日の光すら差し込まないほどに巨木だ密集した森、ケーブ・モック大森林。世界に数多存在するエアルクレーネの一つでもあり、その濃いエアルに影響を受けた突然変異種などが多数生息している。その悉くが人を拒むという、自然で出来た要塞のような場所だ。
「……デュークか?」
暴走していたはずのエアルクレーネが収まったのを感じた。始祖の隷長を除いて、そんなことが出来るのは『宙の戒典』を所持するデュークくらいだ。あまり人前でそっちの姿を晒したくなかった僕としては、大いに助かった。今度会ったら何かお礼でもしてやろう。
「トート。いったいどうなってやがる?」
「なんてことはない。簡単に言うとエアルの暴走だ。もう収まったがな」
まばらになった魔物の群れを蹴散らしながら、ドンがこちらへと歩いてきた。相変わらず元気な爺さんだ。
「ベリウスが―――っとその前に客か」
森の奥へと続く道から現れたのはユーリたちだった。
「……ほお、てめえらがエアルの暴走とやらを収めたのか?」
「なに、おじいさん、あんた、なんか知ってんの!?」
「いやな、ベリウスって俺の古い友達がそんな話をしてたことがあってな。それに、さっきトートのやつもそう言っていた」
「やあ、ユーリ少年。この短い間に三回目とは、何かと縁があるな」
紹介にあずかった僕は、目深に被っていたフードを外し、ドンと並び立つように隣まで移動する。やはりか、という顔をしたリタ。そしてなんとなく予想がついていたユーリを除く全員が驚きを露わにした。
「で?エアルの暴走がどうしたって?」
ドンの仕切りなおすような一言に反応して、カロルが待ってましたとばかりに前に出て捲し立てる。
「本当大変だったんです!すごくたくさん、強い魔物が次から次へと、でも……」
「坊主、そういうことはな、ひっそり胸に秘めておくもんだ」
「へ……?」
「誰かに認めてもらうためにやってんじゃねえ。街や部下を守るためにやってるんだからな」
「ご、ごめんなさい……」
カロルの言葉の裏に隠された真意を見抜いたうえでの言葉。とても短いそれは、ユニオンで大勢を纏めてきた貫録を感じさせるには十分で、カロルがいたずらがばれた子供のように、しゅんとしてしまうのも無理からぬことだ。
「……止まれ、エステリーゼ。治療は僕が引き受ける」
「えっ?」
傷ついたギルドのメンバーに対して回復を施そうとしていたエステリーゼを止める。もはや意味のないことかもしれないが、満月の子の力を使う回数は少ないに越したことはない。
「『カドゥケウス』」
双蛇の杖でこつりと地面を突くと、暖かな光が降り注ぎ、全員の傷を瞬く間に治癒させる。重症が一人たりとも出ていなかったのは、流石ドンの部下というところだろうか。
「僕から一つ忠告だ。あまりその力は使わないようにしろ」
「あ……え!?」
急速に顔色が青ざめていき、一歩後ずさってこちらを見る。いつもの天真爛漫な雰囲気は消え去り、心底怯えているのが見て取れる。これ以上話すのは逆効果か。
「特異な力は必ず利用しようとするものを多く生む。平穏を望むならば、必死に隠し通すのが定石だ」
エステリーゼが下がった分、一歩間合いを詰めると、ユーリとリタが立ちはだかる。
「女の子を脅すなんてのは大人気ないぜ」
「善意からの忠告だったんだが……。まあいい、聞くも聞かないもエステリーゼの自由だ」
そう言って、二人から視線を切ると、森の中へと顔を向ける。ドンもその気配の主に気が付いたようで、声を荒げながら呼びつけた。
「……ん?そこにいるのはレイヴンじゃねえか。何隠れてんだ!」
「ちっ」
物陰でこっそりとやり過ごそうとしていたレイヴンは、心の底から嫌そうな顔をしながらこちらまで歩いてきた。ギリギリ見つかる場所にいたのも、おそらく演技なのだろうから、ある意味脱帽ものである。
「うちのもんが、他所様のところで迷惑をかけてるんじゃあるめえな?」
「迷惑ってなによ?ここの魔物大人しくさせるのにがんばったのよ、主に俺が」
「え!?レイヴンって、『天を射る矢』の一員なの!?」
