狭間に生きる   作:神話好き

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十三話(最終決戦)

今現在、人類にとっての破滅の象徴とも言える『タルカロン』。いくつもの塔がそびえ立ち、その多くが老朽化して太古の遺跡を思わせる。事実、これは古代ゲライオスの遺産であり、所々にトートの手が加えられているものの、大半が当時の面影を残したままになっている。千年前の建造物を現存させる技術もさることながら、ユーリたちの目を奪うのは辺りに刻まれた術式の数々だ。

「凄い……これ一つ一つが、学長の研究成果の結晶ね。にしても『マナ』を使った技術体系をたった一人で完成させたって、どんな冗談よ」

「そんでもって封印したのか。過程で精霊の存在を見つけたんだろうな」

「それだけではない」

数メートル先にある広場から、不意に声を掛けられる。綺麗な銀の長髪を靡かせ、九つの異形の武器で作られた円陣の中陰に佇んでいる一人の男性。煌めく出式の光に演出され、精霊を初めて見た時のように神秘的な感動を覚えるほどだ。確固たる意志と、それに付随する圧倒的な実力と自負が威圧感となってユーリたちの肌を刺す。

「デューク……」

「やはり来たか。雌雄を決するこの場所へ」

「話し合う気は毛頭なさそうだな」

「互いに相いれぬことは理解したうえでここに立っているはず。これ以上の話し合いに何の意味がある」

デュークは地に突き立てた剣に両の掌を乗せたまま、ユーリの言葉を切って捨てる。堂々たる雰囲気と凛と響く言葉は、真に貴族の在り方だ。帝国の腐敗したそれとは似ても似つかない、本物の貴き人の放つ輝きが、確かに彼からは伝わってくる。ならば、相対するにふさわしいのは一人しかいないだろう。

「例え相いれなくても、話をすることにはきっと意味があるんです。わたしは無力だったけど……。それでも短くて暖かかったあの旅は、それを教えてくれました!」

あまりにも無垢。デュークからしたらひよっこもいいところなのだろう。しかし、それでも相手をしない訳にはいかない。所謂、負けられない戦いを言うやつだ。全てで上回ってこその勝利。清廉潔白にして高潔。彼はその果てに人の枠組みから外れてしまったのだから。

「良いだろう。確かに全てを黙殺したまま切り捨てるのは本意ではない」

僅かに臨戦態勢が緩み、圧迫感が霧散する。驚くべきはその切り替えの自然さ。敵意が気が付かないうちに消えるなど、どれだけの歴戦の猛者ならば出来る芸当なのか。

「シルフが……クロームが言っていました。あなたは優しい人だと」

「人が欲にまみれ過ぎているだけの事。私は当たり前に生きているだけだ」

「そして、人を信じる事が出来なくなった……」

「そうだ。私の友が命を懸けて守ったものは、私の友の命を奪った。何も変わらないままに、人は同じことを繰り返す。己の欲望のままに貪り、その代償が己に還ると知ると嘆くのだ。この世の全ては因果応報。そんな単純な理からすらも、目を逸らす。醜悪だと思わないか」

「ですが、全ての人がそうな訳ではありません。世界には良い人だってたくさんいました」

「……澄んだ目だ。それ故に危うい」

精巧な人形のように動くことのなかったデュークが初めて表情を崩す。同情的でいて、しかしどこか懐かしがるような。

「やはり、この問答に意味はない。お前たちは私の胸中を勘違いをしている」

「勘違い……です?」

「この身を焦がす人への絶望は、すでに心に起伏を作らない程度に薄れている。他でもないクロームとトートのおかげで、だ」

「だったら、なんで―――」

穏やかに瞼を閉じて手のひらを翳し、エステルの問いかけを抑える。

「私は人に絶望し、人の世から姿を消した。だが、始祖の隷長でもない私の行く宛など、初めから在りはしない。そう思っていた。そこに住む住人がいるなど、思案することなく」

それは、デュークにとって第二の始まりの記憶。何もかも無くした後のターニングポイント。

「多くを語る必用はない。私はトートの友としてこの場所に立っている。ただそれだけ、そしてそれで十分なのだ」

聞いているだけで伝わってくる強い強い想い。友の為だけに。混じり気なく純粋なその祈りを貫かんと、デュークはユーリたちの前に立ちはだかる。

「あいつの我が儘など、初めて聞いた。初めてだ。本心ではこれが良いことではないと分かっていながら、進まざる負えない。ならば、私は友として最後までトートと並び立とう」

円陣が光を発し、九つの異形はデュークの体を変貌させてゆく。より強く、儚い祈りを叶えられるように。魔装具と呼ばれるこの武器は、太古の盟主スパイラルドラコの一部から作り出されたもの。秘める力は計り知れなく、その受け皿になれるような人間は世界中を見渡しても彼しかいないのだろう。

「来るがいい。傲慢にも世界を変革せんとする者達よ」

浅黒く染まった肌と不変の銀髪。強大な力を従えて、物語の最終局面が始まった。

 

 

