ということで番外編です。
あ、もちろんオリジナル設定・オリキャラなのであしからず
修行を始めてから、巨樹が倒れるまでの間のある一日のお話です。
ではどうぞ
「…ふむ。こんな所か」
エミヤは街の中心部に位置する人通りの多い大通りを歩いていた。勿論、何の目的もなかった訳ではない。その姿――両手に小麦粉、卵、塩、玉葱、人参、舞茸…大量の食材を抱えている――を見れば一目瞭然である。
ここ――カンツォーネの街は、ルーリッドの村より東に15kmほど進んだ場所に位置している。片道は早くても三時間、普通に歩けば四時間はかかると言われ、村の人々は精々安息日に馬を使って出かける程度だ。しかし、辺境の地に在るルーリッドの村にとっては近辺に在る数少ない街であり、最も栄えている街である。
ルーリッドの村は基本的に生活に困る様な事はない。
日用品や食料も売られており、足りないものは自給自足をしたり、近所の人々が助け合ったり、たまにやって来る行商人から購入したりしている。また、カンツォーネよりも比較的近い村や街に赴き購入することもある。
カンツォーネへは、いくらエミヤと言えど片道二時間近くは掛かる。では何故わざわざやって来たのか。
ルーリッドの村は確かに生活には困らない。――しかし、忘れてはならない。この村はギカスシダーという名の巨樹によって村の恵みが吸いとられている。エミヤは、修行の最中に着実にその巨樹の天命を削っている二人の少年を思い浮かべる。彼等は今も懸命に修行をしているに違いない。今日は休んだが、その分精進しなくては、とエミヤは決意を固める。
――話を戻すと、まだ恵みが残った場所では作物を育てたり、放牧などもしているが、明らかに他の村よりも全体量が少ない。するとどうなるか。心優しい村人とは言っても商人は商人。当然、作物の相場は高くなり、設定価格も必然的に上がる。村人は自分の稼いだ分のほとんどを生活費にもっていかれる。それは現実世界でも変わらないだろうが、その酷さは日本と比べられない程である。特に教会は多くの子供たちの分の生活費も賄わなくてはならない。だからこの村の娯楽文化はここまで発展していないのか、とエミヤもそんな結論に至る。
――つまりは、
同じ金額でも、もっと多くの食材を手に入れられる。村の人々の話からそう判断したエミヤはカンツォーネの街へ赴いたのである。
では何故カンツォーネだったのか――それは単純に一番栄えているからである。
もっと近い村や街も、ルーリッドに比べると安価で種類も豊富だ。しかしそれはあくまでも『ルーリッドの村基準』での話だ。…やはり料理をする以上、色々とこだわりたいのだ――これも、見た限り平和なこの世界ゆえにできることだ。この世界が一面戦場であれば、そうは言っていられない。
ともかく、そんなこんなでカンツォーネの街へやって来たのである。
街は活気で溢れ、商人達の威勢の良い声があちこちから飛び交う。路上の一角では楽団が陽気な音楽を奏でている。やはり、この辺りで最も栄えている街だけあって人通りも多い。エミヤは今、首もとがやや大きく開いたやや薄めの黒地シャツにそれよりも濃い黒の長ズボンを履いて、この街を歩いている。流石にいつもの赤い外套姿では目立ち過ぎるし、怪しまれると考えて見繕ったものだ。ルーリッドの人々からすれば、出会ったときからあの姿だったため、むしろこちらの服を着ているときのほうが不思議がられたものだ。
しかし繁栄の度合いによってここまで文化の発展も違うのか、と改めて感心していると、
「お~い!そこの兄ちゃん!あぁ、アンタだ。買い物だろ?買ってけよ!どれも新鮮で安くて美味しいぜ?」
ハチマキを着けたおじさんに呼び止められて寄ってみると、そこには沢山の魚が並んでいた。
「そうか魚か……ではそこのニジマスを」
そう言ってニジマスを数尾ほど購入する。魚は鮮度が保たず、数日と経たずに天命が尽きてしまう。食べるなら今日の夕飯だろう。しかしニジマスか…色々と調理法はあるがさてどうしようか、と考えていると