「どうも、そうらしいな」
ユーリたちがレイヴンの素性に驚いている間、ドンがレイヴンの鳩尾にその手に持っている剣の柄を叩き込んだ。
「いてっ、じいさん、それ反則……!反則だから……!」
「うるせぃっ!」
気後れなく接する二人。レイヴンとドンの歳の差を考えると、叱責というよりも、子供の教育に近いように見受けられる。決して口には出さないが、なんとも微笑ましい。
「ドン・ホワイトホース」
「何だ」
ユーリが二人の間に割って入る。
「会ったばっかで失礼だけど、あんたに折り入って話がある」
「若えの、名前は?」
「ユーリだ。ユーリ・ローウェル」
「ユーリか、お前えがこいつらの頭って訳だな?」
段々とドンの放つ威圧感が増していき、口元は愉快そうに笑みを湛えている。
「あのー、ちょっと、じいさん、もしもし?」
「最近、どうにも生きのいい若造が少なくて退屈してたところだ。話なら聞いてやる。が、代わりにちょっと面貸せや」
レイヴンの言葉を完全に無視だ。ユーリ側も満更ではないようで、スイッチが入って昂ぶっているのが分かる。
「なら、残りの皆は僕が引き受けよう。見てるだけでは暇だろうから」
「残念だがな。お前えは先にダングレストの図書館に行け、トート。丁度今くらいの時間帯に、奴らが来てる事が多い。分からせてやれ。それが今回の目的だろうが」
それもそうか。ちらりとリタを見ると露骨に不満そうな顔をしているが、今回は間が悪かったと思ってもらうことにしよう。
「そう拗ねるな、リタ。今度会った時はしっかり相手してやる」
「誰が拗ねてるっていうのよ!」
大きな怒声と共に飛んできた火球を相殺し、僕は街へと歩みだした。
・・・
ケーブ・モック大森林の一件は落ち着き、話の続きをするために、ユーリたちはダングレストに戻ってきていた。ほんの数時間前までトートと談笑していたその場には、ドンと『天を射る矢』。ユーリ一行。そしてフレンがおり、緊迫した雰囲気が流れている。
「……なるほど、バルボスか。確かに最近やつの行動は少しばかり目に余るな。ギルドとして、けじめはつけにゃあならねえ」
「貴方の抑止力のおかげで、昨今、帝国とギルドの武力闘争はおさまっています。ですが、バルボスを野放しにすれば、両者の関係に再び亀裂が生じるかもしれません」
「そいつはおもしろくねえな」
お互いに相手の言うことが予測できているうえでの会話。定型文といってはそれまでだが、これはある意味契約なのだ。口に出して伝える、それが何よりも重要な信頼の証になる。
「バルボスは、今止めるべきです」
フレンの力強い言葉が響く。
「協力ってからには、俺らと帝国の立場は対等だよな?」
「はい」
「ふんっ、そういうことなら帝国との共同戦線も悪いもんじゃあねえ」
「では……」
「ああ、ここは手を結んでことを運んだ方が得策だ。トートの奴に出番だと伝えておけ。公に図書館の礼をする機会が来たぞってな」
それを聞いた幹部は目を伏せるように頷くと、一目散に駈け出していった。
「今、俺が言ったようにトートが参戦する以上、一つだけ注意点がある」
「……それはいったい?」
「早い話が巻き込まれないように近づくなって話よ。今回の騒動、あいつは十年ぶりに戦闘用の兵装を使う気みてえだ」
リタはその事実の恐ろしさに、フレンはシャイコス遺跡のあれが攻撃用ですらなかったことに、それぞれ驚愕の様相を呈した。始祖の隷長とほんの一握りの人間しか知らない武装。トートの特異性とも相まって、凶悪の一言で済ませられないほどにすさまじい。
「だから俺らのやることは、バルボスの野郎を街から遠ざけることだ。それで全て片が付く」
「しかし……いえ、。分かりました。それが賢明な判断でしょう」
逡巡の後にフレンが出した結論は、ドンと同じくトートの自由にさせるというもの。もし万が一にでもトートの気を損ねてしまえば、取り返しのつかない損失になると考えたのだ。
「こちらにヨーデル殿下より書状を預かってまいりました」
そして、フレンはドンへとそれを受け渡す。仕掛けられた罠だということに気づかぬままに。