・・・

数百年振りに、僕の予想を大きく外れる事態が起こった。ベリウスがいつか命を落とすことも、『星喰み』がいつの日か復活することも予想の内だったが、こればっかりは考えた事すらなかった。おかげで、この場所。『タルカロン』の心臓部には迎撃の準備など一切していない。

「急造の結界だが、効果は僕のお墨付きだ。ここは完全に外界と隔離された」

「…………」

「つまりは、僕を倒さなければ死ぬまでここを出られない。最終戦には相応しい展開だと言えば聞こえはいいが、正直なところデュークが倒されるとは露ほども思っていなかったからな。僕の予想を超えた人はあんたたちが初めてだ。誇っていいぞ」

透明な、しかしなんとなく境界線が分かる程度に空間がぶれて見えるようになる。デュークを打倒すような輩に手加減など到底不可能だ。余波で全てが台無しになってしまっては本末転倒。

「言いたいことはいろいろあるが、まずはそうだな……。よくぞここまで来た、と言っておこうか」

「あんたが時間を稼いでくれなかったら、今頃『星喰み』に食われてたろうけどな」

「これが、僕個人の我が儘である以上、僕は世界の全てを相手取って勝たなければならない。違うか?」

例えるならば、ユーリが下町で自分を貫くために帝国に牙を向けたように。アレクセイの暴虐を認められないと打倒したように。生きていれば誰しもが戦う。当たり前の、そして僕にとっては初めての事。家族を守るためだけに、世界の全てを敵に回す。在り難いことに、一人着いて来てくれた例外もいたけれども。

「結界の完成までもう少しだけ掛かる。会話する時間はあるぞ。特に、何人かは言いたいこともありそうだ」

完成までおよそ十分くらいか。改造した『タルカロン』の力の縮小版。僕一人ではこの規模が限界だが、それでも百メートル四方を完全に隔離することくらい朝飯前だ。

「……この場所。全部で一つの結界魔導器ね?」

「流石に優秀だな、リタ。そうだ、こいつは『ザウデ不落宮』など比較にならん結界魔導器。出力さえ足りていれば、『星喰み』だろうが永遠に隔離して停止させることが出来る」

「ああ、やっぱりそうなの。だったら尚更止めなきゃならなくなったじゃない。約束、まさか忘れたわけじゃないでしょうね」

「……見ただけでそこまで分かるのなら、僕に師事しなくとも二十年あればたどり着くんじゃないか?」

「それじゃ遅いのよ。世界を変えるなら、魔導器に変わる物を用意しなきゃいけないでしょ。それも大至急に」

そう言って手を開くと『マナ』を吸収して光を放つ球体が。言うまでもなく僕が作った物だ。道中に設置してあったのを取ってきたのだろう。

「紛れもない次代の技術。勝てない訳よね」

「そうだ。そして、『星喰み』よりもよほど危険な技術でもある。僕が誰にもこの技術を授与しようとしなかったのはそのためだ」

「時間は進むわ。いつまでも留まる事は出来ないのよ」

「ならば、進む筋道は僕が決めよう」

押し付け合いのような対話が終わり、リタやみんなを抑えて、一歩前に出てきた小さな影。パティ・フルール、いやアイフリードか。

「その目は懐かしいぞ我が友、アイフリード。ようやく全部思い出したんだな」

「……人が悪いのう。ノードポリカで会った時に気付いていたんじゃろ?」

「あまりに風貌が変わり過ぎてて確信を持てなかったけど、面影はしっかり残ってたよ。何度も懲りずに僕の家に襲撃を掛けてきた顔だ。忘れようにも忘れられない」

「変わらぬ……本当に変わらぬのう。ドンもサイファーも逝ってしまって、それでもおぬしはあの時のままじゃ」

幼い容姿とは結びつきようのない儚げな笑顔。思えば、老いを遡り皆に置いて行かれてしまった彼女は、ほんの少しだけ僕に近い所にいるのかもしれない。

「……どうしても戦わなくてはならぬかの?」

「躊躇うな。欲しいのならば奪え。僕の知るアイフリードはそういう奴だったぞ。そして、何より強欲だった」

「相わかった。ならば、積もる話はおぬしを倒した後にゆっくりしようかの」

記憶の中にある挑発的な笑みが、パティの笑顔に重なって見えた。変わらないのは、何も僕だけではないではないか。

「……もう、あまり時間も無い」

「俺は一度ぶつかり合ってるし。あとは戦いの中で、ね」

「僕も同じく。想いは全てこの剣に」

「っつーことでだ、残るはエステルだな」

「………はい!」

一目で見て取れるくらいの緊張を纏い、エステリーゼが一歩前に出る。紡がれる言葉を聞き洩らさぬように凝視していると、突然頭を下げた。儀式的な丁寧な礼などではなく、贖いを求める者の礼だ。ダングレストでの約束に基づいて、僕に謝る事、それが彼女の持つ蟠りという訳か。笑えるくらい律儀で、愚直。そして、眩しいほどに気高いじゃないか。

