apoコラボイベを周回しまくったり、私生活でちょっとしたトラブルに巻き込まれておりました。
ではどうぞ
「ところで、君は何故《歌手》ではないのだ?」
「え?」
「いやなに、《歌手》になりたいということは今は《歌手》ではないということなのでは、と思ってな」
「…まぁドゥラークを知らないなら、知らなくて当然か。全く、どんなところで育ってきたんだか…いや、この街が特殊なのかしら…?……そうだといいなぁ」
――あの後、少し吹っ切れた様子のノアは《ドゥラーク》も知らないエミヤに世間知らずな貴族でもしってるわよ、と呆れ、心配だから彼のために色々教えてあげると言い出した。
もちろんエミヤは丁重に断ったが、彼女もなかなか折れない。
彼は冷徹な守護者である以前にお人好しだ。嘗て抱いた彼の根底にある万人を救いたいという理想は、無限に等しい刻のなかで人々にも、その理想にすらも裏切られ続け、摩耗した今でも彼を突き動かす。
そしてこの世界の影響もあるのだろう。今の彼は、守護者として淡々と仕事をこなす冷徹さが薄れ、お人好しな面が強く現れている。
故に彼はどうしてもといわれて断るわけにもいかず、その好意を甘んじて受けることにした。
実際、この事は彼にとっても好都合だったのだ。ルーリッドの村の人々との会話で知った事は意外に少ない。やはり辺境の地なのが大きな要因だろうか。天職がある以上、仕事を怠るわけにもいかず、出掛けられるのは安息日の一日程度。それゆえ村人はあまり遠出も出来ないため、なかなか情報も入って来ない。
彼も最低限この世界の常識とやらは知っておきたかった。それと――この世界そのものについても。
キリトから訊いた話では、どうやらこの世界は仮想世界のようだ。
豊かな木々の香りや鳥のさえずり、
青く渦巻き流れゆく川のせせらぎ、
雨上がりに漂う湿った落ち葉の匂い、
道の両側にところ狭しと並ぶ店々の猥雑な活気
そのどれもが本物のように感じるだけあって、その驚駭の念は想像以上のものであった。
――偽物か本物かなどと考えていてはいけない。時に偽物は、本物よりも本物である。
確かにその通りだろう。何をもって現実とするのか、何をもって本物とするのかなど考えていても意味がない。『そこにある』と認識している時点でたとえそれが虚像であろうと、確かにそれは存在しているのだから。
それに、偽物が本物に負ける道理はないのだ。
ノアはエミヤを連れて街を歩いていた。どうやら、先程はできなかった買い物をするらしい。
街の人々はノアに対して何かしてくるものかと思っていたが、街を歩いていても意外と何の反応もなかった。というよりはむしろ避けられている感じだった。
ノア曰く、最初の数年はひどいものだったが、そのうち彼らも飽きはじめ、今ではノアを避け、最低限のやり取りだけを行うようになったという。今でもドゥラークと蔑んでくるのは街の中流貴族くらいなものだと言っていた。
買い物の道中、彼女は掟や禁忌目録のことについて教えてくれた。曰く、公理教会と呼ばれる組織が人界を統治しており、彼らは央都セントリアにあるセントラル・カセドラルという純白の巨塔から人界を監視している。公理教会には司祭、元老の他に整合騎士という武官がおり、世界の秩序を守っている。また、禁忌目録は最高司祭のアドミニストレータという人物が作ったのだとか。