――何処からか、歌が聴こえた。
微かに聴こえてくるその透み渡り、心に染み入る様な歌声に吸い込まれるように、気がつけば路地裏に足を踏み入れていた。
そこに立っていたのは一人の少女だった。
キリトやユージオと同い年位だろうか、鮮やかな藍色の髪を結い上げ、真っ白なワンピースを身に付けている。その瞳はどこか憂いを帯びていて、あどけなさと大人っぽさを併せ持つその姿はどこか儚く見えた。
少女はエミヤに気づき歌を中断すると、振り返って不思議そうな顔をして彼に尋ねる
「…?貴方は……?」
「いや、すまない。君の美しい歌声につられてしまってね。良かったら、そのまま聴かせて貰えるとと嬉しいのだが」
その返答に彼女は目を丸くした後、少し顔を赤らめ、
「…ありがとう。でも、人前で歌うのはまだ恥ずかしいわ。……それに、奴等ももうすぐ来そうだし」
「ん?奴等?」
「……私は、《ドゥラーク》だから………来たわ、こっちへ」
少女はエミヤを連れて幾重にも曲がった路地をどんどん進んでいく。すると後ろからは
――なんだよ、あの女。ま~た逃げやがった。
――チッ、まぁいい。次に会ったら痛い目見せてやる
等といった声が聞こえてきた。少女もその声が聞こえていたようで、繋いでいた手が少し震えるのを感じた。
暫く路地を歩いていると、先程の大通りに出てきた。
「……先程の彼等は…」
すると少女は微笑んで、
「大丈夫。あんなのはいつものことだから……あっ、自己紹介、してなかったわ。私の名前はノア、よろしくね。えっと…」
「エミヤだ。よろしくな、ノア」
そう言って、ノアの小さな手をしっかりと握る。すると、
ぐぅ~
と、何処からか腹の虫が鳴いていた。
「…良かったら、昼食でもどうかね」
「………」
彼女は顔を赤らめ、コクリと頷いた。
彼女の家は思いのほか大きな家で、白が基調である壁は所々が汚れていた。
中は、比較的綺麗で――いや、何もないのだ。何処を見ても殺風景。最低限のものしか置かれておらず、綺麗に整頓されているのも相まってどこか奇妙な光景だった。
そんな中、エミヤは棚の上に飾られた一枚の写真を見つける。そこに写っていたのは大陽のように明るい笑顔を見せるノア、その両隣にはノアの両親だろうか、優しく微笑む男女の姿があった。
「…本当にいいの?料理を作ってもらうなんて」
「勿論、歌の礼だとでも思ってくれ。それに私は好きでやっているのだからな」
と、ノアに応えて早速料理に取りかかる。
材料は先程大量に買った食料。ここで二人分消えても恐らくは大丈夫だろう。
先程買ったニジマスを慣れた手つきで捌いていく。
容器に移したニジマスに料理酒と塩をかけて10分程置いておく。
その間に他の食材の下拵えだ。玉葱は半分に切ってから薄く切る。人参は細切り、舞茸は軸を取って食べやすい大きさに。
浸けたニジマスは布で水分をとり、野菜と共に浅型の鍋へ。皿で蓋をして蒸し焼きにする。
暫くすると、美味しそうな匂いが辺りに充満する。
「さて、完成だ。頂くとしよう」
「わぁ…!この料理は?」
「ニジマスを蒸し焼きにしたものだ。一般的にはサケやサワラで作ることが多いが、今回はニジマスを使ってみたのだよ」
現実世界でいえば、ホイル焼きである。しかし、この世界にはまだ、アルミホイルもキッチンペーパーも存在しない。ゆえに落し蓋や、布で代用した。これまで経験したなかでそんなことは当たり前のようにあったので、慣れている。
「へぇ…よく分からないけれど、美味しそうね。じゃあ早速…」
「「いただきます」」
「本当に美味しかったわ」
「そう言って貰えるとありがたいよ。ところで、一旦落ち着いたところで聞きたいのだが…」
「…私が何故《ドゥラーク》なのか、でしょ?」
「いや、まずはその《ドゥラーク》とは何かを教えてほしい」
