水底の恋唄   作:鎌井太刀

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外伝① 新世界のキミへ

◇◆◇◆◇

 

 

「人の思いはとても深い。人の思いが神を創り、悪魔を創り――すべてを創るのだわ」

 

 自らが生きる意味を、少女は知りたかった。

 故に願い、手に入れた。

 

 神の権能の一つ――<未来視>のマギカを。

 

 そして少女は見てしまう。

 己の生まれた意味――救世を成すために。

 少女はその未来を視る目で『世界の最果て』を見てしまう。

 

 それはあらゆる既知の終焉。

 人類そのものが淘汰され、異形の生命体が支配する混沌と狂気の世界。

 

 その世界の理は人が触れてはならない深淵であり、触れてしまえばいとも容易く狂気に染まってしまう。

 

 未来を識る力を持つ所為で、少女はその全てを余すことなく直視してしまった。

 目を逸らす事もできずに、忌まわしき狂気に魅入られてしまう。

 真の恐怖と絶望を、少女は識った。

 

 少女はたまらず絶叫した。

 それは破滅を報せる警鐘として。

 あるいは地獄が到来する先触れとして。

 

 それは言葉なき予言として、未来視の少女はその真意を誰にも気付かれず、その意識を閉ざしたのだった。

 

 

 かつて一人の少女がいた。

 少女は未来を識る力を持った、予言者()()()

 

 そう……全ては終わってしまった過去の出来事。

 今でも少女は、その精神を閉ざして永久の眠りの中にいる。

 

 これは誰にも知られず、誰にも語られる事なく終わりを迎えた――とある『救世の物語』。

 その最後の一幕だ。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 ――愛しのキミへ。

 

 キミがこの手紙を読んでいる時、その隣に私はいないのだろう。

 あはっ! まるでドラマや映画みたいな書き出しだ。自分でも不思議な気分だよ。

 

 こうしている今でも、夢を見ているんじゃないかって気がする。

 まぁ夢は夢でも、出来の悪い悪夢の方なんだけどさ。

 

 色々と口惜しくは思うけど、まずはキミが無事に目覚めてくれたのなら何よりだ。

 今の私は、それ以上の幸せを望まない。

 

 今でもこの目に焼き付いているよ。

 キミが眠りに就いた瞬間のことは。

 

 普段のキミからは想像もできない悲鳴を最後に、キミは今でも眠ったままだ。

 

 私にとってキミは世界の全てだから、それはもう驚いたものさ。

 突然世界が終わったに等しい衝撃だった。

 

 その時の私はワケも解らないまま、意識を失ったキミを抱き締めて無様に右往左往していたよ。

 あの時は何も分からなかったけれど、今ならキミが倒れた理由もわかる。

 

 キミの固有魔法は『未来視』だったね。

 キミの見たであろう絶望を、遅ればせながら私も目の当たりにした。

 

 今、屋敷の外は地獄だよ。

 

 キミの屋敷だけは何とか結界で切り離したけど……今どのくらいの人間が、まだまともに生き残っているのか。

 

 アレは、魔法少女に変身していれば多少耐性があるみたいだ。

 だけど完全に無効化できるほどじゃなくて、長時間出歩けば感染してしまうらしい。

 

 まぁずっと変身し続ける事なんかできないし。

 魔力がなくなれば魔女になっちゃうんだから、どの道状況は詰んでるんだけど。

 

 そうそう、餌になる人間が減ったせいか、魔女の姿も殆ど見掛けなくなったよ。

 代わりに目につくのは肉のバケモノばかり。

 

 感染した人間の悲鳴やら呻き声やらがいつの間にか聞こえなくなって、今じゃ随分静かなものさ。

 偶にバケモノ共の歌声が聞こえてくるけど、キミの声を忘れない様に耳を潰して以来、気にならなくなったよ。

 

 後は残った左目さえ瞑っていれば、何も変わっていない様にすら思えて来る。

 まぁ瞼を開けてしまえば、とても以前と同じ世界だとは思えない有様なんだけど。

 

 ほんとに……馬鹿みたいに急過ぎる展開だよ。

 きっとこの世界は、くそったれな神様に見捨てられてしまったんだろうね。

 人気のない漫画があっさりと打ち切られて、どこかに消えてくみたいにさ。

 

 人の姿が消えて、代わりに肉のバケモノが幾らでも湧いてきて。

 あいつらの所為なのか、変な気持ち悪い植物が生えたり、空気が穢れたのか空の色まで変わっちゃってる。

 

 こんなおぞましい未来をキミ一人に背負わせてしまったのかと思うと、私は無力な自分を跡形もなく切り刻んでしまいたくなる。

 

 それでも、ね。

 それでも私は、未だ目覚めないキミの為に、何かをしなくてはいけない。

 

 これは義務だよ。私が私に課した、私の愛の証明。

 その為の……う~ん、やっぱり慣れない事はするもんじゃないね。

 何が言いたいのか、書きたいのか、さっぱり分からなくなってしまったよ。

 

 まぁ私の事はどうでもいいか。

 思い付いたままに、大事な事を書いて終わりにしよう。

 

 そうそう、この屋敷の地下に可能な限りの物資を備蓄しておいた。

 それくらいしかできない無力な私をどうか叱っておくれ。

 

 いつかキミが目覚める時を信じてる。

 あんなバケモノ共がいつまでも蔓延っていられるはずがない。

 

 時間が掛かってもいつか消えるはずだ。

 この星の浄化作用が、いつかあの汚物共をきれいさっぱり消してくれる事を願うよ。

 

 

 だから私が、キミを新世界まで届けるよ。

 

 そこでオリコは人類のイブになるのかな?

