サイト「ごめんね。わざわざ来て貰っちゃって。ちょうどコーヒーが出来たんだ。イナミ君は砂糖入れるよね?」
イナミ「ていうかオレ甘くないと飲めませんね」
だよね、といい部長はスティックシュガーの袋を破り、既にマグカップに注がれているコーヒーに流し込んだ。
サーと砂糖を流し込む音が心地良く耳をなぞる。
サイト「それにしても縄女の噂が本当だったとはねぇ。ほいコーヒー」
イナミ「ありがとうございます。自分もにわかに信じられませんがこんなものが出てしまったらもう信じるしかないです」
両手首についた縄の跡をさすりながらオレは呟いた。
サイト「かなり鬱血して痣が出来てるね...今も手首は痛むのかい?」
イナミ「痛みは引きました。でも不思議なんですよね。縄が手首に巻きついている感触があるのに、実際に触ってみると何もない。そんな感覚がずっと取れなくて」
サイト「ふむ」
部長はマグカップに口をつけコーヒーを啜ると、少し間をおいてから再び語り出した。
サイト「悪夢と痣、この2点に類似する都市伝説がある。【眠りの家】という都市伝説さ。実は縄女に関する関連資料として眠りの家のファイルも蜘蛛手からもらってるんだ」
イナミ「眠りの家っていうと確か死者に会うことが出来るっていう夢の話ですよね?」
会いたい故人の写真などを枕元において寝ると、大きな屋敷の中でその故人と会えるみたいな話?だったと思う。
サイト「そう。しかしこの都市伝説にもどうやら続きがあったようでね。眠りの家の夢を見た人間はその後毎晩のように同じ夢を見続け、目覚める度に身体に刺青のような痣が刻まれていく幻を見るようになる。そして痣が全身に回った時、この世から消えてしまうという結末さ」
イナミ「消える?この世から?」
サイト「文字通り存在そのものが物理的に消えるんだ。異世界である眠りの家の住人として未来永劫囚われ続けるのさ。まぁこの際消える=死ぬと言い換えてもいいね」
部長の話を聞いて自分の置かれている状況と比較した。
今のオレの状況と非常に似通っている。
イナミ「似てますね。同じ夢を見続けるのははもちろん、呪いが日に日に進行していくというところまでそっくりだ」
サイト「これら二つの都市伝説は一見同じ話のように見えるが、明確に違う点が二つある」
サイト「一つ目は悪夢に囚われるきっかけさ。眠りの家の悪夢は故人に対する強い思いがきっかけとなる。対して今回は呪いのゲームを起動したことが原因だ。そもそも呪いを伝播する媒体そのものが違う」
言われてみるとそうだ。
一緒くたにしていたが、スタート地点で明確な差があるんだ。
サイト「二つ目はこちらの方が呪いの元凶が明確なことだ。おさらいだけど君に呪いのゲームを起動させ、縄の呪いをかけたのは?」
イナミ「そうか、キリエ...!」
サイト「ピンポーン♪」
イナミ「確かにここまで具体的だと何をすべきかはっきりと分かる」
今となっては当たり前のことだが言語化することで再確認出来た。
キリエが呪いの元凶であり、どういうわけか彼女はあの氷室邸に縛られている。
キリエと氷室家が繋がっていることは明白だ。
サイト「キリエと氷室家について徹底的に調べ上げよう。言うまでもなくキリエと氷室家は繋がっているはずだ...密接にね」
イナミ「氷室家の謎を解き明かせば自然とキリエの正体や縄の呪いの解き方がわかるってことですね!」
サイト「そうと分かれば善は急げさ。とりあえずこれを見てくれ」
部長はカバンの中から5枚綴りになっているA4サイズのコピー用紙を取り出した。
イナミ「これは何ですか?」
一枚目の用紙には【氷室家について】と題名が書かれていた。
サイト「蜘蛛手から手に入れた氷室家に関するファイルを印刷したものだよ。ほら、昨晩イナミ君に電話で話したやつ」
イナミ「あぁそういえば言ってましたね」
サイト「氷室の一族は古くから広大な土地を治め、その土地の神事の一切を取り仕切っていた由緒ある家系でね。しかしその裏でカルト的で残虐な儀式を行っているというような黒い噂があったり、屋敷の周囲は深い山岳地帯になっているためか行方不明になる人間も後を立たなくて、氷室家以外の人間の出入りは禁止されていたらしい。地元の村の住民もあの屋敷には近づかなかったそうだよ」
氷室邸にはいたるところに鍵やカラクリが仕掛けられていた。
まるで外部からの侵入を拒み、何かの秘密を守ろうとしているかのように。
サイト「しかし、ある晩を境に氷室の一族は忽然と姿を消し、氷室邸は無人の廃墟と化したのだという」
