狭間に生きる   作:神話好き

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一話(始まり~花の街ハルル)

ある日、下町の広場にある水道魔導器が壊れた。それが全ての始まりとなった。部屋まで騒ぎを伝えに来た子供と一緒に水道魔導器まで駆けつけると、それはそれは酷い有様だった。噴水のような構造のそれは、水が濁りとても使えるようには見えない。御触れでる濁流と格闘しながらも、注意深く水道魔導器を観察したユーリはある異変に気が付いた。

「じいさん、魔核見なかったか?魔導器の真ん中で光るやつ」

「ん?さあのう?……ないのか?」

「ああ。魔核がなければ、魔導器は動かないってのにな」

ちらりともう一度視線を向けるが、やはりそこには在るべきものが抜け落ちている。

「最後に魔導器に触ったの、修理に来た貴族様だよな?」

「ああ、モルディオさんじゃよ」

「貴族街に住んでんのか?」

「そうじゃよ」

それさえわかれば十分と言わんばかりに、今も流れ続けている水から上がると、城下へと続く坂道を登って行く。途中、後ろから無茶するなよ、などと聞こえた気もするが、今のユーリにとってそれは逆効果となった。

「ここか……」

貴族街に入ってすぐの場所にその家はあった。入口は固く閉ざされ、人気がまるでない。無駄に華やかなこの区画において、この不気味さは明らかに異常だ。

「どこかに入れる場所は……」

怪しいと思いながらも側面まで足を運ぶと、丁度いい感じに空いた窓が見つかった。そうして、室内を物色していると、犯人の影が。しかし、思惑通りに事が進んだのはここまで。とんとん拍子のつけは、間の悪い騎士団の介入により魔核泥棒を取り逃がすという結果に収まった。ついでに投獄もされたが、これはいつもの事なので特に問題はない。はずだったのだが、今日ばかりは違った。

「そろそろ、じっとしてるのも疲れるころでしょーよ、お隣さん。目覚めてるんじゃないの?」

「さっきからいろいろ話してるけど、おっさん暇だな」

「おっさんは酷いな。おっさんは傷つくよ」

隣の牢獄からしつこく話しかけてくる奴がいるのだ。それも至極どうでもいいような話を誇張して話すのだから、はなから疑ってかかってる身としては、あふれ出る胡散臭さで窒息してしまいそうだ。

「はっはっ。ほんとに面白いおっさんだな」

「蛇の道は蛇。試しに質問してよ、なんでも答えられるから。海賊ギルドのお宝か

?それともアスピオの魔道王が持ってると言われてるトートの書の話か?それとも、そうだな……」

「トートの書ってのは多少興味あるけど、それより、今はここを出る方法を教えてくれ」

「何したか知らないけど、十日も大人しくしてれば出してもらえるでしょ」

「そんなに待ってたら下町が湖になっちまうよ」

元々期待してなかったが、とりあえず皮肉で返すユーリ。

「下町……ああ聞いた聞いた。水道魔導器が壊れたそうじゃない」

「今頃……どうなってんだかな」

「悪いね。その情報は持ってないわ」

壁一枚隔てて、何の益もないような会話が続けられる。衛兵がいたら、あまりにも空虚な内容に耳障りだと騒ぎ立てるかもしれないほどだ。

「モルディオやつもどうすっかな」

「モルディオって、アスピオの?学術都市の天才魔道士と、おたく関係あったの?」

「知ってるのか?」

無益な会話の中で、初めて有益な情報を掴んだ。気だるげな声は鳴りを潜め、途端に真剣な声音へと変わる。が、その後も特にそれ以上の情報は出てこなかった。

「出ろ」

人気のない牢獄へと来た人物はユーリも知っているほどに有名な人物だった。騎士団長アレクセイが何で。そんな思考を巡らせていると、釈放された隣のおっさんがユーリの牢の前でわざとらしく躓いて見せた。

