「愛が重いんです」
 「なんか、おかしな病気でも流行っているのかしらね、幻想郷……」

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 *一部キャラクターの崩壊、並びにパロディネタを多分に含みます。ご注意ください。


可愛さあまってあふれ出す ~セクシーコミックコマンダーゆかり~

 

 

 

 「愛が重いんです」

 

 溜息と共に吐き出された言葉は、陰鬱な気配をこれでもかと纏って、畳の上にべったりと落ちた。

 寝巻き姿の紫は、寝起きで働かない頭を持て余しつつ、はぁ、と気のない返事をするより他なかった。

 

 幻想郷のどこにあるとも知れぬ、ここはマヨヒガの八雲邸、その主の寝室である。

 

 普段は胡散臭くも優雅極まりない所作で周囲を翻弄する妖怪の賢者、八雲紫といえども、自宅の自室の布団の中でまで気合いを入れたりはしていない。休日のお父さんよろしく、大の字になっての爆睡である。

 寝乱れ、布団の端から覗く白い脚が艶めかしい。しかし淑女にあるまじき垂れ流しになった涎と、すかー、すかー、と膨らむ漫画のごとき鼻ちょうちんが全てを台無しにしていた。

 

 人間型を模しながら、冬眠まで試みる根っからのスキマ妖怪である紫は、当然のごとくその嗜好も夢の世界に比重が置かれていた。誰が見ても、ああコイツは幸せなんだな、悩みなんてないんだな、なんか腹立つな、殴りてぇな、と思わずにはいられない腐った赤子のごとき寝顔を曝していた。

 

 そんな紫であったが、今朝は珍しくひとりでに眼が覚めた。

 いつもならばようやく彼女の式である同居人が起こしに来るのを、ぐずぐずと我儘を言って困った顔をさせた挙句、なんだかんだで二度寝に持ち込み、呆れさせる程度の頃合である。

 

 しぱしぱと目を瞬かせながら、自分も早起きになった、もう年かなぁ、なんてぼんやりと思う紫であったが、勘違いしてはいけない、時刻は午の刻をとっくに回っている。

 

 布団の温かさを恋しく思いつつ、ともあれ口うるさい世話役が来るまでもうちょっと寝とこうとごろん、と寝返りを打つ。

 すると、どんよりと自分を見下ろす視線と、ばっちり目が合った。

 

 「きゃっ」

 

 自分の口から、我がことながら似合わねえなあとしか意見のしようのない可愛らしい声が飛び出した。そしてこれまた身を守るように布団を胸に掻き寄せるという、あり得ないほど乙女丸出しの仕草で跳ね起きてしまった。

 

 恥ずかしさに顔を赤らめつつ、無遠慮な闖入者に目に物見せてくれようと能力発動のために指を掲げ、怒り顔で相手をきっと睨みつける。そして、そこでようやく気がついた。

 

 「……橙?」

 「……お早うございます」

 

 きっちりと正座をして、死んだ魚のような目で静かに頭を下げるのは、紫もよく知る黒猫の少女だった。

 

 

 

 そして話は冒頭に戻る。

 

 「つまり、藍が過保護すぎるということね」

 

 はい、と橙はがっくりと項垂れながら言った。ガウンを一枚羽織った紫は、頭痛をこらえるように眉間を押さえた。

 

 橙は酷い有様だった。

 

 まず目の下に無視できないサイズの隈が墨滴鮮やかに刻み込まれていた。

 ぴこぴこと情緒豊かに跳ねていた耳は萎びた菜っ葉同然となり、元気いっぱいに揺れる二股の尻尾はやさぐれたふうにテキトーに地面に投げ出されていた。

 あれだけ自慢にしていたつやつやと美しかった毛並みは、そこらの使い古された竹箒の先っちょと変わらぬ有り様となり果て、きらきらと好奇心に煌めく瞳は、地獄の釜の底を浚ってきたような色に濁っていた。

 はあぁ、と零す息も実にくたびれきっている。全体的に、なんというか色褪せたという感が強かった。

 

 なるほど、八雲家モットー巻ノ一、「眠れる紫の美女を妨げない」の厳命にあえて反する程度には、彼女も切羽詰まっていたということか。

 

 「別に、藍さまのお気持ちが迷惑というわけではないんです」

 

 橙はぼそぼそと呟いた。

 

 「ただ、その、何というか、必要以上に世話を焼かれても困惑するといいますか。やたらとお菓子をくれたりだとか、ことあるごとに抱きしめられたりとかは、まぁ、すごく恐縮なんですけど、別にいいんです。私も嬉しいですし。でもですね、食事の度に膝の上に乗せようとしたりだとか、あーん、をさせようとしたりだとかは、さすがにちょっと。毎朝わざわざマヨイガから住処までお迎えに、というより起こしに来られるのも困ります。主に起こされるなんて式としての面目が立ちません。なんとか止めていただくようお願いしているんですが、毎度なんやかやと理由をつけて、結局やってきちゃうんです。しかも日の出前に。早く橙に会いたかったからって言われても。いや、嬉しいんですよ? 嬉しいんですけど、できればお気持ちだけで十分だったのにな、ってどうしても思ってしまう部分もあるんです。夜は夜でなかなか解放してくれないものですから、帰宅にかかる時間も合わせて、どんどん就寝時刻がずれこんでいくんです。けど起床は相変わらずなので、私はなんだか慢性的に寝不足です。普段は普段で、お洋服を着替える段になると、どこからともなく現れてすごくいい笑顔でボタンに手をかけてきたりだとか、何も言わずに天狗さんが持ってるような機械でカシャカシャ光を焚いたりだとか。何してるんですか、私の裸をどうするんですかって聞いても答えてくれずにずっとカシャカシャしてるんです。お風呂に入るときだって、当たり前みたいな顔で一緒に着いてきて、湯船に浸かってる間中、ずうっと抱きしめているんです。それがびっくりするぐらい長くて、藍さま、熱いです、私もう上がりたいですって訴えても放してくれなくて、藍さま、苦しいです、私もう茹っちゃいそうです、って言ってもまぁまぁとか言うばかりで、しまいには私はぐだぐだのぐずぐずにされちゃうんです。そ、それから、それからっ。あ、あまつさえ、お、お、お手洗いに、までっ――」

 「もういい。もういいわ、橙」

 

 全身を瘧のように震えさせながら、断続的なしゃっくりを始めた橙を、優しく遮る紫。あふれる何かを堪えるように、片手で目を覆いつつ、くっとそっぽを向く。

 胸を衝くこの想いは何だろう。同情や罪悪感というには、余りにも苦すぎる。

 

 知らなかった。いや、知ろうともしなかった。

 確かにあの九尾の狐が、自らの式を溺愛していたのは承知していた。

 しかし、それもごく一般的な家族愛、あるいは師弟愛に近い感情の範疇に収まっているものだと、紫は普通に信じて疑っても見なかった。

 

 紫は、ぐすっと鼻を啜る目の前の少女を胡乱気に見る。

 溜まりに溜まった鬱憤を吐き出したことで少しは気が晴れたのか、橙の瞳にはわずかながらようやく光が戻り始めていた。

 

 あるいは紫という力関係上トップに位置する存在に訴えたことで、漠然と現状の改善に希望を見出しつつあるのか、先ほどに比べれば明らかに肩の力が抜けている。

 しかしそれすらも、紫の目には痛ましい、としか映らなかった。

 

 そして勿論、主として、紫は自らの眷属の窮状を即座に打開してやる義務がある。

 

 「藍。らんー。いたら、ちょっとおいでなさい」

 

 声を上げて呼ばわる。

 その名を聞いた瞬間、黒い尻尾と耳がびくん、と怯えたように反応したのは見なかったことにした。

 

 すぐに、廊下を軽やかに渡ってくる足音が近づいてきた。

 続いて、失礼しますと一声受けて、障子がすらりと開いた。

 

 「お呼びでしょうか、紫さま。……おや、橙、こんなところで一体どうしたんだ。はっ、よ、よもや、何か粗相でも」

 「いやいや。違うわよ。ちょっとお話したいことがあってね。橙と貴女に。というか主に貴女に」

 「なんだ、そうでしたか。お呼び出しも、そのお話のことで?」

 「あー、そうね、とにかく一度腰を下ろしてもらえるかしら」

 「はあ」

 

 頷きつつ、藍はごく何気なく橙に近寄ると、彼女をひょいと抱え上げ膝の上に乗せつつ正座した。

 

 「それで、お話というのは」

 「実はね」

 

 と、そこまで言って、紫はぽかんと口を開いたまま硬直した。藍はきょとんと首を傾げた。

 

 危なかった。そのまま普通に流す所だった。あまりに自然すぎて違和感を感じ取れなかった。

 紫は、ごくりと咽を鳴らすと、恐る恐る藍に訊ねた。

 

 「あの、藍」

 「なんでしょう」

 「その、どうして、橙を膝の上に載せているの」

 「……? ああ、これは失礼しました。いや、ついクセで」

 

 はっはっは、と朗らかに笑う藍。

 

 ぺしりと額なんぞ叩きつつはにかんでみたりするものの、紫はちっとも笑えない。なにせ口ではそう言いながら、全く降ろす気配がないのだ。

 幼い少女の肢体をがっつり確保した腕からは、何がしかの並々ならぬ怨念じみたパワーをひしひしと感じた。言葉にすると辛うじて愛。泡でも吹きそうな顔で、どんどこ青ざめていく橙の顔色が印象的だった。

 

 その無意識の迫力に気圧されながら、こいつは難物だと、紫は慎重に言葉を選んだ。

 

 「えーとね、それで話というのは、橙の教育方針についてなんだけど」

 「ほほう、と言いますと」

 「私の気のせいかもしれないんだけど、最近、えっと、藍は橙に少し構いすぎなんじゃないかしら」

 「気のせいです」

 

 即答した。断言だった。物凄い笑顔だった。橙が泡を吹いた。紫はぱくぱくと金魚のように口を開閉した。藍はやれやれとばかりに首を振った。わかっちゃいないぜこのスキマ。

 

 「よろしいですか、紫さま。橙は仮にも、この八雲の眷属です。生半可なことをしていては、名前に負け、他者に侮られるは必定。それがひいては、紫さまご自身の顔に泥を塗るおそれもあるのですよ。私は紫さまの式として、何より橙の主として。橙を監督し、指導し、見守っていく義務があるのです。どんな時でも、どんな場所でも。いついかなる場合でも!」

 「それがお風呂とかお手洗いにまで至る必要はないと思うのだけど」

 「いついかなる場合でも!」

 

 握り拳で力説する藍。

 どこで教育間違えたのかしら、と遠い眼をする紫。

 たわわんと揺れる豊満な胸の中で、目から必死に助けて光線を発している橙。

 

 やがて藍は興奮してきたらしい、慈愛に満ち満ちた微笑を湛え、柔らかい少女の髪にナメクジのようにねっとりとした動きで頬ずりを始めた。

 

 「そうとも、橙。私だって本当はこんなことをしたくないんだ。まるで愛するお前を監視しているみたいじゃないか。しかしな、橙。勘違いするんじゃないぞ。これは必要なことなんだ。将来お前が苦労しないためにも、今から手取り足取りお尻取り、くんずほぐれつ丁寧に八雲たるべき姿を伝授する必要があるんだ。何もお前が憎くてやってるんじゃあない。お前が正しく力を揮い、心身を損なわず美しく愛らしく身悶えんばかりの成長を健やかに促すための、いわば補助輪のようなものだな。それが私からのささやかなプレゼントであり、私にできる唯一のお前への指導だ。だから、雨風霰雹霧霞時雨秋雨霖雨に豪雪、地震雷火事紫、ありとあらゆる天候気温に関わりなく、昼夜貫徹、四六時中お前に付き添いお前を温かく見つめていなければならないんだ。それはごく当たり前のことであり、なんら可笑しいことではないんだぞ。ああ、それにしてもお前はどうしてこんなに素直で可愛く、愛おしいんだ。いっそ食べてしまいたいくらいだな。紫さまも私の式がお前のような天使できっとお喜びになっているはずさ。そうでしょう、紫さま。……聞いておられますか、紫さま」

 「ん。あ、終わった?」

 

 布団に腹ばいに寝そべって、隙間から取り出したスナック菓子を摘みつつ、マンガ雑誌なんぞを読みふけっていた紫は、のっそりと身を起こした。

 雑誌名はもちろん小中高生の永遠のバイブル、週刊少年跳躍である。

 

 ちなみに橙は話が中盤に差し掛かった辺りで既に白目を剥いていた。

 頭のてっぺんからでろんと魂が抜けかけていたりするのはご愛嬌。

 どこからともなく無縁塚のサボリ魔が現れ、黙々とアップを始めたような幻を見たがおそらく気のせいである。

 

 「終わったかどうかと問われれば、不肖この八雲藍、我が式についての口上でしたら千夜一夜物語が作れる勢いではありますが」

 「そうね、鬱になるほど不肖ね」

 「またまたご冗談を。ともあれ、私の橙に対する情はこれでわずかにも汲み取って頂けたかと存じますが」

 「情というか情念というか執念というか。ええ、まあ、概ね貴女の言いたいことはわかったわ」

 「それは重畳」

 

 にっこりと笑う藍。

 花咲くような麗しい美貌は、それだけで数多の男を恋に突き落としかねない可憐さであった。紫も静かに微笑み返す。空気が一気に華やいだ。

 

 ムサい男共が生まれてきたことを後悔しつつ、ついでに首でも括りたくなるような実に蠱惑的な光景である。その只中にあって、グロテスクな顔色でビクンビクンと痙攣している橙だけが、ひたすら異様ではあった。

 

 紫はうん、と頷きながら、びしりと藍に指を突きつけた。

 

 「橙、禁止」

 「!?」

 

 藍が全身の毛を逆立てた。

 絶叫するようにくわっと大口を開け、背景の白黒を反転させる。どこかでカッと稲光が奔った。

 その様は、まるで予想もしていなかったタイミングで金盥を落とされた芸人のようでもあった。

 

 何が起こったのかわからない、何を言われたのか理解できない。

 そんな時往々にして人は、ひくついた薄笑いで媚びるように質問を繰り返すものである。

 ぱくぱくと金魚のごとく口を開閉させていた藍が続いて取った行動もまた、この黄金パターンからは逃れられなかった。

 

