狭間に生きる   作:神話好き

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九話(クリティア族の街 ミョルゾ~帝都ザーフィアス)

揺蕩うものと同胞から呼ばれる始祖の隷長に支えられて、遥かな大空に浮いている街、ミョルゾ。世界と隔絶され、唯一魔導器を完全に排した奇跡の街。最も人と始祖の隷長が近かった時の情景を今も曇らせずにいる姿は、利便性を考慮しても余りあるほどに好感情を抱かせる。

「クリティアこそ知恵の民なり。大いなるゲライオスの礎、古の世の賢人なり。されど、賢明ならざる知恵は、禍なるかな。我らが手になる魔導器、天地に恵みをもたらすも、星の血なりしエアルを穢したり」

「やっぱり、リタの言った通りエアルの乱れは過去にも起きていたんですね」

語り継だれた伝承は、比喩が多く理解が難しい個所もあるが、予想していたことと相まって一番大切な部分は解読できた。しかし、眼前の壁画に描かれたるは、より禍々しい事態を思わせる。

「エアルの穢れ、嵩じて大いなる災いを招き、我ら恐れ以てこれを『星喰み』と名付けたり……。ここに世の悉く一丸となり『星喰み』に挑み、忌まわしき力を消さんとす」

「ねえひょっとしてこれ、学長じゃない?」

「ああ……言われてみれば確かに。ノードポリカで見た奴に似てる気もするな」

壁画の上部。古代の言語で書かれた文字盤をバックに、見覚えのある始祖の隷長が『星喰み』と対峙している。朱鷺の胴に狒々の腕、無数の蛇の尾。これほど特徴的な存在も、そういないだろう。

「ジュディ。そこ読んでもらえるか?」

「ええ。……時の頂に君臨せし者の力、我らに一抹の希望を示さん。その奮闘は我らに決断と備えの時間を授けたり。かくして……」

「ジュディ?」

よどみない口調がパタリと止まり、その目つきも途端に厳しいものへと変化する。

「……世の祈りを受け満月の子らは命燃え果つ。『星喰み』虚空へと消え去れり」

「なんだと?」

「世の祈りを受け……満月の子らは命燃え果つ……」

「かくて世は永らえたり。されど我らは罪を忘れず、ここに世々語り継がん……アスール、240」

「どういうこと!」

ジュディスが口を紡ぐや否や、リタがその不安を紛らわせるような大声で村長に問いかけをする。

「個々の言葉の全部が全部、何を意味しておるのかまでは伝わっておらんのじゃ。確かなのは、魔導器を生み出し、一つの文明の滅びを導く事となった我らの祖先は、魔導器を捨て外界との関わりを断つ道を選んだとされておる」

これが真実。年端もいかない少女の双肩には重すぎる現実。だから、その場から逃げるように走り去ってしまうのも無理からぬことで。

「ほっといてやれ。今は、な」

ユーリなりの優しさ。それがトリガーとなる事など知る由もなく、一先ずは現状の整理のために休める場所へと移動することにした。

 

○○○

見た事のない魔導器。レイヴン曰く通信魔導器というものらしい。それを使ってトートに連絡を取ってみる、と言って外へと出ていき、部屋の中には五人と一匹だけが残された。

「上手いことレイヴンが情報をもぎ取ってきてくれるといいんだけどな」

「望み薄でしょうね。今までだって、ヒントはくれても答えをくれたことは無かったみたいだし」

散々話し合った結果、一縷の望みが人頼みとは情けない話だが、リタにはプライドを捨ててでもエステルを助けたいと強く願った。必要なものはリゾマータの公式。そして、トートはすでにそれを運用できるレベルに仕上げているのだから。