「騎士団長直々なんて、おっさん何者だよ」

「……女神像の下」

小声で訊いたユーリの質問を無視し、おっさんはぼそりと一言だけ呟くと、鉄格子の隙間から鍵をすべり込ませてきた。

「何をしている」

「はいはい。ただいま行きますって」

急かされるままに早足でおっさんが出ていくと、再び牢獄には一人となる。

「……そりゃ抜け出す方法、知りたいとは言ったけどな」

呆れた顔でぼやきながらも、しっかりとこの鍵の世話になる事を決めたユーリは、即刻鍵を開け、脱獄を開始した。

「なんだ……?」

暫くしてから、異変に気付く。無事に誰にも見つからずに来ているはずなのに、城内がどことなく慌ただしいのだ。

「まったく、勘弁してくれよ……」

厄介事と、ピンポイントでエンカウントしてしまった。丁度角を曲がったところにある場所で、豪華なドレスに身を包んだ女の子が衛兵に囲まれている。耳を澄ませると、確かにフレンと言う名を口にした。

「見ちまった以上、放っておくことは出来ないか……。それにフレンの名前を出したもんな!」

勢いよく躍り出て、次々と集まる衛兵の内数人を奇襲で片づける。

「貴様!何者だ!」

「通りすがりの脱獄犯、なんてな」

慌てふためく騎士を、一人また一人と倒していく。ユーリの使う剣技は我流かつ独特なので、余程の腕がなければ初見では防げない。

「最近の騎士団じゃ、エスコートの仕方も教えてくんないのか?」

あっという間に兵士を一掃し、一息を入れていると背後に嫌な気配を感じた。

「えいっ!」

「なにすんだ!」

なんと、助けてあげたと思っていた女の子が壺で後頭部を狙っていたのだから洒落にならない。

「……だってあなた、お城の人じゃないですよね?」

「そう見えないってんなら、そらまた光栄だな」

頬を伝う冷や汗を隠すように皮肉で返すと、よく聞く大声が自分の名前を読んでいるのが響いてきた。

「ユーリ・ローウェル?もしかして、フレンのお友達の?」

「ああ、そうだけど」

「なら、以前は騎士団にいた方なんですよね?」

「ほんの少しだけだけどな」

桃色の髪の少女から視線を外したのは、思い出したよくないことを悟られてしまわないように。

「それ、フレンに聞いたの?」

「はい。アスピオの魔導王について書かれた著書を読んでいた時に偶然」

「へえ。あんた、見かけによらず攻撃魔術なんか使うんだ?」

「回復術に比べたらからっきしですよ?」

お互いに理解できないという表情を浮かべる。どうやら、情報に齟齬があるようだ。どう考えてもユーリが知らないだけなのだが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。

「のんびりしてる場合じゃないな」

先ほどの大立ち回りを聞きつけた兵士たちが、次々とここへ向かっているようだ。

「まずはフレンのところへ案内すればいいか?」

「あ、はい!」

「それじゃあ行くぞ」

比較的早めに動き出したのが功を奏し、手薄となったフレンの部屋付近へは容易にたどり着くことが出来た。出来たのだが……。

「そんな……間に合わなかった」

部屋はいつもよりもきれいに整えられ、恐らく遠出なのだろうとユーリは言った。それから少しの間、慌てるように連れて行ってくれと捲し立てた桃色の髪の少女だが、ようやく冷静さを取り戻してくれたようなので。

「訳ありなのは分かったから、せめて名前くらい聞かせてくんない?」

ようやくまともに意思疎通が出来ると思ったその時。

「オレの刃の餌になれ……」

ドアを蹴破って入ってきた派手な髪の少年。また厄介事かよ。自分のあまりにひどい星回りに、ユーリは頭を抱えた。

 

 

