バミューダのショートワープ回数の算出は、単純な足し算によるものである。残っていた人数五人と、最後に綱吉の元に戻ったときの一回。合計して六回だ。
利奈に感知できたのは、飛び回るバミューダの残像と、バトラーウォッチが壊されたときの音だけ。数秒どころか、一秒も経っていなかったかもしれない。
「これが、復讐者の祖か」
レヴィの声が硬い。
やっと見つけたと思った復讐者の弱点――ショートワープの限度回数は、バミューダにはない。そして運が悪いことに、バミューダは見るからに格闘家タイプだった。
立ち方ひとつでも戦い方がわかるが、剥き出しの上半身はすっきりしていて、手首がなく、腕が太い。腕にはちいさな穴がいくつか空いていて、そこから夜の炎が漏れ出している。武器使いならば武器がないことがハンデになりえたが、その可能性は低そうだ。
注視していたバミューダの姿が消える。
綱吉の背後に出現したが、綱吉はすぐに身を翻して回し蹴りを躱した――かに見えたが。
「あっ!」
綱吉の頬に浅く傷がつく。足は当たっていなかったというのに。
「なんだ? 飛び道具か?」
「ちげーよ、指が飛んでる」
どうやら、指だけショートワープさせていたらしい。四肢が飛ぶならともかく、パーツで動かれるとこの距離では視認が難しい。よくベルは識別できたものだ。
レヴィがやや前のめりになり、胸板で頭を押される。
「よく避けた。これがボンゴレの超直感か」
バミューダが綱吉を褒める。
綱吉の持つ超直感――敵の攻撃を察知し、幻術すら見抜く桁外れの直感だが、それでもなお、バミューダの早さのほうが勝った。背後に回ったバミューダを綱吉は捉えたが、それよりワンテンポ速く、バミューダのひじが飛ぶ。
「十代目!」
林から隼人たちが駆けつけてきた。
ようやく来たようだが、三人のバトラーウォッチはすでに壊されたあとだ。場にあるバトラーウォッチもすべて破壊されているし、彼らが戦闘に参加することは不可能だ。これも見越して、バミューダはすべての時計を壊しておいたのだろう。
飛びひざならぬ飛ぶひざで上空に蹴り上げられたばかりの綱吉の前に、バミューダが飛ぶ。
「沢田!」
綱吉は目をつむっていて、バミューダが目の前にいることにまだ気付けていない。了平の声にも反応できていない。顎を思いきり蹴られて、意識が飛んでいる可能性もある。
「とどめさ」
バミューダの見開いた目が、冷たく綱吉を見据えた。綱吉に抵抗する術はなく、邪魔をできる人はもういない。この戦いは、綱吉の死で終わる。
しかし、そんな最悪な結末を、一発の銃声がかき消した。
「CHAOS」
いつの間にか広場に男が立っていた。スーツ姿の男の持つ銃から、煙が上がっている。
(だ、だれ?)
見知らぬ黒スーツの男。彼がバミューダの邪魔をしたのは明らかだ。それなのに、尾道はなにも言わない。なにも言わないということは彼も参加者で、参加者ならば、ボンゴレの人間ということで――知らない顔の男ではあるが、知っている服装ではあった。
「貴方はいったい?」
綱吉も戸惑っているが、利奈はその人物に見当がついていた。
黒スーツに中折れハット。武器は銃。そんな人物を知っている。見た目や年齢を気にしなくていいのならば、ただ一人。
(そうか、これがリボーン君の――)
「俺はリボーンの旧友だ」
(違った――)
ボッと頬が熱くなる。呪解したリボーンだと思っていたが、どうやら間違っていたようだ。
声に出さなくてよかった。危うく、だれにも顔を見せられなくなるところだった。
彼はチェッカーフェイスに無理を言って、この戦いに途中参加したらしい。
(わあー、恥ずかしい! 勘違いした! リボーン君、あそこにいるのに!)
