ハリー・ポッターと黄金の君   作:◯のような赤子

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__この刹那に等しき時間が 永遠に続けばいいと願った

ゆえにどうか 聞き届けてほしい

自由な民と自由な世界で どうかこの瞬間に言わせてほしい

永遠の君へ願う


時よ止まれ__



黄金円卓第12席次

焦がれる程の夢を見た

初めてあの方を見た瞬間、己は白恥の亡者となり、気付けば跪き共にいさせてほしいと乞い願った

 

 

 

焦がれる程の熱を見た

あの方から名を貰い、「汝、影であれ」と私はシャドウとなった

 

旅をした、黄金輝く美丈夫と醜悪極まる家を持たぬ屋敷僕の奇妙な旅が

 

次第に人が集まって来た。黄金の輝きに眼を焼かれた私と同じ志を共にした友が増えた。英雄然とした益荒男達と共に、長い旅路の中、我等は目的の無い・・・しかし膨大な熱と共に、輝きと共にあった

 

 

 

焦がれる程の夕焼けを見た

とある村に立ち寄り、しばし滞在することとなった。あの方がそれを望み、我等は是と答えた

そこで焦がれる程の黄昏としか形容の出来ない女性と出会い・・・

 

 

 

 

___運命はカードを混ぜた

 

 

 

 

「・・・恨みますぞウィラトリア様」

 

 

起きた瞬間、口が勝手に動いていた。だがしょうがないではないか

 

 

「屋敷僕に休め(・・)など・・・」

 

 

ある日、ウィラは彼等円卓を集め休暇を取るように言ってきた。何でもまた暫く忙しくなるから、今の内に体を休めろとのことらしい。その一番に選ばれたのがシャドウだ

 

勿論抗議もした、何故己が休まねばならぬのだと

屋敷僕にとって、働くことは生きることに等しい。お家に勤め、身を削るほどの激務の中でこそこの身は至上の癒しに包まれるというのに・・・

 

はぁっと溜息をつき、言われた通り今日は休むことにした。どれだけ物申そうと、ウィラが一度決めたことを早々変えることなど無いと理解しているためだ

 

しかし何をすればいいのか分からない

 

取りあえず着替えをすませ、普段から着ている執事服に袖を通す

普通の屋敷僕は“家”に仕えるものなのだが、シャドウは“個人”__“黄金”に、つまり今現在はウィラに仕える立場である

王位が変わり、その度に服を与えられ忠義を誓うのだが、ウィラが彼に与えてきたものがこれだった。何でも「仕えると言ったら執事だろ?」とのことらしい。ただその後、特殊合金で出来た糸付きの手袋をはめたり、ちょっとマイロードと言ってなどの無茶ブリをして、シャドウが言われたまま、いつも通りの仏頂面でしたのだが、かなり変な空気が流れた

 

 

部屋にいてもやることもないし、取りあえず城の中を軽い清掃チェックと共に出歩くかと、数百年前から与えられた自分の部屋を出たのだが・・・

 

 

「はひッ!お、王様!!本日はお日柄も良く!」

 

 

そこには屋敷僕(・・・)がいた。何てことはない、いくらシャドウがいるとはいえ、それだけで他の役に立つ屋敷僕を雇わないという選択肢にはならない

普段であればボロしか纏うことが許されない一般の屋敷僕でも、このクレーリア城の中では違う

ボロなど黄金住まうこの城にはふさわしくない。ゆえに彼等もシャドウとは一段劣るが、高級感漂う燕尾服にその身を包んでいる

 

 

「・・・私は王などではありません、この身は所詮一介の屋敷僕・・・何よりこの城の主であり、貴方がたの主君が誰かなど・・・分かっているのでしょう?」

 

 

溜息を再び吐きながら、シャドウは思う

“1500年生きる最古の屋敷僕”“黄金の歴史そのもの”と呼ばれるが、それだけだ(・・・・・)

ただ長生きしているだけ。己は後一体何回・・・主が死にゆく様(・・・・・)を見ねばならぬのか

 

 

「はい!我等の主は、名を呼ぶことすら許されない輝きの君にてございます!」

 

 

ウィラはシャドウ以外に名を呼ぶことを許していない。それはこの王国の大統領でさえ、更には彼女の最側近である黄金の獣も同じだ

  

臣下は私の所有物であり、物風情が主の名を呼ぶなと。そして真の忠臣にこそ、その栄誉は与えられるべきだとウィラは言ってはばからない

 