アドミニストレータ……確か、管理者という意味をもつ言葉だ。その人物が意味を知って名乗っているのかは知らないが、どうやらその人物がこの世界の鍵を握っているらしい。
そして話題は天職の話へと移り、冒頭に至る訳だが。
「普通、家族は代々その天職を引き継いでいくもの。私も本来は医者か歌手の道を歩むはずだった。けど…」
「けど?」
「普通、子供は10歳になった時に天職を与えられるの。そしてその天職は街の町長や貴族が決める…ドゥラークの子供を、彼らが望み通りの天職に就かせると思う?……だから私はもう、歌手にはなれないの」
「……」
だから彼女はあんなに人目のつかない場所で歌を奏でていたのか。彼女は人々の前で歌うことが出来ない。歌ってしまったら何か掟に違反してしまうのでは、という恐怖心と、ドゥラークの癖にぬけぬけと、と罵られるものだと思ってしまっているがゆえに、彼女は一歩を踏み出せず。諦めようとしている。
――思い浮かべるのは、一人の少年。彼は臆病者でありながらも、確かに、その一歩を踏み出し、今も歩み続けている。
キリトは恐らく知らないだろうが、彼は毎日、誰もいない場所で一人懸命に剣を振り続けている。
――彼の夢はとても眩しく輝いていたのだ。
エミヤには、目の前で輝かしい夢を諦めようとする少女を見捨てることが、出来ない。
「…歌ってみないか?」
「……え?……私は歌手に、なれないんだよ?」
ノアは目を丸くし、沈黙の後に悲しげな表情で呟く。
「――歌は私達の人生を素敵なものにしてくれる」
「!」
「…君のお母さんの言葉だろう?君の人生も、君自身の歌で変えられるのではないか?」
「私、は……」
「もちろん、無理強いはしない。これは、君自身が決めるべきことだ。ただ、一つだけ…」
――何もしなかったら、
何も起こらない
その言葉は、ノアの心を揺れ動かす。
――何も、出来なかった。父を救うことも、母を支えることも、人々に抗うことも。
何も出来ず、いつの日にかドゥラークであることを受け入れ、それも運命のせいだと諦めていた。
……でも、変われるのだろうか。この、歌で。
沈黙の後、ノアが顔を上げる。まだ、不安は拭いきれてなどいない。しかし…
「あなたの……それとお母さんの言葉、信じてみるわ」
少女は舞台へと駆け出した。
――喧騒に包まれた街に、歌声が聴こえてくる。
多くの人々が、その足をとめ、その澄み渡る歌声が紡ぐ美しい旋律に耳を傾ける。
爽やかな風が、少女の鮮やかに輝く髪を靡く。
その歌声や姿は、人々に嘗ての『歌姫』を想起させる。
最初はどよめいていた人々も、いつの間にか静まり返っていた。
観衆は次第に増えていき、歌声もさらに街中へ響いてゆく。
――そんな時である。
「おいおい、見ろよあのガキ。ドゥラークの癖に歌手気取りで歌っていやがる!!」
と、大声で叫ぶ声がする。
その声の主たちは、眼前の観衆を無視して少女の元へ下卑た笑いを浮かべながら向かっていく。
「――おい、ノア?ドゥラークの癖に調子乗ってんじゃねぇよ?」
と、ノアの腕を無理矢理掴む。
「痛っ……放して!!放してっ、くっ!!」
ノアは抗おうと、もう片方の腕を使って彼を力ずくで放そうとするが、大柄な男相手では上手くいかない。
その男はさらに憤怒の形相になり、ぎりぎり、とさらに腕を強く握る。
「ドゥラークが、中流貴族にそんな物言いだと…?
