特殊パワードスーツ【インフィニット・ストラトス】通称ISの登場から十数年経った未来。変貌を遂げた未来に再び変化の兆しが入りこむ。それは、ISに匹敵するほどの力を秘めた【ガイアメモリ】という技術だった。
 ガイアメモリの作り出す悲しい世界。その一幕をご覧いただくとしよう。

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~Pの亀裂/もう元には戻らない~

 超高性能パワードスーツ【インフィニット・ストラトス】通称ISの登場によって、世界は大きく様変わりした。

 ISが持つ『女性にしか使えない』という特徴によって女性を頂点とした社会ピラミッドが構築されつつあり、男性の立場は年々弱くなる一方だった。

 人々の間にあった溝は深まり、どす黒いヘドロのように溜まっていく。

 

 だからだろうか。ISの登場から5年経った頃に現れたソレは瞬く間に社会の闇に浸透していった。そして、社会をどんどん蝕んだ。

 ソレは、地球の底から湧き上がる力、永いながい歴史の積み重ねによって生まれた呪いの力。

 

 ソレは【ガイアメモリ】と呼ばれている。

 

 ◆

 

 暗闇が支配する真夜中のコンビナート。棺桶のように積み上げられた巨大なコンテナの数々が暗黒の雨雲から降り注ぐ土砂降りの雨に晒されていた。ところどころで輝く誘導灯の赤い光が得物を探す悪魔の瞳のように怪しく輝く。

 そして、その光を避けるようにして一人の男が走っていた。

 

「ゼェッ…! ゼェッ……! ゼェッ……!」

 

 コンテナの隙間で隠れるように動き回るその男は傘どころかレインコートすら着ていなかった。中年の彼が長年着続けたのだろう大き目のビジネススーツはずぶ濡れで、殺風景な頭部からは雨粒が雪解け水のように流れる。

 その表情は疲弊しきっていた。そして何かから逃げているのだが、不思議と恐怖の色はなかった。

 

「ハァ、ハァ……ここまで、くれば……」

 

 男はあるコンテナの影で立ち止り、ずぶ濡れの地面に座り込む。懐からタバコのカートンケースを出そうとしたが、自分がずぶ濡れであったことを思い出して止めた。火がつかないのは子供が見ても明らかだ。

 

「は、ハハハ……。やったぞ、俺はやってやったぞ……!」

 

 顔を伏せて静かに笑う。このような惨めな姿であるにも関わらず、男に憂いなどなかった。後悔もない。自分がやるべきこと、やりたかったことをやり遂げた、そんな一人前の男としの歓喜が胸の奥から湧き上がるのみだった。

 

「タケさん」

 

 唐突に男の名を呼ぶ声が、雨粒の隙間を縫って彼の耳に入る。顔を上げて影の外に目をやると、積み上げられたコンテナが向かい合う間にある通りに一人の少年が立っていた。

 歳は15か16ほど。中々整った顔立ちの色男であるが、子供から大人へ至るための一歩を踏み出したばかりという印象だ。

 だが、普通の者とは決定的に違う部分がある。それは、彼が白い機械の鎧をまとっているという点だ。手足はそれを延長させるロボットアームを装着しており、胸と肩には装甲版、その後ろには天使を思わせるような翼が彼の身体と接触することなく宙に浮いていた。ISだ。

 寂しげな、悔しそうな表情だ。髪は頭に張り付くように垂れ下がり、その顔は雨粒に塗らされているが、今の彼にはそれでよかったのかもしれない。

 

「……一夏くんか」

 

 タケさんと呼ばれた男が少年、一夏に微笑を向けた。二人は旧知の仲なのだろう。

 だがタケの笑みに対して一夏が返したのは、歯を食いしばった険しい表情だった。

 

「どうして、あんな事をしたんだ……どうして、カヨさんを……」

 

 絞り出すように一夏は問う。

 

「……俺は、お前たちの尺度で言えば、やはり間違っているのだろうな」

 

「当たり前だ! あんなこと、許されるはずがない! あんた達、長年連れ添った夫婦だったろ!? 俺と千冬姉を本当の子供みたいにかわいがってくれたあんたが、あんなに優しかったあんたが、どうして……どうしてあんなことしたんだよ!?」

