陽乃さんを素直にすると、かなり、強敵かもしれない件 作:A i
「じゃあ、そろそろお風呂入ろっか?」
紅茶のカップも乾いてきた頃に、陽乃さんがそう言った。
たしかに、いつもなら、そろそろ風呂にでも入る時間帯だったので、俺もとりあえず首肯しておく。
「そうですね」
「どっちから入る?」
隣の陽乃さんが前のめりにそう聞いてくる。
「………」
陽乃さんは帰ってくるや否や部屋着に着替えていたのだが、その部屋着、かなり胸元がルーズだ。
ボタン式なので第1まで止めればさほど気にならないのだが、陽乃さんはどうしても第1ボタンを外さないと「苦しい」のだそう。
たしかに、一度上まで止めてもらったのだが苦しそうに見えた。
いや、苦しそうと言うより、パツンパツンだった。
どこが、とは言わないけどね、どこがとは。
なので、出来るだけそちらを見ないように、少し目をそらして、俺は言った。
「そりゃ陽乃からの方がいいかと。俺が入ったあとってなんか嫌でしょ?」
「え、全然良いよ?」
あまりにもあっけらかんと言い放ったその言葉に若干驚きながら彼女に顔を向けた。
「マジですか?」
「マジだよ。まあ、雪乃ちゃんとかなら、「あなたの入った湯船に浸かることを考えただけで、全身に湿疹が出来るわ。おぞましい」とか酷いこと言うんだろうけどね」
「わかってますね」
「あの子の姉ですから」
得意げな顔になる陽乃さん。
その顔は時々雪ノ下が見せるあの顔によく似ていて、やはり、姉妹なのだな、と感じさせられる。
まあ、兄妹や姉妹というのはそういうものなのかもしれない。
小町もヤバイくらいに目が死んでる時あるしな。
その時の顔は、流石俺も可愛いとは思えない。
天使のような可愛さを持つあの小町でさえ可愛くないって、それ俺どんだけ可愛くないのん?
と、まあ自分の呪わしき腐った目についての議論はさて置き、とりあえず今はお風呂の順番だ。
いや、まあ陽乃さんが気にしないと言っても、流石に女の子の方が先に風呂に入ってもらわないとこちらが気にする。
小町なんか、俺が入ったあとすぐに風呂のお湯張り替えてるらしいからな。
それ知った時、マジ死にたくなった。
思春期女子恐ろしすぎ!
まあ、陽乃さんがそこまでするとも思えないし、ぶっちゃけ、陽乃さんなら、本当に気にしていないまである。
しかし、俺が気にするので、やはり、先に入ってもらうことにする。
「陽乃から、入っちゃってください。俺はもう少しここからの夜景楽しんでますので」
俺がそう言ったのを聞いて、彼女は口元に手を当て、クスリと笑った。
「な、なんですか?」
「いや、優しいなあ、と思ってさ」
「そうっすか?普通だと思いますけど」
「君からしたらそうかもね。ま、いいや!とりあえず、ありがとう。先にお風呂入っちゃうね!」
「うす、ごゆっくり」
るんるんとスキップしながらお風呂場へと向かう陽乃さんの後ろ姿を目で追う。
すると、いきなりクルッと身体を反転させた陽乃さん。
「覗いちゃダメだぞ?」
そう言うと陽乃さんはしなを作り、「めっ!」と人差し指を立てる。
不意を突かれた可愛らしい仕草。
それにドキッとしたことをごまかすため、俺はできるだけ素っ気なく対応した。
「そんなことしませんよ……早く入っちゃってください」
「ふふ……はーい!」
扉の閉まる音に俺は「ふぅー」と息を吐いた。
リビングに一人きり。
静かにクラシックが流れているのが心地良い。
ソファーの背もたれにグッと沈み込み、身体を弛緩させた。
しかし、ホント奇妙なことになったものだ。
陽乃さんの彼氏代行になり、しかも、陽乃さんの家に来て、泊まることになるなんて。
「あ、そういえば小町に連絡入れるの忘れてた……」
俺は慌てて携帯を開く。
すると、そこには。
お兄ちゃんへ
陽乃さんの家に行くんだってね?
陽乃さんから連絡もらっているので楽しんできてください。
むしろ、陽乃さんを家族にしちゃってね?
P.S 避妊はしなよ?
愛しの小町より
「こいつ、何言ってんだ?」
そう呟かずにはいられなかった。
特に最後の一文なんか「は?」って言う感じ。
全くその気無いんだから!無いんだから!
そんな心中とは裏腹に、顔が熱くなるのを感じ、手で仰ぐ。
妙に意識してしまいそうだ。
扉の向こうではまだシャワーの音が微かにしている。
あそこで、陽乃さんが……。
そこまで考えた俺はブンブンと頭を振った。
そして、変な妄想をしそうになる自分を殺すため、俺は般若心経を唱えだしたのだった……。
では、また次回お楽しみに〜。
感想くださいね!!