イナミ「とにかく移動するぞ、ここにずっと居てもしょうがないからな」
冬彦(うむ...それがよかろう...)
一定のリズムを刻みながら回転する水車の音を除けばここはやけに静かだった。
ジッとしてると押しつぶされてしまいそうな静寂に抗うべく俺達は歩を進めた。
普通の道を淡々とに歩いてるだけでもまるで常に綱渡りをさせられているかのような独特の緊張感があった。
氷室邸...やはりここは異常だ...
『カエリタイ...ココカラ...』
突如どこからか声が聞こえてきた。不審に思いながらも歩くのをやめて振り返ったが誰もいない。
イナミ「冬彦、お前今なんか喋ったか?」
冬彦(いや...私はなにも喋ってなどいないぞ)
イナミ「じゃあ今喋ったのは?」
冬彦(...分からんが先程から何者かの気配を感じる)
イナミ「言われてみればさっきから妙にピリピリとした悪寒がし.....え?」
俺が再び視線を前に戻すとそこにいたのはボサボサ髪の謎の男だった。
男の身体中から腐った肉のような異臭がたち込め、爪はまるで肉食動物のように伸び切っていた。
男は俯いているため顔を見ることは出来なかったが、自分の雀の涙程の霊感が絶えずアラートを発信し続けた。
この男はこの世の者ではないと。
『タスケテ...タスケテ...タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ』
男は小さい声で同じ言葉を永延と繰り返しているようだったが、今の俺は理解なんて出来るような精神状態にはなかった。叫び声を上げることすらも忘れていた。
『ココカラダシテクレェェェ』
イナミ「な、なんだ!?ぐっ...あが...ぁぁぁ」
冬彦(イナミ!)
男は掴みかかってきた。とっさの出来事に反応出来ず、俺の首は男の両手に収められる。
その感覚は一言で言えば異常だった。
掴まれているはずの首には強い圧迫感と氷のように冷たい感覚だけがあり、男の手の感触が感じられない。それは男に実体がないことを如実に示していた。
体温を失った両手にみるみる気力を吸いとられているような悪寒に襲われ、ハッとなった俺はもがきながら振りほどき、来た道を逆走した。
冬彦(大丈夫か!?)
イナミ「ハァ...ハァ...今のはなんだ...」
大した距離を走ったわけでもないのに、息が弾むのを抑えられない。
目の前は深い霧に包まれた湖...もう逃げ場はない。
後ろからゆっくりと男が迫ってくる...
万策尽きたと諦めかけたその時。
男とは違う何者かの気配を感じ、俺はその気配のする方へ顔を向けた。
そこにいたのは日本人形を彷彿とさせるような白い着物姿の少女。少女はこちらの様子を伺うようにただまっすぐと見つめていた。
なぜこんなところに女の子が...?
少女はこちらの感情を感じ取ったのか、静かに指を俺のズボンのポケットに向けた。
見るとズボンのポケットが膨らんでいた。なんで今の今まで気づかなかったんだろう。
イナミ「これは...俺のスマートフォンだ」
ポケットの中身を取り出すと、何故か入っていたのは俺のスマートフォン。
戸惑う俺をよそに少女はスマートフォンの上に手を置いた。
刹那、少女の手から眩いほどの青白い光が集束しスマートフォンの中に吸収されていく!
イナミ「これは...」
しゃえいき...
終始沈黙に徹していた少女が静かにそう呟いた後、スマートフォンに置かれていた手を後ろから迫っている霊へと向けた。
イナミ「...射影機?」
射影機...射影...スマートフォンを使って出来ること...
イナミ「これを使ってあいつを撮れってこと?」
既に少女の姿は消えていた。彼女がいたことを証明出来るのは今も煌々と青白く光り続ける俺のスマートフォンのみ。彼女もまたあの男と同じありえないものだったのだ。
冬彦(奴が近づいてきたぞ!)
