狭間に生きる   作:神話好き

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六話(闘技場都市ノードポリカ~ギルドの巣窟ダングレスト)

時は少し戻る。砂漠を越え再びノードポリカへと戻ってきたユーリたちは、この旅の目的の一つでもある、ベリウスに会うために、闘技場の最上階にある総統の部屋の前に来ていた。

「ベリウスに会いに来た」

「あんたたちは……確か、ドン・ホワイトホースの使いだったかな」

「そそ。そういうワケだから、通してもらいたいんだけど」

「そちらは通ってもいいが……」

レイヴンを見た後、見定めるように視線をその場にいる全員に送ってから、言葉を続ける。

「他の者は控えてもらいたい」

「えー!どうしてですか?」

「あたしらが信用できないっての?」

「申し訳ないがそういうことになる。何かあってはトート様に申し訳が立たない」

内心ほっとしているレイヴンを除いたメンバーは、ここでもトートの名前が出たことに驚きを隠せない。いかに、今までの自分たちが何も知らなかったのか、それを突きつけられている気すらするのだ。

「よい。皆通せ」

門の前で断固として譲ろうとしないナッツを動かしたのは、その背にある門の奥。つまりはベリウスの言葉だった。

「統領!しかし……」

「良いと言うておる」

「話が分かる統領じゃねえか」

「……分かりました」

目に見えてしぶしぶ、と言った体で面会を認めたナッツ。

「くれぐれも中で見たことは他言無用で願いたい」

「他言無用……?どうして?」

「それが、我がギルドの掟だからだ」

「分かった。約束しよう」

ナッツは目を深く閉じることで同意の意を示し、ユーリたちはその意志に答えるように掟を守ることを誓った。

「なっ、魔物……!」

長い階段を上った先。統領の私室にてユーリたちを出迎えたのは、大きな狐のような存在だった。

「ったく、豪華なお食事付きかと期待してたのに、罠とはね」

「罠ではないわ。彼女が……」

「ベリウス?」

ジュディスの言葉を先取りして、エステルはその答えにたどり着く。

「いかにも、妾がノードポリカの統領、『戦士の殿堂』を束ねるベリウスじゃ」

「あなたも、人の言葉を話せるのですね」

エステルは一人前に進み出て、真摯に会話を試みる。

「先刻そなたらは、フェローや我が兄上に会うておろう。なれば、言の葉を操る妾とてさほど珍しくもあるまいて」

「あんた、始祖の隷長だな?」

「左様じゃ」

「じゃ、じゃあ、この街を作った古い一族っていうのは……」

「妾と、兄上のことじゃ」

「この街が出来たのは、何百年も何百年も昔……。ってことは……」

「左様。妾はその頃から街を統治してきた」

「スゴイのじゃ!」

あまりの出来事に、息もつかせぬ質問を投げかけるユーリたちに、一つ一つ丁寧な対応で返答するベリウス。

「……旦那が嬉しそうな顔するワケだ」

「そなたがレイヴンか。話は聞いておる」

「なら、話が早い。ドン・ホワイトホースからの書状を持ってきたぜ」

懐から書状を取り出し無造作に近づくと、いつもの適当さからは信じられないほどに丁寧に引き渡す。

「ふむ、ドンは妾にフェローとの仲立ちを求めておる。あれほど剛毅な男も、フェローに街を襲われてはかなわぬようじゃな。無碍には出来ぬ願いよ。一応承知しておこうかの」

「ふぃー。良い人で助かったわ」

これで、今回の旅の目的の半分は達成したと言ってもいい。

「街を襲うやつもいれば、ギルドの長やってんのもいる。始祖の隷長ってのは妙な連中だな」

「我が兄上に言わせれば、人も始祖の隷長も大差ないとのことじゃ。真にその通りよな」

「ねえ。さっきから兄上って言ってるけど、一体誰の事よ」