「短い間に劇的な変化を成せるのは人の美点だな。ベリウスが入れ込むのも頷ける。最も得難い結果を意思の力のみで引き寄せる。僕にとっては、それこそが恐怖だった」

「あなたはただ、守りたいのですね。人と違う自分が嫌で、だからこそベリウスをそこから遠ざけたがる」

「そんなこと言われなくとも分かっている」

「ですが、ベリウスは。彼女はきっとあなたのそばに寄り添いたいと、そう思っているはずです」

「死者の声を語ることは出来ない」

「最期に自らの聖核をあなたに託したのは、一緒に居たかったから。誰だって大切な家族を一人ぼっちにさせたくはありません。ですから―――」

祈りを捧げるように両手を組むエステリーゼ。微かに聞き取れる声量で、お願いと呟き、それに呼応して莫大な『マナ』の収束が始まる。

「わたしが謝らなくてはならないのは、あなたと、そしてベリウス。皆の力を借りて、わたしは誰もが笑える結末を描きます」

周囲の空間が蜃気楼のごとく歪み、そして顕現するのは地火風を司る三体の精霊。

「イフリート、シルフ、ノーム。少しだけ力を貸してください。今、この時だけわたしの我が儘を貫き通す力を!」

思えば、満月の子の力とは精霊と繋がるためにあったのではないだろうか。いつの日か彼女のような傲慢とは程遠い人間が生まれて、それと同世代に技術は刷新され、精霊が生まれる。奇跡のような確率も、成されたのなら運命だ。

「……だが、抗わずにはいられないんだ。世界はいつだって僕の敵なのだから」

全てを掛けた最終決戦が始まった。

「最初から全力で行かせてもらうぜ!」

正面からユーリ、そして側面からはフレン。寸分のずれもなく二本の剣が襲いくる。合図無しのコンビネーションとしては満点に近い動きだ。トリッキーなユーリの剣が檻のように逃げ場を制限し、教科書通りのフレンの剣が四肢の根元を掠める。達磨にしてしまおうということか。意外にえげつない作戦を立ててくる。立案者は十中八九リタだろう。

「オーバー……―――」

「なあっ!?」

ならば、あえて受けてやるだけの事。腕を一本落とされるだけで隙を突けるのなら安すぎる。僕にとっては少し痛い程度にしかならない。

「行ってこい!」

「月光!」

フレンが左腕を貫いたとほぼ同時に、蛇のような矢が左足を、上方からの投槍が右足を貫き固定する。

「腹ぁ括れよ!天狼滅牙ぁ!」

「―――ロード」

発動の瞬間、傷口からおびただしい量の血液が噴出し、即座に塞がる。オーバーロード。根幹にあるのは実に単純で初歩的な術に過ぎない。身体能力の強化。それを、誰もが真似することの出来ない強度で発動しているだけ。体の負担を省みない強化は肉体を破壊しつくし、死を招く。僕には関係のない話だが。

「話したのはフェローだな?」

「……まずったか」

涼しげな笑みは絶やさずに、しかしユーリの頬にはうっすらと冷や汗が見える。真上から右肩を一閃する軌道で放たれた斬撃を半身になって躱し、両足の動きを阻害する矢と槍諸共蹴り飛ばす。頭の可笑しい次元での強化術の行使の前では、この矮小な四肢ですら始祖の隷長の全力に勝るのだ。

「がっ、は……」

「ユーリ!今、治療を――」

「させると思うか」

「させてもらうわよ」

腕を組んだまま佇んでいたリタがアクションを起こす。リタの魔術は僕に効かない。だが、精霊の助けがあるのなら、その限りではない。ほんのちょっぴりエアルの流れを阻害できるならエステリーゼの回復術を阻止できる。だが、その瞬間に災害と言っても差支えのない精霊の力が僕を襲うだろう。

「どうやら、魔導王の名前は返上しなくちゃいけないようだ」

「ようやく、ようやく追いついたわよ!」

精霊の力で強烈にブーストされているとはいえ互角。最後の砦が忌々しい力とは、なんと出来過ぎた筋書きだろう。

「月光を纏う」

飛散した血が落下せずにその場に留まり、僕の両腕の冷たい発光と相まって不気味な雰囲気を醸し出す。

「あんたたちにとってはこれも既知。参ったよ。何が起こるか分からないことが僕の一番の武器だったのに、これで決着が付かないようなら、心底使いたくない切り札まで切らなきゃならない。悪い事は言わん、とっとと倒れてくれ」

言い終わると同時に地を蹴り駆ける。疾走は音を置き去りにしてなお早く、ユーリたちから見たら、僕が爆発と同時に消えたようにすら見えた事だろう。でなければ―――。

「無防備に背中を晒すなどするはずがないからな」

「くっ、う……!?」

「ジュディ!」

「槍の一本や二本で受けきれる攻撃じゃない。腕は暫く使い物にならないだろう。止まってるといい」

呻くジュディスが復活する前に、自らの手首を切り血をまき散らす。空中で固定されたそれらは、何よりも固い檻となる。

「時の防りは全てを遮る。そこで大人しくしていろ。どの道もはや戦闘は不可能だ」

「あら……甘いのね。殺さなくていいのかしら?」

「殺したりなんかしたら、きっと他の連中は更に意思を強くする。僕はそれが一番怖い」

「……恐ろしい人。あなたはそれほど強いのに、怖さを知っているのね……」

「敵は多かったからな」

目すら合わせないような会話を終え、改めて意識をユーリたちへと向ける。警戒の色は先ほどまでとは段違い。今度は容易くいかないだろう。何かしらの策を打ってくるだろう。なにせ切れ者揃いだ。目の当たりにした脅威に晒されるままの愚者では有り得ない。