「それにしても、時の頂に君臨せし者。なんて大層な呼び名が付いてんだな、あいつ」

「別段、大層でもないわよ。実際、おっさんの心臓を再生してみせたほどらしいし」

「そういや、その話もまだ途中だったな。俺たち分かるように説明しなおしてくれると助かる」

「そうね……。簡単に言うと、治癒術というのはその人自身の代謝の強化なの。だから、屈強な兵士に対して使うのとお年寄りに使うのだと、もちろん効果に差が出るわ」

リタは顎に手を添えて、出来るだけ簡単な言葉を選びながら説明を始める。

「あくまでも、治療の促進をする術。それが一般に治癒術と言われてるものよ」

「でも、レイヴンの場合。心臓は魔導器になってたんだよね?」

「治すべきものが無いんじゃ治せないんじゃないかの?」

「それが、学長との一番の違い。あの人の力は治すんじゃなくて戻すの。この意味、分かる?」

戻す、と言う言葉。それに、時の頂に君臨せし者、と言う呼び名。その二つが関連しているとすれば、導き出される答えは一つだ。

「人魔戦争が十年前。おっさんが学長に心臓を再生してもらったのが大体くらい五年前。確かめる手段はないけど、きっと心臓だけ五年分若いはずよ」

「じゃあ、あいつが使ってる術式ってのは……」

「限定的な時間の逆行。使用したエアルを元に戻してるってワケ。そして、エアルに干渉するにはリゾマータの公式が必要になる」

「意図を手繰れば、結局そこにたどり着くのね」

今は待つしかない現実にユーリたちが歯噛みしているその時、レイヴンはというと、エステルの元へと訪れていた。通信魔導器での連絡などと真っ赤な嘘をついてまで、今、この場に立たねばならぬ事情があったのだ。

「いつから俺の演技に気付いてたのかねえ?アレクセイさんよ」

「飼い犬の管理など造作もないことだ。貴様はトート・アスクレピオスの同行を探るための、良い道化となってくれた。おかげで何の問題もなく事を運ぶことが出来た」

ミョルゾの出入り口にあるのは三人の人影。嘲笑を浮かべる騎士団長アレクセイ。憤怒の表情のレイヴン。そして、対峙する二人の発する濃密な殺意を受け、困惑と恐怖で声を上げる事も出来ずにいるエステルだ。

「生きながらえさせてやった大恩を蔑ろにし、剰え裏切るなどと。帝国騎士団隊長主席の名が泣くぞ。シュヴァーン・オルトレイン」

「あんたが俺にしたことは、二度目の死を与えたに過ぎない。だから、これは復讐だ。あんたを打倒した時こそ、俺は再び前へと進める。人魔戦争で死んだダミュロン・アトマイスと言う名の俺は眠りにつき、生き汚い鴉が産声を上げる」

「ふん。所詮は私に着いてこれる器ではなかったということか」

お互いにほんの少しの隙をも見せずに、腰に掛けられている剣へと手を運ぶ。

「もはや、貴様のような駄犬は必要ない。早々に処分するとしよう」

「飼い犬に手を噛まれるのは、さぞ屈辱的だろうねえ。あんたには相応しい死に方だ」

白刃が太陽の光に反射して煌めき、浴びせただけで人を殺せそうな視線が交差する。

「この戦いを、五年待った。あんたを殺して、俺は過去に決着を着ける!」

「目障りだ。もう一度心臓を貫かれる感覚を思い出させてやろう」

口上は高らかに。想いは全て剣に乗せ、両雄は同時に駈け出した。

 

 

・・・

上空から血まみれで降ってきた大馬鹿者の応急処置もあらかた終わり、一度アスピオに運んでいく途中の事だった。

「あれは……」

遥か遠く。視界に映るそれは、まだ霞んで見えるほどに小さいが、その姿かたちには覚えがある。移動要塞ヘラクレス。帝国の誇る最大最強の兵器のはずだ。しかし解せないのは、海上を渡るヘラクレスに群がる船の数々だ。それらは確かに帝国のもの。

「いや、そうか。なるほど。計画が佳境に入って本性を表したか、アレクセイ」

おそらく、レイヴンのスパイもばれていた。監視云々は元々レイヴンの目的のついでに頼んだようなものだが、欲を言えばアレクセイの明確な目的だけでも知っておきたかったか。聖核の用途は多岐に渡り過ぎる。どの文献で何の知識を得たのかを特定しない事には、選択肢が多すぎて分からないのだ。

