【1986年9月12日19時00分】
準星「うっ...ここは...」
鉛のように体が重く、脳内を掻き混ぜるような頭痛に顔をしかめながら私は目を覚ました。
どうやら私は気を失っていたようだ。
先程まで行動を共にしていた平坂君がいなくなっている。
私一人だけ廊下にうつ伏せで倒れていた。
彼女は一体どこに...もう脱出したのだろうか。それとも私と同じく屋敷内を彷徨っているのだろうか。
平坂君はこの屋敷に入った時からどこか様子がおかしかった。
まるで私には見聞き出来ぬものの存在を感じ取っていたような...あれがいわゆる霊感というものなんだろうな。
彼女も無事でいてくれれば良いが...
腕時計の時刻表示を見ると1986年の9月12日の19時を回っていた。確かこの屋敷に来たのは2日前の夕方だったはず。
にわかに信じられない話だが、屋敷を訪れてから丸2日経ったことになる。
まるで狐に化かされたような気分だ。
私はゆっくりと体を起こし、目の前の鏡を見据えた。
白い着物を着た女性と邂逅した例の鏡だが近づいてみると不自然なことに気付いたのだ。
準星「鏡に入っていた亀裂が...消えている?」
あの女性が鏡を抜け出した時に入った亀裂はまるで最初からついていなかったかの如く消えていた。
確かに女性が鏡を擦り抜ける際に大きな亀裂が入ったはず。どういうことなんだ。
あの一連の出来事が全部夢だとでもいうのか。そんな馬鹿な。
準星「これは一体...ぐっ」
不意に両手首に違和感と痛みを感じた私は腕の裾をめくり、懐中電灯で手首を照らした。
手首が青黒く変色し見えない何かが手首に食いこんでいる。
どうなっているんだ...何なんだこの縄の痕のような模様は。
何気無く目の前の鏡に視線を移すと血のこびりついた縄が私の手首に巻きついていた。
準星「なっ!?」
自分の身に起こっている信じ難い真実に私は思わず声を上げた。
見間違いでは無い。肉眼では何も見えなかったが鏡の中の私の手首にははっきりと縄が巻きついている。それにこの縄はどう見ても。
準星「
ダメだ解けない。
どんなに手首を掻き毟っても縄を掴もうと握った手は空を切った。
触れられざるこの縄を解く術はない。やがてそれが徒労と知ると私は状況を整理しようと思考を巡らせる。
状況からいって我々が気を失っている間にあの女性に施されたものと考えるべきだろうか。
鏡の中から現れ、実体の無い縄を私に掛けた。
どれもこれも人に為せる技ではない。
白い着物に長い髪。そして五肢を縛る血のこびりついた縄。
私にはあの女性の正体に心当たりがあった。
それはこの地方に古くから伝わる伝承であり、氷室一族について我々が知ることが出来る数少ない手がかりの一つ。
縄の巫女は氷室一族の行っていた儀式において生贄とされていたという女性とされており、その姿は一定して血の付いた縄を巻いた白い着物に長い髪の女性の姿で描かれる。
私が氷室一族のことを小説の題材にしようと決めたのは麓の村で起きた変死事件と縄の巫女の伝承に奇妙な因果関係を見出したからに他ならない。
私が以下の事件を知ったのは3年前、ちょうど刻命の館の執筆をしていた時期である。いつもお世話になっている出版社に生原稿を届けた時にたまたま見つけた新聞記事がきっかけだった。
【鳴神村連続バラバラ殺人事件】
『太平洋戦争が激化していた1940年代初頭、集団疎開の受け入れ地域に指定されていた鳴神村で相次いで変死事件が起きた。
被害者の遺体はどれも無残な程にまで八つ裂きにされていて、現場は返り血と飛び散った肉片で凄惨な状態になっていたという。
警察は以下の二つの証拠を元に自殺ではなく他殺と認定した。
一つ目は白い着物に身を包み五肢に注連縄を巻いた奇妙な女を見たという目撃情報が関係者から多く寄せられたこと。
被害者も死亡する前に女性を見たと証言しており、警察は一連の事件は同一犯の可能性が高いと判断した。またバラバラになった被害者の遺体には裂傷が多く見受けられたことと稲藁の繊維が付着していたことから女性が体に巻いていた注連縄が凶器に用いられたと推測出来たからである。
二つ目は八つ裂きにされた遺体から縄の絞痕と何人もの人間の手形が付いていたこと。
人間の体を縄で縛り上げて断裂するのは刃物で切断する以上に手間のかかる作業になる。
人の体を八つ裂きにする場合、それを可能にするだけの動力源が必要だ。
例えば実際にあった処刑法の一つとして、かつて日本でも縄で縛った両手足を馬などの家畜に括りつけ異なる方向に走らせることで身体を引き裂き死に至らしめる【八つ裂きの刑】という処刑法が存在した。