 「え。え? はは。あの、え? もも、申し訳ありません、紫さま。今――なんと?」

 「橙禁止。撫でるの禁止。愛でるの禁止。ていうかもう触るの禁止」

 「日本語でおk」

 「言語中枢まで腐ったかしらこの狐」

 「なななな、なぜっ、何ゆえ、どうしてwhy!?」

 「いやなぜと問われたって貴女ね……」

 

 むしろなぜそこまで自分の言動に正義を確信しているかが謎である。

 既に苦痛を超越して何やら悟りの境地に至ったらしき、菩薩のように安らかな表情の橙を見るまでもなく、紫の中での藍の評価は著しく失墜していた。

 

 具体的に言うと頼れる式から変質者くらい。

 人里で一緒になったら間違いなく他人の振りをする。

 正直フォローのしようがない。というかぶっちゃけしたくない。突っ込み所満載どころか、一連の流れ全てが疾風怒濤の勢いでトチ狂っているのである。本人は大真面目なだけにひたすらタチが悪い。

 げに恐ろしきは暴走する天然であった。

 

 あのねえ、と紫は噛んで含めるように言った。

 

 「別に永遠にお別れしなさいって言ってるわけじゃないの。少し距離を持たせるための、一時的な措置よ。はっきり言って今の貴女の橙への依存っぷりはちょっと異常だわ。これではお互いのためにならないし、何より橙が可哀想よ。ようは頭を冷ましなさいということね」

 「お言葉ですが紫さま。それは些か早計に過ぎるかと。私は自らの式に依存などしておりませんし、橙との関係も極めて健全かつ良好であると確信しています」

 「ならしばらく離れていても別に平気じゃない」

 「それはほらあれですなんですか、親睦的な」

 「そこが曖昧な時点でもう語るに落ちているような……」

 「とにかく! そのように一方的に決め付けられては、私としても納得ができません。ご命令である以上、従うことに吝かではありませんが、せめて万人が認める正当な理由を提示してください。なにせ事が事、式を奪われては私の普段の業務にも差し障りが出るやもしれませんし、左様でござるかと容易く飲むわけにはいかないでしょう」

 

 むふー、と鼻息も荒く捲くし立てる藍。忠実なこの式にしては珍しい、強硬な態度である。

 

 藍の仕事というと、結界の補強を除けばマヨヒガの家事全般が殆どを占めるわけだが、主である紫が日の大半を睡眠と外出に当てている以上、残る業務はだいたい自らの式の教育、すなわち橙の世話に落ち着く。

 実質二人暮らしの家なので、元々家事などさして手間もかからない。橙にお使いやお手伝いを任せることもあるが、それとてやろうと思えば一人で片付けられることばかりだ。してみれば、修行中の未熟な式を欠いたところで、藍が業務に支障をきたすなど少々考え辛かった。

 

 まあ橙の世話を業務と捉えるなら、それができないという意味において、なるほど支障が出ていると言えなくもないが。

 紫は扇を取り出して、口元を隠した。いきり立つ式を流し見ながら、冷静に言う。

 

 「……わかったわ。じゃあこうしましょう。私か貴女か、どちらが正しいか橙に決めて貰うの。私の意見が正しいと思えば私の元へ来る。藍の意見が妥当だと思えば藍の元に留まる。ああ、もちろん強制はなしよ。今だけは上下関係も無視していいわ。当然、能力の使用も禁止ね」

 「おやおや、よろしいのですか紫さま。その条件ですと、勝負は目に見えておりますよ」

 「そうね。やる前から分かりきった勝負だと、私も思うわ」

 「ふふふ、負けるとわかっていてのその余裕、いえ、虚勢でしょうか。さては何か策でもおありの様子。ですが! 私と橙の間に堅く結ばれた、愛という名の主従の絆を打ち砕くことなど、何人にも不可能なのです! 策に溺れる前に早々に非を認められること、式としてご忠告させて頂きますよ紫さま」

 「あー、うん、まあ何でもいいや。取りあえず、一旦橙を離してあげて頂戴」

 「自ら死期を早めるとは、妖怪の賢者と呼ばわれる紫さまらしくもありませんね。いいでしょう、望むところです。さあ橙、遠慮することはない。すぐにでも決着をつけて、三人で食事にしよう。なあに、心配することはない、勿論お前はいつも通り、私手ずから食べさせてや」

 

 言い切る前に、橙は駆け出していた。

 藍の腕の拘束が緩んだ一瞬の隙をついての、決死の大脱走だった。

 河童印のロケットでも背負っているかのような爆発的な猛ダッシュ。

 泡を食ってスカウトに駆けつけた韋駄天を、ぶっちぎって置き去りにしそうな美しいスプリンター走法。

 畳にコゲ跡を残しつつ、あまりに華麗なドリフトを決めたかと思えば、紫の背後へ頭から猛然と滑り込んだ。

 

 主の主の背中に顔を押し当て必死に縋り付き、がたがたと震えだす。

 後ろ手によしよしと優しくその背を叩く紫。

 

 藍は身じろぎ一つせず硬直していた。

 現実を受け入れるには少しばかりピュアすぎたのか、なにやら変な顔をしている。紫はなんとなく、寿限無みたいな洗礼名を持つキュビズムの大家の画風を思い出していた。

 

 「ち」

 

 藍がゆらりと立ち上がった。

 カタタタタ、と無意味に歯を鳴らし、幽鬼のような足取りで、一歩、また一歩と畳を踏む。

 両手を物憂げに突き出し、完全に死んだ目でふらふらと近寄ってくる様など、もはや完全にゾンビであった。

 

 橙が悲鳴を上げる。

 無理もない。そこにいたのは賢い狐の式などではなかった。怖い、ひたすらに怖い情念の化け物であった。

 

 「ちちち、ち」

 

 紫は指を掲げた。酷く切ない気分だった。同時に無性に酒をカッくらいたい気分でもあった。わけもなく涙が出そうになって、必死に鼻を啜る。

 

 藍は謎のポージングと共に、高らかに宙を舞った。

 

 「ちぇえええええええええん!!」

 「うすらやかましい」

 「ちぇええええええええええええええん!!?」

 

 その着地地点に、みょーんと開かれるスキマ。

 主の意志を汲んだものか、中から無数の手がテメエとりあえずちょっとツラかせや、とでも言わんばかりの動きで狐を引きずりこんだ。

 

 藍はなおもしぶとく黒猫の名前を吼え狂いながらあっぷあっぷともがいていたが、すかさず立ち上がった紫の華麗なる美少女893キックを顔面に頂戴し、あえなくスキマの彼方へと旅立っていった。

 

 阿呆が完全に消え去るのを確認し、能力を切ると紫は静かに天を仰いだ。

 

 「空しい勝利だわ……」

 

 何せ得るものが何もない。失うばかりの戦いであった。

 紫は暗い顔でくつくつと笑う。早速おしおきと称した式神再調教、もとい再教育プランの構想を練り始めたらしい。内容は乙女の尊厳にかけて極秘事項である。エロいし。

 

 その袖口を、くいくいと引っ張る柔らかい力があった。

 

 「あの、紫さま」

 「その後は人里へやって、衆人環視の中おもむろにスカートを……、あら、何かしら、橙」

 「藍さま、一体どこに行っちゃったんですか」

 「遠いところよ。……なんだかこういう言い方だと死んじゃったみたいね。ああ、嘘よ嘘。心配ないわ。そうね、具体的な場所はめんどくさいから伏せるけど、危険なところではないわ。しばらく一人になれば、あの子もちょっとは冷静になるでしょ」

 

 まったく、と溜息をつく紫。まるで手のかかる娘を持った母親のようである。

 呆れた様子ながら不思議な優しさが透けるその仕草を見て、不安げだった橙はほっと胸を撫で下ろす。

 

 あれだけの仕打ちを受けたにも関わらず、それでも主のことが心配だったらしい。実にできた娘である。あの狐の教育の賜物だろう。あえて反面教師とまでは言わないが。

 

 「愛情も度を過ぎれば暴力よね。お尻のひとつでも引っ叩いてやればよかったかしら。まさか我が家から馬鹿親が出るとは思わなかったわよ」

 

 ぶつくさ言いながら、紫は大きく伸びをした。欠伸をかみ殺しながら手櫛で髪を整える。

 

 結局、寝起きの騒動で身支度もままならなかった。寝癖もそのままだし、よく見れば寝間着代わりに着付けた肌襦袢のあらゆるところがはっちゃけて、ワガママな肉まんとか白桃とかが私を食べてとアバンギャルドしていたりもする。ちなみに比喩である。

 

 紫は、その自分のとんでもない格好に気がついて、ちらりと橙に視線をやった。

 彼女は顎に指を当てて俯いていた。なにやら考え込んでいるようでもある。

 

 紫は彼女に気づかれないよう、澄ました顔で、しかしそそくさと胸元や太腿の合わせを直す。ほのかに頬が赤らんでいるのは気にしてはいけない。近くにいるの幼女だけじゃねぇかとかいう突っ込みもナンセンスだ。羞恥心や貞操観念とは人それぞれなのである。

 

 「紫さま」

 「ふえっ」

 

 やはり寝間着も洋装に変えるべきかなぁ、などとぼんやり考えていた紫は、ふいに声を掛けられて飛び上がった。

 慌てて見やると、橙がその場にがばりと伏せて、額を畳に擦りつけていた。

 

 紫は目を丸くして、頭のてっぺんにちょこんと乗った緑色の帽子を見下ろした。

 

 「ちょっと。なあに、いきなりどうしたというの、橙」

 

 問うと、橙は顔を上げた。真っ直ぐな眼差しで、紫の目を見つめた。強い意志を感じさせる瞳だった。

 

 「お願いがあります」

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、紅魔館。

 昼食後のティータイム、芳しい香りの紅茶を前にして、しかしフランドールはやけに浮かない顔をしていた。

 

 その対面に座って、敬愛する姉にして紅魔館の主、吸血鬼レミリアは優雅にカップを傾けていた。何らかの屈託があるらしい妹と違って、こちらは実に余裕の溢れる仕草である。

 フランは、そんな姉の顔色をちらちらと窺っていた。膝の上に手を重ね、心許なさげに指をこねくり回している。

 

 かちゃん、とレミリアがカップをソーサーに置いた。フランは思わず肩を跳ねさせた。

 レミリアの背後から、彼女に忠誠を誓う瀟洒なメイド、咲夜がポットを手に音もなく現れた。こぽこぽ、と新しい紅茶が注がれる。

 

 その温かみのある音を皮切りに、フランはこくりと咽を鳴らすと、意を決したように口を開いた。

 

 「あの、お姉さま」

 「何かしら」

 「その」

 

 もごもごと口ごもる。どうにもはっきりしない態度である。

 しかしレミリアは特に急かすでもなく、黙って紅茶を啜り、妹の言葉を待った。

 

 フランはそんな姉の態度に背を押されたか、きゅっと唇を結ぶと、覚悟を決めたような顔で、おもむろに口を開いた。

 

 「あの、あのね、お姉さま。私ね、最近がんばっているの」

 「あら、そう」

 「お勉強はちゃんとしているし、お洋服もなるべく自分で畳むようにしているわ。嫌いなピーマンだってちゃんと食べているのよ」

 「立派なことね」

 「お皿や家具も大事にしているし、メイドさんにも優しくしているわ」

 「妖精たちが喜んでいたわね」

 「もう簡単に力を使おうだなんて思わないし、むやみに人を傷つけるだなんて、絶対に有り得ない」

 「素晴らしい心がけだわ。貴女は私の誇りよ」

 「だからね。だから」

 

 フランは指を組み合わせた。

 胸元に寄せて、ぎゅっと握り締め、おねだりをするように姉の顔を上目遣いに見上げる。

 

 「お外、出てもいい?」

 「ダメよ」

 

 レミリアはそれを斬って捨てた。真っ正面からの唐竹割りだった。

 あまりにド直球な即答に、思わず涙目になるフラン。

 

 「ど、どうして!?」

 「どうしてもこうしてもないわ」

 

 ふ、とレミリアは微笑んだ。

 そっとカップを置きながら、フランの瞳を覗き込む。

 妹の顔を映す、湖面のように涼やかな眼には、例えようもない暖かな光が満ちていた。

 

 その優しい視線に、思わず息を呑むフラン。何となく俯いて眼を逸らす。頬が熱い。

 レミリアはうろたえる妹の仕草に頓着せず、ただ穏やかな口調のまま、噛んで含めるように言った。

 

 「外になんか出したら、貴女がメチャメチャにされてしまうでしょう?」

 

 ぽかん、とフランは口を半開いた。背後で完璧を謳う侍女が不自然な挙動をした。

 メイド道に造詣の深からぬフランにはその深遠なる意図は掴めなかったが、肩透かしを食らってずっこけた時の仕草によく似ていた。

 

 「ええっと」

 「メチャメチャ」

 

 なぜ二回言ったのか。

 重々しく繰り返した所で台無しなのには変わりない。

 任せておけと言わんばかりに、ゆったり頷く様も意味不明である。

 

 フランは腕組みをした。495年を生きた小ぶりなおつむを必死に回転させ、姉の意を汲もうと頑張った。

 無理だった。

 

 「あの、お姉さま。私ちょっと、お話の意味がよく」

 「いけない子ね、フラン」

 

 す、とレミリアが立ち上がった。

 同時に、すーっと音もなく、妙に滑らかな動きでこちらへと接近してきた。

 

 移動しながらも、その目はフランの瞳を捉えたまま、面には聖母のような微笑みを湛えたままという、筆舌に尽くしがたい不気味さである。

 

 捨てられた子犬のような目で咲夜へと振り向くフラン。

 メイドは頭上に交差した手を掲げ、無表情に首を左右に振った。

 

 そうこうする内に、レミリアは椅子に腰掛けるフランの脇へと到着した。

 幼い容姿に見合わぬ妖艶な仕草で、しなしなと妹にしな垂れかかる。冷や汗を浮かべて仰け反るフランの顎に指を添えると、くい、と上向かせた。

 

 「本当に、いけない子」

 「ええっと」

 

