鋼の錬金術師 錬金術師も神に縋る   作:章介

25 / 26
後日談③ 前途多難な大団円

 

 

 

 

 

 場所:イシュヴァール自治領府

 

 

 

 ―――神に捨てられし地、イシュヴァール。嘆きと怨嗟と嘲笑に彩られた悪意の泥沼、無関係の諸国からは一連の事件より『ゲヘナ』とまで呼ばれる大地である。しかしそれも正鵠を射ていると言えるだろう。始まりこそホムンクルスの都合であったが、命令の下虐殺したアメストリス軍、それを利用し油を注いだアエルゴ国、血の紋を名目に非道の実験をし尽くした上層部たち。結局自らの意志で流血を際限なく広げさせたのが、『フラスコの中の小人』を除けば全て人間だったのだ。

 

 

 

 ・・・しかしそれも今や過去の話。ロイ・マスタング少将がイシュヴァール再建総責任者についてから2年、急激な速度で復興は進んでいた。『エメス』から派遣された人員が今は亡き街並みを良く知る“傷の男”達の指示の元、急ピッチで住居を整え、一か月経たずに帰還したイシュヴァール人たちは全員仮設住宅を出て夢にまで見た嘗ての故郷に瓜二つの家へと戻ることが出来た。

 

 

 

 二年がかりでようやく一息が付けた、と自治領府にてマスタング少将はホークアイ少佐が入れてくれたコーヒーの香りを楽しみながらでつかの間の休息を取っていた。

 

 

 

「・・・あっという間の二年だったな。まさしく忙殺の日々だったが、この地位についてから一度も『焔の錬金術』を使わずに済んで何よりだよ」

 

 

 

「まったくです。しかし問題はここからですよ、今までは故郷に帰れた喜びと衣食住が十全に整えられていたから特段不満が上がることなくやってこられました。そろそろ満たされることに慣れ始める頃です、新しく湧き始める欲求をどれだけ叶えられるかでここまでの苦労が水の泡になる可能性もある。2年は決して短くありませんが、恨みが風化されるにはあまりにも足りません」

 

 

 

 休憩がてら同席していたマイルズ中佐と今後の展望について話を進める。人間という生き物は最低限の生活が保障されれば、次は娯楽や贅沢といったものを求めるものだ。そして残念ながら理不尽にスラム街暮らしを強制されたこともあり、一部の若者のモラルは決して高くない。中佐の言ったことは決して大げさな話ではない。

 

 

 

「わかっている、幸いブチ上げるのにちょうど良い朗報もある。ヒューズ親善大使がようやくシン国との国交の約定を取り付けてきてくれた。しかもリン・ヤオ新皇帝直々の声明文付でだ。これからここにはシン・アメストリス両方から選りすぐりの交易品が行きかうことになる。それが上手く軌道に乗れば観光業や飲食業など、あらゆる業界がイシュヴァールに食指を伸ばすだろう。娯楽と雇用、どちらも満足いくものが手に入るだろう」

 

 

「・・・・そうなると問題は、我々の地位権限をいつイシュヴァールに委譲するかですね」

 

 

「ああ、そこが頭の痛いところだよ。早く譲り渡してしまわないと、旨い汁の出所を知った業突く張りが動き出してからでは遅い。かといって“傷の男”を含めた元イシュヴァラ僧たちを優遇すれば後から馬鹿者たちを煽動する理由にされかねん。『厳格な振りをした破戒僧たちは崇高なイシュヴァラ文化を金と権力に変えた』などとね。踊る馬鹿は事実や現実には興味ないからどうなるか分からん」

 

 

「その場凌ぎにしかなりませんが、我々が現状を維持するしかないでしょう。ようやっと立て直した大学の卒業生たちは若すぎて権限を持たせるのは危険すぎますし、彼らに緩衝剤なしに、本物の金の亡者の相手をさせるわけにはいきません。再び内乱、いや最悪戦争が起きかねません」

 

 

