鋼の錬金術師 錬金術師も神に縋る   作:章介

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第十五話 北と問答

 

 

 

 

 

Side エドワード

 

 

 

 

「あ~~~ッ!沁みる~~~~ッ!!」

 

 

『凍傷になってなくて良かったね、兄さん』

 

 

 

 ―――畜生、足跡を残さないよう司令部に寄らなかったのが裏目に出た。ここが本物の最前線だって忘れてた。改めて考えると、俺たち二人って本当に知識が偏ってるよなぁ。全部終わってウィルを10発ほどぶん殴ったら、その後で一般教養教えてもらおう・・・。

 

 

 

「それにしても、施設の中は驚くほどあったかいよな。外とは大違いだ」

 

 

『あれ、そうなの?その割には中の人たち厚着してるけど』

 

 

「ああ、これね。エンフィールド技術大佐がフィールドワークとか言って着けてった機械のお陰なのよ。たしかエアコンとか何とか。ただ、少将が『こんなもの無くても生きていけるッ!電気を喰うし魂に余計な脂肪が付くわッ!!』って抜き打ちで節電するから上着が脱げないんだけどね」

 

 

 

 ・・・ああ、会ったばっかだけどすごく想像できるわ。みんなが助かる物なら喜んで使うけど、楽になる物は嫌がりそう。

 

 

 

「そういうこと。ここはドラクマに対する最前基地にして最後の砦。ここを抜ける力があるなら北方司令部なんて紙屑ほどの遮りにもならない、そういう覚悟を持てってね。・・・・でも一度楽を覚えたら捨てられないのが人情でねぇ。少将もそれは分かってるから撤去だけはしないのよ」

 

 

 

 ふーん、やっぱり場所が変われば考えの優先順位も変わるんだよな。これから散々陰謀に関わるんだから、此処の人たちのシビアな考えは参考になりそうだな。

 

 

 

 ・・・やべぇ、最近セントラルでキナ臭いこととばっかり関わってたのに甘ちゃん呼ばわりされてる俺らで、あの少将に交渉できる自信がねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あの後直に顔を合わせたけど、滅茶苦茶手強い、つか怖えぇッ!!まるで師匠に睨まれたときみたいに体が縮みそうだった。しかも外が吹雪いてきたせいで全員砦に籠ってるから、人の目が有り過ぎてヤバい話が出来ねぇ。まあ、事前に大佐と話す内容を練っておいたお陰で多分こちらの意図は伝わったと思うけど。

 

 

 

 しっかし、本当にウィルのこと嫌いなのな。アームストロング少将。『エメス』に行けば良いだろって言われて、“傷の男”の件であいつ錬丹術には明るくないと思うって言ったら滅茶苦茶やる気出してたし。

 

 

 技術は幾らあっても良いとか言ってたし、相性は悪くないと思うんだけどなぁ。そこら辺なんでかわかる?マイルズ少佐。

 

 

 

「ふむ、私はイシュヴァールの件があるからどうしても良い印象を持てないが、少将についてか。色々あった様だが、大きな要因は二つらしい。一つは錬金術を前提にした、というより錬金術でしか出せない成果を主としたところだ。内乱で軍事力として地位を確立したというのに、建築・科学・工学・果ては医学にまで手を伸ばした。それも圧倒的に、確かにアメストリスは錬金術大国ではあるが、このままでは錬金術師に依存し無様な特権階級が生まれるのではと危惧しておいでだった」

 

 

 ・・・今中央で起きてることを考えれば強ち杞憂とは呼べないよな。第五研究所やイシュヴァールの件とかみれば、上層部はまるで自分たちは人の命なんて思うままに出来る神か何かとでも考えてる節があるし。賢者の石だのホムンクルスだの、誰でも学べるにしては危なすぎる学問だよな。

 

 

 

「そしてもう一つなんだが・・・、どうにも技術大佐の表情が気に入らんらしい。人を救う時と殺す時に全く違いが無いのだとか。うーむ、何と言えば良いのか、『自分の立場故に感情を押し隠す人間は幾らでもいる。だが、奴は極めて自然体だ。つまり人の死も救済にも一切影響されない。もし奴の中で優先順位が変わればあっさり自身の立ち位置を変えるだろう』と仰っていた」

 

 

 

 ・・・優先順位、か。俺とアルが、ウィルをどうしても完全に敵視できない理由が其れだ。あれだけ目に入れても痛くないって位愛情を注いでくれたあいつが俺たちを、特に妹として愛しているウィンリィを危ない目に遭わせるのかってことだ。何せ学生の頃命を投げ捨てる覚悟で助けに行った位だ、あいつのロックベルに掛ける思いは並大抵じゃない。

 

 

 

 だがこのままいけば国土錬成陣によってアメストリス国民は一人残らず賢者の石にされる。にも拘らず反抗するどころか助勢している有様だ。何を考えて―――『ズズンッ!!』

 

 

 

『うわあッ!?』

 

 

「何だッ!!?」

 

 

 

 ―――あれは・・・まさかホムンクルス!?