 フランは姉を刺激しない程度の動きで、そっと顔を背けた。

 レミリアと自分の間に両手を差し入れ、ノーサンキュー的なジェスチャーで急拵えの壁を建造する。

 なるべく椅子の端に身を寄せつつ、目をぎゅんぎゅんに泳がせながら言葉を取り繕う。

 

 「た、確かにそれは、私は悪い子だったかもしれないけど、でも、これでも私なりに一生懸命できることをこなしてきた結果なわけで、お姉さまから見れば、それはたいしたことない、下らないことばかりかもしれないけど、それだって私にとってはどれも大事な」

 「あむ」

 「ひうんっ」

 

 レミリアがフランの首筋を甘噛みした。ねぶるように数度唇を蠢かせる。

 あ、あ、あ、とその度にフランの口から公序良俗クソくらえな声が漏れた。

 

 フランは慌てて姉の身体を押しのけると、真っ赤な顔で首筋に手を当てた。

 

 「な、何をするの、お姉さま! やめてっ」

 「貴女が悪いのよ、フラン。貴女がこんなに無防備だから。だから」

 

 近い。

 物凄く近い。

 

 互いの吐息が触れ合うほどの距離である。その距離から見つめた姉の優しい瞳の奥に、フランは飢えた猛獣のような、ぎらぎらした何かを見出してしまった。

 

 レミリアが笑う。押さえつけるように、圧し掛かるようにフランを追い詰める。

 椅子の上のフランに逃げ場などない。ぬたりと剥いた牙に、乾いた唇を濡らす赤い舌に、悲鳴を噛み殺すばかりである。

 耳を澄ませば聞こえる、はあはあという荒い息。

 

 外見上、あるいは精神年齢の上でも幼いと評して差し支えのないフランは、今まさに、生命の危機とは別種の猛烈な危機感を覚えていた。

 

 生まれて初めての、女性としての恐怖。

 

 「どこの馬の骨とも知れぬ輩に穢されるくらいなら。いっそこの手で……メチャメチャに!」

 

 ……貞操が。

 

 「いっやああああああああああッ!?」

 「ええい、暴れるな! 暴れるな!」

 「いぃいやぁあああああああぁあッ!?」

 

 ばたばたと脚を振り回す。下着が見えるのもお構いなしの大暴れである。

 しかしレミリアはどこでどう培ったものか、それらの抵抗をことごとく、やけに馴れた手つきで封殺していく。

 

 ぐねぐねと特殊な軟体動物を思わせる動きで、白魚のような手指が閃くと、その都度、フランの衣服が一枚、また一枚と解けるように脱げていく。

 

 ついに、自らの薄く浮いた鎖骨が露になったことに気がつき、フランは目に涙を浮かべて、ひ、と息を呑んだ。

 

 「い、いや、やだっ、やだあっ! 剥かないで! 私を剥かないでえっ」

 「ふふふ貴女が絶賛していた美鈴お手製のエビチリの中の海老たちも、きっと同じことを思っていたでしょうね。その哀れな食材たちに、貴女はなんと答えたかしら? 『うわあ、とっても美味しそう!』、そう言った筈よね」

 「あっ、やめて、痛い痛い、そこは、そこは掴んじゃ、だめえ……っ」

 「図書館の本棚に貴女がぶら下がったとき、似たような台詞を小悪魔が必死に叫んでいたわね。あれは結局どうなったのだったかしら。……ああ、壊れたのか」

 「やあっ、へんなとこ、へんなとこ撫でないでえっ」

 「あらあら、へんなところって、どんなところかしら? 私にはわからないわ。言ってみなさい、フラン。ほらどこ? ここ? ここかしら? うふふふふふふふふふ」

 「だ、誰かっ、誰か助けて! 咲夜! さくやあっ」

 

 すでに半裸と化したフランが、姉の下から必死に咲夜へと手を伸ばして救いを求める。

 

 吸血鬼同士の乱闘の渦中にあってなお、一切うろたえることなく佇む、人形にも例えられる従者である。

 外向きには怖い顔をしてみせることもある有能な侍女だが、身内には殊更に優しい少女だ。

 レミリアやフランには、日ごろの澄ました表情を崩して、穏やかな微笑を見せることもままある。

 彼女なら、この自らの苦境をきっと何とかしてくれる。自分を助けてくれる。フランは無垢に、それを信じていた。

 

 次の瞬間、確かにフランの悲鳴を聞き届けたはずの咲夜が、そっと目を背けるまでは。

 

 「さ、さくや……」

 「無駄よ、フラン。咲夜は私の従者、私の忠実なるしもべ。敵に対峙しては猟犬と恐れられようとも、私の手のひらにある内は可愛らしい仔犬のようなものだわ。そして、そうね、フラン。貴女はさしずめ、宝石の瞳と金織物の毛皮を持つ、陶製の子猫といったところかしら。傷つかないよう、大事に、大事に保護しなくてはいけないわ」

 

 レミリアが邪悪な含み笑いをもらす。

 フランは絶望に侵された瞳で、俯く咲夜を見つめていた。諦めと悲しみが胸に湧き上がる。

 

 同時に、不思議に腑に落ちた。

 咲夜は姉の従者なのだ。ならば自分よりレミリアを選ぶのは当然ではないか。

 

 信じた自分を愚かとは思わない。もしも相手が姉でなければ、きっと咲夜はフランの味方をしてくれたに違いないから。

 天秤に乗った錘の重さで比べるならば、向こうの年月と恩義とが余りに重すぎた。そういうことだ。咲夜を恨む道理はない。恨むつもりも、ない。

 

 フランの目じりから、透明な雫が一筋、頬を伝って流れた。瞼を伏せたフランは、だから気づかなかった。

 床に目を落とす咲夜の、身体の前で組んだ手が、エプロンを固く握り締め、堪えるように微かに震えていたことを。

 

 「だめ、だめ……」

 「ふふふ、そう口にしつつも、だんだん抗う力が弱くなってきているじゃないか。もういいのよフラン。後はお姉さまに任せて、全てを受け入れてしまいなさい。可愛いフラン。愛しいフラン。私の懐のうちで、猫鍋ならぬフラ鍋と化すがいいのよ。それが貴女の幸せなのよ」

 「ああ、だめ、だめっ。お願いお姉さま、もうやめてっ。私たち、実の姉妹なのに、こんなの、こんなの……、ああっ」

 「背徳、タブー、言葉は数あれど、どれも吸血鬼たる私たちを縛るものではないわ。それに、あらあら、ほぅら、貴女だって、ここをこんなにしているじゃないの。天邪鬼な子ね。さあ乱れなさい、曝け出しなさい。自分に素直になりなさい!」

「いや、咲夜! お願いさくやっ、見ないで、見ないで咲夜! ああっ、私を、私を見ないでぇえええええええっ」

 「共に煩悩の彼方へ、さあ逝きましょう! あいきゃんふらん! さあ皆さんご一緒に! あーい、きゃーん、ふら」

 「うろたえるな小僧」

 「あじゃぱーっ!」

 

 レミリアが文字通りの毒牙をフランへと突きたてようとした、まさにその瞬間であった。

 

 ペ○サス○星拳を打ち込みつつ、紫がスキマから勢いよく踊りこんだ。

 カッコよく足裏の摩擦だけでずざざっ、と止まると、きりもみしながらレミリアが壁へと吹き飛んでいった。

 慌てて主の名を叫びながら、咲夜が向こうへ駆け寄っていく。

 

 それを尻目に優雅に髪を払う紫の姿には、小宇宙が燃え上がってしまいそうなほどの威厳が満ち溢れていた。

 ふっとアンニュイに笑うと、厳かに告げる。

 

 「レミリア、マンモス哀れなヤツ」

 

 フランは、目を白黒させて、壁に出来た大穴を見つめていた。

 突発的に訪れた展開に完全についていけていない。

 

 何やら異様に濃ゆいタッチの面構えになった紫が、不敵に仁王立ちするのを警戒するでもなく、乱れた服を直すのも忘れて、ひたすら呆然としている。

 

 そんな彼女に、開かれたままだったスキマから、ひょっこりと頭を出した影が、めいっぱいの声をかけた。

 

 「フランちゃあん!」

 「あっ、橙!」

 

 ぱたぱたと元気よく手を振るのは、黒猫の友人であった。

 フランは椅子を蹴倒すと、転げるように友達めがけて突進した。両腕を広げて、それを待ち受ける橙。

 

 「橙! ちぇん! うぇーん」

 「良かった、フランちゃん。間に合ったぁ……」

 

 スキマから身を乗り出した橙と、あられもない姿のフランがひしと抱き合う。

 友達の胸の中で泣き崩れるフランの頭を抱いて、橙もまた涙目で安堵の息をついた。

 なんとも麗しい光景である。紫はハンカチを片手に、静かに式の成長を喜んだ。

 

 しかし、そうしたハイライト的見せ場には、えてしてラスボス級の敵が立ちはだかるのがお約束というものである。

 

 やにわに目つきを鋭くした紫が、突如として横っ飛びに地を蹴った。

 直後、それまで紫が立っていた場所に、紅の弾幕が雨あられと降り注いだ。

 舌打ちと共に睨み付ける紫の視線の先、瓦礫の中から爛々と目を光らせたレミリアが、咲夜の手を借りて幽鬼のように立ち上がっていた。

 

 「八雲の……。これはどういうつもりかしら。返答次第では、ただでは済まさないわよ」

 「どうもこうもないわ。家の子が友達を助けて、って訴えてきたから、それに応えただけのことよ。私にとって式は朋友。そして友の友は我が友も同然。聞かぬ道理のあるべきか」

 

 ずごごごご、といかにも少年誌ちっくな効果音を背景に、幻想郷トップクラスの妖怪ふたりがメンチを切りあう。

 

 空間がぐんにょりと歪んで見えるほどの、壮絶かつ剣呑なオーラである。

 雑魚妖怪ならば空気に当てられただけで気絶するだろう。抱き合った式と悪魔の妹が怯え、震え上がるのもやむなしである。原因がアレというのが、いまひとつ緊張感とカリスマを削ぐのだが。

 

 にらみ合う両者だが、ふと何事かに思い至ったらしき紫が、唐突に戦闘体制を解いた。

 なおも獲物を捕捉する肉食獣のような姿勢のレミリアが、訝しげに噛み付く。

 

 「……いきなり、何のつもりかしら。今更、命乞いをするわけでもないでしょう」

 「あー、いや、なんていうか、今、気がついたのだけれど」

 

 紫は、気まずげに頬を掻きつつ、振り返った。

 見つめられたフランと橙が、きょとん、と円らな瞳を返してきた。

 

 紫が開いたスキマの傍に佇む二人。彼女らを指差して、幻想郷の賢者はつくねんと言った。

 

 「……私、このままあの娘達を連れてスキマに飛び込めば、勝ち逃げじゃない?」

 

 しん、と静寂が舞い降りた。フランと橙が、まじまじと顔を見合わせる。

 同時に、揃ってレミリアに視線を移した。

 

 電池切れのブリキ人形のような表情で、吸血鬼は固まっていた。

 

 「……行くわよ、橙!」

 「合点だ!」

 「させるか! 喰らえ真紅の衝撃ィイイイッ!」

 

 フランの手を取り、スキマへ引っ張り上げようとする橙。

 させるものかと凶つ槍を召喚したレミリアが、裂帛の気合と共に踊りかかる。

 

 紫は邪魔をしなかった。

 呆れと、何故か哀れみのようなものを含ませて、棒立ちに宿敵を見送るばかりであった。

 

 (なんだ、あの余裕は。よもや、何かの罠……。否、例えそうだとしても、もはや私のこの勢いを止めることなど不可能。スキマを利用しての奇襲など、返り討ちにしてくれるわ。吸血鬼に二度同じ技は通じぬ! 偉大なる我が血と力、畏怖と共に身をもって思い知らせて顔面がすりおろされたように痛いぃいいいいいッ!?)

 

 上質の生糸で織られた、赤い絨毯に頭から突っ込むレミリア。ぴくぴくと痙攣する幼い肢体をひょいと跨いで、紫はスキマに足取りも軽く寄っていく。

 

 真っ赤になった鼻っ柱を押さえて、レミリアが震える手指をその背中に伸ばす。

 しかし、身体は倒れたまま、起き上がることもままならない。何やら腰に重たく纏わりつくものがある。

 レミリアは慌てて振り返った。

 

 「さ、咲夜!?」

 

 そこには、瞼を固く瞑って、敬愛する主にしがみつく侍女の姿があった。

 もたもたともがく幼女だが、まさしく彫像のごとく微動だにしない咲夜は、蝋で塗り固めたようにレミリアの細い腰に張り付いて離れない。

 

 紫はその隙に、少女たちのお尻を支えてスキマに押し込みながら、よいこらしょ、とばかりに自身も脚をかけた。もちろんスカートの裾は慎ましやかに摘んでいる。

 ちなみに乱雑な所作を気取っているのはわざとなのだが、下着はもちろん、なるべく素足の露出する範囲を狭めようと、スカートをかなり強めに下に引っ張っているのは無意識である。

 

 異空間に呑まれていく紫たちに、ずるずると腕の力だけで這い寄りながら、レミリアは悲痛な声を上げた。

 

 「ま、待ちなさい! 確かに性急に過ぎた部分もあったわ、それは謝るから、戻ってきてフラン! え? うんそうよ、ほんとほんと、吸血鬼うそつかない。……ちゃんと皆が寝静まってから、ベッドでするべきだったわよね! ……あ、あれ? どうしてそんな蔑んだ目をするの? ばいばいって、あれれ、お姉さま何か間違えた? 待ってフラン、話を……、ええい鬱陶しい! お前もいい加減に離れなさいな咲夜! 甘えるのは夜になさい夜に。え、違う? だったら何よ。申し訳ありませんじゃないでしょう。いや、そんなに繰り返しぶつぶつ囁かれても不気味なのだけれど!? あ、コラちょっと、本気で無視する気!? 行くの? 私を見捨てちゃうのフラン!? ふらーん!?」

 

 貝殻を閉じ合わせるように、ぴたりと消えるスキマ。その中で、ぽろぽろと涙を零しながら、フランは掠れた声音で呟いた。

 

 「咲夜……どうして」

 「主が道を違えんとするとき、身を賭してでも諫言を行う……。それが真の忠義というものよ」

 