「最悪、僕が直接叩き潰す必要があるか……?」

「いかに旦那と言えど、その役目だけは譲れないわよ」

「例えば、満月の子の力で聖核に干渉し一つに纏める。それを用いて砲を作れば、ヘラクレスの主砲なんか目じゃない威力のものが出来上がるぞ。控えめに見ても、血まみれでスカイダイビングしてるような奴に止められる事態とは言えないな」

遠くを見据えている僕の隣に、意識を取り戻したレイヴンが歩いてくる。体の機能を一つ一つ確かめるような動きだ。

「まあ、もしもの話だ。断片的な文献は残ってる可能性はあるが、完全な形で現存している本はほとんど無いはずだからな。分かったら落ち着いて地面に転がってろ、負け鴉」

「ま、負け鴉……」

がっくしと脱力したように頭を垂れていじけだすレイヴン。非常に面倒くさい反応をしてくれる奴だな。

「それで、これからどうする。あんたらとフェロー約束を尊重して、僕は静観しているつもりだけど」

「どうするって言っても、とりあえずあれどうにかしないと、うかうか寝てもらんないっしょ」

あれ、そう言って指を指したのは言うまでもなくヘラクレス。船団はその圧倒的な質量差だけで蹴散らされ、もう残り半分くらいしか残っていない。搭載された武装を使うまでもなく、その歩みの余波が引き起こす津波だけで羽虫の如く払われてしまうからだ。

「まるで縮図だな。今の帝国の在り方の体現のような兵器だ」

「今のって事は昔の帝国はこうじゃなかったってこと?おっさん、にわかに信じがたいなあ」

「『星喰み』の脅威はそれだけ根深く残った。代償に満月の子の殆どが命を差し出し、それでも倒すことは出来なかった」

「んー。それだとミョルゾの壁画と食い違ってない?」

「退ける方法は何も倒すだけじゃないだろう。封じたんだよ。『ザウデ不落宮』―――」

不意にアレクセイの行動が線となって繋がる。確かに皇族には『ザウデ不落宮』についての資料はあるだろう。なにせ、再び過たぬようにするための戒めなのだから。

「旦那……?」

用途は何だ。まさか『星喰み』を使役できるとでも思っているのか。そんな馬鹿な、あれはただ全てを喰らうだけ。知性など持ち得ていない現象だぞ。いや、それよりも重要な事は、今『星喰み』が発生すれば、対抗策は二つしかないということ。即ち、人の死か始祖の隷長の死か。

「……因果だな。こうも劇的だと世界に台本があるんじゃないのかと疑いたくなる」

大気が震えるようなエアルの充填がされ、ヘラクレスの主砲が発光しだす。

「レイヴン、もう行け。そして伝えろ。あんたらがアレクセイの目的を阻止できなかったその時、僕は敵になるってな」

「……本気みたいね」

無言を肯定の意と受け取り、レイヴンは騎士のような見事な礼を残して去っていった。

「我が身は創世の賢者にして月の現身。顕れるは五柱が一つ、隻眼の太陽。ここに帰依し奉る」

今も蹂躙される船団と比べても更に小さなこの体に、尋常ではないエアルの収束が開始され始める。近くに存在するだけで、木々は発火し、川は枯渇。あふれ出る熱量のせいで、今や何物も近づくことすら叶わない。

「降神権能、コード・ホルス」

ヘラクレスの主砲。真っ直ぐとこちらへ向けられたそれから吐き出された砲撃を、無数の火球が相殺する。火球、というと語弊があるほどに巨大なのだが、無論それだけには留まらない。

「僕を消そうとしたんだろうが、残念だったなアレクセイ。陽はまた昇る。太陽は不滅の象徴だ」

一つの火球が打ち消されると、エアルに還元され他の火球への強化に回る。その繰り返しは確実に砲撃を削っていく。何しろこちらは尽きる事のない永久機関。伊達で太陽を謳う訳ではない。あの空に存在し続ける太陽のように、決して滅することの出来ない術。力押しでの攻略は不可能だ。

「……準備がいる。アスピオに戻らなくてはならない」

因果応報の理に従うのではない、何も知らなかったあの頃のようでもない。僕はこの時、初めて自分自身のために戦おうと決めた。

 

 