 

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お初にお目にかかります鋼の錬金術師殿。わたくしはラビ・レーヴ中尉と申します、セントラルより紅蓮の錬金術師殿の補佐、並びに専属技師で在らせられるウィンリィ・ロックベル殿の身辺警護を仰せつかっております、どうぞよろしく」

 

 

 

 騒動がひと段落し、トンネルの中で本格的な情報共有が終わったエドたちは中央から来た一団と引き合わされていた。その中に大事な幼馴染が居たことに動揺した兄弟であったが、何とか気を落ち着かせていた。

 

 

 

「・・・しかし、北というのは本当に物騒なのですね。渇き切った老人の刺身をセメント漬けなんて今時無頼でもやりませんよ?」

 

 

 

 その一言に、周囲でそれとなく観察していたブリッグズの面々の空気が変わる(ちなみにウィンリィはさっさと技術部門のところへ飛んで行った)。レイブン中将の件はつい先ほど起きたばかりで、その間この女は一歩も動かずウィンリィと入り口付近で待っていた。行方不明に関してはキンブリーに伝えているので知らされているだろうが、何故そこまで具体的に知っているのか周囲は不気味に感じていた。

 

 

「―――なあ、それ中央に報告すんの?」

 

 

 

「セントラルへの直接の報告権限はキンブリー殿に一任されていおりますので、わたくしからは特に。それにわが主はレイブン中将が派遣された時点でこうなることを予見されてましたから今更報告するまでもありません」

 

 

 『主』、というキーワードに兄弟は嫌な予感を感じた。目の前の女性はホムンクルスの肝煎りである『エメス』に長く務めている。ならば最近復帰したばかりのキンブリーより実際の発言力は高く、連中へ直接連絡する手段を擁しているのでは、と。しかし――

 

 

 

「――勘違いしないで頂きたいのですが、目晦ましに掻き集めた連中はともかく、我々が『主』として仕えているのは、ウィリアム・エンフィールド局長閣下唯一人です。・・・何を不思議そうな顔をしているのです?貴方方は中央と反目しておいででしょう?外に漏れる心配が無いのに発言を慎む必要はありませんから」

 

 

 

 かなり大胆な発言に目を丸くする。しかし彼女の言うとおり、現状中央の狐狸妖怪と『エメス』の変態技術を同時に敵に回すことは出来ず、敵同士を噛ませ合う謀略を仕掛けるのも、それぞれ単独でも危険すぎてリスクが高い。

 

 

 

 一枚岩でない事実に少しは気休めになるが、結局彼らの目論見通り動かされている現状が歯痒いばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――なるほど、ブリッグズも相変わらずのようですね。となると、想定通り北壁の外から血の紋の材料を調達することになりそうですね。それらの作業はこれから送られてくる増援に任せてください。『仕込み』についてはどさくさに紛れて何とかお願いします』

 

 

「了解。キンブリーがこれから“傷の男”の捜索に出ますのでそこで手を打ちます。それと、妹御については如何致しましょうか?」

 

 

『ブリッグズのモラルは相当高いので、中央の老害どもだけ注意しておけば問題ないでしょう。天候からかなりの期間缶詰めになるでしょうから、命さえ無事なら問題ないだろうとか言い出しかねませんし』

 

 

「・・・では、此方から彼女の離脱・帰還についてのエスコートは必要ない、と?」

 

 

『―――念のために『ヴリーヒトイヒ』に追跡を命じてください。彼らも事情を良く知るエドたちのアキレス腱ですから、それなりの護衛を付けてくるでしょうが保険として一応』

 

 

「ではそのように。・・・いよいよ、ですね」

 

 

『ええ、ここからは急転直下で状況が動くでしょう。事が済んだら迅速に帰還してください』

 

 

 

「仰せのままに」(ピッ!)