「えっ!?貴方、《ドゥラーク》も知らないの?……よっぽど幸福な場所で生きて来たのね…」
やや皮肉めいた口調に眉をひそめる。……どうやらこの世界は思っていたものと少々異なるらしい。
「――私の家庭は、そこそこ裕福な家だったの。父と母と私、三人でささやかながら幸せに暮らしていた。父は医師をしていて正義感の強い明るい人で………母はこの街一番の歌手で、とっても優しい人だった。私は母の歌ってくれる子守唄が、本当に好きだった。
……けど、そんな幸せな日々は続いてはくれなかった。
…父が、人を殺したって。私も母も信じられなかった。何度も何度も町長に訴えた。あの父が、そんなことをする筈がない、と。でも、誰も聞き入れてくれず、結局父は整合騎士によって処刑された。母はその後、精神を病み、父を追うように病死した。人々は残された私を蔑み、恐れて迫害した。
《ドゥラーク》とは神を信仰しなかったり、生まれつき身体を満足に動かせない人やルールを破った人、その血縁者に対する蔑称のことよ。神様の怒りに触れた呪われし者達だ、ってね」
「………」
やはり、この世界でも人間の負の本質は変わらないようだ。他者を蔑むことで仮初めの優越感を得る――それは例えどんなに法で縛られていようが変えられない人の性。誰が悪いとか、何が悪いとかそんな話ではない。人々はこれと向き合い続けなくてはならないのだ。
村長達が、アリスの存在をまるでいなかったかのように振る舞っていたのはそのためか。ノアの時とは違ってアリスは村長の娘。また、村の人々は村長やセルカの人柄をこれでもかというほど知っている。故に村の人々は安易に彼等を蔑むことは出来なかったのだろう。もしもアリスとセルカが、村長の娘でなく、村の人々との信頼関係も築くことが出来ていなかったら、と考えると恐ろしくなる。それほどの苦痛を、目の前の少女はたった一人で背負っているのだ。
ノア――どんなに他者から蔑まれようと、神を信じ続けた預言者と同じ名を持つ少女が、神に呪われた者だと蔑まれるとはなんという皮肉だろうか。
沈黙の後、少女が口を開く
「……ごめんなさい。重苦しい話になっちゃって。…でも、私は大丈夫だから」
「…君は、本当に強いな」
気丈に振る舞う彼女の鮮やかな藍色の髪を、そっと撫でる
「――けど、そんなに抱え込まなくてもいいんだ。苦しさや、辛さ、悲しさは一人で背負わずにさらけ出すべきものだ――そうでないと、本当に笑えなくなってしまう」
「あ…」
暫くそのままでいると、彼女がポツリと語り出す。
「…私、歌手になりたいの。母が、『歌は私達の人生を素敵なものにしてくれるのよ』って…父は、いつも、『ノアは俺の世界一の娘だ』って……」
ノアの双眸からは大粒の涙が溢れる。エミヤはそっと震える彼女を抱きしめる
「……寂しいよ。辛いよ……お父さん、お母さん……」
――その声はどこまでも遠く、澄んだ青空へと反響していった
ということで、次回に続きます。
ニジマスって塩焼きのイメージが強いですけど、色々出来るんですよね。レシピは『衛宮さん家の今日のごはん』を参考に。もちろんあちらは鮭でしたが、海がないのに迂闊に海へ行く筈の鮭にしてよいものか、と考えたのでニジマスにしました。
因みにエミヤさんの服のイメージはEXTRA CCCの黒色の現代衣装です。
~疑問コーナー~
Q.何故に受肉してるの?
A.ネタバレになるので多くは語りませんが、メタ的理由は弱体化させるのに、受肉させとくのが都合良かったからです。ほら、最初から宝具大量に投影されたり、アイアムザボーンオブマイソードされてもあれじゃないですか。因みに現状エミヤさんが投影出来るのは慣れ親しんだ干将・莫耶と無銘の剣達、あとアイアス4枚位です。他のものも頑張れば投影出来ますが、魔術回路への負担を考えると、すぐに投影出来るのはこれくらいかな、と。自分の想像以上に弱体化してました。大丈夫!これから強くなるから…(多分)