その①終わらない悪夢
何かに身体を縛られている違和感と共にオレは目覚めた。
辺りは薄暗く、蝋燭の炎が頼りなく周囲を照らしていた。
目が慣れるまで少し時間がかかりそうだ。
ここはどこなんだ。
見たことのない場所のようだが、何故オレはここにいる。
ぼんやりとした意識の中でゆっくりと記憶を辿っていった。
確かオレは呪いのゲームを起動したことで氷室邸にやって来て。
そこで記憶を失った幽霊の冬彦と兄を探す少女の深紅と出会った。
そして氷室邸を探索中に呪いの元凶である縄女ーキリエに捕まったんだ。
それから...何があった?
ダメだ思い出せない。
そこから先の記憶が完全に抜け落ちてしまっていた。
しかしどうやら元の世界に戻って来たわけではなさそうだな。
少しずつ目が暗闇に慣れて辺りの状況が明らかになる。
オレの首と両手両足には縄がかけられていて、完全に身動きが取れない状況にされており、血のこびり付いた祭壇に仰向けで寝かされていた。
オレを縛る縄は特殊な形の石柱に巻きつけられていた。この石柱には何かのカラクリが仕掛けられているのだろうか。
「神官達よ、位置につけ」
人がいる...それも一人じゃない。
目を凝らせば凝らすほど、感覚が研ぎ澄まされていった。
オレの両手両足を縛る縄の先の石柱にはそれぞれ白装束を纏った四人の男達が立っておりオレを哀れ気な目で見つめていた。
そしてオレの首の縄の先の石柱には家紋の入った白装束に般若のお面を付けた男がオレを見下ろすように佇んでいた。
見たところこのお面を付けた男が他の四人の男達を仕切っているようだ。
「これより裂き縄の儀式を執り行う」
裂き縄?儀式?何のことだ。
さっさとこの縄を解け!
声が出ない...
まるで声帯が取り上げてしまったように。
神官と呼ばれた四人の男達は般若のお面の男の指示に従い、石柱に取り付けられた鉄製の車輪を回し始めた。
車輪を回すたびにオレに括り付けられた縄が石柱に巻かれていき、みるみる身体が張り詰めていく。
嘘だろ...
そんなことをしたらオレの身体が...
「悪く思うな...これも氷室一族の使命なのだ」
やめろ...やめろよ!おい!
オレの身体は既に限界まで張り詰めており、括られた縄には血が滲み始めていた。
首に巻かれた縄もさらに強い力で絞められ、喉笛を押し潰していた。
血が気道に詰まりいよいよ呼吸すら出来なくなる。
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
届かぬ残響、悲鳴、慟哭。
肉と骨が裂かれ、今まで感じたことのないような苦痛を全身に受けたオレの意識は闇に落ちていった。
カーテンの隙間から朝日がベッドに差し込み、穏やかな陽だまりを作っていた。
夏の陽気を含んだ日差しがゆっくりとオレの意識を覚醒させていく。
イナミ「生きてる...のか?」
オレは重たい体を引きずるように洗面台まで歩き、冷水で顔を洗った後、タオルで顔を拭いながら今までの出来事を反芻する。
ひとまず元の世界に帰ってきたんだな。
しかしあれは全部夢だったのだろうか。
呪いのゲームを起動し氷室邸に迷い込んだことも。
あの身体が引き裂かれた痛みも。
イナミ「うっ...ああああ」
突如両手首が縛られているような強い圧迫感が襲った。
慌てて手首を確かめるもそこには何もない。
しかし何かが食い込んでいる。
なにが起こっているんだ。
洗面台の鏡に目を向けるとそこには血のついた縄がオレの手首にしっかりと巻かれていた。
イナミ「つっ...な...なんだよこれ...」
その後巻きつけられた縄は消え、両手首には縄で絞められた痕のみが残り、戦慄した。
これは一体...なんなんだ。
オレはキリエに殺されたであろう怨霊達の言葉を思い出していた。
『アノ...オンナノ...セイ...ミンナ』
『ワタシニモ...ナワノアトガ.... 』
『クルシイ...クルシイ...ナワノ....ノロイ..』
そうか、これが氷室邸で出会った怨霊達が言っていた縄の呪い。
オレも彼ら同様キリエに呪われてしまったんだ。
このままではオレもキリエに殺されてしまう。
槙村さんのように首と手足をバラバラに引きちぎられて。
助かるためには呪いを解く手がかりを見つけなければならない。
それは言い換えれば再びあの屋敷に行かなければならないということを意味していた。
冬彦(目が覚めたようだな)
イナミ「ふっ、冬彦!?」
不意に頭に響く声。
あの氷室邸で出会い、どういうわけかオレの体に取り憑いてしまった冬彦という男の声だった。
イナミ「どうしてお前がここにいるんだ!」
冬彦(分からない...あの怨霊に襲われてから私も意識を失ったんだ。そして気がついたらここに)
屋敷で出会ったはずの冬彦がここにいる。
それはあの夜の出来事が夢などではないことを如実に表していた。
冬彦(そういえば君は外の世界から来たと言っていたな。つまりここが君の世界なんだな?)
