赤い弓兵と仮想世界   作:カキツバタ

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ラストの方に彼を出すといったが、あれは嘘だ。
今回も原作とあまり変わらないので描写は少なめ。

ではどうぞ


出会い~アリシゼーション~

空気に、匂いがある。

覚醒直前の断片的な思考のなかで、ふとそんなことを意識した。

ここはどこだろうか。花の匂い。草の匂い。樹の匂いに水の匂い。

聴覚からは小川のせせらぎ。陽気にさえずる小鳥の声や、虫の羽音が流れてくる。

 

少なくとも、自分の部屋ではなさそうだ。俺はもう少しだけ眠りの余韻に漂っていたいという欲を押し退け、両眼を開き、ゆっくりと上体を起こす。

 

「ここは…どこだ」

 

ぽつりと呟く。が、答えは返ってこない。どうやら森の中の開けた草地に寝転んでいたらしい。

何故こんなところにいる?…何も分からない。記憶喪失、なんて物騒な単語が頭をよぎる。

 

まさか、俺は-俺の名前は、桐ケ谷和人。十七歳。川越市で母と妹と三人暮らし。茅場晶彦によって生み出されたVRMMO『ソードアート・オンライン』―ーSAO。ゲーム内での死が、本当の死に繋がるというデスゲームの中で俺はソロプレイヤーとしてダンジョンに潜り、そんな中で色んな出会いがあり、最終的に俺と茅場ーーヒースクリフの戦いで俺が勝利したことでこの事件は終わった。その後、囚われたアスナを救う為にALOーー『アルヴヘイム・オンライン』をプレイしそこでリーファーー妹達と出会ったり、菊岡さんの頼みで死銃事件の調査の為にGGOーー『ガンゲイル・オンライン』をプレイし、そこでシノンと出会ったりした。最近はALOを仲間達と共にプレイしている。ーーよし、大丈夫だ。

やや安堵しつつ、更に記憶を辿る。

 

――俺はエギルの店でシノンとGGOの話をして、アスナと合流してお喋りをしてからシノンと別れ、二人でアスナの家がある世田谷へ向かって…彼女は優しい日溜りのような笑顔をみせて…

記憶は、そこで途切れている。

 

俺は必死に思い出そうとするも、浮かぶのは点滅する赤い光と息苦しさのイメージだけーー

 

ん?そういえば今の俺の服は手持ちの服のどれでもない、麻の半袖シャツだ。そこで俺はようやくある一つの可能性にたどり着く。

 

「……なんだ」

 

要はここは仮想世界ってことか。俺はつい安堵の息をもらす。

経緯はよく分からないがいつの間にかVRMMOにフルダイブしていたらしい。

早速、現実世界へ戻ろうと俺はいつものようにログアウトするためにウィンドウを開こうと手を振るーーしかし何も起こらない。

 

「えっ…?」

 

何度繰り返しても、結果は同じ。右手でも、左手でも。

 

俺は先程よりもさらに大きな不安に駆られる。

よく考えると、この世界は仮想世界というには妙にリアルだ。もしかして本当にどこか関東の森とかにやって来ていたのか…?と、途方に暮れていると、ある考えが浮かんできた

 

「ここが……アンダーワールドなのか…?」

 

思い浮かべるのは、アスナの言葉。アンダーワールドで見たり聞いたりしたものは、俺達の意識レベルでは本物。それが真実ならばこの世界はアンダーワールドの可能性が高い。もはやそう考えるしか頷けない状況だ。しかし、一体何故?

 

……それよりも

 

「みっ…水ぅ」

 

俺の喉の渇きが限界だった。

美しい川の水が喉を潤していく

 

「ぷはぁ~」

 

さて、十分に水分を補給した。先ずはこの森を抜けようと俺が歩き出そうとしたその時、斧だろうか、明らかに人の手による音が聞こえた。その音に俺が振り向くと――

 

 

 

 

 

 

右手にさざめく川面。左手に鬱蒼と深い森。正面にはどこまでも伸びる緑の道。そこを三人の子供が歩いていく。黒髪の少年、亜麻色の髪の少年に挟まれて、麦わら帽子を被った女の子の長い金髪が眩しく揺れる。彼らの後ろには一人の青年がいた。逆光でよく見えないが、その後ろ姿はどこかでーー

 

これはーー記憶……?