 

「ですが王様は王様です!」 「そうです!王様は凄いのです!」 「黄金卿は素晴らしい主にてございますが、我等の王は貴方だけなのです!」

 

 

・・・何故だろうか、同じ種族同士で同じ言語で喋っているのに言葉が全然通じていない(というか増えた)

 

いつから屋敷僕はこうも人の話を聞かない妖精になったのかと頭を抱え、その手に持った荷物が気になるので聞くと、何でもウィラの所有する書物(・・・・・・・・・・)の一部らしい。どんな内容か、かつて彼女の教育係をしていた者として、気になって見たのだが・・・

 

 

 

『__くぅ・・・っ!ミハ・・・イルっ!!』

 

『名を呼んでくれ、カメラード・・・お前の刹那という人界(ミズガルズ)の果てに、俺の英雄譚(ヴォルスング・サガ)をぶち込みたい・・・ッ!!』

 

 

 

 

パタン__・・・・・・何も見ていないし、何も読んでいない。そういうことにしておこう(一度彼女の趣味を見直させるべきかシャドウは本気で悩む。いや、確かにかつてのギリシャではこういうのは普通だったと聞いてはいるが・・・でもこれは無い)

 

 

落とさないようにと言って、彼等を見送る。途中高く積んだ本が落ちそうになったり、まず前が見えていないからかフラフラとしていたが、彼等はあれが非効率だと気づいていないのだろうか?まぁ落としたら落としたらで、それを理由に全てゴミ箱にぶち込むだけなのだが。あと部屋を片付けるクセを付けてほしい。特に下着を脱ぎ散らかすのだけはレディとしていただけない

 

 

 

 

 

「___ふむ、まぁまぁですな」

 

 

廊下を歩きながら窓の冊子等のチェックを行うが、それなりに行き届いていた

 

 

「シャドウ様、おはようございます」 「おはようございますシャドウ卿」

 

 

歩きながら、会う人間、会う人間がシャドウに会釈しながら腰を折り挨拶してくる

これがイギリスや他のヨーロッパ各所であれば異常な光景だろうが、あいにくここはエルドラド王国

彼が古くから仕えているためか、ウィラを筆頭にエル・ドラド家は屋敷僕を奴隷のように扱うことを禁止している

しかしこの間“黄金勲章”を授与された確かドビーのように、シャドウは給金を貰おうなど考えたこともないし、一度だけウィラが己に給金を払おうとした時、初めて本気で叱った。「主が従者の誇りを踏みにじるなど何事か!!」と

 

思えば成長したものだと、一人廊下を腰に手を当てながら歩く

美しい姫は皆の予想通り、更に美しい王となった

確かに甘やかされ、暴君となってしまったが、そもそも国に仕え奴隷のように働く王など王ではない

王とは誰よりも自己中心的で、しかしその背中に全てを背負い、諸人にとって手の届かぬ象徴でなくてはならない。その点で言えばウィラは合格どころか古代の王に負けず劣らずの最高の王だ

誰も手の届かぬ至高の“黄金”。しかしその姿は孤高ではなく、彼女は常に国や民と共にある

 

 

__私はなシャドウ、気付いてしまったのだよ。全てを愛していると__

 

 

“愛”__確かに彼女は“愛”と言った。だが彼女のソレは普通ではない(・・・・・・)

 

自分が前世の記憶を持つ転生者であると明かしたのは、確かウォーカーが円卓入りした1か月後くらいであったか

ウィラトリアと知らぬ前世の自分との狭間で、己がどんな存在か分からなくなった彼女が泣きながら明かしてくれた。今となってはソレも完全に吹っ切れ、ウィラという少女はこの世界に“一つの個”として産声を上げた

その際気付いた己が心情

 

愛と言っても様々だ

ジブニール達がウィラに親として与える無償の愛。シャドウ達臣下が捧げる忠義もそれと言えるだろう

だが彼女は違う。ウィラの愛は“破壊の愛”だ

壊してしまう程に全てが狂おしい、だが壊れないと彼女は信じている。“私が愛する世界(全て)がこの程度で壊れるワケがない”

 

しかし、彼女も心の奥底では気づいているのだろう

 

 

 

 

この世界はウィラ(彼女)の愛を前に耐えられない__と

 

 

 

 