○○○
フレンが持っていた書状は、ラゴウの雇った赤目の集団によってすり替えられた偽物だった。騎士団とギルド間の戦争を煽るためにバルボスたちが打った布石。思惑通りに効果覿面で、緊張は最高潮に達しようとしていた。表向きは、の話だが。
「ここが例の図書館ってやつか」
「中の物には触れないでよ。おっさん、あくまで通路として使うって言って鍵貰ってきたんだから」
ダングレストの端っこの方にある『翠玉の碑文』の図書館は、伝聞よりも質素な感じだが、それが逆に街の雰囲気との調和をもたらしている。よく見るとところどころ荒れているのは、先ほどレイヴンが話した『赤の絆傭兵団』の件の痕跡だろう。
「奥の部屋は、本来『天を射る矢』の一部の人間しか入っちゃいけないって言われてるんだけど、今回は特別ね」
「奥!?やっぱりただの噂じゃなかったんだ!?」
「噂ってなによ?」
トート所有の図書館ということで、目をキラキラさせたリタの質問に、いつも通りの訳知り顔で、カロルは説明を始める。
「ここの一番奥に立ち入り禁止の扉があって、その奥には黄金でできた図書館と、この世の全てが記された本があるって話なんだ」
「黄金ねえ」
道中で見た黄金の花束を鑑みるに、有り得ない話ではない。この世の全てを記した本という方は眉唾もいいところだろうが。
「はいはーい。無駄話はその辺にして、さっさと行っちゃおうね。正直な話、この鍵持ってるだけで心臓に悪いのよ」
「なんだよ、意外に小心者なんだな、おっさん」
「後、数分後にはおっさんの気持ちを理解できるようになるさ……」
お手本のような遠い目をしながら、鍵を差し込み回す。カチリ、という音がして開いた扉の先にあったのは、金色に輝く大きな竪穴だった。壁面は本棚になっており、中央にそびえる、これまた黄金の螺旋階段から足場が伸びている。本棚に合わせていくつもリングを重ねたように階層が作られ、底がどれほど深いのか見当も付かない。
「ここを降りれば、途中に地下水道に出るから―――ってリタっち聞いてる?」
リタはまるで夢見心地のように悦に浸っている。魔導士ならば、喉から手が出るほど欲しくてたまらないトートの本が、数えきれないほどあるのだから無理もない事だが。
「ダメ!ダメよ!今日は通路として使うだけしか許可取ってないの!破ったらおっさん磔刑にされちゃう!」
「学問の発展のために磔刑になりなさいよ」
レイヴンの静止を振り切って本を手に取ろうとするが、その瞬間レイヴンが懐から在るメモを取り出した。この状況を見越したトートから、事前に授かったものだ。
「えーと、何々。『引き出しの中身、ばらす』」
「あんたたち、こんなところで油売ってないで、さっさと先に進みましょう」
その言葉に含められた意味は分からないが、あっさりと説得は成功し、ユーリたちは気を取り直してバルボスの元へと急いだ。
・・・
「私は騎士団のフレン・シーフォだ。ヨーデル殿下の記した書状を、ここに預かり参上した!」
眼下で繰り広げられているバルボス討伐までの筋書きを観察しながら、僕はその時を待っていた。ここから逃走するとして、逃げ場になりそうなのは砂漠に屹立する塔くらいのものだが、それでは先回りして万が一にでも感づかれたら面倒なことになってしまう。
「ああ、やっぱりそうなるか。追い詰められたら逃げる。どの時代も悪党ってのはワンパターンの思考回路を持つものらしいな」
剣を使い飛び去ったバルボスの後を追うように、何処からともなく現れた竜使いと、それに乗せてもらったユーリが行く。まあ、なんにせよ、ここで暴れださなかった時点で詰みだ。周りの被害を気にしなくてもいい場所ならば、僕が魔導王と呼ばれる所以である兵装『トリスメギストス』が存分に使用できる。
「ドン」
バルボスの残した残党をなぎ倒す指揮をとっているドンの元へと降り立ち、行ってくる、と目で告げる。
「もう行ったかと思ったが、なら丁度いい。ユーリの仲間が追っていくらしい、お前えも同行しろ。あいつらなら自衛くらいは出来るだろう」