「とにかく時間が足りんな。いや、愚痴を言う資格は我々にはない。全ては何もかも焼き払った我々の自業自得だ。この遺恨を次代に持ち越すことだけはしてはならない、そのためににも粉骨砕身せねばな。幸い、『エメス』は全員エンフィールドの教育が行き届いた一枚岩で、我々の活動を全面的に支持してくれている。中央の狐狸妖怪も彼らを敵に回すことだけはするまい」

 

 

 

 ちなみに『エメス』は影響力が高すぎるため、ウィリアムが去った後も解体されることも、次の局長を指名することもなく維持されることとなった。その代わり徐々に規模を小さくし、最終的にはごく一部が先端科学の研究機関として国家直属となり、残りは非営利機関、または新設された錬金術専門学校に振り分けられる予定だ。

 

 

 

「・・・そういえば、そのシン国で起こったお世継ぎ騒動で我々の良く知る子が大立ち回りしてましたね。新聞には確か『ヤオ家は「鎧の巨人」を味方に付けた』だったかしら」

 

 

 

 話を変えようとホークアイ少佐が切り出す。新しい話題は此処に居る全員が良く知る兄弟の弟の事である。

 

 

 

「誰が入れ知恵したか直ぐにわかる事件ですな。確かにアルフォンスは猛吹雪の中でも仲間の為に飛び出せる勇敢な少年でしたが、あそこまで派手に動くとは思いませんでした」

 

 

「同感です中佐。エドワード君ならともかく、アルフォンス君はもう少しブレーキが利く方だと思ったんですが・・・・」

 

 

「そうかね?鋼のからちらっと聞いたが、あの国にはアルフォンスが懸想している少女が居たはずだ。しかもあの騒動の真っただ中にだ。私としては、一刻も早く安全を確保しようと形振り構わなかった割には随分手間取ったなと思ったがね」

 

 

 

 

 

 

―――この2年間、シン国は大いに荒れた。その有様は2年前この国で起きた騒動に負けず劣らずだった。超常の化物こそ居ないが、その代わりアメストリスの何倍もの数の思惑が複雑に絡み合った政争だ。ヒューズ一家は役目を終えて早々に帰国したが、アルフォンス一行はこっそり残ってチャン家に匿われていた。

 

 

 そこでアルフォンスは皇室の闇をまざまざと見せつけられ、一日でも早くメイをここから解放しようと邁進した。しかしアルフォンスは典型的なアメストリス人顔である。安易に表に出てはヒューズたちに甚大な迷惑を掛けてしまう。

 

 

 そんなアルフォンスの強い味方となったのが、エドワードと同じくウィリアムに渡された『宿題』であった。メイと協力してシンの言葉のみ重点的に翻訳して得られた成果に、『持続型錬成陣』というものがあった。本来、錬成陣には一度使用すれば消滅してしまうものだけでなく、入れ墨などの様に何度でも使い回せるタイプも存在する。そこに錬丹術を組み合わせたのが『持続型錬成陣』である。

 

 

 

 これは発着点と作用させる点両方に消滅しない錬成陣を敷き、龍脈の力を用いてトンネルの様に何度も使い回すことが出来る、というものだ。普通の錬成陣より結果が小規模になるうえ燃費が悪いと欠点も多いが、アルフォンスにとっては光明となった。彼は錬成した鎧にこの錬成陣を施し、遠隔操作で自身の代理人に仕立て上げたのである。錬丹術に関してずぶの素人であったアルフォンスが瞬く間にこの業を修められたのは偏に愛の成せる奇跡というべきか。

 

 

 

 ある意味で不死の兵隊と呼べる強力な追い風を得たリンとグリードであったが、一年間一切反攻に出ることなく、送られてくる刺客や謀略を退けじっと耐えていた。そして一年後、ある狼煙を合図に一気に攻勢に出た。その狼煙とは―――皇帝崩御、より正確に言えば皇帝暗殺―――であった。

 

 

 

