鋼の錬金術師 錬金術師も神に縋る   作:章介

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※3/14、キンブリーとの会話を加筆しました。そして投稿して初めて1万字を超えてしまいました(笑)


最終話 

 

 

 

 

 

 ―――戦いはいよいよ大詰めを迎えていた。ブリッグズの命がけの総攻撃、そして今ここに生きる様々な勢力が一丸となった戦いに、とうとう『フラスコの中の小人』は限界を迎えた。

 

 

 

 その後、抑えきれない力を爆発させた一撃に総崩れとなり、身動きの取れなくなったエドワードは、アルフォンスが等価交換の逆転を行い腕を取り戻させたことで窮地を脱した。弟に命を投げ出させた自身の不甲斐なさも眼前の敵を打倒す力に変え、滅多打ちにされた『フラスコの中の小人』は遂に形振り構っていられずに息子と呼んだ命を糧に長らえようとする。

 

 

 

 賢者の石の吸収があまりに強く、このままではリン・ヤオの魂まで巻き込んでしまう。『強欲』が生まれ落ちて初めて、自分の為でなく誰かのために命を賭けようとしたその時――――国土錬成陣起動よりも更に大きな揺れと雷光が天地を駆け抜けた。

 

 

 

 その場にいる全員が事態を掴めずにいる中、最初に動いたのはシン国の二人だった。何故か石の吸収は止まっており、その隙をついて『フラスコの中の小人』に貫かれた部分をボロ炭へと変え、いち早く駆け付けた従者がその部位から上を横一線に両断した。

 

 

 ランファンにとっては、仕えるべき主を真っ二つにするのは凄まじく抵抗があったが、一刻も早くこの場から主共々離れるのが先決である。足元へ落下するリンの上半身を抱え飛び去り、着地するころにはリンの体は元通りとなった。

 

 

 

「・・・何がどうなった?中尉、決着は着いたのか」

 

 

「いいえ、まだです!ですが、様子がおかしいんです。まさかあの錬成陣には続きが・・・!?」

 

 

「いや、それならあやつが吾輩たちに勝ち誇った笑みでも浮かべるはず。此処に居ない人物でこのような事態を起こせる人間と言えば・・・ッ!?」

 

 

 

 ―――突如、『フラスコの中の小人』を中心に『人体錬成』の陣が展開され、そこから無数の透明な鎖が伸び上がり拘束していく。最早満身創痍だった『フラスコの中の小人』は回避など出来る筈もなく、まるで死刑囚の様に締め上げられるとそのまま地面へと引きずり込もうとする。

 

 

 

 どうやら鎖に質量も物理法則もないようだが、肉体は当然そうはいかない。まるで『貴様にこれは必要ない』と言わんばかりに容れ物は軋みを上げ、肉が裂け血飛沫を上げる。最後は何もかもが押し潰され、血溜りのみを残して消え去ってしまった。

 

 

 

「・・・・おわった・・のか・・・・・?―――ッ!アルッ!!」

 

 

 

 誰もが沈黙し続ける中、エドワードは再び『扉』の向こうへ行ってしまった片割れの名を呼び続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所:中央司令部 地下中腹

 

 

 

 

 

「・・・・これが先程の錬成の結果か。一体何をしたのだ?」

 

 

「そうですねえ、この中に錬金術師が僕以外居ないので少しわかりにくいかもしれませんが、一応説明しますね」

 

 

 

 ―――地下中層部は現在光に満ち溢れていた。突如頭上から降りてきた鎖の中央には、太陽のように燦然と、しかし痛みや眩みを一切感じさせない不思議な光を放つ存在があった。

 

 

 

「―――僕がホムンクルスと組んで初めて計画のことを聞かされた時に聞きました。彼らが得ようとする『神の力』とは、神の力の一部を切り取って奪うのか、それとも神の力全てを掌握するのか、と。答えは後者でした。ここにある物は『一にして全の力』、つまり他に比較するものは神でさえ用意できない最上級の力という事です」

 

 

 ここまでは良いか、と目で問うウィリアムにそれぞれ首肯する。例え錬金術師でなくとも『一にして全、全にして一、の全 ≒ 神 』というのはアメストリスで博学を気取る人間からは常識といって良いものだ。

