番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~ 作:ふたやじまこなみ
机を見て、あ、人間だ、などと思う人はいない。
少なくとも俺は見たことがないし、いたとしたらたぶん病院に行くことを勧める。
人の目は机と人間を一瞬で区別するし、つまりは人間かそうでないかを一瞬で判断することができる。
だから俺は、その爺さんを見たとき一瞬で理解した。
あ、この爺さん。神様だわ。と。
あたりを見回した時、俺は一面の真っ白い空間にいた。
ここがどこなのかも、ここにきた経緯もわからないが、いつの間にか俺は神とそこで向かい合っていた。
杖を支えにこちらを見据えている。白い白髭を蓄えた、荘厳な様相の爺さんだった。
神は俺の目を見て、厳かに話し出した。
「さて、今、君の耳には何が聞こえるかね?」
問われるまま耳をすませてみる。
「……『ときめきエクスペリエンス』ですかね」
なぜかBGMに、『ときめきエクスペリエンス』がかかっていた。
バンドリという、アニメやゲームでメディアミックスしている一大コンテンツ。その中で主人公たちの演奏する曲目の一つだ。
アニメ版バンドリのOPでもある。
「そう、神曲だ」
「はぁ……」
いい曲なのは確かだが、神曲というには個人的嗜好がだいぶ絡むだろうなぁ。
しかし神が断定しているのならば、間違いなく神曲なのかもしれない。
「こう見えて、わしはバンドリが大好きでね、ライブにもよく行くんだ」
「そうなんですか。バンドリのライブはいいですよね」
「うむ」
適当な相槌を打つと、神は満足そうに頷いた。
個人的にはOPなら、アイマスの『Ready』の方が好きなんだけど、ここでそんなことを言わないだけの分別はもちろん俺にはあった。
神がバンドリが好きでライブにもよく行っているという意味不明に、わざわざ言及しないのも、言うまでもない。
「ライブといっても、現実のライブではないぞ。
作品の中に入って聞く、キャラ達の歌う生ライブじゃ。
わしは神だからな。そんなことも当然できる」
「それはそれは。うらやましいことです」
できるというからにはできるんだろうなぁ……。
「しかしな、先日のライブに行くためにアニメ版バンドリに潜ったときに、ちょいとやらかしてしまってな」
「といいますと?」
「帰り際に、ちょっと作品の輪郭に杖を引っ掛けてしまってな。
それでできたキズによって、現実世界からバンドリ世界に良くないものが流れ込むようになってしまったのだ」
「……良くないものとはなんでしょうか?」
「芸能界の闇だよ」
神が両手を広げると、その間に何やらおぞましそうな黒い塊が現れた。
それからは、見る物を嫌悪させるーー生物の根幹に語りかけるような悪意を感じる。
これが芸能界の闇……一体なんだというのだろうか。
「つまりは、暴力・セックス・ドラッグじゃ」
以外と俗っぽい物だった!
「このせいで、清らかなバンドリ世界が、芸能界の闇に汚染されてしまったのだ」
「すると、どうなるのでしょうか……」
「うむ。このままでは、バンドリの世界はひどいことになってしまう。
よいか? 現実でガールズバンドなんて、結成してみろ。
バンドをやる可愛い女の子たち。それも全員目をみはるほどの美少女! 現実にいたらあっという間にイケメンどもに食われてしまうわ!
またまたライブのため会場のオーナーに股を開き、テレビのためプロデューサーに枕営業、先輩アイドルの断りきれない誘いを受けて行った先ではドラッグパーティだ!
わしゃ知っとるぞ。現実世界のアイドルに処女はいない」
なんかすっごい偏見混じってるよ。
「芸能界の闇は深いですねぇ」
「わしは彼女たちがそんな目に会うのは耐えきれん。どうしてこうなってしまったのだ……」
どうしてもこうしても、あんたのせいでは? という反射的に口から飛び出ようとした言葉はかろうじて飲み込んだ。
こう見えても相手は神だぞ、神。
落ち着くんだ。
「わかるか? このままではポピパのみんなが無事にバンドできるか怪しいのだ!
ひょっとしたら、ときめきエクスペリエンスも演奏されないかもしれん。
あの名曲がこの世から消えてしまうのだぞ!!」
とうとう目を見開き、口角から泡を飛ばしながら絶叫しだした。
本当に神なのかな……怪しくなってきた。
机って人間かもしれないね……。
「そこでだ。君になんとかしてもらいたい」
「は?」
そして突然のご指名である。
気がついたら俺が、こんなところに招待されていた理由。
どうやらこの神は、自らの不始末をなんとかしてもらいたいらしい。
嫌な予感はしてたんだが、そうきたか。
「神様自身でなんとかできないのでしょうか……」
「わしの力は強すぎるのだ。下手に作品内で動いたら、バンドリという作品そのものがなくなってしまうかもしれぬ。
だから数いるバンドリファンの中から、サイコロで君を選んだ」
神はサイコロを振らな……振ったーー!
俺はこの瞬間だけは、アインシュタインより世界の真理に近づいてしまったようだ。
「しかしなんとかと言われましても、何をすればいいのでしょうか……」
「具体的には、君をバンドリ世界の過去へ転生させる。そして彼女たちを芸能界の闇から守り抜け」
「守り抜けと言われても、俺ってただの一般人ですよ? 絶対無理ですって!」
シティハンターじゃあるまいし。一般人にアイドルの護衛とか無茶振りにもほどがある。
しかも過去からって、俺も小坊になるのか?
「なぁに、案ずるな。
幼い彼女らを守るために、君にはある特殊な力を与えてやる」
「その力とは一体……」
「ゴールドエクスペリエンスのスタンドを与えてやる!
知らないだろうが、わしはジョジョも好きでな。これさえあれば大丈夫だろう」
お前絶対、ときめきエクスペリエンスだからゴールドエクスペリエンスと掛けただけだろ。
「期間はポピパのみんなが生まれてから、ときめきエクスペリエンスを無事演奏するまでとする。
もし出来なかったら……」
「出来なかったら……?」
「お前はゴールドエクスペリエンスレクイエムされる」
ひでえ!
「さぁ、行くのだ。
よいか? 必ず彼女たちを『守り抜く』のだぞ」
そうして俺は、バンドリ世界へ転生するのだった。