「あのスピードで触られるのもダメって、反則じゃない?」

「あえて誰も言わなかったことだと思うよ、それ」

「のじゃ」

「お前ら、ふざけてないで気合入れろ」

気の抜けるような会話をしているが、抜け目はない。誰かを狙おうとするコースには、前もって剣を掲げ、道を塞いでいる。確かにあれでは突っ切ることは出来ない。が、まだ僕と言う存在についての理解が足りないようだ。

「痛っ!?」

予想外の事態は体を硬直へと導く。例えば、腕を千切って投げるなど。それは微々たるものだが、今の僕には十分な時間だ。カロルの額に当たって落ちたそれが腕だと認識したほんの些細なタイムラグに、僕は疾走した。

「しまった!」

「これで残りは六人と一匹。リタはこっちの戦いには混ざれないから、五人と一匹。早々に対処しないとすぐに全滅だぞ」

仕留めたのはカロル。背後からの一撃で気絶をしてはいるが、念のためジュディスの時と同じく血の檻で囲み行動の自由を制限しておく。

「……リタ!例のアレはどれくらいの時間持つ?」

「無理して五分ってところよ。どうせ使い捨てなんだから、好きに使いなさい」

「エステル!やることは分かってるな?」

「ですが、それではユーリが!」

「あいつは痛みに耐えてんだ。俺たちも同じ覚悟ってもんを持たなきゃならねえよ。ま、他に手段も無いことだしな」

そう言ってユーリが懐から取り出したのは真新しい懐中時計。それを見て意図をくみ取ったのか、エステリーゼを除いた残りのメンバーも同じものを取り出して首にかける。何かは分からない。しかし、何かしらの決意をした目。あの目をした人は強い。注意しなくてはならない。幸運なことに、慢心できるほど僕は自分を信じてはいないのだから。

「……行くぞ」

静かな宣言が響き渡り、一歩を踏み出したその時だった。

「か、なり、痛えが……ようやく、イーブンだ」

目にも止まらない速さで動いている僕に追随する声。よもや、よもやこれすらも乗り越えて、剰え同じ場所に立つとは。

「やはり、あんたたちを敵に選んだのは間違いじゃなかった!」

「お褒めに預かり光栄ってとこかぁ!」

ユーリの放つ渾身の袈裟切りを蹴りで受け止める。それだけで床に蜘蛛の巣状のヒビが走り、瓦礫が天高くまで巻き上げられた。強化術の行使に集中しているエステリーゼを除いて四人と一匹。相手は胸元の懐中時計とエステリーゼを守りながらの戦闘になる。

「まさか、魔導王なんて持て囃された僕が最後に頼るのことになるのが己の肉体とは!」

「この方が分かりやすくていいじゃねえか!」

一撃当たったら肉体が弾け飛びそうな威力の連携が襲いくる。何気ない一矢、何気ない回避の全てが僕を追い詰める布石。次第に肉は裂かれ、骨は砕かれ、血はとめどなく溢れ。さながら羽を捥がれた鳥のように、じわじわと削り取られていく。だが、今気を向けるべきはそんな事ではない。僕が不死で、埒が明かない以上どこかでアクションが必要になるからだ。鎬を削るこのひと時も、全てはその一瞬のための下準備。その前にへし折る。

「―――止まれ」

「あ……―――」

目が眩む両手の発光と同時に、レイヴンとパティ、そしてラピードの動きがぴたりと止まった。レイヴン一人止められれば良いと思っていたが、効果のほどは予想以上。一気に過半数を行動不能へと押し込むことに成功した。

「その懐中時計。僕の真似を出来るようだが、並列して機能を使うことは出来ないみたいだな。もしそれが出来たのならば、少しばかり参るところだった」

「…………生体に使用するには条件があると言っていましたね」

「ああ、ある。まさか、僕が何も考えずに戦っているとでも思ったか?」

「喰えない野郎だぜ」

「お互い様だ。散々切り刻んでくれたな。すぐに戻るだけで痛みがないわけじゃあないんだぞ」

ほんの一滴でいい。傷口から入ったでも何でもいい。僕の血を対象が体内に持っていること、それとオーバーロードの使用中である事が条件だ。無駄に切り刻まれてやっただけあって、成果は十二分に得た。

「……そろそろ終わらせて―――」

「月破紫電脚!」

「鬼神千裂ノック!」

聞こえるはずのない声が聞こえた。いや、予測しておくべきだった。僕と同じことが出来るなら、血の檻などただの水分。動きの阻害など出来っこない。

「吹き飛べ!」

「守護方陣!」

悪寒が止まらない。油断で両腕を吹き飛ばされ、咄嗟の蹴りも防がれた。悪い夢を見ている気分だ。事ここに至って狙いを理解できてしまったから、そしてそれを防ぐことが出来そうにないから。