・・・

「で、その後教えた抜け道から城を出て、帝都を離れた。もうすぐデイドン砦あたりに着くんじゃない?」

「そうか。なら一応顔くらい拝んでおくべきかな。幸運なことに、ここクオイの森からならデイドン砦は目と鼻の先だ」

「あら、顔も知らないってのにあのお姫様の動向を探らせてたの?ってことは結構厄介なネタだったりするのかねえ。どっちにしろおっさんのやることに変わりはないけども」

あたかも会話している風だが、僕の他に人影は存在しない。傍から見れば、ひとりごとを呟いているように見える事だろう。その手にある特殊な魔導器はすでにほとんど現存しておらず、所持しているのも使い方を知っているのも僕しかいないのだから。

「しっかし通信魔導器だっけ?これ本当に便利よね。後二、三個持ってたりしないの?」

「残念ながらないな。これは、顔も知らない両親が住んでいた家にあったものを、勝手に使ってるに過ぎないんだよ」

本当は理論も作り方も知ってるが、そんなことが知れ渡ったら大変だし、そもそも作る気も全くない。

「じゃあ、切るぞ。引き続きそっちの監視を頼んだ」

「あいあい、ばっちり任せときなって」

その言葉を最後に魔導器の発光が収まり、森はいつも通りの静けさを取り戻す。満月の子がどう動くかは分からないが、これはフェローも動くか。

「まったく、どうして人間ってのはこうも滅びに突き進むのかねえ」

この健やかな森林もそのつけを払わされてしまっている場所の一つ。自然がなければ生きていけないのに、自然を侵食するその様は、性質の悪い病気のようだ。自分たち生かしてくれているこの星を害するその傲慢さは、やはり僕には理解できないものだった。

 

○○○

デイドン砦に到着すると、大きな門は閉じられていた。季節外れの魔物の襲来により、つい先ほど緊急で閉門したようだ。耳を澄ませば、慌ただしい声や魔物が引き起こす地響きがまだ聞こえてくるのだから、間違いないだろう。

「なぜこんなところにいる、トート」

「こっちのセリフだ、デューク。暫く見ないと思ったらこんなところにいたのか。たまには顔を見せろよな」

不意に話しかけてきたのは銀髪の美青年。その銀の髪は、僕自慢の髪と比較しても遜色がないほどにきれいだ。始祖の隷長は以外にも毛並がに気を使うやつが多いので、僕もそれに倣ってるに過ぎないのだが。

「会いにいかなかったことについては済まないとは思っている。しかしお前の案じていた通り、ここ数年でエアルクレーネの暴走が頻繁に起こり、時間が取れなかったのだ」

「今のは皮肉だ。まともに受け取らなくていいんだよ」

「む……」

相変わらず冗談が通じない奴を地で行く男だ。まあ、少なからず浮世離れしているからこそ、エルシフルもクロームも引かれたのだろうが。

「……私はそろそろ次のエアルクレーネに向かわねばならん」

「そう急かすな。一言で言うならば、満月の子を見に来たんだ」

「……消すのか?」

「そういうのは盟主様に任せるさ」

やだやだ、とうんざりした顔で答えると、デュークは軽く頷いて僕に背を向けた。

「……また会おう」

短くそう告げると、振り返らずにその場を去る。残された僕は軽い虚脱感に襲われたが、とりあえずは目的を果たすために動き出すことにした。

「なるほど、桃色の髪はよく目立つな。あまり広くはないといえ、一分かからずに見つかるとは思ってなかったぞ」

傍らには凛々しい犬が一匹に長髪の青年が一人、それと見知った顔の女性が一人。ギルド『幸福の市場』のボス、メアリー・カウフマンだ。以前からギルド関係でしつこい勧誘を受けているので忘れるはずもない。

