見滝原市を襲った
郵便受けから、朝刊の新聞を取り出して何気なく見出しに目を通す。
『異例の復興! 奇跡の街“見滝原”。市長が語る、復興の立役者ミタギー君の魅力!』。
今や知らない人の方が少なくなりつつある、見滝原市のご当地マスコット・ミタギー君のぬいぐるみの写真が、記事の下にでかでかと印刷されている。
その姿は、僕の肩に乗っていたニュゥべえを粗雑にトレースしたような造形をしていた。
「……やっぱりやり過ぎたと思うよ、あれは」
別に叱責する意図はなかったが、ニュゥべえは律儀に謝罪の言葉を述べた。
「ごめんよ、政夫。夜中にこっそりと行っていたつもりだったんだけどね。まさか、ボクを見るくらい素養のある子が偶然居合わせていたとは……」
「おまけにイラストの才能まであった訳だ。まあ、本物の方が可愛いけどね」
「それは本当かい?」
言いながら、新聞をリビングのテーブルに
異例の復興……尋常ではない速度のインフラの復旧の陰には、僕の肩で嬉しそうにする友人の存在があった。
倒壊した瓦礫の撤去、および再建作業を魔力を用いて秘密裏に行っていた。
当時は『独りでに組み上がっていく鉄骨』、『知らない内に修繕されている排水設備』とかオカルトめいた呼び方でまともに誰も信じていない噂話止まりだった。
しかし、ある日、偶然、ニュゥべえを認識できる一人の少女がその現場に居合わせてしまい、その時に彼女が見た“街を戻そうとする妖精さん”のイラストが見滝原復興を目指していた市長の目に留まった。
大災害の中で旗印を模索していた市長にとっては、それは理想的だった。
災害支援の補助金よりも、キャラクタービジネスで得た額の方が遥かに多かったとか何とか……。
そんな生臭い話はどうでもいいか。
それよりも朝食作りの方は重要だ。
ガスコンロに片手鍋を掛けて、みそ汁を作る。
具は豆腐と長ネギ。
これが一番シンプルで好きだ。
そして、冷凍の鮭を解凍しつつ、先に出汁巻き卵を焼く。
トーストとベーコンエッグが嫌いな訳じゃないけど、やっぱり朝は和食の方が好ましい。
出汁巻きをクルクルと巻いて形を整えた後、電子レンジから鮭の切り身を取り出し、塩を軽く振って焼く。
空いた電子レンジには小分けにして冷凍していた最後のご飯を入れた。これで冷凍のストックがなくなったので今夜は新しくご飯を炊かないといけない。
最期に小皿にお玉でよそって、みそ汁の味見。
「うん。味噌の濃さか、このくらいがいいかな?」
「政夫。ボクもボクも」
ニュゥべえには、少し息で冷ましてから飲ませてあげる。
そっと小皿を近付けると、中身を口にしてニコニコと微笑んだ。
「うん! バッチリだね」
「何がバッチリなのよ。政夫が注げば泥水だって喜んで飲む癖に」
気配なく忍び寄り、暴言を吐いてくる謎の侵入者へ苦言を
「いくらなんでも失礼だよ。ねえ、ニュゥべえ?」
「まあ、否定はしないよ」
「否定はしようよ……」
流石に泥水なんか飲ませたりしないから……。
見滝原中の制服を着た黒髪ロングの女子が、なぜか我が家のリビングに居た。
ふてぶてしくも無断でソファに腰掛けている。
暁美ほむら。
同級生であり、僕に迷惑という名の贈り物を送ってくれる季節外れのサンタクロースだ。
「ほむらさんは一体どこから入って来たの?」
「人を害虫みたいに言わないで。当然、玄関からよ」
「おまっ、とうとうピッキングを……」
堂に入った犯罪者ぶりに恐れ
「ちゃんと合い鍵で入ったに決まってるでしょう! 何、そのいつかやると思っていたような口ぶりは」
「いや、勝手に合い鍵を作るのも犯罪なんだけど……」
「お父様から預かったものよ! 少し家を空けるからと」
「その“お父様”って呼ぶのやめて。君の父親じゃないから。他人だからね、君」
父さん相手には敬語を使って猫かぶりするんだよなぁ、こいつ。
本性はとっくにバレているので無駄な労力でしかないのだが、聞かされている方はゾワゾワするので止めてほしい。
暁美はムッとした様子で、僕に言い返してくる。
「他人じゃないわ。あなたの“恋人”よ」
恐るべきことに、この発言は妄言や虚言の
不本意ながら、真実なのである。
世界とは、本当に不思議で満ちている……。