 

 

 

「―――レーヴ中尉、此処でしたか。出発前だというのに、一人でこの寒空で何を?」

 

 

「申し訳ありません、燃料の匂いに参ってしまって風に当たっていました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所:中央司令部

 

 

 

 

Side マスタング

 

 

 

 

 

「これはこれはお久しぶりです、少将。おやその剣、てっきり捨てたと思いましたが、まだ愛用頂いているようで何よりです」

 

 

「ふん、どこぞの手癖の悪い奴に弄られたときは溶鉱炉に投げかけたが、節操のない殺人鬼のように何でも切るからな。危なくて軽々しく捨てることも出来ん。貴様こそ、何時もの布教活動はどうした?」

 

 

「いやいや、物騒なこと言わないでくださいよ。我々が世に出す技術のペースが速すぎるとしても、だからこそ救われた人たちが確実にいるのですから。彼らが対価以上の信仰を持ったとして、それは彼らが選択したことですから」

 

 

 

 ―――方や睨み殺さんとばかりの表情を向け、もう片方はただ口の端と目尻を歪めているだけというのが傍からでも分かる。ここまで仲が悪いとは思わなんだ。そしてそんな状況に居合わせた我が身の不運が憎い。

 

 

 

「それで、錬金術に頼る風潮が一層強くなったことはどう考えるのだ?錬金術師に縋る非錬金術師という構図を常態化させる気か」

 

 

「それは聊か飛躍し過ぎでは?」

 

 

「・・・貴様らが軍事と、百歩譲って医学以外に手を出さなければ私もそう思った。今は『エメス』以外がまだ貴様らに子供のように学んでいる最中だから表面化しておらんが、彼らが芽吹けば二次産業と四次産業は完全に錬金術に染まるだろうよ。貴様ほどでないにせよ、手を合わせるだけで何もかもが解決するのだ、それが特権階級化に繋がらんと言えるのか」

 

 

 

 ・・・・ふむ、確かに鋼のが“傷の男”をおびき寄せるまで、物品から建物まで瞬く間に修復していたな。あいつが特別だから周りも称賛するだけで終わったが、もし錬金術師の殆どが出来るようになれば、人間の労働力としての価値は激減し搾取の対象となるかもしれない。特権階級化もそれほど突拍子もないことではないかもしれん。

 

 

 

 

「―――なるほど、確かに閣下の憂慮されることは至極もっともです。それでは逆に問いましょう。この命題は我々『エメス』がなくとも、いつかは人類がぶち当たります。それが早いか遅いかの違いしかなく、そしてそれらを憂慮すべきは我ら技術屋ではなく、運用する君主ではありませんか?生み出す者の責任など所詮責任転嫁。散々より良いものをせっつき使役しておきながら、間違いは使用者ではなく生産者の責任とは」

 

 

 普段の技術大佐からは想像も出来んようなプレッシャーを感じる。それに温厚な事なかれ主義とは思えん挑発的な発言に此方を品定めしているような目線も気にかかる。何を考えている?

 

 

 

「むしろ我々に感謝の一つでも戴きたいところですね。この問題は君主制のような、独裁者の号令が全てに優先する現在だからこそ解決しうるもの。もしこれが時代が進み、民主制などが主流となれば泥沼化してしまいますから」

 

 

「ほう、意外だな。貴族でもない君から否定的な意見が出るとは。現行のアメストリス政府は主義主張については寛容だったはずだが」

 

 

「ああ、別に立場故の発言でも、民主制を卑下しているわけでもありません。単純に制度の性格の問題なのですよ、マスタング大佐。君主というのは様々な方向から制約を受け、国家運営のために己を律することが課せられます。ところが民主制の主権者は違います。彼らは最大公約数の幸福を求めることを至上命題としているため、目の前にあるデメリットのない安楽に対する規制にはとても脆弱です。しかも選挙ではそういう方々に配慮した物腰が必要となるため、例えば錬金術に歯止めをかける、なんてマニュフェストがはたして勝てるかどうか。独裁政治であれば、君主に意見が確立されていれば鶴の一声で政策が決められますし、それが恒常化すれば当たり前という概念に変わります」

 

 

 

 さて、あなたはどうしますか、とでも言いたげに、今度は少将でなく私に視線を向けてくる。この男は中尉達とかなり親しいのだったな。もしや色々聞いていたのかもしれん。なるほど、現政府は国土錬成陣発動までしかこの国を運営するつもりが無いから、錬金術に首輪をつけたいなら私がやれ、そういうことか。

 

 

 

「・・・ふん、やはり私は貴様が嫌いだ。いや、より嫌いになった。先を見据え、変える力も持ちながら傍観者でいられる在り方が特にな。己の戦いから逃げた弟と良い勝負だ」

 

 

 

 それきりアームストロング少将は去って行った。・・・いろいろ考えさせられる話だったが、ひとまず昼食がてら、昨夜から様子のおかしい中尉のところへ行ってみるか。

 

 

 

 




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