時間神殿を走る藤丸 立香。彼の背に魔の手が迫る。
こんなんどうでっしゃろ。

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時間神殿に走る藤丸 立香に魔の手が迫る。最終章、アニメ化待ってます。


祈りの弓

 走る。天を満たす星の空を走り駆ける。

目指すは時間神殿ソロモン、人理を焼却せしとするソロモン王が座す最終決戦の地へ。人類最後のマスター、藤丸 立香は走る。思えば、様々な英霊との縁に助けられたように思える。

 

 ある者は立香がソロモン王のもとへたどり着くまでの時間稼ぎのために。

 ある者は立香の前に立ちふさがる魔人柱を押し退けるために。

 ある者は立香を後ろから襲おうとする毒手を撃墜するために。

 

 今まで多くの英霊と縁を結んできた。その縁を一つずつ、一つずつ捨てているような気がした。いつの日か、赤い弓兵に言われた言葉を思い出す。『誰かを助けるということは、誰かを助けないということ』そんな当たり前の言葉、その時は何とも思わなかったが、今なら少しわかる気がした。

 人類を救うために、共に戦ってきた皆を見捨てる。実際、英霊は過去の幻像、元々持つ生命はなく、失う魂など持ち合わせていない。しかし、それを切り替えられるほど藤丸 立香は器用な人間ではなかった。

 

 全身で大きく息をしながらも彼は走る。

この戦いを、一瞬でも、ほんの一瞬でも早く終わらせるために。

 

「―――ッ!?」

 

 瞬間、その違和感に気づき足が止まる。―否、足が痺れて動かない。慌てて鼻口を塞ぐ。間に合わない、意識はハッキリとしているのに身体は脳の命令を一切受け付けず、その場に倒れこむ。何度も起きようと腕を動かそうとするがやはり動かない。動いているのかどうかすら分からない。

 

 何とか眼球を動かして辺りの様子を探る。

ピリピリと感じる圧迫感、いつかの特異点で出会ったこれは結界というものに違いない。そしてようやく自分の前に一本の魔人柱がそびえ立ち、こちらを見下ろしていることに気づく。異様な気配、吐き気を催す邪悪、しかしそれにはこちらをすぐにでも攻撃し殺すような素振りは見受けられない。ただこちらを観測しているだけのように思えた。

 

「何故走る人間。何故その足を止めぬ。何故斯様な状況であっても絶望せぬ。答えよ、言葉を紡ぐだけの自由は許してある。答えよ。我が名はアスタロス、序列29の位に立ち、ソロモン王に四十の軍を任ぜられし、地獄の公爵。さあ、答えよ人間。数で劣り、質で劣り、地で劣り、機で劣る貴様は何故絶望せず足掻くのだ」

 

「......したさ」

 

 言葉だけでこのピンチから脱せられるとは思っていなかった。

それでも命乞いなんて、彼の選択肢にはこれっぽちも存在しえなかった。

 

「絶望なら、嫌っていうほどしたさ」

 

「ならば何故」

 

「巨大な黒龍に追われたりもした。世界を滅ぼそうとした軍神と対峙もした。不死身の英雄に嵐の王に襲われたり、圧倒的な兵力の差に悩んだ夜も、大切な仲間が消えて打ちひしがれた夜もあった」

 

「ならば諦めよ、人類最後のマスターよ。ここでその絶望は完結し、それを我らは観測する」

 

「それでも何とかなったから。皆が俺を助けてくれたから。皆に助けられた俺の命はそう簡単に諦められない!俺は皆のために生きたい!!」

 

 叫ぶ。鼻から血が漏れる。痺れた身体をモノともせず、藤丸 立香は立ち上がろうとする。その手をこの大地に突こうとする。脳の回路がショートしそうになるのを堪えて、彼は立ち上がる。

 

「それが貴様の答えか。なんと凡百でありきたりな答えか。もうよい、観測する価値もない。貴様を犯す毒は直にその命を喰ろう。しかし呆れた人間よ、我に無駄な疑問を持たせた罰だ、今すぐここで死ね」

 

