鋼の錬金術師 錬金術師も神に縋る   作:章介

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第六話 遭遇と狩り

 

 

 

 

 

「おいおい、マスタングさんよ。俺は裁判にかけるために中央から来たんだぜ。死体を法廷にでも引っ張り上げろってか?」

 

 

 キメラの死体発見から数時間後、中央から派遣されたマース・ヒューズ中佐並びにアレックス・ルイ・アームストロング少佐がタッカーの身柄の引き渡しのためにやってきていた。尤も、既に目的は引き渡しから現場検証に変わってしまっているが。

 

 

「・・・こちらの不手際については謝る。タッカーの被害者の護送に人手を割いた僅かな時間を狙われとはな。しかもそのキメラすら殺害されてしまった。完全に私の落ち度だ」

 

 

「何言ってる。タッカーはともかくキメラの方は―――」

 

 

「・・・トラックを検分したところ錬金術を行使したとみられる破壊跡があった。タッカーの娘に錬金術の才はない。恐らく、『父親にキメラにされた』などという情報が明るみに出ないよう秘密裏に移送する姿が、動揺する彼らには後ろ暗いものに見えたのだろう。今この地上で最もあの子供の安否を危惧しているのが誰か気づかなかったとは、上に立つものとしてあるまじき失態だよ」

 

 その一言にヒューズも得心が言ったのか頭を抱え溜め息する。となりにいるアームストロングの表情も暗い。もし“傷の男”が東部に流れてこなければ、キメラになっていなければ、エルリック兄弟が動く前に事情を知ることが出来れば・・・。数多の要素の中でどれか一つでも欠けていれば、この悲劇は起こりえなかった。

 

 

「・・・ったく、肝心なところでポカするのがお前の悪い癖だよ。子供と変質者は何を仕出かすか分からねぇんだからきっちり見張っとかねえと。まあ良い、あいつらを責めるのはお門違いだ」

 

 

「ああ、そうだな。それとエンフィールド技術大佐、例の件は彼らには黙っておく。これ以上追い詰めるのは、な」

 

 

「はい。あの子たちが誰にも相談せずに場当たり的な行動をしたことは叱っても、『お前たちが何もしなければ助かったかもしれない』などという有もしない咎を負わされるのは筋が違います。罪なんてそんなの、あの子をあんな姿に変えた奴と殺した奴にしか無いんですから」

 

 タッカーの娘は元に戻せた、その事実を無かった事にする。もし彼らが悪いほうに捉えていたのならそれこそが真実だった、そういう事にする。欺瞞かもしれない。だが14、5歳の若さで健気に邁進する子供に、大人が負うべき罪を被せさせはしない。それがこの場にいる全員の総意だった。

 

 

「・・・ちょっと待て中佐。この事件は中央で騒ぎになっている『国家錬金術師殺し』の仕業かもしれないといったな!?中尉、エルリック兄弟の動きは補足できているか!」

 

 

「えぇ。たしかプレダ曹長が朝様子を見にいった時は、一日ホテルにいると―――」

 

 

「すぐ人をやって確認しろ!彼らは事件について何も知らん。もし気分転換に外出し、“傷の男”と鉢合わせでもしたら最悪だ!マース、直に人員を掻き集めてくれ!少佐は先にエルリック兄弟の捜索を頼む!」

 

 

「おうっ!」 「了解!」

 

 予想される最悪の事態に、その場にいる全員が動き出す。しかしその中で一人、ウィリアムは少佐たちとは全く別方向へ歩いていく。

 

 

「―――ではそちらは皆さんにお任せします。すみませんが僕は独自で動かせてもらいます。もしかしたら無駄骨になるかもですが、ちょっと『網』を貼っておきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――数時間後―――

 

 

 

 

 市街の外れで一際大きな破砕音が鳴り響く。マスタング大佐の予想通り“傷の男”に襲われ、満身創痍となったエルリック兄弟であったが、間一髪間に合った救援により九死に一生を得た。

 

 

 その後、アームストロング少佐とホークアイ中尉の連携で時間を稼ぎ、包囲網を完成させたが大規模な『分解』の錬成により地下への逃亡を許してしまう。

 