「驚いた。あなたとアスピオ以外の場所で会うなんて」

「……僕もアンタの口から執筆の勧誘以外の言葉が出るとは思わなかった」

「私はまだ諦めてないわよ。あなたの頭脳はいわばお宝の山。宝の持ち腐れなんて、商人としては見過ごせないもの」

やはり諦める気は毛頭ないらしい。商人という枠の中で、カウフマンは間違いなく人類トップクラスの傑物だ。長きにわたって世界を見てきた僕が言うのだから間違いない。だからこそ、この不屈ぶりに困らされているのだが。

「あんたは……」

「ああ、見たことある長髪だと思ったら。シゾンタニアで会った少年じゃないか」

「ユーリ、お友達です?」

カウフマンの定型文の一部のような驚きとは違い、目を見開いている青年。名前は確かユーリ・ローウェルと言ったっけか。

「エステルも名前は知ってる有名人だぜ。なあ、トートさんよ」

「トート……?」

「あんまり大声で呼ぶな。世の中には勝負を吹っかけてくる馬鹿な魔道士もいるんだよ」

「へえ。案外苦労してんだな、魔導王さんも」

「魔導王……?」

先ほどから、ひょこひょこと効果音が鳴りそうな感じに首をかしげている少女。小動物を彷彿とさせるが、それでも隠しきれない高貴な雰囲気と桃色の髪は、皇族特有のもの。その事実が彼女こそが満月の子なのだと示している。

「ほ、本物ですか……?」

「偽物はあらかた退治したから、もういないはずだよ」

彼女は意外と、いやかなり天然なようで、何度も僕とユーリを交互に見てからようやく、僕がトート・アスクレピオスだと理解したらしい。

「あ、あの!初めまして、私はエステリーゼと申します」

「見てみなよ少年。これが普通の反応だぜ」

「ユーリでいい、もう少年って歳でもないだろ。それにあんたが大した奴だってことは知ってるよ。俺たちを囲んでた魔物を一掃した氷の柱、あんたなんだろ?」

口元に軽い笑みを湛えながら聞いてくるユーリに対し、目でそうだと答えると、放置していた満月の子、もといエステリーゼに向き直る。

「もう知ってるみたいだけど、学術閉鎖都市アスピオのトート・アスクレピオス。以後お見知りおきを」

「あの……、トートさんは特殊な回復術を使えると本で読んだのですが……」

「トートでいい。しかし、情報をいったいどこで?僕ついての書籍はすべて廃棄したはずだが」

「お城の―――」

「人の口に戸は建てられないってことさ。それよりも俺たち急いでるんだ。あんた、抜け道とか知らない?」

興奮して口を滑らせそうになったエステリーゼの言葉を、ユーリが遮る。だが、そうか。城のどこかに在るのなら、今度レイヴンかクロームに頼んで廃棄してもらうとしよう。

「ここから西に行くとあるクオイの森を抜ければ、この砦を越えなくても向こう側に行ける。ま、多少魔物は出るけどね」

「クオイに踏み入る者、その身に呪いふりかかる、と本で読んだことが……」

「その辺は行ってみてのお楽しみだな。行くも行かないも自由だけど、急ぐんなら他に道は無いと思うよ」

懐から小さな紙片を取り出してユーリに渡す。僕自作の、このあたりの細かな地図だ。一応持ち歩いてはいるが、世界中を千年以上の間見て回ってる僕には全く必要ないのだが、なんとなく捨てられないでいた。

「礼は言っとくぜ」

「別にいいよ。僕には必要ないものだしね。その地図の出所を聞かれたら、カウフマンと答えてくれればそれでいい。それで護衛は僕が引き受ける。これならカウフマンも文句ないだろ」

「随分と豪勢な護衛ね。さぞお高いんでしょう?」

「言質を取っておかなきゃ安心できないのは分かるが、そういう疲れるやり取りはのは商人同士の時にやってくれ」

去っていくユーリたちを見送りながら、僕は出来るだけうんざりしたような声で言った。

 

 

