた一段と機嫌がよろしいようで」

「そうかしら?」

「そのように見えますが」

「ええ、じゃあそういう事にしておきましょう」

「はぁ……」

 

 それでも、一時の語らいが齎した幸福感は隠しきれるものではなかったらしい。

 日頃その”可愛がり”を一身に受け、ともすれば「あら、それじゃあ明日からは鶏を起こす役にでも替えた方が良いかしら」くらいの冗談を一瞬覚悟した妖夢にとっては聊か拍子抜けとも言える反応を返され、思わず気の抜けた返事を漏らしてしまう。

 

 ともあれ、半人前の妖夢とて自ら踏み込んで墓穴を掘る程青くはないし、折角の料理をむざむざ冷ましてしまうのも本意ではない。幽々子の上機嫌もまた冷めてしまわないうちに と居間へ案内しようとしたところで、ふと縁側に置かれていた湯呑へ気が付いた。既に起きていたのだから霊にお茶を用意させるくらい不思議でもないが、何故か湯呑は二つあり――加えて、普段彼女が手入れをしている庭木とはやや異なる、しかし根っこの部分では似たような良い香りもするではないか。

 

 冥界にありながら常世のそれに何ら劣る事の無い、確かにして優雅なる四季の移ろい、暖かな香り。それはまるで――

 

「おや、どなたか見えられていましたか?」

「ええ、春が来たのよ」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その夜、すっかり酔い潰れた妖夢を霊に運ばせて寝かしつけた幽々子は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返った白玉楼の縁側で一人、夜の花見と洒落込んでいた。

 

 あの後、いつも以上に労と時間とが費やされた昼食を何時も通りに食べ終えて暫く経った頃、一体(どこ)からどういった形で広まったのか、「白玉楼で花見が開かれると聞いた」という博麗の巫女と白黒魔法使いが揃って来訪。して、その二人が揃えば自然と人妖問わず(あつまる)もので、気づけば見知った顔もそうでないものもが寄った事で噂は真となり、静かであった冥界は忽ち活気と賑わいとで溢れかえる事となった。

 初めこそ予定外の出来事に渋っていた妖夢も、「どうせなら賑やかな方が良い」という鶴の一声で支度を取り仕切る所から始まり、なし崩し的に宴の輪へと巻きこまれ、あれよあれよという間に流された果てが先の始末。明日の朝には宿酔と自らの失態とで頭を抱える事になっているだろうが、それもまた良い経験。さしもの幽々子も、気持ち良さそうな顔で寝ている可愛い従者を起こす気にはならないのである。

 

 

 

 一際賑やかであった昼が過ぎた後である事に加え、冥界という立地と雰囲気も一役買っているのだろう。一人で眺める月下の花というものは、その美しさは、文字通りこの世ならざる魔的なそれ。一度魅了されてしまったが最後、底なしの淵へ沈むより早く正気を失くしてしまいかねない危うさを秘めた禁忌の宝。

 宴の余韻もあったのだろう、今まさに風見幽香という名の花に魅せられている幽々子は、そんな風に思わずにいられなかった。

 

 特別意識している訳でもなく、努めて思うが儘に振舞っている幽々子であるが、結果として見れば多くの場面においては所謂振り回す側であり、また並大抵の事で彼女自身の歩度が乱れる事も無い。今日の宴会はまさしくその典型であり、唐突かつやや強引な成り行きにも困り顔一つする事もなく、剰え自ら招いて開いたかの如く楽しんでみせる程。

 あるがままにして掴み処の無い在り方は時に計算高い妖狐・九尾すら翻弄され、その前では人妖個々人が宿す気質さえ思い通り。それが、西行寺幽々子という人物の一般的な評価であった。

 

 しかし、そんな幽々子が幽香を相手取ると一転。ほぼ二人きりの時に限られるとはいえ、呼吸を乱されるのは今日に限った話ではなく、それなりに長い付き合いの中で意趣返しを果たせた事なぞ片手の指でも余る程。弄る側が格別なだけに、その振られぶりたるや赤べこの頭にも勝らんという有様である。

 

 

 嗚呼、けれどもそれは仕方が無い事。

 初めて彼女と出会った時から――そして、きっと()()()()()()()から解り切っていた。花を求める蝶のように、光に誘われる蛾のように、西行寺幽々子は風見幽香に夢中なのだ。殺し奪う事しかできない身に生み咲かせるその暖かさは眩しすぎて、でもそれ以上に愛おしいから、盲目のままふらふらと追いかけてしまうのだ。

 

 

 偶には、此方から訪ねてみるのも悪くないかもしれない。

 きっと彼女の事だ、自分が動いたと知れば、態と容易には捕まるまいと、舞い散る花弁のようにはらりはらり逃げてしまうだろう。もしかしたら、世の理さえ超えた追いかけっこになるかもしれないが――――構うものか。蝶が花を求め浮遊する(とぶ)ことに何の間違いがあろう。その幽かな香りに、どうして誘われずにいられよう。

 

 

「――今夜も、月が綺麗ね」

 

 風が舞い、色彩の断片が踊る。

 何処かで、花の笑い声が聞こた気がした。

 

 



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