 紫が感慨深く言う。橙が慰めるように、そっとフランの肩をさすった。

 レミリアの死角から、ここは俺に任せて先に行け、と言わんばかりに訴える咲夜の切羽詰った眼光を思い浮かべながら、紫は畏敬含みの嘆息を深々と漏らした。

 

 わずかに、阿呆臭いなあ、という感想も混じったのは、まあ内緒ではあったが。

 

 

 

 

 

 

 打って変わって旧地獄。

 

 地霊殿の一室にて、こいしは二匹のペットに羽交い絞めにされていた。

 

 心を閉ざした覚の妖怪である彼女は、時に行き先も告げずにふらりと行方を晦まし、無意識に騒動を巻き起こすのが常である。

 ゆえに家族同然である地霊殿の妖たちが、彼女の身を案じて身柄を確保しておくということも、決して珍しい事態ではなかった。

 

 どこか焦点の合わない目、独り言じみた調子で「捕まっちゃった」と呟き、ぺろりと舌を出すこいしと、それをやや哀しげに、しかし優しく諭すペットたち。

 ごくありふれた、地霊殿での一幕であると言えた。

 

 「いぃやあぁああああああっ!? ああああああああああッ!」

 「すみませんごめんなさい生きてて申し訳アリマセンお許しをお許しをお許しを」

 「うぇえ……うにゅ、えぐ、ふぇ、ひっく……」

 

 しかし此度はどうも気色が違っていた。

 悲鳴、謝念、嗚咽。まさしく地獄に相応しい、おどろおどろしい絶望のオーケストラが、部屋いっぱいに鳴り響いていた。

 

 こいしは半狂乱で髪を振り乱し、絶叫していた。

 やんちゃながら、こいしとて曲がりなりにも地霊殿のお嬢様、普段ははしたない振る舞いを控えるだけの分別はある。

 

 しかし今日の彼女は珍しく、そんなお淑やかさをかなぐり捨てて、手当たり次第に蹴たぐりまわし、引っ掻きまわしのやりたい放題であった。

 その被害を露骨に受ける二匹のペット、燐と空は、顔といわず腕といわず、青タンに爪痕だらけの無残極まりない様相となっていた。

 

 奇妙なのは、そうして一方的にダメージを被るペットたちの方が、心底罪悪感に打ちのめされているような表情をしていることである。

 燐は若干鬱がキマった目で生まれてきたことを後悔し、空など涙と鼻水でせっかくの端麗な相貌を台無しにしてしまっている。

 

 にも関わらず、両者は愚直とも言える頑なさでこいしを遮二無二押さえ込んでいた。

 押さえつける両者を振りほどこうとこいしが暴れる。止めようとして二匹は力を込める。苦しくなって、ますますこいしが身を捩る。絵に描いたような悪循環であった。

 異常事態なのは、誰の目にも明らかである。

 

 その眼前、すったもんだする三者を目を眇めて観察しながら、地霊殿の主、覚妖怪さとりは満足げに頷いていた。

 

 時折、膝の上に乗せた書物に目を落とし、思い出したように頁を、ぱらり、ぱらりと捲っている。

 深窓の令嬢を髣髴とさせるその雰囲気は、激闘を繰り広げる妹らの放つ熱から一人隔絶され、実に涼しげであった。

 

 しかし、それが錯覚に過ぎず、この場を支配しているのがむしろ彼女であることは、自ずと推し量れた。

 文字通りキャットファイトに勤しむ燐が、咽を振り絞るようにして叫んだからだった。

 

 「さとりさま……、もう、もう……、お許しください……ッ」

 「許す?」

 

 さとりは微笑んだ。

 無知蒙昧な愚民を見下す独裁専制国家の元首のような、腐りきって逆に力強く見えるような、そんな目をしていた。

 少なくとも、はしゃぐ家族らを、あらあら元気ねえと見守るような、アットホームな視線などでは断じてなかった。

 

 おっとりと片手を頬に沿え、優美に小首を傾げる。

 

 「許す、とは、何についてのことかしら。子供ひとり宥められない妖怪のことかしら。主に楯突く出来の悪いペットのことかしら。それとも」

 

 いいさして、さとりは手元の本をそっと撫でた。

 ペットが怯えたように後じさった。こいしが一際激しく抵抗を始める。

 さとりは恍惚と口の端を歪めると、本を閉じ、表紙を見せ付けるようにして掲げ持った。

 

 「これ、のことかしら?」

 

 それは何の変哲もない、一冊のノートだった。

 寺子屋に通う子供が愛用していそうな薄い学習帳。どこででも入手できそうな、シンプルなデザイン。

 

 しかし突きつけられたそれを前に、燐は恐怖に仰け反り、空は狂ったように咽び泣いた。

 まるで、大蒜入りの聖水を大ジョッキで一気した神父が、べっとりと唾液を塗りたくった白木の杭を手に、いそいそとシルバーアクセを購入している姿を目撃してしまった吸血鬼のような反応であった。

 

 こいしは破裂した癇癪玉のような調子で、絶望の雄叫びを張り上げた。

 さとりは上機嫌に呟いた。

 

 「“恋するすとーん☆へんじっ”」

 「ケぷッ」

 

 こいしが精神的に吐血した。

 ジョーを下からカチ上げられたボクサーのように頭が前後に跳ね、直後にだらん、と全身の力を失う。

 慌ててその身を支える燐と空。

 

 さとりが読み上げたのは、ノートの題字であった。

 手書きらしく、蛍光色を多用した丸っこい字が愛らしく綴られている。周囲にはピンクやイエローのハートマークがこれでもかと飛び交い、某ウラジミール氏の信者が狂喜するであろう、ニンフェットな魅力を存分に発揮していた。

 

 同時に、かつて青春という名の若さゆえの過ちを経験した全ての人間が、共通して猛烈な羞恥心を目覚めさせられ、頭を掻き毟りたくなるような、禍々しい風格をきゃぴきゃぴと放出していた。

 

 さとりは淡々と続けた。

 

 「“ラヴリーはぁとがザワメク季節。私のお胸はちっちゃくて、溢れる想いが、大・洪・水”」

 「がはっ、ぐほっ」

 

 レバーを二連打。打ち抜かれる衝撃に膝が揺れる。身体がくの字に折れ曲がる。

 

 燐が過呼吸を起こしたように咽を掻きむしった。空がやめてと叫んで耳を塞いだ。

 こいしは病魔に侵された蛙のような呻きを漏らし、不恰好に痙攣した。

 

 しかしさとりは止まらない。頭の横に構えたまま、重たいノートの扉を、ゆっくり、ゆっくり開いていく。

 

 「“いたずら好きの堕天使が、私のフラワーロードを導いて。ああ、ヤケドしちゃう、スウィーツみたいな恋。ダメよダメ、だって私は、切れたジャックナイフと呼ばれたオンナ”」

 「ごぼッ。……お、おねえちゃ」

 「“スプリング・みるきー・ウェイ。無意識なクチビルが、あなたを求めてまいっちん、ぐー。アイスクリームみたいに、とろけそうなキズアト。味はすっきりとしたバニラ? それとも、ちょっぴりビターなチョコレート? いいえ、つぶつぶと甘酸っぱい、そうよ抱きしめて、マイ・すとろべりー・フレーバー”」

 「げふぁッ」

 

 さとりは続ける。

 苦痛に身悶えるこいしを視界に収めたまま、途切れることなく言葉を紡ぐ。

 

 囁きながら、ページを繰る手の速さはまるで衰えるところを知らない。

 しかし、朗読する間、さとりは一度たりともノートの文字を追う仕草を見せなかった。

 真っ直ぐにこいしを凝視したまま、ノートに描かれた世界を説き解していた。

 

 ノートの中身を一字一句、完璧に丸暗記などしていなければ、まず不可能な行為である。

 

 「“ロックに生きる私の魂が、マウス・とぅ・マウス、息継ぎに歯を磨くわトレビアーン。イカの触手はアシジュポーン。絡め取られるわ、そして結ばれあうの、私とあなた、深海に煌くコバルトブルーのイソギンチャク”」

 「がぎっ、ぎぃいッ!? お、お願、もう、やめ……」

 「“さあ皆も声をあわせて。叫んでよ、私の名前をエビバディセイッ。喝采という名のジェラシーだけが、私を次のステージへと引き上げてくれる。太陽さえも頬を染め、月さえも群雲のビロードに隠れる私、あなたのため、ジーマーミの花と咲く”」

 「はぅんッ。だっ、だっ、だれっ、誰かたす……っ」

 「“臆病なココロ、無意識のジュエリーボックスにしまいこむの。開けるのはまだ見ぬ王子様? ううん、私はあなただって信じてる。白馬もお城もないけれど、あなたは持っているの、石造りの蝶番、こじ開けるためのマイナス・ドライバー。想いは煙のように消えるから、早く来てよ、来て。だってあなたこそ――私の、恋するすとーん☆へんじ……っ”」

 「ぎゃぁあああああああああああああッ!? あっ……」

 

 プチン、という取り返しのつかない音がして、こいしがその場に崩れ落ちた。

 拍子に、頭から帽子がぽろりと転げ落ちた。まるで無残に散らされた花のようだった。

 仮借ない精神汚染の奔流は、こいしの幼い心を容易く飲み込み、真っ白な灰へと燃やし尽くした。

 

 カンカンカン。

 どこからともなく、無情なゴングが鳴る。

 幻聴と分かっていながら、なぜもっと早くタオルを投入できなかったのかと、燐は侭ならない自身の不甲斐なさを憎悪した。

 

 さとりは、さながら極上の詩歌を歌い上げた歌人のように、調べの余韻に浸りつつ、ぞくぞくと身を震わせた。

 

 「とてもリリカルかつキャッチャー、まったりとしながらも決してしつこくなく、それでいてコクの中にもまろやかな風味が隠された、至高にして究極、まさに傑作と称するに相応しい最高のポエムだわ。あなたってば天才ね、こいし」

 「ころしてよ……、もういっそころしてよぅ……ッ」

 

 さめざめと嘆くこいし。

 さとりは、たおやかかつ慈愛に濡れた細い息を吐き、腰掛けていた椅子の裏辺りをごそごそと漁った。

 

 「あらあら、そんなに恥ずかしがることはないじゃない。時間はたっぷりとあるのだから、偶には夜を徹して詩吟の妙に浸るというのも粋なものよ。何せ今宵は、吟書のタネには事欠かないときているのですものね。ほぅら、こんなにたくさん。まずはどれからいきましょうか。“ナイトメア・パラディン”、“うっふんどっぺる ~影に眠りし我が炎の人格~”、それから、“死と生に意味なんてないのさ”なんかもかなりの力作ね。そうだ、音楽鑑賞なんかも素敵じゃない。なんと偶然、こんなところに手作りラジオ番組、“DJこいしの! オールナイト☆地獄編”の収録テープが」

 「やぁめぇてぇえぇぇ……」

 

 山と積まれたそれを、嬉々として切り崩す。

 

 ノートに手帳、カセットテープ。

 そのどれもが、例に漏れずギトギトに輝く装飾過多な外装である。

 

 タイトルの焦げに焦げた香ばしい黒さは、ガン細胞がジャンピングで土下座しかねない圧倒的な手遅れ感を漂わせ、前述のリリカルかつ(略)のポエムに勝るとも劣らない、歴戦の猛者であることを如実に物語っていた。

 

 人里の白澤が胸焼けを起こしそうなラインナップの数々、厳重に保管されていたであろうそれを探り当ててきた手腕も恐ろしいが、これだけの量をせっせと書き溜めていたという事実にも背筋が凍る。

 

 長命の妖怪だけに、思春期特有の疾患も完治に時間を要するということであろうか。だとすれば、ひたすら人間バンザイと言うより他はない。

 かつての脳みそに蛆が湧いていた頃の自分を呪詛しながら、こいしは歯を食いしばって姉に問うた。

 

 「酷い……、酷いよ、お姉ちゃん。あんまりだよ。私が何をしたっていうの。私のこと、嫌いになっちゃったの……?」

 「嫌い? 私が? 貴女を? 何を馬鹿なことを」

 

 窘めるように、さとりはかぶりを振った。メリケンのコメディドラマに出演する俳優のように大仰な仕草だった。

 二匹のペットに組み伏せられていた妹に寄ると、膝をついて目線の高さを合わせた。

 優しく両手で頬を手挟み、こいしの顔を覗きこむ。

 

 「私はね、こいし。貴女を知っていたいのです。貴女の全てを把握して、貴女の行動の原則の根を飲み込んで、理解していたいのです。だって貴女はいつもふらふら、どこへ行くかも定かでないというのに、私にはその先を捉える術もないのですもの。もしも貴女が危険なことをしていたら、良からぬ輩に誑かされていたら。それを思うだけで、私の心は千々と乱れるの。でも私には貴女の心は読めない。見えない。聞こえない。危険だわ。危険だわ。だから仕方ないの。貴女を守るため、私は貴女の秘めた感情も感性も、残らず暴いてとろとろに溶かして、纏めて咽に詰め込まなくてはいけないの。ああ、もどかしい。いっそ一つになれたなら、こんなにも苦悩する必要などないのに。むしろそれが一番だわ。そうなったらいいのに。いいえ、そうなるべきなのに……」

 

 まるで歌劇のように滔々と詠うさとり。声がどんどんと底冷えしていく辺り、気が遠くなるほどマジである。

 

 こいしはドン引いた。燐もドン引きだった。

 空だけはよく意味が理解できなかったものか、唖然とした表情を晒していたが、場の異様な空気は感じ取れたらしく、きょときょとと不安げに皆を見回した後、居心地悪げに巨大な羽ごと身を縮めた。

 

 さとりのドス黒い炎がぐるぐると渦巻く眠たげな双眸と、くわっと見開かれた胸元の単眼が、血走った眼差しでこいしを貫いていた。

 その真剣さはちょっと好意的に解釈できるレベルを逸脱していた。もはや視姦の域である。身を抱くことも許されず、こいしは怖気を堪え、ただ頬を引き攣らせるしかなかった。

 

 古明地さとり。

 これが識者をして、冷徹なるトラウマ製造機と囁かれる覚妖怪の、ベクトルのみが迷走した全力の姿であった。

 