 

 一夏の問いは糾弾にも似ていた。タケはその様子を静かに眺めた後、ふところからタバコのカートンケースを取り出し、ずぶ濡れのタバコを一本口にくわえる。火はつかない。ただ口が寂しいからくわえただけだ。

 

「長年連れ添って来た……俺は家族のためと必死に働いて、身体を悪くしても働いて、それで幸せが続くと思っていた」

 

 「ペッ」とタケはタバコを吐き捨てる。

 

「だがな、そんなものはまやかしだった。あいつはいつからか、俺を下に見るようになっていた。俺を奴隷かなにかと勘違いしはじめた。小遣いは減らされ、食事は粗末になり、家にいれば粗大ごみ扱い。あれは人間のしていい暮らしじゃあない」

 

 言葉を連ねるごとに、その口からは怒りが漏れ始めていた。

 

「それで、あいつは俺がいない間に何をしていたと思う?」

 

 そして等々、その怒りが爆発し、タケはコンテナを殴りつけた。大太鼓を十個、全力で叩きつけたような音が響き、コンテナに穴があき、亀裂が走る。

 

「タケさん……」

 

「あいつは……あの女は、俺がいない間に男を作っていたんだ! エミを大学に通わせるために溜めていた金をそいつに貢いでいたんだよ!」

 

 大粒の雨音すらかき消すような、魂の叫び。憤怒の大爆発だった。

 

 ◆

 

 高橋武房は社会人の鑑のような男だった。就職したのは大手の電化製品販売店の営業部。入社してから数年で営業成績一位を独占しつづけていて、出世も早かった。

 だが営業マンとして優秀であった一方、女性との付き合いの経験がなかった。社会人としては良き伴侶がいるべきだと、友人の企画した合コンに参加し、そこで今の妻に出会った。

 二人は二年の交際を経て結婚。そして元気な女の子を授かった。さらに世間体をアピールするため、親が蒸発した近所の姉弟に優しくした。

 武房はハッピーな人生を送るとずっと思っていた。

 

 だが幸せは永久には続かなかった。それは、ISの登場によって覆されてしまった。

 

 妻はISが登場してからというもの、人が変わったように武房をこき使った。「稼ぎが少ない」「背が低い」「臭い」日常的に罵声や嫌味を浴びせるようになった。こうした母親の態度は娘にも伝染し、武房は家族内で孤立していった。

 だが彼はそれでも折れなかった。「結婚は人生の墓場とも言うし、無駄に幻想を抱いていた自分が悪いのだ」そう言い聞かせて自分の心を封印し、身を粉にして働いた。

 決定的な亀裂が走ったのは、武房が予定より早く仕事を終わらせて家に帰った日、見知らぬ男が我が家の玄関から出てきた所に出くわした時だった。

 妻を問い詰めると彼女は呆気からんとした態度で「お前みたいなダサイ男と結婚してやっただけでもありがたく思え!」と叫んだ。そして、嫌な予感がして寝室に向かい、そこにある戸棚から通帳を取り出して開いてみると、その数字はたったの三桁になっていたのだ。

 武房が後ろを見ると、妻が扉の前にいた。そして今度は打って変わり、バツの悪そうな態度で「だってアイツがフェラーリが欲しいって言っていたんだもの。立場が上の私が買ってあげるのは当然でしょ」と言った。

 武房は頭が真っ白になり、家から飛び出した。そして当てもなく街をさまよった。ボロボロの姿でたどり着いたのは、どこかの高層建築物の屋上だった。

 手すり越しに下を眺め、蟻のように小さな人間や車を見て「ここから飛び降りれば楽になれる」と思い、手すりに手をかけた。

 その時に現れたのだ。例のバイヤーが。

 

『苦しいんですね。人生に裏切られて、心が傷つけられてしまったんですね』

 

 そのバイヤーはやけに背の低い男、おそらく少年だった。顔は暗がりでわからなかったが、特注したのであろう小さなビジネススーツを身にまとっており、胸元には血のような赤いシミのついた白のスカーフを巻いていた。

