不滅の存在になったので死んで英雄になろうとしたら仲間が良いヤツすぎて死ねなくなる話。   作:アサルトゲーマー

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誤字報告ありがとうございます。

本作はサブストーリーなので言い換えれば最終的に主人公が死ぬ話です。
ホープがカイズを呼ぶときの二人称がブレブレなのは仕様です。


狂気の希望2

 

 他人に恐怖を与えるコツというのはいくつかある。

 たとえばライオンが目の前にいるとしよう。それが檻を隔てた向こう側であったり、火のわっかを前に待機しているといった場面であればほとんどの人は怖がらない。人はライオンが怖いのではない。制御されていないライオンの暴力が怖いのだ。

 そしてもう一つ。たとえば人当たりのいいやさしいオジサンが隣に住んでいるとしよう。そんな彼がある日突然、やさしい笑みでピストルを突き付けてきたら?関りがある分、赤の他人より恐ろしい。

 

「どうかしましたか?カイズ」

「い、いや。なんでもない」

 

 買ってきた鳥をズタズタに切り裂きながら料理をする俺。見せつけるように血を跳ねさせて、汚れた手で顔を拭うのがポイント。

 つまり、今回のコツはふたつ。制御の無い暴力(放たれたライオン)仮面の狂気(優しい笑み)だ。

 

 

 

 

 

 

 俺は奇跡(笑)の再会を果たした後、彼の家に招かれた。さすがにあの一言だけじゃ俺に対する疑心はあまり生まれなかったようだ。

 いままでの経緯や助かった方法、積もる話はいくらでもあった。カイズが一人前となり、若い傭兵に慕われていること。俺は死にかけたけど運よくモンスターに襲われず森を脱出できたこと。それこそ山のようだ。

 そして太陽が覗く時間ごろになってようやく俺らは就寝する。なぜか同じベッドで。

 これはまさかスケベなことをされる展開か…と思っていたがそんなことはなく。純粋に俺が恋しかっただけのようだった。酒臭いカイズに抱きしめられて寝るのは正直あまり気分はよくなかった。

 

 昼過ぎになって市場に買い物に行って世間話をして、そしてカイズの家のキッチンを借りた。

 ここまではいつもの俺だった。清楚で人当たりがよくて礼儀正しい。だがここからは違う。

 カイズにこれでもかと狂気を見せつける。清楚で人当たりがよくて礼儀正しい狂った女。

 

 血抜きもろくにせずに鳥をズタズタに裂いて、しかしそれでもバッチリてりやき味にした肉料理をカイズの前に置く。

 

「さあどうぞ。カイズさんが好きだったいつものですよ」

 

 これはカイズにいつも作ってあげてた思い出の料理。何を隠そうてりやきチキンだ。ただし、見た目は大幅に違う。

 俺は意識してニッコリと笑い、カイズの反応を待った。

 

 

 

■■■

 

 

 

 カイズは目の前に置かれた料理を見て卒倒しそうになった。

 あのホープが昔いつも作ってくれた料理が「コレ」?とんでもない事である。

 

「あれ?食べないんですか」

 

 包丁を握ったまま問いかけてくるホープ。彼は心底恐怖した。

 ホープは強い。それは誰よりも知っているとカイズは思っている。そして温厚で、めったなことでは手を上げなかったが、今はどうだろうか。

 市場に買い物に行ったときは何事もなかったから油断していたが、目の前の凶行を見た後では彼女が自分を傷つけないと断言はできなかった。

 

「い…いただくぜ」

「ええどうぞ、召し上がれ」

 

 震える手でナイフとフォークを取り、肉を切り分けて口に運ぶ。驚くべきことに、匂いはあのころのままだ。

 そして一口…正直な感想としては、美味い。だがあのころと比べると格段に味が落ちていた。

 

「おいしくないですか?」

 

 表情に出ていたのだろうか、ホープの顔が曇る。

 

「あ、いや、その」

「ですよね…。カイズさんも見てたと思うんですけど、肉の切り方を失敗しちゃって」

 

 ほらこれ、と鳥の残骸を指さすホープ。屍食い鳥についばまれた方がまだましな状態で残っているだろうと思えるそれはあまりにも無残で、それを見たカイズは思わず口元を押さえた。

 

「おかしいんですよね…昔と同じように捌いたはずなのにこんな状態になってしまって。最近だれかに料理をふるまうとかしてませんでしたからね、下手になっちゃったんでしょうか」

 

 苦笑いするホープ。しかしその笑みにただただ恐怖がつのるばかり。

 

「まあこれから腕を鍛えなおしましょう。これからはずうっと一緒ですから、毎日お料理させてくださいね」

 

 ね、カイズ?そう言い切った彼女の瞳は深淵の闇を切り取ったように淀んでいるように見えた。

 

 

 ホープに対面に座られ、ひどく憔悴しながら料理を食べ切ったカイズ。それをじっと見ていた彼女は嬉しそうな顔で食器を片付け、お茶を二つ置く。

 

「どうぞ、食後のお茶ですよ」

 

 お茶。一見してなんともないように見えるただの豆茶だ。匂いも色もただのお茶。しかし感じ取れる変化が無い分、先ほどの料理よりよほど恐ろしい。

 

「大丈夫ですよカイズさん。さすがにお茶は失敗しませんって」

 

 じっと見ているのを何かと勘違いしたのか、そう言うホープ。カイズはこれ以上口を付けなければ彼女の機嫌が傾いてしまうと考え、おそるおそる口に含む。

 

「…うまいな」

 

 美味い。だけどなんだろうか?カイズはお茶から鉄臭さをわずかに感じた。

 その時わずかにホープの口が動く。そして不運にも耳の良いカイズはその呟きを拾ってしまった。

 

「よかった。私の血は口に合ったようですね」

 

 

 

■■■

 

 

 

 人は偶然思いついた的外れな推理や、ギリギリのところで手に入れた偽の情報を真実だと思い込んでしまいがちな存在だ。

 つまり何が言いたいかというと、俺の血を入れた事実など存在しない。血の匂いは鳥の血を一滴垂らしただけだ。

 

 いやあ、少し脅かすだけでカイズは面白いように転がってくれる。今も顔を青くしてコップを握りしめているカイズを見るとその反応に笑顔がこぼれてしまいそうだ。

 

「美味しかったですよね、わたし(・・・)のお茶」

 

 意味深に強調するのも忘れない。これによってカイズの中で疑心が膨れ上がってきているだろう。

 しかしカイズも律義なものだ。こんな事されたら追い出したりするのが普通じゃん?それでもやらないってことは俺に対する負い目が想像以上に大きいのか、それとももっと別の何かか…。

 

 まあいい。そこのところはあまり重要じゃない。いま大事なのはカイズが俺に酷い疑心と恐怖を感じているか否かである。

 手ごたえは上々。このままエスカレートさせていき、そしてどのタイミングでアイツが爆発するか見極めなければ。

 実は最後の舞台は既に決めてある。そこに連れ出し、俺がカイズに提案を呑ませようとする。そこでアイツの感情が爆発するのが最も良くトラウマを仕込めるだろう。

 

 いやあ、実に楽しみだ。

 

 

 


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