英霊剣豪七番勝負を終えた時にそのままテンションで書いたものを、改めて手直ししてここに上げ直すことにしました。
ダ・ヴィンチちゃんが万能の天才(笑)なのは僕の頭が残念なせいです。
飛び加藤と名高きアサシンのサーヴァント加藤段蔵は、フランスのオルレアンでマスターの元へと駆けていた。とるものもとりあえず、ただひた走る姿は鬼気迫るものがある。
事の起こりは、第1の特異点オルレアンにおいて、微小な特異点が感知された所から始まる。
既に人理が修復されたオルレアンで、多数のワイバーンが感知されたという。
マスター曰くこういったことはよくあるそうで、手慣れた風に引き連れて行くサーヴァントを選び出した。
今回のメインアタッカーは妖怪退治に誉の高い源頼光、そしてそれを段蔵と小太郎と名乗る忍びのサーヴァントの2人でサポートしていく、という形だった。
作戦そのものはひじょうに上手く回ったといっていいだろう。鬼神の如き強さをみせる頼光を、段蔵と小太郎がそつなくサポートしていく。問題があるとすれば、それはマスターの不警戒であった。
倒したと思われたワイバーンのうち1匹が、まだ息を保っていたのだ。
進軍するサーヴァントに合わせて進んでいたマスターは、結果そのワイバーンの横を通り過ぎた際に、口で咥えられて攫われてしまったのだ。
戦闘用の礼装を身にまとっていたマスターは、ワイバーンに噛まれたとて致死に至ることは無いが、それでもマスターとサーヴァントが引き離されてしまったのは一大事であった。
すぐさま3人とも、マスターの救助に向かおうとしたのだが、矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてくるワイバーンがそれを許してくれない。結果、頼光の提案により彼女が周囲のワイバーンを全て引きつけ、その間に手の空いた段蔵と小太郎が彼を助けにいく手筈となった。
どこまで連れていかれたのかわからない焦燥感にかられながら、段蔵はマスターが連れていかれた方角へと走り続けた。
すると、段蔵の進んでいる方角から少年と思しき男性の喚き声が聞こえて来た。
「マスター!」
間違いない、己がマスターの声だ、と察知した段蔵は足に備えられたブースターを起動し、一息で声の元へと駆けつけた。すると、そこには。
「ゔわあ゛ああああっ!ごわがっだよおおおお、ごだろおおおお!!」
「わ、わかりましたから、もう少し離れてくださいマスター、こ、これではいざという時に、外敵を察知できません!」
既に駆けつけていた小太郎に泣いて抱きつくマスターの姿と、急に抱きつかれて狼狽する小太郎の姿があった。
*
『藤丸くん、聞こえるかい?いやー、ようやく繋がったよ、無事で何よりだ。』
『先輩、お怪我はありませんか!?』
カルデアの管制室から連絡が繋がったのは、マスターを段蔵と小太郎でなだめて少しした頃だ。
マスターの腕についている通信機から、いつも余裕を崩さない朗らかな声と、感情を隠さない焦った声が聞こえる。
「マシュ、ダヴィンチちゃん、こっちはなんとか。
ワイバーンに連れ去られた時はどうなるかと思ったけどね。
ガンドでワイバーンを撃ち落として、なんとか木の上に不時着して、そこに小太郎と段蔵が助けに来てくれたんだ。」
マスターも慌てずに答える。
やはりマシュの前では先輩として振る舞おうと構えるのか、先ほどまでの取り乱しようは嘘のようだ。
『すみません、私がそばについてさえいれば…』
マシュはすまなそうに顔を伏せる。
本来であれば、彼女には擬似サーヴァントとして戦い守る力があるのだが、今はそれを失っているのだ。
「ううん、大丈夫だよマシュ。マシュが気に病むことなんて一つもない。君がカルデアに居てくれれば、それだけで僕はなんとしてでもそこに戻らなきゃって活力になるからね。」
『先輩…』
『はいはい、ラブラブモードはそこまでだよー。さて、一刻も早く藤丸君が戻って来れるように、先ずは状況を整理しようじゃないか。』
2人の雰囲気を壊すように、ダヴィンチが会話を遮る。しかしその言い方はおかしいではないか、と段蔵は疑問を覚えた。
「ダヴィンチ殿、その言い方ではまるでマスターがカルデアに帰還できないように聞こえますが。
さしあたってマスターだけでもレイシフトをしてて態勢を整えればよろしいのでは?」
同じことを考えていたらしい、小太郎が段蔵と同じ疑問をダヴィンチに問いかける。
『うん、それなんだがね。ワイバーンに藤丸君が攫われた時点で、我々も強制的なレイシフトを試みたんだ、しかし全く出来ないんだよ。
強烈な意思、力とでも呼べばいいのかな。それが藤丸君を縛って、ここから離さないんだ。』
「それってつまり、聖杯みたいな?」
マスターが心あたりがあるかのように確信に満ちた声で問いをなげる。