 「お、お姉ちゃん。落ち着いて、ね? どうどうどう、どうっ」

 「私は冷静ですよ、こいし。ええ、貴女の大好きなクールビューティーシスター、さとりですとも」

 「ダメだ……。その返答、ツッコミどころしかない……」

 「大丈夫と言っているでしょう。何ならそこらの妖怪の一匹や二匹、屋敷に監禁して、もとい招待して、即座にペットに仕立て上げ、私が理性的かつ冷静であることを証明してあげても構いませんよ。まったくもって、問題などありませんとも」

 「そうだね、それが犯罪だという点にさえ目を瞑れば、何の問題もないね。正気に返ってお願いだから」

 「では早速、首輪と手錠、どちらが好みですか」

 「そこらの妖怪って私のことだ!? 正気どころか瘴気だったよこの姉! だっ、誰かぁああああっ!?」

 「“フルーティな綿雲を頬張って、このろくでもない世界に捧げたい、水玉模様のラブ・レター。ハニーシロップの指先で綴じたなら、紙飛行機にしてあなたに飛ばすよ。いったいどんな軌跡を描くかなあ? 教えてよ、セント・ホーリー、アンド・カオスティック、マイ・ベイベー……”」

 「いやぁあああああああああああっ!?」

 「てめえの血は何色だ」

 「ひでぶっ!」

 

 仲間を求める迷ひ神のような手を伸ばすさとりに、突如スキマより怪鳥のごとく飛来した紫が、北○○拳をホアタタタ、と叩き込んだ。

 

 一拍遅れて、燃え盛る魔杖を携えたフランが烏を殴り倒し、慌てる火車に橙が飛翔する毘沙門天をぶちこんだ。

 こいしがぱっくりと、地につきそうなほど顎を開いた。

 

 ざっと横並びに整列すると、爽やかなキメ顔で腕を組む。

 

 『幻想美少女救出隊!』

 「と、保護者一名」

 『ただいま見参ッ!!』

 

 どっかん、と背後でカラフルなスモークが焚かれた。

 ノリにノった幼子二人はいかにも微笑ましいが、同列に扱われる紫はかなりの勇者である。

 本人も自覚はあるのか、澄ました顔を維持しようとはしているものの、耳まで真っ赤にして、もじもじと腰が引け気味である。

 

 わざわざ保護者と注釈をつけている辺り、隠しきれない恥ずかしさが窺える。

 視ているこっちまでむず痒くなるほどの照れっぷり。こういうのは開き直った方が勝ちなのだ。

 

 トラウマを抉られに抉られたこいしが、現在絶賛公開中で黒歴史を形成しつつある紫を素晴らしく微妙な目つきで見やった。同病相憐れむといった目だった。

 

 唇を噛んでぷるぷるしていた紫だったが、こいしの切なげな瞳の中に、マラソン大会で最下位確定の奴をゴールから応援するような光が滲んでいるのを察すると、両手で顔を覆い、黙ってしゃがみガードの体勢に移行した。

 

 そんな保護者という名のリーダーをほったらかして、幻想美少女救出隊はこいしに駆け寄った。

 

 「こいしちゃん、大丈夫!?」

 「助けにきたよ!」

 「橙、フランちゃん……。こ、怖かったよう」

 

 こいしも多くは触れずに、素直に友人に身を預ける。揃いも揃って、無類の優しさを秘めた少女たちであった。

 

 「ところで……、見た? 聞いた?」

 「大丈夫、猫にもあることだよ」

 「心配ないよ、吸血鬼だってやるよ」

 「うぎぎぎ」

 

 生暖かい目でぽんぽんと肩を叩く。心底、慈悲深い少女たちである。

 

 そんな茶番劇を余所に、さとりが虫の息ながら血反吐を吐いて身を起こした。

 さながら核の炎に包まれた世界から復活した世紀末覇者のようだった。

 地霊殿の主は決して膝など地につかぬと言わんばかりの、男気溢れる気迫であった。

 

 その迫力に圧倒される子供たちを庇いながら、我を取り戻した紫が冷たく言った。

 

 「安心なさい。秘孔は外してあるわ。とはいえ、手加減は一切しなかったから、無理はしない方がよくってよ」

 「み、認めません。認めませんよ……。何が救出隊ですか。ここは旧地獄、しかしこいしにとっては紛れもなく楽園なのです。温もりに満ちたゆり篭なのです。ゴッドランドなのです。貴女が何のつもりで現れたかは存じませんが、こいしを残酷な外へと引きずり出すというなら、私は全てを賭けて抗いましょう。そう、このポエミーノートさえもね!」

 「賭けられても困るけど……。え? ああ、はいはい、回収ね。わかったから、そんなべそをかかないの。さとり、貴女もねえ、心意気は買うけどもうちょっとこう、やりようはなかったの?」

 「笑止! 私の名を言って御覧なさい」

 「……古明地さとり」

 「その通り! 過去700回を抱きつき、妹に反抗されること13回! ですがそのことごとくを却下した! 引かぬ。媚びぬ。省みぬ! 今の私には妹しか見えない、そう、私が古明地さとりです!」

 

 生涯に一片の悔いなし、と天高らかに拳を突き上げるさとり。

 ほとほとろくでもねえなあ、と呆れ果てる紫は、閉じた扇で気だるげに首筋を叩く。

 

 さとりはあからさまにやる気を減退させている紫を前に、いっそ闘志を煽られたものか、めらめらと大気も蠢動する熱き血潮を燃やして、美々しく眉を跳ね上げた。

 

 奮起するさとりに、紫は半ば諦めた調子で問うた。

 

 「さとり。その力、何に使うというの」

 「フ……、知れたこと。妹のためです」

 「そう。それで、何を目指すの」

 「全てを。世の理が覚を、こいしを排斥するというのなら、道理と無理とを覆し、みなみな全てを手中に握る……!」

 「そんなこと、お天道様が許さないわよ」

 「ならば神とも戦うまで! さあ、今こそ聖戦の時です。何をシエスタしているのですか、お燐にお空! 可及的速やかに、地霊殿の宝を掠め盗らんとする、この汚物を消毒するのです!」

 

 ヒャッハー、とばかりに振り返る。

 

 空は炎に耐性を持つ核熱の地獄烏であり、燐は橙と同じ猫妖怪ということで手加減もあったのだろう、強力なスペルカードを不意打ちで喰らったにしては、二匹とも外傷らしい外傷は殆どなかった。

 ぷすぷすと脳天から煙を上げてはいるが、それとて割り箸のオマケの爪楊枝のようなものである。箸にもかからないだけに。

 

 そのお陰というわけでもあるまいが、二匹は理不尽にも近い主の呼びかけに、健気にも反応した。

 

 「う、うう……。い、一体何が……。――あべしっ!?」

 「うにゅう……、焦げ臭いよぅ……。――うわらばっ!」

 

 しかし、直後に意識ごと粉砕される。

 

 夢と現の境界を弄くろうとしていたり、護法天童を乱舞させようとしていたり、きゅっとしてドカーンしようとしていたり、それらを徹底的に邪魔してやろうとトラウマ弾幕を想起させようとしていたりした手が、対象を失って宙を彷徨う。

 

 一斉に集まる視線の先、いつの間にか燐と空の傍に屈んで、二匹の頭をかいぐりと撫でていたこいしが、キレのいいサムズアップで一同に応えた。

 

 「こいしぃいいいいいいいいッ!?」

 「倒したらすぐ止めを刺す。それが鉄則だ」

 

 悪魔じみた軍人のごとき雄々しい台詞を吐き、目を渦巻きにして泡を吹くペットを横倒しに寝かせるこいし。

 透徹した哀切混じりの眼差しを姉に向け、漂白した声をぶつける。

 

 「哀しいね、お姉ちゃん。愛ゆえに人は悲しみ、愛ゆえに人は苦しまなくっちゃいけない。お姉ちゃん、貴女は誰よりも愛深きゆえに……。せめて最期は、この私自らの手で」

 「貴女が……、貴女までもが、それをいうのですか、こいし。それが貴女の選択だというなら、それが私の愛の果てだというなら、私は、私は……、愛などいらぬ! たとえ憎まれることになろうとも、たとえ天地逆となっても、己の道は変えない! こいし、私はあッ!」

 

 節々を痛めた身体を酷使して、開掌を向けるさとり。

 非業の英雄らがそうであったように、強靭なる意志力が限界を破り、筋や臓腑の不具合を刹那の間忘却させる。

 遥か険峰の頂より迫りくる雪崩のごとくに、粉骨砕身の霊弾を紡ぎ放とうと気を絞る。

 

 背水の陣の気組みを整えるさとりに、こいしは黙して、指を一本立てて見せた。

 その仕草に不信の念を抱いたさとりは、やがてそれが急愚な焦りに変わっていたことにも気づかず、先手必勝の定石に則り、猛禽のごとく襲い掛かった。

 

 こいしは口元にあるかなしかの微笑を浮かべた。

 立てた指を、ちっちっち、と振った後、すうっと前に示した。

 心を閉ざし、亡羊たる夢に篭り続けたままの、寝言じみた呟きを投げる。

 

 「――お前はもう、死んでいる」

 

 ぴたりとさとりの額に指先が触れた。それだけで、慣性を忘れたかのようにさとりは虚空で静止した。

 ずるり、と緩慢に墜落して、地べたを熱く抱擁する。こいしは冷然と姉を見下ろした。

 

 「私は覚妖怪。私は私の意思で動く。ざまあないね、お姉ちゃん。私は最後の最後まで……古明地のこいし!」

 

 踵を鳴らして身を翻す。

 その背中からは、修羅めいた凄みさえ醸し出されていた。

 

 ぴくりともしないさとりを、フランと橙がおっかなびっくり、足先でつんつんとつついた。

 こいしは苦笑しながらひらひらと手を振った。

 

 「気絶してるだけだよ。ほんとにやっちゃうわけないじゃない。ま、半刻もしたら、自然と目を覚ますと」

 

 ピチューン、と音がした。

 

 弾け飛ぶもろもろに悲鳴を上げて、猫と吸血鬼が蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。

 おいおいと白い目を向ける紫の脇、お軽い感じで首など捻りつつ、こいしはどこぞの自称天才秘孔遣いばりの無責任さで、あっけらかんと言った。

 

 「ん? 間違ったかな……」

 

 失敗、失敗、とばかりに、てへっと舌を出しつつ頭を小突く。

 はにかむようにウインクするのも忘れない。

 

 彼女を囲んで、もー、こいしちゃんったらおっちゃめー、などと黄色い声できゃっきゃと騒ぐ少女たちを見ながら、残酷な話だ、と紫は漠然と思った。

 

 

 

 

 

 

 めぐりめぐって妖怪山。

 

 ピークを過ぎたのか、気だるい昼下がりの守矢神社の境内に、参拝客の姿はない。

 代わりに、人ならざる影が二つ、石畳の上にて対峙していた。

 

 片方はこの社の神に仕える現人神、早苗。流れる髪を風に遊ばせて、泰然自若と体を伸ばしていた。

 対するのは、彼女よりはやや小柄な少女。

 しかして、司るその雰囲気には、見るものが見れば表情を変えざるを得ない、妖憑たる鬼気が融和していた。紛れもなく、怪異の眷属であることの証左である。

 

 そう、今ここに、異能を秘めた妖怪と風祝との、人知を超えた戦いの火蓋が切って落とされようとしていたのである!

 

 「……」

 「……」

 「……あの」

 「なんですか小傘さん」

 「わちきの、傘……」

 「傘? 傘がどうかしましたか」

 「うう……」

 

 などと漫画のアオリ文のような台詞を流してみたところで、現実が覆るわけもない。

 名にしおうへっぽこ妖怪であるところの小傘は、ゼロを通り越し、人間を驚かす才能マイナスとまで評される小動物めいた顔をくしゃくしゃに歪め、唇を噛んで俯いた。

 目には早くも涙が滲み、東西に謳われるダメさ加減を遺憾なく発揮していた。

 

 早苗はパーフェクトフリーズを飲み込んだような態度で、口を結んでいた。

 いい感じの棒切れを握り、もう片方の手にぱん、ぱんと手持ち無沙汰気味に打ち付けていた。

 小傘はおどおどと、上目遣いに風祝の顔色を窺う。

 

 早苗はあくまでも、小傘から話させようというスタンスであるらしい。

 怯えながらも、小傘はスカートの裾をぎゅむっと掴むと、勇気を振り絞って身を乗り出した。

 

 「あの、あのっ。わ、わちきの傘っ。か、かか、返してっ」

 「小傘さんの傘、ですか。あいにくですが、心当たりはありませんね。返して、とおっしゃられても困ります。他所を当たってみてはどうですか」

 「え、あ、やぅ……。で、でも」

 「デモもストもありません。分からないひとですね、知らないものは知らないのです。何ですか、いちゃもんでもつけられるおつもりですか。大和の古豪、軍属専心たる守矢の眷属に喧嘩を売るとはいい度胸です。熨斗つけて叩き返してやりますよ」

 「でもでも、だって……。さなえ、手……」

 「手がどうしたというのです。ええい、まどろっこしい! 言いたいことがあるのなら、はっきりと、簡潔に、かつ分かり易く述べなさい」

 

 ぴしゃり、と棒で地面を強く打つ。

 あーっ、と小傘が絶叫するが、早苗の知ったことではない。

 

 至近距離にもかかわらず、二度も躓きながら早苗の腕に縋り付こうとする小傘。

 当然のことながらひらりと身をかわす。猛牛を相手取った熟練のマタドールのごとき華麗な動きである。

 

 勢い余って、化け傘少女は景気よくすっ転んだ。

 豪快にスカートが捲くれあがる。額でも痛打したものか、むっちりとした尻から膝裏にかけてのラインを盛大に露出させたまま、亀のように丸まり蹲った。

 

 不幸な事故である。思わず避けてしまったのもそうだが、交差の間際に小傘の履く下駄の踵を思い切り踏んづけてしまったのもうっかりの産物だ。

 驚きの余り動転してしまったとしか言いようがない。その割には小傘の腹が満たされたようには見えねぇぞ、なんぞと余計なことを抜かす輩にはモーゼの奇跡をお見舞いである。

 