イナミ「氷室家以外の立ち入りが極端に制限されていたのならキリエは氷室家の人間と考えるのが自然ですかね」
サイト「現時点ではその線が一番濃厚だろうね。とりあえずこの資料は君にあげるよ」
イナミ「ありがとうございます」
サイト「ひとまず蜘蛛手から買った情報はそんな所かな。後は用意が出来次第他のファイルも転送してくれるそうだ。君の方はどうだい、氷室邸でキリエにも会ったんだろう?どんな奴だったんだ?」
イナミ「そうですね...白い着物を着た長い髪の女性です。手足には血のこびりついた太い縄を巻いていて、なんていうかこう...一目で『コイツはヤバい』って分かるような奴でした」
イナミ「白い着物に長い髪...縄女の特徴は世に出回っている噂通りだね」
イナミ「キリエを一目見ただけで体の自由が効かなくなってしまったんです...まるで見えない縄で身体を縛られたみたいに」
サイト「よくそんな状態でキリエから逃げられたね」
イナミ「いや、逃げられませんでした。オレと氷室邸で出会った深紅っていう女の子がキリエに捕まったところで夢から覚めたんです」
サイト「なるほど...そういうことか」
部長は指を顎につけて何かを考え込んでいるようだ。
その表情はほんのりと笑みを浮かべているようにも見えた。
イナミ「部長?」
サイト「......ん?あーごめんごめん。他に何か手かがりはあるかい?」
手かがりか。信じてもらえるかは分からないが。
イナミ「部長これを」
オレは氷室邸で手に入れた印籠、手帳、パスケース、鏡の破片をテーブルに並べた。
サイト「なんだいこれは?」
イナミ「全部氷室邸でオレが手に入れたものです」
サイト「何だって!?氷室邸は夢の中の世界ではないのか!」
イナミ「オレが呪いのゲームを起動したことでオレ達のいる世界とあの世界は今繋がっている状態にあります。だからこの世界のものを向こうの世界に持っていくことも、向こうの世界のものをこちらの世界に持ち込むことも出来るみたいなんです」
サイト「信じられない...そんな非科学的なことが」
イナミ「朝起きたら呪いのゲームを収めたゲーム機の近くに転がっていました」
サイト「ではこの印籠もその氷室邸で手に入れたものの一つというわけか...どれどれ」
部長はおもむろに冬彦の印籠を手に取ると、じっくりと観察し始めた。
オレはそんな部長の様子をよそに、コーヒーを口に含んだ。
甘さは絶妙だ。
サイト「見たところ...江戸時代中期に多く出回っていたものだね。中は汚れやシミ一つないし、ほとんど使われないまま捨てられたんじゃないかな」
サイト「黒漆地の素材をベースにしている。それに表面の蒔絵は
イナミ「部長ってそんな鑑定士みたいなことも出来るんですね...驚きました」
本当に何者なんだこの人は。
サイト「んー、僕のおじいちゃんが骨董屋をやっててね。こういう昔の工芸品に触れる機会も多かったんだよ。今思えば僕がオカルトの分野に興味を持ったのもおじいちゃんの影響だったのかもしれないね」
部長の意外な一面に驚きつつ、オレは冬彦の人物像を想像してみる。
印籠は印鑑入れや薬入れとしての用途で使われているのは有名だが、こと江戸時代においては武士の身につけるファッションアイテムとしての人気が強かった。
当然身分の高い武士は高級な印籠を身につけたがる。流行物は違えど人間としての本質的な部分は現代と何も変わらない。
とりあえずこれで冬彦は江戸時代のかなり裕福な武家の生まれであることが推測できるわけか。
今は記憶を失っているようだが、あの屋敷内に印籠が落ちていた以上、冬彦自身も氷室家に関係する人物に違いない。
冬彦の記憶が戻れば氷室家の核心にグッと近づける。そんな気がする。
サイト「次はこれか。何やら...普通の手帳のようだけど」
イナミ「これはキリエの犠牲者の一人である高峰準星というミステリー作家が遺したメモです」
サイト「高峰準星...聞いたこともない作家だ」
イナミ「彼は向こうの世界の住人ですから知らなくて当然ですよ。きっと高峰さんはキリエに殺害される直前まで縄の呪いを解く方法を模索していたんだと思います。そして最期の希望としてオレ達にこの手帳と鏡の欠片を託したんだ」
何か意味があるはずなんだ。
この鏡の欠片にだって。
オレは意を決して手帳を開いた。
書き溜めたプロット全部吐き出しちゃいました。
リアル多忙につき、次回の投稿遅れるかもです。