・・・

「ようやく来ましたね」

「クリティア族!?いえ、あなたは確か……」

暴走した満月の力に飲み込まれ、人体に支障をきたすレベルのエアルによって人の住めない街になってしまった帝都ザーフィアス。その中心部ザーフィアス城の最上部、御剣の階段にいるであろうアレクセイを目指して進んでいる最中、聞きなれない声に突然がユーリたちにの耳に響いた。

「あんた、確かアレクセイの部下だったよな。悪いが、急いでるんだ。邪魔するってんなら早くしてくんねえかな」

「そう構えずとも、敵ではありません。ここにいるのは我が父の、そして私の友のためですので」

言外に、お前たちのために時間を裂く事など無い、と言っているように冷たい空気。それはいったい何故なのか、理解できないままに話は進む。

「出てきたらどうですか、シュヴァーン・オルトレイン」

「あらら。折角、カッコイイ登場を考えてたのに」

「レイヴン!?」

お約束のごとく暗がりになっていた柱の陰から現れたのは、血まみれの剣を残して消えていたレイヴンだった。

「分かっていますね。次、あの方の慈悲を蔑ろにすることがあれば、私が貴方を葬ります」

「分かってるって。世話になってる自覚もあるし、何より旦那には感謝してるのよ、これでも」

「……永く生きたあの方は約束というものをとても大事にしています。故にベリウスの件、私が貴方たちを許すことは決してないでしょう。それを努々忘れる事のなきように」

「ちょっと、待ちなさいよ!」

噛み付くようなリタの怒号を歯牙にもかけず、クロームは踵を返すと去ってしまう。残されたのは全員の視線を一身に受ける男が一人。

「今までどこ行ってやがったんだ、レイヴン。いや、帝国騎士団隊長主席さんよ」

「あー、やっぱり分かっちゃう?」

「分かっちゃうじゃないわよ!あんた、まさかエステルをさらった実行犯じゃないでしょうね……」

「違うわよ。実行犯はアレクセイ本人。おっさんはボコボコにされてミョルゾから投げ捨てられちゃってねえ。偶然、旦那が拾ってくれて、ようやく動けるようになったんだから」

「それを素直に信じられると思うか?」

漆黒の意思で剣に手を掛け、レイヴンを見据えるユーリ。事と次第によっては容赦はしない、そういう目だ。

「……俺の前の飼い主ってのがアレクセイなんだよ。人魔戦争で失った心臓を魔導器に変えて、死を奪った」

「アレクセイの奴、そんなことまでしておったのか……」

「終わりがないってのは、存外辛いもんでねえ。希望なんて言葉はいつの間にか忘れて、一遍の光も見えなくなるんだ。そうして五年前に旦那と出会った」

「その時に心臓の再生をしてもらったのね」

「表情一つ変えずに俺をぶっ飛ばしたくせに、心臓魔導器を見た途端に激怒したんだ。あの人が怒ったのを見たのは、後にも先にもあれだけだったなあ……」

力なく笑うその顔は、自虐に近い。過去を心から恥じていて、今をどれだけ誇っているのか、それが言葉の節々からも如実に伝わってくるほどに。

「魔導器もぎ取られて、気が付いたら知らない家にいた。最初は夢だと思ったよ。二度と聞くはずのない鼓動が聞こえたんだから。んで、戸惑ってる内に説明を受けて、意味が分からない間に死ねる体に戻ってた」

「…………」

「その後旦那は言ったのさ。生は不平等だけど、死は平等にあるべきだ、って。まさに天啓だったよ。死ぬために生きてるって言ったらアレだけど、実際その通りだなって、そう思ったから。だから、俺は過去に決着を着けて新しい人生を始めることにしたんだわ」

「じゃ、じゃあ、レイヴンが騎士団にいたのって……」

「それ以外に方法を思いつかなかったもんだからねえ。ミョルゾまで五年待ったのよ。情けないことに、返り討ちにあっちゃったんだけど」

これで話は終わり。重い重い生き死にについての話。理解できる、などと口が裂けても言うことは出来ない。してはいけない。それが出来るとしたら、永遠の業を背負うトートのみ。だからこそ、二人がともになったのは必然だったのだ。