『うーん、多分本質的には別物なんだろうけど、効用はほぼ同じかな。何にせよ藤丸君はその特異点のどこかにある、その力の支点を見つけ出して破壊ないし解除しないといけないわけだ。』
『…いよいよ、本物の特異点じみて来ましたね。』
マシュのポツリと漏らした言葉に、マスター、小太郎、ダヴィンチの3人がウンウンと頷く。
段蔵の知らぬ所であったが、かつて多くの特異点を駆け抜け、人理を修復して来た彼らにとっては、この状況はもはや馴染み深いといっても良かった。
『どうやら、これはいっぱい喰わされたかもしれないぜ藤丸くん。』
ダヴィンチちゃんがあくまで微笑みを絶やさぬまま、言葉を続ける。
『多分これは君もしくはカルデアが、特異点を見つけたらレイシフトせざるをえないと知っていて、こちらを誘い込んだんだ。
この微小な特異点を発生させた何者かは、明らかにこちらへの敵意を向けて来ている。』
「敵意…か…そう考えると、僕がワイバーンに攫われたこと自体何か意図的なものを感じるね。」
『はい、今までワイバーンがああやって死んだふりをして、油断を誘うことなんてありませんでしたから…』
しばらく考え込んでいたマスターだったが、少しすると何かに気づいたように辺りを見回す。
「あれ、そういえば頼光さんはどうしたの?」
「それは…」
いたいところを突かれたという風に、小太郎は口を濁す。
代わりに応えたのは段蔵だった。
「頼光殿は、囮となってワイバーンを引きつけてくださいました。
マスターが攫われたおり、ワイバーンめが矢継ぎ早と襲いかかってきたため、私達はすぐに救援に向けえませんでした。それゆえ、頼光殿がワイバーンの攻撃陽動を一手に引き受け、脚の早い我らがマスターの元へと駆けつけた次第でございまする。」
段蔵は淡々と、しかしどこか申し訳なさを孕んだ声で、ここまでの道行を説明する。
その説明を受けて、ダヴィンチは手元の計器を弄る。
『ふむ、どれどれ…。どうやら頼光はもう退去してるみたいだね。さすがの妖怪退治のプロフェッショナルも、二十三十とワイバーンに襲いかかられては分が悪かったようだ。
時間を充分に稼いでから、霊器を完全に破壊される前に自分の意志でそこから退去した様だね…となるとそろそろ』
ダヴィンチの言葉が終わる前に、向こうでバタバタと大きな物音がする。そして次に現れたのは誰であろう、話に上がっていた頼光だった。
『ますたあ、ますたあ!ご無事ですか!?
ああ、この母がついていながら何という体たらく。大丈夫でしょうかますたあ、段蔵殿と小太郎殿はそちらについていますか!?』
心配した様子で、マスターに次々と言葉をかける頼光。彼女はマスターに対して極端に過保護で、まるで息子に接する様に極度な心配りを見せるのだ。
「うん、大丈夫だよ頼光さん。ピンピンしてる。
それにありがとうね、僕を助けてくれるために1人で頑張ってくれたんだよね。」
『いえ、私の苦労など大したものでは。貴方が無事ならばそれで良いのです。
良いですか、母とは子を案じるもの。マスターのことを私が心配するのは…』
『あーごほんごほん、頼光さんそろそろいいかな。
まあ、というわけでだ。とりあえず藤丸くんはこの先、特異点の発生源を潰すことが目標となる。いつもどおりといえばいつもどおりだね。
それで、この特異点の原因や場所に心当たりはあるかい?』
尚もまくし立てようとする頼光に、ダヴィンチがストップを入れて話を再開する。
「それでしたら、一つだけ」
ここで手を挙げたのは小太郎だった。
「先ほどのワイバーンによる拉致が意図的なものだったとするならば、その攫われた方角の先に、目的地となる場所があるのでは無いでしょうか。」
『ふむ、確率としてはそこが一番芽がありそうだね。よし、それでは藤丸くんが拉致された方角にこれから向かうことにしよう。
だが、もうすぐそちらは日が沈む頃合だろう。そろそろ野営準備をして、今日は休みなさい。活動は明日からだ。』
ダヴィンチの指揮によって大まかな方針が決定した。
ひとまず今は、と段蔵と小太郎は身を隠すのにちょうど良いところに、宿営地をこしらえることにした。
*
夜になった。
藤丸は小さく焚いた焚き火の前で毛布にくるまって就寝し、段蔵と小太郎の2人が寝ずの番をする事になった。こういう時は、サーヴァントの体が非常に便利なものである。
最初は気を張って周囲を警戒していた2人であったが、周りに敵の影はまるでなくやがて少しずつ警戒を緩めていった。
そうなると、段蔵には一つの疑問がむくりと浮かび上がってくる。それは小太郎についてである。
「小太郎殿、そちらには何か影がございまするか?」
「…い、いえこちらには何も。」
やはりだ、と段蔵は思う。
段蔵から声をかけてみると、小太郎は返答に一拍の時間を置くのだ。その様はまるで、段蔵に名前を呼ばれるのに驚いている様でもある。
さらに日中の戦いも段蔵には気にかかることが多い。