 

 

「ハボック、総員撤収だ。追撃は諦めるぞ」

 

 

「・・・もちろんですよ。あんなヤバいのの相手なんてできませんて」

 

 

「違う。いや、それもあるが地下通路は恐らく『死神』の寝床になっているはずだ。足手纏いで済むならマシだが、諸共スライスされたら私の責任問題になる」

 

 

 上司が事もなげに口にした一言にハボックは咥えていた煙草を落としてしまう。『死神』はウィリアムのもっとも有名な通り名の一つだ。内戦でイシュヴァール人に渾名された、数えきれないほどの同胞を切断した鋼線が元だとか。

 

 

「・・・こんな事仲間を何人もぶっ殺した奴にいう事じゃありませんけど、今降りてった奴に同情しますわ」

 

 

「まったくだ。屋内で、しかも視界の利かない地下であの男との殺し合いする位なら、雨の日にイシュヴァール僧100人と遭遇戦する方がまだマシだ」

 

 

「うわぁ・・・。大佐が男相手にそこまで言うなんて相当っすね。そんじゃあ件のテロリストがこのまま技術大佐様にサイコロステーキにされちまえば一件落着!最高のハッピーエンドってことですね」

 

 

「いや、それは次善の結果だな。一番はエンフィールドが程々に奴を痛めつけて取り逃がし、その後我々の手で仕留める。中央で名を轟かせた男の首は、平時では考えられんほどの大手柄になるだろうさ」

 

 

 ―――この時ハボック少尉は思った。あ、これ自分の発言で首絞めるパターンだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所:地下通路

 

 

 

 

「・・・『死神』か。同胞たちの言葉は正しかったと見える。ここまで厄介とは、地下に下りたのは誤りだったか?」

 

 

 

 ―――“傷の男”は信心深くはあるが、意外と信託だの啓示だのは信じていない。イシュヴァラ教にそのような風習が無いからなのかは不明だが、そんな彼でも今日はずっと予感めいたものを感じていた。自身の兄を死に追いやった片割れに会えると。

 

 

 そういった心構えがあったからだろうか、鋼線が頬に僅かに食い込んだ時点で気づくことが出来た。その場で飛び退くような愚は犯さず、慎重に体をずらす。しかし死角にでも配置していたのか、振動が伝わり鈴の音が辺りに木霊する。

 

 

―――瞬間、強烈な悪寒を覚え、最小限の動きで地面に伏せる。その数瞬後に元居た位置に弾丸が通過していく。壁にめり込んだ音がしないのは恐らくその前に糸で切断されたためだろう。

 

 

 どれだけ身体能力に自信があろうと、決して目に映ることのない凶器。それが齎す恐怖とストレスは筆舌に尽くしがたい。ましてや埃を発生させて可視化させたくてもその振り下ろしで腕を持って行かれる危険性が高いし、第一目立ちすぎる。

 

 

 故にとれる対策手段は一つ。こうして息を潜め、敵の隙を突くこと。相手が人間である以上、この鋼線を視認することは出来ないため、視界の悪いこの環境で必殺を望むのなら、一部を解除して接近するしかない。自分が動けないということは、相手も近づけないのと同義。奴の速射を掻い潜るのは困難だが、それ以外に勝機は無い。

 

 

だから怨敵へと募る激情を抑え息を潜めるが、そんなもので首が獲れるのなら彼はイシュヴァールを生き抜けなどしなかった。ウィリアムにとっては鋼線での殺傷などできれば儲けもの、その最大の目的は相手を釘付けに出来るということにある。

 

 

 

「――――む?―――――っ!!?」

 

 

 研ぎ澄ました五感から仄かに異臭を感じた。その直後、急に頭に霞がかかり、全身にまるで酸欠にでもなったかのような倦怠感を覚えた。

 

 

「・・・これは、毒か!?」

 

 

 囁くほどの声での呟きだったが、すぐそばに鉛玉が着弾し額に新たな傷を生む。呻きたくなる衝動を何とか堪え、懐からハンカチを取り出し口元に宛がう。

 