 先端が恐ろしく鋭利な魔人柱の触手が藤丸 立香に放たれる。彼の心臓を貫こうと死が迫る。

 アスタロスはこの戦いに決着がついたことを信じて疑わなかった。藤丸 立香も死がもう目の前まで来ていることを受け止める他なかった。ただし、そんなことは彼が許さなかった。

 

 消える。藤丸 立香の身体がその場から消え去る。勿論、アスタロスの触手には手ごたえはおろか、血の一滴でさえも付着してはいない。英霊集いしこの決戦を全て無と帰すアスタロスの一撃は空を裂き、大地を割るだけに終わった。そこに第三者の介入があったことは火を見るよりも明らかであった。

 

「不合理、不条理、不道理である。我が一撃を邪魔するは誰であるか。否、それより何故この結界に入ってこられた。この結界は下界からは不可視、この混沌とした戦場で何故見つけられた」

 

 そこにアスタロスの背後に一人の青年が突然現れる。

緑の外套、やや痩せぎすの彼はマントの内に藤丸 立香を匿っていた。彼は手にした薬草をそっと藤丸 立香の口元に寄せる。

 

「噛めますかい、マスター?無理せずゆっくり飲み込めばいい、ドルイドの秘術を詰め込んだ万能薬、直に身体も動かせるようになる」

 

 常日頃から軽薄な皮肉屋で毒舌家、不真面目な態度を取る彼であったが藤丸 立香を支えるその表情にはいつもの彼とは真逆なモノが浮かび上がっていた。

 

「ありが、とう。アーチャー」

 

「おっと、感謝の言葉なら身体が快復してからにしてくれませんかね。まだそんな状態のあんたから礼を言われても気は抜けねえですから」

 

 藤丸 立香に快復の兆しが見えたからであろうか、彼はやはりいつもの彼に戻る。

そっとマスターを大地に降ろしマントを衣服から取り外して預けた彼はアスタロスに正面切って向かい合う。

 

「我の問いを蔑ろにするか虫の分際で。よい、新たな問いだ。貴様ら英霊は何故その人間に与する。その人間は高等な魔術を扱うか?その人間は格の高い殉教者であるのか?貴様らがその人間に与して益があるのか?何故だ、答えよ緑の弓兵よ」

 

「悪いねぇ、何もあんたのこと無視したわけじゃねえのよ。いいぜ、一から疑問に答えてやる。俺は臆病な性格でね、どんな場合でも常に最悪な事態のことを考えちまう。矢の備えが切れたら?火薬が湿気ちまったら?こちらの策がバレちまってたら?今回の戦いにおける最悪な事態はこいつの暗殺だ。だから俺は華々しい豪華な戦いはお偉い騎士様たちに任せて、ずっと俺たちのキングの監視をしてた。これで満足かい?」

 

「よい、二つ目の疑問に答えよ。何故貴様ら英霊は人間に与する。人類に裏切られ最後を迎えた者もいるだろう、己の最期を恨みと怨嗟で迎えた者もいるだろう、何故貴様らは愚かな人類のために戦える?答えよ」

 

「知るかよ」

 

 アスタロスの第二の疑問はあっけなく、何とも中身のない答えによって切り捨てられる。

路地に唾を吐き捨てるかごとく、興味もなさげにそう吐いた彼は頭をポリポリと掻きながらも困った顔を浮かべる。

 

「俺は別に戦闘民族じゃねえから強い奴と戦いたいとは思わない。むしろ相手をするなら弱い奴の方が断然喜ばしい。俺は別に誉高き騎士様じゃねえから騎士道に則り戦うなんてこともできない。馬鹿正直に戦わないで済むならそれに越したことはない。俺は別に信心深き聖職者でもねえからこんな無駄な戦いに意義を見つけ出すことなんてできない。てゆうか、俺ってば勝てない戦いなんてしない主義だし」

 

「ならば何故」

 

「俺はね賭け事が好きなの」

 

「答えになっておらぬ」

 

「俺はいつでも逆張りしちまうのさ。土地主からいたずらに税を搾り取られている小さな村がありゃあ助けてやりたいし、同じように魔人や魔術王なんて大層なモノに立ち向かう一般人がいりゃあ、俺としては断然応援したくなるのさ」