 

 

 

「なら、例えばですよ?そんな無限ともいえる存在から見れば芥子粒にも劣る代物であろうとも、何かを上乗せして対価を求めれば、神とやらはそれを用意できると思いますか?」

 

 

 

 ―――丁寧な説明ではあるが、神だの神の力だのと想像すらできない話題に一同は答えを出せないでいた。しかしそんな問答もウィリアムの姿が徐々に『分解』されていったために終わりを迎える。

 

 

 

「それでは、ちょっと行ってきますね。これが『翆煉の錬金術師』最後の人体錬成となれば良いのですが・・・」

 

 

 その言葉を最後に、ウィリアム・エンフィールドは完全に世界から消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所:???

 

 

 

 

 

 

『―――なんだ、お前も来たのか。よりにもよってそいつまで連れてきて』

 

 

「おや、エドたちも来てましたか。それに業とらしくしなくても、お前の興味はこれだけでしょう?」

 

 

 

 ――――何もない真っ白の空間、ウィリアムは後ろに黒い玉擬きと光り輝く『神とやらの力』を従え6年ぶりにこの場所に訪れていた。

 

 

 

『・・・小賢しい真似をしてくれたものだな。そこの痴れ者の様に扱える器を持たないなら、と躊躇なく等価交換に利用するとはな。しかも掻き集めた賢者の石に盗人の首級も手土産ときた。―――それで?お前は対価に何を望むんだ?』

 

 

「・・・てっきり白を切るものかと思いましたが、話が早いですね。そう、自身の持てる全ての力にしてこの世の『全』そのものの対価など、例え神でも用意することは出来ない。難癖付けられた時用に上乗せ分も用意しましたが杞憂でしたか。まあ良い、今この場で対価の決定権は僕にある」

 

 

『それで真理に勝ったつもりか?確かに対価を用意できない以上お前が望むものを用意しなければならないが、逆に言えばお前が把握しているものしか対価に選べないんだぞ?』

 

 

「ご心配なく。とうの昔に何を願うかは決めてありますので」

 

 

『ほう?あの時犠牲にした夫婦の開放か?随分と酔狂な回り道を―――「その椅子からどけ」―――はっ?』

 

 

「聞こえませんでしたか?お前が胡坐をかいているその『神とやらの席』を空けろと言っているんです」

 

 

『・・・は、ははははッ!自分が何を言っているのかわかっているのか?確かにお前は俺を認識している。引き摺り下ろすことも可能だろうが、このなにもなく自ら干渉することも出来ない空間に人間如きが耐えられるはずが―――』

 

 

「何勘違いしてるんですか。僕は神とやらの役割を放棄しろと言っただけで、自分が代わりに座る気なんてこれっぽっちもありませんよ。お前のくだらない娯楽に付き合うのはもう御免なんですよ」

 

 

『・・・・・・』

 

 

「初めはお前のことを、自分を罰したいと考える罪悪感か、将又集合無意識の様なものかと思っていました。しかし、僕とマスタング大佐の件ではっきりしました。お前はシステムや世界の機能などでは無く、神という役割を請け負いその権能で好き勝手する唯の不思議生物だと。思い上がった物に罰を与えると言っておきながら、手にするだけで罪だという真理を見せる。しかも本人の同意や目的もお構いなしに一方的に、だ。しかも罪や罰などという極めて主観的なものの尺度や量刑もそちらの裁量のまま。こんな筋の通らない存在など人間には必要ありません」

 

 

『・・・正気か?ここから誰もいなくなるということは、二度と真理の扉が開かないことと同義だ。お前達の代で真理を見た者はいなくなる。唯の人間が一人で決めるには随分大それているな』

 

 

「別に良いんじゃないですか?そもそもあなたが勝手に決めた『人体錬成を行ったら真理を見せる』というルールが無ければ露見しなかった代物ですし。大佐や少将に偉そうに言いましたけど、どこかで錬金術に縛りを掛けなければと思っていた所ですから。そもそも無から有を生み出す奇跡など人間には荷が勝ち過ぎるんですから、無い方が都合がよいでしょう?―――さて、それではどうか御覚悟を」