頼光をサポートする形で小太郎と段蔵はコンビを組む事になったわけだが、あまりにも息が合いすぎるのだ。
それは小太郎が人に合わせるのが上手いという話なのかもしれないが、段蔵は絡繰だ。普通の人間には備わってない機構が数多く存在する。
ところが小太郎は、そういった機構に全て合わせてみせた。段蔵にはその事が、小太郎が生前の知人である証明に思えたのだ。
「小太郎殿、少しお話をしてもよろしいでしょうか。」
少し距離のある小太郎に、段蔵は勇気を出して話しかける。
小太郎は直ぐには応えない。
二人の間に、パチパチと焚き木の爆ぜる音が響く。
「…何でしょう、警戒の妨げにならない事であれば。」
「やはり、段蔵と小太郎殿はどこかでお会いした事があるのでしょうか?」
「…以前お会いした時に、面識はないとお伝えしたと思いますが。」
淡々と応える小太郎の横顔は、暗闇に陰って段蔵には見る事が出来ない。いや、段蔵に内蔵している暗視装置を使えば見る事は出来るのだが、それはしてはいけないと段蔵は感じたのだ。
「ですが、小太郎殿はご自分の姓を語られませんが、風魔の出の忍びでございまする。
立ち振る舞いとつかう技から、段蔵にもそのくらいは分かりまする。」
「風魔の出だからといって、必ずしも知り合いだったとは限らないでしょう。
…貴女が亡くなられた後に、僕が産まれたかも知れません。」
「そうかも知れませぬ。ですが…」
なおも続けようとした段蔵の言葉を、小太郎は唐突に遮った。
「すみません、僕もどうやら思ったより疲弊した様です。幸い襲撃者の影はありませんし、少しの間、床についても良いでしょうか?」
小太郎のいきなりの言葉が明らかな逃げ口上である事は段蔵にもわかったが、そういわれてしまっては拒否はできなかった。
段蔵がいいですよと応えると、小太郎はありがとうございますと言って、早々とマスターの隣に座り毛布も掛けずにごろりと横になって目を瞑った。
段蔵はその小太郎の姿を見て、毛布の一つも掛けずに寝ていては風邪をひいてしまうではないかと案じたが、よくよく考えてみればサーヴァントである小太郎は病気になどならないと直ぐに気づいた。
はて、と段蔵は今日何度目になるかわからない疑問を覚える。
これは普段絡繰として使われる自身を是とした段蔵にとっては非常に珍しい事であったのだが、ともかく段蔵は自身の思考に疑問を感じずにはいられなかったのだ。
本来であれば、この状況下において同じ忍びである小太郎を気遣う必要など全くないのである。むしろ忍びとして段蔵よりも高い技量を持つ小太郎を、段蔵が心配する事は失礼に値する。
だというのに、小太郎が粗雑に横になった姿を見た時に、その姿を案じずにはいられなかったのだ。
なぜだろうと疑問を覚えた段蔵だったが、横になる小太郎を見ていても自分の疑問に答えは出ない。ただ、その姿を見ていると、絡繰仕掛けのシナプス(こころ)が少し揺れた気がしてー、
「ーー、ーーーー、ーーー、」
「唄を、歌っているのですか。」
小太郎が段蔵に指摘する。
その時まで、段蔵は自分が囁く様に唄を歌っていた事に気付いていなかった。
「すみませぬ、気づけば口ずさんでいた様で。迷惑でございまするか。」
段蔵が尋ねると、小太郎はこちらにそっぽを向けたまま応える。
「いいえ、なぜだかとても落ち着きます。どこで聞いた唄なのですか?」
「…それが、段蔵にもわからぬのです。もとより壊れかけのこの身、おそらくどこかで聞いたのだろうと思うのですが、とんと思い出せませぬ。
ただ、」
「ただ?」
「…ただ、小太郎殿の寝姿を見ていたら、自然と口から漏れていたのです。」
少しのあいだ、沈黙が落ちる。
小太郎は何も喋らないし、段蔵も聞かれた事はこたえてしまったから、これ以上続く言葉はなかった。
「…そうですか、僕はとても好きですよ、その唄。やさしくて、温かくて、どこか懐かしい。」
そう言ったきり、小太郎は再び口を閉ざしてしまった。
それは唄っていてもいいという了承の証だろうと判断した段蔵は、眼だけは周囲を警戒しながら、囁く様に、さざ波の様に、唄を口ずさむ。
二人が寝ている横で歌うその姿は、まるで子の前で子守唄を歌う母の様だと段蔵は少しおかしな気持ちになった。
*
結局、夜襲がないまま一晩を過ごした翌日の朝。
カルデアのメンバーは、マスターが朝食を頬張りながらのミーティングを執りおこなっていた。
『まず、君たちが一晩過ごしている間にこちらも周辺の地形をマッピングしていたんだが、藤丸くんが攫われた方向、我々がこれから目指す先におかしなものを発見したんだ。』
「おかしなもの?」
マスターはもぐもぐとブロック状の食料を頬張りながら、ダヴィンチに尋ねる。
『ああ、ものというよりは地形だね。
そこで現地にいる君たちに確認してもらいたいんだ。
小太郎君聞こえていたね、その周辺で一番高い木にでも登って高見をしてきてくれたまえ。』
「承知」