「そうなんだよねぇ。実感が湧かないというか、なぜその選択に至ったのか自分でも分からないんだよ」
「付き合って、もう三ヶ月も経ってるよ!?」
「むしろ、三ヶ月経って徐々に頭が冷えてきたというか……。時に質問なんだけど、恋愛においてクーリングオフって概念は許されると思う?」
「許さないわ……絶対に」
他意のない質問に対し、暁美は静かに怒りを露わにする。
表情の差が少ないが、感情豊かな子で大変結構。
これ以上は冗談では済まされない雰囲気なので、話題を逸らす。
「玄関で待っててよ。僕、これから朝食なんだから」
「ここでいいわ」
「いや、君がよくてもね……。まあ、いいや」
言っても聞かない女なのは、出会って一ヵ月の段階で嫌というほど知っている。
さっさと食べて、登校しよう。
作ったご機嫌な朝食をリビングのテーブルに運ぶ。
飲み物は牛乳。コップに注いで、椅子に座ると両手を合わせて小さく頂きますを告げた。
さあ、食べよう。
「…………」
口に運ぶ手前で、ソファからの視線に耐えかねて、仕方なく彼女へ尋ねる。
「…………何?」
「美味しそうね」
「……よかったら、食べる?」
「頂くわ」
頂くのか……。
お前……もっと早く言えば、二人分作るのも、やぶさかではなかったものを……。
仕方なく、椅子から退くと暁美は座って黙々と食べ始めた。
もしかして朝ご飯、食べてきてなかったのか?
今更、新しく食事を作る時間も気力もない。
仕方ないので、ロールパンと味噌汁の僅かな残りで我慢することにしよう。
暁美の向かい側の椅子に座り、食事を取っていると、暁美は何気ないそぶりで言う。
「パンとお味噌汁って組み合わせは、合わないと思うけど」
「……そうだね。合わないね」
この女、喧嘩を売っているのだろうか?
いや、多分、本気で他愛ない話のつもりなのだろう。
コミュニケーション能力に難があることは、それこそ初対面から分かっていた。
落ち着こう。ここは大人の対応をしようじゃあないか。
「栄養バランスを考えて食事を取った方がいいわ」
真顔で言われた。
「……僕の堪忍袋の
八割がた亀裂が入ったぞ。そろそろ、はち切れそう。
ニュゥべえがおずおずと自分の小皿を差し出してくれる。
「政夫。ボクの分、要るかい?」
「その気持ちだけで充分だよ」
それに比べて、ニュゥべえの方は情緒が大分成長した。あの小憎たらしい似非マスコットと同じ存在だったとは誰が思おうか。
「政夫、食事中での会話は控えるものよ。マナーがなってないわ」
「……ふふふ。ご忠告ありがとう」
こいつは、ナチュラルに人の心を苛立たせるのが上達したなぁ。
凄いぞ。これで本人の悪気ゼロなんだから。
ここで怒っても確実に不思議そうな顔をすることが容易に予想できる。そして、それが更に僕の怒りの炎の火力を極限まで高めてくれることも。
忍耐だ。耐え忍ぶことが、この暁美ほむらという人災への対処法なのだ。
***
「皆、おはよう」
別に待ち合わせをしている訳でもないに、自然と集まるようになった並木通りに居る皆に挨拶をする。
それぞれ挨拶を返してくれる中、美樹だけがからかい交じりで
「おそーい。今日の一番ビリはあんたらだよ。二人一緒で重役出勤?」
「仕方ないでしょう。政夫が私のために朝食を用意してくれたんだから、じっくり味わいたかったのよ」
おかしい。暁美が食べ終わるのが遅かったせいで出発に時間がかかったのは確かだが、認識に
僕が、用意したのは僕とニュゥべえのための朝ご飯だ。決して、貴様のために用意したのではない。
「政夫、いいのかい? ほむらはあんな事言ってるよ」
「……いいんだよ。空想の翼を広げるのは想像力豊かな人の特権さ」
まあ、食べると言う行為に興味がなかった彼女が、少しなりとも食事を楽しんでくれたことは素直に喜ぼう。
「ごめんね。待たせちゃったみたいで」
待たせてしまったことを謝ると、まどかさんと志筑さんは、首を横に振って微笑む。
「大丈夫だよ。皆でお話してたから」
「そうですわ、夕田さん。別にまだそれほど遅い時間ではありませんし」
「そう言ってもらえると気が楽になるよ」
頭の後ろで腕を組んでいた杏子さんが、そこで切り出す。
「それじゃ、全員集まったし、そろそろと出るよ。ここで固まってると通行の邪魔になるしな」
