不滅の存在になったので死んで英雄になろうとしたら仲間が良いヤツすぎて死ねなくなる話。 作:アサルトゲーマー
「まだ死にたくない…」
「えっ」
エスポワールがそう呟くように言ったのをノーレの敏感な耳は逃さなかった。
「おねえちゃん!今死にたくないって」
そう言ってエスポワールの顔を覗き込む彼女。しかしエスポワールに意識は既になく、笑顔で夢の世界に旅立った後であった。
それを確認したノーレは彼女の額の汗を拭った後、そのことをみんなに伝えようとその部屋を後にする。
「…絶対最高の場面で死んでやる」
だからこそ寝言の続きを確認できなかったのは幸か不幸か。
ここは開拓地にある旅人と調査員向けの宿屋だ。ミサイル達は二人部屋を二つ借りて、男部屋と女部屋に分けていた。
借り家でいたころは全員がそれぞれの部屋を持っていたので誰かの部屋に入ることに抵抗はなかったのだが、二人部屋になったせいで片方に用事がある場合にもう片方に遠慮してしまう男衆は部屋で武器の手入れをしていた。
「ミサイル!ゾック!おねえちゃんが!」
バーン!と扉を開けて宿屋の男部屋に突撃するノーレ。おねえちゃん第一主義の彼女に遠慮などない。
「なんだ?まさかエスポワールが…」
容体が変わったのか?男二人に戦慄が走る。
「うん!死にたくないって言ってた!」
「ヤベーぞ!」
「思ってたより重体!」
そのあと女部屋に突撃してエスポワールを起こそうとしてしまい、ノーレに鞭で吹っ飛ばされる破目になるミサイルとゾック。その表情はなんだか釈然としないものだったという。
「ああ、死にたくないってそういう…」
落ち着いてからノーレに詳しく話を聞いて状況を理解した二人は改めてその言葉に向き合う。
「なるほど、あの死にたがりのエスポワールが自分から死にたくないだなんて」
「うん!びっくりした!」
「どういう心境の変化だ?正直俺らの作戦がうまくいっているとも思わねえんだが…」
ゾックの言う作戦とは「みんなを好きになってもらってエスポワールに生きたいと思ってもらおう」というものだ。そのためのスキンシップも増えたし一緒にいる時間も増えたが、ゾックの目には彼女は少しも昔と変わらなかったように映っていた。パリラを助けた時だってそうだ、積極的に自分が犠牲になろうとしているのは言うまでもない。
「でもさ、あの時エスポワールは最後まで抵抗してたじゃないか」
「うん?それがどうした」
「誰かのために死にたいだけだったらあそこですぐに自爆するはずだ。彼女の爆発魔法の精度はよく知っているだろう?パリラを巻き込まずに黒いアイツだけ倒すことだってできたはずだ」
「なるほど…」
買いかぶりである。むしろ自爆は当然自分が粉みじんになるので、その後の制御もへったくれもなかった。
「そういうわけでエスポワールは変わってきていると思うんだ。このままじっくり行けばいいんじゃないかな」
「やだ。もっとスキンシップ増やしたい」
「ノーレ…」
現状でもかなりくっついている時間が多いノーレがこれ以上どこでスキンシップを増やすのか。
「これ以上何するんだ?確か風呂も一緒だったろ」
「トイレ」
「勘弁してやれ」
下の世話もすんのか?とゾック。それもいいかもと言い出したノーレに二人は心底戦慄するのであった。
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目が覚めた。が、まだ非常に気分が悪い。この気持ち悪さ何度か経験したことあるぞ…。
これはこの世界で言う『遺跡風邪』ってやつだ。罹る奴はごくまれだが引いたら最後、そのまま帰らぬ人になるという。
ちなみに人から人に感染はしない、らしい。そもそも罹る奴が二人揃う時点でそうそうないだろう。
そう、なんとも珍しいことに俺はごくまれに罹る奴なのだ。いらん希少価値である。
遺跡風邪は名前がエルフの間でしか使われてないくらいの死語になるくらいまれな病気だ。人間の医者が診たらただの風邪に見えるに違いない。
