狭間に生きる   作:神話好き

12 / 15
十一話(幽霊船アーセルム号~フェローの岩場)

アイフリードを探す。それは、どう考えても不可能に近い。ブラックホープ号事件以降消息不明であり、現在生きているのかさえ分からないのだから。が、そんなことは些細な問題。現在、ユーリたちが立ち向かおうとしている問題の前では霞んでしまうような案件だ。元より藁を掴むような旅。ならばこそ、その情報を得ることが出来たのは僥倖と言えるだろう。

「……いくのじゃ!」

夜空に高く掲げたそれは、麗しの星。トートが探せと言った、アイフリードへの手がかりだ。海面近くに一つの星が生まれ、遥かな暗闇へと流れていく。幾何かの時間が流れ現れたのは、澄明の刻晶を発見した幽霊船。

「ってことは……」

「この船がそうだったって訳じゃのう。灯台下暗しとはこのことなのじゃ」

「パティ……」

淡々と語るパティの声には、いつもの天真爛漫な様子は見られない。感情を押し殺していなければ、内に秘めた何かが爆発してしまいそうなのだ。まだ、悟られてはならない。決着を着けて、その時こそ名乗りを上げることが出来る。察しのいいユーリやレイヴン、ジュディスはなんとなく事実に行きついていたが、決してそれを語ろうとしないのは、小さな背中から伝わってくる決意故。

「ここに全てが……うちの全てがある」

「なら、行こうぜ。この瞬間を、何年も待ったんだろ?」

「……そうじゃな!」

自分を踏み外さないよう、一歩一歩を踏みしめて船上に着くと、予想と寸分たがわぬ彼がそこに立っていて。

「サイファー……!」

思わず泣きそうな声を引き絞り、遠い日の記憶に焼きついた名を呼ぶ。友と呼ぶことさえも生温い。家族だった。人など簡単に飲み込む海原で、ずっと支えてくれたあの人が、今目の前で苦しんでいる。

「随分と待たせてしまったの。こんなになるまで、一体どれだけ苦しんだのじゃ。のう、サイファー」

「アイ、フリード……、お前なのか。再び会いまみえることが出来ようとは……。罪深いこの身にも、慈悲はあったようだな……」

ぼんやりと、骸骨騎士に重なるように、精悍な男の輪郭が浮かび上がる。

「ベットで安らかに死ねるだなんて思ってなかった。なにせ、お前と共にあると決めたのだからな。まったく、手のかかる船長だったよ」

「そうじゃな……。お主には世話になり過ぎた。がけど、もうこれ以上背負わなくても良いのじゃ」

「……そうか……。俺はもう、休んでもいいのか……」

目尻一杯に貯めた涙をどうにか堪え、パティは最愛の人に銃を向ける。これまでの旅は、この時のために。どうか我が友が安らかに眠れるようにと。

「こうしていると、昔を思い出す。初めて海に出た日の事、ユニオン結成の時の事、お前が魔導王の書庫に襲撃を掛けた事、そしてブラックホープ号の事。自我を侵されようとも、どれ一つ我が心から抜け落ちることなく輝いている」

「お主はちと頑張りすぎなのじゃ。そんな男の泡沫の夢が悪夢であって良いはずがないから……。うちが……うちが、この手で終わらせる」

引き金にかかった指が震え、照準も未だ定まらない。

「俺に、見果てぬ夢の終焉をくれると言うのか……。ああ、安心した。俺はこれ以上誰かを害さなくて済むのだな……」

「すまぬ……サイファー……!」

「お前らしくもない言葉だな。高鳴る鼓動を抑えきれずに海に出たあの時から、ちっとも変わらずに走り続けた。そんなお前だからこそ、共に歩もうと思ったのだ。俺は俺の選択を後悔したことは一度もないぞ」

もう駄目だ。限界だ。そんな言葉、反則だろう。これじゃあ、こぼれる涙を抑える事なんてできっこないじゃないか。

「だからな、礼を言う。今まで世話になったな、アイフリード」

「それはうちの台詞じゃの。ありがとう、サイファー」

震えがピタリと収まって、表情は先ほどまで涙をにじませていた者とは思えないほどに晴れ晴れとした、まるで旅立ちの日のように見せるそれだ。

「おやすみ、サイファー」

万感の思いの詰まった言葉と同時に、たった一発の銃声が響く。外れることなど有り得ない。慈愛の弾丸は確実にサイファーを貫き、その命を停止させる。誰一人として声を上げることなく、波のだけが音がやけに耳についた。