「あんたの再生力、封じさせてもらう!」

全てがゆっくりになる。なぜ、ユーリの持つ懐中時計が一つしかないと決めつけてしまったのか。目の前に迫り、胸を貫かんとするユーリの手の内にはしっかりと握りしめられた懐中時計。この場でそれを必要としないのはただ一人。リタだ。まったく、優秀すぎるのも考え物だと痛感させられる。

「ぐ、う……」

体内に埋め込まれた懐中時計が僕の時間を狂わせる。

「五分。それしか持たねえが、それまでの間あんたは超再生を使えねえ」

「そのようだ、な。せいぜい死なない程度だ。満足に動けるほどの再生は見込めない」

吹き飛ばされ、仕切り直すようにお互いに相対して言葉を交わす。偶然にも開始と同じ位置だ。仕切り直しと言うにはお互い消耗しすぎているし、これ以上の肉弾戦では勝ち目は薄いのだろう。

「解除」

「っとと」

石像のように固まっていたメンバーが元に戻る。別に観念したわけではない。余力を回している場合ではなくなったと言うだけの事。

「……耐えきったのなら、あんたたちの勝ちだ」

腹部に刻まれた文字盤の刺繍が蠢き、その頂点である零に短針と長身が重なる。浮かび上がったのは巨大な時計。その全貌を見ることが出来ないほど巨大なはずなのに、なぜだかそれがどういう状態なのか理解できる。とても、とても不思議な時計。僕の背負う業にして最後の切り札。

「時計を見ろ!始まりは終わりと重なり、円環は成った。ならば我が妄執の果てに、太極への扉は開かれん!」

滔々と紡がれる祝詞は罪の証。死を知りたいという許されてはいけない願いによってのみ、僕が踏み込むことを許された聖域への鍵だ。

「生も死も愛も妬みも恨みも慈しみも希望も絶望も、ここには全てがある。とはいえ、僕の手が出せるのは死、だけだが」

風景が歪み、捻じれ狂う。ノイズのが混じり、負荷で脳が爆発してしまいそうだ。それでもどうにか成功した。終わりの見えない黄金図書館。転移などと言う低級な現象ではない。ここは太極、世界の全てが記録されている無限の書庫だ。目も眩むような輝きは叡智の煌めきにして、生の美しさ。いつまでも見ていたいものだが、今の僕では持って一分。早々に術式の発動をさせてもらうとしよう。

「括目しろ、喝采しろ、羨望しろ、嫌悪しろ!無間の狭間に死を想え!」

夥しい量の本が意思を持ったように宙を舞い、視界を絶え間なく埋め尽くす。防御などに意味は無い。これはただ、体験するだけのもの。死がない故に、誰よりも死に焦がれた僕だけに許された神域の御業。

「アカシックレコード―――メメント・モリ」

瞬間、喉元を剣が貫いて死んだ。呻きながら声も出せずに惨めに死んだ。焼けるような喉の痛みに狂いそうになりながらも、最後に思い浮かべたのは両親の顔だった。一冊目、名前も知らない兵士の死。

「う、あ……ああ……!」

気が付くと元の黄金図書館にいた。そして、間髪入れず心臓を牙が貫いた。悶えながら、大声を上げてのどをからしながら死んだ。絶叫が多くの野生の魔物を呼び寄せ、かすかな意識を残したままに食われながら死んだ。最期には何かを思考する事すら出来なかった。二冊目、名前も知らない猟師の死。

「力は要らない。ただひたすらに死を想え」

無慈悲で無機質な僕の声だけが木霊する。この世の全てを記録している場所に接続し、全ての死を追体験させるだけの術式を越えた神技。それが僕の歪みにして絶対の切り札だ。

 

 

・・・

レイヴンの場合。

「大した御仁だよ、本当に。こんな芸当、神様でもなきゃ出来やしないって」

幾度目の死を迎えた頃だろうか。それでも折れずに悪態をつくだけの余裕があった。幻想の死は体力をも削りゆくが、それがいったいなんだと言うのか。

「皆、この旅で強くなったのよ。きっと大丈夫」

冷や汗を流しながら笑みを作って呟くと、全身を引き裂くような痛みと共に、頭の中に声が聞こえた。

「『騎士団に在籍していた彼女は、人魔戦争で仲間諸共、己の命を失う。弓の名手でもあった彼女は部下である男に看取られて死んだ。―――――――冊目、気高き少女の死』」

ふっ、とため息のような笑いが漏れた。

「旦那ってば、これじゃあ激励みたいなもんじゃないの」

死は、すでに乗り越えた。後押ししてくれた他でもないトートのおかげで。

 

○○○

カロルの場合。

「…………」

何かを考える事も出来なかった。心は砕け、漫然と迫りくる死を通過していた。初めは怖かった。そりゃあ、死ぬだなんて考えるには幼すぎる。だけど、この旅で何度も覚悟を決めてきたつもりだった。

