節分イベで温泉に入っていたロムルスを見て浮かんだ一発ネタ。
ロムルスの入っている温泉にテルマエ・ロマエの主人公ルシウス・モデストゥスがタイムスリップ?してくる話です

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ローマである!


テルマエ・ロムルス

 ローマ帝国。それはパクス・ロマーナ(ローマの平和)とも称される繁栄を築き上げた偉大なる国。優れた統治機構と技術は現代から見ても感嘆すべき水準にあり、この偉大なる国が没落して多くの技術や知識が失われてしまった事は歴史上の大きな悲劇であると言う者は少なくない。

 そんなローマ帝国に置いて五賢帝の一人たるハドリアヌス帝の治世、ある一人の浴場技師が居た。名はルシウス・モデストゥス、革新的とも言える画期的な新浴場を次々と発表してローマ中を沸かせる、皇帝のお気に入り(・・・・・)とも称される男である。

 天才的と称す他のない画期的な浴場を次々と発表して、ローマ最高の浴場技師とすら讃えられているという一見人生の絶頂期に居るかのように思われる彼であったが、実は人知れず誰にも打ち明ける事の出来ない悩みを抱えていた……

 

 

「いやールシウスの奴は次はどんなすげぇ浴場を出してくるんだろうなぁ」

 

「滑り台にスタンプラリーだの、温泉街だのと本当にすげぇよなぁ。“天才”ってのは本当にあいつみたいな奴のためにある言葉なんだろうなぁ」

 

 道を歩きながら交わされる純粋な自身への賞賛の言葉。そんな言葉を聞きながら噂の張本人たるルシウスは……

 

(胃が、胃が痛い……!)

 

 まるでいたたまれないかのような罪悪感に襲われながら沈痛な表情を浮かべていた。

 

(私は、私は皆が思っているような人物ではないというのに!!)

 

 何故自身の賞賛に対して彼がこれ程までにいたたまれない表情を浮かべているのか?それは天才に有りがちな自身に課すハードルの高さや気難しさ、というわけではない。

 優れた職人に有りがちな頑固なところは確かに存在するものの、ルシウス・モデストゥスは基本的には好漢と言って良い人物である。

 友の為に不本意な仕事を受ける、祖国を愛しそれに貢献する事に喜びを感じる。そんな素朴で実直な男である。故に本来であれば自身の仕事を讃える声に対して喜びこそすれ嫌がるはずがなかったのである。

 しかし、彼にはそんな賞賛を素直に受け止める事の出来ないある秘密があった。それは……

 

(私の、私の得た着想等あの平たい顔族の模倣であって私が考えたわけではないのだ!なのに皆、ローマの民は皆私が考えたものと思ってしまっている!!!)

 

 彼の抱えるある秘密、それは彼が発表してきた浴場の多くはある民族が考えたものを模倣したものであるという事である。

 これは別に彼が実は卑劣漢というわけではない、本来であれば彼とて自分はこの民族から着想を得た!と公言したいという思いが存在した。しかし、彼にはそれが出来ない理由が存在した。

 それは彼は知る由もないことだが、彼の言う“平たい顔族”――それが未来の日本人だからである。新たな浴場を思案していると何故かルシウスは毎度のように浴場で溺れてしまい、そうして気づくと平たい顔族の画期的な技術や発想が使われた浴場で目覚めるのだ。

 だが、こんな話をしたところで信じられるはずもない、実際友であるマルクスに一度話した所夢でも見ていたんだろと一笑に付されたものだし、大真面目に言ってもそれこそルシウスの評判も相まって“天才”故の奇行と受け止められて終わるだろう。

 何より「ローマ人の中にもそなたのように革新的な発想をするものが居る事を嬉しく思うぞ」等と賞賛してくれたハドリアヌスの笑顔を思うと、ルシウスとしては「実は平たい顔族の浴場を模倣したものなのです」等とどうにも言い難く、ルシウスは言いようのない罪悪感を一人抱えるしかないのであった。

