―――エドワード達の怒涛の反撃、さらにマスタングが放った特大の爆炎が決め手となり、焔により賢者の石を消費させられ続けることを嫌ったのか『フラスコの中の小人』は溶鉱炉の中身を足場へと変え地上へと向かった。
「さて、ここで石を創り直されては元の木阿弥です。我々も―――」
「―――その前にちょーっと訊かせてもらっていいかな?」
先んじて追っていったホーエンハイムに続くよう促そうとしたウィリアムであったが、横からイズミが胸倉を掴み制止する。事態についていけず止めようとするエルリック兄弟であったが、今までの怒りが可愛く見えるほどの殺気に近寄れないでいた。
「私と少将さんの所へ嗾けてきた女軍人さんのことについてよ。身に覚えがないなんて言わないわよね」
「もちろん、6年近く連れ添った副官ですから。今も私の所へ戻らないので察していましたが、彼女は殉死しましたか」
「――――ッ!ええ、そうよ。産み落としてくれた人の為なら命さえ惜しくないって言って自分の命を燃やし尽くしてねッ!!」
「・・・・・そうですか」
平然と彼女の死を口にする姿に、会って間もない自分ですら目に焼き付いたあの散り際を叩き付けても眉一つ動かさない姿に激昂し、そのすまし顔に拳を叩き込もうとしたが続く一言に気勢を削がれてしまう。
「―――悲しいと思えても悲しんであげられないから、必ず帰ってきなさいと言いつけておいたんですがね・・・」
「・・・そう、あんたも『扉』を開けたんだね。知ったような口きいて悪かったわね」
『え・・えっと、ほら!父さん一人に戦わせるわけにもいかないから、早く上に―――』
先程までの怒気も収まり、バツが悪そうに手を離した師匠と、気にした風でもないウィリアムに心底安堵したアルフォンスが空気を変えようと一歩前に出た瞬間―――ウィリアムの腹部右側を、すっかり見慣れてしまった『影』が貫いていた。
「・・・ちぃ、あれだけ狙いを付けたというのに心臓を外しましたか。やはりこの体はもう限界ですね」
「な―――セリム、てめえッ!?」
一気に頭が沸騰して殴りかかるエドワードだったが、むしろそれを狙っていたように僅かな『影』を最大限投入してエドワードを拘束しようとする。アルは兄の加勢を、イズミはウィリアムの手当て及び避難を優先しようとしたが、当の本人達に先に行くよう促される。
「先に行ってくれ!コイツ俺に用があるらしい」
「ぐ、ふぅッ!こ・・この程度の負傷は問題ありません。石もありますから手当は無用です。治したらすぐにエドと片を付けますから、カーティスさんたちは早く上にッ!!」
「・・・・わかった。行くよアルッ!エドも負けるんじゃないよッ!!」
『ウィルも、絶対死んじゃ駄目だからね!』
他の全員を先に向かわせたエドワード達、プライドは先程の一撃で力を使い果たしたのか、最早『影』を刃物化させることさえ出来ず、唯エドワードを拘束するので精一杯といった有様だった。
「どきなさい、エドワード・エルリック!君の後ろにいる人間だけは此処で始末しておかなくてはならないのです」
「ふざけんじゃねえよ、セリム。ウィルの大馬鹿野郎にはとっくの昔に先約が大勢いるんだよ!俺達でのべ300発殴り飛ばすまで死なれちゃ困るんだ」
「・・・そうですか。なら丁度良い、私が代わりにやっておいてあげますよ!!」
「ッ!?何を―――うがあああああぁあッ!!!?」
刻一刻と崩壊していく容れ物、そして早くしないと奥で倒れている男がまた動き出してしまう。そんな焦りからホムンクルス・プライドは一世一代の博打に出た。祖を同じくするエドワードの傷口から自身の本体を流し込み、人型ホムンクルスの術を応用してエドワードを乗っ取ろうとしたのだ。
「父上と同じくホーエンハイムから生まれた我らが血族よッ!その器を私に―――ッ!?・・・え?ぬ・・あ・・・・な、なにが・・・?」
窮地に追い詰められたが故に、普段とはかけ離れた手段に打って出たプライドだったが、決して不可能な方法ではないはずだった。・・・・ある男の魂を取り込んでさえいなければ、だが。
『いただけません・・・実にいただけませんねぇ・・ホムンクルス・プライド』