 事の発端は、ヤオ家に後塵を拝し散々刺客を送ってきた連中が焦るあまりに・・・・ではない。原因は皇位継承からほど遠い遠戚の面々であった。彼らは想定しえなかった皇位継承争いの激化に怯え、寄り集まって震えていた。しかし、ある時気付いてしまった。もしヤオ家が勝利したならば、遺恨のない自分たちは皆殺しに合うことはあるまい。あるいはチャン家に貸しを作り助命嘆願を頼むのも良い。だが、もし順当通り継承権1,2位が即位したならばどうなるか。恐らく真っ先に粛清の嵐が吹き荒れるだろう。何せ今までノーマークだった連中が自分たちの地位を揺るがしたのだ、彼らからすればこれは由々しき事態である。二の舞を踏まぬよう間引きに走るのは目に見えている。

 

 

 

 廃絶の恐怖に駆られた彼らが恐怖のあまり行った愚行が、一致団結しての皇帝暗殺であった。そうして継承争いに発破をかけヤオ家も上位者たちも共倒れさせるか、損耗した勝利者に数の力で牽制しようと考えたのだ。尤も、そうなる風にヤオ家が仕向けたのだが。

 

 

 

 皇帝崩御の知らせが届いて直にリンは行動を起こした。帝葬が終わり、皇家が一堂に集う中でリンは宣言した―――自身がすでに不老不死を手中に置いていることを。

 

 

 

 忽ち憤る面々は、しかし自らの手でその事実を証明することとなった。帝の葬儀の場を穢したとして皇位第一位の者がその首に刃を振り下ろしたが、次の瞬間宙を舞ったはずが元通りになる様を見てその場にいた全員が絶望することとなった。

 

 

 

 リンは自らの不死性を見せつけつつも、力で屈服させることは無かった。『この身は既に不死、かような些事など気にも留めん。しかし今後も自身に敵対するのであれば、不老の身をもってその一族を末代まで害する。わが身を皇位に足ると忠義を示すのなら、これまでの禍根はすべて水に流し、この場にいる者のみならず、一族全員の無事を保障する』と公言し、殆どの人間が其れに従った。

 

 

 

 こうして劇的な逆転劇を演じ、見事皇帝の座に就いたリン・ヤオであったが、そう話は簡単には終わらない。膝を屈するのを良しとせず、不死と最強は別物であると自らを奮い立たせた嘗ての皇位最上位者達とその一族は国家転覆を計画していた。しかし、一族の戦士を掻き集め、いざ帝都に上がらんとした時、都から突如姿を現した全長100Mにも及ぶ鎧の巨人に踏みつぶされ、追って駆けつけた皇帝直属の軍によって生き残りは全員捕えられた。そして鎧の巨人は役目を終えると事の顛末を見届けに参じた新皇帝へと膝をつくと、そのまま眠りについたという。

 

 

 

 以上がリン新皇帝誕生の経緯である。そしてこの一連の騒動は思わぬ形でアルフォンスに報いることとなった。全てが終わった後、リンはアルフォンス・エルリックの事を有力者に他言無用を厳命して公表した。曰く、『西の大賢者』の血を引く無二の錬金術師であり、皇帝の不老不死に最も貢献したものの一人である、と。そしてこれまでの功績の褒賞として、皇家の遠戚たるメイ・チャンを除籍し妻として娶ることを許す。後は先祖に倣い再び旅に出るなりなんなり好きにせよ、と。

 

 

 本来皇帝の血を引く者は婚姻から身柄まで全てが家に縛られる。そして万一結婚出来てもその者は何もかもを皇帝と家に差し出さなければならない。ましてや不老不死に関する人材であり自由放免など夢のまた夢であったが、既に皇帝としての威信を確立させたリンに反論することなど誰も出来ず、アルフォンスは新たにメイを仲間に加え再び一行と旅を続けることとなった。

 

 

 

 

 

 

「―――それにしてもやる事成す事派手になる辺り、やっぱりあの子はエドワード君の弟よね。これが他の人間だったら、まずプロパガンダを疑います」

 

 

「ふっ、事実は小説より奇なりという訳だよ。・・・さて、休憩はこの位にしておこう。若者が随分頑張っているんだ、後ろ指を刺されて笑われるなどあってはならん」

 