 

 

『ま、まてッ!そんな自身に帰らない望みで『神』を切り捨てるというのか!?不老不死・超常の力・万物の創造、お前達にとって夢と呼ぶに値するものを永遠に失――――』

 

 

「良い加減黙ってくださいよ、見苦しい。しかしエドは相変わらず肝心なところが抜けてますね。長年の悲願が目の前にあったとはいえ、あれだけ『クソ真理をブッ飛ばす』と息巻いていたのに頭から抜け落ちてるんですから。まあ良いか、あまり強い言葉を使うのは趣味じゃないんですが、此処は少将殿に肖るとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――さっさとその汚い尻をどけろ、老害ッ!!」

 

 

 

 

 

 大きく振りかぶって繰り出した拳は、寸分違わず『真理』の頭を撃ち抜き、埃か何かの様に弾け飛んだ『真理』は、そのまま残る体の様なものも崩壊していった。完全に消え去ると、それまで後ろで燦然としていた『ナニカ』は役割を終えたマッチの様にその輝きを失い、持ち主の後を追った。

 

 

 

 ようやっとこれまで抱いていた那由多の悲願を果たし終え、大きく息を吐き出したウィリアムは、空気と化していた『フラスコの中の小人』へと向き直る。

 

 

『・・・・次は私の番、という訳か。アレと同じように私も殺すのか?』

 

 

「・・・・・・今までやらかしたことを考えればそれも妥当かもしれませんが、同じ人でなしが下すべきかというと何とも。それに罪には罰を、というのはアレの焼き直しのようで嫌ですから。ただし―――」

 

 

 

 一頻り思案した後、ウィリアムは黒マリモを鷲掴みし錬成陣を発動させる。

 

 

 

『―――ヒィッ!?』

 

 

「プライドもそうですが、生まれた時から余計な知識を持ちすぎなんですよ貴方達は。そんなものに人生引きずり回されて、肝心なものを見失って。ちゃんと最後まで面倒見てあげますから文字通り生まれ変わってやり直してください。償いだの罰だのはそれからの話ですよ」

 

 

 

 ―――辺り一面が錬成光によって包まれる中、ウィリアムたちは自分たちがあるべき場所へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所:中央司令部跡地

 

 

 

 

 

 

「ウィルてめえ、コノヤローッ!!!」

 

 

「え、ちょ――――ウボァッ!!?」

 

 

 

 無事地上へと辿り着いたウィリアムを待っていたのは、満身創痍にも関わらず機敏な弟分のラ○ダーキックであった。

 

 

 

「てんめぇ、あのふざけた錬成は一体なんだッ!つうか、後から追いつくとか言って結局最後まで出てこないとかどんだけ嘘付きゃ気が済むんだよッ!!滅茶苦茶心配しただろうがこの馬鹿ーーーッ!!!」

 

 

 

 ものすごい剣幕で捲し立てられ二の句が付けないでいたが、周りの人間も大体同じような反応だったので大人しく受け止めることにした。

 

 

 

「―――で、結局あれは何だったんだよ?」

 

 

「いやあ、神の力とやらを餌にちょっと『クソ真理』をブッ飛ばしてきたもので」

 

 

 

「「「―――はっ?」」」」

 

 

 何を言ってるんだこいつ、という目線と質問攻めを躱してウィリアムはある遺体の傍へとやってきた。そこにいたのは長年共に歩んできたラビ・レーヴ中尉である。

 

 

 

「・・・君には本当に世話になりました。身の回りの世話から後ろ暗い依頼まで、君が居なければ今の僕は無かったでしょうね」

 

 

「・・・そんな湿気た顔するもんじゃないよ。その子は笑って逝ったんだ、やっとあの人の願いが叶うって。胸を張ってあげなよ」

 

 

「・・・・そう、ですか。本当に困った人ですね。真意はどうあれ、形的に僕は君を使い捨てたも同然だというの――『ポタッ・・・』―――に。・・・あれ?どう・・して・・・・・。どうして僕が泣けるんだろう。あの時失くした筈なのに」