「我が兄の名はトート。知らぬわけではあるまい」

「なっ!?」

あらかじめ知っていたレイヴン、そしてジュディス以外のメンバーの顔が驚愕に歪む。

「あいつ、人間離れしてると思ったら、本気で人外だったのかよ」

「兄上は始祖の隷長の中において、唯一己を高め続けた者。確かに人の尺度では測れんのう」

「でも、学長は人と見分けつかないわよ」

「例外中の例外。それがトートじゃ。そしてそれ故に、始祖の隷長の妾にすら想像もつかぬ程の苦悩に苛まれておる」

苦悩。これほどにトートのイメージから外れた言葉は無いだろう。少なくとも、事実を知る者以外は寝耳に水な事柄だ。

「あやつは人と始祖の隷長の混血。本当は妾と血の繋がりなど無いのじゃ」

「こ、混血……?そんなのまでいるんだ……」

「人でありながらにして人ではなく、始祖の隷長でありながらにして始祖の隷長ではない。言うなれば、この世界にただ一人、トートと言う種族のようなもの。その孤独と絶望は計り知れぬ」

「……話を」

他者に踏み込むということは自身を掛けるということ。引き返せない一歩を進むことと同義だ。

「話を聞かせてもらえますか?」

躊躇いもなく、慈愛に満ちた顔でそう言ったエステルに対し、ベリウスはどこかトートに似た無垢さを垣間見た。

「遠い昔、今ではフェローや妾くらいしか知らぬほどの昔の話じゃ」

ゆっくりと、古い記憶が語られる。

「まだ、妾が始祖の隷長として未熟であった頃のこと。出会いはそう特別なものではなかった。名もなき森の一角で、たまたま虐殺の限りを尽くすトートの姿を見た」

「虐殺って……」

「言葉の通りじゃ。かつてのトートは、他者を殲滅することを生きる意味としておったからの」

「でも、一体なぜ?私たちが知る彼は非常に理知的な人物よ。とても、そんなことをするようには思えないんだけれど」

「簡単な話よ。生まれてから数百年。何も知らなかったあやつが学んだ事が、それだけしかなかったのじゃ。赤子が誰かの真似をするように、トートは今まで見てきた誰かの真似をしていたに過ぎぬ」

ベリウスの周りに浮かぶ火の玉がちりちりと音を上げる。まるで、表情に出さない分の感情を代弁しているように、だ。

「トートに混じる人の血は、なぜか始祖の隷長からの嫌悪を招く。生まれて初めて受けた仕打ちは、親の愛などではなく心を殺す迫害だったのじゃ」

「……酷い……」

「そんなことが幾度も続き、あやつは他者とは迫害するもの、嫌悪するもの。そう学んでしまった。初めて対面した時、その虚ろな瞳。今でも忘れられぬ」

数百年間、すべて物から忌み嫌われる。それがどれほどの事なのか、人の身であるユーリたちには想像もつかない。ただ、漠然と悲しいおとぎ話を聞かされている気分だ。

「だからこそ、妾は誰もが放棄した義務を我が物とした。何処までもがらんどうで、何も知らぬ無垢なる赤子を、その歪みから引き上げると、そう決めたのじゃ。そうしてその日から、トートと妾の家族となった。所詮は形だけの関係だが、まるで本当の家族のように、世界中を旅してまわったものじゃ。ほほ、思い返すだけで心が躍る」

「いや、いい話聞かせてもらったわ。旦那ってばそう言うの絶対に自分から話さないから」

「そなたには気を許しておる方じゃ。そうでなければ、そんな治癒術は絶対に使わぬ」

「……あらら。分かっちゃうの」

「……おっさん。アンタいったい何の話をしてんのよ?」

リタの訝しげな視線を、下手糞な口笛を吹いて躱すレイヴン。そして。

「しかし、真に聞きたいことはこれではないようじゃな。のう、満月の子よ」

満月の子。最も聞きたかった事柄を前に、前のめりになっていたエステルが更に前へと詰め寄る。逸る気持ち、などと生温いものではない。強迫観念にも似たものが、エステルを突き動かしていた。

