ラジオ・キャピタルへと大総統夫人を送ったマスタング隊は、ほぼ全員を残して嘗てラストと戦った研究所地下へと移動していた。大佐の後ろを守るのは二人、リザ・ホークアイ中尉とジャン・ハボック少尉だ。
「ハボック少尉、本当に大丈夫なの?リハビリは相当かかるって聞いたけど」
「今んところ問題ないっすね。この腰の機械が脊髄の代わりをしてくれるらしいんで、それから全身タイツみたいなスーツにも色々機能が付いてるみたいですね。相当速く走れますし、岩や瓦礫も軽く持ち上げられるのには驚きましたが」
―――その言葉に誰が作った物か容易に想像がついた。間違いなくあの男の仕業だと。
「・・・あの時のトラックと言い、間違いなく技術大佐が絡んでるわよね。私達が異動させられてからほとんど会えなかったけど、一体何があったの?」
「丁度半年前ですね、中尉達が飛ばされたときに俺にも異動の辞令が来たんすよ」
「異動?休職扱いになるんじゃなかったのか」
「その予定だったんすけど、急遽取り下げられて『エメス』に出向扱いになったんですよ。することは病院と変わらずに、それでいて給料も出るからって家族に通達があって。大佐からは何の連絡もなかったんで人質扱いか見せしめかとビクビクしてましたよ。ところが蓋を開けてみたら手厚いリハビリに今日のための兵器の横流し、おまけで身動きできない俺のためにこのトンデモスーツもポンッと支給してくれるしで、何が何やらでしたよ」
「・・・どう思います、大佐」
「ふむ、以前ハボックを治してくれたこと、それに鋼のが言う幼馴染とやらのことを考えても、あの男もアメストリス人が皆殺しにされても構わないという訳ではないだろう」
「それなのにホムンクルス達に与している。たしか連中にしかできないことで利害が一致しているとか」
「つまり『約束の日』は強大な賢者の石を作ることが目的ではないという事だ。石は前提でしかない。その先にある物をエンフィールドは欲している。我々に助け舟を出しているのは、計画が実行された後を見据えて、か。奴には計画が成就してもひっくり返す算段が付いている訳だ」
「でもそれなら共闘は・・・無理っすよね」
「後で助けるから一旦石にされてくれとは言えんだろう。アームストロング少将は特にそういうのは嫌うだろうからな。それに『―――ッ!』―――この騒ぎは・・先を急ぐぞッ!」
「「了解ッ!!」」
場所:中央司令部 回廊
「アレックス、五秒後に三発、シグ殿はそれに合わせて奴の翅へ投擲ッ!」
「アイ、マム!!」
「あいよッ!」
――――イズミ・カーティス他3名(中央兵には荷が勝ちすぎるので撤退して貰った)とラビ・レーヴの戦いは砲撃戦と見紛うほどの様相であり、回廊は既に原形をとどめていない。これは、レーヴ中尉のこれ見よがしに翅から放出される鱗粉を警戒せざるを得ず、遠距離戦を強いられているからである。
しかも敵はこの手の戦いに手馴れているのか、茨を巧みに操り錬成された無数の砲弾や鉄塊を捌いている。しかも時折裂けた切り口から樹液が漏れ飛んでくるため回避にも気を配らなければならない。液が付着した石像が音を立てて溶け落ちたのだから気が気でない。
一方、レーヴ中尉も攻めあぐねていた。前衛を任されているのは手練れ中の手練れであり、しかも野生というべきか、冴えわたる勘と百戦錬磨の経験が生半可な攻撃など掠らせてもくれない。
それに加えて、ブリッグズを支え続けてきた指揮官による的確な支援砲撃が最も意識が薄くなった部位を常に抉り続けるため、攻めにも守りにも集中することが出来ないでいた。
アームストロング少佐も錬金術師としての格こそイズミに劣るが、砲撃による火力に限ってみれば決して劣るわけではない。しかも殴りつけるついでに錬成した砲弾をシグが力任せに投擲してくるものだから、実質戦車二台に支援砲火を喰らっているようなものだ。
戦力差で見ればカーティス側に十分勝機がある。しかしそれでも拮抗しているのはお互いの思惑が噛み合っていたためである。イズミたちにとってレーヴ中尉は相討ち覚悟で打倒すべき敵ではなく、本命はあくまでホムンクルスの親玉である。毒らしき鱗粉や溶解液など、あからさまに犠牲を強要してくる様な敵など相手にしていられない。