 「危ないですね。これは忠告ですが、石木を接吻相手に選ぶのは少々難易度が高すぎると思いますよ。なんせ身持ちが固い」

 「くぅ……。傘、わちきの、かさぁ」

 「まだ言いますか。一体どこに傘があるというのです」

 「その手のっ、かさっ、わちきのっ!」

 

 弾かれたように顔を上げて喚く。

 鼻から赤い筋がつっ、と垂れた。鼻水と勘違いでもしているのか、必死に啜り上げる小傘。早苗は袖口から淡い色のハンカチを出して、柔らかく妖怪少女の鼻面を包んでやる。

 ふぁ、と情けない声をくぐもらせた小傘が、拭われた血を見てパニックに陥った。

 

 早苗は、慌てふためいた挙句に、結局服にまで鼻血を散らせる小傘を見て眉を顰めた。

 せっかくの早苗の好意が台無しである。忙しなく境内を走り回る小傘に打つ手なしと匙を投げ、早苗は自分の手元に目を落とした。

 

 「……傘?」

 

 そこにはいい感じの棒があった。

 

 あまり上品ではない濃い紫の布に全体を覆われ、畳まれた腹元から奇妙に膨らむという異様なデザインをしている。側面にはにょろりとぶら下がった不気味な舌のようなアクセサリーと、巨大な目玉に似た刺繍が施されていた。

 有り体に言えば、その姿はお盆に主役を張るトマトの親戚そっくりである。

 

 早苗はじっとその棒を見た。沈思するように目を細める。

 その様に気づいた小傘が、どくどくと血流の溢れる鼻を押さえたまま、期待するような眼差しを風祝に送った。

 早苗は小さく頷いた。

 

 「やっぱりそんなものはないですね」

 「あるよぉおおおおおおおおッ! その手のそれっ。傘っ。わちきのっ!」

 

 地団駄を踏む。

 言われて、早苗はもう一度手の棒切れを見た。完全に白けた調子で、ふんす、と鼻で笑う。

 

 「冗談はやめてください。見て分かるでしょう、これは茄子です。いいえ、仮に茄子ではなかったとしても、それを模したいい感じの棒です。それ以上でも以下でもなく、ましてや傘などと……。ははん、おへそでお茶が沸けちゃいます」

 「さ、さでずむ」

 

 小傘が慄く。

 鼻下から口元、服の襟首に至るまで真っ赤に染めた酷い状態の妖怪を見て、早苗は蔑んだような目をした。

 桜色の唇を艶めかしく綻ばせ、がんがんと無造作に棒で地を鳴らし始めた。

 

 「失礼なことを言いますね。私の繊細な心が大いに傷ついちゃいます。よって唐突ですが、ストレスを発散しないといけません。このような破廉恥な真似、私としても不本意極まりないですが、まだまだ修行不足な身、怒りの業を御しきることもままならず、物に当たってしまうのもやむを得ませんね」

 「自分で言わないで! あ、や、だめだよ早苗、さなえ、やっ。やめてぇッ!?」

 

 駄々っ子のように腕を振り回しながら駆け寄ってくる小傘。

 早苗はそのおでこに片手を当てると、ぐっと伸ばして距離をとった。

 目を瞑ったままなので目測の確認も出来ず、小傘は命中もしないぐるぐるパンチを延々続ける羽目になる。

 

 ちなみに風祝の反対側の手は今なお、棒と石畳のぶつかり稽古を実演中である。

 間近に迫るぼろ雑巾で繕ったような可愛らしい顔に、早苗の呼吸がなにやら妙に荒くなる。

 

 暫く不毛な運動に勤しんでいた早苗だが、いきなりぱっと額につっかえた手を放した。

 小傘は素っ頓狂な悲鳴を上げて、再び境内に情熱的なベーゼを施した。消音の月妖精が、ドリル調の巻き髪をぽわぽわさせつつ泳ぎ去っていった。

 

 一瞬の沈黙。

 直後、小傘はひいっ、と身も蓋もなく泣き始めた。

 早苗は自分の肩を抱いた。小指で下唇をなぞり、恍惚と内股を擦り合わせる。

 

 はっきり言おう。

 エマージェンシーである。

 

 「無様。実に無様ですね、小傘さん。みっともないのも、ここまで来ると芸術です。そんなにこれが大切なのですか」

 「だ……って、ひっく、それ、ひっぐ、ないと、にんげん、ずびびっ、おどろかせない、もんっ」

 「ふぅん。まるで、これがあれば驚かせるとでもいうような口ぶりですね。おやおや、その様子だと本気でそう思っていらっしゃったようですね。失礼しました。いいええ、別に他意はありませんよ。ただですね、ここで私のような人間に、ぴぃぴぃ泣かされている程度の力で、果たして今時の人間が怖がらせられるものか、と少し疑問が。……何ですかその目は。一丁前にプライドでも刺激されましたか。いいんですよ目を逸らさなくても。怖くもなんともありませんので。おや? おやおや? 泣くんですか。また泣いちゃうんですか。泣かされてしまうんですか人間に。本当に、貴女というひとは妖怪的な活動に欠片も向いていませんね。そろそろ身の程を弁えてはいかかでしょう。無為な活動は自粛して、そうですね、いい機会ですし神社の信仰集めに協力などしてみませんか。丁度捨てようと思っていたお古の巫女服が余っていることですし、仕立てなんてものの五分もあればちょちょいのぱっぱです。どうせなら今から始めてくだすっても結構ですよ。むしろそれがいいです、それしかないです、お返事はハイかイエスで充分です。そうと決まった以上、寸法を測りたいので、まずはお着替えから」

 「へのつっぱりはいらんですよ」

 「ゲ、ゲェーッ!」

 

 わきわきと卑猥な手つきで、幼女ににじり寄っていた早苗の天地が逆転した。

 

 コーナーポストから流星のごとく舞うベビーフェイスのように、紫がスキマから入場した。

 妖怪能力を駆使したキ○肉バ○ターを敢行し、人の道を外れつつあった残虐超人サナエの全身の関節を粉砕する。

 

 あっけなく意識を飛ばした風祝を、ぺいっと無造作に放り捨てた。

 傍らではどこから用意してきたものか、清楚な看護服に身を包んだちびっこナースたちが、小傘を甲斐甲斐しく介抱していた。

 一人増えて三人(プラス保護者一名)となった幻想美少女救出隊も、都合三度目ともなると戦後処理の手際も慣れたものである。

 紫とちびっこ、火事場のクソ力と友情パワーはそれぞれ今日も絶好調だ。

 

 「はい、じゃあお顔拭いてから、鼻つっぺ入れるねー。あ、ちょっと足高くするよ」

 「とりあえず横になる? 膝枕してあげるよ。私やせっぽちだから、あんまり気持ちよくないかもだけど」

 「よしよし、泣かない、泣かない。偉いね、頑張ったねー」

 

 だだ甘の猫可愛がりである。

 もちろん、彼女たちの慈愛の心に疑う余地などないが、これは友人同士の相互理解が絡むごっこ遊びの延長なのであって、襟を正して順番待ちをしたところでこの白衣の天使らの手厚い看護が受けられるわけもない。

 

 よって紳士諸兄らにはくれぐれも、顔面をアスファルトに打ち付けるなどの奇行に走らぬよう注意を促す次第である。

 「ちょっと鼻へし折って幻想郷行ってくる」なんぞと蛮勇を奮ったところで、待っているのはお腹を空かせた闇妖怪から閻魔様の説教へと繋がるデッドエンドコース一択のみなのだ。

 

 必要以上に懇切丁寧な治療を施され、逆にあわあわしている小傘を見て、こちらは特に問題はないか、と意識を外す紫。

 むしろ問題なのは、マスクを剥ぎ取られた覆面超人のごとき醜態を晒して、ぽっくりと伸びている守矢の郎党の方である。

 

 気配を感じてちらりと横目を流してみれば、神社本殿の影からこっそりと事の顛末を見届けていたらしき、野太い御柱と蛙頭形の帽子がぎくりとリアクションを取った。

 

 仕える風祝を目に入れても痛くないと公言して憚らない連中である。

 その外道を見過ごしていたのか、はたまた叱りきれなかったのか、所在なさげに影に引っ込んでいく様子を見れば概ね予想はついたものの、功罪著しいことに違いはない。しつけは保護者の義務である。

 

 紫はかぶりを振って、割と本気で心配した。

 

 「なんか、おかしな病気でも流行っているのかしらね、幻想郷……」

 

 根こそぎ削られた気力ごと、遣る瀬無い嘆息を漏らす紫の姿は、子育てに疲れた未亡人そっくりであったという。

 

 

 

 

 

 

 日は徐々に傾き、茜色のタキシードに身を包んだ太陽が、夜闇のドレスを纏った月の貴婦人を空へとエスコートし始める頃。

 博麗神社の母屋の縁側に腰掛けて、霊夢は一人お茶を啜っていた。

 

 風は涼しく、口内に含む緑茶は翡翠のごとき澄み渡った色と、芳醇な香りという得がたき両者を並び立てた至極の甘露である。

 元来、食を必要とはしていないくせに、やたらと味にうるさい魔法の森の古道具屋から失敬してきた逸品だけのことはある。

 

 染み入る静寂を味わいながら、ほう、と一息零す間など、和みの粋を極めたといって過言ではなかった。

 

 執着に乏しい霊夢なりの至福の一時を満喫していると、突如、膝の上にぽすりと木皿が乗せられた。

 中を見れば、饅頭や煎餅といった茶菓子の定番が鎮座している。霊夢は眉間にしわを寄せると、煩わしげに唇を歪めた。

 

 「何の用よ」

 「あらあら、ご挨拶ですわね」

 

 じろり、と睨む先に、見慣れたスキマが現れた。

 きつい視線に晒されながらも、飄々と受け流す紫が、霊夢の横に腰掛ける。

 

 邪魔くさそうな態度を隠しもしない霊夢だが、どこ吹く風と、却って頭を撫でられる始末である。

 この様子では梃子でも動くまい、と判断した巫女は、孤独な幸せに耽るのを諦め、大口を開けて憂鬱げに饅頭を頬張った。

 紫は微笑んで、節をつけるように言った。

 

 「あぁそびぃましょう」

 

 霊夢は口内のものを咀嚼しながら、つんとそっぽを向いた。

 それを無言の肯定ととった紫は、ちょいちょい、と饅頭の詰まった霊夢の頬を玩ぶ。

 蝿を追う手つきで、霊夢がしっしと腕を振る。紫は邪険に払われた手をわざとらしく庇って、よよ、と泣き崩れる真似をする。

 その胡散臭さにペースを乱され、巫女が鼻白んだ。

 

 「ごっきゅし。……ああ、もう、今日は一段と鬱陶しいわね。一体何よ。面倒くさい。遊び相手が欲しいなら、白玉楼の亡霊でも訪ねなさいよ」

 「貴女に逢いたい気分だった、と告げたら、優しくしてくださる?」

 「お賽銭いっぱいくれるなら、考えてあげてもいいわ」

 「考えたけれどやっぱり止めた、なんて古典的な落ちは、幾らなんでも垢抜けませんわよ」

 

 ばれたか、と悪びれもせず呟き、二つ目の饅頭に齧り付く霊夢。

 紫はくすくすと笑って、少女の口周りに付着した餡子を拭ってやる。

 

 他愛なくも親しげな真情が象る空気は、どこか母娘のそれとも似ている。

 日が陰り始めた外気は肌寒くすらあったが、ことに二人の間に限っては、仄かな温みがふうわりと、少女らの身体をくるんでいるかのようであった。

 

 どこかで、わあっと喚声が響いた。

 存外近くから届いた幼いざわめきに、霊夢が訝しげに首を傾げる。不思議そうに呟いた。

 

 「騒がしいわね。境内に、悪餓鬼でも紛れ込んだかしら。ま、まさかお賽銭箱に、悪戯なんかされないわよね。ちょっと見てこようかしら」

 「放っておきなさいな。ただ遊んでいるだけでしょう。飽きたら適当に帰るわよ」

 「――あんたの差し金? いいえ、というかそもそも、これが目的で来たのかしら」

 「うふふ。流石に、博麗の巫女は勘が鋭くていらっしゃる。事後承諾で申し訳はないけれども、敷地を少しばかり、お借りするわね」

 

 呆れた、と霊夢は肩を落とした。

 紫は接待をするような調子で、まま、一献、と霊夢の湯飲みにお茶を注いでやった。

 

 霊夢は渋い顔で茶柱の立った湯飲みを持て余していたが、子供たちのはしゃぐ歓声を風越しに耳にして、不満ごと飲み下すように、熱い茶をぐっと嚥下した。

 

 それだけで、あどけさなの残る、和人形めいた面立ちから険が抜けるのであるから、単純なものである。

 

 「ま、迷惑をかけないなら、別にいいわ。この時間じゃもう、参拝する人間も来ないでしょうし。ただ、あいつらの始末は、あんたが責任もってつけるのよ」

 「まるで殺し屋のような台詞ですわね。おお、怖や、怖や」

 「ぶつわよ」

 

 凄む霊夢。しかし唇を尖らせ、拗ねた調子で言う様からは、異変解決時のような迫力は見出せない。

 じゃれ付くようなからかいにも過敏に反応してしまう、年相応の気難しさが表れるばかりである。

 紫は込み上げてくる笑いを我慢して、穏やかに言った。

 

 「感謝しているわよ、霊夢。貴女たち博麗の巫女にはね。人間側の陣営で、真に柵に囚われず妖怪たちの心の拠り所になれるのなんて、この神社くらいのものですもの」

 「殺し屋どころか、まるっきり便利屋扱いね。私が妖怪退治の専門家だって、分かっているのかしら」

 「みんな、貴女が大好きなのよ。いいじゃない、出鱈目ばかりやっているのに、万人から愛される守護者がいたって。こちら幻想郷神社賽銭箱前腋巫女、なんてね。略してこち神」

 

 けらけらと、まさしく童女のように無邪気に笑う。

 

 意味の掴めないことを言っては、相手を煙に巻くのがこの妖怪の常套手段である。

 なんだか馬鹿にされているような気がして、霊夢は膨れっ面で紫の肩を小突いた。

 

 痛がるどころか、一層の喜色を満面に湛えて、紫は霊夢の拳を受け入れる。形ばかりの謝意を口にすると、おもむろに開いたスキマに手を差し込んだ。

 