 

 

 

 ――とうの昔に『持っていかれた』はずの感覚。しかし彼の目からは尽きることなく涙が零れ続けている。それはつまり、失ったはずのものが帰ってきたという何よりの証であった。

 

 

 

「・・・そうか、『真理』が空席になったことで、アレが有史以来奪い続けてきたものが解放されたんですか。ああ、それなら、叔父さん達の魂もきっと・・・」

 

 

「・・・ウィル兄さん。えっと、大丈夫?」

 

 

「ええ、あまりにも僕なんかには不釣り合いだったもので、つい感極まっちゃいまして」

 

 

「あ、ぼく『なんか』なんて言っちゃだめだよッ!いつも僕にそう言ってくれたのは兄さんじゃないか」

 

 

「・・ふふ、確かにそうですね。さあ、全部終わったんですから、あとは取りこぼすことなくみんなで笑って帰りましょう。アルも大変お疲れでしょうからゆっくりしていて下さい。ぼくはちょっと方々へ話をしなければならないので席を外しますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所:救護テント

 

 

 

 

「―――良かった、此処に居たんですね。無事視力も回復したようで何よりです」

 

 

「・・・・・・エンフィールド、他に私にいう事があるんじゃないか?」

 

 

 

 救護テントの中には、マスタング大佐にアームストロング少佐、それから『ヴリーヒトイヒ』改め、マース・ヒューズ元准将が集まっていた。

 

 

 

「いや、悪いとは思いましたよ?しかし僕が保護した時にはいろいろ不味かったのでとても伝えられませんでしたし」

 

 

 

 ―――ヒューズがエンヴィーの凶弾で倒れた日、偶然ウィリアムがアメニティーを買いに近くを通ったのである。身の回りの大概はレーヴ中尉が請け負っていたのだが、旅行用品だけは趣味が壊滅的に合わない為自身で管理していた。南部行前日まで報告書と睨めっこしていたウィリアムは買い足しをすっかり失念していたため、夜中に出歩いていた所にヒューズと遭遇した。

 

 

 

 突然の事態に面食らったウィリアムであったが、即座にあることを思いつく。『エメス』は創設に上層部が深くかかわっているため組織員は全員面が割れてしまっている。今後のためにもフリーで動ける諜報が欲しい。

 

 

そこで一旦ヒューズの魂を別の肉体へと移し、本体に最低限の治療と仮死薬を施し、殉職を偽装する。葬儀が終わった後、遺体を掘り出し錬成で隠滅して『エメス』に運び込む。流石に死ぬ寸前で数日放置された体の修復は一昼夜とはいかなかったため、改めてヒューズと取引をしたのである。

 

 

 

 ヒューズの肉体は『エメス』が威信にかけて復元し、必ず妻子と再会させる。その代わりウィリアムの目となり足となる。その条件を承諾したヒューズは、ウィリアム手製の全身機械鎧(早い話がロボット)に魂を載せ替えられ、今日まで『ヴリーヒトイヒ』として過ごしてきたのである。ちなみにアイデンティティー・クライシスを起こさない様、顔と声は完全再現しており、その都合で骸骨の仮面をかぶっていた。

 

 

 

「こちらが求めた契約は完全に果たされました。准将の御体ももうじき完治すると報告があったので、恐らく一週間たたずにご家族に会えますよ」

 

 

「そう・・か。はは、まだ実感わかねえよ、ロイ。あいつらに、エリシアとグレイシアに会えるんだぜ。ふ、目が霞んできやがる。ご丁寧に涙まで搭載してんじゃねえよ・・・」

 

 

「マース・・・・」

 

 

 後ろで空気を読んで黙っていた少佐だが、いまはヒューズと同じく顔が涙でとんでもないことになっている。マスタングも同じく沈痛な表情をうかべており、これ幸いとウィリアムは黙ってテントを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所:仮設野営地

 

 

 

『ようッ!お互い、何とかうまく生き残れたなッ!!』

 

 

「おや、貴方もご無事でしたか、グリード」

 

 