 

○○○

「急かすなんて無粋な真似はしたくねえんだが、事が事だ。思い出したなら、話をしてもらえないか、パティ?」

自分の過去と決着を着け、号泣で船を見送ったパティも次第に落ち着き始めたころ、ユーリが口を開いた。

「うむ。もう大丈夫じゃ!いつまでも泣いてるわけにもいかんからのう」

「そうそう。過去との決着の後は歩き出す時間よ。笑ってなきゃダメっしょ」

「レイヴン、たまにはいい事言うわね」

「少年ってば、最近ちょっと辛辣になってない?」

辛気臭さはあっという間に吹っ飛び、いつもの皆でいてくれる。それは、とてもありがたいことなのだ。パティは思わず緩みかけた涙腺を締め直すと、トートとしたどんな些細な会話も漏らさないように、記憶の引き出しを開けていく。

「初めてトートの存在を知ったのは、人魔戦争の時じゃったの……。銀髪の……そうじゃ、デュークと共に戦場の掛けておった。二人して英雄などと呼ばれて、心底嫌そうな顔をしていたのを覚えておる」

「デュークが……?」

「うむ。銀髪の騎士と魔導士は、まるでおとぎ話のようで目に焼き付いたのじゃ」

「デュークが騎士!?……いや、あの立ち振る舞いは貴族のものと酷似している。それなら、騎士団にいてもおかしくない、か」

一人で驚愕し、一人で納得したフレン。自分の考えを整理するために、ぶつぶつと何かを呟いている。

「でも、どうしてなんでしょうか?いくらデュークが友達だからって、トートが始祖の隷長と敵対するとは思えないんです」

「簡単なのじゃ。人魔戦争で人に付いたのは、なにもトートだけではないということじゃ」

「……エルシフル、か?」

その場の全員が一斉にレイヴンへと視線を向ける。問い詰めようとしたが、神妙なに顔を歪めるレイヴンを見て、話してくれるのを黙って待つ。

「旦那はちょこちょこエフミドの丘に墓参りに行くのね。それで、なんとなく気になって、聞いてみたんだけど……。名前はエルシフル。旦那が尊敬していた方って話よ」

「……そういうことかよ。相変わらず反吐が出るやり方だな」

「英雄は強力な兵器。だが、戦争が終わればただの脅威でしかない。それならいっそ消してしまえばいい。大方、評議会とやらの決定なんでしょうね」

自分より高い知能に強靭な体、尋常ではない戦闘能力を持ったエルシフルは、人の為に立ち上がった英雄から、ただの脅威に成り下がりってしまったのだ。

「後は……、あの黄金を作り出すしたりする不思議な術についてじゃの。便利だから教えてくれと、何度も頼み込んだのを覚えておる」

「それ、詳しく話して!」

「難しくて分からんかったが、確か……一度全部分解してから再構成してる、だったかの。『錬金術』と言っておった」

「再構成……分解……って事は大本が同じってことだから……エアルは―――まさか……、そういうこと!?」

ものすごい勢いでカバンから紙とペンを出し、ユーリたちにはちっとも理解できないような式を書き連ねていく。

「エアルは全ての物質の源……これ前提に……だとすると、中間に何か……。それを操ることが出来るなら、術は全部思いのままに!」

ダングレストの黄金図書館にも、トートの自宅にある本にも、ことあるごとに出てきた単語『マナ』。何かの暗号かと思っていたが、今なら分かる。これがそうなのだ。

「『星喰み』はエアルそのもの。倒せないなら、別のものにしてしまえばいいんだわ!なんて発想。どんな視点で物事を見れば、そうなるのかしら……」

よどみなく走るペンは、パズルを組み上げるように。今までの旅と、培った知識は裏切ることなく、到達点へと歩を進めていく。

「でも、これじゃあ……聖核!だから、学長は……」

複雑な文字の羅列が紙を埋め尽くし、その果てにたどり着いた公式。非の打ちどころもなく完璧に、リゾマータの公式は成った。

「―――出来たわ。世界を変えるための式が」

そうしてこの瞬間、ようやく人類はトートと同じ土俵に上がったのだ。

 

