不滅の存在になったので死んで英雄になろうとしたら仲間が良いヤツすぎて死ねなくなる話。 作:アサルトゲーマー
アーシャを送り出したオハラは巨大な鎧の前で佇んでいた。
黄色と黒の縞模様のそれは一枚岩に背中を預けるように倒れており、サイズこそ違うものの、それはまるで「ちょっと疲れたから」と休憩する人のように見える。
「鎧の精霊よ…どうか我々をお守りください」
漠然とした不安をますます強く感じたオハラは居ても立ってもいられなくなり、こうして精霊に祈りを捧げていた。
鎧の前はオハラのお気に入りの場所である。巨大な体躯から感じる力は無機質ながらも力強く、それがとても心地よかったのだ。
オハラは前司祭の言葉を思い出す。
『遥か昔の出来事じゃ。鎧は戦いに嫌気がさし、空の戦場から逃げ出してきた。歩き疲れた鎧は背もたれを見つけ、大喜びでここに腰を据えたのだ。
ここまでは知っておろう。だがな、オハラ。この話には続きがあるのじゃ。よいか?これは司祭だけが知れる相伝の秘密…決して口外してはならぬぞ。
この鎧はふたりでひとつの精霊となる。そしてその片割れの姿は、黒髪の少女の姿をしておったそうじゃ』
空から逃げ出してきたと伝えられる鎧。空から落ちてきた少女。オハラはどうしてもこれが偶然には思えなかった。
戦場から逃げ出してきたということはこの鎧は戦士である。ならばその片割れも戦士だろうと考え、村一番の槍使いをあてがった。
結果は少女の圧勝。抜群の戦闘センスは戦場に長年身を置いた戦士のそれよりも圧倒的に上であることは容易に想像できた。
初めのうちは確認のつもりで付けた「空の戦士」という称号。しかしそれはどうしようもなくアーシャに当てはまるものだった。
「ぬ…?誰だ」
しばらく祈りを捧げていたオハラは何者かの気配で振り向いた。そこに居たのは肉食獣の姿をしたモンスター。
「何っ!」
オハラが驚いて思わず尻もちをつく。それをチャンスと見たかモンスターはオハラに向かって走り出した。
彼我の距離はわずか5メートル。謎の不安を感じていて気配に気が付かなかった分、その距離は致命的なまでに短かった。
これまでか、と目を閉じるオハラ。しかしその場にはもう一人の存在があった。
「オハラ様!」
若い女の声。そして風を切る音。思わず目を見開くと、首にナイフを生やしたモンスターの姿があった。
「アーシャ!なぜここに!」
「オハラ様こそ!今はどこの集落もモンスターだらけです!はやく避難を!」
それは服に血を付けたアーシャだった。モンスターから黒曜石のナイフを抜き、腰の鞘に戻すとオハラの腕を掴んで立ち上がらせた。
その時、わずかながら地響きが起こる。
「う…?なんですか、これは」
うろたえるアーシャ。オハラは対象的に納得したような顔で鎧の方を見ていた。
「分かった…あれが不安の正体だ」
「えっ?」
オハラが指を指し、アーシャがそちらを向く。岩陰から覗く大きな姿。それは20対はあろうかという腕といくつもの目玉をぎょろつかせた、巨大で醜悪な化け物。腕の一つに巨体に似合う大きな杖を持ち、それを振り回してモンスターを生み出している。それはまさに悪夢そのものだろう。
「ヘカトンケイル…!?」
「何?知っているのか!」
「あ…ええ、まあ」
次はオハラが驚く番だ。ばつが悪そうに頷くアーシャに詰め寄りそうになるが、寸でのところで我慢した。
ふうと息を吐き、緊張しながら問いかける。
「アーシャ。お前はこの鎧とひとつになれるな?」
これは確認のようなものであった。空から落ちてきて、言い伝え通りの姿をしていて、あの化け物の名を知っている。ならばもう疑う要素はなかった。
アーシャは困った顔をしながら頷く。
「出来ますが…戦えと言うのですか?アレと」
化け物を指さして言う彼女。オハラはそれに対し、頷いた。
「そうだ。酷なことを言うようで心苦しいが、聞いてほしい。あの化け物が暴れ続ければ我々どころか、このあたり一帯の人は皆死ぬだろう。
だからこそ頼みたい…。いいえ、お頼み申し上げます」
深々と頭を下げるオハラ。まいったなあと頭を掻くアーシャだったが、しょうがないかとつぶやくとオハラの頭を上げさせた。