『まあな。しかし親父殿にかなり持ってかれちまったから、いつまで生きられるか怪しいけどな。ま、ランファンが代わりの賢者の石もちゃっかり確保してるからシンの皇帝には問題ねえし、生きてりゃ丸儲けってなッ!!』

 

 

「いやはや、本当にポジティブな方ですね。貴方達はこれから故郷に?」

 

 

「ああ、覚悟はしてたガ、想像以上に故郷を離れすぎタ。宦官どもが馬鹿なことを考え出す前に帰らねばならン。そんなことより、此度はこの老骨に骨折りいただき感謝の言葉もなイ」

 

 

「それこそお互い様ですよ。貴方が割り込んでくれなきゃ僕が膾切りにされてたんですから」

 

 

 

 リン達シン国民達は、ブリッグズ兵に帰りの身支度を整えてもらい、リンは意識を取り戻したフーを背負っていた。当然フーは遠慮したがリンに『お前の主は命を賭けた忠臣を背負うことも出来ない暗愚だと国に伝えさせる気か』と問われたため渋々折れた。メイたちとは既に下話が出来ているようで、お互いに暗い表情は見受けられない。

 

 

 

「シンの人間は受けた恩を決して裏切らなイ。もし貴方に困ったことがあればいつでも言ってほしイ。ヤオ家の名に懸けて、全力で支援することを誓う」

 

 

「・・・そう畏まられると照れ臭いですねえ。まあ僕もちょっと疲れましたし、いろいろ請け負ってしまったので旅に出ようと思っていた所です。シンを訪れた時は期待させてもらいますよ、次期皇帝さん」

 

 

 

 ―――その後、シンの名産について等取り留めのない話を続けていたが、準備が出来たとブリッグズ兵が呼びかけたことにより彼らはシンへと帰国していった。その後ろ姿を見届けた後、ウィリアムは誰にも見られることなくその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所:セントラル中央駅

 

 

 

 

 

「―――はあ、ぎりぎり間に合いました。まったく、放浪癖がまだ抜けませんか、先生?」

 

 

「・・・・ウィル」

 

 

 

 一連の騒動でほぼ無人となっているセントラル駅に二人の師弟が言葉を交わしていた。尤も、片方は早くこの場を後にしないと職務質問を受けかねないほどボロボロなのだが。

 

 

 

「やれやれ、地下では散々負担を肩代わりしたというのに、地上で相当無理しましたね。もう尽きる寸前じゃないですか」

 

 

「・・・やれやれ、お前さんは昔から本当に気が付く子だったな。俺にはもったいない弟子だよ。石も限界寸前、あの子たちを見てると無理に生き長らえるのだけはしたくなくてな。せめてトリシャに報告だけでも、とな」

 

 

「・・・はあ、本当にこの生存不能者親子はまったく。・・・ちょっと失礼しますね」

 

 

「な―――ムグッ!?お前、何を――『バキャッ!』―――がはッ!!?」

 

 

 ―――心底呆れたと溜め息をついた後、ウィリアムは師の傍へと近づき何かを口に突っ込んで飲み下させた。そして問い詰めようとする前に右腕で思い切り殴り飛ばした。

 

 

 

「まったくもう。突然手を挙げたのは誠に申し訳ありませんが、今御母堂の下へ逝ったら今の百倍痛い一発を貰ってましたよ?貴方御母堂より何年生きてるんですか。なのに碌に土産話も持たずに会おうとするなんて」

 

 

「い、いや結構積もる話はあるぞ?アルが体を取り戻したこととか、エドに『親父』って呼んでもらえたこととか―――」

 

 

「はいはい良かったですね!それじゃ二人のお子さん、つまりはお孫さんについては?お嫁さんは何処の誰で、将来の夢は?」

 

 

「いや、それは流石に―――」

 

 

「当然知らないでしょう?けどね、これ全部御母堂が知りたくて仕方が無かった事なんですよ?」

 

 

「あっ・・・・」

 

 

「大体今まで散々苦労と迷惑かけておいて、目的果したらサヨナラはないでしょうに。・・・今飲ませたのは僕の副官が遺した賢者の石です。残念ながら先の騒動でほぼ失逸してしまい何時まで生きられるかは分かりませんが、天の配剤と思って精々長生きしてあの子たちに扱き使われてやってください。親孝行も出来ずに置いていかれるのって結構堪えるんですよ?」