ノアに向けられる拳。
――不思議と、怖くはなかった。いや、何処かで諦めていたのかもしれない。結局は、彼らには抗えないのだと。
だってほら、観衆はみんな彼らの所業を黙認している。
私がドゥラークだから、目の前の彼らがこの街の貴族だから。観衆の人々は決して間違ってなどいない。私も見ている立場ならば同じ選択をするだろう。
――だけど、ほんの少しだけ、悲しかった。
あぁ、でも一人だけ、私に優しく手を差し伸べてくれる人がいた。
不器用で、
意外と子供っぽくて、
放っておけなくて。
――それでも、私の正義の味方だ。
男の拳は、確かに阻まれた。
「『――音楽が何のために存在するかさえご存知ないらしい。
勉強や日々の仕事が終わった後、
疲れた人の心を慰め元気づけるために
音楽はあるのではないか?』」
「は?」
「彼の劇作家、シェイクスピアの言葉だ。皆、音楽を楽しむために此処にいる。その一時を邪魔しないでもらおうか」
「なんなんだよ。そっちこそ邪魔すんなっ!!……っ!?」
男が拳を振りかぶった次の瞬間、男の身体は地面に叩きつけられていた。
一瞬の出来事に、皆一様に目を見張る。
「ヒィッ……!?」
驚愕。そして彼が一瞬みせた殺気に恐怖を抱いた男たちは逃げ帰っていった。
「…な、んで?」
――私の口からまず溢れたのは疑問だった。
そして、彼は当たり前のようにこう言うのだ。
「…目の前で困っている人がいたら、…出来る限り助けるのは当然だろう?」
――あぁ、そうか。彼はどこまでも…
立ち上がって、再び歌を奏でる。
言葉は必要ない。彼はきっと、気にするな。自分で勝手にやったことだ。と、そう言ってしまうから。
なればこそ、この想いを歌で届けよう。
少女の歌は、カンツォーネの街中に響き渡る。どこまでも。淡い想いを乗せて。
「ノア……」
「え?……町長?」
――初めての《ライブ》は、ハプニングこそあったが、大盛況に終わった。人々はドゥラークのことなど忘れ、ただノアの歌声に聞き惚れていた。
そして、拍手に包まれながら終わったライブ後に、一人のやや痩せこけた印象の男性――町長が声を掛けてきたのだった。
「ライブ……良かったよ。…君のお母さんを思い出した」
「……ありがとうございます。それで、私に何か…?」
すると町長は、突然ノアへ頭を深々と下げた。
「すまなかった…」
「なっ…!?か、顔を上げてください。一体…」
「君のお父さんのことだ。」
「……」
「…彼は、私の親友だった。
ある時、私の妻が急に倒れてな…彼のもとへ連れていったのだが、丁度彼は急患を治療していた。しかし、妻の病状は悪化の一方で、とても苦しんでいた。私はそれに耐え兼ねて君のお父さんに言ったのだ。
妻を今すぐ診てやってくれ、と。実際、妻もあと一歩で死ぬ間際だったのだ。その時、もう一人の医者は街にいなくてな…この街でただ一人の医者であった彼は選択を迫られた。
――どちらの命を救うか。
彼は、諦めなかった。どちらも救おうとした。しかし、結局一人、患者を死なせてしまった。その死んだ患者の母親が、発狂して……何やら意味のわからぬことを叫んで右目を押さえながら、
…恐らく人の区別すらつかなかったのだろう。一番近くで寝ていた、先程一命を取り留めたばかりの私の妻に襲いかかってきた。そして彼は私の妻を守ろうと咄嗟に……」
「……っ」
「…すまなかった。真実を、ずっと話すことが出来なくて。君のお父さんは、確かに人を殺してしまったが、私の妻を、救ってくれた。
……なのに私は、救ってくれた彼の家族を庇護することも出来ず、貴族にも逆らえずに不幸にしてしまった……」
「……貴方が謝ることじゃないです。確かにとても悲しかったし、辛かった。なんで私のお父さんが、っていつも思っていた。けど、分かりました。私のお父さんは、最期まで自分らしく生きたんだって。今はそれで、いいんです。」
「しかし……」
「…でも、わがままを言うと、一つだけ。お願い、聞いてくれますか…?」
――エミヤの言ってくれた言葉は、本当だったなぁ…
いつの間にか去っていった一人の男を想う。
――全く、最後まで格好つけるんだから…
――ありがとう。
多分また遅くなるかもです。
例の台詞はアポイベの影響でシェイクスピアの本読んでたせいです。
『出来る限り』をつけたのは、全ての人は救えないと嫌でも理解していて、それでも答えを得て足掻こうとするエミヤと、頭では理解していてもその本当の意味をまだ知らない士郎の差を表現したかったのです。全く同じ台詞では違うかな、と。
感想、誤字報告、アドバイス等お待ちしてます。
都合上、基本的には返信はしませんが喜びます。