イナミ「深紅、まさかそのカメラは射影機か?」
深紅「はい...この射影機は亡くなった母の形見なんです。イナミさんはどうして射影機の存在を知っているんですか?」
イナミ「俺のスマートフォンには射影機の機能が付いているんだ」
深紅「スマートフォン?」
イナミ「携帯電話と言った方が分かりやすいか」
深紅「それが...携帯電話?私の知っている携帯電話は肩から掛けるものでもっと大きかったような」
肩から掛けるタイプの携帯電話?ショルダーフォンのことか?
ショルダーフォンが主流だったのなんて、少なくとも今から30年は昔の話だぞ。
深紅の発言に訝しさを感じたオレは疑問を解消すべく深紅に対しある質問を投げかけた。
イナミ「深紅、今西暦何年だ?」
深紅「ええと...1986年です」
思った通り俺のいた時代よりも30年前くらい前みたいだな。
スマートフォンどころか携帯電話すらまともに使えなかった時代か。
俺は改めてスマートフォンを操作した。
当然のことだがインターネットは繋がらないようだ。
現在スマートフォンで使用可能なのは射影機とオフラインでも使えるようなアプリに限られていた。
イナミ「そうか、ありがとう。まぁ...ともかくこの小さい機械が俺の射影機なんだ」
あの白い着物を着た少女が俺のスマートフォンに怨霊を撃退する射影機の力を与えた。
あの時の出来事はそう考えるべきだろうか。
ひとまずこれまでの状況を整理してみよう。
出会った人間の五肢に縄をかけバラバラ引き裂くとされる縄女...またの名をキリエ。
そのキリエにまつわるゲームソフトを起動したことで、俺はこの氷室邸に迷い込んでしまった。
俺の前に迷い込んだ槙村さんはゲームソフトを起動した直後からこの屋敷の夢を見るようになったという。
ということはこれはやはり夢。少なくとも俺のいた世界とは良く似た異世界と考えた方が合点がいく。
槙村さんはこの夢を見る度にキリエの呪いの証である縄の跡が鮮明になって、キリエに殺害された。
夢を見る度に...裏を返せば夢から覚める瞬間があるということ。
条件を満たしさえすれば一時的に元の世界に戻れるということではないか。
夢の世界で氷室邸を探索し知り得た情報と、現実の世界で蜘蛛手から与えられる情報とを統合し、キリエの呪いを解く。
きっと今この場にスマートフォンがあるのも出鱈目に見えてなにか意味があるはずだ。
そしてこの屋敷に巣食うありえない者達が起こす不可解な怪奇現象。
とりあえず今は呪いの根源と思われるキリエに関する情報を集めないと。
深紅「イナミさん、あれを」
イナミ「なんだあの扉は...」
水の引かれた生簀が点在する部屋の奥に進んでいくと、奇妙な装飾のついた扉のようなものがあった。
イナミ「ダメだビクともしない...この装飾が何かの仕掛けになっているようだが」
何かを嵌める窪みのようなものが扉の装飾に付いている。
扉を開けるにはそれが必要ってことか。
深紅「そうだもしかしたら...!」
深紅が上着のポケットから取り出したのは俺達が初めて出会ったあの湖で深紅が灯篭から取り出した石だ。
イナミ「それは確か...あの時の」
ちょうど窪みにピッタリとハマるくらいの大きさだ。
深紅は石を扉の窪みに合わせてゆっくりとはめ込んだ。
すると何かが外れる音がして、扉が開いた。
深紅「これで先に進めますね」
さっきの灯篭の仕掛けといい、この扉といい、やけに手が込んでいるな。
この屋敷の当主の趣味だろうか。
イナミ「ところでどうしてさっき君はこの石の隠し場所が灯篭だと分かったんだ?」
深紅「この射影機のおかげです」
深紅が言うには射影機が明かりの灯っていない灯篭に明かりを灯すように導いたということらしい。
深紅の射影機にはそんな機能があるのか。
もしかしたら使いこなせていないだけで俺のスマートフォンにもそんな機能があるのかもしれない。
冬彦「この先から瘴気が濃くなっているようだ...」
冬彦や深紅のようなずば抜けた霊感は俺にはないがなんとなく分かる。
キリエはこの扉の奥にいる。
それは危険であると同時に俺たちの求める手がかりがあるということ。
イナミ「先を急ごう」
深紅「はい」
死を象った一枚絵が完成しようとしていた。