「……エステリーゼと言います」

恐怖と期待が入り混じり、か細い脚は意識していないと崩れ落ちそうなほどに震えていて、それでもエステルは愚直に真実を求める。

「満月の子とは、一体なんなのですか?わたし、フェローにそしてトートにも忌まわしき毒だと言われました。その意味を知りたいんです」

「ふむ。それを知ったところでそなたの運命が変わるかは分からんが……」

ようやく、一つの答えにたどり着かんとしたその時、突然背後にそびえていた大きな扉が開いた。慟哭の時は近い。

 

○○○

『魔狩りの剣』を退けた際にベリウスが負った傷。それが悲劇の引き金となった。機械仕掛けの神は無く、悲劇は正しく悲劇として、崖から転がり落ちるように物語を刻み始めた。

「ぐぁああああっっっ!」

満月の子。その特殊な術式による治癒術をその身に受けて、ベリウスの苦悶の声が夜空に響く。完全に正気を失い、その身を傷つけるかのように暴れまわる。矛先は一番近くに居たユーリたちへと向けられ、死闘が展開される。

「わたしの……せい……?」

ベリウスの叫びを筆頭に、怒号の飛び交う闘技場内で、目の前の出来事に対して呆然自失となった人物が二人いた。

「そんなの、ないでしょ。旦那、本当に嬉しそうだったのよ」

エステルは事実を信じられなくて、そしてレイヴンは事実を認めたくなくて。木偶のように微塵も動かずみ、縋る言葉を呟き続けている。

「……こりゃ、まずいか」

ユーリのぼやきはエステルではなくレイヴンへと向けられたもの。良くも悪くも直情なエステルと違って、その本心を隠すことにおいて突出しているレイヴンが、今では見る影もなく醜態を晒している。理由は分からないが明らかに異常。それも、おそらくユーリ自身が思っているよりも遥かに。

「ジュディ!どうにかレイヴンを正気に戻してくれ!」

「引き受けたわ!」

エステルの隙をカバーしつつ戦うのは、正直なところ厳しいものがある。しかし、そうせざる負えないのならば、こちらは残りの全部を出し切ってようやく互角と言ったところ。鍵はレイヴン。冷静に立ち回り、的確に必要なだけの援護をこなす老獪な者。それなくしてこの苦境を超えることは叶わないだろう。

「おじさま。―――少し痛くするわよ!」

焦点の定まらない目を治す方法も、震える手足を癒す方法も、知りはしない。ジュディスが今この場でできることは、現実を現実だと認識できるようにしてあげる事だけ。

「がはっ!」

振りかぶった腕を撓らせて、いいパンチがレイヴンの顔面に入る。切れた口腔や、鼻から血が流れるが、痛みは確実に実感を与えてくていた。

「……悪い。ジュディスちゃん。手間かけさせちゃったみたいね」

「これくらい、お安い御用よ」

少し、痛くされ過ぎてカチ割れた頭から流れる血を拭い、鼻血をふき取りながら口内に溜まった血を吐き出す。しかし、今そんな事など些事。ユーリの目と鼻の先まで迫ったベリウスの攻撃を打ち抜きながら、レイヴンは静かに覚悟を決めた。

 

○○○

ベリウスの体から強烈な発光が起き、それを見ていたユーリたちはその先にある結末を悟った。月のように物悲しい光、同時に太陽よりも暖かい。まさに、命の煌めきと形容するのがぴったりだ。