「…………」

手の先から動かなくなっていく感覚を、目が見えなくなっていく恐怖を、本当の死というものがどういうものなのかを知らなかった。なんて恐ろしいのだろう。覚悟など何の役にも立たないじゃないか。そんな悪態をつければどれほど楽か。全てを押し流す死を前にして、心は完膚なきまでに折れていた。それでも、無慈悲に死は続いていく。

「…………?」

切り替わった風景には見覚えがあった。舞う土煙、観衆の嗚咽。腹部に突き立てられた刃による焼けつくような痛み。

「『多くに慕われ、姦計に落ちた男の死。自らの定めた掟に従い自害。見届けてくれた若者たちに未来を託し、腹を切る。その生に後悔は微塵もなかった。―――――冊目、偉大なる男の死』」

「あ……」

そうだ、託してくれたんだ。僕の憧れていたあの人は。誓ったじゃないか、いつかあの人のようになるって。

「諦めるもんか!ボクは……ボクは凛々の明星のボスに相応しい男になるんだ!」

ありがとう、ドン。歯を食いしばり、背を押してくれた憧れの人に静かなお礼をした。

 

○○○

フレンの場合。

「『騎士団に在籍し、とある任務の途中。何気ない争い、何処にでもあるありふれた争いから市民を守って死んだ。死を恐れていた彼が身を挺して庇ったのは、我が子に誇れる自分でありたいと思ったから。どうか健やかに。ああ、もう剣の修行を付けてやれないようだ。そんな事を考えながら、彼は死んだ。――――――冊目、ある騎士の死』」

「…………」

自然と涙があふれた。追体験による鈍痛によるものなんかじゃない。幼すぎて何も知ることが出来ずに去ってしまった父の事を僅かにでも知れたのが嬉しいのだ。

「一時期は否定し、僕を置いて行ったあなたを憎みもしました」

堪らず独白を幻影に投げかける。意味などないと知っていても、そうせずにはいられなかった。あなたの息子は胸を張って生きていますと、そう伝えたかったから。

「誇りを胸に、僕は……いえ、私は騎士で在り続けます。あなたが守った未来は、必ずや光が芽吹く事でしょう」

騎士として、息子として、恥じない人生を歩む決意を。そして、この奇跡のような時間を与えてくれたトートにほんの少しの感謝を携えて、僕は行く。

「この背には民の安寧を。私は帝国騎士団フレン・シーフォ。守るべき民がいる限り、何があっても倒れはしない」

心には一点の曇りも存在しない。なぜなら私は騎士なのだから。

 

○○○

ラピードの場合。

「『騎士団に所属していた彼は、エアルの異常増加に伴う変種の魔物に取り込まれて死んだ。後悔はない。それが自分の生き様なのだから。背を追う子供の成長を見届けられないのが少し残念だが、まあ仕方ない。微かな思考もやがて消え、完全に自我を失った。―――――冊目、生きざまを貫いた犬の死』」

言われるまでも無かった。いつも見ていた大きな背中にもいつの間にか追いつき、今更その生き方を確認するまでもなく、自分は自分の納得できる生き方をしてきた。決して変わることなど有り得ない、これまでもこれからも、自分は自分らしく生きるのみ。

「ワン!」

見ていろとばかりに大きく吠え、次の幻影を待った。止まり方を知らないトートを止めてやるために。孤独に千年悩んだんだ、そろそろ誰かが解放してやらなきゃならないだろう。

 

○○○

ジュディスの場合。

「可哀相な人……。自分が欠けていると思い込んでいるのね……」

全ての死を追体験させる。それに理解が及んだのは、そう遅くない。突然の苦痛に驚きはしたが、数回目にはどういった術なのか合点がいった。人は自分に無いものに焦がれるのだ、そして、彼もまた半分はその血を宿す者。病的に執着するものがよもや死、とは悲しすぎる。

「この術には、敵意というものが圧倒的に欠如している。知ってほしいと叫ぶ、あなたなりの慟哭で、滲み出るような憧れの表れなのね。どうにかして家族と同じ場所に立とうとした結果がこれ」

なんて小さな願いなのだろう。共に生きて共に死ぬ。何だってできる智を身に着けても、当たり前の事が彼には出来ない。だけど、それは勘違い。彼はどこまでも優しいのだから正してあげなきゃならない。悪いのは全部自分だと抱え込んで、破綻すらできないのはさぞ辛かったことだろう。

「あなたは知るべきよ。同じじゃなくてもいいと言ってくれる誰かが、ずっとそばにいたことを」

「『人と始祖の隷長の共存を目指した。多くを巻き込んだ戦争の末、人の裏切りに合って死んだ。いつの日か、自分の理想を継ぐ者はきっと現れる。分かりあって手と手を取りあえる日が来ると、信じていた。脳裏に浮かぶのは二人の友の姿。ありがとう。感謝の気持ちで満たされながら彼は死んだ。――――――冊目、偉大なる始祖の隷長の死』」

「……安心して頂戴。あなたの理想は私が継ぐわ」

先人の意思を引き継いで、私は不敵な笑みを浮かべた。

 