「……どいつもこいつも、重い荷物背負い過ぎなのよ……。自分の中にしまい込んで、誰にも言わないのが美徳だとでも思ってんの!?」

「あ痛っ!リタっち、本気で殴るのは……」

「うるさい!これで水に流してあげるんだから、感謝しなさいよね!」

腰の入った正拳が見事にレイヴンの顔面に打ち込まれ、リタは肩を怒らせながら、階上へと向かって歩いていく。

「ま、そういうことだ。そら、歯ぁ食いしばんな、おっさん」

「青年は人の事言えないような……痛い!」

続いたのはユーリ。先ほどまでの雰囲気を霧散させ、気持ちのいい笑顔で笑えない威力の一撃を叩き込む。

「本気でいくわよ?」

「お手柔らかに!」

「ゴメンね、レイヴン……!」

「こ、これくらい大丈夫大丈夫……!」

「おお、ならば手加減は要らんようじゃの!」

「パティちゃん。男には見栄ってものがあってだね……いっ!」

「ワン!」

「…………手加減を……痛たたたた!」

全員が順番に続き、それが終わった後、何事もなかったようにユーリたちがいて。

「じゃあ、後はエステルだな。さくっと助けて殴られろよ」

レイヴンは本気で顔の骨格が心配になった。

 

○○○

御剣の階段の最上部。今となっては見る影もなくなってしまった帝都を一望できるその場所に、アレクセイはいた。当然ながら、魔方陣の球体に閉じ込められたエステルも一緒にだ。

「……呆れたものだ。お前たちは死んだものだと思っていたが」

「危うくご期待に添えるとこだったけどな」

「ふむ。他は運が良かっただけだと言えるが……。シュヴァーン、貴様は何故生きている。助かる要素など皆無だったはずだ」

「強いて言うなら、日ごろの行いの賜物じゃないの」

「真面目に答える気は無いということか。まあ、いい。今さら貴様が立ちはだかったところで大した障害にもならん」

心底忌々しそうな表情で振り返るアレクセイ。この期に及んでこれほどに恐れる必要がある人物など、たった一人しかいない。魔術を操る始祖の隷長が、これほどの存在とは思っていなかった。ヘラクレスの主砲を真正面から防いでみせるなどと、想像すらしていなかったのだ。綿密に練られた計画に潜む、唯一にして絶対のイレギュラー。それがアレクセイにとっての、トート・アスクレピオスという存在だった。

「それで、復讐の続きでも始めるか。一度無様を晒したのだ、お望みとあらば再現してやろう」

「生憎、それどころじゃないんだわ。何やってるか知らないけど、旦那が自分から動き出すなんてのは洒落にならないのよ。とっととくたばってくれない?」

「ほう、それは良いことを聞いた!帝国の総力の結晶、移動要塞ヘラクレスに真正面から打ち勝てる化物ですらも、『ザウデ不落宮』の復活を恐れるという!まさしく究極の魔導器にふさわしいではないか!」

敵前において高揚を隠そうともせず、高らかな笑い声を上げるが、決して隙は見せない。腐っても騎士団長。人魔戦争を生き抜き、騎士団の頂点まで上り詰めたのは、偏にアレクセイ自身にそれだけの能力が備わっているということに他ならない。

「諸君のおかげでこうして『宙の戒典』にかわる新たな鍵も完成した。礼と言っては何だが、我が計画の仕上げを見届けて頂こう。……真の満月の子の目覚めをな」

その言葉を境に、御剣の階段、その巨大な剣先の部分にエアルが収束を始める。多すぎて目視できるようになったエアルは、光線のように指向性を以て海上へと一直線へと進み、その下にある建造物を呼び覚ます。

「あれは……ミョルゾの壁画の……!」

海面をかき分けて浮上してきたのは大きな遺跡。遠目で見ると一見して指輪のようにも見えるそれは、『ザウデ不落宮』。古代ゲライオス文明から残る、最大の遺産だ。

「こいつはちょっとまずいんじゃない」

思わずレイヴンの口から漏れた呟きは、決して『ザウデ不落宮』などという何に使うのかすら分からないものに対してではない。別れ際のトートの放った言葉を思い出してのことだ。タイムリミットが迫っている。世界の命運は、自分たちにかかっているのだと、レイヴンは改めて実感した。


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