ひとこと言葉を返すと、先程までマスターの後ろにいた小太郎は音もなく居なくなった。
『ここからおおよそ5km程行ったところだ。ここら一帯は森林地帯なんだが、そこだけなぜか円形に開けたら場所となっている。』
「ここから5km程でございまするか?段蔵が前もって記録した地図によれば、そこは本来他と変わりない森林地帯の様でございまする。」
『ああ、その通りだ。だが今そこは直径約1km程の円ができているんだよ。そしてそこから微弱な魔力を検知した。』
食料を食べ終えたマスターが、水を飲みながら応じる。
「という事は、そこが今回の特異点という事。」
『おそらくそうだと思われます。ですが、私たちでは開けた場所がある事は分かっても、そこがどのような状態になっているかまではわかりません。
その為現地の目が必要、という事です。』
しばらくすると小太郎がやはり音を立てずに戻ってくる。
「戻りました、マスター。」
『やあ、おかえり。
それで何か見つかったかい?』
「はい、ダヴィンチ殿の言う通り、ここから5kmほど先に、開けたら円の様な場所がありました。そこは土がむき出しになっていて、土地を拓いた後の様に見えます。」
ふむ、とダヴィンチは少し考える仕草をする。
「土地を拓いたって言うと、ブルドーザーが通った後の様に?」
「ブルドーザーというと…この前マスターに見せてもらった映画に出てきた重機のことですね、まさしくあのような感じです。
ただし、人の踏み入った様な形跡はありませんでした。」
小太郎の言葉に一同はふむ、と考え込む。
『まあ、何はともあれ、まずはそこに行ってみようじゃないか。5km程度なら藤丸君も歩けない距離じゃないだろう?』
このままでは拉致があかないと思ったのか、ダヴィンチが切り出した提案だったが、それは隣にいるマシュによって反対される。
『それはどうでしょうか。現状そこに何があるかわからない以上、無闇に近づかない方がいいと思うのですが…』
そうかもしれないね、とマスターはマシュの言葉に応じる。
「でもねマシュ、現状これ以上情報は得られないからまずは行ってみるしかないと思うんだ。虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うしね。
それにね、いつだってそうやってなんとかしてきただろう。」
それに二人も付いているしね、とマスターは言葉を重ねる。
さらに後ろに控えた段蔵と小太郎も、何があっても守ってみせるとばかりに首肯する。
『そう…ですね…すみません先輩。私、先輩のお側に居られなくて、臆病になっているのかもしれません。』
「いや、マシュの気持ちは嬉しいよ。帰ったら今回の事で弄り倒すから、覚悟しておいてね。」
マスターの冗談混じりのフォローに、マシュもクスリと笑って、それは怖いですねと微笑む。
『さて、話は決まったかな?
では出発するとしよう。藤丸くんが自分のペースで歩いて、二人はそれに合わせる形だ。
藤丸くん一人にするのはいくら何でも危険すぎるし、この先何があるともわからないのだから余計な消耗は控えるべきだ。
なに、軽い森林浴とでも思ってのんびり行くといいさ。』
*
事実三人はのんびりと森林浴でもする様な気軽さで、目的地へとたどり着いた。
「…なにもなかったね。」
「なにもなかったでござるな。」
「なにもなかったですね。」
三者三様、口を合わせて呟く。
三人の前には、小太郎が目にしたとおりの広大な空き地が広がっている。
『オッケー、そちらは着いた様だね。近くに来てみると、やはり微力な魔力を感知できるね。
そちらから見てなにかめぼしい物は見つけられるかい?』
ダヴィンチの言葉を受けて三人はそれぞれあたりを見回すが、なにかそれらしい物は見つけられない。
草木が生えて居ないことを除けば、いたって普通の平野である。
『ふむ、であれば目ではなく機械に頼るとしよう。
段蔵ちゃん、君に備わってるセンサーの全てを駆使しても、引っかかりはないかい?』
「了解しました。」
ダヴィンチの言葉を受けて、段蔵は自分の足元にそっと片手を置く。
「誘導型近接センサ、反応なし。作動変圧器、反応なし。超音波センサ、反応なし。圧電素子センサ、反応なし。磁気抵抗素子センサ、反応なし。光電子増倍管センサ、反応なし。光高温計センサ…1件反応あり。」
計測を終えた段蔵がゆっくりと体を起こし、円形の場の中心を指差す。
「あそこの地下深くに、なにかしらの熱を感知したでござる。」
『熱感知だって?そのくせ、超音波センサーには反応なしときた。
つまり、そこには何かの熱源はあるが、その実態はないということだ。ははあ、読めてきたぞ。』
マスターたちがぽかんとしているのを他所に、ダヴィンチは坦々と話を進めて行く。
『そこにあるのに、実態はない。つまりそこにあるのにないという事態を引き起こせるのは、現代ではなしえない神秘のみだ。