イナミ「あぁそうだ...ん?」
不意にズボンが振動するのを感じた。
どうやらオレのスマートフォンが鳴っているようだ。
誰かからの着信だろうか。
部長からの電話だ、すぐに通話ボタンを押した。
イナミ「もしもし」
サイト「イナミ君!無事か!」
イナミ「ええ...何とか生きてますよ」
サイト「良かった...心配したんだぞ」
イナミ「結構死にかけましたけどね」
サイト「ということはあったのか...
イナミ「
サイト「なんてことだ...もうあまり猶予もないということか。今から部室に来れるかい?」
イナミ「何かあったんですか?」
サイト「
部長は昨晩蜘蛛手から縄女に関する情報を買ったらしく、その話をしているのだろう。
サイト「イナミ君はひょっとしてもう大学に向かっているのかい?」
イナミ「いや、まだ自宅ですね。支度したらすぐ行きます」
サイト「………そうか分かった。気をつけて」
電話を切るとスマートフォンのディスプレイにバッテリー残量が少なくなっていると警告の表示が現れた。
バッテリー残量があと20%か、随分少ないな。
そういえば昨日はズボンに入れたまま充電しなかったんだっけか。
氷室邸でも休みなく使ってたからそのせいもあるだろう。
イナミ「最後まで持つか不安だ......!?」
ちょっと待ておかしいぞ。
そもそもなんでオレは
あの屋敷での出来事が全て夢だったからということにしても都合が良過ぎてかえって言いようのない違和感だけが残ってしまう。
ささいなことに見えるが無視してはいけないなにかがあるような気がしてならない。
思い出せ。
確か初めて怨霊を撃退した時、オレが寝る前に入れたズボンのポケットと同じ場所からスマートフォンが出てきたんだよな。
あの時は必死だったから深くは考えなかったが、あの場にスマートフォンがあったのはもしかすると。
もしこの仮説が真実なら、逆説もまた真実になり得るんじゃないか?
ハッとした矢先、オレは自分の部屋へ急いだ。新たに生まれた仮説を立証するためにだ。
冬彦(一体どうしたんだイナミ、急に血相を変えて)
イナミ「お前がここにいたからこそ分かったことがあるんだよ」
もしスマートフォンに起きた現象の反対も可能だとしたら。
一刻して自室のテレビの前へ辿りついた。
そこにあったのは、オレが不用意に呪いのゲームを起動してしまったがために電源を消すことが出来なくなったテレビとゲーム機......だけではなかったのだ。
やはりそういうことなんだな。
懐中電灯、冬彦の印籠、高峰準星が残した黒い手帳、槙村磨澄のパスケース、そして鏡の欠片。
あの屋敷で手に入れたものがテレビの前に乱雑に置かれていた。
どういう理屈か知らないが、氷室邸とここはやっぱり繋がっているんだ。
いや正確にはオレが呪いのゲームを起動したことで繋げてしまったのだろう。
ひとまず状況を整理しよう。
それとは逆に
まだ縄の呪いを解くには手がかりが足りない現状だ。
しかしそれを差し引いてもこの事実は縄の呪いを解く上で重要なヒントになるはず。
ゲーム機は依然として起動したまま、悪夢はまだ終わってない。
まだ足掻くだけの時間は十分ある。
オレは家を飛び出し、部長が待つ部室へ急いだ。
深刻な文書力低下