陽乃さんを素直にすると、かなり、強敵かもしれない件 作:A i
はるのさん可愛く書いていこうと、思うので楽しんでください。
幕上げ
いつもと何も変わらない穏やかなぼっちライフを満喫した俺は、放課後の奉仕部における強制労働をこなし、帰路に着くべく自転車を取りに行く。
季節は秋。
残暑を過ぎた今、日に日に日没の時間は早まり、すでに空は茜色に染まっている。
遠くの山の端に沈みゆく太陽を、しばし、ボーと見つめていると、冷たい風が俺の身体をブルリと震わせる。
気温はそれほど低いわけではないが、風が吹くとやはり肌寒さを感じた。
俺はその肌寒さを追い出すかのように、自転車を押す手と反対の手でブレザーの前をキュッと引き寄せる。
すると、俺のことを待っていてくれたのか雪ノ下、由比ヶ浜の二人が楽しそうにおしゃべりをしているのが前方に見えた。
「あ、ヒッキー来た!」
「あら、本当ね」
俺は、彼女たちの方へ、少し歩調を早めて、近づく。
「悪い、寒かっただろ。先に帰っててくれても良かったんだぞ」
「いいの、いいの!ね?ゆきのん!」
「ええ、気にしないでいいわ」
二人とも特に気にした様子も見せないで俺と並び歩き出す。
校門を出ればすぐに分かれることになるのだが、それでも待っていてくれているというのは、正直嬉しかった。
「じゃあ、私たちはこちらだから。」
「バイバーイ!ヒッキー!」
そんな二人は仲良くこちらに手を振る。
由比ヶ浜は音がしそうなほどブンブンと。
雪ノ下は楚々と控えめに。
そんな対照的な二人が、当たり前のように自分に向かって挨拶をしてくれる。
意識すると、キョドッてしまいそうだ。
「おう。またな。」
「また、明日!」
「また、明日。」
雪ノ下、由比ヶ浜の二人と、そんな他愛も無い別れの挨拶を交わし、俺はママチャリにまたがる。
彼女たちの去りゆく背中を少し見届けたあと、俺はペダルを漕ぎだしたのだった。
「たーいま」
「おかーり。お兄ちゃん」
リビングを開けると、ソファーの上に寝っ転がりポテチに手を伸ばす妹の姿があった。
手元には、ピンクや黄色の文字踊るファッション雑誌らしきもの。
我が妹ながらだらけてんな〜、と思わざるを得ないその姿にやはり将来専業主夫志望としては、関心するしかない。
それにしても、また、わけわかんねー頭の悪そうな雑誌読んでんのか、こいつ。
呆れつつも、俺はチラリとその内容を伺う。
どうやら、「男子ウケ抜群」だの「小悪魔コーデ」だのという単語に混ざって結構過激なことまで載っている模様。
さ、最近の中学生ってかなり進んでんのな。
お兄ちゃんなんか悲しい!!
心の中で純真無垢な少女だった頃の小町を思い、涙ちょちょぎれていると「あ!」と小町が何かに気がつく。
「何?急に。俺の顔何か変?」
「いや、お兄ちゃんの顔が変なのはいつものことなんだけど」
「おい、なんでだよ」
素の顔で言いやがったよこいつ。
「いや、そうじゃなくて、お兄ちゃん」
「なんだよ」
「スマホ、見てみ」
「うん?」
小町に言われるがままに、スマホを開く俺。
しかし、通知画面を見た俺はすぐさま、画面を裏にして机に置いた。
「俺は見ていない。何も見ていないぞ〜」
首を横に振りつつ小さく呟き、自己暗示をかける。
「いや、陽乃さんからでしょ、お兄ちゃん」
「おい、人がせっかく、自らを欺こうと必死に自己暗示かけてるのに」
「お兄ちゃん多分それ無駄だと思うけど、小町。だって、あの陽乃さんだよ?あとで怖いよ?」
真顔でそう言う小町に、俺は後ろ頭をガシガシと掻く。
「いや、そんなことは俺もわかってるっつーの。だいたいなんでお前が俺のスマホに陽乃さんから連絡入ってること知ってるんだよ。まさか……」
「ふっふっふ〜。そのとおり!小町は陽乃さんサイドに着いたのです〜!お兄ちゃんの連絡先と、監視を任されました!」
ピシッと敬礼ポーズをとる小町。
俺はそんな彼女に人差し指を突きつけて叫ぶ。
「この裏切り者め!!」
「なんとでも、呼んでくれていいよ!私はごみいちゃんを片付けるためなら手段は問わない!」
仁王立ちになり、手を薙ぎ払う仕草を見せた小町はなにかをやりきった達成感に満ち溢れている。
端的に言って、そのドヤ顔ウザい。ちょーウザい。
しかし、まぁ、あの陽乃さんのことだから、小町が協力しなくてもなんらかの方法で俺とコンタクトを取って弄ぶんだろうから、そう考えると、小町が仲介してくれている方がまだ安心だとも言える。
厄介ごともその方が少ないだろうし。
まあ、かといって、小町に感謝はしないけどね!
はあ、と大きくため息をついた俺は、一瞬の逡巡の後に、スマホの通知をタップ。
1コールで、繋がった。
「あ、もしもーし。比企谷くん?」
「はい、雪ノ下さん。」
「なーに?そのテンションの低さは。お姉さんのこと嫌いになっちゃったの?」
「いえ、好き嫌いするな、と母から教わっているので」
「あはは!!そうだったそうだった。君はそういう子だったよね」
電話越しにケラケラと、楽しげに笑うその声はやはりいつものあの雪ノ下陽乃、その人である。
想像通りのその彼女の様子に俺はその時少し油断していた。
いや、忘れていたのだ。
彼女が、あの完璧才女、雪ノ下雪乃を遥かに凌ぐ「魔王」だということを。
「ところでさ、比企谷くん」
「はい」
はるのさんがニヤリと笑みをこぼす気配。
嫌な予感が走る。
凛とした、美しい声で陽乃さんははっきりとこう言い放った。
「君、私の彼氏になりなさい」
比企ヶ谷八幡、人生最大の危機が幕を上げた瞬間だった。