もう逃げ場がないってことをあいつも理解しているようだ。
腹括るしかなさそうだな。
俺は意を決してスマートフォンを正面に構えた。
ディスプレイには中央部に被写体を収めるためのサークルが、上部には赤色に輝くランプが、下部にはなにかの数値を示すゲージのようなものが表示されていた。
俺の手が震えているのかと錯覚していたがどうやら端末本体がかすかに振動しているようだ。これも射影機とやらの機能だろうか。
少なくともこのカメラが俺の知っているものとは大きく構造が違うことは明らかだった。
イナミ「今だ!」
CORE SHOT !
『ギャァァァァァァ!』
シャッターを切ると男が苦声を上げた。
冬彦(!?効いている!効いているぞ!)
ディスプレイに表示されていたゲージは霊を捉え続けた時間に比例して上昇していた。
目標となる霊をサークルに捉え続ければそれだけ強い威力で攻撃出来るのかもしれない。
イナミ「これじゃあまるで...」
シューティングゲームみたいだなと言いかけた所で俺は口をつぐんだ。突如男が姿を消したからである。
俺は一度も男をサークルから外していない。
それと同時にスマートフォンの小刻みな揺れが治まり、ディスプレイに表示されていたランプも消えていた。
撃退できたのか?確かに手ごたえを感じたが。
冬彦(この気配...後ろだ!)
イナミ「!?」
振り向くと既に男は俺の目と鼻の先まで近づいており、俺の首めがけて両手を伸ばしていた。かなりシビアなタイミングだったが間一髪攻撃を避けることに成功する。
危なかった...冬彦の呼びかけがなかったらまた奴に捕まっていた。
それにしても冬彦のやつ...霊感が俺なんかとは比べ物にならない鋭いようだ。
俺は男から距離をとりスマートフォンを構える。そしてサークルに男を捉えると再びスマートフォンが揺れ始めた。同時にディスプレイのランプも爛々とした輝きを取り戻していた。
なるほど...つまりこの
だんだん射影機の使い方が分かってきたぞ。
端末の揺れとランプの反応がある方向にいる霊を真ん中のサークルに捉え続けることで力を蓄え、ギリギリまで目標を引きつけた上で
シャッターを....切る!
ZERO SHOT!
さっきよりも手ごたえのある一撃を男に与えることができた。
その証拠に男はついに形を保てなくなり、青白い光の粒となって霧散した。
『アノ...オンナノ...セイ...ミンナ』
先程まで男がいた周辺に何か手帳のものが落ちている。
これは...パスケースか。
中には免許証やSuicaなどのカード類などが入っていた。
免許証に記された名前に俺は見覚えがあった。
確かこの人は、部長の話にあった2週間前に自宅アパートで五肢を引き裂かれた状態で発見された男性だ。まさかこんな形で合間見えることになるなんて...
改めて自分の撃退した相手がこの世のものではない霊だと知り、戦慄する。
キリエに捕まってしまえば俺もあんな風になってしまうのか。
冬彦(どうにか撃退は出来たようだな)
イナミ「なんとか、な。とにかく一旦ここを離れるぞ」
どの道この屋敷のどこにも安全な場所なんてないんだ。
ここでジッとして後手後手に回るくらいなら、この屋敷内を探索してキリエや氷室邸の情報を集めることで攻略の糸口を見つける方がずっと良い。
進めど地獄...退けども地獄...ならばせめて自分の送られる地獄くらい自分で決める。それは俺のささやかな抵抗でもあった。
深紅「あなたは...だれ?」
声のする方へ顔を向けるとそこにいたのは長い黒髪をややアンティークなデザインの髪留めで束ねた少女。
おおよそ地獄のようなこの場所には似つかわしくないその風貌から荒れ果てた土地に咲き続ける小さくて儚い一輪の花のような印象を受けた。
これが俺と
もし自分のスマホに射影機の機能が付いたら。
実は本作はそんな私の拗らせた妄想から着想を得ました(笑)
出来ることならイナミ君には本物の射影機を持たせてあげたかったけど、設定上いささか無理がありますしね...
ゲーム用語の解説
CORE SHOT→霊の中心を撮影する(中ダメージ)
ZERO SHOT→霊を捉え続けて霊力ゲージを最大まで溜めた上でシャッターチャンス(霊が一番無防備な瞬間)に撮影する(大ダメージ)