 ごそごそと漁ったかと思えば、中からぶ厚い書籍を引っ張り出した。朝方にも読みふけっていた、紙面の九割が勢いのある絵で構成された週刊雑誌である。

 紫はそれを、ぽんと霊夢に手渡した。

 

 「お賽銭代わり、とはいかないかもしれないけれど。良かったら、あげるわ」

 「何よ、これ。……ああ、漫画、とかいう奴ね。外から来た連中が懐かしがっていたわね。私にはどうも、よく分かんなかったけど。面白いの、これ」

 

 ぱらぱらと頁を流し見ながら、さして興味もなさそうに問う。紫は、考え込むかのように顎下に指を添えた。

 

 「うぅん、そうね。まあ好みの問題もあるし、押し付けがましくなっても逆に手が遠のくと思うから、余りくどくどと解説するつもりはないけれど」

 

 小気味よく音を響かせて、扇を開いた。上手い諧謔を思いついた、といわんばかりの、人を食った笑みを作る。茶目っ気たっぷりに、嘯いた。

 

 「少なくとも、馬鹿親どもへのお仕置きの参考になる程度には、面白いかしらね」

 

 

 

 小用を思い出した、と霊夢に一言断ると、紫はスキマを開いて、温めていた尻を浮かせた。

 

 裂け目を高い鳥居の上に繋ぐと、ひらりと飛び移る。

 見下ろす境内にはもう子供たちの姿はない。

 

 代わりに、先ほどまで自分がいた母屋の方が騒がしくなっていた。

 走り回るのに飽きて、今度は巫女を使って遊ぼうという腹積りであろうか。

 逞しいことは良いことである。幼子は多少、元気が有り余っているくらいが丁度良いのだ。

 紫のように分別のつく年になってしまうと、見栄や世間体が首を擡げて、童心に還るのを妨げてしまう。

 

 淑女たらんとすることは、大人の女にアンニュイな気分を強いてしまうものである。僅かにため息が漏れるのも、そのためだ。決して羨ましいからではない。

 ちょっとうずうずしているような素振りが垣間見えても、それは大いなる誤解という奴である。

 

 赤い鳥居は博麗の巫女の神通力の賜物か、漆の剥げや微細な傷跡もなく、実に綺麗なものである。

 紫はレースで縁取られた菫色のハンカチをその上に敷くと、スカートに皺ができないよう気を配りながら、楚々と腰を下ろした。

 

 薄墨が紅の慕情を緩やかに覆い、ちかり、ちかりと瞬く星々が、中天のチェアに座した青白い貴婦人を飾り立てていた。

 派手な礼装の紳士は、お休みなさいと囁いて、地平の向こうの談話室へと引っ込んでいった。彼が再び輝くのは、あくる日の朝を待たねばならない。

 

 膝をぷらぷらと揺らしながら、紫はその幻想的な光景を心行くまで堪能した。脚を組み、頬杖をついて鼻歌混じりに機嫌よく、拍子を取るように身を左右に揺らす。やがて高まる衝動に委ねるように、薔薇の蕾のごとき唇から、妙なる旋律が連なり溢れた。寂び寂びと溶ける声に合わせるには、その歌は余りに激しく、情熱的に過ぎた。

 

 ――♪

 

 愛に気づいてください、と希う歌だった。抱きしめてあげる、と赤裸々に。

 

 それは誰を歌ったものであったのか。

 重ねる面影に、どのような思いを託していたのか。

 

 考えすぎなのかもしれない。しかし、紫が選んだ歌は、今日の終わりを迎えんとするこの時をもって、何よりも締めくくりに相応しいものとも思えた。

 

 ――誰も知らない世界でささやく、生まれ変わるためのメロディー。

 

 紫は目を伏せた。

 神社へ至るための、鬱蒼と茂る雑木林に挟まれた石段を臨んで、さらさらと零れる髪を掻き上げた。

 

 「来た」

 

 まなこを、開く。

 

 足元の石段、ではない。

 月の光も届かず、闇の濃く蟠る木々の合間に、紫は注を傾けた。

 

 ひとつ、ふたつ、……いや、みっつ。

 木陰の合間より息を殺して、こちらを窺っている影がある。

 

 爛々と光る目など、判じやすい目印があったわけでもなかったが、紫には分かった。予想通りであった。

 紫は月を見上げた。独り言じみたふうに、言う。

 

 「……今宵は、とても月が綺麗だわ。神社の周りに結界を敷いて、月明りに狂う妖怪を牽制したくなるくらいには、ね。忍び込もうとするような不届きものは、さぞ困ったでしょうねえ。何せ、まともに進入できそうなのが、この鳥居へ続く石段くらいしかないのですもの」

 

 揶揄するように、妖醸と微笑を贈る。

 影は応えない。

 機を測っているのだろう。紫を出し抜く格好の機を。あるいは、……打ち倒すための。

 

 ぞわりと、空気が粟立つ。眠っていた鳥たちが一斉に羽ばたいた。

 総毛立つうそ寒い悪意に、しかし紫は小揺るぎもせず、手にした扇をそよがせるばかりであった。

 情緒に乏しい生まれたての妖精でさえも、虜にしてしまいそうな甘い声音で言う。

 

 「そんなに、怖いお顔をなさらないで。とはいっても、姿かたちは見えないのですけれど。うふふ、まるで私、お人形に語りかける、一人遊びの好きなお嬢さんみたいね。……いいわ、あくまでお返事が頂けないのなら、私の独り言、ということにしましょうか。年甲斐もなく妄想のお友達とおしゃべりする、寂しい耄碌おばあちゃんのたわ言よ」

 

 ころころと笑う。

 空色から朱、紺を経て暗幕を被せられていく世界の中で、並ぶ双玉の紫藍色の光が、まっすぐに木々を、その内の影を見据えていた。

 

 その色は、青白い月の逆光を受け、闇の間に漂う鬼火のごとき鮮烈な異彩を放っている。

 金に波打つ髪ばかりが、滑る音もなくひたすらに、その荘厳なる画を縁取っていた。

 

 「そう、茶飲み仲間が、お人形だけで済むならいいの。紡ぐ想いが一方のみで完結するならば、それはよほどに強い結界になるのだから。でも実際は、ヒトは生きた誰かを求める。壊れるほど愛しても、あなただけ見つめてる、なんて嘯いても、見合っただけの想いが返ってくることなんてまれな話。それこそ三分の一も伝わらない。まして心なんてものは、往々にして際限なく欲望を膨らませる格好のツールじゃない。他者のカテゴリに、自らに等しい存在を求めることほど愚かしいことはないわ。でも望む。意地汚く欲しがる。閉鎖された孤独を、嫌う」

 

 笑いながら、人知を超えた叡智を授かる怪異の古老は、張りある若々しい肌に、罅割れのような悟りを走らせた。

 潔癖な青臭さは抜け、しかし寿命に縛られたものの持つ割り切った気楽さを抱けない彼女は、世間に擦れて背伸びをする、初心な乙女のようでもあった。

 

 それを自覚するが故の含羞が、気づくものは気がつくささやかな瑕疵となって、複雑な人間性をその美貌に与えていた。

 

 「ここは幻想郷。幻想郷は全てを受け入れる。ヒトのエゴも、何もかも。けれど、ここは楽園などではないの。いくら差し出しても破裂することはないけれど、必ずしも、満たされるとは限らない。パッチワークのように継ぎ接ぎな人々の望みは、まるで矛盾を描く陣取りゲームのようでもあるわ。誰もが願うあやふやな願いより、ただひとつ誓った個人の信念こそが優先される。だから、外がいかように変貌しようと、堕落しようと、幻想郷のあり方は変わらない。竜神さまは願いを叶える七つの玉なんて作りはしないし、雲入道は傍らに立つ力ある像なんかじゃないし、博麗の巫女が霊界探偵となって、暗黒武術会に参戦したりもしないのよ」

 

 まさに自身こそが、そのカオス的無意識の集合体たるスキマを操るというのに、紫はどこまでも信憑性に乏しい論理と、幻想郷には馴染みのない喩えで境界を否定し、漠然とした不安を煽った。

 

 異論を挟みがたい、決め付けるような調子で、歯切れよく言う。

 

 「だからこそ、あなたたちは求めるのでしょう。守りたいのでしょう。居場所か、愛玩物か、それは知らないし、その是非を問うつもりもないわ。でもね」

 

 息を吸って、吐く。

 空けられた一瞬の間は、勇み立つ影らの足を縫い留め、思わず耳を欹てさせた。

 その気配を汲み取って、平手を打つようにぴしゃりと言葉を放つ。

 

 「それは、きっとあの子たちも、同じなのよ」

 

 影が蠢いた。戸惑ったように、木陰から隠されていた力の破片が漏れた。

 

 「あがいて、もがいて、自分にできること、存在する意義を探すために、今も必死で、弱々しい両脚に力を込めて、立ち上がろうとしているの。それを邪魔する権利も資格も、どこの誰にもありはしないのよ。もちろん、ここで私があなたたちの行く手を遮る権利などないのと、同じようにね」

 

 月から、一条の光が射した。舞台を照らすスポットライトのように、黄金に煌く賢者を強く際立たせる。

 影たちが息を呑む。

 紫は、主演女優はかくありき、とばかりに腕を雄大に広げ、月光に酔ったように通る声を響かせた。

 

 「だから私たちは弾幕ごっこに精を出す。美しく、公平で分かり易く、そしてどこまでも優しく残酷な、お約束に則った安全痛快な真剣勝負。野卑で暴力的なはずなのに、酷く爽快で、芸術的ですらあり、見るものの心を捉えて離さない。……まるで、素敵な少年漫画のようじゃない?」

 

 紫はシルクの手袋を嵌めた腕を掲げた。それだけの仕草の中にさえ、匂い立つような華があった。

 

 「それでも行く、と言うのなら」

 

 霊力が高まる。掲げた指先に、一枚の符があった。霊力は膻中穴から全身を伝って符へと流れ込み、不規則な発光を促した。

 

 天上に符を投げる。

 圧縮された力はプログラムされたスペルに従い、美しい弾幕となって解き放たれた。夜空に、大輪の花が咲く。

 

 「この八雲紫、非力ながら、死力を尽くしてお相手させていただくわ」

 

 再び、微笑む。

 典雅ながら、産毛を毟り取られるような、寒気を催す妖怪の顔が、そこにあった。

 

 紫は、そして口を閉ざした。言うべきことは言った、と無言の態度が告げていた。

 紫の「独り言」が終われば、後に漂うのは寂寥の感に溺れる沈黙ばかりである。

 木々の触れ合う音のみが、しばし流れた。

 

 やがて、そろりと足音を忍ばせるように、影が後退する気配を見せた。

 ひとつ、またひとつと、霞んでいくように影が失せていく。

 紫はそれを認めて、虚偽や陽動の類でないことを確かめると、ようよう、一息を入れた。

 しめやかに口を開くと、フィナーレを飾るオペラ歌手のように、澄んだソプラノを星の天幕に散りばめた。

 

 ――愛は幻の中へ消え、君を見失ってしまう。だから、愛に気づいてください。

 

 独り言だったはずにも関わらず、それは悄然と肩を落とす誰かを、見送るような声であった。

 

 ――強く強く抱きしめたい。生まれ変わる、天使を。

 

 誰かを慰めるような、そんな歌声だった。

 

 

 

 影が残らず消え、ひりつくような緊張も緩み途切れた頃。

 

 紫はふわりと鳥居から身を投げた。

 蒲公英の綿毛のようにスカートを膨らませ、石畳に降りる。

 

 既に神社周りの結界は切ってある。

 神社は常の雰囲気を取り戻し、戻ってきた小動物たちの息遣いでごった返していた。

 

 紫は伸びをする。ほぐす身体は、柄でもない説教などしたためか、やけに凝りが多い。

 ごきごきと不穏な音を奏でながら、ストレッチに勤しむ。

 おいっちに、と腰を捻りながら、紫はどこを見るでもなく、漠然と問うた。

 

 「それで。頭は冷えたかしら?」

 

 その背後にいつの間にか、道士服を纏った背の高いシルエットが立っていた。

 両手を差し入れた袖口で顔を覆って、恥ずかしげに呻いた。

 

 「……面目もございません」

 「ほんとよ」

 

 しゅん、と項垂れる九つの尻尾。しょげ返る白面金毛の式に、紫は思わず苦笑する。

 

 「博麗神社に飛ばしたのは正解だったみたいね。いつも通りの、身の程を弁えた私の可愛い式に戻ってくれたもの。きっと一日放置したお陰で、悪い気とか全部祓ってくれたのね。あれかしら、やっぱり狐憑きとか、その類の病気だったのかしら」

 「……ぼんどうに、ずびばぜんでじだ」

 「やぁよ、今日はたっぷり意地悪してやるんだから」

 

 へっへっへ、と悪代官めいたオヤジヴォイスな笑い声を立てる紫。

 哀れな町娘こと急速にへたれてしまった九尾の狐は、肉付きのいい身体を舐め上げる紫の淫猥な視線に、涙の滲む上目遣いで怯えるしかなかった。

 帽子の中のふさふさした狐耳も、髪の間に潜ってさぞ伏せっていることだろう。

 

 紫はたまらず吹き出した。

 

 「何よ、この程度の冗談で、情けないわねえ。もそっとシャンとなさいな、シャンと」

 「……めが、ほんきでした」

 「嘘なさい。私が貴女に酷な命を言いつけたことが、今までに一度だってあって?」

 「……おうちかえりたい」

 

 ついに許容量の限界を突破して、幼児退行を始める藍。

 紫は蹲って地面にのの字を書き出した藍を、肩越しに見やる。

 

 相も変わらず、しっかりしているようでいて、可笑しなところで隙が多い娘である。

 詰めが甘いというか、アドリブが利かないというか。

 頭が固いと言ってしまえばそれまでだが、ようはまだまだ未熟なのだ。

 

 しかし紫は頬が緩むのを隠しきれない。当人に言えば剥れて不機嫌になるだけであろうが、紫にしてみれば、お澄ましで世話焼きな苦労人、という一般的な藍の人物評より、今の姿の方がずっと親近感が沸くものだったからだ。

 