そしてマシュ、今回我々が手を焼かされたワイバーン、彼らがどういう種別にあるかわかるかな?』
『は、はい。彼らは竜種、幻想種に分類されます。』
『その通りだ。幻想種とは、現代においては存在しえない神秘を指す。
神代にのみ存在した神秘の塊。彼らであるならば、センサーの多くの検知をかいくぐる事なんて造作ないだろう。
つまり、だ。そこには、今回の主犯がー』
届いた言葉はそこまでだった。
突然プツリとカルデアからの通信が途絶えたと思った瞬間、地面が大きく隆起したのだ。
グラグラと、まるで大型の直下地震が来た様な衝撃に、思わずぐだ男はその場に倒れこむ。
「マスター!」
小太郎が慌ててマスターを抱きかかえるも、既に事は始まって居た。
地面の中心、段蔵が指を指していた地点が大きく盛り上がったと思えば、次の瞬間その山が盛大に弾け飛んだのだ。
バラバラと周辺に土が飛び散りながら、その中心からそれが顔を出した。
それは巨大な竜であった。高さが10メートル、長身がおおよそ20メートル程にも及ぶそれは、大きく吼えたてる。
「◼️◼️◼️◼️◼️ーーっ!!」
それはまさに破壊の象徴であった。
魔力の渦巻く堅牢な鱗。全てを破壊せんとする強靭な爪。憎しみを湛えギラギラと光るまなこ。その全てが、お前を殺してやる、とはっきりと伝えて来ていた。
『聞こえるかい!?ぐだ男くん!』
「ダヴィンチちゃん!回線は大丈夫なのか!?」
『ああ、映像までは届かないが、音声ならなんとかね。そして全て聞こえていたよ。
おそらく君の眼の前にいるそいつはね、第一特異点オルレアンのワイバーンたちの怒りだ!』
「怒り!?怒りって言っても」
「マスター、危険です!」
なおも言葉を続けようとするマスターを慌てて段蔵が抱きかかえる。
竜がマスターに向かってまっすぐに突進して来たのだ。
「活路を開きます!」
段蔵がマスターを抱きかかえて逃げるのに合わせて、小太郎もその場で目くらましの忍術を使う。
あまりに一瞬のうちに行われた事であったため、竜はなにが起こったかもわからず森林へとそのまま突っ込んでしまった。
その隙にと、マスターを抱えた段蔵と小太郎はそこから距離を取った。
*
『つまりだね、あれはオルレアンで君が倒して来たワイバーンの怨讐なんだよ!』
竜から距離を取りたくさんある木のうちの一つに腰を降ろした三人は、ダヴィンチから詳しく話を聞くことにした。
「でも、特異点のオルレアンで起こった事は、人理の修復に合わさってなかったことになってるんでしょ?」
『そう、本来ならね。だけどそこは流石の竜種と言うべきかな。
神秘の塊である彼等の思念は、ある感情を元に一つに積み重なった。
あのオルレアンにいた全てのワイバーンたちの心が全てだ。
その結果本来なかったことになるはずだったそれは、一つの竜として現実世界を侵食し始めたんだ!』
無茶苦茶だ、とそれを聞いた三人は三人ともそう思った。
しかし、現実に今も目の前で巨大な竜は暴れ続けているし、そう言ったありえないことを成し得ることこそが神秘の証明であるとも言えた。
『そして本来特異点に存在していたはずの竜種が現実に現れたことによって、そこは局地的な特異点となった。つまりはー』
「つまりは、あれを倒さない限り元には戻れない?」
『そういうこと!』
なるほど、ここきにて自体はシンプルな方向に進んでいると言えるだろう。
『ひとつ、よろしいでしょうか。』
マシュが手を挙げて質問をする。
『ダヴィンチさんは、あのドラゴンをひとつの思念のもとに集まったワイバーンの意識の集合体、とおっしゃいました。
その思念とはいったい何でしょうか。』
マシュの言葉に、ダヴィンチはニッコリと質問を受けた教師の様に微笑む。
『いい質問だね、マシュ。
さっき怒りだ、と言っただろう?ズバリあれはね、藤丸くんへの怒りの感情さ。
本来存在すらしていなかった彼等にとって、特異点とは自分達が唯一存在出来た場所なんだ。
人理を修復されるという事は、それを奪われるという事。ならば、その怒りの全てを藤丸くんにぶつけようというのもわかる話さ。』
「…本来の居場所。」
ダヴィンチの言葉に、マスターは深刻な顔で頷く。
『君が気に病むことはないぜ、藤丸。そうしなければ人類は絶滅していたのだし、彼等は本来存在していないものなのだから。
…と言っても、聞く君じゃ無いだろうけどね。』
『はい。そしてそこが、先輩の良いところです。』
マスターの顔つきを見たダヴィンチとマシュは、半ば諦めた様な口調で話す。
「…だったら、僕の好きな様にしてもいいよね。
あれは放って置けない。人理の為にも僕の責任の為にも、あのドラゴンは僕たちが倒さなきゃ行けない。
それが僕たちの義務だ。
手伝ってくれるかな、小太郎、段蔵。」
「「主命のままに」」
二人は同時に応える。
マスターに問われて即時に応えた二人は、最初からマスターがそう選択する事もわかっていたのだ。