「そうだね。そういえば、三年生の二人は?」
見回すと、巴さんと呉さんの姿がない。僕らがビリなら、彼女たちは一緒に登校しないということだろうか。
その疑問に美樹が、答える。
「マミさんたちなら先に行くって言ってたよ。早めに登校して、キリカさんの勉強見てあげるんだってさ」
「へえ……、呉さんも受験を意識し始めてたんだ」
三年生なんだから当然ではあるが、受験勉強に精を出すタイプではなかったので少しだけ意外だった。
すると、まどかさんが補足してくれる。
「織莉子さんと同じ高校目指すんだ~って頑張ってるだよ」
「ああ。そういえば、織莉子も白羽女学院の高等部には上がらずに受験するって言ってたね」
父親の自殺が原因で元々居辛くなっていたから、未練はないと話していた。
あまり前向きな理由ではないとその時は思ったけど、友達と一緒に別の高校でリスタートできるならいいことだと思う。
「受験か~。あたしはどうしよっかなぁ」
「さやか。今のあなたの学力だと、私たちと同じ進路は難しいと思うわよ」
「うるっさいな! 別にほむらとは一緒じゃなくていいよ!」
暁美と美樹がわいわいと言い争いをしてるので、僕たちは二人を置いてさっさと移動を始める。
「ほむらちゃんって、さやかちゃん相手にはズバズバ言うよね」
「微笑ましいです。ああいう適度に砕けた関係は少し焼けてしまいますが……」
「本質的には似てるからじゃないかな? 一度走り出したら自分でもブレーキかけられないところとか」
二人とも多分、一度こうだと決めたら、どこまでも真っ直ぐに進み続ける
諦めが悪く、周囲の目も気にせずに目的地へと一直線へ進む性格をしている。
まあ、その先がたとえ
「進路ねぇ」
先頭を歩いている杏子さんがポツリと呟く。
あまり悩んでいる姿を見せないので、気になってつい尋ねた。
「杏子さんも進路について悩みがあるの?」
「いや、アタシじゃなくてショウの方なんだけど」
「ショウさんが?」
杏子さんと一緒に暮らしている義兄にして、ナンバーワンホストのショウさんが急に話題に上がったことに驚く。
「ホスト辞めて、店やりたいって」
「へぇ……脱サラならぬ脱ホスト、か。思い切ったね。何やるの? 喫茶店?」
「ケーキ屋」
「ええ!? 意外!」
しかし、彼女から話を聞けば、元々ホストになる前は料理の専門学校に通っていたり下地はあったらしい。
休みの日には、手作りの菓子を振る舞ってくれていたそうで、どちらかというと前から未練があったのだと言う。
「妹……ああ、アタシじゃなくてショウの実の妹のことな。甘いもの好きだったんだってよ。それでケーキ屋目指してて、妹が魔法少女になって……。まあ、そういうイキサツだったらしくてさ」
「そっか。じゃあ、心に区切りが着いたのかもね」
魔法少女はもう居ない。
ニュゥべえたちがその役割を担っている訳だけど、ある意味で本当の魔法少女は生まれて来なくなった。
でも、彼女たちが残したものはまだ残っている。
ショウさん持つ女性に対する魅了や、上条君の動くようになった左手。
そして……魔女。
魔法少女化したニュゥべえたちが、少しずつ倒しているとは聞いたが、完全に居なくなるには時間がかかるそうだ。
完全に駆逐されるのにはどのくらいかかるのか。
それについて尋ねたこともあったが、ニュゥべえとしては「そこから先はボクたちの問題だから」と一貫して教えてはくれなかった。
そう……もう関係ないことだ。
少なくとも、僕の周囲に居る彼女たちには。
「ちょっと置いて行かないでよ!」
「……さやかはともかく、私まで置き去りにするなんてどういうつもりなの?」
うるさい人たちが居るなぁ。
思考に没頭することもできやしない。
「杏子さんはどう思ってる?」
「いいんじゃないかって思うよ。アイツもアタシも、少し前を向けるようになったって」
「なら、僕は応援するよ」
皆、皆変わっていく。
そこにあった感情と折り合いをつけて、未来に向けて進んでいく。
魔法と奇跡の世界も、やがては昔話になっていくのかもしれない。
時間と共に、輝く幻想は陳腐化していく。
それでいいと思う。
それがいいと思う。
僕たちは生きて行く。
そこに『魔法』も『奇跡』も必要ない。
あるのは……ただの『日常』だけだ。
おわり