・・・

デイドン砦で貰った地図を頼りにクオイの森へと向かったユーリたちであったが、エステルはその森の薄暗さを目の当たりにして立ちすくんでしまった。もっとも、書物で育ったと言っても過言ではないエステルの想像力が、薄暗い森を呪われていると感じてしまうのも無理からぬことなのだが。

「足元がひんやりします……。まさか!これが呪い!?」

「どんな呪いだよ」

「木の下に埋められた死体から、呪いの声がじわじわと這い上がり、私たちを道ずれに……」

「おいおい……」

顔面蒼白になったりならなかったり。そんなエステルを見ながらユーリは、生きてて楽しそうだな、とぼんやり思っていた。その時だった。

「……あれは?」

視界に映ったのは、けもの道しかないようなこの森には似つかわしくないもの。魔導器の残骸があった。

「これ魔導器か、なんでこんなところに……」

「魔導器です?」

初めての外で疲れが出たのか、少し遅れるように着いて来ていたエステルがユーリよりも前に出る。

「……あれ、これは?」

何かに気が付いたのか、詳しく調べるために近づこうとすると、突然魔導器辺りが強く発光し、収まった時には、その場に倒れるエステルがいた。

「これが呪いってやつか?」

手早くエステルを抱きかかえると、少しだけ先に進み、開けた場所に寝かせた。そして、数時間後。

「わたし、いったい……」

「突然倒れたんだよ。何か身に覚えはないか?」

「もしかしたら、エアルに酔ったのかもしれません」

目を覚ましたエステルだが、なんとなく自分の身に何が起きたのかは感じていた。これも、今まで読んできた膨大な書物の授けてくれた知恵の一つだ。

「エアルって、魔導器を動かす燃料みたいなもんだろ?目には見えないけど、大気中に紛れてるってやつ」

「はい、そのエアルです。濃いエアルは人体に悪い影響を与える、と前に本で読みました」

「ふーん。だとすると、呪いの正体はそれかもな。魔導王さんも人が悪いこったな」

軽い雑談の後、フレンフレンと逸るエステルを諌めて、いや丸め込んで、ここで暫く休憩を取ることにした。

 

○○○

「さて、そろそろ行くか」

休憩がてらに軽い食事も採り、気を取り直して花の街ハルルへと歩きだした。が、それも束の間、程なくして次なるトラブルがユーリたちへと訪れた。

「グルルルルル……」

身を低くし、警戒を促すように唸っているのはラピード。いつ外敵が襲ってきても平気なように、その鋭い目をさらに鋭くしている。

「エックベアめ、か、覚悟!」

まだ幼さの残る声と共に、身の丈を超える大剣を持った子供が表れた。ラピードを魔物と勘違いして襲い掛かるも、文字通り身に余る大剣に振り回されて自爆。ユーリが止めるまで、独楽のようにくるくると回っていた。あのまま誰も止めなければ永久に回り続けてたかもしれない。

「う、いたたたたた……。ひぃ!ボ、ボクなんか食べても、おいしくないし、おなか壊すんだから」

「忙しいガキだな」

「だいじょうぶですよ」

見るに見かねたエステルが近づいて話しかける。

「あ、あれ?魔物が女の人に」

辺りを見私、遅ればせながらも安全なのだと理解した少年は立ち上がり、服に付いた土を軽く払った。醜態を晒した羞恥からか、頬がわずかに赤らんで見える。

「僕はカロル・カペル!魔物を狩って世界を渡り歩く、ギルド『魔狩りの剣』の一員さ!」

「自己紹介ご苦労さん。んじゃ、そういうことで」

「あ、え?ちょっとユーリ!」

胸を張って自己紹介をしたカロルを軽くあしらい、とっとと先に進もうとするユーリをエステルが引き留めた。

「お話くらい聞いてあげませんか?子供がこんなところに一人ぼっちなんて……」

「エステル、こいつの話聞いてたか?まがいなりにもギルドの人間なんだ。頼まれてもいないのに助けるのはお節介ってもんだろ」

「頼む時間すらなかった気が……」

会ってから数分にして、会話に自然に溶け込んでいるカロル。順応力はピカイチだ。

「そんなことより、二人ともこの森を抜けてきたなら、エックベア見なかった?」

「さあ、見てねえと思うぞ」

「そっか……。なら僕も街に戻ろうかな……。あんまり待たせると絶対おこるし……。うん、よし!二人だけじゃ心配だから『魔狩りの剣』のエースであるボクが。街まで一緒に行ってあげるよ」