*
『さて、では作戦を話すとしよう。まずぶっちゃけてしまうと、君たちがあのドラゴンを仕留めるには火力が足りない。
二人とも優秀な忍びではあるけどもね。
故にあれを仕留めるには、二人の挟撃によって首を落とすしかない。
不意打ちによる一撃決殺さ。』
周囲を破壊しながら暴れまわる竜に距離を取りながら、ダヴィンチによる説明が始まった。
『幸い、そこは木が多く生い茂る森林地帯だ。君たちなら身を隠すのに事欠かないだろう。
段蔵、君は確かミサイルウェポンを積んでいたね。
それは面の破壊力はあるが、それではドラゴンの芯部まで届かない。だから、それは攻撃にでは無く陽動に使おう。
君のミサイルでドラゴンの周囲を爆破して、ドラゴンが気をとられた瞬間に、段蔵と小太郎二人で左右から同時に斬りかかる。
狙う場所はもっとも脆く、同時にもっとも致命的になる場所、ドラゴンの首さ。段蔵は下部、小太郎は上部を同時に斬りつける事によって、一撃でその首を落とすという寸法だ。』
ダヴィンチの作戦に、マスターがはいと手を挙げる。
「その作戦、僕がガンドでドラゴンの動きを止めるわけにはいかないの?」
『確かに選択肢としては存在するが、選ぶわけにはいかないね。
段蔵と小太郎の二人を攻撃に割り振る以上、君を守るサーヴァントはいなくなってしまう。
ガンドの射程距離まで入るには、ドラゴンの感知できる範囲内まで踏み込まなければならない。
私としては、護衛のサーヴァント無しにそれは許可出来ない。
従って君の役割は、全体を見渡せる場所から俯瞰し、挟撃をするタイミングを計る事だ。』
ダヴィンチの反論に、ぐだ男は不満そうではあったが、わかったと頷く。
『他に質問は…ないようだね。
さて、それでは早速作戦を決行しようじゃないか。』
*
ボンッと、今までの竜が暴れまわる音とは明らかに違う爆発音が響いた。
竜は何事かと周囲に首を振る。
すると竜の行動を待っていたかのように、竜の周囲から次々と爆発が起きる。
「◼️◼️◼️◼️◼️ーーー!!」
突然の事態に驚いた竜は、見えない脅威に大きく吠えたてて今までより更に暴れ始めた。
その様子をマスターは、近づけるギリギリの範囲から見ていた。
今、竜は大きく注意を削がれた状態だ。おおよそダヴィンチの狙い通りと言えるだろう。
「いくよ…3、2、」
マスターはゆっくりとカウントをする。
その声は緊張で上ずっていたが、堂々としたものだ。
「1…ゴー!」
ドラゴンが大きく首をそらした瞬間に、マスターはゴーサインを出した。
瞬間、ドラゴンの両脇の木から二つの影が大きく飛び出す。
タイミングは完璧、おおよそ作戦通りの形と言えるだろう。
しかし、ダヴィンチは一つの事を失念していた。その竜は、こちらを一度出し抜いてみせた、狡猾な知恵を持っているという事を。
そっぽを向いていたと思われた竜が、突然グルリと首を回す。
「「な!?」」
驚きは小太郎と段蔵双方のものだ。
狡猾な竜は、最初から爆撃が陽動である事を見抜いていたのだ。
混乱して暴れまわる振りをしながら、自身の周囲、特に致命傷となり得る首回りと心臓部を直接狙える範囲を常に警戒していた。
つまり、まんまと出し抜かれたのは、マスターたちの方だったのだ。
グルリと首を回し狙いを定めた竜は、宙に飛んでいる段蔵にガブリと噛み付いた。
「カハッ!」
バキバキバキと、器械の体が噛み砕かれる音がする。
痛みを感じない段蔵があまりの衝撃に苦悶する。
「母上っ!」
思わず叫んでいた小太郎だったが、そんなことは竜は意に介さない。
自分の口の中で一つの命が破壊された感触に目を細めた竜は、そのままの勢いで首を振り回し、同じく宙に飛んでいた小太郎を叩きつけた。
「ぐっ!」
小太郎はその力に逆らえず地面に向かって真っ直ぐに吹き飛ぶ。
そして竜は口に咥えている壊れかけのソレを、小太郎が吹き飛んだ方向とは逆方向に吐き捨てると、高らかと吠えたてた。
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️ーーー!!!」
絶望せよ、英霊ども、カルデアの人間ども。これが我が復讐の第一歩である、と。
*
地面に叩きつけられた小太郎は、衝撃に気を留めず、即座に体勢を立て直した。
そして瞬時に竜へと駆け、手に持ったクナイで斬りかかる。
「ぜぁっ!」
一撃、
二撃、
三撃。
竜を翻弄しつつ数撃を見舞った小太郎は、流石の疾さと言えたが、どうあがいても威力が足りない。
切りつけた切り傷は即座に修復し、無かったことになってしまう。
小太郎は自分でも冷静ではない事は分かっていた。
それでも燃え盛る自身の体を止めるわけにはいかなかった。
体に渦巻く焦りと怒りの衝動のまま切りつけていた小太郎は、自然に単調な動きになっていく。
そしてそこを見逃す竜では無かった。