 こんな風に世界が終わっても、まだキミという希望が残っている。

 

 長くなっちゃったけど最後に一つだけ。

 無限に語ってもなお足りない、キミへの想い。

 

 

 

 私は、美国織莉子を愛してる。

 

 

 

 ――呉キリカより。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 彼女への手紙をしたため終えた私は、ぐっと背伸びをする。

 無理な体勢で書いていたせいか、ゴキリと嫌な音が鳴った。

 何度も何度も読み返し、自己採点でとりあえず及第点に達した事を確認する。

 

 正直、彼女への想いを書き連ねようと思えば幾ら紙があっても足りやしない。

 更に言えば、文字なんかじゃ億分の一すらこの想いを伝えられる気がしなかった。

 

 特に愛だとか好きだとか、そんな簡単な単位で彼女への想いを測られてしまうことには内心忸怩たる思いがある。

 だけどそれ以上の言葉は出てこないし、無駄に修飾を重ねても余計に真実から乖離してしまう気がした。

 

 それをどうにかするだけの文才もなければ、残された時間も、物資もありはしない。

 

 ないないない、なーんにもないけどさ。

 それでもないならないなりに、どうにかやらなくちゃならないワケで。

 

 感染した部分を切り落としたせいか、ひどくバランスが悪くなった体をえっちらおっちらと動かしながら、眠り続ける彼女の元へと向かう。 

 軽くなったはずなのに、なんだか体が重く感じる。

 

 それがなんだかおかしくなって、変なのって、くすりと笑った。

 喉が引きつる様な感覚に、麻酔要らずの便利な体にちょっぴりだけ感謝する。

 

 体はボロボロだけど、私の心は上等に富んでいた。

 すごく大きく重くて……そして軽やかで晴れやかだ。

 

 魔力も残り僅か、だけど問題は何一つない。

 ただ私の願いの完成(おわり)が近づいているだけなんだから。

 

 

 

 私のソウルジェムは既に穢れ、いつ魔女になってもおかしくはない。

 オリコの為にいくつか用意してあるけど、余分なグリーフシードなんてもうとっくに使い切ってる。

 それでも誤魔化しながらやってきたが、まぁ間に合ったのならどうでもいいか。

 

 私は彼女の部屋までやってきた。

 ベッドの脇に置かれたアンティークな椅子に、よじ登るようにして座る。

 

 半日ぶりに目にした彼女は、相変わらず綺麗だった。

 私の魔法で時を遅らせているものの、それでも完全には止まらない。

 このままではいずれ彼女も朽ち果ててしまうかもしれない。

 

「□□□」

 

 許すものかよ。

 

 この私から、オリコを奪う者は誰であろうとも許さない。

 それがたとえ無慈悲な世界でも、残酷な時の流れでも、私はその全てに叛逆する。

 

 私は自身の固有魔法(マギカ)を発動させた。

 

 速度低下の魔法。

 この魔法は対象の時間を遅らせる。

 

 ただそれだけの、言ってしまえばちんけな魔法だ。

 他人の足を引っ張る様な、私がまだ弱虫だった頃の名残。

 

 だけど今は、この魔法で良かったと思う。

 これまでの全てに意味があったのだと、今ならば感謝できた。

 

 何よりも、オリコと出会えた奇跡。

 その一事において、私は生まれてきて良かったと確信できる。

 

 私はきっと、世界で一番の幸せ者だ。

 

「――□□□」

 

 言葉にはならずとも、唇を動かし、呪文を唱える。

 何故ならば私のこの想いが、魔法を紡ぐのだから。

 

 時よ止まれ。

 時よ止まれ。

 

 刹那を那由多に。

 那由多を刹那に。

 

 愛しの彼女を永遠に。

 

 最後の鍵はこの身の全て。

 私は、残酷な時の流れを縫い留める一針となろう。

 

 私には、魔女になってもオリコを護る確信があった。

 だから君の為に『壊れよう(変わろう)』。

 私の全てを砕いて捧げる。

 

 君の為の枷に。

 未来への箱舟に。

 

 私がキミを新世界まで連れて行く。

 ソウルジェムが砕け、最後のピースが揃う。

 

 その刹那、愛しのオリコが微笑んでくれた様な気がした。

 

『……キリカ』

 

 彼女の少し困ったような、はにかんだ笑み。

 私の大好きなキミの笑顔。

 

 たとえ都合の良い幻でも、彼女に一目会えたならそれは。

 悪くない最後なんじゃないかなって……そう思うんだ。

 

 

 ああ、これで――安らかに絶望できる。

 

 

 そうして私は、オリコを守る箱舟(魔女)になった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 呉キリカにとって、美国織莉子(オリコ)は全てだ。

 狂信こそが彼女の愛のカタチ。

 

 その強固な想いは魂の相転移を経て薄れる事はなく、むしろ魔女となってより純化を果たした。

 魔女となった彼女の結界は内へ内へと収束し、時が満ちるまであらゆるものから隔離される。

 

 百年か、千年か……あるいは永遠に等しい年月か。

 箱舟は眠り姫を乗せて旅を続けるのだろう。 

 

 彼女達の望んだ新世界が来たる、その日まで。

 

 異形の愛に満たされた世界、その片隅に。 

 いまなお不可侵の聖域があるという。

 

 

 彼女達の救世の旅は、未だ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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