故に何かと理由を付け、壊してしまわないよう立ち振る舞っている

壊れてしまっては愛せないから、壊れてしまえば己の愛が行き場を失い、今度こそその熱は己ですらも壊してしまうと理解しているから・・・何ということだろうか、ウィラという少女は愛しているがゆえに、そう簡単にソレを示すことができないのだ。何という矛盾を孕んだ歪な在り方なのだろうか

 

 

(・・・いや、それを私が言う資格など無い(・・・・・・)・・・か)

 

 

気付けば足は来た道を戻り、部屋の中へと戻っていた

 

先程まで、今日一日の過ごし方が分からず城の中を歩き回っていたが何をするか決まった

 

 

クローゼットを開け、シャドウがその手に持ったもの___それはみすぼらしいボロ(・・)であった

 

 

 

 

 

「___何?シャドウが私が渡した執事服ではなく、ボロを纏って城を出ただと?」

 

「えぇ、衛兵がそう言っていました。そしてこれを黄金の君にお伝えしてほしいと」

 

 

獣がどこか狼狽えながら私にそう告げてきた。まぁ確かにそれは本来あってはならない、屋敷僕がその身に纏う物は隷属の証だ。それを脱ぐ時は追放された時か、主を裏切った時のみ・・・ゆえに獣は信じられないと言った顔で友を疑い、しかし私に穏便な処遇をしてほしいと乞い願おうとしているのだろうが

 

 

「あぁ、安心しろ。シャドウは別に私を裏切ったワケでもエル・ドラド家から離別したワケでもない」

 

「では・・・何故?御身が与えた執事服。屋敷僕ではありませんが、御身より戴いた召し物を手放すなど・・・」

 

 

自らが身に纏うローブの裾を握りしめ、理解できないと顔を俯かせるが、私はその理由を知っている。シャドウがボロを纏う時は決まっているためだ

そちらに顔を向けず、椅子に座ったまま休憩中に読んでいたマンガに再び目をやりながら、理由を教えてやる

 

 

「墓参りだ」__ペラ

 

「__?墓参り?」

 

 

そうだと言って、マンガをその辺に投げ捨てる(期待して買った同人誌だったが、ハズレだな。もう自分で描いてみようか?)

 

そのまま椅子を回転させ、窓の外へと視線をやる

 

 

「・・・どんな気分なんだろうな?置いて行かれる・・・1500年、ただひたすらに誰かに託され続ける人生って・・・」

 

 

 

 

 

 

__たった一度だけ、たった一度だけ私はウィラトリア様に頭を地に着け、乞い願ったことがある

 

 

“あの場所に行くときだけ、どうか執事服を脱ぐ事をお許しください”__と

 

 

己が所有するものなど何一つ無い。この身は全てをエル・ドラド家に捧げた身。この命、己が“死”でさえも、私には自由など与えられていないし、それで良いとさえ思っている

 

それでも・・・このボロだけは捨てられない___1500年(・・・・・)

 

思えば何と女々しいのだろう

“シャドウ”と名を与えられた時に身に着けていたから、あの方に初めてお会いした時に着ていたから・・・たったそれだけの理由で、どこに腕を通せば良いのかすら分からない、穴だらけのボロを大切に大切に取ってあるのだから・・・

 

 

目的の場所に“姿現し”すらせず、黙々と歩きついに辿り付く

 

そこは“王家の墓”だった

 

エル・ドラド家__王位継承者たる“黄金”は死後でさえ、その身を狙われる

“黄金”の身は死してもなお輝きその髪、遺骨でさえ死後も最上の神秘を含んだ極上の触媒となる

それ故にかつては“黄金”の遺骸を求め、争いが起こった程だ。悲劇を止める為、その身を犠牲にしたあの方の子孫が争いの種を産むなど・・・これ以上の悲劇は無いとどれだけ嘆いたことだろうか

 

 

 

「・・・あぁ、やはり皆変わりない(・・・・・)

 

 

どこかホッとしたような口ぶりで、彼等(・・)に語り掛けるが誰も返事を返さない。当然だ

 

“王家の墓”をグルリと何かが囲んでいる、それはゴーストだ。しかしホグワーツにいるような雰囲気は一切無い

 

 

『・・・』

 

 

時代遅れの鎧を着た者がいた

錆びた剣を胸元に掲げ、いつでも振り抜けるよう構えた者がいた

もはや古すぎて、甲冑ですらなく皮鎧を着た騎士がいた

中には人ですらなく、馬の胴体を持ったケンタウロス。更には巨人族や古き鬼人。英雄と呼ばれる者達ですら尻込みする戦士達がいた

 