小太郎が足に切りかかろうと飛びかかった瞬間に合わせ、竜は小太郎にその足で蹴りを食らわせる。
「ゴフッ」
完全に不意打ちを食らった小太郎はそのまま後ろに大きく吹き飛ぶ事になった。
「◼️◼️◼️◼️◼️ーーー!!」
致命傷となりえなくても、煩いのであろう。
竜は小太郎に向かって大きく吼える。
あまりに強いその咆哮はそれだけで大きな衝撃になる。そのあまりの圧に押されながらも、小太郎は立ち上がる。
「囀るな、雑兵。」
普段であれば絶対に出ない様な言葉を、小太郎は吐き出す。
それほどに強い感情が、今の小太郎を支配していた。
目の前のモノを、今すぐバラバラにしなければならないという衝動。それは、小太郎の体に渦巻く、もう一つの血を呼び覚まそうとしていた。
「殺すー」
小太郎がその昂りのままに、大きく踏み込もうとしたその瞬間、
「ガンドッ!」
いつの間にかすぐ近くまで来ていたマスターのガンドが竜に命中した。
*
「ま、マスター!?」
あまりの衝撃に、小太郎はそれまでの熱を忘れて、思わず我に帰る。
なぜここまで踏み込んで来たのか、それにどうしていまのいままで自分は気づかなかったのか。
「マスター、こんな所まで踏み込んで来ては危険です。すぐに退いてください!」
慌てふためく小太郎であったが、マスターはそんな小太郎を無視して、令呪のある手を彼にかざした。
「令呪を以って我がアサシン小太郎に命ず。
落ち着け、段蔵は大丈夫だ。」
瞬間、強制的に小太郎の中の激情が抜け落ちていく。マスターへの困惑はそのままだったが、先ほどまでの熱は嘘のように消失していた。
「よかった、強制力はないって言ってもこのくらいは出来るみたいだ。」
マスターはそんな小太郎を見て、ほっと胸をなでおろす。
「マスター、これはいったい?」
「小太郎よく聞いてくれ、段蔵は大丈夫だ。
まだパスの繋がりがある以上致命傷にはいたってない。
それなら、こいつで治せる。」
マスターはそう言って、今一角消費した自身の令呪を見せる。
「だけど、そのためには僕が段蔵の下まで駆けつける為の時間が必要だ。おそらく、こいつはガンドの拘束が解けた後にこちらに追いついてくるだろう。だからー」
「だから、僕が時間を稼ぐ必要があるんですね。」
小太郎がマスターの言葉を引き継ぐと、マスターは悪さを企てる少年のように、ニヤリと笑う。
「そう、これは小太郎が感情のままに動いていたら絶対に出来ない事だ。だからもう一度言うよ。
段蔵は大丈夫だ。」
マスターは笑みを消して、真っ直ぐに小太郎を見つめる。
その眼に映るのは、何よりも真摯な誠意であった。
「マスター、ありがとうございます。そして我が身を以って、貴方の誠意に応えましょう。
僕は風魔の名にかけて、貴方の時間を守り抜いてみせます。」
その場にひざまづいて、忠誠をみせた小太郎に、マスターは満足気に微笑む。
「…そっか、ありがとう。
それじゃ頼むよ、小太郎。
重ねて令呪を以って小太郎に命ず、僕が段蔵を回復させるまで足止めをせよ!」
「ま、マスター!?」
続いて消費された令呪に、小太郎は再び慌てるが、それに取り合わずマスターは笑顔で駆けていく。
「小太郎も消費してるだろ、だからそれは僕が出来る最後の援護!それじゃ頼んだ!」
叫びならが駆けていくマスターの後ろ姿を、小太郎は呆気に取られながら見送る。
全く凄いお人だと小太郎は思う。
誰よりも一般人で普通に脅えも恐怖も持っているのに、いつだって生き残るために自分の最善を尽くす。
自分に力が無いのを認め、真っ直ぐにサーヴァントに信頼を寄せることに躊躇いを持たない。
どこまでも凡庸で、どこまでも強い方。
彼のサーヴァントであるならば、僕もその期待に応えねば。
ガンドの拘束が解けて来た竜が、少しずつ動きをみせ始めた。
しかし小太郎は落ち着いて、素早く印を結ぶ。
先ほどまでの激情はすでに無い。いま小太郎の胸にあるのは、マスターへの信頼と使命感のみだった。
小太郎の印に呼応して、竜と小太郎を囲むように火の壁が立ち上る。
それは燃え盛る狂乱の証。
「此れより先は阿鼻叫喚、」
焔の壁が轟々と照らす光に、影が落ちる。
一つ一つが人の形、忍びの形を模したそれは次々と形を成し、竜を囲むようにして百の軍勢へと変貌した。
それは、まさにこの世の地獄。
ある忍びの集団が引き起こした、混沌と狂気の宴。
つまりは、
「混沌の幻影旅団!!」
小太郎の言葉に合わせて、影が一斉に喝采をあげる。
それはこれから起こる戦への奮起であり、我らが党首への忠誠であった。
影の一つが、小太郎の肩にバサリと大きな羽織をかける。
轟々とうねる熱に煽られる羽織をそのままに、小太郎は堂々たる口調で名乗りを上げる。
「我らは影に潜む者なれど、その技はただ我が主人のために。
ならばこの技と誇りに誓い、名乗りの一つもあげようか。
我が名は風魔忍軍五代目頭目風魔小太郎!