対して、レーヴ中尉の目的はあくまで同胞が賢者の石を回収するまでの時間稼ぎなので積極性は皆無であり、攻撃もあくまで相手の攻め手を潰すためのものである。そもそもイズミは『人柱』なので全力で攻撃しては本末転倒も良いところだ。
―――しかし唐突に均衡は崩れる。突如盤石の構えを見せていたレーヴ中尉の茨が砂状に崩れていき、翅は花弁のように剥がれ落ちていった。全てが消えた後には倒れ伏すレーヴ中尉のみが残り、ピクリとも動く気配がない。
「・・・流石にブリッグズの北壁と鋼の錬金術師の師匠を同時に相手取るのは無謀だったかしら。まさか10分でストックが切れるなんて思いもしませんでした。」
「・・そうか、あれだけ茨を無尽蔵に錬成して何処から賄っていたのかと思ったが、賢者の石が貴様の動力なのだな」
「そういう事です。普段は生命維持にのみ使用されていますが、私如きの腕で貴方達クラスを留めるのは不可能でしたから、多少無理をさせてもらいました」
「あれが多少だって!?自分の何もかもを燃料にして、生きてるのがやっとの有様じゃないかッ!自分の命を何だと思ってるッ!!」
アームストロング少将達がただ冷徹にレーヴ中尉を見据える中、イズミだけは感情を爆発させていた。唯の敵であれば彼女も一顧だにしなかっただろう。しかしレーヴ中尉の出自を知ってしまった彼女は、どれだけ甘いと言われようと感情移入を止められなかった。しかしレーヴ中尉は倒れたまま自嘲するだけだった。
「親に望まれず、消費されるどころか生まれたことすらなかったことにされた命。そんな世界でただ一人、我々の命を欲してくれた人がいた。元々あの方から頂いた命、あの方の糧に成れるなら本望です。それに―――最低限の務めは果たせました」
―――直後、司令部全体が揺れ、イズミの足元に巨大な目玉のような『何か』と手を模した黒い触手の様なものが出現した。
「ああ・・・ようやく閣下の望みが叶う日がやってきた。それをこの目で見届けられないのが・・・・・残念です・・」
場所 正門前
正門前の戦いも苛烈さを増していた。グリードとウィリアム、さらに駆けつけたフーも交えての三対一の戦いを強いられているキング・ブラッドレイであったが、未だにその体に僅かな掠り傷さえつけられてはいなかった。しかしそれは三人も同じであった。
均衡している鍵はやはりウィリアムにあった。彼が今回初めて戦場に投入した大型リボルバーは、唯でさえ60口径という頭の可笑しいサイズであるうえ、『エメス』の技術の粋をつぎ込んでとにかく風圧や衝撃力の強化に特化させてある。どのくらいの威力かというと弾に当たらずとも、横を通り過ぎられるだけで肉を引きちぎられてしまう、と言えば分って貰えるだろうか。
戦車の主砲すら切り捨てることが出来る大総統にとって大した脅威にならないように思えるが、主砲から見れば遥かに小さい弾丸で僅かに劣る程度の衝撃が加わるため、安易に切り捨てようとすれば『父上』手製の剣であっても折れる危険性がある。紙一重でかわすことも出来ず、またフー達を射線に置いてもいざとなれば平気で撃ちこみかねない為、普段より格段に攻め手を抑えた立ち回りを行っていた。
「むう、これでは埒が開かン。どうするのだ、グリード」
「いや、そろそろ行けそうだッ!何とか動きを合わせてくれよじいさんッ!!」
勝負に出るのか、今までと違い露骨に誘導する様に圧力を掛けてくるグリード達に対し、あえてブラッドレイは誘いに乗ることにした。眼前の二人を抜いてウィリアムに切り込むことが困難である以上、敵の策を上回った瞬間に均衡を崩すしかない。そして何より、この身を滅ぼせるという作戦がどれ程の物か、無意識のうちに喜悦に顔が歪んでいた。
「―――ッ!離れろじいさんッ!!」
「ッ!?これは・・父上が言っていた遠隔操作の・・・!」
ただ撃ち殺す為と思っていた弾丸の痕が線を結び、幾重にも重なった複数の錬成陣となる。相変わらず面制圧型の錬金術が使えないウィリアムであったが、メイの錬成陣から錬丹術の一部を盗み取ることに成功し、弾痕を用いた遠隔錬成、そして複数の錬成陣の同時運用によって、疑似的な広範囲錬成を可能とした。
