鋼の錬金術師 錬金術師も神に縋る   作:章介

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第三話 邂逅とそして・・・

 

 

 

 

Side イシュヴァールの非戦闘員

 

 

 

 

 もうお終いだ!この地は『死神』に憑りつかれちまった!!

 

 

 本格的に国家錬金術師共が投入されてから数日、積木が崩れるように防衛線が瓦解している。もう組織だって抵抗している地区は殆どありゃしない。俺達が住んでいるこの場所も、およそ半分の区域が丸ごと吹き飛ばされ、今や惨めに追い立てられて逃げ回っている所だ。

 

 

そんな哀れな同胞たちを喰らいに『死神』が降りてきやがった。あれは何時だったか、一人でも助かる人間が出るようにと散らばって逃げる一団がいた。健気にも年のいった人たちが囮になるように表通りを走り、その隙に路地裏や死角の多い場所を若い連中が駆けて行った。ところが、だ。涙も拭わず必死で逃げていた坊主の首が突然宙を舞った。後ろを走っていた奴らも後を追うようにバラバラになっちまった。アメ公の姿はどこにもなく、何もない空間でだぞ!?こいつが死神の所業でなきゃなんだっていうんだ!!?

 

 

 そんな有り得ない事態が起こってから随分と俺の周りの人間は減っちまった。隠れるように進めば死神に切り刻まれ、表を逃げればアメ公共にハチの巣にされる。これでどう生き残りゃ良いってんだ。

 

 

 だがもうそんな心配は必要なくなった。ああ、そうだ。今度は俺の番って訳だ。おれは戦闘員にもなれないモヤシだったが、昔から走るのと壁登りだけは得意だった。そのおかげで上手いこと見つからずにここまで逃げてこれたが、とうとう年貢の納め時だ。いつものように屋根から屋根へと飛んだら『死神』に左足を飛ばされちまった。幸い屋根にはたどり着けたがもう動けねえ。だが黙ってくたばるつもりはねえ。神の最後の御慈悲か、俺がいる建物の真下にはアイツがいる。アイツが来た途端此処の守りが総崩れになった。きっと『死神』もあいつが連れてきやがったんだ!どうせ死ぬならあいつも道連れにしてやる!!

 

 

 俺は懐に入れておいたナイフを握り締め、屋根から飛び降りた。落ちてる最中に気付かれたがもう遅い。同胞たちを惨たらしく殺してきた悪魔め、死―――――。

 

 

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ぐちゃり、と肉が叩き付けられる音が聞こえる。男の決死の一撃は届くことなく、ナイフ諸共両断された。彼とウィリアムの間にはほんの僅かに日光を反射する線が見える。これが男が『死神』と呼んだものの正体である。

 

 

 

 賢者の石を手に入れたウィリアムはその恩恵によりかなり長距離での錬金術の行使が可能となった。しかし相変わらず広い面積に作用する錬金術は扱えず、そこで自身の欠点を補うために編み出したのが『面ではなく点の連続錬成』だった。建造物等に含まれる炭素を極細のワイヤーへと錬成することで、死角になる場所や戦力を分散させられる方向へと逃げた相手を効率的に始末していった。また、伏兵の心配がなくなったため進軍速度がさらに速まることとなった。

 

 

 

「少尉、このままでは突出し過ぎて隊が孤立します。敵勢力が残り僅かとはいえ聊か危険では?」

 

 

「ええ、そうですね。本隊と合わせるために少しペースを落としましょうか。・・・すみません。少し焦りが出ていたようです。戦場に私情を持ち込むなんて軍人失格ですね」

 

 

「いえ、少尉は未だ学生の身、それに育ての親が絡むとなれば致し方ないことかと。それよりも目下のものに安易に謝罪することの方が問題です。少尉のその御立場は多大な貢献に対する正当な評価であると我々は理解していますが、残念ながら口さがない者も少なくありません。威を損なうことは慎むべきかと」

 

 

「わかりました、重々気を付けます」

 

 

「いえ、出過ぎたことを申しました。それでは―――『ドゴォン!!!』――なっ!?敵襲!!?馬鹿な、少尉の仕掛けが―――」

 

 

「――っ!?不味い、伏せろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side ???

 

 

 

 くそ、仕留め損ねたか!万全を期すために腕を狙ったのが裏目に出たか。

 

 

 

 己れは師の頼みで19区の同胞を逃がすべく救援に来ていたが、20区が陥落寸前と聞き慌てて戻ってきた。兄者とはすぐに合流することが出来たが、同胞たちは『死神』とやらに心が折られかけていた。兄者が解析したところ、そいつは目にも映らないほど細いがとてつもなく強靭なワイヤーだという。最悪なことに射程距離は約5キロほどもあり、このままでは一人残らず鏖殺されてしまうという。

 

 

 

 同胞たちを救う手段はただ一つ。元凶とみられる国家錬金術師の殺害、若しくは最低でもそいつを戦線離脱させることだ。幸い連中は件の錬金術師に頼り切って哨戒を疎かにしている上に、そいつの部隊は常に先陣を切ってくる。付けこむ隙はある筈だ。

 

 

 

 作戦はこうだ。まず兄者の錬金術を用いて少し開けた区画のワイヤーを分解する。そこに俺と、まだ立ち向かう意思が残っている同胞で待ち伏せる。そして連中がやってくれば周りの建物をありったけのダイナマイトで吹き飛ばし、その土煙に紛れ奇襲を仕掛ける。こうすれば例え躱されても見えないワイヤーに怯えて身動きが取れなくなる、なんてことは防げる筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇襲は成功した。連中の進行が想像以上に性急だったため間一髪だったが、間に合ってしまえば寧ろその速さは此方の味方になる。本隊の合流までまだ猶予がある。ここで何としても仕留めなくては!

