不滅の存在になったので死んで英雄になろうとしたら仲間が良いヤツすぎて死ねなくなる話。   作:アサルトゲーマー

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目的に向かって只管進み続ける者は美しい。それが見ていられないほど痛々しくても。


うしなわれた のぞみ2

 

 

 

「なあ、ペルシーモ。私は一体何を目指しているんだろうか」

 

 それはメリアをシリンダーから出して実に10年近く過ぎた日の事だ。スープを煮ながら焚火をつついて火力を調整しているとメリアに問いかけられた。

 

「10年だ…。なのに私は何も思い出せない。最近お前を見ていると、使命を果たすよりも別れの方が近くなるんじゃないかと不安になるんだ」

 

 そう言われて焚火で照らされた自身を見た。確かにここ10年で手足は伸びたし、体のラインも女性的に変化した。俺は成長したが、それは同時に老いることでもある。

 

「人間にとって10年はとても長い時間だろう?そろそろ私の先生代わりも嫌気がさして来た頃なんじゃないか」

 

 そう言って曖昧に笑うメリア。きっと彼女は苛立ちがつのり、卑屈になっている。

 まるで心の悲鳴を聞いているようだ。このままであれば彼女は近い将来、ストレスで壊れるか、無茶をして死ぬ。

 

 俺はどう回答すべきだろうか。辺りが暗かったり寒かったり、腹が減ってたりすると気は沈むものだ。下手な回答はメリアにとどめを刺す結果になりかねない。

 

「メリア、その話はメシを食べながらにしよう」

「おい、ペル。真面目に答えてくれ」

「いいから食え」

 

 俺は塩菜(海辺や谷に自生している野菜。珍しく毒は無いが葉の表面に塩の膜を作るため食用には向かない)のスープの匙をメリアの口に突っ込んだ。ひどく塩味のきついものだが、一口の満足感で言えばこれを上回るものはないだろう。

 

「な、な。しょっぱい!水をくれ!」

「はいどうぞ」

 

 そう言われたので俺は魔法で大気中の温度を調節して結露を発生させ、水を指先に集めた。

 それを見て目を丸くするメリア。しかしそれも一瞬のことで彼女はすぐにそれに口を付けた。

 

「なんだこのスープは…。それに、さっきの水球」

「懐かしいよな」

 

 先ほど出した水球は初めて出会ったときに出した水と同じものだ。

 

「この水を出した時と今も気持ちは同じさ。メリアに死んでほしくないからずっと一緒に居る、それが俺の答えだ」

 

 こんな毒性植物と野生動物にモンスターや遺跡などといった危険物だらけの世界で一人で生きていけるわけがない。

 それともう一つ。少し気恥ずかしいが、今のうちに言葉に出して言っておこう。

 

「正直メリアのことが羨ましいんだ。俺には生きる目的なんてなかったから」

「目的が無くても好きに生きることだってできるだろ」

「今まさに好きに生きてるよ。人間は嫌いな奴と10年も一緒に暮らせるほど気が長くないんだ。おれはメリアのことを相棒とか、親友って思ってる」

「親友?」

 

 メリアが再び目を丸くする。そしてすぐにクスクスと笑い始めた。

 

「親友、親友かあ。考えたこともなかった」

「笑うなよ…」

「すまない。だけどなんだかおかしくて、笑いが止まらないんだ」

 

 ハハハハ、と笑いながらスープを食べる彼女。「不味いなこれ」と眉尻を下げながら食事をする彼女には既に先ほどの陰りはない。

 それを見て俺もスープを匙ですくって一口食べる。まあ予想した通り、すごい味だ。きっと海水を煮詰めたら似たような味になるだろうなと思いながら、俺は素晴らしい味のスープを堪能する。

 

「親友かあ。なんだか、胸が暖かいよ」

 

 目を細めたメリアがだらしない笑顔でそう言った。

 

 

 

■■■

 

 

 

 使命を果たせ。

 左腕のブレスレットに彫られたその一文を読んでメリアはハァ、とため息を吐いた。こんな細いブレスレットにそんな一文を書くくらいなら使命の内容でも書いてくれてればいいのに、と意味もない事をつい考えてしまう。

 使命を探し始めて既に10年。きりがいいのでまた初心に戻ってみないか?というペルシーモの提案によって、彼女は記憶の始まりであるシリンダーの前に居た。船とも長屋とも付かない独特の作りの遺跡の中は狭く、圧迫感を感じる。それに居心地の悪さを感じた彼女はシリンダーに背を向けて外に出た。

 

 息の詰まりそうな中とは違い、外は見晴らしのいい花畑だ。オレンジ色のユリ科の花が見渡す限りに続いている。

 壮大な景色に一人ため息を吐いていると、ぶしつけな言葉が彼女に投げかけられた。

 

「なあメリア。実はこいつって美味いんだぜ?」

 

 ペルシーモである。その右手には白い塊が握られ、ほくほくと湯気を立てていた。

 

「…それは?」

「花の根っこ」

 

 「食う?」と差し出されたそれを目で追い、ペルシーモとそれの間で視線を彷徨わせること数度。彼女はそろりと拾い上げた。

 見ればつるりとした芋のよう。手触りも遜色なく、とりあえずがぶりと一口。その瞬間、優しい甘さがメリアの口に広がった。

 

「芋より美味いだろ?」

 

 その言葉に彼女はコクコクと頷く。「芋より美味いから栽培してる場所も割と~」とか「茶碗蒸しって知ってる?アレに入れるとなかなかどうして~」などというありがたいウンチクも今のメリアには馬耳東風。夢中でかぶりつき、その味を憶えようと真剣に味わっている。

 話を受け流されたことに気が付いたペルシーモは「ありゃ」と頭を掻き、自らの分の根っこを見た。

 

「もいっこ食う?」

「ああ!」

 

 奪うようにペルシーモから根っこを受け取るメリア。夢中でかぶりつく姿をみて彼女は苦笑いをするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けほっ」

 

 ペルシーモが咳をした。

 

 

 

■■■

 

 

 

 熱が出た。

 ただの風邪だろうか。いや、そんなはずはない。この体の中からじくじくと湧き出してくる熱が俺を死へと誘うのが分かる。

 遺跡近くの土を掘った時に感染したか?まあ今となってはどうにもできない。今回の俺はここまでだ。

 意識が明滅する感じがする。気を失いそうだ。

 

「おいペル、調子が悪そうだが…」

 

 顔が赤くなっていたのだろうか。メリアに顔を覗き込まれた。

 ここは正直に言うべきか、嘘を吐くべきか。……ああそうだ。そういえば俺が不滅だって事別に黙ってなくてもいいじゃん。

 なら正直に言っておこう。

 

「メリア、よく聞いてくれ…。多分俺は数日後に命を落とす」

「え?」

 

 彼女の困惑した声が聞こえた。俺の体がぐらりと揺れる。

 

「死の風邪だ。だけど安心してくれ……」

 

 なんとか踏ん張り、言葉を繋ぐ。

 

「う、く…俺は、死んでも、しん、でも…」

 

 生き返る。ささやくような声量の言葉が口から漏れ、俺の意識は闇に塗りつぶされた。


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