 

・・・

デュークやクロームと別れた後、僕は再び世界を巡っていた。来るべき決着のその時までに、済ませておきたいと思ったからだ。言わば、これは儀式に近い。これまでに歩んだ道を想起して、これからの道を覚悟する。そう言った意味の込められた行脚。

「悪いけど、あんたたちお呼びじゃないんだよ。僕が、覚悟を競う相手に相応しいと選んだのは、ユーリたちだ」

「黙れェ!魔物は全て狩らねばならん!始祖の隷長ならば尚更だ!」

現在地はお誂え向きにもテムザ山。人魔戦争の跡地のここに、統一された衣服を身に纏った集団が一つ。まるで再現のように、化物と人間が対峙していた。その先頭に立つのは、筋骨隆々な大男。クリントだ。形相は憤怒に歪み、噛みしめた歯は屈辱で砕けてしまいそうなほど。

「あんたの持つ命を、どう使おうがあんたの自由。それを否定はしないよ。だがまあ、粗末にするのはいただけないな。今の僕は暴君じゃない。無益な殺生に意味を見出すことは出来ないんだ」

「貴様ァ!そうまでして、我らを愚弄するか!始祖の隷長など、何匹も狩ってきた我らを!」

「状況が呑み込めてねえみたいだなあ。お前はここで終わりなんだから、命乞いの一つでもしてみたらどうだ?ええ、魔導王さんよお」

「…………」

ねちっこく嘲笑を浮かべているティソン。無言のままこちらを睨むナン。そしてその後ろに控える、大勢の『魔狩りの剣』のメンバーたち。殆どが愉悦に顔を歪めて、殺戮の合図を今か今かと待ち望んでいるのが見て取れる。どれほど待とうとも、そんな時は来ないというのに。

「それは、僕と敵対するってことでいいんだな?」

ここが最終ライン。引き返せない無間地獄への入口。

「無論。貴様のような輩はここで死ね」

「野郎ども!掛か―――」

「ああ、もういい。止まれ」

掛かれ、とティソンが言い終わる前に、胸の前をなぞるように手を動かす。所謂、選別というやつだ。この程度を跳ね除けられない奴とは戦わない。そういう線引き。

「やはり、残ったのは三人だけか」

クリント、ティソン、ナン。この三人以外の全員が停止した。正確には、止まっているように錯覚してしまっただけなのだが、この場においてそのことに意味は無い。

「あんたら、始祖の隷長を舐めすぎだ。聖核を懐に持っている以上、全開とはいかないが、それでもこの程度の事は出来る」

「……化物め」

「実際に止めるには、触れなきゃならない。それに、生き物を止めるにはいくつかクリアしなければならない条件もある。どうだ、化物だろう?」

誇るように、逆なでするように、僕はその言葉を口にする。今や、化物であることを恥じてはいない。自分が化物なんだと理解しているし、その化物にも家族がいた。ならば、恥じることなど出来はしない。

「命を燃やせ。場合によっては生き残れるだろう」

ベリウスの結晶、蒼穹の水玉をその場に置き、三人の眼前まで歩み寄る。折れない心には、全力を以て答えなければならない。例えそれが、怨嗟からくる歪みだとしても。

「オーバーロード」

古の暴君が、ここに再誕した。

 

 

・・・

フェローに会う。それはユーリたちの旅の、本当の意味での始まりを意味していた。選択肢は数多あれど、すでに心は決まっていた。まずは話そう。多くを語り、心を通わせ、その上で何を成すのか考えよう。それが全員の意見だった。

「やはり、来たか」

待っていたぞ、と言わんばかりの言葉。歓待は望めないが、少なくとも強い拒絶は見られない。盟主として堂々と、しかしその雰囲気は、かつて自害を前にしたドンを彷彿とさせる。見るもの全てを震わせる覚悟の色を双眸に宿し、フェローは静かに口を開く。