 

 

 

 しかし初撃を仕損じたのは痛かった。経験上、錬金術師は腕を潰せばその脅威度を著しく下げる。確実に戦力を殺ぐ為に右腕を圧し折ろうとしたが、まさかびくともせんとは。

 

 

 

 手応えはまるで鋼のようだが、独特の軋みがしないということは機械義手ではない、か。想定外ではあるが、まだこの距離なら拳の方が早い。銃を抜く暇も、錬金術に頼る暇も与えまいと飛び掛かるが、左腕の袖口から飛び出してきた仕込み銃を見て咄嗟に来ていたローブを脱いで盾にする。

 

 

 

 ――次の瞬間、何十発もの弾が降り注いできた。貫通力が無いのか厚手のローブにすら穴が開なかったが、布越しに衝撃を全身に浴びせられてしまい吹き飛ばされる。飛びかかった意識を無理やり戻すが、既にサーベルの様な拳銃が此方に向けられていた。身構える暇もなく発砲されるが、それが己れを射抜くことは無かった。あれほど鈍臭いと自己申告していた兄者が己れを庇っていたからだ。倒れ伏す兄者に向かって叫ぶ直前、後ろから強烈な衝撃を受け今度こそ意識を失った・・・。

 

 

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side ウィリアム

 

 

 

 

 

 ・・・痛い。主に全身が痛い。特に最後に吹っ飛ばされたのが一番痛いんですが、そこのところどうなんですか、キンブリー中佐?

 

 

 

 

「いやいや、御無事で何よりです少尉。白兵戦はからっきしと聞いていたのですが、なかなかどうしてやるじゃないですか。イシュヴァラ僧との白兵戦の死傷率は8割を超えるそうですよ?」

 

 

 

 そんな恐ろしいこと言わないでください。僕は小細工と錬金術以外脳のない男なんですから生き残れたのは奇跡ですよ。この右腕と仕込が無ければ5回は殺されてましたね。それより、貴方の爆撃のせいで足が何処かへ行ってしまったので、慰謝料請求して良いですか?

 

 

 

「・・・貴方、医療錬金術使えたでしょう。石を使えばどうとでもなるのでは?」

 

 

 

 いや確かに治せますが簡単にはいきませんよ、骨折じゃないんですから。石があるおかげで何とかなりますけど普通ならオートメイルのお世話になりますからね。

 

 

 

「まあまあ、細かいことは言わずに。しかし貴方抜きで目標地点に行くのは私の美学に反しますね。あの場所は貴方のために用意された舞台なのですから。とりあえず早くその足くっ付けちゃってください。部隊は待機させますので」

 

 

 

 ・・・『僕のために用意された』? それより何他人事みたいに言ってるんですか。

 

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――それから数時間後、ウィリアムたちは遂に目的地である一軒家に辿り着いた。そこは御世辞にも診療所とは呼べないほど寂れており、碌に物資も残っていなかった。だが懸命に救命活動に勤しんだ跡が随所に見られた。

 

 

 

 だが、命を救うはずの場所は既に命を奪われた現場に変わり果てていた。そこで倒れていたのは無事を求めて止まなかった二人の姿だった。

 

 

 

「・・・貴賤を問わず、ただ目の前の命を救い続けた。その結果がこれですか。とても残念です。是非生きている内にお会いしたかった」

 

 

 

 一人ごちるキンブリーの傍で、ウィリアムはただ茫然と亡骸に寄り添っていた。そこにはこの地獄のような戦場を潜り抜けてきた威風は無く、涙を流すどころか、目の前の現実を受け入れることさえも出来ていないように見えた。

 

 

 

「・・・まあ、仕方ありませんか。エンフィールド小隊は先に帰還なさい、代わりに私の部隊を着けます。そこの2人、ここに残って護衛を。他の18名は外の見張りをなさい」

 

 

「「はっ!」」

 

 

 

 

 キンブリーはそう言いつけると場を後にした。外にいる部隊は命令に忠実に従っていたが、中の2人のうち1人は下卑た表情でウィリアムを見ていた。

 

 

 

「――はっ!天下の錬金術師様も人の子ってことか。ざまあねえな」

 

 

「おい、馬鹿!仮にも上官だぞ!!」

 

 

「どうせ聞こえてやしねえよ。大体お前も、あんなガキを上官だなんて勘弁だって言ってただろうが!」

 

 

 

 ここにいた男は、かつてウィリアムを誹謗中傷していたメンバーの一人だった。しかし仲間が現役軍人に睨まれ退学させられたことから学内で孤立しており、全く無関係であるのだが今回の徴兵もそれが原因であると考えウィリアムを恨んでいた。それに加えて次々と戦果を挙げ出世していったことへの嫉妬もあり、凄まじい憎悪の念を抱えていた。

 

 

 

「・・・なあ、もしあいつがここで死んでも、肉親の死に心を病んでってことで片付きそうだよな?」

 

 

「そんな訳にいくかよ、あいつはグラン大佐のお気に入りだぞ。そんな夢みたいなこと言ってる暇が――『パンッ!』―――は?」

 

 

 

 

 傍にいた同僚は毎日のようにウィリアムへの罵声を聞かされていたが、いざ本人が近くを通ると縮こまって隠れていたのを知っていたため相手にしていなかった。それ故にまったく止めることが出来ず、弾丸は正確に彼の頭を撃ち抜いていた。

 

 

 

「は、はは――――やっ――こんな簡――――」

 

 

 

「な、なん―――を!お――早――――生兵を――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄れゆく意識の中、最後にウィリアムの視界に映った者は、育ての親の死に顔ではなく、いつの間にか懐から出していた羊皮紙と、そこからの目を覆いたくなるほどの錬成の光だった・・・・・。

 




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