 なにせ、自分が育てたのだ。

 式を憑けたばかりの頃の面影がふいに甦って、嬉しくないなどと言ったら、それこそ嘘ではないか。

 追い詰められた藍は実にいい顔をする。毎日ことあるごとにからかわれては、ぴぃぴぃ泣いていた小さい時と、同じ顔を。

 

 神社の母屋から、釜炊きのご飯の匂いが漂ってきた。

 そろそろ夕飯の仕度に取り掛かったらしい。台所からは霊夢の億劫そうな怒声が響いている。

 物をひっくり返す派手な音に混じって、聞きなれた複数の甲高い声がキンキンと飛び散り、右往左往する足音がどたばたと騒々しく犇めいている。

 

 幻想美少女たちは、今度は献立に悩む巫女を救出するつもりのようだ。

 紫はくすりと微笑むと、いじける藍に、優しく問うた。

 

 「――ねぇえ、藍。こんな噂話を、知っていて?」

 

 ぐす、と膝を抱えて目元を擦る藍が、疑問符を頭におずおずと振り向いた。

 紫は、視線は母屋に向けたまま、言葉を拾い集めるように言った。

 

 「先日ね、香霖堂で紫外線を九割以上遮断する、特性のクリームと日傘の注文があったらしいわ。二人分」

 

 焦げ臭い香りが鼻をついた。霊夢が水を持ってくるよう大声で指示を出している。

 どうも炎の剣だかなんだかで、薪に火をつけようと試みたらしい。

 

 「それから、寺子屋の教師や天狗の記者に、上手な文章の書き方を熱心に教わっている妖怪も目撃されているそうよ。何故か白紙の交換日記を片手にね」

 

 霊夢が吼えた。常人の万倍の聴覚を誇る妖怪の耳に届く声から察するに、調理した品々を作る端から摘み食いする食いしん坊がいたようだ。

 無意識だったから許せ、と妙に偉ぶった弁明で、強引に誤魔化そうとしている。

 

 「そうそう、人里や稗田のところを訪れて、信仰集めそっちのけで、何をされたら怖いか、驚くかを聞いて回っていた巫女服姿の女の子もいたらしいわ。霊夢は違うといっているし、不思議なこともあるものねえ」

 

 母屋の屋根が吹き飛んだ。

 ついに堪忍袋の緒が切れたらしい。四つの妖気が死相を面に木戸を蹴破って家屋から脱出する。

 それを追いかけて無数の針と御札が闇を切り裂き、続いて飛び出した真っ赤な巫女装束の怪物が、きしゃぁああ、と白い呼気を吐いて不埒者どもを睥睨した。

 

 命がけの鬼ごっこに青春の汗を流す彼女らを眩しく思いながら、紫はさらりと告げた。

 

 「後は、そうね、目覚ましを贈ろうかどうか、迷っている狐がいるらしい、とか?」

 「きゃいんっ」

 

 藍は毛を逆立てた。針金を通されたように九本の尻尾が反り返り、帽子を突き破らん勢いで耳がぴん、と伸びる。

 向こうであかいあくまから逃れる、大きな傘を差したシルエットが、ランニング中に食事を摂った時のように横っ腹を押さえてよろめいた。

 

 イヌ科丸出しの驚きを全身で表現した藍は、旋毛まで沸騰させると、うろたえた様にあわあわと手を振った。

 

 「あの、いえっ、それは、そのっ。か、勘違いしないでくださいねっ。べべべ、別に橙離れのためなんかじゃないんですからっ」

 「また、やっすいステレオタイプ持ち出してきたものねぇ……。ふふふ。いいじゃない。どうせ、今更隠したって無駄無駄無駄ァ、よ。……本当はね、みんな分かっているのよ。どんな雛であっても、いずれ親元から羽ばたいていく、ということくらいはね。ただそれが寂しくって、心配で、ついつい暴走しちゃうのよね。まったく、どいつもこいつも、雁首揃えて不器用な娘たちばかりなんだから」

 

 ひょい、と顔を覗きこまれて、藍は帽子を目深に被りなおした。

 薬缶にでもなったかのように、脳天から湯気が噴出すのが分かる。どうにも今日は厄日のようだ。

 空回る藍とは対照的に、紫はにやにやと、実に楽しげである。

 

 やり込められてばかりなのが悔しく、せめて一矢報いてやろうと、藍は皮肉めいた調子で言葉の矢を吹っかける。

 

 「……どうせ私は、偉大なる妖怪の賢者様と違って、式の気持ち一つ汲み取れない馬鹿親ですよ。所詮けだものですとも。八雲の恥さらしですよぅだ」

 「あら、何よ貴女、まだ自覚してなかったの。良かったわねぇ、これでまた一つ、八雲に相応しい賢さが得られたじゃない」

 「ええ、ええ、紫様の教育の賜物ですともっ」

 「そうね、感謝は結構だから、一刻も早く私を楽にさせて欲しいわね」

 

 ざっくばらんに切り払う。

 藍は一層打ちひしがれて、煮詰まったような呻きを上げるが、何といっても役者が違う。

 年季の違いはどうにもならないことくらい、いい加減に気づいてもよさそうなものだが、日頃のぐうたらな態度と巧みな距離感とで、見事にそこらへんの認識が狂わされている藍である。

 

 腐っても妖怪の賢者、流石にその名声は伊達ではない。

 息抜きの下手糞な藍は、偶に反抗でもさせてやらねば、ストレスで弾け飛んでしまう。健康にもよくはない。紫の嗜虐心的に考えても、まっことマーベラスな手法ではあるまいか。

 

 藍は降参するように、重苦しい息をどっぷりと吐いた。恨めしげに、紫を見上げる。

 

 「……紫さまは、いつでも余裕がおありですね。子供たちからも懐かれていたようですし……。式のことでいつも一喜一憂している身からすれば、正直、羨望を禁じえません」

 「あら、それはそうよ」

 

 あまりに簡単に紫が言うので、藍はむしろ目を見張った。

 困惑する彼女に、膝に手をつき腰を屈めて顔を寄せながら、紫は絹のグローブでそろりと首筋を撫で上げる。

 きめ細かい肌触りに、ぞわりと鳥肌が立つ。甘い息に乗せて、紫はふうっと囁いた。

 

 「だってもう、私は一度、経験済みだもの。一人前というには、まだちょっと頼りない雛だけど、ね」

 

 ちょん、と鼻の頭をつつく。

 藍の思惟とは裏腹に、俯く頬が林檎のような朱に染まる。近頃の生意気盛りな式にしては、いっとう珍しい表情だ。本当にあの頃に戻ったような、そんな錯覚を覚えてしまう。

 

 丸まっちい小ぶりな手指で、紫の寝間着の裾を摘んで、安らかに眠る幼い狐がいた頃。

 ふわふわした金色の髪を撫で、まだ数本しか生えていなかった尻尾の毛並みを優しく指で梳いてやりながら、自分の腕枕に収まる涎の零れる寝顔を、飽きることなくみつめていた頃。

 紫はどんな漫画の主人公も手に入れられない、世界一の宝物を抱きしめていた。

 

 可愛さあまってあふれ出す、お腹一杯の愛情を、キャンディのように懐に忍ばせながら。

 

 ミルクの香りのする髪に顔を埋めて、壊れるな、とそれだけを願って、力加減も手探りの震える手つきで、精一杯に優しく抱きしめていた。

 

 思えば、自分も人様を馬鹿にできるほど、できた親でもなかった。

 とほほな失敗も、不甲斐ない苛立ちも沢山あった。上手いあしらい方が分からず不自然に甘やかしてしまったり、半ば八つ当たり同然に厳しくしてしまって、後で自己嫌悪に陥ったり、我ながら情けなさの連続だった。

 

 愛情だけが取り柄の、どこにでもいる不出来な親だった。

 

 「……あの娘たちは、霊夢がお夕飯を食べさせ終えたら、それぞれのお家へ返してあげましょう。そろそろ、保護者の方も心配していることでしょうし――」

 

 紫は悪戯っぽく笑った。最後に藍の頬を一撫ですると、帰るわよ、と言って身を翻し、さっさと歩き出す。

 呆けていた式が慌てたように立ち上がり、追い縋ってくるのがわかった。

 紫はぬるま湯に浸かったような心持で、黙って夜空を見上げた。

 

 「――馬鹿親たちも、お仕置きが身に染みた頃でしょうし、ね」

 

 月の光がそろそろと、労わるように、賢者の髪を撫でていた。

 

 

 

<了>

 

 

 

 おまけ。

 

 紫は爆睡していた。

 先日の馬鹿親騒ぎから早一週間、紫の周りは実に平和であった。

 

 今日も今日とて枕に突っ伏し、何故か百叩きの刑に処してしまいたくなる安産型の尻をくい、と天井へと突き出して惰眠を貪っていた。

 

 幸せな夢でも見ているのか、にへら、と口元がだらしなく歪み、時折ふりふりとケツを揺らす。

 人によっては誘ってんのかテメエとコメカミを攣らせる光景、さすが人を不安定にさせることにかけて定評のあるスキマ妖怪、その腹立たしい仕草は格が違った。

 

 藍はいなかった。現在、人里に赴いて例の罰ゲームの執行中である。

 ちょっと話の流れがシリアスよりになったからといって、有耶無耶で済ます紫ではない。一度決定したお仕置きは断固実行するのがポリシーである。

 飼い主の手に噛み付く躾の悪い式に、どんな温情をかけろというのか。イイハナシダナー、で全て片が付くと思ったら大間違いである。

 

 ぐちぐち喧しい小姑を排除して、紫の惰眠生活は今や順風満帆であった。

 橙は猫の里で会合があるらしく、今日は予め休暇を貰う旨の断りを受けていた。

 

 邪魔者は何もない。正午などとうに過ぎ去り、その上まだ慌てるような時間じゃないと愛しい布団に熱烈な愛撫を施すほどの天上天下唯我独尊な怠け具合である。

 まるっきりダメなひと、というか社会の害悪以外の何者でもないが、そこらへんは努力友情勝利で補ってなんぼである。胡散臭いものを感じても決して信じることを諦めてはならない。諦めたらそこで試合終了なのである。

 

 むにゃむにゃとまどろみの淵を行き来する紫だったが、ふと廊下をどたどたと駆け回る音に、意識を呼び戻された。

 腫れぼったい瞼をしぱしぱと瞬かせながら、気だるく身を起こす。はて、今日は自分しか家にいないはずなのに、一体誰が騒いでいるのか。

 

 紫が寝すぎて重たい頭に渇を入れる前に、寝室の障子がすぱぁん、と乾いた音を立てた。

 

 「いたぁああああああああッ!」

 「うきゅうッ!?」

 

 ぴしりと指を突きつけた影が、猛烈な速度で飛びついてくる。

 勢いを殺しきれず、紫は闖入者と縺れ合ってごろごろと室内を転げた。

 胸元にしがみ付くそれを、襟首をつかんで引き剥がす。

 

 「な、ちょ、あ、貴女、リグル!?」

 

 猫の子のようにぶら下がるのは、蟲の王たる少女であった。

 橙の友人でもあり、幾度か面識もある。その際の印象では、少々おつむは物足りないが、それなりに良識を弁えた娘のように思えたのだが、この蛮行はどうしたことだろう。

 

 「これは一体、なんの悪戯よ。勝手に家に入り込んだばかりか、安眠妨害という世界で最も重い罪を犯すだなんて。まあ侵入に関しては、どうせ橙が手引きしたんでしょうからいいけれども、私の至福の時を乱したのは頂けないわ。いくら橙のお友達だからといって、あんまりおいたが過ぎると容赦は」

 「紫さん」

 

 紫は押し黙った。

 リグルが真摯な眼差しで、紫を見つめていた。

 

 その強い意志を感じさせる瞳に、紫は容易く飲まれてしまう。デジャブを感じる。ついぞ最近、これと全く同じ種類の瞳を、身内から向けられたような気がする。すごくする。

 

 嫌な予感がとめどもなく湧き上がる。

 逃れられない暗雲立ち込める運命がひたひたと、背後まで迫っている気がする。

 紫の背にぶわりと滝のような汗が流れる。不幸がウェルカムと肩を叩くその代わりに、リグルが悲痛な声を絞り出した。

 

 「どうか、私たちを助けてください」

 

 縋りついて、おいおいと泣き始める。

 困惑しながら、たち? と紫は言葉尻を捕らえて疑問を浮かべる。

 

 はっと気づいて振り向けば、リグルが飛び込んできた障子の影に、更に二つの影が佇んでいた。

 一つは、憂鬱げに地面を蹴りながらそっぽを向き、もう一つは面白そうににやにやと歯を見せながら頬杖をついてしゃがんでいる。

 

 「あたいは、別にだいじょぶだって言ってんのにさ……。リグルが、どうしてもっていうから」

 「強がりなさんな。その割にはあんた、過労死しそうな顔してるじゃないか。まあその前に、あんたの相棒が心労でくたばっちゃうと思うけど」

 「大ちゃんはへーきだって言ってたもん。それにレティだって、ほんとは、その、すごく優しいもん! ちょっとヘンなことするのだって、あたいのことだいじだからだって言ってくれてるもん!」

「だからさぁ、その優しさのベクトルが間違ってんだっての。あ、私はお遣いね、うちの姫さまから。内容はこいつらと同じで救援要請」

 

 不貞腐れた様子で、能天気な妖精らしからぬ真っ黒な隈の浮いた目元を擦る氷精と、それを適当にあしらいながら、差出人に「蓬莱山」の名が記された手紙を振る潰れ耳の兎。そして泣きじゃくるやけにボロクソな格好のリグル。

 紫は目元を覆って、布団に倒れ込んだ。

 

 賢者の安息の時は、どうやらまだまだ遠いようだった。

 

 

 

 




 後日そこには、雪月花の化身を相手に元気にか〇は〇波を放つゆかりんの姿が!



 数年前に某所に投稿した作品。処女作でした。
 貪るように東方ssを読みふけっていた当時が懐かしいです。

 逆説『自分では年相応だと思い込んでるけど中身はちょいちょい乙女な賢者』
 可愛さルナティック。
 そんな幻想があってもいい。
 妬ッ八でした。

 余談:この後、人里でなぜか服を着たでっかい狐がキレ抜群の変な芸を繰り返し、子供たちの人気者になったそうです。関係ないですけどね!


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