 

77人(・・・)___死してもなお、エル・ドラド家に魂だけの存在と成り果てようと、変わらぬ忠義を誓った名も無き歴代の(・・・)黄金の獣(・・・・)”達がいた

 

 

それを眺め、シャドウは墓地には入らず彼等を見て回り

 

 

「・・・オトルル(・・・・)・・・シャルナッハ(・・・・・・)・・・」

 

 

一人一人、噛みしめるように彼等の名を呟いていく

 

己を所詮屋敷僕と侮り、しかし最後は認めてくれた者がいた

共に戦場を駆け抜け、最後は己に託し笑顔で死んだ者がいた

 

 

全員が全員、忘れがたき友であった(・・・・・)。歴史から葬られようとも、己だけは捨てたその名を絶対に忘れぬと誓いを立てた戦友であった

 

 

初めは前王ジブニールが“黄金の獣”から始まり、次第に時代を象徴した益荒男達を遡る

 

途中、ピタリ__と足が止まる。そこは最後(・・)・・・二代目(・・・)黄金が獣の隣、そこだけがポッカリと穴が空くかのように・・・誰かを待っているかのように空いていた

 

先も述べた通り、この場には現国王ウィラの獣を除き“77人”。ウィラは第79代目だ、つまり一人足りないのだ

 

初代黄金ヴァンシエルにも当然“黄金の獣”は存在した。それはシャドウが一番理解しており、故に存在(・・)しない

 

歴史にも一切乗らず、シャドウですら口に絶対にしない存在・・・それこそが“始まりの獣”であった

 

 

「・・・まだ・・・空けているのですか・・・その“獣”は自らその座を捨てた愚か者なのですぞ・・・」

 

 

“始まりの獣”はこの場にはいない。何故なら彼はその名を捨て、主君と定めた男から戴いた名を名乗り(・・・・・)、何より____

 

 

 

 

まだ死んでいない(・・・・・・・・)のだから___

 

 

 

ジっと歴史において、二人目となった獣がシャドウを物言わず見つめる。「それをお前が言うか」と言わんばかりに

 

 

“初代黄金の獣”__彼は獣の称号の他に、もう一つ名を与えられた存在であった。古き時代であったがゆえに、かつて着ていた“貫頭衣(マヒティオン)”。彼はそれを今だに捨てきれず、ボロとなった今でも大切に保管している

 

誰よりも与えられてしまった。誰よりも望まれ・・・こうして己は栄光たる爪牙の参列に加わらず、生き恥を晒している

 

 

歴代黄金の爪牙たる名も無き獣達。英雄(エインフェリア)である彼等が一斉に己の前に参列し、まるで讃えるかのように剣をアーチ状に掲げ、通れと告げてくる。其方こそ、我等が始まりであり、史上の栄誉を一身に受ける権利があると言いたげに

 

止めてくれと叫びたかった、そんな資格は常に逃げ、生きることしかできぬ己には無いと断じたかった

だがこれが、彼等が表せる最大限の敬意なのだと理解してしまえば、死してなお、忠義を貫く戦友を前にしては黙って通ることしかできない

 

 

多くの死を誰よりも見て来た。戦場で、老いで、何度戦友を失い、そして主君達を看取って来たのだろうか・・・ゆえに、何度望んだことだろう

 

 

__時よ止まれ・・・この刹那を・・・この己にとって刹那に等しき一瞬よ、永遠であれと__

 

 

それがどれだけの矛盾を孕んでいるか、分からないシャドウではない

その証拠に何度死にたいと望んだことだろうか、しかし・・・

 

 

__シャドウ、我が愛しき“黄金の獣”よ・・・私は死ぬ。これから生まれるクレーリアと私の子に、せめて明るい未来を・・・笑ってくれ、子を言い訳に使った最低な親だと。・・・シャドウ、後は頼む__

 

 

__へぇ、シャドウっていうんだ!え、ちちうえがつけたの!?良いなぁ~!・・・ねぇシャドウ、ちちうえは・・・どんな人だったの?__

 

 