「まさか、ゾルフ・J・キンブリー!?ばかな、どうやって自我を保って・・・いやそれより、何故邪魔をするのですッ!?」
「・・・・!」
『・・・ええ、貴方があのまま己の『誇り』とやらに最後まで準じていれば何もしなかったのですがね。生き意地汚く、自らの危機を回避するためなら下等生物と見下した存在との同化さえ躊躇しない。まるで自称上層部の方々の様ではないですか。・・・はっきり言って貴方、美しくない』
「で・・・では、何故ウィリアム・エンフィールドを庇ったのですかッ!!肉体の限界のせいだとばかり思っていましたがこの感覚、あれも貴方の仕業でしょう!」
『ああ、あれですか。すいませんねえ、6年前からずっと預けていた「借り」を返す絶好の機会でしたので、つい・・』
「ぬ―――ッ!くう・・・こ・・のお・・・・ッ!」
『意志と意志とのぶつかり合い、力と力の共鳴、それらがごく自然にぶつかり合った結果が真理となる。そんな私の美学を、一度だけ無粋な横槍で曲げてしまったという大きすぎる借りをね』
―――内側から力を抑えられ、そんな問答で致命的な隙を晒したプライドは、拘束を振り切ったエドワードに頭を鷲掴みにされ、自身を賢者の石に変え内側に侵入するという無茶苦茶な手段によって完全に無力化された。
「――――ブラッドレイ夫人に謝りに行かなきゃな。そこで待ってろ、バカセリム!・・・終わったぜ、ウィル・・・・何してんだ、お前?」
大口叩いておきながら一向に復帰してこなかった兄代わりが心配になって振り返ると、何時の間にか完全復活していたウィルが塵となったプライドの残骸を掻き集め、みたこともない錬成陣を刻み発動していた。
一体何事かと身構えていたエドワードだったが、塵の中から出てきたものに仰天してしまうと同時に治ったはずのわき腹が疼き出した。錬成光が止んで出てきたものは、手のひらサイズではあるが、五体満足の『紅蓮の錬金術師』キンブリーだった。
「――はッ!?え、ちょ・・おま・・・えーーーーッ!!?」
「・・・ふう、いやはや助かりました。持つべき者は羽振りの良い上司ではなく旧知の戦友ですね」
「―――まったく、背後に注意しろって言っておいたのに何ディナーにされてるんだよ」
「背後から襲われたのはお互い様でしょうに。まあ私もいざとなれば見捨てられる覚悟は出来てましたが、まさか頭から食べられるとは思いませんでしたよ」
―――話はキンブリーの出所日まで遡る。散々文句を垂れながらもキンブリーと再会したウィリアムは、ある取引を持ちかけていた。それは『「この闘いを見届ける」という目的に関して全面的に協力するから、此方の計画については目溢ししろ』というものであった。
本来キンブリーは性格的に雇い主への利敵行為は嫌っている。しかしホムンクルスは自身の快楽を存分に堪能させてくれる無二の契約者ではあるが、万一の際の社会福祉や信賞必罰などという概念は持ち合わせていない。用済みになるか、若しくは役立たずとなればあっさり切り捨てられるだろう。それでは一連の事象の結末を見届けることが出来ないためこの取引に応じることにしたのだ。
北にレーヴ中尉が派遣されたのも、万一の際に救助できる腕利きであることと、例え大総統の勅命があったとしてもエンフィールドが動けば、アームストロング少将は何をおいても監視に全力を注ぐであろうこと判断したためである。独自に動きまくってくれたお陰で上首尾で仕込みを終えることが出来たことは一応感謝していた。
「・・・・いや、何か普通に会話してるとこ悪いんだけどさ、ウィルがやったのってまさか死者蘇生?」
「それこそまさか、ですよ。キンブリーは魂をモグモグされてはいましたけど『扉』の向こうに行ったわけではありませんから、消滅する前に仮初の器を用意して定着させてやればこの通りです。原理はアルとあまり変わりませんよ?」
「・・・・大丈夫なのか?そいつかなりの危険人物だぞ?」
「勿論よく知ってますし、手は打ってありますから。錬成陣は刻んでありませんし、それにあくまで契約は『結末を見届けるまで』です。用意した器も後半日持ちませんから」