○○○

パティの場合。

「優しい術じゃ」

トートの使った最後の切り札のこの術式。きっと、その本質は寄り添いたいという欲求に他ならないのだろう。世界のどこかでどれほど無念の死を遂げたとしても、たった一人トートだけは気付いてくれる。その気持ちを知ってくれる。死後のことなどどうでもいいと言うかもしれない。けれど、誰にも託せなかった気持ちを理解してくれる誰かがいたならば、自分はとても嬉しいと思う。

「薬のせいとはいえ、忘れてしまうとは情けないのう。あれほど心躍ったのはうちの人生でもそうある事じゃなかったろうに」

今でも、いや今だからこそ鮮明に思い出せる。教養などあまりない自分でも分かるほどに、トートの持つ術の凄さは明白だった。好奇心に突き動かされて世界中を駆け回ったが、上回る神秘は片手の指で足りるくらいしか思いつかない。年甲斐もなくはしゃいで、追い返されようとも幾度となく押しかけた。楽しかった。大海賊アイフリードとしての最期の輝かしい思い出。大切な大切な思い出なのだ。

「『一発の銃弾に穿たれて死んだ。自我を蝕まれる悪夢のような時間からの解放は、かつての仲間から。暖かな走馬灯が駆け巡り、安息の内に消滅した。己の仕事をやり遂げられた。そう思いながら。―――――冊目、海賊参謀の死』」

「そうか……あやつは安らかに逝けたのじゃな」

涙は出ない。まだ、やらねばならぬことがあるのだから。

「一人ぼっちなどと寝言を言っておるのなら、たたき起こしてあげなくてはならんのう。それに、お礼も言わねばならんのじゃ」

本当に優しい術。死者にも、生者にも。

「待っておれ、トート。うちはおぬしの友じゃ。おぬしにとっては短い間かもしれぬが決して一人ぼっちにはさせぬ」

トートならば大丈夫。例え自分が先に逝ってしまっても、必ず誰かがそばにいてくれる。だってこんなにも胸を暖かくしてくれる術が、あやつの目指したものなのだから。

 

○○○

リタの場合。

「……悔しいわね。ここまではっきりと力の差を見せつけられちゃ」

脳裏を埋め尽くすのは、術による苦痛などではなく、追いついたと思った背中がまた遠のいてしまったという悔しさ。人間、死ぬときは死ぬし今回の戦いだってほぼ確実に死ぬと思っていたのだから、今更死を突きつけられたところで動揺などするものか。

「まだ、遠い」

沸きあがるこの感情は喜びか悲しみか。自分でも分からない。幸い自問の時間は十分ある。那由多の死を通過して、この後もまだ数えきれない死が待ち受ける。丁度いい。どんなになっても考える事だけは止めてやるもんか。

「『人魔戦争の渦中で死んだ。この戦争の発端とも言える火種を作り出してしまった男は、無念の中で死を迎えた。――――――冊目、クリティアの誇る魔導士の死』」

「……嫌な事実が浮上したわね」

思わず目頭を抑えてしまう。学長が人間じゃなかったことなど吹っ飛ぶくらいの大ニュースだ。

「というより、これを見たことあるなら知ってて黙ってたのね。……ふふふ」

悩んでいたのが馬鹿らしくなってきて、ようやく自分の事が分かった気がする。ああ、なんだ。何も変わらないじゃないか。あの人が自分よりも遥か先にいる事も、いつかきっと相ついてやると言う気持ちも、何一つ私の内からは失われてはいない。一度の挫折で折れるほどに、自分はか弱い存在じゃない。

「待ってなさいよ、学長。私を弟子に取った事、後悔させてやるんだから」

 

○○○

エステルの場合。

「ああ……。これが死ぬってことなのですね……」

ため息のように吐き出されたのは嗚咽に近い言葉の群れ。時間の概念があるのかも分からないこの空間で、少なくとも自身の人生観は大きく変わった事だろう。今まではそのきれいな部分だけしか見ることの出来なかったおとぎ話も、影が必ず存在すると思えるようになってしまった。しかし、それを誇りこそすれ、恥じることなど無い。優しいと褒めてくれた者がいて、支えてくれる人がいて、共に歩んでくれる者がいる。ならば大丈夫だ。わたしはわたしのまま。

「『身の毒となる術式を受けて死んだ。善意の刃を受け止め、いつか訪れると覚悟していた結末を受け入れた。知らぬことは罪ではない。敬愛する兄をその面影に重ねながら、未来ある若者たちに全てを託して聖核へとなった。――――――冊目、人の中で生きた始祖の隷長の死』」

「ありがとう、ベリウス。あなたの信じてくれたわたしが、きっとあなたの家族を救い上げてみせます。……また会いましょう」

誰しもが変わりながら過ごしていく、けれどそれは悪いことなんかじゃないはずだ。わたしが長いようで短かったこの旅で変われたように。託してくれたものがあるのなら――――。

 