 

『苦しいなら、貴方に力を売って差し上げます。ISにも匹敵する、大きな力を』

 

 バイヤーが手に持ったトランクを開いて武房に見せた。その中には、色とりどりのUSBメモリのような物が入っていた。

 

『さあ、どれでもお好きなものを』

 

 武房は、それについて知っていた。テレビのニュースで報じられていた、犯罪に使われていた凶器だ。ただし、包丁や銃などという単純な物よりもずっと高度で、ずっと強力な凶器だ。

 もはや、世に絶望していた武房は、迷うことなくその中の一つ、斧の形をした【P】の字が刻印されたメモリを手に取った。

 

 ◆

 

「オレは後悔など何一つしていない。それどころか、胸に爽快感すらある。もう家族だ社会だなんてものを気にする必要はない!」

 

 武房はカートンケースを投げ捨て、懐からメモリを取り出し、スイッチを押した。

 

『Punish!』

 

「っ! タケさん! やめろ!」

 

 一夏の静止の声。だが武房はそれを完全に振り切り、メモリを自分の手の甲の入れ墨に押し当てる。

 

「うおおおおおおオオオオオオォォォォ!」

 

 すると、武房の姿はみるみるうちに変化していき、異形の怪物へと変身した。

 中世ヨーロッパの処刑人を思わせるような、目と口の所に穴があいた山羊角のマスク。筋骨隆々とした灰色の肉体、そして両肩には馬の頭と車輪が合わさったようなオブジェがついている。下腹部には青色の球体が半分ほど埋まっていた。

 

 数年前のある日から、人間に強力な力を与え、怪物に変える技術が民間に横行した。骨のまとわりついたUSBのような形をしたそれらは【ガイアメモリ】と呼ばれ、それによって怪人となった人間は【ドーパント】と呼ばれるようになった。

 

『アアアアアァァァァ! この全能感! この力さえあればオレを苦しめるもの全部粉々にしてやれるんだ!』

 

 武房改め【パニッシュドーパント】は力の高揚感に酔いしれ、周囲にある重さ1トンはあるだろうコンテナを蹴散らす。その気圧に押され、一夏は後ろに後退った。

 

『グガアアアアア! ソイツだ! ISのせいだ! オレがこんなになっているのは全てISのせいだ!』

 

 マスクの奥の黄色い目が一夏を捉えた。パニッシュドーパントは、その心の深層で妻の豹変をISが登場したせいだと思っている。そのISを纏っている一夏は彼にとって許せない敵になるのだ。

 

『ガアアアアアア!』

 

 パニッシュドーパントは左手を斧に変え、一夏に殴りかかる。一夏は上空に退避して攻撃を回避した。斧がアスファルトに蜘蛛の巣状の亀裂を走らせる。

 一夏は空中で一回転し、体勢を立て直してパニッシュドーパントを睨みつける。

 

「タケさん……! あんたを、メモリの呪縛から解放してやる!」

 

 一夏は特殊合金の刀【雪片弐型・改】を出現させ、両手で構える。

 

『青二才が! 調子づくなアアアアァァァァ!』

 

 パニッシュドーパントの車輪が高速回転し、軸受から鎖が伸びて一夏を叩き落とそうとするが、一夏は右へ左へ、時には上や下へと回避する。

 

「うおおおおお!」

 

 攻撃の隙を見つけた一夏は刀を上段に構え、急降下で勢いをつけてパニッシュドーパントに斬りかかる。だがドーパントは鎖を後方の地面に突き立て、車輪を回してそれを巻き取りその反動で後方へ飛んで回避した。

 

「逃がすか!」

 

 一夏は地面を蹴ってパニッシュドーパントを追撃する。そして急接近したところで刀を連続で振るう。ドーパントは斧でそれを受けるが、一振り受ける度に斧の刃が削られていく。

 だがパニッシュドーパントは一瞬の隙を突き、斧ではない方の手を伸ばして一夏の肩装甲を掴んだ。

 

「あ! クソ! 放せ!」

 

 一夏はISの飛行機能を最大出力にするが腕を引き離すことができない。武器の質では一夏に軍配が上がるが、根本的なパワーはドーパントの方が上だ。その上、鎖がアンカーの役割を果たしているため尚のこと引きはがせない。