「今更、我に何の用だ」

「随分と捨て鉢な台詞だな」

「『星喰み』が再び現れた今、我に出来ることは無い。名ばかりな盟主として、トートを信じて待つのみだ」

「そう。なら、時間はあるのね」

「……対話か。それも良かろう」

世界の毒。それが意味を持たなくなった今の状況は、フェローの平静に一役買っていた。だからこそ、今がチャンスだ。トートが理知的と称したフェローと言葉を交わすなら、今をおいて他にない。

「教えて下さい。なぜ、人の命を使う道を選んだのか。それに、あなた自身の事も。知らないままに全てが終わるのは、嫌なんです……」

「知らなければ良いことも多い。それでも踏み込むと言うのか?」

「悪いが俺たちも半端な覚悟でここに立ってるワケじゃねえんだ。頼む。話を聞かせてくれ、フェロー」

「覚悟、か。久しい言葉だ。人の口からその言葉を聞いたのは、どれほど昔だったか……」

瞼を閉じて想いを巡らせるフェロー。いったい何を見て、何を思ったか、それを推し量ることは到底できないが、それでも再び眼が開かれた時、どことなく嬉しそうな雰囲気を感じた。

「命を懸けて何かを貫き通さんとすると、時折人は情理を越えた行動を取る。今のそなたたち然り、千年前の満月の子然り、だ。ならば、言の葉で示して見せよ。その如何によっては、我が命差し出すことも厭いはしない」

「……学長に聞いたのね」

「その通りだ。人の命を使わない方法には、聖核が必要になると、奴はそう言っていた。ならば、それは真なのだ」

当然と言い切るのは、千年を超える信頼の成せること。人と始祖の隷長、価値観は

大きく違えど変わらないものは確かにある。例えばそう、罪の意識など。

「トートは何かを恐れている。我の死ではなく、その先にある何かを……。そして、それがいったいなんなのかを推し量ることは容易い」

「死よりも恐ろしいって……。そんなものあるの?」

「あるわよ」

「そうね。学長が忌み嫌っているものが一つだけあるわ」

「のじゃ」

トートに近しい三人は答えをもう持っていた。ただ、それがどう結び付くのか分からなかっただけ。認めたくなかったと言い換えてもいいかもしれない。特にレイヴンは、それを忌避する気持ちがよく分かるのだ。

「我らトートだけに背負わせている現状を良しとはせぬ。そなたらに踏み込む覚悟があるならば、我が命を託そうぞ」

「いいのかよ。それはトートを裏切ることになるぜ」

「永い付き合いの中で、互いの想いは理解している。我は始祖の隷長が盟主。世界のために命を散らすのは本望なのだ」

「なら、後は……」

「俺たちが前に進めるか、だな」

ちらりと振り返ったユーリの目に映ったのは、三者三様な表情。すでに覚悟を決めたリタ。いつもと変わらないパティ。そして……。

「……悪いねえ。事ここに至って年長の俺が勇み足とは、情けないったらありゃしない」

「レイヴン……」

手足は一目でわかるほどに震え、苦々しくゆがめた顔は、今にも泣きだしてしまいそうだ。この世界で唯一トートの世界の片鱗を共有した者。僅か数年で心を殺し、立ち止まらせてしまう暗闇は、思い出すだけで飄々としたレイヴンをこうも追い詰めてしまう。

「実際、旦那に助けてもらうまでの俺は酷いもんだったから、賛成とは口が裂けても言えないのよ」

「そうか……。理由は分からぬが、そなたはその領域を知っているのだな。でなければ、誰よりも死を想うトートが心臓の再生などする訳もない」

「こんな事、言えた義理じゃあないけど、今ならまだ引き返せるのよ。きっと、旦那もそれを望んでる」

「薄情と罵られる覚悟はある。何より、ここでそうしなければ、我は我ではなくなってしまう。それは死と変わりない」

「……まったく、始祖の隷長ってのは頑固者しかしないのかね。いいさ。俺の口出しする事でもない。いつか後悔することになるけど、それでいいんなら勝手にしなよ」

その言葉の矛先は何もフェローだけではない。実行せんとするユーリたち、そしてそれを黙認する自分自身への怒り。過去を断ち切ることは出来ても、無くすことは出来ないのだ。己の行動の全てに責任を持つ。当たり前のそれは、限りがあるからこそ受け止められる。善も悪も一切合財の清算である死は、きっとそのためにこそあるのだから。