「ごめんなさい……。わたし……わたし……」

「気に……病む出ない……。そなたは……妾を救おうとしてくれたのであろう……」

ベリウスの声からは一切の生気も感じられない。その代わりに満たされているのは、子を見守る母のような慈愛の心。

「力は己を傲慢にする……。だが、そなたは違うようじゃな。他者を慈しむ優しき心を、大切にするのじゃ……」

吐血も、呼吸の乱れすらなく、穏やかな口調は遺言にしか聞こえない。

「フェローに会うがよい……。己の運命を確かめたいのであれば……」

「フェローに?」

もう時間がない。そんな焦燥感がベリウスを襲う。数えきれないほどの年月を生きてきて、今ほどに生きたいと願った事は無かった。

「兄上との約束。果たせそうにないのが、未練じゃな……」

蝋燭の灯が放つ最期の燃焼のように、光は更に強まって。

「ま、待ってください!だめ、お願いです!行かないで!」

エステル涙を流しながら伸ばした手は虚しく空を切り、先ほどまで確かにそこに存在していたベリウスは、今もなお光り続ける聖核『蒼穹の水玉』へと成り果てていた。

「妾の魂。蒼穹の水玉を我が兄トートへ」

その言葉で終わり。地獄への道は善意で塗り固められている、この悲劇にあえて題を付けるとするならば、正しくこれしかないだろう。

「ごめん……なさい……」

膝をついて声を上げずに泣きじゃくる。かける言葉は、一向に見つからない。そんな状態が数分。そう、たった数分だ。それだけしか経っていないというのに、月明かりだけが照らす夜空に巨大な影が現れた。

「あれは……」

騎士団が闘技場になだれ込んできただとか、『魔狩りの剣』も聖核を狙っているとか、そんなことは全て、思考の内から吹き飛んだ。ユーリも、ラピードも、エステルも、カロルも、リタも、ジュディスも、レイヴンも、パティも一目見て、あれがいったい誰なのかを理解する。

「あいつは、戦いは嫌いじゃなかったが、争いは好きじゃなかった。鎮魂だ。今日、この場所でだけは争うことを許さない。今となっては、僕に出来る事はそれくらいしかないから」

ノードポリカにいた全員が身震いした。未知の魔物が話したことに、ではなく。その声があまりにも透明だったから。怒り、恨み、悲しみ。それを一切孕んでおらず、どことなく優しさすら感じさせる。

「黙れ……始祖の隷長がァ!」

「……その憤りも、僕の前では無意味だ」

『魔狩りの剣』がボス、クリントが歯を食いしばって怨嗟の声を叩きつけるが、ガラス玉のような双眸には依然として脅威とは映っていない。

「聖核を求め、僕に群がるのもいいだろう。だが、その瞬間から敵対したとみなす」

パチパチと、彼の遥か上空に展開された、理解しがたいほどに重なる魔方陣から漏れだした雷が音を立てる。

「命までは取らない。暫く気絶してもらうよ」

「船まで走って!早く!」

発動前の術式を見て酷く混乱したリタだったが、視界の隅に捉えたエステルを見てはっ、と我に返り指示を出す。

「冥府の神摂理を貴び、神々の王禁忌を侵せし者に雷霆を以て鉄槌を下す」

ノードポリカ全体を覆う規模の黒雲が発生し、その時を今か今かと待ちわびる。

「ケラウノス・ダムナートーリウス」

発動と同時に極大の雷が数多に降り注ぎぐが、それすらも余波に過ぎない。最も大きな雷が、その中心にいる彼へと落ちた。世界が白く塗りつぶされ、音に関してははすでに耳が麻痺してしまったようだ。無慈悲な轟雷は、持てる力を放出し尽くすまで暴威と化し、それが終わった後『魔狩りの剣』も騎士団も、闘技場にいたもので立っているものはいなかった。

「お休み、ベリウス」

炭化した皮膚はすでに再生し、彼はここに現れた時と微塵も変わらぬ様子で、そう呟いた。

 

 

・・・

自らを罰するような術の行使を行ったあの日から、数日が経った。いつかは訪れる結末が、ほんの少し早まっただけ。そう思えば、いくらか気持ちは楽になった。しかしそれは、失った悲しみを和らげるためというよりも、死への羨望を抑えるために必要なこと。喪失感というものは、空いた穴が何かで満たされるまで決して消えることはないのだろう。

「何の用だ……?」

「ただ、人が寄り付かない場所が他に思いつかなかっただけよ。バウルが、ね」

「ああ……。そういうことならここほど適してる場所もないだろうな。僕も一人になりたくてここに来たから」

振り返ると、槍を持った女性。ジュディスがそこに立っていた。

「そう、構えなくていい。ここは別に僕の私有地という訳でもないからな」

「それは、無理よ。私たちはあなたに殺されても文句を言えない理由があるもの」

「ベリウスのことをあんたたちに責任があると言うほど、僕は恥知らずじゃないさ。それに、あいつは自分の矜持を全うして逝った。僕には分からないものだけど、きっと素晴らしいことなんだ」

