ロクでなし魔術講師と戦闘民族   作:カステラ巻き

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気づいたら40話超えてた。いつも読んでくださる皆さん、本当にありがとうございます。


守るための

 

 あれから夜になり、俺は旅籠の宿泊客向けに解放されている応接間で、先生に数日前に出された早朝補習の課題をせっせと片付けていた。俺が泊まる別館の部屋は今、カッシュとセシルによるギイブルを巻き込んだ枕投げ戦争が行われていたので避難してきた。後で混ざろ。

 

「えーっと、ここは……」

 

 応接間のふかふかしたソファに座り、テーブルに広げた課題を見下ろしていると誰かの影が差した。見上げれば、俺の正面にいたのはフィーベルさん。彼女は俺が詰まっていた問題を覗き込んだ。応接間の明かりが彼女の銀髪に反射して眩しい。

 

「……ここの問題は、この式をこっちに持っていって計算するの」

 

「な、なるほど」

 

 一度分かれば簡単で、すらすら解くことが出来た。何でもレイフォードさんとティンジェルさんはグレン先生のところに用事があるらしく、彼女達が帰ってくるまでフィーベルさんは暇を持て余しているらしかった。テーブルに両手をついて問題を覗き込んでいるのを見るに、手伝ってくれるらしい。

 

「ありがとう、助かるよ」

 

「別にいいわよ、このくらい……この前も、ルミアを助けてくれてたし」

 

 ぽしょりとそんな呟きが聞こえて、俺はそれとなく周囲の様子を窺った。フィーベルさんが言っているのは、この前の魔術競技祭の時のことだろう。旅籠の応接間には数名の生徒しかいないが、その話をするのであれば多少声を潜めなければならない。

 

「……そんな大したもんじゃないよ。最後に少しちょっかい出しただけ」

 

 実際俺がいなくても何とかなったと思う。先生が俺を呼んだのはあくまでも保険みたいなものだ。そんな風に伝えると、フィーベルさんは小さく笑った。

 

「それでもよ。言うのが遅れたけど、ルミアを守ってくれてありがとう」

 

 その笑顔に一瞬見惚れてから我に返る。「うん」と短く返事をしてそれとなくフィーベルさんから視線を逸らした。美少女の笑顔は心臓に悪い。ざわついた心を落ち着けて、課題に意識を集中させる。

 

 課題があらかた終わりかけたところで、フィーベルさんのほんのり気まずげな声がした。

 

「……あの、さ。先生と喧嘩でもしたの?」

 

「えっ? してないよ」

 

 びっくりして顔を上げた。確かに、先生とは昼間のこともあって少し気まずいけど、表には出してない筈だ。いや待て、表に出してるのは先生か。最近分かってきたけど、どうもあの人は意外とポーカーフェイスが下手くそだ。

 

「んー…、喧嘩はしてないけど、ちょっとね。大したことじゃないからあんまり気にしなくていいよ」

 

「そう? なら、いいんだけど」

 

「ごめんね、気を使わせて」

 

「いいわよ、別に。………そこの問題はこうして、こう」

 

「あっ、なるほど……」

 

 その後ちょっとつまずいた箇所をフィーベルさんが教えてくれたこともあり、それほど時間をかけることなく課題を終えることが出来た。お礼を言って手早く課題を片付ける。いざゆかん、枕投げの戦地へと。誰が頂点かをこの俺が教えてやる。

 

「そう言えば、聞いたことなかったけど」

 

「ん?」

 

 意気込みながら帰り支度を進める俺に、フィーベルさんはそう切り出した。俺の背中に掛けられた声が固いことから、彼女が少し緊張しているのがわかる。枕で遊んでる場合じゃないや。背後のフィーベルさんに意識を向ける。

 

「ウィルって、今も傭兵として働いてるの?」

 

「んー……たまにね。どうして?」

 

 これまで個人的な質問はそれとなく避けてきた。俺があまり自分のことを話したがらないことは、察しのいい彼女も知っている筈。にも関わらず、何故。先程とはまた違った意味で心がざわつく。背を向けたまま問いを投げると、少し彼女は迷ったようだった。

 

「……私、ルミアを守れるようになりたい。そのために先生に早朝補習をしてもらえるように頼んだわ。今はまだ体力と勝負勘を鍛えてるところだけど……」

 

 脳裏に自分の動作だけで疲れて力尽きるフィーベルさんの姿が浮かんだ。とはいえ、徐々に動きが良くなってきているし、暴れる時間が伸びてきているのも確かだ。

 

「うん、頑張ってるよね。一人で転ぶことも減ってきたし」

 