○○○

ユーリの場合。

「『深夜の橋の上で切り殺され死んだ。踏ん張りのきかない足でふらふらとよろめき、漆黒の水面に落下した。とめどなく溢れる血と、体温を奪う水に蝕まれて消えるように命を散らす。――――――冊目、欲にまみれた執政官の死』」

「…………覚悟は決めてたさ。俺のやってる事は紛れもない悪。知ってて選んだ道だ」

言い聞かせるように口が動く。分かっている。

「『闇にとけた剣先に切り殺されて死んだ。反応できない速さの切っ先は胴を大きく一閃し、もがいているうちに流砂に落ちる。足掻くすべては飲み込まれ、人知れず砂の下で窒息して死んだ。――――――冊目、腐敗した貴族の騎士の死』」

「最初から腐ってる奴なんかいねえってことくらい、バカな俺でも知ってるよ」

記録には夥しいほどの悪人がいて、どれほど曲がっていようと信念もあった。

「『腹部を剣に貫かれて死んだ。多くを捨て去り、歪んだ理想の果てには後悔だけが残った。流れ出る血を見ながらふと、追憶に思い拭ける。失わない力が欲しかった、それだけの願いすら叶わない。惨めで、悔しくて、情けなくて。失わなければ、今頃どうなっていたのだろう。最期に思い出したのは、遠い過去の自分だった。――――――冊目、理想に燃えた騎士団長の死』」

時系列など無茶苦茶になっているはずのこの場所で、三連続で来たとなると、罪を糾弾しているようにすら感じる。そんなはずないだろう。死者はそれすら出来ないのだから。

「それに、糾弾されて楽になる訳には……いかねえんだよ」

最期まで貫くと、そう決めたから。決して止まらない。止まれないのではなく、止まらない。歩む道は険しいのだろう、進むたびに心を削られてゆくのだろう。だけど、俺は俺が終わるその時まで、曲がっちゃならねえ。

「『落石に潰されて死んだ。じりじりと体を押しつぶされていく最中、考えたのは部下の事。こんな辺境に、よくもまあ問題児ばっか集めたものだ、と漏れた苦笑には血が混じる。託したぜ、問題児ども。俺はそろそろ歳だからな。動けない体を満たすのは恐怖ではなく、希望だった。――――――冊目、辺境の部隊長の死』」

「……はっ。まったく素直じゃねえおっさんだ。ありがとよ」

迷うのも後回しだ。今はやることをやって、その後みんなで考えよう。自分はそうやってここまで来たのだから。

「託してくれたものがあるのなら、俺たちは何度でも立ち上がれる」

見据えた未来はきっと明るい。もうひと踏ん張りでそれを守れるんだ。ちょっとばかりしんどいが、もうひと頑張りするとしよう。

 

 

・・・

ゆっくりと、本当にゆっくりと目を開く。その先の結果は分かっていても、そうせずにはいられない。全ての本があるべき場所に戻り、音一つない黄金図書館で、僕は呼吸も忘れてその光景を焼き付ける。

「そうか……乗り切ったか。……そうか。数多の終わりを目の当たりにし、罪と向き合い、痛みに耐え、終焉の一端を知ってなお、立ち上がるのか……」

不動の影が九つ。各々の瞳が僕を射抜く。強い意志のこもった目だ。僕にとっては眩しくて、とても美しいと思える。

「出し惜しみなんかしてない。今のが僕の全てをぶつけた攻撃だった。そうか……。死を持つものが死を乗り越える事なんて、出来るんだな」

今の心境を言葉で表すのならば、これ以上ないほどに愉快だ。

「凝り固まった矜持も、今となっては粉々だ。死を持つあんたたちが乗り越えたなら、僕も甘えてられないな……。諦めはここに置いて行こう」

死を持つ者達が捕らわれずに立ち上がってきたのだ、死を持たない僕だけが、いつまでも捕らわれている訳にもいくまい。それに、どちらにせよ。そろそろ限界だ。

「結界が解けたら奥に進め。ベリウスの聖核はそこに安置してある」

それだけ言うと、膝から崩れ落ち、体を支えられずにあおむけに倒れる。体の内にある懐中時計のおかげで力が戻らない。まあ、戻ったとしても、これ以上阻む気は無いが。

「早く行くといい。僕はもう動けない。最期のあれは再生しない体では負担が大きすぎるみたいでね、必要最低限の機能しか残っていないんだ」

僕の体が生命の維持に躍起になっているせいで、動かせるのは口くらいのもの。心身ともに打倒された。文句などありはしない。

「少しばかり疲れた。休息を取らせてもらう」

すっと目を閉じ、暗闇に落ちてゆく。そんな状態でも、完全に意識を失うまいと抗った。僕は何があっても見届けなくてはならないと思ったから。

「ああ……きれいだな……」

時間の感覚が分からない。きっと数分後くらいのことだろう。尋常じゃない『マナ』と懐かしい気配を感じてうっすらと重い瞼をこじ開ける。光の巨大な羽が天を覆い、『星喰み』目掛けて振り下ろされた。幾千の精霊が流星ように降り注ぎ『星喰み』は今度こそ完全に消滅した。

 




すみません。長くなりすぎてしまい、投稿が遅れてしまいました。

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