置いた一泊が長く感じるのは、思い返すことが多すぎるせいか。たった一度の呼吸の合間に、氾濫するように渦巻く思い出。

「…………」

「憧れてしまった。ベリウスのように生きたいと。だから、僕はアスピオに住み着いたりもした。けどもう届かない所に行ってしまったから……。無限に時間があるからこそ、死だけはどう足掻いたって真似できない」

いったい何故、こんなことを言ってるのだろうか。湧き出る疑問を、膨大な記憶が

押しつぶしていく。理性がまともな思考を拒む。が、これ以上話すとあまり良くない気がして、どうにかなけなしの自我を振り絞る。

「……くだらない話を聞かせたな。僕はもう去る。この場所は好きに使うといい」

「待って」

自嘲しながら踵を返すと、呼び止める声が聞こえた。

「これ以上話すことは―――」

「私は、私が死んだとしても、バウルには生きててほしいわ」

はっきりと、真摯に、気後れせず、本心から。何かの魔法のように、その言葉は僕に響いた。

「参ったな……。大きな借りが出来たみたいだ」

「それは光栄な話ね。いずれ返して貰おうかしら」

ベリウスは、一緒に死ねないことを悔やんだのではなく、一緒に生きていけないことを悔やんだのではなかったか。

「なんだ、そんな簡単な事だったのか」

生きるということを僕は今一つ理解できていなかったようだ。なまじ永遠の生などを持っているが故の勘違い。僕は、ベリウスの意思を受け継いだ。ならば生きている意味はきっとそこにある。

「今の騒動が全部終わったら、あんたの旅を手伝ってやるよ」

「そうね。大昔の話を聞かせてくれるのなら、それもいいかもしれないわ」

「なら、約束だ。だから、それまで生きてろよな」

そう言って、今度こそその場を後にした。ダングレストに急がなくてはならない。意思を受け継ぐべき人間が、いるのだから。

 

○○○

広場の人だかりの真ん中に、やはりドンはいた。どこまでも義を貫く男だ。ベリウスはそんな事望んじゃいないだろうに、それでもケジメはつける。ドンの刃は義の化身。反するものは悉く断じる。それが己であろうとも。

「間に合ったか!」

放つ雰囲気の異常さから、自然と人垣が開けて道になる。僕が必死になったことも、感情の赴くままに大声を上げたことも、これが初めてかもしれない。

「お前え……トート、か?」

「僕みたいなのがたくさんいたら、世界は大変なことになってるだろうな」

信じられないモノを見た、と言う風に目を見開くドン。それは、僕ドンの話の邪魔にならないように遠巻きで見ていた者達も同様だった。

「随分と良い面構えになったじゃねえか。最期にそれを見れただけでも、心残りは一つ減ったなあ」

「昔、ベリウスに言われたんだ。鏡のような奴だって。だから、あんたを見届けに来た」

「なら丁度いい。介錯を探してたところだ、頼めるか?」

「少し待て、相応しい得物を用意する」

懐から『トートの書』を取り出し、虚空に紙片を展開させると、この場の僕以外にとって理解不能な方陣が描かれる。深くのけ反ると、体全体から火花のようなものを散らして腹からそれが精製されていく。ゆっくりと、腹部から生える植物のように真っ直ぐに伸びていった黄金の剣。銘を『クリュサオル』と言う。特別な効果のある剣などではないが、全てが僕の血から出来ている。黄金の至宝。持ち得る限り最高の礼装でもあるそれは、見るもの全てが心奪われるほどに美しい。

「それじゃあ頼むぜ、トート」

「さようなら、ドン」

短くそれだけで会話は終わり。稲妻のごとき剣閃が奔り、ドンが苦しいと感じる間もなく、黄金の剣はその命を刈り取る。切ったのだと言われなければ気が付かないような傷を残して、刃には血糊も付いていない。しかし確実に、ドンのケジメは完遂されたのだった。


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