__いやはやシャドウ、お前は歪んでいる。その矛盾はお前を殺し得ない。何故なら矛はすでにその鋭さを失い、盾もまた錆び付いている。生きながらの屍よ、お前の忠義に応えるために“呪い”でもと思うたが・・・その必要はないようだ。ではなシャドウ。我が麗しの妹君陛下をよろしく頼むよ。私は・・・女神に会わねばならないのだから__

 

 

誰もが皆、自分を置いて逝く。__「後は頼む」__そう言い残して

とある方は己の在り方を“呪われている”と言い残し、魔法界の救世主となった。あぁ、ならば・・・これは確かに呪いなのやもしれぬ、すでにこの身は腐りかけた“トバル・カイン(生きた屍)”やもしれぬ

 

 

ついに戦友の屍を超え、彼はその場にたどり着く

 

ふと思う。もし、この場に彼女がいれば何と言ってくれるだろうか

“黄金”に常に寄り添い、己のような醜悪極まる屋敷僕の手を包み、抱き締めてくれた__“黄昏”の似合う・・・始まりの男と添い遂げた、“黄昏”ならば何と声をかけてくれるのだろうか?

 

 

 

__ねぇシャドウ、私・・・貴方とヴァンに会えて良かった。大好きだよシャドウ。あの人と・・・私の子供をどうか見守ってあげて・・・?__

 

 

 

一際周囲に並ぶ墓の中でも、特に大きく、また中央に崇められるかのように置かれたモノリスを前にシャドウはその女性の名を呟く

 

 

「・・・私は・・・一体いつまで、その言葉をお守りすればいいのでしょうか___

 

 

 

 

クレーリア様・・・」

 

 

 

 

城に戻ったシャドウはすぐさまボロを着替えようとするが、そこへウィラの黄金の獣が待ったをかけに来る。何でもウィラが彼のことを呼んでいるらしい

 

 

「ですが・・・流石にこの恰好では・・・」

 

 

今のシャドウは主であるウィラから受け賜わった執事服ではなく、ボロのままだ。こんな汚い姿を高貴な方であるウィラに見せるわけにいかないと言うが、獣はそのままで良いと告げる

 

 

「シャドウ殿、黄金の君は今の貴方に聞きたいことがあるそうです。黄金円卓が末席、第12席次である貴方ではなく、一人の屋敷僕として聞きたい事があると」

 

 

 

案内され、着いた先で獣はその場を後にした

ここから先は己でさえ部外者であり、無粋であると感じたからだ。そこに微かな嫉妬をシャ

ドウに抱くが、元よりこの屋敷僕の在り方を前にしては神獣ですら何の意味も持たない

 

 

案内されたテラスの先で、ウィラは夕焼けを眺めていた

その姿を見たシャドウは言葉が出なかった

 

風に運ばれた大庭園の花弁が彼女を飾り、またその黄金色の髪も靡いていた。彼女自身を夕焼けが・・・黄昏が優しく彩っている

 

ようやくボソリとシャドウが呟いた言葉は、今の主の名ではなく

 

 

「・・・クレーリア様・・・?」

 

 

そこでようやくシャドウが来たことに気づいたのか、ウィラはこちらを振り向き

 

 

「__ん、来たか。確かに私の名には“クレーリア”の文字があるが・・・珍しいな、卿がその名で私を呼ぶのは」

 

 

靡く髪を手で軽く押さえるウィラを見て、すぐさまシャドウはその場で平伏する

 

 

「っ!?も、申し訳ありません!!我が君!!」

 

 

今シャドウはウィラを差して“クレーリア”と呼んだのではない。目の前の主に別の方を重ねるなど、何たる不敬か

 

しかしウィラは何も言わず、ただシャドウを見つめていた

しばらくし、ようやくウィラは静かな面持ちで彼の名を呼ぶ

 

 

「シャドウ、卿の名を問いたい」

 

 

__?それはどういうことなのだろうか?己の名はシャドウだ。それ以外の何者でもない

 

 

「いや違う。ここにいるのは我が黄金円卓第12席次シャドウではないハズだ」

 

 

理解した。何故この方は執事服ではなく、このボロを纏った己を呼び出したのか。しかし・・・それを言うにはシャドウの忠義はあまりにも高かった

 

 

「良い、許す。問いたいことがあるのだよ。“私に仕えるシャドウ”ではない、“エル・ドラド家に仕えるシャドウ”に」

 

 

その言葉を聞き、しばし目を瞑り・・・

 

 

「・・・屋敷僕シャドウ、御身の前に」

 

 