言われてみて良く観察すれば、確かにキンブリーの体は既に先程のプライドの様に所々欠け始めている。復活させられて直ぐ二度目の死が来るってどうよ?と思ったエドだが、当のキンブリーは全く気にした風でないため、この話題には触れないことにした。
「さ、こんなところで無駄話をしている時間はありませんよエド。アルやカーティスさん達皆が戦ってるんですから。僕は最後の仕込みがありますので少し遅れますね」
「はあッ!?お前この期に及んでまだコソコソ―――」
「大丈夫ですよ。もう君達を裏切ることは絶対しませんから」
「~~~~ッ!!・・・・・・逃げんじゃねえぞ。ウィンリィの前まで突き出して、100発スパナを振わせんだからよ!」
「・・・ははは、甘んじて受け入れますよ。猛烈に帰りたくなくなりましたけど」
「今まで散々迷惑かけたんだから我慢しやがれッ!!・・・ほら、先に行ってるから、さっさと追いついて来いよ」
そう言って錬金術で上へと昇っていくエドワードを見送った後、ウィリアムは別ルートで上へと向かった。
――――そうしてウィリアムが向かった先は地下中層部、つまり“傷の男”とブラッドレイが死闘を演じた場所だった。既にブリッグズ兵とアームストロング少将もいたが、全員が大なり小なり負傷しており、とても彼の相手など出来ないため固唾を呑んでその動向を注視していた。
彼が向かう先はこの国の中心、錬成陣がある場所でありその傍には瀕死の“傷の男”が座り込んでいた。かつて3度殺し合った二人は、しかし視線を交わすのみで殺気立つこともなく、そのままウィリアムは“傷の男”の隣へと座りこんだ。
「・・・・・己れの兄者を覚えているか?」
「ええ、良く覚えていますよ。見るからにイシュヴァラ僧にも兵士にも見えない普通の青年でしたが、凶器と狂気に怯まず我が身に代えて家族を守った方でしたね。たしか、貴方方の切り札の『逆転の錬成陣』もその方の成果ですよね?可能なら全く別の立場で出会いたかったですね」
「・・・そうか。確かに貴様と兄者が唯の錬金術師として出会っていたら、きっとウマが合っただろうな。―――身を隠しているとき、貴様と貴様の機関の噂は良く聞いた。不治の病を治し、次々に人に明るい発明を齎しておきながら市民からは一銭も取らない、錬金術師の鑑だとな。己れはそれを受け入れられずにずっと耳を塞いでいたが」
「それは当然の事でしょう、僕は貴方達一族の仇なんですから。・・・・仇と言えば、貴方はロックベル夫妻の最期を覚えていますか?」
「――――――覚えている。いや、正確にはあの娘に会って思い出したというべきか。・・・空き巣に入られたあばら家より酷い物資で懸命に治療をしてくれた。傍で震えていた同胞は、医者夫婦を殺した己れを、憎悪と絶望を込めて見つめていた。同じ志に殉じた者達を絶望させた挙句、八つ当たり同然の復讐に邁進した。そして今では自分のしてきたことを棚に上げて、自分が生かされている意味を探そうと・・・生きようとしている人でなしだ」
「・・・・・・なるほど、いやよかったですよ。正直あの人たちを殺した貴方に強烈な『何か』を今も感じていますが、彼らが最後に遺したものが無意味でなかったことに安心しました」
「己れも正直アメストリスに対する憎しみは消えていない。だが、あの兄弟やマルコー達と轡を並べたことは、悪くないと思っている」
お互いに目を合わせることもしないが、非常に穏やかに会話が続いていた。凄まじく重くデリケートな話題を聞かされている周囲はどちらかが何時暴れ出しはしないか、と胃痛に苛まれていたのだが。
「――――おっと、いよいよですね。それじゃあ、この史上最悪の馬鹿騒ぎにもそろそろ幕を引きましょう」
地上から一際大きな振動が伝わってきたのと同時に立ち上がったウィリアムは、周りの声に一切耳を貸すことなく、自らの集大成ともいえる錬成陣を起動させた。
ここまでご覧いただきありがとうございます!今日中にもう一話あげる予定です。
いよいよ次回で最終話(予定)と後日談が続きます。最後までどうかよろしくお願いします!!