 

 

「・・・・・ああ、そうだな。お前さんにも随分迷惑かけたもんなあ。しかもそんな重荷まで背負わせて、本当は俺がやらなきゃいけ無かった事なのに。それを全部投げ出して消えるってのは格好悪いよな!」

 

 

「本当にそうですよ。そんなことしたら多分エドは自分の子供にあることないこと吹き込んで『おじいちゃん』とすら呼んで貰えなくなりますよ、きっと」

 

 

「・・・・・それはいやだなあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所:『エメス』機関長執務室

 

 

 

 

 

 

昨日も帰っていたのに、まるで久しく戻っていなかったかのような感慨に耽りながら、私室兼自宅へと着いたウィリアムはソファーに倒れ込んだ。

 

 

 

「・・・・・はあ疲れた。いや、何とか一通り話を付けることが出来ました。しかしこれからどうしましょうかね?散々ホムンクルスの下でやりたい事しておいて、今更勝ち馬に乗るのも可笑しな話ですし。ここで投降しても、これまでの功績のせいでものすごく扱いづらいでしょうからこのまま夜逃げでもしましょうかねえ。それとも―――――」

 

 

「・・・・今後の人生設計は大変よろしいのですが、いい加減放置は止めてもらえませんか?」

 

 

「・・・・・そういえばポケットに入って貰ってましたね、すっかり忘れてたよ」

 

 

 独り言を呟きながら思案していると、すっかりウィリアムに忘れ去られていたキンブリーが苦言を呈す。珍しく空気を読んで、これまで一切話に入ってこなかったのにひどい扱いである。

 

 

 

「その優先順位から落ちた存在への冷たさは相変わらずですね。まあ良いでしょう、しかしアルフォンス・エルリックは真実、有言実行を果たしたわけですか。元の体に戻り尚且つ仲間を救う。実に見事です、その仲間に中央兵の皆さんが含まれていなかったのは御気の毒ですが」

 

 

「そうだね、悪漢をやっつけて円満解決、とはいかないだろう。どうしてこうブリッグズのやることは極端なんだろうね。巨悪を討つため、何より身内を守るために非情であるのは重要だが、広義で言えば中央兵も同じアメストリス軍の同胞だったわけだ。自国民への殺傷を眉一つ動かさず実行して見せる兵の存在など、微温湯に浸かった中央兵は無論、現場を見ていた一般人もとても許容できまい。『北壁』に対する不信、目に見える形での処罰を求める声は内外問わず大きくなるだろうね」

 

 

「まあそんなものは勝ち残った連中の仕事、私にはあまり興味のない話です。もう残り時間が少ないことですから、ぜひ私の疑問に答えて頂きたい」

 

 

「・・・なんだい?今は機嫌が良いから大抵は答えてあげるけど」

 

 

「それは素晴らしい、では早速質問ですが・・・。何故貴方はこれだけの労力と時間を注ぎ込んでまで『真理』を抹殺したのですか?貴方の性格からして自分に直接の影響を加えない存在なんて無価値と切り捨てるでしょうに」

 

 

「・・・・・その話か。そうだね、一区切り付いたことだし、言葉に出して整理するのも悪くはないか。

 

 

―――始まりは言うまでもなくイシュヴァールで人体錬成を行ったとき。あの時僕は自分をわが子同然に育ててくれた叔父夫婦の魂を奪われた。持っていかれた後で時点で死者となってしまった以上人体錬成ではもうどうにもならない。何とかしてあのクソ真理から彼らを取り戻す、それが僕の出発点だった。

 

 

 

 ・・・だけど、君はポケットでやり取りを聞いていたからわかると思うけど、僕はあれを神様だのシステムだのとは捉えていない。あれは高次元から自分勝手に見下すだけの、人を傲慢と謗る資格など持たない害悪に過ぎない。しかもアレに関する全ての決定権が向こうにある。何を持っていくのかも、等価値の秤も皆アレの胸三寸だ。正攻法で行っても好き勝手された挙句難癖付けられて無効にされると思ったのさ。たとえば、僕が形振り構わず53人分の賢者の石を携えてもう一度行っても、質が悪いだのなんだの言われて失敗に終わった、みたいにね。

