「―――た・・・頼む、エド。一個だけで良いからお前も持って・・・・」
「あ?無理矢理着いてきたのはテメエだろうがくそ親父。そのくらいの荷物屁でもないだろ」
―――数えきれないほどの人間が行きかう異国の地、ホーエンハイム親子はその雑踏をかき分けながら進んでいた。エドワードはいつもの恰好に旅行カバン一つだが、ホーエンハイムの方は巨大なリュックにスーツケース三つと、見る人が見れば夜逃げと間違えられかねない有様だった。
アルと分かれ、共に多くを得るために始めた果てなき旅路。当初一人旅を考えていたエドワードだったが、そこにヴァン・ホーエンハイムも同行を願い出たことで期せずして親子水入らずの旅となった。ちなみにいつの間にか姿を消し、事後処理もせずに一足早くリゼンブールで茶を啜っていたホーエンハイムを見つけた兄弟は息の合ったドロップキックで再開の挨拶を交わすこととなった。
それはさておき、勿論エドワードは同行を拒否した。死に損ないは墓守でもやっとけと、相変わらず不器用で口汚い返答であったがホーエンハイムは着いていくと言って聞かず、それに加えて周りまで賛同したことで押し切られてしまったのだ。
『トラブルが向こうから飛び込んできた挙句首突っ込んでそう』(ウィンリィ)
『現地の馬鹿有力者にチビって言われて暴れた挙句指名手配になってそう』(アルフォンス)
『そもそもお前外国語出来ないだろ』(ピナコばっちゃん)
―――ストッパー兼通訳が必要だというのが全員の共通見解だった。
「しかし相変わらず頭良いのに後先考えないよな、お前。アメストリスを取り巻く環境考えたら、未成年の外国旅行なんて出来るはずないだろうに」
「・・・悪かったな、昔からイノシシで」
旅に出て間もなく、エドワードは壁にぶつかることとなった。それはアメストリスの外交状況の酷さである。一応不可侵を結んでいるドラクマ国や広大な砂漠のせいで国交と共に諍いも途絶していたシン国はともかく、アエルゴ国とクレタ国は血の紋を刻むために戦場を泥沼化させたこともあって国家間感情が相当悪い。当然未成年が一人で赴くなど出来るはずもなく、ホーエンハイムが同行していなければ間違いなく国境の関所で門前払いを喰らっただろう。
「つーか、本当に外国語ペラペラなんだな。さっきも現地の人と冗談言って笑い合ってたし」
「昔みんなと対話がてら、散々放浪して回ってたからな。多分ほとんどの国の言語と文化は分かるぞ?昔取った杵柄がこんなところで役に立つとはな」
ゆったりと歩きながら言葉を交わす二人。念のため目立つ髪の色を染め、カラーコンタクトをしてアメストリス人に見えない様気遣ったおかげで特段トラブルに見舞われずに済み、国境からかなり距離が開いたのでそろそろ警戒を緩めても良いところまで来ていた。
「・・・でも本当に良かったのかよ?せっかく肩の荷が下りたんだからゆっくりしてりゃ良いのに」
「気遣うならこの大荷物の方を気遣ってくれよ。それに、何度言っても答えは変わらんぞ。向こうでトリシャにあった時に碌に思い出も作らずに来たとか言ったら蹴り返されるだろうからな。それに、息子と旅が出来るなんて夢にも思わなかったからな、もう良い年なのにどんどん欲が出てきて止まらなくてな」
「・・・・・・・・・・けっ。あーそうかよッ!」
ぶっきらぼうに返しながらスーツケースを一つひったくって前を歩くエドワード。乱暴に言いながら口元が緩んでいるのを見咎め、『・・本当に若いころの俺にそっくりだ』などと惚けたことを考えながらホーエンハイムは後を追いかける。
「そういえば、『ウィルの宿題』には一通り目を通したんだろう?何か得るものはあったか」
「・・残念だがさっぱりだわ。日記風なのは良いんだけどなあ、見たこともない言語をとっかえひっかえした挙句宗教用語も相当散りばめられてるからサッパリ内容が入って来ねえ。本格的に外を知らないと入り口にすら入れなくしてやがる」
「そうか。あいつ意外と性格悪かったんだなあ」
「親父は良い子ちゃんやってるときのウィルしか殆ど知らなかったんだったな」
―――『ウィルの宿題』、それは騒動が終わって一度だけリゼンブールに帰ってきたウィリアムがエドワードに渡した、自身の研究成果全てが納められた一冊の本の事である。「もう僕には必要ないものですからあげますね」と何気なく渡されたものだが、これの存在を知れば国家予算の数倍もの金を積んでも欲しがる人間がごまんと現れるだろう。
「しっかし、本当にウィルには頭が上がらんよ。幼いお前たちの面倒を沢山見てもらったし、俺がやらなかきゃならなかったことまで任せて、その上思ってた形と違うが俺の願いまで叶えてくれた。本当に初歩の初歩しか教えなかった駄目師匠なのにさ」
「・・・たしか、母さんと一緒に老いて死ぬ、だったか?」
「いや、そっちじゃなくてな。まあ厳密に言えば一緒なんだがな」
「?」
一段落した後、ホーエンハイムは改めて自分の状態を診察した。その時分かったのが、ウィリアムから託された賢者の石は『フラスコの中の小人』の攻撃の余波で術式の根幹に致命的な損傷を負っており、何もしなくても徐々にエネルギーが漏れ出てしまっているのだ。尤も、かつてホムンクルスの核として使われていただけあり日常生活や普通に錬金術を使う分には全く問題ないのだが。
「人が呆れるほど長く生きてきたし、当然そういう経験も腐るほどしてきたんだけどな・・・・お前たちを『見送る』のだけは絶対したくなかったんだ」
「―――ッ」
「・・・俺の見立てじゃ大体2~30年ってとこだな。こいつもクセルクセスの皆でできてるから早く解放してやりたいんだが、まああっちで散々謝ることにするよ。あ、だからって急かしてるわけじゃないぞ?俺は最終的に孫を抱いたってトリシャに報告できればそれで―――」
「―――結局そういう話に行くのかよッ!?ああもう、下らねえこと考えてる暇があったらとっとと足動かしやがれッ!この旅が終わらなきゃ子供も何もねーよッ!!」
「ま、それもそうだな。良い年したおっさんがグダグダ言ってもしょうがないし、この旅が終わったら俺もゆっくりするか」
「はあ?たかが旅に一回付き合っただけでテメエが積み上げた負債がチャラになると思ってんのか?次はアルに振り回されて、戻ったらウィンリィかメイに散々扱き使われる未来が待ってんだ。死んだ後の事なんて考えてる暇はねえぞッ!」
言うだけ言ってまた歩を早めるエドの背中を見ながら、『ああ、そいつは退屈しなくて良いな』とつぶやくと気合を入れ直し、ホーエンハイムは見失わないように追いかけて行った。
・・・・ちなみに後ろを向きながら歩いていたせいでエドワードは見るからに身なりがよさそうな男とぶつかってしまい、謝罪する前に禁断のキーワードが出てしまったためにひと騒動起こってしまうのだった。―――前言撤回、この男にストッパーが一人程度では無理があったようだ。
この後自分が収めないといけない事態に冷や汗をかきながら、それでもこれまでとは比べ物にならないほど晴れやかな顔をしながら、ヴァン・ホーエンハイムは息子と並び歩んでいった。
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