「今どこに?」
「さっき出発した。まだそう離れてねえ筈だ」
「分かった」
言葉を切り、風を巻き起こすと、それに乗って飛ぶように追跡を開始する。幸い、馬ではなく徒歩で移動していたため、物の数分でそれらしき一行を視界に収めることが出来た。
「あら、旦那。こんなところで何してんの?てっきりもうバルボスぶっ飛ばしてるかと思ってたんだけど」
「お前が僕をどういう風に見てるかよく分かったよ」
地面に降り立つと、レイヴンから差し出された鍵を受け取り、懐にしまう。
「どうせ目的地は同じなんだから、同行しろって言われてな」
「頼もしい限りです、トート殿」
「トートでいい。堅苦しいのはあまり好きじゃないんだ」
「了解いたしました」
「…………」
彼は真面目に見えて、意外と天然なのだろうか。
「ねえ。見たとこいつもと変わらないように見えるけど、戦闘用の兵装とやらはどこにあるのよ」
じっくりと観察するような視線を僕に向けたリタが、問いかけてきた。同じく、カロルやエステリーゼも不思議そうにこちらを見ている。
「『トリスメギストス』は装着に少しばかり手間がかかるんだ。どうせ後で見ることになるんだからそう逸るな」
行くぞ、と顎で促して、お茶を濁すように話を切った。
○○○
歯車でできた砂漠の塔ガスファロスト。迫りくるバルボスの手下たちを危なげなく退けて登っていると、探し人は向こうから現れた。
「ユーリ!」
「おわっと……、ちょっと、離れろって……」
「大丈夫ですか!?ケガはしてません?」
衝動的に飛びついて体中をまさぐり怪我の有無を探るエステリーゼ。他意はないあたり、少々箱入りに育て過ぎではないだろうか。ともあれ、再会の嬉しさから賑やかに会話していると、ユーリの後ろからクリティア族の女性が歩いてきた。
「あら……?」
「久しぶりだな」
知ってる顔だ。数年前に一度会っている。名前はそう、確かジュディスと言ったか。
「だ、旦那ってば!ちゃっかりこんな美人とお知り合いになってたなんて!」
「知り合いと言っても、突然襲い掛かられた程度の仲だぞ」
「襲いっ!?」
「ごめんなさいね。あの時は抑えが利かなかったものだから」
「抑えっ!?」
あばばばば、と壊れたように繰り返すレイヴンを尻目に、僕はジュディスと握手を交わす。放っておこう。
「友達は元気にしてるか?」
「ええ、おかげさまで。もうあんなやんちゃしないようによく言い聞かせておいたわ」
「まあ、積もる話もあるだろうが、今は止めておこうか」
「賛成よ」
直訳すると、お互い余計なことは黙っていよう、という提案だ。僕が始祖の隷長として舞台に上がるのは、少なくともフェローが動き出してからにするつもりなので、今ばらされると色々と面倒なことになってしまう。
「それじゃあ、お前たちは先に行きな。僕はここらで兵装の準備をしておくことにした」
言葉にせずとも、その物々しい雰囲気が伝わったようで、返答をすることなく、ユーリたちは塔を登っていった。
「……もう大丈夫だぞ、デューク」
「そのようだな」
完全に気配を消して物陰に隠れていたデュークが、僕の元まで歩いてくる。
「見ての通り、僕は一足先に舞台に上がらせてもらった」
「満月の子、それほどまでに大きな節目となるのか?」
「間違いないね。今でさえ発掘され続ける魔導器の影響でエアルのバランスは崩れてしまっている。その上満月の子が生み落されたのだとしたら、必ずフェローが動く」
「そうか……」
小難しいことを考えてるのだろう。僅かながら眉間にしわが寄っている……気がしなくもない。
「人はこれからどこに行くのか。それを見極めるために、僕は『トート・アスクレピオス』という名の役者になる事にした。舞台を一番近くで見ることが出来るのは、最前列の観客ではない。同じ舞台に立つ役者だ」
「……それで人が滅びゆくとしても、か?」
「それで人が滅びゆくとしても、だよ」
無言のまま暫しの時間が経ち、デュークは珍しく笑みを浮かべた。
「お前らしいな、トート。エルシフルとも私とも、まったく異なった視点だ」