「初めに言っておきますよ。私にコレを動かせと言うのならば代償を覚悟してください」
「私に差し出せるものならば、如何様なものでも」
「貴方の命でも?」
「はい」
「いい覚悟です」
にっこりと笑うアーシャ。いままでで一番の悪意を感じたオハラはぶるりと身を震わせたがこうなってしまっては後戻りはできない。
腹を決めたオハラは鎧をひょいひょい登るアーシャに問いかけた。
「アーシャ様!貴女とその鎧の本当の名をお教えください!」
ピタリと動きを止めたアーシャ。彼女は鎧の胸にあたる部分を撫でながらこう言った。
「私はアーシャ。そしてこの鎧は『アンゼンダイチ』」
それだけ言うとアーシャは鎧の頭頂部まで登っていき、姿を消した。
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安全第一。これはほとんどの工事現場やら生産工場などで掲げられている標語だ。
発足はアメリカの製鉄工場で、それが世界中に広まったらしい。この標語が掲げられた場所では事故が信じられないほど減り、いまや知らない人などそうはいないほどの知名度を持つそれは意識改革には明確な方針が効果的だという好例となっている。
まあまさかこの世界で似たような意味の標語があるとは思わんかったがな!
俺は今乗り込んだロボの胸に書かれた古代文字の『安全一番儲け二番』という標語を思い出していた。黄色と黒のストライプとかいうパイロンみたいな警告色で分かる通り、このロボは戦闘用ではない。重機の類だ。
腕の形だってユンボのアームみたいな形してるし、足にだってパイルバンカーが付いてる。見れば見るほど重機なのだ。
だがしかしオハラたちはこれが重機だとはわからんだろう。裁縫したことないやつにスレイダー見せたって何に使うかわかるまい。
つまり…なんかしらんがオハラ達はこれを鎧、つまりは戦闘に使うものだと勘違いしているのだ。
やあってやろうじゃねえかよコノヤロー!50メートルを超す巨体でどんなモンスターでも一撃よ!でもこれ重機だから鈍足なのよね!
そう思いながら『アンゼンダイチ』号の頭頂部に到着した。実はここに音声認識パスワードがあるのだ。初回はなにもわからなかったので適当に単語を言ってたら『パスワード』でヒットした。破られやすいパスワード第一位はどこの星でも同じようで関心と呆れを感じる。
パスワードと入力すると頭頂部が開くので滑り込み、そこにある座り心地の悪いシートに跨った。
「さーて、やりますか」
この重機にはAIが搭載されてないので液晶パネルをポチポチ叩いて起動する。まずはセミオートモードだ。
セミオートモードはアンゼンダイチ号に登録された動きをこっちで選び、それを実行するというものだ。簡単に言えばゲームのコントローラー握って〇押したらパンチが出る、といった具合。まずは立ち上がらなきゃだめだから『直立』を選ぶ。ゴゴゴという軋みとも油切れともとれる重圧な音を立てながらアンゼンダイチ号は立ち上がった。外の景色はなかなかの絶景だな。
そして次が問題だ。サイオニックリンクという技術があるのだが、これは念じることで対象物を自在に動かすというものだ。しかしこれには致命的な弱点がある。大体半分くらいの確率で頭が痛くなったり、気分が悪くなるのだ…!
アンゼンダイチ号はもうやばいくらいに頭が痛くなる。しかしセミオートモードでは森を歩くと転ぶだろう。だからって痛覚切ると反応しなくなるしやだもー!
でもなー。オハラとか居るしなー。やるしかないかぁ。
うおおおおおおお!命を燃やせえええええ!
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鎧が立ち上がった。オハラはその姿を、どこか夢見心地で見つめる。
地面を踏みしめる度に揺れる大地。感じるだけで吹き飛んでしまいそうな渦巻く力。立ち上がったことで気が付いたが、鎧はヘカトンケイルより一回り小さい。だがしかしその雄々しさは何よりも勝っていた。
「奇跡だ…やはり、アーシャ様は…」
オハラはそう呟いた。