 

「おいルシウス、どうしたよそんな浮かない顔して」

 

 そんな沈痛な表情を浮かべて道を歩くルシウスを見つけた彼の親友たるマルクスは気遣わしげに声をかけてくる。

 

「ああ、マルクスか……いや、大したことではない。ただ、私は皆の賞賛に値するような男ではない、とただそう思っていただけさ」

 

「お前なぁ、アレだけすげぇ浴場を幾つも考えているやつがそんな事言っても嫌味にしか聞こえねぇぞ。一回だけならそりゃまぐれって事もありうるかもしれねぇけどよ、お前と来たらもう幾つもすげぇものを発表しているじゃねぇか。あの気難しい事で有名な皇帝も当代最高の浴場技師だとかお前の事を絶賛していたしよ」

 

 ルシウスの自嘲の言葉は謙遜としか取られない。彼を寵愛するハドリアヌスとしては“モデストゥス”という名の通り謙虚な男だ等と揶揄するような形で讃えて、彼のそんな天才にありがちな傲慢さと無縁な所がまたお気に入りでも有るのだが。だがルシウスからしてみれば自分のやっている事は模倣にすぎない、故傲慢になどなれるはずがないのだ。

 

「いや、しかしだな。アレで満足するわけには断じていかんのだよ」

 

 当然ながら現代日本の技術で作られた浴場をローマで完全に再現する事は出来ない。オリジナルを見たルシウスからすると自身の手がけたものなどデッドコピーにしか思えないのが実情であった。2000年近くも先の技術を曲がりなりにも再現できる点はローマの技術の高さを、もはや異世界と言っても過言でもないほどに離れた技術を自分の国で曲がりなりにも再現させられている事はルシウスの非凡さを示すものではあるのだが。

 

「お前ってば本当に自分に課すハードルが高いよなぁ。まあ天才ってのはそういうものかも知れないけどよ」

 

 そしてルシウスの自嘲の言葉は彼の実績から天才ゆえの目標意識の高さと周囲には捉えられる。自分達は十分に凄いと思っているのに、当人は満足していない。こういうところが天才の天才たる所以なんだなと、そういうわけである。

 

「まあアレだ、こういう時は風呂だ風呂!風呂に行ってさっぱりしようぜ!!!」

 

 内心忸怩たる想いを抱えながらもルシウスはそうして友人の気遣いに感謝しながら彼の愛する浴場へと赴くのであった……

 

 

・・・

 

 そうしてまたいつものように浴場にて溺れたルシウスは新鮮な空気を求めて水面へと浮上する。

 

 

(此処は……以前も見た事の有る平たい顔族の屋外に作られた浴場か)

 

 また平たい顔族の世界かともはや毎度の事となったこの現象にルシウスは内心の忸怩たる想いを抱えながらも少しでも祖国のために貴重な機会を逃すまいと多くの事を学び取ろうと、周囲にふと視線を彷徨わせ、ある偉丈夫の姿を見た瞬間に彼は全てを忘れ、呆然とする。

 

(ローマ)である」

 

 そこに居たのは"ローマ”であった。常人とは何もかもが違うとわかる圧倒的な存在感、黄金比と称する他のない天性の肉体、そして我が子に向けるような深い慈しみの心。 

 ルシウスの中に流れる血が、そして魂が全霊を挙げて叫ぶ。理屈など超越してこの方こそが紛れもない自らの仰ぐ至高の存在に他ならないのだと。

 

「あ、貴方様はまさか……まさか……」

 

 舌がもつれる。何かを言わなければならない、この方に無礼をするような事はローマ人として決してあってはならないことだと魂が叫んでいるのに、あまりの衝撃にルシウスの舌は彼の心を裏切り、上手く言葉を発する事ができない。

 

「落ちつくが良い、我が子よ。(ローマ)は逃げはせん」

 