無数の杭がまるで麦畑の様に大量に生え始めるが、フーが身を引くための一瞬のタイムラグが隙となってしまう。接近していたグリードを柔術の要領で巧みに崩し、その背をジャンプ台に見立て信じられない高さへと跳躍する。追い縋る様に杭が伸びあがるが、あと数センチのところで停止してしまう。眼前の杭を足場に降りたち、凄まじい速さで地上へと掛けていく。狙いは杭が死角となり確実に対応が遅れることになるフー。しかし、半ばまで降りた途端、突然浮遊感が襲い、足場が砕け散ってしまう。
これこそが彼らの必殺の策である。たとえフーがいなくとも、桁外れの目と反射神経を持つブラッドレイに対してどれだけ不意を衝いても紙一重で回避されるであろう。ならば、回避の仕様が無い場所へ誘い込めば良い。杭はあくまで退路を空へ限定するための囮、本命は全ての杭を爆破し前後左右から降らせる黒曜石の雨だ。
実はこの杭、最初から避けられることを前提に、内部に爆薬を積んだ非常にもろく不完全な構造で錬成していた。そして黒曜石は割れると非常に鋭い断面になるため、爆風に乗れば即席の鏃となる。しかもブラッドレイはその鏃の雨の中心にいる。
―――しかし、ここで幸運の女神はホムンクルスへと味方した。たまたま傍の杭に引っかかっていたブリッグズ兵の死体を引き寄せ、厚手のコートを右方の傘代わりに、死体を踏みにじり足元を確保し、ナイフを引き抜き刀との二刀流をもって残る左方と上からの雨を完全に捌き切ってしまったのだ。
仕留めるまではいかずとも確実に手傷を負わせられる―――事実死体が傍になければそうなっていたのだが―――予想が覆され、全員が硬直した一瞬を逃さずブラッドレイは疾走する。
グリードは爆破に巻き込まれ直ぐには動けない、フーも避難したために距離が遠い。今この瞬間、ウィリアムとの間に一切の障害は存在していない。既に銃口はブラッドレイへと定まっていたが引き金を引くより一瞬早く黒曜石の破片を投げ込まれ使い物にならなくなってしまう。左手のロングバレルを向けるより前に刃が首へと伸びていき―――その間に右腕を割り込ませ、刃を受け止めた。
「―――ほう、自慢の早撃ちとイシュヴァールの死地を切り抜けた秘密はこれか」
「・・・・グリードから自分よりは柔いと聞いてはいましたが、ギリギリでしたね」
―――時はイシュヴァール行きを志願した日まで遡る。どれだけ気概があり、自作の武装で固めても、経験まではどうにもならない。危機に陥れば硬直してしまうし、人を撃つにもいちいち躊躇してしまう。歴戦のイシュヴァラ僧に殺気をぶつけられれば逃げることもままならないだろう。
そう思った彼が自身の生存率を引き上げるため決意したのが右腕を造り替えることだった。機械義手はリハビリに年単位の時間が必要であり、出立まで一週間しかない為不可能。それなら元から存在する腕と神経を利用してしまえば良い。普通考えても実行等しないが、他に優先すべきことがあるからと躊躇しないのがウィリアムという男である。
まず神経以外から水分を吹き飛ばし、強度と神経との共存を両立している歯の構造を参考にしたものへと変質再構成する。そして機械鎧の疑似神経構造を利用しよりデジタライズされた回路へ造り替え、虫の神経節を模した小型脳を内包し炭素繊維でカバーを掛けて完成。反射より早く銃を抜き、どれだけ心身が乱れていようと正確に目的を実行し、おまけに下手な防具より頑丈な腕の出来上がりだ。
「―――私の剣戟について来られるとは大した絡繰細工だ。だが、貴様自身は目で追うことすら出来ておらんッ!」
あれだけ白兵戦は苦手と言っておきながら自身の剣を捌いたことに呆れながらも、腕だけが追い縋っていることを早々に見抜いたブラッドレイは、まるで東洋の武術にある長椅子くぐりの要領で背後を取ってしまう。咄嗟に体をねじるが躱し切れず、左腕が切り飛ばされてしまう。
「・・・私より遥かに若いのに、良くもこれだけ練り上げたものだ。だが、これで終わりだッ!!」
「――――させるカッ!!」
そのまま無防備を晒す左脇から心臓目掛けて突きを放つが、間一髪頭上から割り込んできたフーが、文字通り我が身を盾にして受け止めた。怪しい男なのは重々承知であるが、もしこの男が倒れれば最早息の上がった老いぼれでは若を守りきれない。それに、これなら確実に抑え込める――!