「だからこそ、僕たちは友なんだろうさ」
話をしながらローブを脱ぎ捨て、上半身をはだけさせる。
「『トリスメギストス』を使う。ちょっと下準備を頼んでいいか?」
「それが、お前の頼みならば」
腰に差していた『宙の戒典』を抜き放ち、瞬く間に二度切りつける。デュークが短く礼をして去っていった後、ぼとりと重い音を立てて、僕の両腕が地に落ちた。
・・・
「性懲りもなく、また来たか」
ガルファロスト最上階。バルボスは、脱獄しここまでたどり着いたユーリに対して、冷静にそう言い放った。微塵も動じていないのは、自身か、それとも慢心か。
「待たせて悪ぃな」
「もしかして、あの剣に嵌ってる魔核、水道魔導器の……!」
「ああ、間違いない……」
過剰な負荷に軋むような音を立てている魔核。今にも壊れてしまいそうだ。
「分をわきまえぬバカどもが。カプワ・ノール、ダングレスト、ついにガルファロストまで!忌々しい小僧どもめ!」
「バルボス、ここまでです。潔く縛に就きなさい!」
「間もなく騎士団も来る。これ以上の抵抗は無駄だ!」
「それに、学長も来るわ。もう、あんた終わりよ」
それぞれに口上を述べていくが、バルボスの余裕は崩れない。自らの勝利を、いや、もっと言えば自分自身を誰よりも信じているからだ。
「ふんっ、まだ、終わりではない。十年の歳月を費やした、この大楼閣ガルファロストがあれば、ワシの野望は潰えぬ!」
張り上げられる声に呼応するかのように、バルボスの持つ剣がバチバチを音をたてた。
「あの男と帝国を利用して作り上げたこの魔導器があればな!」
「『あの男』……?」
不意に漏れた『あの男』というキーワードにフレンが気を取られているうちに、バルボスの攻撃が開始される。轟音のうねりと共に剣から発射されたエネルギーの塊は、高速のままユーリたちへと襲い掛かり、着弾し大爆発を引き起こす。一発でも直撃したら即致命傷になる威力だ。
「下町の魔核をくだらねえことに使いやがって」
かろうじて全員が避け、戦闘におあつらえ向きの足場へと退避することに成功。追ってバルボスも同じ足場へと降り立った。
「くだらなくなどないわ。これでホワイトホースを消し、ワシがギルドの頂点に立つ!ギルドの後は帝国だ!この力さえあれば、世界はワシのものになるのだ!」
声高々に自らの野望を宣言し、その手にある剣を真上に掲げる。
「手始めに失せろ!ハエども!」
ユーリたちへと向けられた剣先からは、無数の波動が発射され、何度も何度も爆発が引き起こされる。これでは近づくこともままならない。
「大丈夫か、みんな!!」
「あの剣はちっとやばいぜ」
「旦那がいれば何とかなるんだけど……」
「あら、それは頼もしいことを聞いたわね」
比較的冷静に現状の分析を行うユーリたち。中でも、トートの怪物ぶりをよく知っている、レイヴンとリタは、平常時とほとんど変わらない精神状態を保っていた。
「グハハっ!!魔導器と馬鹿にしておったが、使えるではないか!」
力を誇示するように見境なく爆発を起こしていくバルボス。
「そんな……!」
「どうした小僧ども。口先だけか?」
「ふん、まだまだ」
ユーリの軽口が未だに衰えていないのは、ドンですら一目置くような男がこの塔に来ていることを知っているから。他人任せは少しばかり情けないが、この状況を打開するカードがあるとすれば、それは思いっきりのワイルドカードにおいて他ならない。
「お遊びはここまでだ!ダングレストごと、消し飛ぶがいいわ!」
今までとは比較にならないエネルギーが剣へと充填され、放たれようとした瞬間、上空より彼は降ってきた。
「悪いが、ダングレストには僕の図書館があるんだ。―――お前が消し飛べ」
落下の衝撃で陥没した地点の中心にいたのは、両の手が身の丈ほどのある巨大なかぎ爪へと変化し、それと同じものが背中からも一本生えている男性。柔らかそうであるが容易く岩を砕き、とてつもない重量であるかと思えば羽根のように軽やかに駆動する。そんな未知の物質を身に宿し、普段とはかけ離れた姿をしたトートだった。