満足したかのようにクスリと笑い、再び夕焼けを見始める

 

 

「すまないな。と言うのもな?卿に問いたいことなど一つも無い、ただ共にこの黄昏を眺めたかったのだよ」

 

 

シャドウは何も言わず、ただその場に佇む

あまりにその夕焼けが美しくて・・・あまりにもかつてあの方達と共に見た、黄昏の風景に似ていて

 

沈黙がその場を支配するが、それは不愉快などではなくむしろ心地よく、風の音だけが静かに癒しを与えてくれる

 

 

「・・・つらいよなぁ、置いて逝かれるのは・・・」

 

 

その癒しを天上の調べが切り裂く

やはり、この方は全てを見抜かれたうえで自分をこの場に呼びよせたのだと理解する

 

 

「私も人の子だ、いつかは卿等を置いて老いて死ぬ肉の身だ。・・・置いていくのも、置き去りにされるのも辛いと理解しながら・・・シャドウ」

 

 

そこでようやく背を向けていたその表情を、シャドウへと向ける。そこには酷く透明で、何よりも純粋な願いが宿っていた

 

 

「それでも私は卿に生きてほしい。生きていつか私が宿す子に続き、孫に子孫に・・・最後の“黄金”がその洛陽を迎えるその日まで・・・これは呪いだ、シャドウ」

 

 

かつて偉大なる二人目から呪われたこの身が、再び偉大なる3人目によって呪わ(祝福さ)れる

ようやく気付いた、何故誰もが己に願いを託し、死んでいくのかが

 

初代の息子である2代目は、己に黄金を戒める鎖としての在り方を望み、この身に黄金の魔力を相殺する力を与えた

 

皆言葉や行動は違えども、ただ己に生きてほしいと願っていたのだ

 

ゆえに分からない(・・・・・)。分かったのに分からない

震える声でシャドウはウィラに問う。本当にそれが理解できないからだ

 

 

「何故・・・誰もがこの矮躯な屋敷僕風情に祈りを捧げ、生きねばならぬ花と命が散っていく」

 

 

顔を上げたシャドウの瞳には、涙がこぼれ落ちていた

 

 

「もう耐えられないのです!!老いさらばえる支配者達に!我が子に等しき貴女方が死にゆく様に!!何故ッ!・・・戦友(とも)はヴァルハラへと召還されゆく中、何故誰もがこの弱小たる私を置いて・・・ッ!?」

 

 

それは汝、影であれと己を律して来た・・・たった独り残され続けた男の慟哭であった

 

荒く息を吐き、自分が今誰に何を言ったのか理解し顔を青褪める

 

 

「ッゥ!?無礼をっ!私は何という・・・貴女様を・・・屋敷僕風情が我が子など・・・ッ!?」

 

 

慄き震えるその身を、ウィラは優しく抱きしめる

 

 

「良い、許す。あぁ許すとも・・・シャドウ」

 

「ウィラ・・・様・・・」

 

「確かに卿は()だ。我がエル・ドラド家が誇る最古の宝物にして所有物だ。だがそれ以上に・・・気づいていたか?卿がいなければ、エル・ドラド家はすでにその黄昏を終え、私は生まれることもなく、洛陽の陽は王国に陰りとなって射していただろう」

 

 

それは事実であり、だからこそ常にシャドウの眉間には消えない皺が出来ている

優れた王の子が、優れた名君足りえるなど分かるハズもなく、無論長い王国の歴史の中で悪逆極まる愚王もまた生まれてきた。彼等が生きていれば王国に未来はないと分かっていても、相手はどんな魔法も効かぬ“黄金”・・・シャドウは守るべきヴァンシエルの子孫達を幾度となく暗殺(・・)しては、代替わりを促すこともあった

 

ゆえに美しいとウィラは本気で思う

誰よりも傷付き、果てぬ贖罪の旅路を歩き続ける様こそはまさに愚劣極まる最愛の臣であると

 

ギュっとウィラは壊れんばかりに、しかし決して壊れぬよう手加減しながらも抱きしめ続けていると

 

 

「・・・ならば我が君、どうかこの洛陽を見守ることを誓わんとする老いぼれの望み

を一つ叶えていただきたい」

 

「・・・」

 

「どうか・・・ウィラトリア様、どうかもう__我慢(・・)を止めなされよ」

 

 