露骨に面倒そうな顔をするユーリを無視し、カロルの街までの同行が決まった。

「それじゃあ、地図を……あれ!?無い!ボクの地図が無いよ!?」

「大丈夫です。地図なら私たちも持ってますから」

「いや、そういう問題じゃあ……ってなにこれ!?こんな精巧な地図見たことないよ!」

「さっきから賑やかな奴だな」

カロルの興味を引いたのは、デイドン砦でトートからもらった地図だった。

「測量ギルド『天地の窖』のと比べても、こっちの方が凄いんじゃないかな、これ。いったいどこでこんなもの」

「カウフマンってお姉さんに頂いたんだよ」

「カウフマンってもしかして『幸福の市場』の?確かにあの人なら持っててもおかしくはないけど」

「やっぱり有名人なのか?」

ユーリはそう聞いてから、しまったと深く反省した。何故なら目の前のカロルが待ってましたとばかりに、瞳を輝かせていたからだ。

「カウフマンは『天を射る矢』『幸福の市場』『紅の絆傭兵団』『遺構の門』『魂の鉄槌』っていうギルドを纏めてるユニオン所属五大ギルドの一つ『幸福の市場』のボスなんだ。帝国の管理が無い地域の流通のほとんどを手中に収めてるって噂だよ」

「へえ。そりゃ大したもんだな」

「一時期、書籍市場も独占しようとして『翠玉の碑文』ってギルドと同盟を結ぼうとしたらしいよ。結局、相手側が断ったみたいだけど」

「『翠玉の碑文』。数年前に突然現れて、書籍市場を掌握したギルドですね」

それまで話を聞いているだけだったエステルが、生き生きとした表情で話の輪に加わってきた。さっきのカロルと同じ目をしている。

「童話から専門書まで、ありとあらゆる本を発行していると聞いています。私の愛読書もこのギルドの物が多いんです。ですが、調べてもギルドそのものに関する情報はほとんど無くて……。カロルは何か知りませんか?」

「うーん。『天を射る矢』のドンがギルドへの加入を直接頼み込んだって話は有名だけど……。後は、ダンクレストに一応本部らしきものがあるってことくらいしか知らないや」

「らしきもの、ってどういうことだ?」

「ダンクレストの端っこの方に、『翠玉の碑文』の今まで出した本が全部収まってる大きな図書館だあるんだけど、運営してるのは『天を射る矢』のメンバーなんだ」

「図書館ってことは本をタダで読めるのか?随分太っ腹なんだな、その『翠玉の碑文』ってギルドは」

「それが『翠玉の碑文』なりのギルドへの貢献ってことなんだと思うよ。実際のところ、あの図書館はギルドの人間に大人気だし」

僕も行ったことあるよ、と自慢げに語るカロルと、それをうらやむエステルを尻目に、ユーリは『翠玉の碑文』について考えていた。今まで聞いた情報を総合すると、なんとなくトートを思い出す。そういえば、シゾンタニアで会った時もギルドの人間でもあると言っていた気がするが。

「まさか、ね」

面倒な事実を知ってしまったかもしれない、と軽く首を振る。気が付けば遠巻きにハルルの街が見えた。

 

 

 

 




十日くらいを目安と言いましたが、書き終えたらすぐに投稿するつもりなので、予定通りにはいかないかもしれません。



設定の矛盾などあれば、指摘していただけると助かります。

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