「この機会を逃すな、儂ごと殺れッ!」
「ぬ・・・ッ!!?」
猛烈な悪寒を感じ剣を手放そうとするがフーが両腕で握りこんでいるため叶わない。蹴り剥そうとする前に柄からハリセンボンの様に無数の針が錬成され諸共に縫い止められてしまう。
忠臣が命を捨てて創った好機を掴むべく、猛追してくるリン・ヤオ。何とか拘束を振りほどこうとナイフを左手に構えるが、今度は裾から違和感を感じる。目線を向けると、切り落とした筈のウィリアムの左腕が足に纏わりつき、今まさに錬金術を発動しようとしていた。咄嗟に足を蹴り上げ振り払うが、僅かに『分解』の錬金術が作用し足の筋と筋肉を少し切断されてしまう。
最早回避が間に合わず退路が絶たれたブラッドレイであったが、掌底を当てて自ら剣を半ばで圧し折り拘束に隙を作る。そのまま剣を振り下ろしフーの両腕を振り払い、リンの渾身の一撃に合わせようとする。が、僅かに腕を逸らすだけに終わり、咄嗟に身をよじったものの右目を引き裂かれ、続くウィリアムからの射撃が腹部を貫いた。
そのまま感情に任せて追撃を行おうとしたリンであったが、突如空へと昇る凄まじい雷と振動に意識を逸らしてしまう。その隙を突かれてブラッドレイに背負い投げを喰らい、一緒に堀へと落下しかける。そのまま引きずり降ろされそうになるが、駆け付けたランファンとブリッグズ兵の加勢もあり何とか正門へと帰還する。
「フー!!しっかりしろッ!誰か医者を、錬金術が使える医者を―――」
「落ち着いて下さい、貴方が引き上げられるまでの間に出来る限りの処置はしておきました。失血は酷かったですが命に―――」
「助かるんだナッ!?ありがとウ、大切な臣下を失わずに済んダ。本当に良かっタ・・・」
思わず腰が抜けたのかフーの傍で座り込むリン。しかし現状は予断を許さない。大総統はおらずとも中央兵は止まることなく進軍しているのだ。
「・・・うーん、蹴り飛ばされた拍子に堀へ落ちたかな。左腕は諦めますか。リン・ヤオ、もしくはグリードどちらでも構いません。一つ頼みたいことがあるんですが」
「何でも言ってくレ。あなたはフーの恩人ダ、出来ることは何でもすルッ!」
「先程の雷を見たでしょう、あれが起動したということはいよいよ大詰めです。下には僕も向かいますが、此処にいる彼らには後で頑張って貰わないといけません。・・・頼めますか?」
「・・・・グリード」
『別にかまわないぜ、こっちは身一つだし予定まで少し余裕がある』
後を請け負ったリンに任せて再び門の中へと足を進めるウィリアムに、それまで静観していたバッカニア大尉が呼び止める。
「ウィリアム・エンフィールドッ!あんたを問い詰めてる時間がないことは分かってる。だが一つだけ聞かせてくれ!奴らに付いていると思えば我々に加勢したり、あんたの目的は一体どこにあるんだッ!?」
「・・・・・彼らが宿願に手を掛けることに関しては僕の願望にも沿うものです。しかし、彼らが望みを叶えた後も同じとは限らないという事です。それに、僕は一度ととして誰かに敵味方の線引きをしたことも、それを公言したこともありませんよ?」
その言葉を最後に、ウィリアムは扉の向こうへと姿を消した。
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