 そしてそんなルシウスに対してローマたる男はどこまでも慈愛に溢れた言葉を発する。逸る心をなんとか抑えながらルシウスは何とか言葉を紡ぐ

 

「わ、私は浴場技師を勤めておりますルシウス・モデストゥスと申します」

 

「ほう、浴場(テルマエ)か。浴場(テルマエ)は良い。アレもまた実に良きローマだ」

 

「は、ははぁ。もったいなきお言葉にございます!」

 

 今すぐに友人であるマルクスにこの御方に褒められた事を自慢したくてしょうがない、そんな衝動と感動がルシウスの心を駆け巡る。あまりの喜びに彼の頬を熱い涙がそっと伝わりだす。

 

「我が子よ、お前が名乗ったからには私もまた改めて名乗ろう。すなわち(ローマ)であると」

 

 そうして感動へと打ち震える愛子に彼はそっと深い慈愛を讃えた瞳を向けて

 

「してルシウスよ。そなた何か悩みを抱えているのであろう、言ってみるが良い。ローマは全てを受け入れる」

 

「は、ははぁ……このような些事でその御心を煩わせる事甚だ恐縮なのですが……」

 

 そうしてルシウスは語りだす。自分が発表した物は全て平たい顔族の模倣にすぎない事を。にも関わらずそれを打ち明ける事もできず、周囲には自分が考えたものだと思われている事を。天才などと分不相応な賞賛が重い事を。それらを聞き終えたロムルスは……

 

「よい。お前の全てを赦す」

 

 深い慈愛を持って静かにそう告げていた。

 

「しかし、私のしている事はただの模倣に過ぎず……」

 

「わが子よ。ローマこそ世界であり、世界こそローマである。故にお前の行いもまたローマである」

 

「……!!!」

 

 そのどこまでも大きな言葉は何よりもルシウスの心に突き刺さる。そう、ローマとはそも他民族の優れたところを学び、模倣して今日を築いた国。そしてローマが世界である以上、平たい顔族達もまた等しくローマの民なのだ。だからこそ、平たい顔族の技術を学び、それを形にしたルシウスの行いもまた彼にとっては愛する“ローマ”なのだと、そう目の前の神祖は自分に告げてくれたのだ。

 心のなかに溜まっていた汚泥が吹き飛んでいく、何時しか自分に重くのしかかるようになっていた何か斬新な事をし続けなければならないという“天才”という名の重さ。それらが消えて、ルシウスの胸に去来するのは確固たる“誇り”。この偉大なる神祖が築き上げた世界(ローマ)の一員として恥じぬよう在り続けようという心である。そう彼が思った瞬間に目の前の神祖の姿が消えていく、まだまだ語り足りぬ事がある、礼を告げねばならないと焦るルシウスに神祖はどこまでも優しく微笑んで

 

「さらばだルシウス、我が愛し子よ。ローマとは浪漫である。その生を最大限に謳歌せよ、それこそが(ローマ)(お前)に望む事である」

 

 その人生に光と祝福あれと、そう告げるのであった。

 

 

・・・

 

「それでよルシウス、何か憑き物が落ちたみたいな顔しているがまたなんかすげぇ事思いついたのか」

 

 溺れていた友人を拾い上げたマルクスはそう何時もの如くまた神がかったようなアイディアを目の前の友人が思いついたのかと期待するが……

 

「いや、マルクス。今回はそういった事はなかった。だが、何よりも大切な事を教えて頂いた」

 

「教えて貰ったって誰に何をだよ?」

 

 訝しがるマルクスにルシウスは久しく浮かべていなかった、とても爽やかな心からの笑顔を浮かべて

 

「ローマは永遠なのだ」

 

 人類史に刻まれるわけでは決してない、ささやかな出会いとささやかな思い。それらを全て受け入れて、ローマは今日も育ちゆく……

 




俺が、俺達がローマだ!


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