 

「あら、自分から仕事をしようなんて珍しいですね少将」

 

 

「偶にはな」

 

 

 

 マスタング少将が立ち上がるとホークアイ少佐たちも後に続く。彼らも中々に前途多難であるが、若さ溢れる話題に背を押されて再び激務へと戻っていった・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所:国立錬金術師専門学校

 

 

 

 

 

「―――アームストロング教諭、貴様に任せた生徒の親族から『また』怪我についての苦情があったのだが、どういう事だ?」

 

 

「あ・・いえ、姉上―――『ギリッ!』――申し訳ありません校長閣下!!それが、なかなか芽が出ず、微力ながら目を掛けていた者がようやく成果を上げ、吾輩感動してつい・・・」

 

 

「つい・・・で全身骨折などさせるな戯けッ!軟弱者は好かんが今は『国家錬金術師=軍人』などという時代ではないのだから手加減位出来んのかッ!!」

 

 

「・・・閣下が其れを言いますか(ボソッ)――『メギッ!!』―――何でもありません、マム!!!」

 

 

 

 ―――ここはグラマン大総統の肝煎りで創設された、錬金術師を養成・管理することを目的とした国立専門学校である。そして校長室にて叱責しているのが初代校長:オリヴィエ・ミラ・アームストロング元少将であり、叱責されている方が教員として配属されたアレックス・ルイ・アームストロング元少佐である。

 

 

 

 2年前の動乱の事後処理で最も揉めたのがブリッグズ兵と少将の扱いであった。何せ大総統と直接闘い、街中で白昼堂々中央兵を殺害したのである。ホムンクルスの件を公に出来ない以上、庇うのにも限界があった。

 

 

 

 

 当初、アームストロング少将は部下を守るために自身が全ての責任を取り処罰されるつもりであった。しかしそれに待ったをかけたのがグラマン大総統であった。最も多くのリスクを被った彼らを蔑ろにすれば、そのツケは必ずアメストリスに暗い影を残すからだ。

 

 

 

 そこにさらに手を伸ばした―――彼女からすれば余計な事をした―――のがウィリアムだった。彼がレーヴ中尉を北に送っていた件を利用することにしたのだ。彼が最初に一連の情報を北に流したのだが上層部がどこまで病んでいるか迄は掴みきれず、業を煮やした少将は『守護するもの』の務めとして、逆賊の汚名を着てでも国民を守るため立ち上がった鋼の女傑だ、とするプロパガンダを流したのである。

 

 

 

 それでも国民が抱いたブリッグズ兵への不信感を拭うために、少将はブリッグズ砦から異動することとなった。その代わりのポストとして、新設されたこの専門学校の校長を任命された。この役職に就けるということは、国内の有望な錬金術師をどのように指導させるかも、どういう思想を浸透させるかも彼女次第であることを意味しており、大総統は彼女に絶大な信頼を置いていると言外に示しているのである。

 

 

 

今後錬金術師は免許制となり、国家資格なしでの使用は緊急事態を除いて処罰の対象となった。これはアームストロング校長が依然唱えた錬金術に枷を付けるべきであるという意見が反映されたという体を取っており、彼女を尊重する態度を全面的に押し出している。

 

 

 

「―――失礼するわよーって、貴方達またやってるの?もうすぐ終業式なんだから程々にしておかないと準備が間に合わなくなるよ?」

 

 

 

 ノックをしてから入ってきたのは、実技最高責任者として雇われているイズミ・カーティス客員教諭だった。つい先月まで育児休養を取っていたのだが、この度無事復帰してきたのである。

 

 

 

「ああ、もうそんな時間か。・・・アレックス、次同じことをしたらその無駄な立派な筋肉が萎むまで入院させてやるから覚悟しておけ。しかしカーティス教諭もすまんな、子供が生まれたばかりだというのに現場に駆り出して」

 

 

「あら、校長閣下が主婦に気を遣わなくて良いわよ。家には最高の旦那が居てくれてるから心配しないで」

 

 

 