よく見たら、リボーンはヴェルデのとなりに移動していた。とんだ大恥を掻くところだった。
「リボーン君の旧友ね。いいよ、そういうことにしといてあげる」
勝利を確信した場面だったろうに、バミューダは寛容にもそう応じた。一人増えたところで結末は変わらないと、高をくくっているようだ。凹凸のない顔立ちな上に終始無表情なので、顔色からはなにも窺えない。
バミューダの体がぶれた。
背後に回ったバミューダに、男は動かない。その彼の両耳すれすれに、正面からバミューダの腕が飛んでくる。背後のバミューダを反射で避けていれば、どちらかの腕が当たっていただろう。今までの攻防を逆手に取ったやり方だった。
バミューダの四肢が次々に飛んでいく。ショートワープの使用回数がないぶん、やりたい放題だ。
飛んでくる四肢を、男はまるでダンスでも嗜むかのように軽やかに躱していく。避けた先に必殺の一撃が飛んでくるのに、それすらもいなしてリズムを刻む。心憎くも、帽子を押さえる余裕さえあった。
「すごい……」
反撃はできていないが、時間稼ぎにはなっている。
アルコバレーノの呪解時間は三分間。その三分が過ぎればバミューダは元の姿に戻り、しかも戦闘資格が消失する。そうなれば、あとは戦闘不能になっているイェーガーのボスウォッチを壊すだけだ。
「これも超直感?」
「違うわ。これはただ、相手の攻撃を読み切っているだけよ」
「あれを!?」
そんなこと、不可能だ。だって相手は、四肢どころか指先までバラバラに飛ばせるのだ。どう読み切るというのか。
「読んでいるのは相手の殺意だ。
どうすればやつにダメージを与えられるか、相手のその思考を読み、相手が取るであろう行動を予測し、最低限の動きで避ける。そしてその先で来るであろう追撃も読み切ってまた避ける。それを繰り返している」
「ええ……」
「やっべーよな。あれがうちにいたら、俺たち幹部追われるぜ」
「そんなに?」
自信家のベルが言うのなら、よほどのことだ。リボーンの旧友だけあって、戦闘に特化しすぎている。
ここにきて、バミューダの表情が初めて動いた。だがそれは、喜ばしいものではなかった。
バミューダの顔に表れたのは、喜色。丈夫な玩具を手にした子供のような表情だったのだから。
「うそ!?」
ルッスーリアが素っ頓狂な声を上げた。と同時に、男の首筋にバミューダの手刀がかすった。
それを皮切りに、バミューダの攻撃が当たりだす。怪我の程度は低いが、男の顔から余裕が消える。
「なにあれ、あり得ないわ!」
「なになに!?」
もうここまで来ると解説なしではなにもわからない。
「読まれることを読んで、あえてダメージの少ない攻撃を入れているのよ! ジャブ多めにして持久戦に切り替えた感じ!」
「なんで!?」
持久戦になれば、バミューダのほうが不利なはずだ。残り時間は刻々と迫っているというのに。
「いや、削れば削るだけ選択肢は減る。リボーンの回避能力には、卓越した身のこなしが不可欠だ。負傷して動きが鈍れば――」
今度は足に傷を負った。上半身だけワープしたバミューダが、左腕を軸にして回転斬りを仕掛けたのだ。
(――あれ? 今、リボーンって言った?)
「君の登場は無意味だったよ」
「どうだろうな」
男の声に焦りはない。追撃を躱しながらも、懐から新しい弾丸を取り出す。
「俺の目的はこの一発」
銃に弾を込め、男が照準を定める。呼び寄せられるようにワープしたバミューダの眉間に向けて――
「いっぺん死んでこい」
銃声が鳴った。ワープしたと同時に発射された弾丸を、しかしバミューダはショートワープで躱す。
「うそ!?」
タイミングは完璧だったはずだ。これでだめなら、いったいどうやって当てろというのか。 リボーンとバミューダを見ていた利奈に、正一が明後日の方角を指差した。
「あれ!」
空に目を向けると、飛んでいったはずの弾丸が、なぜか急カーブを描いて広場に戻ってきた。そしてその先に――
(あっ)
注意を促す暇なんてなかった。
曲がってきた弾丸は、広場で戦いを見守っていた綱吉の額に、これまた吸い寄せられるように向かい――見事に命中した。
「きゃあああああ!」
甲高い悲鳴が喉から飛び出してきた。足をばたつかせるが、レヴィの体はびくともしない。
「いそ、うぁ、ああ!」
駆けつけても無駄だということはわかっている。倒れこんだ綱吉の額からは、もう炎が上がっていない。
(そんな、そんなのって!)
あれでは助からないだろう。ほぼ即死だ。味方の銃弾で散るなんて、あんまりにあんまりである。
利奈はパニックに陥っていたが、バミューダは容赦がなかった。確実にとどめを刺しにいく。
腹部を貫こうと突き出された右手に、利奈は今度こそ気を失いそうになったが、腹部から突き出た右手に、正気を失いそうになった。なお、その右手はバミューダのものではない。
「きゃあああああ!?」
「うるせーよ」
「ギュブッ」
がら空きの脇腹をベルに突かれ、汚い声が出る。さすが暗殺部隊、一瞬息ができなかった。
(そんなことより! 手が生えた! おなかから!)
綱吉の腹から生えた手が、バミューダの腕をすんでのところで掴んでいる。これにはバミューダも面食らったようで、わかりやすく距離を取る。
「え、なに、ええ?」
困惑する利奈をよそに、倒れた綱吉の体を破って綱吉が生えてくる。――例えではなく、本当に綱吉のなかから綱吉が姿を現した。
(なに? 偽物?幻術? 出てきたほうが本物?)