シャドウはウィラがどれだけ我慢しているか知っている

壊れてしまってはどうしようと、世界が耐えきれなければどうしようと、成してもいないのに恐れをウィラは抱いている

 

 

「・・・」

 

 

スゥっと息を吸い__ウィラこの国を覆う己の魔力を・・・全てシャドウにぶつけた

 

 

「オ゛ッ!?  ァグ・・・ッ!!」

 

 

メキメキと体が軋み、口から血がゴポリと流れるがシャドウは歯を食い縛り必死に耐える。もう何かを我慢し、あまつさえその残酷に美しすぎる感情をたった一人の愛した男(・・・・)にさえぶつけることを怖がるウィラの姿など見たくなかったのだ

 

 

「私は全てを愛している・・・無論それは卿もだ・・・耐えてくれるね?」

 

 

手加減無しにウィラはシャドウを()しにかかる。その今だ誰の男の手にも抱かれていない処女である身を、彼女は臣下の血で真っ赤に染めていく

 

 

どれだけの時間がたったのだろうか、黄昏は今だ落ちず二人を見守り続けていた

 

ふっとウィラが圧縮した魔力を拡散させ、抱き締めた屋敷僕を見ると

 

 

「 ___ヒュ― ヒュ―・・・わ・・・かりましたか?貴女程度の愛で・・・この世界は・・・壊れませぬ・・・だからどうか我が君・・・存分に世界を愛されよ」

 

「うん、ありがとうシャドウ。後で“不死鳥の涙”を用立てよう。それまではどうか、ゆっくり眠っていろ」

 

 

聖母のような笑みを浮かべ、ウィラはこの愚かとしか形容できない屋敷僕に最大限の感謝を伝える

 

 

「本当にありがとう。これで・・・私は全力で、全てを愛していいと理解できた」

 

 

独りごちながら、ウィラは自らの頬に着いたシャドウの血を舌で掬い上げ

 

 

「愛しい卿でこれほどまでに香しいのだ・・・ならばセブルスなら、最愛の男ならば、この身こそが壊れてしまいそうな程に良い香りなのだろう」

 

 

己を抱くあの男の背に爪を立て、獣のように交じり合う様を妄想し、つい下腹部が熱くなる

 

血に染まったウィラを照らす黄昏も、ついに落ちる時間が刻一刻と近づいてきていた

 

 

夜が来る

太陽は城へと戻り、身を清める中、彼女に唯一付き従う正真正銘の夜を代表する怪物が動き出す

 




いかがだったでしょうか?
正直書いている途中何を書きたいか分からなくなってきたので少しワケ分からんとなる方もいると思いますが容赦してください(汗

Q:つまり・・・どういうことだってばよ
A:今まで以上にウィラがハッチャケて魔王めいていくってことさ!!←集中線付き
  

前書きの詠唱は作者的にこのキャラに合うなと独断で決めています
なので別に詠唱事の『創造』ができたりするワケではありません



【挿絵表示】



黄金円卓第12席次シャドウ

司るアルカナは『愚者』
抱く渇望は『永遠の刹那』

仕える主が生きる、己からしてみれば刹那に等しいこの時間が永遠に続いてほしい。しかしそれでは王や国というシステムそのものの否定に繋がるという矛盾を孕みまくった渇望(まぁ練炭も矛盾だらけだしね、しょうがない。てか永遠の刹那って言葉がスゴイですね)


戦い方としては非力であると理解している為、音も無く相手の背後に“姿現し”をし、首を刎ねて戦線離脱という暗殺者めいたやり方
ただし長い黄金との付き合いで、黄金の魔法に対し特効めいた力を持つように(事実この世界において最も主を殺し続けた忠臣)

大きな耳はボロボロになっているが、これは数多の戦場を駆け抜け
己が主を守り通した証にして、シャドウにとっての誉れでもある

その正体は最古の屋敷僕にして、初代“黄金の獣”
しかしシャドウは名を貰い、更にもう一つ戴くなどあまりに不釣り合いだとすぐに辞退し、その後は己が獣であったことを歴史から全力で抹消した

名も残らぬ英雄を2代目黄金は勘違いし、『獣が名前なんだ!』といった感じでそれから黄金の獣に選ばれた者は名を奪われるようになった

ウィラが無意識にしていた枷を外してしまった張本人




次回予告


__かつてどこかで そしてこれほど幸福だったことがあっただろうか 幼い私はまだ貴女のことを知らなかった __

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