 

遠い遠い、もう二度と戻れない日々。永遠に続くと信じ、それを守るためなら何でもすると誓い、しかしあっけなく消え去ってしまったーー

あの懐かしい日々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Alicization Intersect with Fate

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーあれは、俺達…?

そんな筈のない突拍子な考えが自然と浮かんでいた。

俺は即座にその考えを否定する。

川越市にはここまで綺麗な森や川はないし、あの三人には会ったこともない。

 

しかし、どこか懐かしさを感じたような…

 

奇妙な感覚は拭いきれなかったが、今は進まなくてはならない。

 

…チクチクと残る不安をひとまず忘れることにして、俺は音のする方向へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…一言でいうと、デカイ。森の中に突如として現れた大樹のもはや自然界の樹木とは思えない圧倒的な存在感に、俺は口を開きっぱなしだった。

全長は何メートルあるのだろうか。ALOの世界樹ほどではないとはいえ、天にまで届きそうな巨樹を見上げる。

梢など全くみえない大樹の根元を見ると、誰かがいた。

 

俺は咄嗟に身構える。この世界がどんな世界かまだわかっていない。いきなり襲われるなんてことも有り得るのだ。

しかし、よく見てみるとその人影は俺と同じ歳位の青年で、特に武装などはしていなかった。

俺は一先ず安心し、警戒を緩める。

 

ややウェーブのかかったアッシュブラウンの髪の少年が不思議そうに俺を見て、口を開いた。

 

「君は誰?どこから来たの?」

 

と日本語で少年は言葉を発した。明らかに外国人の顔で凄く流暢な日本語を発したことに衝撃を受けつつも、まず俺は彼の正体――彼がNPCなのか、俺と同じプレイヤーなのかを探ろうとまずは比較的安全な単語を用いて会話を交わす。

 

「――キリト。あっちから来たんだけど、道に迷って…」

 

「あっちって…ザッカリアから来たのかい?」

 

早くも窮地。どう答えるべきか、慎重にならないと…

俺は慌てる心を落ち着けて、ゆっくりと語る。

 

「それが…自分がどこに住んでいたか、どこから来たのかよくわからないんだ…」

 

「…驚いた。《ベクタの迷子》か、ほんとにいたなんて…」

 

「べ、べくた…?」

 

「ある日突然いなくなったり、森なんかに突然現れるひとをそう呼ぶんだ。闇の神ベクタの悪戯だって。」

 

ううむ、雲行きが怪しい。そんなにこの世界の用語をだされてもな…このままでは何も分からないままだ。

ええいままよ、と俺は少年に言う。

 

「…ログアウトしたいんだ。」

 

「ろぐ…?今なんて?」

 

確定した。彼はこの世界の住人だ。少なくとも、ここを仮想世界だとは思っていないらしい。

この反応から、そう察した俺は咄嗟にユージオの問いを誤魔化す。

 

「いやっ、なんでもないよ。ところで泊まれるところってあるかな?」

 

「うーん。シスター・アザリヤなら助けてくれるかも。僕も一緒に行って事情を説明するよ。…あっ仕事があるから、すぐには無理かも」

 

「大丈夫、待ってるよ。よろしく頼む。」

 

「そういえば、名前いってなかったね。」

 

 

 

「僕はユージオ。よろしく、キリト君。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユージオとの話は興味深いものばかりだった。まず、彼らは《ステイシアの窓》という機能が使えるのだ。これは、天命ーー要は寿命を見ることができるのだという。確認の仕方は簡単。右手で物を二回ほど叩き、出てきた《窓》の値を見るだけだ。仮想世界とはいえ、ここはあまりにリアルで、仮想世界という実感が無かったためにこんなことができるとは思っていなかった俺は衝撃を受けた。

 

ユージオは俺と共にパンを食べながら、自分の話をしてくれた。

 