 

『ガアアアアアアアアア!』

 

 パニッシュドーパントは斧で一夏の頭を殴打する。

 

「うぐっ!」

 

 巨大な斧で殴られたにも関わらず、一夏に目だった外傷はなかった。それはISの機能によるものだった。

 ISには体表面を保護するバリアがある。一見装甲がない部分も守られており、銃弾を受けても傷一つつかないのだ。

 

「ぐう、オラァ!」

 

 だが焦りの表情を浮かべ始めた一夏は刀を振り上げてパニッシュドーパントの胴体を斬り、攻勢が弱まった所で腕を斬って拘束を解いて一端上空へ逃げる。一夏の網膜投影ディスプレイには『ダメージ46。シールドエネルギー残量541』と表示されている

 シールドは強固な鎧であることは間違いないが、無限に攻撃を受けられるわけではない。攻撃を受けるたびにISの稼働に必要なエネルギーが消費され、それが0になるとISの装着が強制解除されてしまう。だからいたずらに攻撃を受けるわけにはいかないという訳だ。

 

「ここは、一撃にかけるしかねぇ!」

 

 一夏はあるものを取り出す。それはガイアメモリだった。ただし、パニッシュドーパントが使ったような骨の浮き出たようなデザインではなく、スマートな外見をした普通のUSBメモリに近い形をしていた。表面の文字は【B】、

 一夏はメモリのスイッチを押すと、メモリから声が響く。

 

『Blade!』

 

 すると雪片弐型・改が中ほどから折れ曲がり、調度メモリが収まるだけのスペースが出現する。一夏は力強くメモリを挿入し、刃を起こす。

 

『Blade! Maximum drive!』

 

 雪片の内部から響くメモリの声、それに呼応するように雪片の刃が分かたれ、その間からエネルギーの刃が現れた。

 雪片弐型・改には特殊な機能が内蔵されている。純正化されたガイアメモリを挿入することで、その力を限界まで引き出すことができるのだ。

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

 一夏はISから一端エネルギーを放出し、推進装置に再吸収して加速する。パニッシュドーパントは鎖を振りまわして一夏を叩き落とそうするが、彼の動きは鞭のようなスピードの鎖を遥かに凌駕していた。

 

「どおおおおおおおおおう!」

 

 ガイアメモリから引き出された【刃】のエネルギーがパニッシュドーパントの胴体を切り裂く。傷口からは血液ではなく、パニッシュドーパントのエネルギーが漏れ出た。

 

『グ、ガ、ア、アアアアああああああ!』

 

 パニッシュドーパントは爆発四散し、人間の姿に戻った武房が地面に投げ出される。その近くに粉々になったガイアメモリが落ちた。

 

「こ、こんな、こんな世界……消えてしまえば、いい……」

 

 遺言のように、世界に対する呪いの言葉を吐き捨て、高橋武房は意識をうしなった。

 

「タケさん……」

 

 一夏の声は、強さを増した雨にかき消された。彼の涙腺に流れるのは、ただの雨粒なのだろうか。

 

 ◆

 

 誰も知らないその場所にある施設。その中には無数のモニターがあり、その内の一つには一夏とパニッシュドーパントの激戦が映し出されていた。

 その様子を、ビジネスチェアに腰掛けて眺める少年の姿があった。映画でも見るように、ポップコーンのカップを抱えた彼は高級ブランド特注のビジネススーツに身を包んでおり、胸元には血のようなシミがついた白いスカーフをまいていた。

 

「……まだ、足りないようだ」

 

 少年はリモコンのボタンを押してそのモニターを消し、別のモニターに目をやる。そこには暴れまわるドーパントが映っていた。

 別のモニターにも、そのまた別のものにも、この部屋のモニターには世界各地で暴れまわるドーパント、その中でも彼が注目しているものがピックアップされているのだった。

 

「まだまだ、全然足りない。もっと、もっとだ……」

 

 モニターが光るのみの暗い空間には、ポリポリとポップコーンを頬張る音のみが響いていた。

 

 




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