 俺が一緒に早朝補習に参加したばかりの頃は、フィーベルさんは自分の足に躓いて転んだりしてたけど最近はそれも殆どしなくなってきた。課題を詰めた鞄をテーブルに置いてソファに腰掛けながらそう言うと、フィーベルさんは向かいのソファに座りながらちょっと顔を赤くした。

 

「そういうのいいから」

 

「本心だけどなあ……ごめんごめん、ちゃんと聞いてるよ」

 

 フィーベルさんはどうやら真剣に悩んでいるらしいので、俺も笑みを消して真剣に聞く姿勢を取る。

 

 彼女が話してくれたのは、レイフォードさんの編入初日の朝の出来事。レイフォードさんが出合い頭に先生に斬りかかったことについてだった。レイフォードさん挨拶代わりに先生に斬りかかるとかとんでもねえな。初見殺しじゃないか……いや、今大事なのはそこじゃなくて。

 

「剣を持ったレイフォードさんが迫ってきた時、怖くて身体が動かなかった、か…………フィーベルさんはいざという時に、ちゃんと自分が戦えるか不安なんだ?」

 

「……うん。今回だけじゃない。あのテロ事件の時も、私は怯えてばっかりで、まともに戦えなかったから……ちゃんと戦えるようになりたい。そのために、恐い時はどうすればいいのかを教えてほしい」

 

「そっか……俺は傭兵だから、恐怖を乗り越える方法を知ってると思ったんだな……結論から言うと、恐怖を完全に無くすことは出来ない」

 

「……そう、なんだ」

 

 フィーベルさんの翡翠の目が落胆したように揺れる。俯いてしまった彼女を俺はじっと見ていた。

 

「……別に、無理して戦おうとしなくてもいいんじゃないか?」

 

「え?」

 

 顔を上げたフィーベルさん。その表情に浮かぶのは驚きと戸惑いだ。

 

「先生も、レイフォードさんもいる。帝国宮廷魔導師団さえもがティンジェルさんを守る為に動いている」

 

 怖いならそのままでいい。戦えないなら任せてしまえ。何か出来ると思っているなら大間違いだ。学院の成績は通用しない。君は何もしなくていい。()()()()()()()()()()()。だから───

 

「フィーベルさん、君は戦わなくてもいい」

 

「……」

 

 フィーベルさんは人の心に寄り添える優しい人だ。誰かを傷つけるには向いていないくらいに。俺が彼女に訓練をつけているのは死んでほしくないからだ。傷ついてほしくないからだ。身を守れるようになってほしいからだ。戦ってほしいからじゃない。

 

 早朝補習はフィーベルさんがティンジェルさんを守って戦えるようになりたいと先生に申し出て始まった。なら後から参加した俺があれこれ言ってフィーベルさんの気持ちを無碍にするのは違うと思ったし、だからこれまで黙っていた。でも、今言わずにはいられなかった。

 

 俺がじっと見つめる先で、少し黙っていたフィーベルさんが口を開く。

 

「──私が出来ることなんて、ないのかもしれない。またルミアが危ない目にあっても、何も出来ないかもしれない。でも……」

 

 ゆっくりと顔を上げた。彼女の翡翠の目が、真っ直ぐに俺を見返している。

 

「でもね、もしあの子に何かあった時、何も出来ないのはもう嫌なの。だから、」

 

「君は殺されそうになったんじゃないのか」

 

 遮るように放った声に、フィーベルさんがビクリと肩を震わせる。

 

「まだ怖いんだろ。初めて向けられた殺気はそう簡単に忘れられるもんじゃない。戦うのなら、君はこの先もっと怖い思いをすることだってあるだろう。耐えられるのか」

 

「……わからない」

 

「なら、」

 

「───テロの時、私は連れて行かれるルミアを見ていることしか出来なかった。連れて行かれる直前のあの子、どんな顔してたと思う?」

 

 その質問に対する答えを、俺は持ってない。俺はあの日、その場所にはいなかったから。視線でフィーベルさんに続きを促した。

 

「あの子……ルミアはね、私を安心させるみたいに笑ってた。あの時一番怖かったのはルミアだったはずなのに、何でもないって顔をしてたの。これから自分が死ぬかもしれないのに、怖いとか、不安とかを一切感じさせない表情だった。そうするのが当たり前みたいな顔をしてた。多分、いつ自分がどうなってもいいように覚悟をしてたんだと思う」

 

 彼女の生い立ちを考えれば、無理もないと思う。ティンジェルさんは元王女で、異能者だ。自分が危うい立場にいることを自覚していたからこそ、覚悟を決めていたんだろう。

 