無論その処刑法を用いて自殺を行うのはかなり無理があるしそもそも八つ裂きなんて至上の苦痛を伴う方法で自殺をするわけがないのだ。
事件当時、指紋鑑定や警察犬を使っての大規模な捜査が行われたが遺体の手形からは一切指紋は検出出来ず、凶器に使われたであろう縄も見つかっていない。
犯人と思しき白い着物の女性の行方に関しても、これまた奇妙なことに警察犬に匂いを辿らせると決まって殺害現場付近のガラス窓や鏡の前で警察犬が立ち止まってしまったのだという。
まるで
変死事件の真相を突き止めるため鳴神村の村史を調べてみたところ、かつて鳴神村周辺の地方を支配していた氷室一族と縄の巫女の伝承に辿り着いた。
氷室一族は表向きは地方の神事を執り行う大地主の家系。
しかし裏では人知れず人柱を立てた残虐な儀式を行なっていたらしい。
そして縄の巫女とはその儀式に於いて人柱の役割を果たしあらゆる厄災を封じてきた存在としてこの地方で言い伝えられている伝承である。
伝承における縄の巫女の姿は体に縄を巻きつけ白い着物を着た女性で描かれている。
それは今回の変死事件で多くの目撃情報が寄せられた女性の姿と概ね一致する。
これは果たして偶然なのだろうか。
氷室一族が江戸時代の半ば頃に突如失踪してからというもの、宗方夫妻らの失踪事件、そして今回の変死事件と立て続けに不可解な事件が続いているのに何故か決定的証拠が出てこない。調べれば調べるほど謎が深まっていく。
しかし絶対なにかがある。氷室の一族とこの変死事件は決して無関係ではないはずだ。
最後に縄の巫女にまつわる童歌を載せておこうと思う。亡くなった被害者の遺族の為にも一早く事件が解決することを願うばかりだ。
七つ数えりゃ鬼遊び。十数えりゃ縄の巫女。
ちゃっこいあねっこもめんこくなるだ。
岩戸だけは開けちゃなんね。
みったぐねえと岩戸の鬼さんや。
まったをぶっちゃぎにやってくるっちゃ。
んだからオラの言うことさ聞いてけろ。
光栄出版社
というのが記事の大まかな内容になるわけだが、現場の状況など当事者しか知り得ない情報も詳細に書かれていて40年以上前の事件にも関わらず良く調べていると感じた。
なおこの記事を書いた犯罪ジャーナリストの緒方浩司氏はこの記事を最後に出版社を退社している。私も直接的な面識は無いが正義感が強く彼の書いた記事から捜査が進展し解決した事件もあり、若いながらも優秀なジャーナリストだったそうだ。
編集長が言うには一身上の都合といい一方的に辞表を提出し退社したのだという。
以前住んでいたアパートも引っ越したらしく連絡も取れなくなり、どこで何をしているのかも分からなくなっているとか。
【仮題 零〜zero〜】
ある宗教団体が行っていた残虐な儀式に感化された男が
これは氷室一族を題材とした次回作のプロットの一部だ。本来であれば上述のようなサスペンスホラー作品を執筆する予定だった。
しかし一連の事件が縄の巫女の仕業だとしたらもうそんなことも言っていられない。
変死事件の被害者と同じ絞痕...それが暗示する私の未来もまた...死だ。
認めたくはないが呪いは実在したのだ。
あの時私と同じく縄の巫女に捕まった平坂君もおそらく縄の巫女の呪いにかかったに違いない。
平坂君と一刻も早く合流しなければならない。次に縄の巫女と出会った時が我々の最期だ。
念のため我々が入ってきた玄関まで戻ってみたが扉は固く閉ざされていた。
どうやら外側に施されていた縄がしっかりと扉に結ばれているようでこちらから押してもビクともしない。
誰かが外から縄を結んだのか?だとしたら一体誰がこんな真似を。
考えても仕方がない。別の出口を探そう。
そういえば天井の梁が落下して大穴を開けた箇所があったな。
私は大穴の場所まで歩き周辺を懐中電灯の光を照らした。
やはり微かに風が通っているようだ。もしかしたら大穴は軒下から外に繋がっているのかもしれない。
しかし穴の直径はおよそ45cm前後。子どもや小柄な女性くらいであればギリギリ通れるくらいの大きさだが大人の私が通るにはさすがに狭過ぎる。ここからの脱出は不可能だろう。
準星「退路を絶たれたか...とにかく先に進むしか無さそうだな」
もはや我々に逃げ道は無い。
縄の巫女に出会わない様祈りながら私は屋敷の奥まで進んでいった。
外出自粛にかこつけて久々に初代零プレイしました。
怖すぎだしムズ過ぎですね...深紅ちゃんのミニスカだけが癒しでした。