我が主の仇となる怨念よ、しばし私がお相手つかまつる!」
そして竜と幻影旅団の戦いが始まった。
マスターにとっては絶対の十分が。
*
段蔵は薄れゆく意識の中で、自身の喪失を感知した。
どうしようも無い喪失感の中でゆっくりと思いにふける。
この期に及んで思い出すのは小太郎のことだ。段蔵にはぶっきらぼうで、そのくせこちらの事を盗み見て来た彼。
彼を見ていると、心の中で落としたはずの記憶が疼く。ふわふわと、かつてあったはずの温かな気持ちが蘇る。
それが段蔵にはもどかしくて仕方なかった。すぐ目の前にあるはずなのに、掴めないモノ。
この想いの源泉は、ああ、どこにあったのだろう。
「段蔵、段蔵!」
急速に段蔵の機能が回復していく。
それに伴い、段蔵の意識も有耶無耶の状態から現実へと戻って来た。
何事かと驚いた段蔵が目を動かすと、マスターが段蔵のそばに座って彼女を見つめていた。
次いで自身の体を見ると、先ほどまで穿たれていた体の穴が急速に塞がろうとしていた。
どうやら、マスターが魔力で強引に段蔵の体を修復しているらしい、と感づいた段蔵は周囲をキョロキョロと見回す。
すると、先ほどまでと変わらない森林の向こうに、轟々と燃え盛る炎の柱が見えた。
「あれは…?」
段蔵の疑問にマスターが答える。
「小太郎の宝具だ。
僕が段蔵の下に駆けつけるまでの間、時間稼ぎをしてくれてるんだよ。」
「そうで…ございまするか…」
マスターの言葉を聞いた段蔵はギシギシと軋みを立てながら体を起こす。
そして両の手を炎に向かって突き出すと、機能を解放する。
「風よ、集え…」
突然の段蔵の行動に、マスターは驚いて止めに入る。
「だめだ、段蔵。まだ治りきって無いのに!」
「止めてくださるな、マスター。まだ、治りきらぬとて、この程度はできまする。
それに、小太郎殿が…あの子がまだ戦っているのに、段蔵が休んでいるわけにはいきませぬ!」
「段蔵…」
悲鳴をあげる両腕を無視しながら、回り始めた両の手に更に加速をかける。
体が、今はもう無い記憶が、段蔵を急かすのだ。
今はただ、彼の元に駈けつけろと。
「いきます、絡繰幻法呑牛。炎の柱を巻き上げよ!」
*
竜は今度こそ、驚きのあまりに動きを止めていた。
先ほどまでわらわらと払っても湧いて来た影が急になりを潜めたと思いきや、目の前に自分が現れたのだ。
そう、文字通りの自分自信である。
段蔵の生み出した風は、小太郎の炎を巻き上げると、それを圧縮し一枚の円柱状の紅く燃える鏡へと変えたのだ。
生まれたばかりの竜にはそれが何かわからない。
ただ、目の前に突如として現れた、自信と同じ大きさの脅威に驚くばかりである。
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️ーーーー!!!!」
目の前の正体も判然としないまま、本能のままに吼えたてる。
すでに他の事に気をつかう余裕なぞ失っていた。
それ故に、気づかなかったのだ。
炎の鏡に潜み、両脇より走るふたつの影に。
ふたつの影は左右から飛び出すと、竜に驚く間も与えず、煌めく刃でその首へと狙いを定めー
「「成敗(ブレイク)!!」」
見事その首を切り落としてみせたのだった。
*
これは、マスター達がカルデアに無事帰還し、マシュにお叱りを受け、慌ててフォローを入れたマスターが結局仲の良さを周囲に見せつける事になって、それでもなんやかんやと平穏を取り戻した後の話だ。
「小太郎殿、小太郎殿ーー!」
小太郎が食堂へ向かって廊下を歩いていると。
後ろから呼びかける声があった。
この声はと、薄々相手を理解しながら小太郎が振り向いて見ると、やはりというか段蔵が手を振りながらこちらへかけて来た。
「…なにか、御用でしょうか」
取り敢えずといった感じで小太郎が尋ねると、段蔵ははいと元気よく返事よする。
「やはり段蔵は、小太郎殿とお知り合いのように思うのです。」
「ですから、僕はあった事はないと…」
即座に否定する小太郎を、しかし段蔵は手で待ったをかける。
「小太郎殿が話したく無いのであれば、段蔵もそれ以上は伺いませぬ。
ですが、段蔵が貴方との関係を持ちたいという気持ちも消えぬのです。」
「関係を…?」
小太郎は喘ぐように段蔵の言葉を繰り返す。
「はい。この想いの源流がどこから来てるのかわかりませぬが、段蔵は確かに小太郎殿と一緒に居たいと、貴方の事を見守って居たいとそう思うのです。
…迷惑でしょうか?」
いうだけいってしまったら少しだけ不安になってしまった段蔵は、つい尋ねる口調になってしまう。
それでも、この気持ちだけは見過ごす事が出来ないと、段蔵は強く感じていた。
せめてのこの気持ちが伝わればと、段蔵は真っ直ぐに小太郎を見つめる。
狼狽えるように一歩退いた小太郎は、少しモゴモゴと口を動かした後に、
「そういう事でしたら、改めてよろしくお願いいたします」
とそっぽを向いて顔を赤くしたまま段蔵に手を差し出したのだった。
この絆は、友愛でもなければ敬愛でもなく、恋慕でもなければ、ましてや親子愛でもない。
けれど、細く、脆く、儚いそれは、確かに繋がれていた。