零〜twin〜   作:鳳菊之助

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その③蜘蛛の意図 

あれから二時間余、俺は縄女のことを調べ続けた。

 

『縄女は臭いに敏感でポマードが有効』

それは口裂け女のことではないのか?

 

『縄女の噂を聞いた人の所に三日以内に現れるという。呪文を言わないと五肢に縄をかけられ裂き殺される』

後半は俺が聞いた話と一致するが、前半はいかにも怪談らしい胡散臭さが否めない。

 

『縄女はこの世に強い未練と怨念を残し首吊り自殺した女性の霊である』

確かにあり得る話だがどんな未練を残した人物なのか。こちらも記述が抽象的過ぎて参考にならない。

 

駄目だ...縄女に関する有力な手がかりは掴めない。俺はパソコンのキーボードを叩くのをやめて砂糖多めのインスタントコーヒーを啜る。

ひとまず調べた内容をまとめてみよう。

 

結論から言えばネットで囁かれている縄女の噂の中で有力な手がかりはなかった。そもそも実際に本物の縄女を目撃した人間はいなかったのだ。

有力な手がかりがないということは考えられる理由は三つある。

 

一つ目はそもそも縄女が出鱈目な作り話であるという場合だ。

誰かが有名な都市伝説に似せて作り上げた架空の存在という顛末ならば一応の説明がつく。だがあんな体験をした以上、今更作り話と割り切ることは出来ない。

夢であって欲しい...一種の催眠状態になってあんな理解不能な体験をしてしまったのだと。

 

二つ目は本物の縄女を目撃した人物は既にこの世にはいないということ。死人に口無し、真相は闇に葬られてしまったのならこれも十分に有り得る話だ。

 

三つ目は何らかの事情があって目撃者が縄女に関する情報を開示することを拒んでいるという場合だ。ではその理由は?思い出したくない程怖い体験をしたということだろうか。

 

いずれにしても現時点では何も分からない。

 

 

時計を見ると既に23時を回ろうとしていた。

 

既に瞼にはぼんやりとした眠気が広がっていた。

食べたくなくても腹は減るし、寝たくなくても眠くなる。

生物である以上生理現象には逆らえないのだ。

 

静寂に包まれていた暗夜が破られたのは意識が自室のベッドに向いたのとほぼ同じタイミングだった。

 

突如ベッドシーツの上に無造作に置かれていたスマートフォンが鳴り出した。着信?こんな遅くに一体誰が?

 

俺は重い腰を上げベッドまで歩きスマートフォンを手に取った。

 

河原賽斗(カワハラサイト)

 

部長からだ。画面には部長の名前と電話番号が表示されている。

俺は訝しみながらも電話に出ることにした。

 

イナミ「もしもし?」

 

サイト『夜分遅くに失礼する。ともあれまだ起きていたようで安心したよ。今電話大丈夫かい?要件はもちろん縄女の件さ』

 

俺は家に帰宅してから起きたことの全てを話した。そう、ゲームソフトを手に取り起動するまでに起きたことも含めてだ。

 

サイト『ふむふむ...状況からして君が突発的な強迫観念に襲われ不合理な行動を取ったとも考えられなくもないが、どうやら今回は違うようだ』

 

イナミ「というと?」

 

サイト『実は僕も帰宅後はずっと縄女に関する情報をずっと集めていたんだ。そして興味深いネタを掴んだ』

 

サイト『みんな君のように一種の催眠状態に陥ったまま呪いのゲームを起動してしまったそうだ。中にはなにかに体を引っ張られていると感じた人間もいたし、縄女らしき人物をこの目で見たという人間もいた。つまり君の証言にピタリと一致する』

 

イナミ「なっ!」

 

この場合のみんなとはこれまでに呪いのゲームをプレイした人間を指すのだろう。みんなついさっき俺が経験した出来事を体験していた。

しかし俺が本当に驚いたのはそれだけではなかった。

 

イナミ「部長...その情報はどこで掴んだんですか?」

 

俺は今の今まで脇目を振らず縄女のことを調べ続けたのだ。マニアックなオカルト掲示板から誰かのつぶやきに至るまで。

 

サイト『まぁ普通に調べても尾鰭のついた都市伝説に行き当たるのが関の山だろうね。今回僕が情報を手に入れたのはダークウェブの中でだよ』

 

ダークウェブ...あまりインターネットに詳しいわけではないが以前何かのテレビ番組で聞いたことがある。

普段我々が日常的に利用している検索エンジンで検索出来る範囲をサーフェスウェブというらしいがそれはあくまで氷山の一角に過ぎず、その下にはディープウェブというネット空間が広がっている。そしてその最下層にあるのがダークウェブだ。

そこでのアクセスは匿名化されていて個人を特定するのは非常に困難であるため、本来なら処罰の対象となるような武器、麻薬、臓器などの非合法的な商品が人知れず取引されているという。

しかしそれと縄女の関係性がどうにも見えない。

 