遺跡風邪について症状に関する情報はほとんど残ってない。だってただの風邪だと思って寝させたら患者がそのままうなされるように死ぬわけだし。
大昔にホワイトエルフの医者が遺跡から帰ってきたごく一部の人間が風邪に罹ってそのまま死んでしまうのを発見して他種族に広めたとか。で、遺跡に行ったら罹る風邪みたいな病気ってことで遺跡風邪なんて名前が付いたそうな。
しかし遺跡風邪か…。俺の経験則によると遺跡で暴れるとなりやすい。多分遺跡のほこりとか塵を吸ったらなるんだろうな。
そんでもって今のところ死亡率は100%。約束された勝利の死だ。約束された、勝利の、死、だ。
「ぐえっほぉ!」
「おねえちゃん!?」
ショックによって魔法の効果を切らしてしまい、めっちゃ大きな咳を出す。
嘘だろぉ…なんかもっとドラマチックな死亡シーン演出したかった。
「げふっ!がふっ!ごほっ!」
「どうしたのおねえちゃん!…ひっ!口から血が!」
そして吐血ぅ~。これはかなり死が近づいてきてますね間違いない。ノーレにすごい勢いで背中をさすられているのでとりあえず魔法をかけなおして咳を止める。
「どうしたエスポワール!」
「すげえ咳が聞こえてきたぞ!」
そして部屋に飛び込んでくるミサイルとゾック。俺の口から垂れる血を見て驚いているようだ。
…ん?待てよ。これってやりようによってはドラマチックな死亡シーンにできるのでは?
とりあえず脳内でシミュレートしてみよう。
私、実は大きな病を抱えてて長く生きられないんです→どうやらそろそろ潮時のようですね→誰かが泣くまで少し待機→だから誰かが私のために泣いてくれるように死んでみようって思ってたんですけど→生きているうちに泣いてもらえるなんて→タイミングを見計らって倒れてそのまま死ぬ
これ行けそうじゃね?
行けそうじゃん!そんなわけで早速実践。
「はぁ…はぁ…みなさんに伝えておかなければいけないことがあります」
「でもおねえちゃん!血が!」
「落ち着いて、ノーレ…それも含めて、話すから」
ノーレの頭を撫でながら迫真の病弱アピール。いやまあ目が霞んでるレベルだから演技もへちまも無いんだけど。
「ご存知かと思いますが…私、昔から病弱でして。大人になるまで生きられないって言われたんです」
「一体誰にだ!」
「高名なお医者様に…」
高名な(東のホワイトエルフの)お医者様に。奴らは常に馬鹿にしてくるからな。アレルギーに悩まされてた病弱な時代の俺を見て「ふん、あと1年も生きれば良いほうだろう」とか言ってきやがったくそ女ぜってえ許さんぞ。
「そしてもうすぐタイムリミット…そういう訳です」
「そんな…おねえちゃんも私をおいていくの!?」
「ごめんなさい、ノーレ…ごほっ!」
「おねえちゃあん…!」
俺に抱き着いて泣きじゃくるノーレ。いいぞいいぞ、場があったまってきた。
そのままノーレを抱きしめてぬくもりを堪能して、顔を上げた。
「私はすぐに死んでしまう。だから、どうせ死ぬなら誰かが私のために泣いてくれるように死んでみようって思ったんです」
ミサイルとゾックを見る。ミサイルはガチ泣き、ゾックはうつむいて顔が見えないけど泣いてそうな雰囲気だ。
「でも、生きているうちに何度も泣いてもらえるなんて」
そう言って目を瞑る。よぉし、ここまでは上手くいった…そして最後の仕上げだ!
「私は、幸せでした。ノーレ、ミサイル、ゾック。大好きですよ…」
そしてノーレを抱きしめたまま力を抜く。これは決まった…!芸術点高めな病死だ!あとは息を引き取るのみ!そう思って魔法で熱を抑えにかかる。
ノーレは冷たくなっていく俺に絶望するだろう。さて、どれぐらいで気づくかな…。
ん?なんか外からでかい足音がするぞ。音から判断するに軽い奴がドカドカ歩いてるって感じだな。今俺の最大の見せ場なんだから空気読めよな。
「会いに来たぞノーレ!お前もしやニフという姉が……うおおおっ!どうしたエスポワール!死ぬな!」
そして部屋の中まで勝手にドカドカ入ってきて俺のほっぺをビシバシ叩くめんどくさい女パリラ。ほんと空気読めよな…。