よろしくお願いします。
ーーー大丈夫だよ、と彼女は小さく微笑む。
「クソッ…放せ!」
一人の少年は運命に抗う。しかし、目の前の少女を救う力が無かった。
「キリト!!…っ」
もう一人の少年は、何も出来ず、ただ呆然と立ち尽くすことしかできない。
「◼◼◼!頼む…行ってくれ!」
「あ…う、あ…」
行け。行くんだ。騎士から彼女を奪い返して逃げるんだ。
大体、彼女が何をしたというんだ。いつも俺たちを心配してくれるこんなにも心優しい少女が、家族とこの村で幸せに笑い合って生きていくはずの少女が、こんな理不尽でその幸せを失っていいはずがない!
だが…あんな化け物にどう立ち向かえばよいのだろうか。
目の前に立ちはだかるのは、どうしようもなく高い壁。
話し合う?――――無理だ。そんなことが出来ていればこんなことにはなっていない。
戦う?――――…出来るのか?本当に、こいつを、倒せるのか…?
――イメージが、瓦解する。
足が竦んで、動けない。
――青年は運命に抗えない。
そして、少女は微笑む。目の前の恐怖に怯えながら、それでも彼等を安心させようと。
ーーーーさようなら。
キリト、ユージオ、◼◼◼、みんな。
「アリスーーーーーーーー!!!!!!!!」
その後ろ姿はどこまでも美しく、悲しかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーート。キリト!
「…んっ」
シノンーー朝田詩乃の声で俺ーー桐ケ谷和人は意識を覚醒させた。
「あんた、さっきの話聞いてた?」
少しむっとした顔で尋ねるシノン。そうだった。俺はシノンにGGOで今度行われるBoBに出てほしいと言われていて、エギルの店で待ち合わせた。参加の経緯を聞く折につい最近行われたBoBの話になって……その途中、ほんの少しの間意識が飛んでいたようだ。バイトの疲れが出たのだろうか。
とはいえ、俺も何も考えずに聞いていたわけではない。思ったことをシノンに話してみる。
「あ、ああ。BoBに出てたサトライザーって奴のことだろ?シノンを倒して『Your soul will be so sweet』…君の魂はきっと甘いだろうとか言ったっていう。…もしかしてだけどさ、そいつ本職なんじゃないか?シノンを圧倒した実力とか、その観察眼とか踏まえるとさ。軍人とかかもな」
「えっ……観察眼って、まさかあんたも…」
「いやっ、俺が言ってるのは戦場を把握する能力のことだから。そもそも、そんないかがわしいことをシノンで考えられるわけないだろ(なんか殺されそうだし)」
「…それはそれでなんかムカつくわね……でも、さすがに軍人っていうのは…」
とシノンが言いかけたところに
「やっほー、シノのん!」
…と俺の彼女でもあるアスナーー結城明日奈がやって来た。
――アスナがやって来ることを知らなかった俺は、ひどく驚いたものの、二人の説明に納得がいった。確かに俺一人では心もとないだろう。
「―――まぁ、二人とも助っ人として呼んだってこと。二人には大会一月前にコンバートしてもらうとして……あんたの怪しいバイトについて、聞かせてもらいましょうか。」
説明を終えたシノンはじっと俺に視線を向けて思いもよらないことを言ってきた。なんでシノンがそれを、と思うもすぐに納得する。シノンはアスナの親友だ。俺がアスナにバイトの話をした以上、伝わるのは当然か。
「…ラースってとこのSTL、ソウル・トランスレーターっていうBMI…フルダイブマシンのテストプレイだよ。本体がやたらとデカイ。」
「へー、じゃあそんなに大きいなら、そのフルダイブマシンは業務用?」
「いや、…そもそも普通のフルダイブとは別物らしいし、機密保持の為にそこでの記憶は持ち出せないから俺もよくわからないんだ。」
「は…はあ⁉」
アスナの疑問への俺の答えに、シノンは思わず叫んでいた。
「別物?記憶が持ち出せない?どういうことよ」
「うーん、大本から説明するか。…量子脳力学ってのがあってな、あのマシンはそれを下敷きに作られたんだ。
魂とは何かって、考えたことあるか?…ラースはそこに一つの結論を出したんだ。説明するとだな…脳には脳細胞の構造を支える頭蓋骨でもある骨格、マイクロチューブルってのがあるみたいなんだ。」
「は、はあ……?」
「その骨は管状で中に光子…エバネッセント・フォトンっていう量子があって、常に確率論的な揺らぎとしてそこにあるんだ。それが人間の心、魂らしい。」
何を言っているのかさっぱり、といった様子のシノンと考え込んでいる様子のアスナ
「…なら、ラースのSTLは人の魂に直接アクセスするってこと?」
アスナは不安げに聞いてきた。
「まあそういうこと。光子はキュービットって単位のデータで記録されてる。つまり、脳細胞自体が一つの量子コンピュータとも言える訳だ…」
「ちょっとキリト。私もう無理。限界きてる。」
「わたしも…」
ついに二人とも白旗をあげた。まぁ俺も正直そこら辺はよく分かってはいない。
「だよな…まあ話を続けると、ラースはその人間の魂に名前を付けた。それがー」
「フラクトライト」
「…人間の魂にアクセス出来るから、記憶の操作も可能だと。」
何やら考え込む二人。少しの静寂の後、アスナが口を開く
「…もしかして、STLの世界で見たり聞いたり触れたりしたものは私たちの意識レベルでは本物ってこと…?」
「そういうこと。」
俺はアスナの言葉に頷いた。
「…信じられないけど、一度くらい見てみたいかも。デザイナーのいない、現実世界以上のリアルワールドを。」
呟くアスナ。それを聞いたシノンが俺に尋ねた。
「実際、そんな世界が創れるわけ?」
「うーん。厳しいかな。それにはゼロから文明を創る必要があるからな…」
「それは随分と気の長い話だね。」
と、二人はこの言葉を冗談と受け取って笑った。しかし、いや…恐らく
「可能かもしれない。仮想世界の中の時間を加速させるんだ。フラクトライト・アクセラレーション、略してFLA。確か今の最大倍率は3倍だったかな…」
「ふぅん…なんかやってることが凄すぎて現実味を帯びない話ね…それってどんな世界だったのかな。」
「覚えてはないけど…確か、アンダーワールドってコードネームだった。」
そこから何か思い浮かばないものか、とキリトとシノンが揃って首を捻ると、アスナが呟いた。
「ラースって名前もだけど、不思議のアリスからとっているんじゃないかな。確か原題は『アリスズ・アドベンチャー・アンダーグラウンド』だったかな」
「へぇ…キリト、どうしたの?」
「うーん。今何か思いだせそうだったんだけどな…」
「そんじゃ、シノン」
「じゃあね、シノのん」
「またねアスナ」
日も暮れはじめた頃、エギルの店を出て、俺とアスナは、シノンと別れた。
「キリト君!!しっかりして!」
ーー朦朧とした意識の中で、その声を聞いた。意識が途切れる直前に俺は、何か言わなくてはと思い、力を振り絞って…
ーーアスナ、ごめん。
今回は説明回、結構な部分を省略してこの分量に納めたのであっさりしすぎてます。赤い弓兵出てきてからは描写も細かくなると思います。次回も多分キリトの話。ラストくらいに赤い弓兵でるかも。