「私はもうルミアにあんな顔をさせたくない。あの子が助けてほしい時には「助けて」って言ってくれるように、怖い時には「怖い」って言ってくれるぐらいに強くなりたい。もう二度と、私の隣で死ぬ覚悟なんか決めさせない」

 

 翡翠の澄んだ目の奥が、強い光を帯びて燃えている。その光から目が離せなくなる。

 

「……強いね、フィーベルさんは」

 

「親友を守りたいって思うのは当然でしょ?」

 

「そうだね。……そうだった」

 

「……ウィル?」

 

 他者に与えられる恐怖と絶望、殺意を、彼女はもうその身を持って知っている。けれど、それでも親友を守れるようにと足掻くフィーベルさんのその姿が、いつかの誰かと重なった。脳裏に跳ねた茶髪がちらついて、胸の何処かが鈍く痛みを訴える。

 

 ……君なら、フィーベルさんに何を言ったかな。

 

 ポロリと、気づけば言葉が転がり落ちていた。

 

「よく見ること」

 

「え?」

 

「大切なのは、まず相手をよく見て考えること。自分が相手の何を恐れているのか、その本質をよく見て知ること。………恐怖は生き物にとって必要なものだから、完全に無くすことは出来ない。それでも、抑えることは出来る」

 

 経験を、記憶を(なぞ)る。俺はこれまでどうしてきた?  

 

「頭の中で、自分にとっての脅威を数える。例えばレイフォードさんなら、錬金術を使った剣の高速錬成に、重たく速い剣技……とかね。それに対して自分ならどう対処するかを考える。今自分が取れる手段、注意を払うべきものをしっかり知覚し、思考をやめないこと。これだけで冷静になれるし、視野は少し広くなる」

 

「見て、考えること……」

 

 正直、今言ったことはある程度実戦経験を積んで、戦いの場でも冷静さと余裕を保てるようになってからじゃないと難しいかもしれない。

 

「最初は少し難しいかもしれない。時間もかかると思う。でも、出来るようになるまでは地道に経験を積み重ねるしかない。少なくとも俺は、これまでずっとそうしてきたから」

 

「わかったわ。頑張ってみる……ありがとね」

 

「うん……ごめん。色々きついことを言った」

 

 俺はフィーベルさんに頭を下げた。トラウマになっていてもおかしくないのに、わざわざそれを俺のエゴで掘り起こすなんて最低な行いだ。

 

「いいわよ、別に。私を心配して言ってくれたんでしょ? それはわかってるから」

 

「……そう言ってくれると助かる」

 

「うん。見て、考えることね。……私、戦闘中に出来るかしら。考えてる事と身体の動きがごっちゃになっちゃいそう」

 

「気負わなくていい。もしフィーベルさんが動けない時は、」

 

 今後も何も起きないという確証は持てない。でも、もしもこの先フィーベルさん達が危険な目にあって、動けなくなったとしても、彼女達の側にはきっと先生がいる。なら―――

 

「───大丈夫。その時はきっと、グレン先生がいるから」

 

 そう言うと、フィーベルさんは少しだけ動きを止めて、それから苦笑した。

 

「……そうね。普段はちょっと、いやかなりダメダメだけど」

 

「まあ、普段は……アレだけどさ。いざという時は頼りになる人だから。勉強見てくれてありがとう。それじゃ、また明日」

 

 俺達は結構長い間話し込んでいたようで、応接間の壁掛け時計を見ると就寝時間が近い。ここに一人フィーベルさんを残すのはどうかと考えていたら、丁度応接間と繋がっている廊下をティンジェルさんとレイフォードさんがやってくるのが見えた。二人と一緒なら大丈夫だろう。俺はソファから立ち上がる。

 

「こっちこそ相談に乗ってくれてありがとう。……ねえウィル」

 

「ん?」

 

 俺を見上げたフィーベルさんは、少しの間黙っていた。何かを言おうとして、それを迷っているようにも見える。やがて彼女はそっと頭を振った。

 

「いえ、何でもないわ」

 

「いいの? 何か気になることあるなら答えるけど」

 

「いいの。これを言うのはちょっと……恥ずかしいし。……ああほら、就寝時間よ、別館は少し遠いから急いで! おやすみなさい!」

 

「? うん、おやすみ」

 

 少し早口になった彼女が何を言いたかったのかは分からない。何となく聞いてはいけない気がしたから、俺はそのまま男子が宿泊している旅籠の別館へと向かった。……小声で恥ずかしいって言ってたな、フィーベルさん。何を言おうとしたんだろう。謎だ。

 

 

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