 

 

 

 それにね、真理を得たことで良く分かったのさ。これは人の手に余る物だと。唯でさえ僕は人より多く支払わされた分の真理を見させられたからね。病気は幾らでも治せるし、頑張ればゴーレムみたいに、紛い物とはいえ生命の誕生にすら携われる。才能があるからなどという理由で得られて良い代物じゃないよ。この事件、偶々『人柱』がエドたちやカーティスさんみたいな善人ばかりだったから何とかなったけど、もしこれが君やタッカーみたいなやつだったらと思うと改めてぞっとするよ。そういう訳で、目的が魂の奪還から、真理そのものの排除へと移ったんだ

 

 

 

 そんな僕にとって、彼らホムンクルスの目的を聞かされた時はこれだッ!って思ったよ。打倒を誓ったは良いものの、僕には真理も『神とやら』もあいまい過ぎて全貌を理解することは到底叶わない。奴に交渉の場で有無を言わせない対価となると、『神』と同等の存在が必要である以上僕には用意できない。そんな時、彼らは『神とやらの力』を引き摺り下ろすと言ったんだ。それなら全てが終わった後で取引のテーブルに乗せてしまえば全て片が付く。

 

 

 

 それからは東西南北、奔走の毎日だったよ。『彼らが国土錬成陣を発動するまで』は誰にも阻まれない様手を尽くし、表では国力増強を免罪符に、銃火器の革新や錬金術の新技術の一般公開などして対抗馬の助力にも尽力した。それらの片手間に国土錬成陣や、それからカウンターとなる錬成陣にも干渉しない、『神とやら』とその所有者のみを生贄とする『扉へ至るためだけの錬成陣』を構築した。幸い遠征とか視察とか、あちこち飛び回れる理由は幾らでもあったからね。

 

 

 

 そうして待ちに待った『約束の日』で、僕は無事悲願を果たすことが出来た。けれどレーヴ中尉を失ってしまったり、沢山の人を自身のエゴに巻き込んでしまった。嘘はついてないけど、大事な人たちを騙したり利用したり、『情動』が持っていかれていた間は何とも思わなかったけど、改めてまともな感性が戻ってくると結構堪えるなあ。

 

 

 

 つまり結論から言うと、昔大事なものを取られた男が、奪った奴に6年越しに仕返しをしただけっていう、どこにでもある復讐劇だったわけさ。・・・つまらない話を長々と聞かせて悪かったな。それに、見届けさせるとか言って肝心の総力戦は後方待機で見逃させてしまったね」

 

 

「いえいえ、御気になさらず。お陰ですっきりしましたよ。それに私は過程より結果に重きを置くタイプですから、勝ち上がったのがどちらで、その立役者が誰かが分かればそれで満足ですよ。何より、神殺しを一から最後まで見届けたのはこの世界で恐らく私だけでしょう?この上なく有意義な時間でしたよ。――――そろそろ私も幕引きのようですね。ではお先に失礼しますよ、精々ごゆっくりしてください・・・・・・」

 

 

 

 指先から少しずつ崩壊が始まり、しかし苦痛が無いためか、将又その非常識な精神構造故か、穏やかに満ちたりた表情で会釈をするとそのまま塵へと帰っていった。ウィリアムはただ黙ったまま、しかし最後まで目を逸らすことなくかつての戦友の旅路を見送り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――こうして『彼だけの物語』に一応の区切りがつけられた。取るに足らない何処にでもある悲劇は、しかし確かな足跡を残していき、ついには神の御許にさえ届いてみせた。彼のこれからが希望に満ち溢れているか、それとも絶望に覆われているのかは誰にもわからない。しかし確かなことは一つ、これからの彼らに『真理』などという理不尽だけは二度と姿を見せることは無かった・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 




ここまでご覧いただき、誠にありがとうございました!!このあと後日談をいくつか挿んで完結と相成ります。どうか最後までお付き合いください。


感想・質問等いつでも大歓迎です!!

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