「ずーっと昔は…お弁当を持ってきてくれる幼馴染がいたんだ。でも、その子は…六年前に二人で北の洞窟に探検に行ったときの帰りに迷って闇の国との境にまで来てしまったんだ。そこで彼女はつまずいて、外の地面ーー闇の国に掌をついてしまった。…知ってるだろ?禁忌目録に決して足を踏み入れることならずって書いてある。本当に一瞬の出来事。たったそれだけのことで彼女は整合騎士に目録に違反したとして央都へ連れていかれたんだ……あの時、僕は助けようとしたけど、全く動けなかった…」

 

ユージオはかすかに自嘲の色を浮かべた。

禁忌目録、闇の国、央都、整合騎士…

気になることは多かったが、俺は何と声をかけていいか分からなかった。暫しの静寂の後に俺は訊く。

 

「…その子、どうなったんだ?」

 

「さぁ……審問の後、処刑するって言ってたけど…でもね、キリト、僕は信じてる。アリスは、きっと生きてるって。」

 

アリスーーどこか、懐かしい響きだった。

 

「…なら、探しに行かないのか?」

 

「あのねぇ、キリト。天職を放り出して旅になんて出られないでしょ。」

 

呆れ顔をしていうユージオ。どうやらこの世界には天職なるものがあるらしい。RPGとかでいう勇者やら魔法使いやらのことだろう。

 

「あ、ああ。ところでお前の天職って…?」

 

ここだと見えないか、と笑ってユージオは俺を連れて巨樹の幹を回る。長いこと巨樹の外周を回った後、俺は衝撃を受けた。そこには、巨樹の幹にこれまた大きな切れ込みが入っていたのだ。

 

「きこり…?」

 

「まあ、そういうこと。このギガスシダー、恵みをすいとる悪魔の樹を切る刻み手が、僕。」

 

といって近くに置いてあった斧を握るユージオ。

 

「そんな天職もあるのか……この切れこみはユージオが?」

 

「そうだ…と、言いたいところだけどね。この巨樹のきこりは僕で七代目。つまり、七代かけてもこの程度の切れこみしか入っていないのさ。切っても切ってもきりがない。一日に切り込んだうちの半分近くは次の日には元に戻ってるんだ」

 

七代でこの切れこみか…確かに切れこみは大きいとはいえ、七代かけてと言われると小さく見える。何代かサボっていたのではと疑ってしまう程だ。

 

「……なぁ、ユージオ。俺にも手伝わせてくれないか?」

 

「え…?別にいいけど…どうして?」

 

「ちょっと、その巨樹がどんなものか知りたくて…それに、もしかしたら俺が切り倒せるかもしれないだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと全然出来なかった。何度か良い当たりもあったものの、天命は50位しか減っていなかった。ユージオには初めてのわりにはすごいと誉められたが、俺はやや違和感を隠し切れなかった。

 

――他のVRMMOの時や、リアルともまた違う…恐らく今の俺の身体能力は、この歳の男性の平均かやや上程度だろう。そして、この疲れ…VRMMOでも、疲れることはあった。しかしあれは長期間プレイしたが故の疲れであって、剣を振るうという行為に対する疲れではなかった。しかし、この世界では斧を振るう度に筋肉が疲労していった。本当に現実じみた疲れに、俺は違和感を感じた。

 

ルーリッドの村に足を踏み入れた。眼前に広がるのは中世のヨーロッパを思わせる町並み。俺は、ユージオが事情を不思議そうな目で見てくる村人達に説明し、シスターの下でお世話になることになった。

 

「えーっと。あとわからないことは?」

 

「大丈夫。いろいろありがとう。」

 

セルカというシスター見習いの明るい茶色髪の少女に礼を言う。彼女は一瞬だけ表情を緩め、すぐに鹿爪らしい顔に戻ってうなずいた。

 

「じゃあ、おやすみなさい。」

 

「……ああ。おやすみ、セルカ」

 

一人になった俺は、先程出会ったルーリッドの村の人間的過ぎるNPC達に疑問を抱きつつも深い眠りに落ちていった。




次回、ようやく物語が交わり始めます

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