「先達としての忠告、しかと心に留めておこう」

拗ねるようにそっぽを向いたレイヴンへと、感謝の言葉を述べるフェロー。表情に憂いの影はあるものの、フェローをどことなく嬉しそうだった。

「これで……トートを永劫の孤独から解放できればいいのだが」

荒野に溶けて消えた言葉は、盟主としてではなく、フェローが初めて見せた心の奥底。感謝も憧れも不安も期待も混ざり合い、フェローは精霊へと転生をした。

 

 

・・・

『魔狩りの剣』との争いの後始末をしていると、不意に炎の術式が僕の管理から外れた。それは、僕よりも火を従えるに適した存在が生まれたことを意味する。臨界点に潜むこの身を超える。つまりは火そのものと同義な存在が誕生した。そんなものに心当たりが一つだけある。

「やっぱり、こうなったか」

火と親和性が高いのは、フェローだろう。巡る地水火風の一角が僕の敵に回った。だがまあ、問題は無い。いかに精霊と言えど成りたて。上回れなくとも、拮抗に持っていくくらいなら造作もない程度には、研鑽を積んでいるつもりだ。

「考え込んでいても状況は変わらないか……。なら、目下の懸案は後始末をどうするかだな。試運転にしてはやり過ぎた」

オーバーロード。かつて暴君と呼ばれた時に、唯一僕が持っていた武力。分け隔てなく鏖殺の限りを尽くすことを可能とした化物の力だ。加減が極端に難しくなると言う欠点があるが、それを補って余りあるほどに応用が効く。そも、時の干渉に対する対策も講じてこないような輩には必要のないものだったが。

「……もう癒えたか。相変わらず忌々しい体だよ、まったく」

たった数分と経たないうちに争いの痕跡は僕の体から一切消え、残されたのは満身創痍の『魔狩りの剣』の残骸たちと、人魔戦争をもう一度再現したかのように上書きされた爪痕だけ。血で川が出来ているが、それもほとんどは僕自身の流したもの。先ほど述べたオーバーロードの副作用だ。

「とはいえ、まだ立ってくるとは思わなかったぞ。流石にギルドのボスを張ってるだけの事はある」

「だ……黙、れ……!魔物は悪!狩らねば……ならん!」

大剣を杖代わりにして立ち上がるクリント。流れる血を拭おうともせず、ただひたすらにこちらに憎悪を向けてくる。

「さながら手負いの獣だな」

「ぐっ……う……!」

たどたどしいながらも確実に歩を進めるクリントを堂々と待ちながら、最期になるだろう会話を投げかける。

「解せないな。僕には魔物を総べる力など無いぞ。そんな事とっくにわかってるだろうに」

「俺が、示した道。魔物は悪とを煽動し、そこに光を灯して多くの命を散らせた……。ならば俺が信念を曲げることなど、どうしてできようか」

「あんたも、歪まなかったら歴史に名を残す傑物になったのかもしれない」

「…………望むべくもない」

目と鼻の先。すでに互いの間合いなど意味を持たない距離で、同時に渾身の一撃を放つ。防御など最初から念頭に置いていない大剣と拳のクロスカウンター。リーチの差で先に僕の心臓を大剣が貫き、一瞬遅れで僕の拳がクリントの顔を吹き飛ばす―――はずだった。

「…………」

相打ち覚悟の剣閃は鋭く、正しく己の全てを出し切った一撃だった。だから、この目の前の事象は当然と言えば当然の事かもしれない。

「立ったまま気絶とはね……。敵意がないんじゃこれ以上やる理由もない、か」

僕の心臓を穿ったその瞬間、目から光が消えた。初めから死ぬつもりだったからこそ、生き残った。なんという皮肉か。

「悪いね、このくらいじゃ死ねないんだ。それに、今の僕にはやらなきゃならないことが残ってるから」

突き刺さった刃をゆっくりと引く抜くと流れ出た血は再び大地を汚し、ほんの数秒と経たずに傷が塞がった。命を懸けて向かってきた男にほんの少しの羨望と敬意を払って、僕はこの場を後にした。




原作から大分外れました(白目)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。