厄介な依頼を引き受けてしまった。
俺は帰宅後もなお今日一日を振り返り何度も同じ結論に至り、そして反芻した。
イナミ「呪いのゲーム...クリア出来なければ死ぬゲーム?」
それはゲームとは言えないのではないか?
イナミ「ともかく考えても仕方ない」
俺は意を決してリュックサックに無造作にしまい込まれていたCDケースを取り出した。
一見するとただのゲームソフトにしか見えない、ただディスク本体を指でなぞると良く分かる。
これが普通のゲームではないと。
なけなしの霊感が一丁前に警告のサインを発していた。指で触れる度に電撃のような刺激が指先から背中を貫通する。背中は既に冷や汗でじんわりと濡れていた。
イナミ「...」
ふとディスクの中央の穴が目に止まる。穴が空いているのはディスクの構造上当たり前のこと。しかしオレの双眸はそれ以外の景色を視界に収めることを拒否し続けた。
あの穴の奥はきっと覗き穴...覗く?何を?
既に自分が正気を失っていることに気づかぬまま、ひたすらに穴を見つめ続けた。しかしその時は突然として訪れた。
イナミ「!?」
穴の奥の深淵に潜む何者かと目が合った。
突如俺の心臓は痛みを感じるほどに強く跳ね上がる。まさか、本当に縄女!?
声を発することは出来なかった。首に生暖かく細長い何かが巻きついているような気配を感じる。
声帯は既に支配権を取り上げられていたのだ。やがて疑惑が確信に変わった。そして身体全体に浸透していた震えは一時的なピークを過ぎると収まっていった。
そこからの自分の行動は実に機械的だった。
おもむろに立ち上がり、そのままゲーム機が接続されているやや年季の入った小型テレビの前へと歩を進めた。
違う...俺じゃない...俺じゃないんだ...
ゲーム機の電源をスイッチをOFFからONへ切り替える。電源ランプが付いたことを確認するとやがて指先はディスクを収める部分の開閉ボタンへと。
待てやめろ...入れてはダメだ...止まれ...止まれ...
既に自分の体は自分の管理下には無いことは明らかだった。縄を括りつけられ滑稽な踊りを続けるだけのマリオネットがそこにいた。
体が勝手に...誰かこの手を止めてくれ...
心の中で何度も叫び続けた慟哭をかき消すようにゲーム機のモーター音が閉め切った自室に鳴り響く。既にゲームソフトはゲーム機の腹の中に収められていた。
ハッと我に返った俺はまるで口にした食物を咀嚼するかのようなゲーム機の読み込み音を耳にすると全てが手遅れになってしまったことに気づく。
待てよ、ゲーム機の電源さえ切ることが出来れば。
電源スイッチをONからOFFにする、コード類を引っこ抜く、テレビの主電源を切る、ゲーム機を破壊する、ブレーカーそのものを落とすetc...
考えついたありったけの妨害手段を試そうとしたが、いずれも叶わなかった。
妨害を試みようとした瞬間何か強い力で引っ張られるような感覚に襲われ、未遂に終わる。どれを実行しようとしたところでこれの繰り返しだ。ディスクを取り出す事はおろかゲーム機の動作に関わるあらゆる手段を封じられた。
もう後戻りは出来ない。クリアしなければ私もあの男性のように殺されるのだ。
今の自分には呆然とテレビ画面を見ることしか出来なかった。
異変はまだ終わらない。無事ゲームソフトを読み込んだはずなのにタイトル画面は現れないまま画面は暗黒を映し続けていた。
読み込みは失敗したのか...?と安堵の溜息を漏らしかけたのと同時に亡くなった男性の恋人が語っていたという証言が頭をよぎった。
被害者の男性はこのゲームをプレイしてから毎晩のように不気味な屋敷で縄女に追いかけ回される夢を見ていた。
毎晩のように
不気味な屋敷で
縄女に
イナミ「夢の中で追いかけ回される...?」
俺は口に出すことで改めてその証言を咀嚼した。
そうだ、確かにそう言っていた。
つまり縄女が現れるのは現実でもゲームの中でもなく。
イナミ「夢の中...?」
部屋に立て掛けられた時計を見ると時刻はまだ二十時前。
まだ寝るには早すぎる。
俺はインターネットのありとあらゆるサイトを検索して縄女のことを調べようと決心した。
ふとテレビ画面を視線を戻すと、やはり画面は真っ暗なまま。
ゲームとテレビを繋ぐコードが縄のようにも見えた。