 

 矢を番えたロビンフッドは不敵な笑みを浮かべる。

きっと彼は嘘を吐いていた。彼がこの戦いに誉を、誇りを感じていないわけがなかった。騎士道を夢見ていないことはなかった。かつて己が守った存在に裏切られ命を散らした彼であったが、やはりそれでも人間を嫌いになることはできなかった。人類を守るための戦いにそんな彼が高揚しないわけがなかった。

 

「いいだろう、貴様への問いは尽きた。ならば死ね。読み終えた書物は焼き捨てるのみである。貴様のことも観測し終えた、故に死ぬがいい」

 

 魔人柱アスタロスの身体から先ほどの鋭利な触手が数えきれないほどロビンフッドに襲い掛かる。夥しい濃度の魔力を込めた必殺で無数の攻撃が、一度に多方面から彼を覆った。

 

「—――点火」

 

 アスタロスの足元の地盤が崩れ、重心を失った触手はあらぬ方向へ散らばり、己の張った結界にすらヒビを入れる。落とし穴、という表現が最も近しいであろう足元にできたそれはアスタロスを彼が見下ろせる深さがあった。

 

「不敬である、この我を見下ろすとは!直ぐにその首を差し出すがよい!!」

 

 全触手を束ね、一本の巨大な蔓にしたアスタロスは彼を穴に引きずり込もうと突き上げる。そんな切迫した状況にあるにも関わらず、口にした煙草にそっと火をつける動作を止めない。

 

「—――斉射」

 

 突如、アスタロスの頭上から先ほどの触手にも負けず劣らずの数の矢が一斉に降り注ぐ。

矢じりに特別な施しをしているのか、接触と同時に大爆発を巻き起こすそれはアスタロスの蔓を押し返す。

 

「不許可、不許可不許可不許可。断じて不許可、たかが小賢しい英霊一匹に我が弄ばれるなど断じて不許可である!!」

 

 二本の手を模した巨大な触手が崖に捕まり、一息に穴からの脱出を試みる。しかしやはりそれも無駄。

 

「—――固定、解除」

 

 今までどこにそんなものが隠されていたのであろうか、アスタロスの落ちた穴に蓋ができるほど巨大な岩が頭上に落石し、再び穴に叩き落す。

 

「言ったろ?俺は確かに逆張りが好きだけど、勝てない戦いはしないの」

 

 全て全て緻密に用意周到に準備された罠の数々。

ゲリラ戦や奇襲を得意とする彼が敵を前に現れるということはそれは勝利への算段を終えたということに他ならない。

 

「我が問いに答えよ!!今死ぬか!今すぐ死ぬか!!!」

 

 激昂。獣が如く吠えて問いただすアスタロスは先ほどの何倍にも身体が膨れ上がり、穴に落ちつつも優に彼を見下ろせるほど巨大化する。

 

「あんたのことは学者の術者から聞いたぜ、魔人柱アスタロスさんよ。なんでも、大層立派な穢れ(モン)溜め込んでるそうじゃねえか」

 

 アスタロスが巨大化したのは失策であった。

何故なら彼の必殺の一矢を避けることができなくなってしまったからである。

 

「我が墓地はこの矢の先に、

   森の恵みよ、圧制者の毒となれ、

      毒血、深緑より沸き出ずる!」

 

「不許可、不許可だ!!それを今すぐ止めよ、これは問いではない!命令である!!!」

 

「弔いの木よ、牙を砥げ。『祈りの弓(イー・バウ)』!!!」

 

 矢が飛び出る。必殺の矢が。

己の顔を隠し続けた青年の誉高き聖戦、人類を愛することこそなかったが、人類の穏やかな生活を愛した彼の戦いはまだもう少しだけ続く。

 

―――願わくば、我が墓地はこの矢の先に、あいつの最期はそのもっと先に―――

 

 

 

 

 




補足:アスタロスは全身が毒で形成された悪魔だそうです。ロビンと相性バッチシですね。

お読みいただきありがとうございました。

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