 

「・・・外しましたか。ええ、御名答です。実は予め憲兵さんに農薬を運び込んでもらいまして、そこから水銀を気化させてみました。早く逃げるなり僕を始末するなりしないと手遅れになりますよ?」

 

 

 あっさりと種明かしをしたが、勿論慢心した訳でも、自分の能力を誇っているわけでもない。相手の焦燥感を煽るためだ。ぶっちゃけてしまうとこの農薬に含まれる無機水銀は大した毒性もないので、この地下から逃げ切り、養生して自然排出してしまえば特に問題ない。標的が自棄を起こし崩落させて流失するリスクを考えれば当然の配慮なのだが、科学者でもない人間が水銀と聞けば、悪名高い公害等を連想してしまうだろう。

 

 

 

 現に“傷の男”は気が気ではなかった。もし仮に神が味方しこの劣勢を覆しても、後遺症が残っては復讐を果たすことが出来なくなってしまう。そうして焦りから地面に這わせていた右手で有りっ丈の『分解』を行い、地面と周囲の鋼線諸共水銀を分解する。その手段を先程悪手だと切り捨てたことも忘れて。

 

 

 隠密性皆無な爆発を起こした標的を外すほどウィリアムの腕は鈍っていない。サーベルの様な長さの愛銃から放たれるライフル弾が4発、それぞれ胴に2つ、腕、足にそれぞれ1つ喰らい付き穴を穿つ。その衝撃に受け身も取れず頭から倒れ込み、意識が朦朧とし始める。

 

 

 弾丸の飛んできた反対側から引っ張られるような感覚を最後に、“傷の男”の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side ウィリアム

 

 

 

 

「ひ・・・ひぃ。げほ、ごほ・・」

 

 

 

 ・・・・狙い通りに事が運び、首尾良く足も撃ち抜けた。後は止め、という段で突然声が聞こえたので振り向くと、浮浪者と思わしき男性が首を抑えて倒れていました。おかしいですね。前もって避難勧告を憲兵さんにしてもらったはずなのですが。

 

 

 とはいえ、放置しておくのも不味いので一旦銃と毒を収めましょう。あの傷なら医療錬金術の使い手でも擁していない限り動けないでしょうから。とりあえず体内の水銀を分解してやり無理やり排出させます。で、簡潔に話を聞いてみると、碌な説明もどれだけ離れれば良いかも聞かされなかったので、このあたりなら大丈夫だろうと入ったらこの様だったとか。・・・浮浪者相手とはいえ、もっとちゃんと仕事してくださいよ、全く。

 

 

 とりあえず危険なのは十分わかっただろうと男を追い帰し、改めて“傷の男””へと向き直りましたが、既に彼の姿は無く。近くには傘の骨らしきものが大量に落ちています。なるほど、傘を前に突き出して探知機代わりにしたんですか。これなら気休めにはなりますが、戻りはどうすることも・・・・!?しまった、さっきの浮浪者もグルか!!彼を帰させるために鋼線を解かざるを得なくしたという訳ですか。

 

 

報告では“傷の男”はシリアルキラーと聞いたのですが、さて?まあ考えても仕方ありません。逃げられてしまった以上作戦はここまでですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――という訳で、残念ながら取り逃がしてしまいました。申し訳ありません。ですが4発ほど新しい穴を拵えておきましたので当分動けないでしょう。心残りですが、後は皆さんにお頼みしますね」

 

 

 あれから当方司令部へと帰還し報告に上がりました。皆さん顔色がよろしくないですが、それは“傷の男”が無事であることへの恐怖ですよね?間違っても僕に対してじゃありませんよね!?

 

 

 こら、そこ!エド君『うわぁ、エゲツねぇ・・・』とか言わないで!!身内にドン引きされるのはさすがに傷つきますよ!?・・・あと、マスタング大佐は何故でしょうか?

 

 

「・・・良かったっすね、大佐。最善の結果なんですから頑張って先陣切ってくださいね。俺達はやば過ぎるんで勘弁すけど」

 

 

「 orz 」

 

 

 

―――???

 

 

 

 

 




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