サイト『別に有形の商品だけが取引されているわけじゃないよ、情報だって立派な商品さ。でもまさか縄女に関する情報がここで売られているとは思わなかったけどね』

 

縄女のような一介の都市伝説に関する情報がそんな人目を憚られるような闇の市場で売られていたという事実に再び驚いた。そして一つの仮説を立てることにした。

 

イナミ「真実が公になると困る都市伝説がある....?」

 

サイト『あるいは困る人間がいるとも解釈できるね。それが個人的なものなのか組織的なものかはまだわからないが。話を戻すけどいいかい?』

 

俺が呆気にとられながらも生返事で返したのを確認すると部長はまた言葉を紡ぎ出す。

 

サイト『縄女の情報を売っていたのは蜘蛛手(クモデ)と名乗る人物だった。蜘蛛手とは恐らくダークウェブを多方面に分かれる蜘蛛の足に例えたハンドルネームだろう。そいつはあらゆる都市伝説にまつわる重要な情報や証拠の切り売りを専門としていた売人だった。僕も思わず目を疑ったよ。縄女の他にも【地図から消えた村】...【眠りの家】...コアなオカルトマニアの間でも有り得ないとされてきた都市伝説を裏付ける証拠と情報が並べられていたんだからねぇ...!まるでたまたま立ち寄った古本屋でNASAの機密文書を見つけたような気分だよ...!ハァハァ...』

 

 

荒くなった部長の息が受話器から耳まで吹きつけられてきたような気分になり俺は身震いした。そんな俺の心情を察したのか部長は『失礼』と一言詫びたのち話を再開した。

 

サイト『僕はすぐさま蜘蛛手とコンタクトを取り、縄女に関する資料をいくつか購入した。詳細な資料は明日中には用意してくれるそうだ』

 

イナミ「ダークウェブの住人との売買...大丈夫なんですか?」

縄女とダークウェブとの結び付きは未だ希薄だが、それでも危険なことに変わりはないのだ。

 

サイト『あしが付かぬよう細心の注意を払ったよ。失ったものは大きかったがそれでもこれからイナミ君が経験するであろうものに比べれば微々たるものだ。まさか君だけにリスクを強いるとでも?』

 

いつもいつもやることはめちゃくちゃだが、それでも心の底から憎むことは出来ない。部長は本当に不思議な人だ。

 

サイト『とりあえず取引成立の前報酬として蜘蛛手から縄女に関する基本的なデータを貰ったから簡単に伝えるね』

 

部長が言った内容をまとめるとこうだ。

 

縄女の生前の名前はキリエという女性らしい。

殺された男性の言っていた不気味な屋敷の名前は氷室邸(ヒムロテイ)といって、かつて広大な土地を有していた一族のお屋敷だった。しかし今は人一人住んでいない廃墟と化しており、そこに入った人間は次々に行方不明になっているそうだ。どうやらキリエもここの関係者のようだが...

 

サイト『今のところ僕が持っている情報はこれだけだ』

 

イナミ「とても参考になりました。わざわざありがとうございます」

 

サイト『後は伝聞通りなら君はこれから夢の中で氷室邸に行き、そこでキリエと出会うはず...自分でも何を言ってるかよくわからないが、まだ夢という分野は科学で解明されていない事柄も多い...それと最後に』

 

サイト『こんな危険なことに巻き込んでしまった本当に申し訳ない。あの時君の言った通りこれは軽い気持ちで関わってはいけないものだったんだ...まさかここまで危険なものだったとは...』

 

イナミ「はぁ、今更何言ってるんですか。自分の非を認めるなんて部長らしくもない」

 

サイト『し、しかし...』

 

イナミ「ならば見返りとして一つ頼みを聞いてもらってもいいですか?」

 

サイト『な、なんでも聞こう...』

 

イナミ「縄女に殺された槙村磨澄の恋人に改めて話を伺いたいのですが約束を取り付けて頂きたい。恋人を亡くされたばかりの人に対してあまりに無神経なお願いだと言うことは分かってます。しかし...」

 

俺だって殺されるかもしれない。手段を選んでなどいられないのだ。

 

サイト『分かった。そっちは僕の方でなんとかしておく。明日はちょうど講義で一緒になるからはずだからな』

 

イナミ「ありがとうございます。それとこれに懲りたらもう厄介事ばっかり拾ってくるのはほどほどにしてくださいよ、それじゃ」

 

サイト『あぁ!待ちたま...』

部長が言い終わるのを待たずに俺は電話を切った。

あんなしおらしい部長は初めて見たかもしれない。

 

スマートフォンをポケットに入れ、部屋の電気を消した。耳を澄ますと今もなおゲーム機は止まることのないサイレンのように鳴っているのが分かる。

インスタントコーヒーの効き目が現れ始めたのか、布団に入ると心地良い眠気に誘われそのまま眠りについた。

 

外では更に深い眠りを促すように風で木の葉が静かに揺れていた。

 

 

長い長い夜が始まる。

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