 アームストロング少将と同じく、イズミ・カーティスも今後の身の振り方に難儀していた一人だった。何せ司令部で暴れすぎた上に、何人かは彼女が『人柱』だったことを知っている。妙なトラブルを負う前に何らかの後ろ盾を欲していた彼女は、アームストロング少将から来た客員教諭の話を受けることにしたのだ。彼女とは司令部で初めて会ったがその人柄は信頼している。それに彼女も国家が錬金術を野放図に広めている現状に思うところがあったので協力を申し出たのである。

 

 

 ・・・とはいっても、就職して直ぐに出産前休暇をとってしまったのは申し訳なく思っているのだが。『持っていかれた』臓器が帰ってきたことを旦那に話した時、真っ先に話題に上がったのが子供についてであった。彼女がシグと自分の子供を切望していたことは周知の事実であったが、死なせてしまった挙句その死までもを冒涜してしまった我が子への負い目があった。

 

 

 

 夫婦でじっくり話し合った結果、エドワード達の様に過去を背負いながら前を向いていこうと改めて決意し、その結果今度こそ無事に、元気な男の子を生むに至ったのである。ちなみに懐妊の一報を電話で聞いた途端、旅半ばで帰ろうとした馬鹿弟子親子を一括し、その代わり名付け親になってやってほしいと頼んだのはまた別の話である。

 

 

 

 

「しっかし改めて思うけど、これまで国立の錬金術学校がなかったのが不思議で仕方がないわ。これで馬鹿が馬鹿みたいな力を持つ可能性が少しでも減れば良いけど」

 

 

「まったくだ。ホムンクルスの連中からすれば、5000万人もいれば人柱も4人くらいは出てくると踏んでいたのだろう。『エメス』もあることだしな。しかしそのツケを我々人間が負う羽目になるのは業腹だが」

 

 

 

 そうぼやきはするものの、この役職に責任とやりがいを大いに感じているのか珍しく表情を緩める姉を見て、『今の御顔を見せていればもっと嫁の貰い手が―――』などと戯けたことを口走ってしまった弟は、残念ながら本日の式典を欠席することとなった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所:???

 

 

 

 何処かに存在するある国でとある祭りが開催されており、で店や派手な飾りが彩る街中を少年と青年が歩いていく。少年の顔は仏頂面だが、その手には綿飴や串焼きが握られているため祭りは満喫しているらしい。青年はそんな少年に苦笑いしながら寄り添っている。二人の顔立ちは非常に似ており、一見すると親子か何かに見えることだろう。

 

 

 

「ほらほら『アダム』、食べながら歩くと喉に詰まらせますよ?宿はすぐそこなんですから我慢してくださいね?」

 

 

「・・・余計な御世話だ、エンフィールド。あと、わたしを子ども扱いするのは――ムグッ!」

 

 

「あーあ、言わんこっちゃない」

 

 

 

 街並みを歩いているのはウィリアム、そして隣でフラグ通りに喉を詰まらせたのは自らの子供・・・ではなく、ウィリアムの遺伝子から作った『容れ物』に放り込まれた『フラスコの中の小人』である。

 

 

 

 ―――真理の間にて、『神とやら』を消滅させたウィリアムであったが、『小人』の命は奪わなかった。罪には罰を、では不愉快なクソ真理と同じ判断を下したことになるのと、特段彼から直接被害を被った訳ではなかったからである。その代わり、彼は『小人』から錬金術に関する全ての知識を奪い、無力な子供として文字通り人生をやり直させることにしたのである。

 

 

 

「・・・ふう、ひどい目に遭った。―――それで、こんな遠くまで連れ回して結局何がしたいのだ貴様は。何もかも失った私を見て嘲笑っているのか?」

 

 

「まさか。ほとぼりが冷めるまではアメストリスに帰れないし、一人旅も寂しいと思っていた所に丁度良いお供を見つけただけですよ」

 

 

「・・・良くもぬけぬけとッ!『すべてを理解する』という私が数百年恋焦がれてきた願いをぶち壊しておきながら!!」

 

 