よく見ると、倒れているほうの体は、紙のようにペラペラになっていた。まるで蛇の脱皮だ。
「
額にはまた炎が灯っていた。しかし、明らかに様子がおかしい。
「死ぬ気でお前を倒す!」
先ほどまでの落ち着いた声が打って変わった大音量になっているし、目が白目を剥いてしまっている。おまけに、身に纏っていたボンゴレギアが音を立てて壊れていく。そして異変は、綱吉だけに留まらなかった。
「待って、あの人縮んで――って、あれぇ!?」
綱吉の背後で、リボーンの旧友を名乗っていた人物がリボーンの姿に変わっていく。
(やっぱリボーン君だったんじゃん! さっきの返してよ!)
恥ずかしさで死にそうになったのに、あの男はやはりリボーンだったようだ。しかも、バミューダよりも早く呪解が終わったということは、これまでに一回は呪解をしていたことになる。さっきの戦いは、思っていたよりもかなりギリギリな攻防だったようだ。
いや、情報量が多すぎて脳内の処理が追いつかない。
正気を取り戻したのか、綱吉の黒目が戻る。そして、全身から炎が立ち上った。炎が勢いよく辺りに噴き出す。
「その境地は!」
初めてバミューダが声を荒げた。
それもそのはず、綱吉の纏う炎の炎圧は、今までと桁違いに濃くなっていた。バミューダとも遜色がない――いや。
バミューダが飛んだ。
しかし、バミューダが攻撃を加えるよりも早く、綱吉の拳がバミューダの顔にめり込んだ。さっきは、避けることすらギリギリできなかったのに。
「今の俺は、お前が第八属性の炎を作ったときと同じ境地にいる」
声のトーンも元に戻っている。しかし、纏う炎がすごみを増していた。
バミューダが夜の炎ならば、綱吉は朝の炎だろうか。でも色味は大空の炎のままで、これまでと違いがあるようには見えない。
「つまり、どういうこと!?」
「知らね。俺、王子だし」
「関係ないじゃん!」
「あるだろ。王子は死ぬ気になる必要なんかねーんだよ」
「ええ……?」
「つまりですね」
ひょこんと風が顔を出す。風も武たちと同じく駐車場組だったが、到着していたようだ。
「彼もバミューダと同じく、死ぬ気の到達点に至ったということです。
死の淵に立って覚醒した、といったところですが――」
風の頬が緩む。
「どちらに軍配が上がるかは、おわかりですね?」
それは炎を見るより明らかだ。
朽ちゆく体を押しとどめているだけのバミューダよりも、死ぬ気で強敵にぶつかろうとしている綱吉のほうが、ずっとずっと強いに決まっている。
バミューダは躍起になって攻撃を繰り出しているが、もう綱吉に攻撃は届いていない。
「こうなったら! 致死率100%の最終奥義で葬ってやる!」
もうバミューダは必死さを取り繕わなかった。
爛々とした獰猛な目で綱吉を睨むと、自分たちを取り囲むように夜の炎を展開する。そびえ立つ火柱は、綱吉の背丈を優に超えていた。
そしてバミューダは火柱のなかに飛び込み、柱のあいだをぐるぐると回り始める。ワープホールを連続で通過することで速度は音速を超え光速となり、もはや柱全体を結ぶ線にしか見えなくなっていた。バミューダを肉眼で捉えるのは不可能だ。
(でも)
もう脅威には感じなかった。
綱吉の拳が当たったその瞬間から、バミューダの優位性は崩れていた。感情をあらわにしてから、バミューダの動きは明らかに精彩を欠いていた。
きっと、全盛期だったころの彼に、拳を当てられる人間はいなかった。互角以上の存在と渡り合ったことがなかった。だからこそ、彼には強敵を倒すためのがむしゃらさ――勝つために宿す死ぬ気がない。前に進むための炎がない。それでいったい、どうやって自分より強い相手に勝てるというのだろう。
上空に暗い炎が立ちこめた。
黒い炎は暗雲のようで不気味さが際立つが、それでも。それでも、大空を覆うには至らない。
「うおおおおりゃああああ!」
綱吉の拳に纏った炎が弧を描いた。
溜めた推進力をそのまま弾き返され、ギャグ漫画みたいな勢いでバミューダが吹っ飛んでいく。
そんなバミューダに、綱吉は追い打ちをかけようとはしなかった。
何度も言うが、これは命の奪い合いではない。バミューダにトドメを刺す必要はない。動けないイェーガーの腕にあるボスウォッチを、ただ壊すだけでいい。
今度こそイェーガーのボスウォッチが壊され、一瞬の静寂が訪れた。次に、バミューダの落下音。
「おめでとうこざいます!フフ! 優勝はリボーンチームです!」
尾道の声が、やたらと大きく響き渡った。
【朗報】最終話目前にして死ぬ気弾初登場