「ぶち壊すも何も、どうも君には不要な物だった様なので有効活用しただけですよ」

 

 

「――ッ!!この上更に私を愚弄する気―――『なら君は一度でも満たされましたか?』―――何だと?」

 

 

「例え弄した時間に比べて瞬きほどであったとしても、君は確かに『神の力』を完全にものにしたんですよ?もし君が言うとおり神の力を得れば全てが理解できるのであれば、もう既にすべてを知り終わっているはずです。それに、神を得た後の君は手に入れる前と何も変わらない不満そうな表情でしたし、とても悲願を達成したとは言えない御姿でしたよ?」

 

 

「・・・・・・・それは」

 

 

「ご存知でしょうが僕が奪ったのは錬金術に関する知識のみです。それに、あの時君がやってのけたことは5000万人分の石があれば出来そうな事ばかりでした。結局のところ、あれは『力』以上の何物でもなく、『理解』とは全くの別の存在だったのでしょう」

 

 

「・・・つまり、最初から私のしてきた事に何の意味もなかったというのか?馬鹿の様に見当違いへと進み、満たされることなく貴様ら人間に滅ぼされる以外何もなかったというのか?」

 

 

「――――やれやれ、世話が焼けますねえ」

 

 

 深々と溜息を吐いた後、立ち止まったウィリアムは唐突に『小人』――改めアダムを脇から持ち上げ自身の肩へと座らせた。いわゆる肩車である。

 

 

 

「わッ!?ッな、ななななな何をするッ!?」

 

 

「君と言いプライドと言い余計なことに脳味噌使いすぎなんですよ。生まれた時から不老不死だの賢者の石だの、煌びやかで派手な知識を持ってるせいで肝心なものが影になって見えてない。ご飯の美味しさも、食事の楽しさも、くたびれた時に潜る布団の心地よさも、みんな僕との旅ではじめて知ったことでしょう?人間とホムンクルスは違う生き物かもしれませんが、人間の満たされ方も試したことが無いなんて、随分遠回りだと思いませんか?」

 

 

「・・・そんなものが何になる。一時の快楽の先に全てを理解する術があるとでも?」

 

 

「そんなもの無知蒙昧な僕が知るはずないでしょう。僕から言えることは、偶には頭を空にすることも大切だという事です。東の文化には性行為の絶頂に悟りの境地があるなんてとんでもない宗教観もあるみたいですし、もしかしたら君の言う下らないことに、案外ヒントになることもあるかもしれません。その器は人と同じくらいは持ちますから、じっくり目の前のことを楽しんでみるのも乙でしょう」

 

 

「それで、死ぬまで遊び呆けても見つからなければどうするというのだ?」

 

 

「いや、遊ぶのは結構ですが呆けるのは止めてくださいね。その時はこの地上にはそんなもの無かったというだけの話です。後はあの世なり地獄なりで探し物の続きをすれば良いでしょう?どうせ僕も同じところに送られそうですし、もし暇ならおつきあいしますよ?さあ、そろそろ右手の串焼きのタレが重力に逆らい切れなくなってますから宿に急ぎますよ。洗濯機の材料はこの辺にはなさそうですし」

 

 

 

 そういって話を切り上げたが、アダムは特に苦言を呈すことなくおずおずとウィリアムの頭にしがみ付いた、タレ塗れの手で。しかも走ったことでタレが勢いよく散ってしまい、結局服を新調し直す羽目になった挙句、昼間からシャワーを浴びることになってしまった。

 

 

 

 彼らの旅はこれからもぐだぐだ続いていくのだろう、どちらかが飽きたとぼやく日まで。そうして長旅から帰ったウィリアムを待っているのは、長らく音信不通で死ぬほど心配した妹分のスパナなのだが、それはだいぶ未来の話である。

 




 これにて、『鋼の錬金術師 錬金術師も神に縋る』完結です!ここまで続けられたのも皆様の応援のおかげです!!

 もしかしたら設定だの裏話だのは挙げるかもしれませんが、物語としてはこれで終了です。最後までお付き合いいただきありがとうございました!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。